資料5-2 平成26年度の我が国における地球観測の実施方針

平成25年7月29日
科学技術・学術審議会
研究計画・評価分科会
地球観測推進部会

目次 

はじめに

第1章 課題解決型の地球観測
 第1節 気候変動に伴う影響の把握
  1 水循環・風水害
  2 生態系・生物多様性
 第2節 気候変動メカニズムの解明
 第3節 地震・津波・火山による被害の軽減

第2章 国内の地球観測システムの統合に向けた地球観測データの統合化

第3章 国際的な連携の強化

第4章 分野別推進戦略に基づく地球観測の長期継続の推進

はじめに

 地球観測推進部会は、総合科学技術会議の「地球観測の推進戦略」(平成16年12月。以下「推進戦略」という。)を受けて平成17年2月に文部科学省科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会に設置された。本部会は、地球観測の推進に関する重要事項について調査審議し、地球観測に対する利用ニーズや国際的動向を的確に踏まえ、「推進戦略」に沿って地球観測の推進、地球観測体制の整備、国際的な貢献策等を内容とする具体的な実施方針を毎年策定することとされている。

 また「推進戦略」では、実施方針とそれに基づく事業の進捗状況について総合科学技術会議が総合的な評価を行うこと等により、統合された地球観測システムの運用状況をフォローし、次年度以降の地球観測の実施方針の策定に反映させることとされている。さらに、実施方針は、平成17年の第3回地球観測サミットにおいて策定された「全球地球観測システム(GEOSS)10年実施計画」等の国際的な枠組みとの連携を確保するものとされている。

 「平成26年度の我が国における地球観測の実施方針」においては、第4期科学技術基本計画(平成23年8月19日閣議決定)において、我が国が取り組むべき課題を明確に設定し、科学技術政策を総合的且つ体系的に推進していくことが必要とされていることから、地球温暖化などの気候変動問題や地震・津波火山のリスクに対応するための課題解決型の地球観測の推進を重点事項として第1章で提示する。また、東日本大震災の影響を踏まえ、「推進戦略」に示される地震・津波・火山の分野での地球観測の取組・課題についても改めて整理し、その被害を軽減するための地球観測の方向性を示し、その成果についても第1章において提示する。

 昨年6月には、国連持続可能な開発会議(リオ+20)が、(1)持続可能な開発及び貧困根絶の文脈におけるグリーン経済、(2)持続可能な開発のための制度的枠組みをテーマにリオデジャネイロで開催され、成果文書において全球地球観測システム(GEOSS)等の活動を通じた地球観測や科学的データ、及び信頼性のある地理空間情報等の重要性について言及されている。また、「GEOSS10年実施計画」が終了する2015年まであと2年となり、観測システムの統合について一定の成果が出ていることから、2015年以降のGEOSSの在り方を見据え、国内の観測活動についてもその統合を加速していく必要がある。このことから、GEOSSをはじめとする国際的な連携を強化し、我が国がイニシアティブを発揮していくことの重要性を併せて考慮し、国内の地球観測システムの統合への道筋を第2章で提示する。

 さらに、第3章では国際的な連携の強化として、国際的な枠組みとの連携及び協働と科学技術外交の推進を、第4章では、「推進戦略」に示された「分野別の推進戦略」及び長期継続的な地球観測の重要性を踏まえ、分野別の推進戦略に基づく地球観測の長期継続の推進を提示する。

 本部会の提言及び実施方針を踏まえて、各府省・機関においては、平成26年度予算などを通じて地球観測の推進を図ることを期待する。

第1章 課題解決型の地球観測

 第4期科学技術基本計画においては、我が国が取り組むべき課題を明確に設定し、科学技術政策を総合的且つ体系的に推進していくことが必要とされており、『地球観測、予測、統合解析により得られる情報は、グリーンイノベーションを推進する上で重要な社会的・公共的インフラ』と位置づけられている。また、『地球観測・予測・統合解析に関する技術を飛躍的に強化するとともに、地球観測等から得られる情報の多様な領域における活用を促進し、気候変動や大規模自然災害に対応した、都市や地域の形成、自然環境や生物多様性の保全、森林等における自然環境の維持、自然災害の軽減、持続可能な循環型食料生産の実現等に向けた取組を進める』こととされており、地球温暖化などの気候変動、自然災害に関する監視・予測や対策の検証に寄与し、課題解決に資する地球観測の役割はますます重要になっている。

 地球温暖化政策については、中央環境審議会の議論においても、観測の充実と温暖化影響の予測評価研究の更なる進展の必要性が指摘され、温室効果ガスの排出抑制に代表される気候変動の緩和策に加え、適応策への取り組みの重点化が取り上げられており、(1)現在の最新の科学的知見の取りまとめ、(2)政府全体の適応計画策定のための予測・評価方法の策定、(3) 政府全体の適応計画の策定、(4)5年程度をめどとした定期的見直し、との手順が議論されている。

 我が国に於けるこれら重要政策課題に対して、地球観測がその役割を果たすためには、設定された課題をどのような道筋とタイムテーブルで解決するかを提示する「課題解決型のアプローチ」を取る必要がある。ただし、ここで留意すべきこととして以下のことがあげられる。地球観測の対象は地球システムと言う複雑系であり、数多くの非線形プロセスにより構成されているため、その観測対象は極めて多岐にわたる。また、想定される変化の時間スケールは数時間、数日間単位から数十年間以上におよぶため、長期的な視点も必要とされる。とりわけ、今後解決すべき最も重要な課題の1つである地球環境変動は、複雑系である地球システムと様々な人間活動の相互作用によって生じていると考えられる。このような課題であることを前提としたうえで、課題解決のための道筋とタイムテーブルを提示することが要求される。

 気候変動は水循環や生態系・生物多様性などに影響を与え、さらに、風水害の増大や極端現象を引き起こす可能性を高め、農業生産にも大きな影響を与えるなど、地球環境及び人間生活に与える影響は多岐にわたる。したがって、気候変動において解決すべき大きな課題は、想定される様々な影響の評価と負の影響の軽減である。その目的において観測の果たす役割は、気候変動の実態把握、変動予測の精度向上、予測モデルによる生態系や社会への影響評価、さらには適応対策の検証など多岐にわたる。また、これらを意図した観測は、緩和・適応策立案に資するために、気候変動メカニズム解明に向けて様々な局面を把握する目的で行う観測と表裏一体である。これらの観測は全体として予測モデルや影響評価モデル等の精度を上げるのにも必須であり、また、気候変動の推移の様々な局面を把握するにも欠くことはできない。したがって、気候変動問題への対応のためには、気温・海水温の上昇、海面水位の上昇等といった気候変動の直接的な影響の観測のみならず、温室効果ガス等に係る物質循環、水循環、生態系・生物多様性など関連する分野における観測を密接に連携させながら推進していく必要がある。

 これら地球観測を含めた地球温暖化に関する知見をとりまとめた気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書が2007年に出され、次の第5次評価報告書は2014年に発表が予定されていることから分かるように、気候変動に関しては5年から10年のタイムテーブルで観測・モデル化のサイクルを回し、より確実な問題解決への道筋を立てて行くことが国際的には想定されている。したがって、課題解決型の地球観測では、5年から10年のタイムスパンで観測の成果を検証し、問題解決へのサイクルを回して行くことが求められる。一方、人間活動も関与した地球環境変動はすでに示したように数十年間からそれ以上の時間スケールを持っており、その監視のためには、地球観測衛星の継続的な運用を含めた長期的な地球観測体制の維持を図らなくてはならない。

 また、衛星観測や地上・海洋等における様々な現場観測の結果を課題解決に結びつけるには、各分野間でデータ・情報の円滑な交換を可能とするインターフェースの高度化並びに使いやすいデータへの加工や解析・予測ツールの提供といった支援体制の構築を進める必要がある。また、研究者のための生データを含む利用ニーズに応じた観測データの公表、及びデータから得られた情報の発信が、研究者及び一般利用者に向けてより円滑に行われることも重要である。さらに、関連する事業や取組の関係を十分に理解した上で、個々の事業・取組が求められているニーズや解決・達成すべき課題を的確に認識して連携することにより、課題解決につながる有用な成果を効果的に創出し、確実に国民へ還元することを重視するべきである。

 本章では、こうした状況を踏まえ、気候変動に伴う国民生活等への影響を把握するための地球観測と、緩和・適応策立案の前提となる気候変動メカニズムの解明のための地球観測、さらに、地震・津波・火山による被害の軽減のための地球観測についてまとめた。

第1節 気候変動に伴う影響の把握

 IPCC第4次評価報告書において、『過去30年間にわたる人為起源の温暖化が、地球規模で、多くの物理・生物システムにおいて観測された変化に識別可能な影響を既に及ぼしている可能性が高い』と指摘されているように、気候変動の影響はすでに顕在化している。さらに、『最も厳しい緩和努力をもってしても、今後数十年間の気候変動の更なる影響を回避することができないため、適応は、特に至近の影響への対処において不可欠となる』と指摘されているように、気候変動に対する適切な適応策の立案が大きな政策的課題となっている。また、昨年末の気候変動枠組み条約(UNFCCC)第18回締約国会合(COP18)においては、全ての国が参加する2020年以降の温暖化対策の新たな法的枠組みの構築に向けた作業計画が決定されるなど、気候変動対策が世界的な政策課題として取り組まれている。

 地球観測のための衛星が定常的に打ち上げられるようになって30年余が経過し、また、観測技術の高度化及び地上・海洋等における現場観測の広域化等により、本節冒頭に指摘されているような物理・生物システムへの識別可能な影響にも関わる、温暖化に係る様々な気候条件の変動が地球規模で検出されつつある。気候変動モニタリングによる温暖化シグナルの定量化、及び、それに伴う極端現象の変化の検出とその変動のメカニズム解明は、適応策・緩和策の導入及び緩和策の安定的管理にとって非常に重要である。

 気候変動への対応のための地球観測は、気候変動予測の高度化・不確実性低減に向けた取組とともに、車の両輪として継続的に推進することが必要である。適応策策定の際には、地球気候の複雑系としての特性及び気候予測に内在する不確実性への配慮が不可欠であり、また、地球温暖化の緩和策として注目されている太陽光、風力等の再生可能エネルギーの活用においては、その導入や安定的な管理に当たって、気象状況の観測・解析・予測技術が重要となる。

 複雑系である気候システムの予測信頼性の向上のためには、生物・化学過程の導入や高解像度化・データ同化などにより気候変動予測モデルを高度化することが重要である。そのためには、衛星・航空機・地上観測点・船舶等の観測ネットワークを構築することにより気候システムを構成する要素の実態把握とその変動機構を解明し、気候予測・解析技術を高度化するとともに、予測モデルの不確定要素となっている炭素循環フィードバックの解明や、雲・エアロゾルなどの観測に基づく評価を全球規模で行うことが必要である。また、不確実性を定量的に把握し、その社会への影響を評価するため、衛星データ及び気候モデル出力データの解析の強化とともに、人口変化や経済発展など社会的変化も考慮した上で緩和・適応計画の策定に資する情報の基盤を整備することが必要である。

本節では、気候変動に伴う影響の中でも特に社会的要請の高い、水循環・風水害及び生態系・生物多様性の分野における課題解決に向けて必要な地球観測の取組を掲げた。

1 水循環・風水害

 気候変動は、世界の様々な地域において水資源やその管理に影響を与え、その結果、現在、世界各地で水不足、水質汚染、洪水・土砂災害被害の増大等の水問題が発生している。特に経済成長に伴い水・食料需要が急増している中国をはじめとするアジア・アフリカ地域では社会的変化と気候変動の影響を受け、水問題は非常に深刻である。

 気候変動による降水分布や降水タイプの変化は、水循環の極端現象(風水害、渇水)の発生に影響を与える。IPCC第4次評価報告書では、多くの地域で大雨の頻度や干ばつの影響が増加する可能性が高いと指摘されており、気候変動により激化する大雨や高潮、渇水等が原因となる様々な水災害の被害の軽減や水循環変化への適応策立案に向けた支援情報の提供が必要である。

 地球規模での気候変動予測の不確実性の問題に加えて、地域規模の水循環の予測にも大きな不確実性が存在する。適応策の立案・意思決定のためには、これらの予測の不確実性の低減とともに、不確実性を定量的に評価する手法の確立が不可欠である。

 さらに、水問題は社会・経済問題であるため、自然科学的なアプローチに加え、産業や生活、環境に与える経済的な影響評価が求められる。生活や環境などへの影響については、人々の意識に深く関連しており、各地域の人々の意識調査を含む、社会科学的評価の実施も必要となる。

 このように、気候変動による水循環の変化に対する適応策立案支援のためには、渇水、平水、洪水の全段階を含む水量・水質の評価及び、産業や生活、環境に与える影響の経済学的な定量的評価、さらには産業構造・社会の発展、政策、住民意識の変化なども考慮した包括的な影響評価が必要であり、地球科学的視点、水文学的視点、水利工学的視点、水環境工学的視点、地域経済並びに人文・社会科学的な視点を実質的に補完、共有することにより、理学的アプローチ、工学的アプローチ、人文・社会科学的アプローチを融合して推進することが必要である。

 このような観点から、水循環の実態を正確に把握するとともに、風水害の軽減や水資源の管理に結びつけることが求められており、これらの課題解決に向け、以下の取組の推進が期待される。

*風水害の軽減

 風水害による人的被害を減らすことは、我が国を含むアジア及びアフリカの安全保障上不可欠な課題であり、極端現象の予測(台風・低気圧・前線による豪雨・高潮・強風の1~3日先程度の予測、局地的な豪雨などの1時間~半日先程度の予測、少雨・高温傾向の1週間~季節の予測)精度の向上、気候の変動傾向のモニタリング及び地域的に生じる気象要素の偏差の観測が不可欠である。

 そのためには、気象衛星観測の継続実施、風水害をもたらす積乱雲の監視・予測や水循環及び気候変動の監視・予測・影響評価のためのレーダ及びウィンドプロファイラによる観測の継続、水循環変動観測衛星(GCOM-W)による観測、GPSデータの高度利用、気候変動観測衛星(GCOM-C)、全球降水観測計画(GPM)及び雲エアロゾル放射ミッション(EarthCARE)等の開発、観測技術基盤の高度化(高頻度、高空間分解能)と統合的利用が必要である。

 また、数値気象予測モデル・気候予測モデルと熱帯や寒冷圏の現地観測データや衛星観測データの統合的利用並びにこれらと全球レベルの地球地図等による基盤的地理情報を関連づけた統合的利用などについての今後の推進が必要である。

*都市における極端気象災害の監視・予測システムの確立

 高度に発達した交通網や通信網を有し、数百万の人々が生活する大都市には、台風、集中豪雨、落雷、突風などの極端気象やそれらに起因する土砂災害に対する脆弱性が内在している。今後の気候変動に伴って懸念される大雨の多発化や強い台風の発生は都市型水害・土砂災害の被害を甚大化する可能性が高い。さらに、極端気象が地震や津波などと同時に、あるいは前後して発生することにより生じる風水害(複合的風水害)が懸念されることから、極端気象の監視・予測手法の高度化は急務である。

 極端気象は局所的に発生し時間変動が激しいために高い時間・空間分解能での観測技術が求められる。また、より早期の予測のためには降雨開始前の雲や上昇気流の観測技術の開発が必要である。近年、地上マルチパラメータレーダー観測網の整備、高頻度観測が可能な静止気象衛星、高速スキャンが可能なレーダ技術の開発、データ同化技術を組み込んだ雲解像数値気象モデルの高度化が進められている。極端気象災害の被害軽減のためには、これらの新たな技術の実用化に向けた取組を加速する必要がある。さらに、国際的な連携の下、先進国のみならず発展途上国への開発技術の展開を視野に入れた取組が必要である。

*総合的水資源管理の推進

 水環境の保全、持続可能な水資源利用の実現、水災害リスクの軽減等のために、気候変動に対応する、水利用の円滑化・効率化、地下水の保全と活用など、水資源に係る様々な課題を包括的に捉えた総合的水資源管理の推進が必要であり、その基礎となる流域・地域の状況を表現・把握するための情報や指標の整備が必要である。

 そのため、地域性の強い現象にかかわる情報、特に数値モデル化が容易でない事象を、関連する国際的な枠組み・組織との連携を図りながら、地球規模で収集していく必要がある。あわせて、地上の降雨観測網が乏しい国々においては熱帯降雨観測衛星(TRMM)、GCOM-W、GPMなどの衛星を用いた全球衛星降雨図(GSMaP)の活用を進める必要がある。
 現在、基礎となる土地利用情報として、地球地図データが存在するが、今後、より詳細なデータ整備が期待される。特に季節や年代で大きな変化のある植生や農地・栽培作目などは、気候変動の影響評価や適応策の検討のために、多くの分野・関係者が共通して必要とする情報であり、これらの情報のための高頻度観測を行うGCOM-C、詳細観測を行う陸域観測技術衛星2号(ALOS-2)、広域・高分解能観測技術衛星などの衛星と地上での長期継続観測やデータ整備が必要である。

2 生態系・生物多様性

 生態系・生物多様性に対する気候変動の影響はすでに顕在化しており、今後はその影響の加速が予想されることから、影響変化をできるだけ時系列的に把握し対策を講じること、及びその対策の有効性をモニタリングすることが求められている。特に、発展途上国においては、環境の変化が著しいこと、気候変動などによる影響が早期に顕在化する可能性が高いことなどから早急に観測体制を構築する必要がある。また、植林クリーン開発メカニズム(A/R CDM)のクレジット検証や「途上国における森林の減少・劣化に由来する排出の削減等(REDD+)」の基準作りが急がれている。また、2010年5月に生物多様性条約事務局から公表された地球規模生物多様性概況第3版(GBO3)では、地球規模での生物多様性の危機的な状況が報告されており、生物多様性条約における目標達成状況の把握などにおいても、適切な指標づくりとともに、生態系・生物多様性のモニタリングが必要となっている。

 2010年10月に名古屋で開催された生物多様性条約(CBD)第10回締約国会議(COP10)では、2011年から2020年までの戦略計画及び愛知目標が採択された。また、生物多様性分野における科学と政策のつながりを強化するため、「生物多様性と生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)」が2012年4月に設立された。今後、我が国がこれまでに蓄積した観測データを通じたIPBESへの貢献が期待される。

 また、2011年6月のG20農業大臣会合で採択された「ACTION PLAN ON FOOD PRICE VOLATILITY AND AGRICULTURE(食料価格脆弱性と農業に関するアクションプラン)」や、2010年10月のAPEC食料安全保障担当大臣会合で採択された「APEC食料安全保障に関する新潟宣言」においても、我が国を含めた世界における食料の安定供給のために、農業気象と穀物生産に関する情報改善の必要などが言及され、G20農業大臣会合においては、そのためのツールとしてリモートセンシングの活用が提案されており、これを受け、GEOSSにおいてもGEO-GLAM(Global Agricultural GEO-Monitoring)等の農業に貢献する地球観測のイニシチブが発足した。我が国においてもGEO-GLAMを推進するGEO農業タスクチームのメンバーとして、アジアの主要穀物である水稲に関する収量予測、農業気象の情報把握に対するリモートセンシングデータの適用について、アジア各国と協力し、検討を進めている。あわせて、タイ国においては、陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)及びTHEOSなどの衛星を用いた研究成果を用いて、SAR衛星による水稲収量予測手法をASEAN SCOSA(宇宙利用分科会)に提案する予定である。

 これら国際的な枠組みでの生態系・生物多様性の保全に向けた取組の着実な推進のためにも地球観測の果たす役割は大きく、GEO生物多様性観測ネットワーク(GEO-BON)などを通じた国際的な連携による生態系・生物多様性モニタリング体制の構築とデータの共用化が求められている。

 なお、生物圏に関する観測は時間スケールが長いことから、必ずしも短時間にその結果の評価を行うことができないため、適切な機関間連携を図ること等により、長期的な観測体制・評価体制の整備が必要となる。

 気候変動による生態系機能の変化については未知の部分が多く、また生物多様性への影響の陸域・沿岸域から外洋域にわたる観測はまだまだ不十分であるため、これらの課題解決に向け、以下の取組の推進が期待される。

*生態系・生物多様性の保全

 地球規模の気候・環境変動や大規模災害及び人為的な土地利用変化による生態系・生物多様性への影響を観測・評価し、生態系・生物多様性の劣化が人間生活に与える影響を把握するとともに、有効な適応策を順応的に立案するために、地上調査の拡充及び海洋生態系・物質循環の時系列観測の強化や、関連して劣化が懸念される生態系サービス(自然災害抑制、水、一次生産など)の複合的なモニタリングが必要である。現在、二酸化炭素と生態系データ(特に生産力)の観測などは連携が進んできているものの、その他の連携が遅れており、その推進が期待される。

 また、生物圏の観測・調査は個別独立に行われることが多く、その知見が必ずしも集約化されていないことから、個別独立な観測データを集約化して共有することが重要であり、まず、官公庁、大学、企業、NGOなどが所有しているデータの電子化、公開を進めることが求められている。今後は、様々な観測ネットワークの連携や得られるデータの集約化・共有化を行うための実施主体として整備された拠点を強化することが必要である。

*森林の保全と炭素モニタリング

 陸域生態系の中での資源として、あるいは環境への影響の大きさにおいて、森林は非常に重要な意味を持っており、近年、特に地球環境や生物多様性等に関連して、ますますその重要性が指摘されている。

 森林減少等に由来する二酸化炭素の排出は、2007年に発表された気候変動に関する政府間パネル第4次評価報告書(IPCC AR4)においては、世界の人為的な排出量の約2割を占めると定量的に示されており、REDD+の取組が気候変動対策として果たす役割は大きく、森林の適切な管理・保全のため、またREDD+の取組の効果を検証するため、二酸化炭素吸収源となる森林の観測は重要である。

 地球規模での森林の適切な管理・保全の実現に向け、効率的・効果的な対策を講じるためには、森林生態系と生物多様性の変化の観測や排出量・炭素収支等の計測や報告、森林のバイオマス量及びその動態の評価の観点から、衛星や航空機による観測や現地での森林調査等を利用した森林モニタリングシステムの構築・高度化に向けた継続的な取組が必要不可欠である。森林モニタリングシステムの構築については、ブラジル・アマゾンにおける伐採現場の早期発見・監視による違法行為の抑制に貢献した「だいち」のLバンド合成開口レーダを高度化し搭載したALOS-2、温室効果ガス(二酸化炭素、メタン)の濃度分布を観測する温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)とその後継機、及び多方向観測機能による植生の高精度観測を行うGCOM-Cによる衛星観測の継続実施に加え、センサの高度化、データの取得、バイオマス量推定アルゴリズムの開発、現地取得データとの連携など多くの取組が必要となる。関係機関も多数にわたることから、現場におけるニーズを踏まえ、森林観測に関わる様々な分野の研究ネットワークの緊密かつ効率的・効果的な連携を確保しつつ、着実に推進していくことが重要である。また、REDD+では、二酸化炭素吸収以外の生態系サービスや生物多様性の評価と検証が必要となる可能性があるため、それをにらんだ技術開発も意識する必要がある。

*海洋酸性化のモニタリング

 海洋の酸性化は現在確実に進行している。これまでの実験室内における限定的な研究によれば、海洋酸性化が海洋生物に影響を及ぼすことで、種の多様性や水産資源、さらに、海洋の二酸化炭素吸収能力や生物分布にも変化をもたらす可能性が指摘されている。特に、低水温の北部太平洋海域は海洋酸性化による石灰化生物への影響が急速に現れると考えられているものの、酸性化の実態と生態系変動との相互関連についての知見は極めて乏しいのが現状である。

 地球環境変動に対する将来予測、さらにはその適応策立案のために、速やかに海洋酸性化の実態把握と酸性化に伴う海洋生態系の構造・機能や炭素循環の変化に関する観測研究を行うと同時に、生物多様性、水産資源及び炭素循環を含む物質循環の影響評価に向けたモニタリングを始める必要がある。縁辺海を含む日本周辺海域や、海洋酸性化の影響が大きく現れることが予測されている南極海、北極海での観測を充実させる必要がある。

*農業生産環境及び生産状況の把握

 昨今、干ばつ、集中豪雨や津波など農業生産に影響を与える異常気象や自然災害の発生が世界各地で増加している。多くの農作物を輸入している我が国においても、我が国の地球観測衛星によるリモートセンシング技術を活用し、世界の主要な作物生産地域などの農業生産環境を把握することは、食料の安定確保の観点から重要である。

 このため、我が国における食料の安定確保、気候変動及び異常気象による農業への影響の把握、並びに我が国技術のアジアを中心とする国際的な展開のために、農業分野と宇宙開発分野の研究機関の緊密な連携の下、ALOS-2、広域・高分解能観測技術衛星、GCOM-W及びGCOM-Cによるイネをはじめとする主要作物に関する作付状況・生育状況の把握及び洪水や津波等による農地への浸水・湛水被害の把握を行う必要がある。特にすでに運用を終了した「だいち」では、国内の水稲作付け状況の把握や洪水・津波による農業被害状況の把握のための観測を行っており、また、アジア地域においても農地と作付面積の把握や農業被害状況の把握のために「だいち」は広く活用されてきたことから、ALOS-2によるレーダ観測の継続実施、広域を高分解能に光学観測する広域・高分解能観測技術衛星の開発推進が必要である。また、作物生育状況の把握には毎週程度の高頻度観測が重要であることから、これを実現するGCOM-Cの開発推進が必要である。加えて農業に被害を与える可能性のある異常気象などについて、TRMM、GCOM-W、GCOM-C、GPM及びEarthCAREによる衛星観測と地上観測網を組み合わせた地球観測を強化・継続する必要がある。あわせて、収量予測のためのモデル研究、モデルの入力となる気象情報(日射量、土壌水分量、降水量、地温など)のGCOM-W、GCOM-C、GPMによる衛星観測と地上観測網による継続観測、及び結果の検証・情報配信のための取組を始める必要がある。特に、近年、影響が顕在化しているイネの高温障害については、既存の国際地上観測ネットワークの有効活用が重要である。さらに、それらの成果をGEO-GLAM、AFSIS等の活動を通して、G20、GEO、APEC及びASEANなどに発信し、我が国が国際的なリーダーシップを発揮して、推進していくことが期待される。

第2節 気候変動メカニズムの解明

 気候変動の監視・予測・影響評価・対策のいずれにおいても、地球温暖化による気温上昇とそれに伴う気象・気候変化を定量的かつ正確に予測することが重要であり、そのためには放射収支や温室効果ガス循環などの気候予測において不確実性が高いプロセス・メカニズムの解明、モデル研究の検証等に必要となる、様々な物理量等を全球規模で長期継続的に観測することが必要である。

 雲物理・降水過程やエルニーニョ、インド洋ダイポールの発生などの現象については、将来変化予測の根拠となる科学的理解が不足しており、気候変動に伴う影響の予測にも大きな不確実性をもたらしている。また、気候変動の温室効果ガス収支へのフィードバックに大きな不確実性が含まれることから、フィードバックの大きさによっては、現在検討されている排出規制の目標値を大きく変更させる可能性がある。

 したがって、これらの不確実性の低減は、精度の高い温暖化予測やその予測に基づく政策立案のために必要かつ緊急の課題であり、地球観測の取組を一層推進しなければならない。観測技術の高機能化と併せ低コスト化を更に加速させ観測網の充実を図るとともに、得られた観測データを基にした予測・解析技術の高度化及び影響評価を推進し、その成果を防災や健康分野等の実社会に活かすことが求められている。

 すでに述べたようにこれら不確実性の大きな原因のひとつは、予測モデルに組み込むべき気候変動プロセス・メカニズムの理解不足である。本節では、気候変動のプロセス・メカニズム理解のために特に取り組むべき課題として、温室効果ガスに係る物質循環の解明、放射過程、雲物理・降水過程の解明、対流圏大気変化の把握、海洋の熱・水・物質循環及び大気海洋相互作用と海洋変動の把握、極域における変化の観測・監視に焦点をあてて整理した。

 これらの課題への取組は、地球システムの理解に不可欠であるだけでなく、前節でまとめた、気候変動に伴う影響の把握のためにも必要とされるものであり、水循環、生態系等の分野とも深く関係するため分野横断的な取組が求められる。

 また、地球観測の推進による予測の高度化・不確実性の低減から影響評価、緩和・適応策の策定に関わる基本的課題の解決のために、これら観測・予測の科学から意志決定に資する研究成果の提供までの一貫した研究体制を確立して、推進することが期待される。

*温室効果ガスに係る物質循環の解明

 気候変動を予測し、人間社会や生態系への気候変動の影響を評価する上で、温室効果ガスに係る物質循環を正確に理解することは喫緊の課題である。

 特に、温室効果ガスに係る物質循環と、その気候へのフィードバックは十分に解明されておらず、IPCC第4次評価報告書でも、気候変動と炭素循環の間の正のフィードバックの大きさの不確実性のため、大気中の二酸化炭素濃度をある特定の水準に安定化させるために必要な二酸化炭素排出量変化の不確実性が増大すると指摘し、将来の炭素循環のフィードバックの大きさの決定が解決すべき課題として挙げられている。その解明の為には、地上、船舶、航空機及び衛星などを活用した、広域にわたる温室効果ガスの長期モニタリングが不可欠であり、一層の拡充が必要であるとされている。宇宙からの全球の温室効果ガス濃度分布の観測については、我が国が「いぶき」により国際的なリーダーシップを発揮していることから、後継機を含めこの取組を推進することが必要である。また、二酸化炭素の放射性同位体比には、化石燃料起源の炭素に関する情報が含まれており、人為起源の二酸化炭素収支の解明につながることが期待される。

 現在、温室効果ガス排出削減策の一つとしてREDD+が注目されており、二酸化炭素吸収源となる森林の観測を含めた炭素循環の観測の重要性が増している。また、森林火災やインドネシア等で多発する泥炭火災による二酸化炭素放出については、高分解衛星画像(光学、マイクロ波)観測で評価した地上バイオマスの喪失のみから推定されているケースが多いため、衛星観測に加え、現地観測によって土壌を含む森林生態系のトータルな炭素量の変化やフラックスの変化を正確に評価することが求められている。さらに、衛星大気観測データを用いた広域の二酸化炭素フラックス推定結果との比較も必要である。また、航空機によるバイオマス観測は分解能・測定精度が高く、衛星・地上観測の検証に利用すべきである。同時に、大気の温室効果ガス濃度観測から吸収や放出量測定を行うトップダウン法の高分解能化は大気濃度の高度分布測定技術の開発などと合わせて必要な技術である。

 森林以外では農耕地や草地における炭素貯留の可能性は、今後の地球温暖化緩和策として重要な役割を果たすことが期待されているが、他の温室効果ガスを含めて、農耕地や草地の環境条件やその時の温室効果ガス・物質動態の正確な見積りと評価が求められている。

 メタンや一酸化二窒素については、人為起源に加え自然起源の吸収源と放出源及び気候応答の理解が十分でないことが、将来の推移予測を著しく困難としており、早急に解決すべき課題である。特にメタンの濃度上昇が近年始まっており、グローバルな観測が重要となっている。

 更に、海洋も二酸化炭素をはじめ様々な物質を溶かし込んでいるため、気候変動による物質の分布や輸送・循環の変化を観測し、把握することは、温室効果ガスに係る物質循環の理解に対して重要な役割を果たす。

 こうしたことから、全球的な温室効果ガスの濃度分布及び収支の把握並びに循環に対する理解を一層深め、モデルの高精度化に寄与する観測を強化することが必要である。

 また、生態系による吸収・放出量の寄与を明らかにするためには、海洋及び陸域生態系の生産量分布と、その長期的な変化を捉える必要がある。そのためには、GCOM-Cによる全球規模の生産量把握と長期変動監視を早期に開始し、地上観測網による精緻な実測と併せてこれを広域化するためのデータを継続的に取得することが必要である。また、世界の森林を広範囲にかつ高精度・高頻度に観測してきた「だいち」の後継機であるALOS-2によるレーダ観測を継続するとともに、広域を高分解能に光学観測する広域・高分解能観測技術衛星の開発を推進することが必要である。

*放射過程、雲物理・降水過程の解明

 IPCC第4次評価報告書において指摘されているように、気候変動予測に利用される気候モデルにおいて、雲・降水過程の扱い(特に熱帯域の雲降水過程)には不確定要素が多い。その結果、予測される放射収支は不正確なものとなっている。放射収支に関して雲・エアロゾルは、温暖化を和らげる(冷却する)効果を持つものの、その大きさが不確定であり、現在主流の気候モデルに内在する最大の不確定要因となっている。また、雲・降水過程に伴う潜熱の再配分と大気循環との相互作用のメカニズムや雲・エアロゾルの分布による放射加熱・冷却の分布と大気循環との相互作用のメカニズムが未解明であることは、気候モデルにおける地球規模の大気循環再現性に大きな不確実性を残している重大な要因である。気候変動の予測精度向上のためには、衛星・地上リモートセンシング技術や航空機観測技術などを用いた観測実験的手法による研究を推進し、エアロゾルが雲核・氷晶核として雲・降水過程に、ひいては、エアロゾル・雲・降水・放射収支と大気大循環との相互作用を通じて水・エネルギー循環に及ぼすプロセス・メカニズムの解明を進展させるとともに、エアロゾル・雲・降水・放射収支の全球規模での衛星・航空機・船舶によるモニタリング観測を持続的に遂行することが必須である。そのためには、GCOM-Cによる陸域も含めた全球規模のエアロゾル高精度観測、EarthCAREによる雲の鉛直構造把握、GPMによる立体的かつ観測頻度の高い降雨観測など、衛星による観測を早期に開始し、これまでに国内外で蓄積された多種の衛星観測によるデータを有効に解析するとともに、衛星観測を検証する航空機観測や地上観測を充実することが必要である。特に、北極域における地上雲レーダ観測を充実することや放射計観測網とライダー観測網を統合・発展させることが必要である。

 なお、地球観測連携拠点(温暖化分野)は、放射観測に関するワーキンググループやワークショップの開催等により今後の連携施策の検討を行い、放射収支メカニズム等の解明を進めるために、放射観測に関する以下の取組等が必要である旨の提言をまとめており、これらを考慮するべきである。

· 国内の放射観測実施機関間並びに放射観測実施機関と計測・計量標準機関間の放射観測機器の校正に関する協力の枠組みの構築

· 各種放射観測機器の国内並びに国際基準とのトレーサビリティの維持・確保

· 地上検証による衛星センサの校正技術の高度化に資する関係機関間の協力の枠組みの構築

· 雲・エアロゾル・放射観測のための航空機搭載用並びに船舶搭載用機器の整備と機関・分野連携した観測の実施

*対流圏大気変化の把握

 近年のアジア地域の急速な経済発展に伴い、化石燃料の燃焼に伴う大気汚染物質の放出量が増大し、排出国を越え、我が国を含む広範囲の地域の環境への影響が懸念されている。また、近年は、越境大気汚染によりオキシダント濃度が環境基準を超過し、光化学スモッグの発生頻度も増加中であり、健康被害や農作物への被害が懸念されている。さらに大気汚染物質は、二酸化炭素以外の微量温室効果ガスの大気寿命に重要な影響を及ぼすことから、地球温暖化及び気候変動の観点からもその観測が求められている。

 大気化学の観測では、大気組成の空間的・時間的変動の常時監視が重要で、そのためには、互いを補完する衛星・航空機・地上観測の並行実施が不可欠である。

 また、静止衛星によるアジア地域の広域的な大気汚染・大気変化の監視が必要とされているが、欧米も含めてまだ実現していない。実現のためには、静止衛星への搭載を目指した、大気環境観測センサの研究を促進させる必要がある。同時に粒子状物質のような空間的変動が大きい物質の観測に対応した地上観測点の整備も必要である。またこれらの地上観測点は衛星による温室効果ガス濃度推定精度の改善にも貢献すると期待される。

*海洋の熱・水・物質循環及び大気海洋相互作用と海洋変動の把握

 海洋が気候に及ぼす影響は大きく、地球規模で熱・水・物質を輸送する海洋循環の実態とその変化、さらに大気との交換の実態を知ることは、気候変動の予測はもちろん、緩和・適応策の立案を支える重要な基礎となる。近年、海洋が直接的に気候変動を支配すると考えられる現象が報告されるようになり、その中でも、インド洋ダイポール現象は、東南アジアあるいはオーストラリアでの干ばつと直接的な関係があるばかりでなく、太平洋のエルニーニョ発生状況とも関連して、遠く日本の季節的な気温変化、降水量変化にも影響を与えていることが指摘されている。また、世界の各大洋で報告されている深層水の昇温に関しては、特に南極周辺での深層水形成量の変化と結びついていると考えられており、大気との熱交換変化を通じて人間の生活圏の気温の急激な変化や、人為起源二酸化炭素の海洋深層への輸送量変化が引き起こされる可能性が指摘されている。さらに、地球温暖化による我が国への影響軽減は喫緊かつ重要な課題となっており、適応策の策定が急務とされている。対策が必要な課題としては例えば、酷暑、豪雪、多雨といった極端現象の発生や変化、海洋酸性化による周辺海域での生態系変動、海流や水温の変化による海面上昇などが指摘されており、これらの変化を正しく予測し、備えることが求められている。

 これらの実態とメカニズムの解明及び気候モデルへのインプットを可能とするためには、海洋と大気を一体としたモニター観測研究と、個々の現象を対象としたプロセス観測研究を不可分に推進することが必要とされる。このため、これまでに日本で培われた定置ブイ、漂流フロート、荒天域での船舶観測等を全球規模、及び日本周辺域に強い影響を与える海域で観測する現場観測網の構築を促進し、さらに老朽化した設備・機器を更新し長期継続的に維持することが必要である。加えて、昨年5月に打ち上げられた「G-COM W1(しずく)」による海洋変動監視、大気海洋相互作用の把握に必要な海面水温や海上風の観測、及びGCOM-Cによる物質循環の一端を担う海洋一次生産・植物プランクトンの観測等、衛星による観測を継続的に行い、現場観測データと比較検証することにより、広域での高精度な観測を実現することが必要である。また、将来的には時空間的に稠密な海面高度データの観測が望まれる。

*極域における変化の観測・監視

 北極域は、地球温暖化による平均気温の上昇が最も大きく、地球上において気候変動による影響が最も顕著に表れると予測される地域の一つである。また、地球上の雪氷の変化は、地球温暖化の加速や海水面上昇などの地球環境に影響を及ぼすことが懸念されており、北極域における変化は、日本や世界の気候システム及び全球的な物質循環に影響をもたらす可能性があることから、環境変動の実態とメカニズムの把握や環境変動に伴う生態系の応答プロセスの理解、及び領域気候モデル構築や大気大循環モデル(GCM)の高度化のため、北極域を含む雪氷圏における継続的な地球観測を実施することは非常に重要である。現在、オールジャパン体制で取り組んでいる、グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス(GRENE)事業「北極気候 変動分野、急変する北極気候システム及びその全球的な影響の総合的解明 2011ー2016」においては、極域の永久凍土崩壊による森林崩壊をはじめとした北極圏における大気・陸域・大気・雪氷圏における総合的な研究が行われており、その進展が期待されるとともに、さらに長期に亘る観測体制の確保が望まれる。また、過去から現在に至る気候変動を把握するために、氷床・凍土等の観測を強化することも重要である。このため、ALOS-2、GCOM-C、 GCOM-Wなどの衛星、砕氷船等の観測船、雪氷・凍土自動観測装置等を駆使した、北極域における海氷・海洋・雪氷域・凍土等の継続的な観測が重要である。

 一方、南極域は極めて強い温暖化の起こっている南極半島域とあまり温暖化が顕著に現れていない東南極域とがある。前者は、棚氷の崩壊、氷河流出、ひいては氷床の消耗、海面水位上昇につながるものとしてその変化の広域監視が必要であり、後者は、特にオゾンホールの存在が温暖化抑制に働いているとの説があることから、今後の動向の把握が必要である。昭和基地での大型大気レーダによるこのような気候変動メカニズムの解明とともに、長期の変動を監視する定常・モニタリング観測の継続が必要であり、今後も南極観測事業を着実に継続して実施していくことが重要である。

 更に、両極域で進められている観測を併せ、北極域・南極域双方の結果を比較研究することも重要である。また、年間を通じて環境変動を監視するため、従来の観測システムの改良や新しい観測システムの開発が必要である。

第3節 地震・津波・火山による被害の軽減

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、我が国に甚大な被害をもたらしただけでなく、広く世界中に影響を及ぼした。現在、あらゆる政策手段を総動員した震災からの復興・再生が進められているが、総合科学技術会議においても、「第4期科学技術基本計画」の中で「震災からの復興、再生の実現」が掲げられているところである。

 また、今般の震災発生後、「だいち」による広域且つ高精度という特色を生かして被災地の緊急観測を行い、効率的な被害状況の把握を行った。また、深海調査研究船「かいれい」、有人潜水調査船「しんかい6500」等により地震源近傍における海底地形の調査や余震調査、及び海底下構造探査が行われた。また、船舶により放射性物質の放出状況のモニタリングや、放射能濃度分布のシミュレーションに役立てるための海水温及び塩分濃度等の観測などの様々な取組が行われた。

 さらに、岩手県沖での海底圧力記録や電子基準点測量により得られた地殻変動観測データ、「だいち」の合成開口レーダにより観測した震災及び余震に伴う地殻変動の面的分布など、地震発生時から地震後まで様々な観測データが得られており、地震・津波発生メカニズム解明や予測精度向上に資する研究、災害発生に至る諸過程の把握のため活用されている。

 これら震災後の取組を踏まえ、本実施方針においては、「推進戦略」に示されている地震・津波・火山の分野での地球観測の推進について、以下のように整理した。

*災害発生メカニズムの解明と予測技術の向上による今後の防災・減災への貢献

 東日本大震災では、それを引き起こした海溝型超巨大地震や巨大津波の現象・災害に対して科学的知見の蓄積が未だ不十分であることが再認識された。

 地震や津波・火山活動による被害を軽減するためには、地震・地殻活動等の調査・観測を通じて、災害発生に至る諸過程を把握するとともに、得られた観測データにより、予測シミュレーションを高度化し、その発生予測精度を向上させることが必要である。また、観測データの蓄積による発生メカニズムの解明や予測精度の向上は、リスク・ハザード評価の一層の高度化、さらに、被災地の復旧・復興における今後の的確な防災・減災対策の立案へもつながる。

 地震・津波の発生メカニズムを深く解明するためには、マルチチャンネル反射法探査システム及び海底地震計による海域地球物理観測や、自律型無人潜水機(AUV)・遠隔操作型無人探査機(ROV)等の潜水船により過去の地震像の実態を正確に把握するとともに、地球深部探査船「ちきゅう」による科学掘削において取得した地質試料及び検層データから、地震断層の物理特性を把握すると同時に、掘削孔に設置した長期孔内計測装置により地震断層及び周辺地殻の微少な変動を観測することが必要である。合わせて、火山地域における山体崩壊や火山噴火に伴う火山泥流の発生に関わる脆弱な地質の分布、地下水の集中状況などの火山体内部を推定するため、電磁波による物理探査やボーリング調査を実施することが重要である。また、災害発生時の早期検知に向け、地震・津波及び海底地殻変動をリアルタイムでモニタリングすることが重要であり、その為の稠密な観測網を整備する必要がある。さらに、陸域及び海域の観測により得られた成果をハザードマップの整備・更新等に活用するなど、今後の災害対策に活かしていくことが重要である。また、観測研究の成果を世界で共有していくとともに、グローバルな観測網の更なる充実も必要である。

*災害情報の正確かつ迅速な把握及び国際連携の推進による災害対応への貢献

 地震大国と呼ばれる我が国のみならず、アジア及び環太平洋諸国は地震や津波に度々見舞われる地域であり、災害時において、その規模や被害状況等を正確かつ迅速に把握することは、世界的な課題であると言える。その課題の解決に向けて、衛星・航空機による災害監視体制、また、生態系の擾乱状況及びその後の変化等を把握する為の衛星及び陸域・海域、特に沿岸域での観測体制、日本近海のみならず太平洋における海底火山や漂流物の環境影響等の海洋環境の広域俯瞰的な観測体制を強化するとともに、解析システムと併せた、より迅速かつ正確な情報の把握及び伝達システムの構築を進めることが必要である。特に、東日本大震災のみならず、世界各国で発生した地震、津波、火山、洪水、地すべり等の災害において、広域俯瞰的な被害状況の把握に貢献し、センチネル・アジアや国際災害チャーターの枠組みで数多くの有効な衛星画像を提供してきた「だいち」の運用が終了したことを踏まえ、「だいち」によるレーダ観測を継続・高度化するALOS-2を打ち上げるとともに、広域を高分解能に光学観測する広域・高分解能観測技術衛星の開発を推進することが必要である。また、海洋生態系への擾乱状況を、海洋の物理・化学的環境、気象や海底地形、海底下の状況を踏まえて包括的に把握するためには、総合的な科学的調査と研究を実施することのできる船舶と観測体制が必要不可欠であり、計画的に整備していくことが必要である。

 また、通信ネットワークについても災害に対して頑健なシステムの構築に向けた取組が必要である。今回発生した東日本大震災においては、センチネル・アジアや国際災害チャーターを通じて各国から提供された衛星画像や、国内関係省庁・機関の連携による震源域周辺及び以東の海域での放射性物質の海水の汚染状況のモニタリングは、被災地の状況把握に重要な役割を果たした。このような国際協力及び国内の関係省庁・機関による連携は不可欠であり、今後の災害対応においてもこの取組を継続・発展させることが必要である。

第2章 国内の地球観測システムの統合に向けた地球観測データの統合化

 「推進戦略」では、我が国の地球観測の基本戦略として、「利用ニーズ主導の統合された地球観測システムの構築」を挙げている。地球環境問題や災害の軽減といった国民のニーズが高い重要課題の解決に資するため、持続的かつ効率的・効果的な地球観測を実現するものであり、その構築を進めることが重要である。

 地球観測システムの統合に向けては、衛星、海洋、航空機、地上観測などの様々な観測データを科学的・社会的に有用な情報に変換し、全人類的課題である地球環境問題の解決や自然災害の低減に有用な情報として広く社会に提供することが重要である。多様な地球観測・予測データの統合化と解析のための超大容量システムを構築して、温室効果ガスの地域排出量のモニタリング体制の確立、気候変動予測モデルの相互比較・統合化、災害やエネルギー等の様々な分野における影響評価の推進、地域気候変動の予測・影響評価の高度化、気候変動への緩和策と適応策に関する意思決定、人口減少下の効果的な国土管理など、最先端科学技術を応用した国民目線の成果を創出することが期待されている。

 異分野間のデータに加え、地球地図等の全球的基盤データの共有・統合利用を促進し、河川管理、農業農村基盤整備、林業・水産業支援、生物多様性の保全、感染症対策、影響評価結果に基づく地球温暖化の緩和策や気候変動への適応策、大規模災害軽減などに資する有用な情報を創出し、その成果を関係府省・機関の連携によって社会に還元していくことが求められる。さらに大学を含めた我が国におけるより広汎な地球観測データに関しても、その一層の有効利用を図るために、これらの統合化を進める必要がある。

 また、「平成23年度科学・技術重要施策アクションプラン」で示された重要施策パッケージ「地球観測情報を活用した社会インフラのグリーン化」においては、2020年までの成果目標として「地球観測データの統合化を進め、統合データが全体に占める割合を90%以上に引き上げる」とされている。

 また、「平成25年度科学技術重要施策アクションプラン」で示された重点的取組「地球環境情報のプラットフォーム構築」においては、「地球観測情報を一元的に利用可能な地球環境情報システムの構築に係わる研究開発、地球環境の現状把握及び予測シミュレーションの精度向上に関する研究開発及び極端現象・自然災害リスク等のリアルタイム情報発信に関する研究開発を推進する。」とされている。

 これらの目的を達成するため、我が国における地球観測事業による観測データの共有・利用を促進し、「推進戦略」に示された地球観測システムの統合化を加速していく必要がある。その為には、我が国における関係省庁・機関とデータ統合・解析システム(DIAS)、地理情報クリアリングハウス、地球観測グリッド(GEO Grid)などのデータベースの連携を促進するとともに、データ利用者の利便性向上のためのデータ・メタデータの統合化に向けた取組とそれを利活用した農業、健康、水循環及び生態系等、異なる分野の連携を進める必要があり、分野間の連携の糸口として、地球観測関係機関で取得された地球観測データのメタデータの収集を継続的に推進することが重要である。このような取組を通じて研究者が取得したデータを他の研究者も利用できるように整理する習慣を持つことが期待される。あわせて、上記のような統合された地球観測システムの構築のためには、データの保管・共有の意義が認識され、その元になるあらゆるデータが持続的・安定的に収集されるようなメカニズムを構築する体制を整備することが重要である。データアーカイブ業務や研究者のデータベース構築への貢献に対する適切な評価が実施されるようになり、観測データの保存等に関する専門性を持った人材の確保も求められる。

 なお、観測データの統合に当たっては国際的な連携も必要であり、国際的なデータ共有の枠組みへの積極的かつタイムリーな参画とその支援も必要である。

第3章 国際的な連携の強化

 「推進戦略」では、我が国の地球観測の国際戦略として、「国際的な地球観測システムの統合化における我が国の独自性の確保とリーダーシップの発揮」、「アジア・オセアニア地域との連携の強化による地球観測体制の確立」を挙げている。

*国際的な枠組みとの連携及び協働 

 我が国は、科学技術水準の向上により、経済社会の発展と国民福祉の向上に寄与するとともに、世界の科学技術の進歩と人類社会の持続的な発展に貢献するという目標を掲げ、科学技術の振興を図ってきた。また、国際社会における役割を積極的に果たすとともに、我が国の科学技術の一層の進展に資するため、研究者の国際的な交流、共同研究、科学技術に関する情報の国際的流通等を推進している。今後とも地球観測に係る国際的な貢献に取り組んでいく必要があり、GEOSSをはじめとする国際機関・計画における地球観測に関する取組をより一層加速し、推進することが求められる。

 我が国は、GEOSS推進のための組織である「地球観測に関する政府間会合(GEO)」の執行委員会メンバーを務めている他、作業計画へのリード機関・貢献機関としての参加、事務局への人的貢献、主要なタスクチーム等へのメンバー派遣を行っており、引き続き国際的なイニシアティブを発揮していくことが期待される。また、GEOSSの活動におけるアジア太平洋地域での一層の連携強化のために、2007年から、GEOSSの普及及びGEOSS推進に向けた情報交換を行い、共通理解を深めることを目的として、「GEOSSアジア太平洋シンポジウム」が毎年開催されている。本シンポジウムを通じて、GEOSS推進に向けた具体的な連携の取組を推進し、アジア太平洋地域の取組を世界に発信していくことで、全世界的なGEOSSの推進につなげていくことが期待される。さらに、「GEOSS10年実施計画」の終了を2015年に控え、「データ共有原則」のメンバー国による共有が進捗し、GEOSSの共通基盤となる情報システム(GEOSS Common Infrastructure, GCI)が構築され運用される等の成果が出てきている。今後は、DIASを日本及びアジアのデータ統合のハブとし、GCIとの接続を通じてGEOSSにおける世界的なデータの共有に貢献していく必要がある。また、全球統合測地観測システム(GGOS)を構成する次世代測地VLBI観測システム(VGOS)対応の観測施設を整備するとともに、高精度な観測データを国際機関へ提供することにより、国際的に貢献していくことも重要である。さらに、2015年以降に向けたGEOSSの在り方についての議論が開始されており、日本としてもこれに主体的に取り組んでいく必要がある。

 宇宙からの地球観測に関しては、地上における社会の持続可能な発展に貢献するものであるとの国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)における議論に鑑み、国際社会の一員たる我が国の責務として、宇宙空間平和利用の長期持続性に配慮した利用研究を推進し、途上国を含めた国際社会全体の発展に貢献していく必要がある。

 気候変動の分野においては、UNFCCCの第15回締約国会議において、研究及び組織的観測の決議が採択され、その具体的なアクションとして、全球気候観測システム(GCOS)が衛星観測、地上観測等に関する国際観測網の構築について実施計画を改訂している。また、地球観測衛星委員会(CEOS)から、気候監視を優先事項として気候に関する科学的知見の充実に貢献することが表明されている。さらに、第3回世界気候会議(WCC-3)において利用者が意志決定に活用しやすい気候情報・予測サービスの提供を推進する「気候サービスのための世界的枠組み(GFCS)」の構築が決定され、世界気象機関(WMO)を中心にその実施計画を構築中である。GCOSが定義する観測に対する要求条件として、必須気候変数(ECV)が大気、海洋、陸域の分野で合計50種定義されており、UNFCCC等における意思決定に貢献する重要な情報となっている。これらの広域で長期に亘る気候変動に関する物理量の分布と変化の情報を国際協力の下で長期に着実に観測し、取得したデータを蓄積・共有することにより、気候変動の研究と実態把握への活用、並びに観測技術の向上が求められている。ECVのような包括的な気候変動監視のためのパラメータを長期に観測し、データ提供を実施していくためには、関連する研究開発と運用に携わる機関の双方の協力が不可欠となる。衛星観測においては、GEOの早期成果の実例でもあり、20カ国以上との共同研究を含めて既に成果をあげているGOSATおよびその後継機による温室効果ガス観測を着実に推進するほか、米国との協力によりGEOの早期成果に登録されているGCOM-C及びGCOM-Wの着実かつ継続的なミッション遂行をはじめ、国内及び海外の研究機関が運用する衛星での観測によるECVの対応調査を実施し、観測とデータの気候変動監視・予測に堪える精度、品質、衛星・センサ間の整合性、長期継続性を保証するとともに、GCOSの要求に対するギャップについての対応策を協議し、その結果をUNFCCCにおいて報告する必要がある。

 また、地球環境研究においては、2010年に国際科学会議(ICSU)が地球規模の持続可能性に関する研究の重要性を指摘する報告書(Grand Challenge on Global Sustainability Research)を策定し、地球環境変動の観測・予測の強化や、持続可能性を達成するための科学的、政策的、社会的技術開発の促進を提案している。同時に、2010年に設立された、ベルモント・フォーラム(Belmont Forum:各国の政府・研究資金配分機関による地球環境変動研究に関する会合)においても、気候変動等の負の環境変化やそれに伴い発生する極端現象を緩和し、それに適応するために社会が必要とする科学的知見を提供するため、地球環境の持続性に必要な連携と援助の強化や、研究者・政策決定者・社会の対話の促進、自然科学と社会科学分野の連携等が提案されている。2012年3月には、ICSU等の学術コミュニティーを中心として、ベルモント・フォーラム等のファンディング機関や政策決定者と協働し、気候、物質循環、生物多様性、人間活動を含め、地球変動を包括的に理解し、地球規模課題の解決に資する、自然科学・社会科学を統合した研究の総合的な推進を目指すイニシアティブである「Future Earth」が提唱され、同年6月の国連持続可能な開発会議(リオ+20)に合わせて正式に立ち上げられている。

 これらの枠組みのもと、市民、政策決定者等のニーズを踏まえ、社会科学分野と協力した社会実装を念頭においた地球環境研究の推進が期待される。

*科学技術外交の推進

 総合科学技術会議が2008年5月に取りまとめた「科学技術外交の強化に向けて」などを受けて、「推進戦略」における「アジア・オセアニア地域との連携の強化による地球観測体制の確立」の考え方を発展させ、アジア・オセアニア地域のみならずアフリカ地域など、広く連携を図っていくことが必要である。

 気候変動の問題や残留性の高い化学物質が国境を越えて影響を及ぼす問題など、グローバルな環境リスク問題への対応には、国際的な地球観測の共同研究が不可欠である。しかしながら、発展途上国においては、観測施設・拠点の整備、継続的な観測を実施するための現地研究者等の人材育成など、課題が非常に多い。我が国の高度な観測技術を活かし、積極的な科学技術外交の推進と研究協力を行い、発展途上国における国際観測網への参画、観測技術の向上、人材育成に貢献していく必要がある。

 また、途上国における観測実施体制の構築は、当該国における課題解決に貢献するだけでなく、グローバルに経済活動を行う我が国の国益に資するという面でも重要である。一昨年発生したタイにおける大規模な洪水被害とその影響からわかるように、重要な海外拠点が自然災害等による被害を受けサプライチェーンが寸断されれば、広く世界に影響を及ぼし、我が国経済への影響も甚大である。したがって、リスク情報の共有体制を構築するという観点からの国際協力の推進も非常に重要である。

 また、積極的な科学技術外交を推進するに当たり、我が国がこれまでに行ってきた衛星や船舶等による観測データ及びその技術は、発展途上国における違法伐採の監視支援や陸域生態系の炭素収支観測、及び社会・経済的に深刻な影響を与える豪雨や干ばつをもたらすエルニーニョやモンスーン等の大気・海洋の変動の把握に関する共同研究等に広く活用されている。我が国の衛星や船舶等による地球観測は、アジア・オセアニア地域及びアフリカ地域等との連携を図る上で必要不可欠な役割を果たしており、強力な外交ツールとして機能している。今後も、衛星や船舶等による観測やその技術開発を推進するとともに、衛星データ利用技術や人材育成などを含む総合的なパッケージとして、これら地域に限定せず引き続き幅広く協力を進めていくことが、我が国の科学技術外交の強化ひいては我が国にとって非常に重要である。

関係府省・機関は、引き続き科学技術と外交の相乗効果等の観点から、発展途上国との科学技術協力を強化し、発展途上国の観測ニーズの把握、発展途上国の能力開発を含めた国際共同研究を推進することが期待される。

第4章 分野別推進戦略に基づく地球観測の長期継続の推進

 「推進戦略」では、社会的な要請に応える包括的な地球観測の全体像を明らかにするため、「地球温暖化」、「地球規模水循環」、「地球環境」、「生態系」、「風水害」、「大規模火災」、「地震・津波・火山」、「エネルギー・鉱物資源」、「森林資源」、「農業資源」、「海洋生物資源」、「空間情報基盤」、「土地利用及び人間活動に関する地理情報」、「気象・海象」、「地球科学」の15分野において現状、観測ニーズ、今後の取組方針等を整理した分野別の推進戦略をまとめている。関係府省・機関は「推進戦略」に基づき、引き続きこれらの分野における取組を推進することが期待される。

 地球システムにおける重要な変化の多くには、短期間の観測では明らかにすることができない事象があり、的確な把握のためには長期継続した観測が必要であることから、地球観測事業の長期継続的な実施に必要な観測基盤の構築が重要である。

 そのため、統合された地球観測システムにおいては、長期継続観測を実施する関係府省・機関と研究開発機関・大学の連携を可能とする仕組みを備え、関係府省・機関の有する観測施設等と人材、研究開発機関・大学の技術等を活用することで、長期継続的な研究観測を支援する体制を整えることが重要である。また、研究者と政策決定者の対話を通じ、観測及び研究による社会への貢献を明らかにするとともに、課題解決に繋がる観測・研究計画を立案することも必要である。さらに、長期継続観測を可能とする新たな観測手法や観測技術の高度化及び機器の高性能化や小型化等観測機器の開発、人材の育成を促進するためには、競争的研究資金の活用等を図ることも必要である。

 また、これまでに挙げた重要観測項目のモニタリングや長期継続観測を可能とする体制(予算、連携体制等)の構築、モニタリングや長期継続観測のこれまでの成果や意義を通じ重要性を示す広報・アウトリーチ活動の推進、観測資料・試料に関するデータベースの構築、データ共有・流通の促進などを進めることで、必要なデータを継続的に取得し、適切な形で利用できる体制を整える必要がある。そのためには、それぞれの地球観測システムを担っている府省・機関が相互に連携し合う必要があり、その手段として関係府省・機関間の連携を推進する機能を持った連携拠点や、関係府省・機関による具体的施策を通じて連携する必要がある。各分野における連携の進捗状況は様々であるものの、現在、連携拠点に関する取組が進んでいる分野においては、機関間・分野間の具体的な連携施策の検討が進められており、データ流通やデータ標準化の取組等に関する成功事例も創出し始めていることから、今後更に成功事例を創出していくことが他の分野の連携・データ共有の促進に繋がるため、引き続き、既存の連携拠点における連携の推進が期待される。その際には、これまでの連携の成果を評価し、活動にフィードバックすることが重要である。また、既存の取組も参考にして、新たな分野での連携拠点の設置を検討することが必要である。

 社会や環境が変化する中、これまで観測が行われてきた項目に対してもその必要性や課題解決への貢献について評価し、我が国が長期継続すべき観測項目を特定することも重要である。その上で、地球環境研究の観点からコミュニティーの総意として、必要な研究課題を実施していくことも重要である。

 また、課題解決型の観測・研究の実施という観点からは、分野が連携した長期観測システムの構築とそこから社会的、科学的価値を生み出す枠組みを作る必要がある。観測からアウトプットとして得られる情報の利活用までの道筋を立てた連携により、単なる観測設備の共用や人材の確保により長期安定した観測が可能になるだけでなく、データの統合を通じてより多くの社会的な要請に応えることができると考えられる。

 メンテナンス及び設備維持の面からは、既存設備が老朽化していくなかで、上記のような視点を持ちながら、新規の研究ターゲットを検討し、単なる老朽装置のリプレイスにとどまらない機器性能の向上、新規機能の付加を不断で実施するとの姿勢が重要である。特に、大型の機器や高価な機器についての効率的な維持や更新に関するスキームを検討すべきである。また、地球観測に必要な観測機器は、保守作業、電気代等の維持費が必須であり、5年程度で終了するプロジェクト予算ではなく、運営費交付金等の拡充や、持続的に人材が確保できるよう、長期的な資金確保の仕組みを検討する必要がある。

 また、海外における長期の観測体制の維持に当たっては、例えば、国際開発援助と研究プロジェクトのコーディネートの連携などによる観測体制の構築が考えられる。その際には、海外において研究資金を利用する際にカウンターパートが効果的に運営できるような柔軟性が必要である。途上国における観測に当たっては、国際協力プロジェクトを通じて構築された観測システムを現地の機関が引き継ぐことができるようにコーディネートすることで長期観測のフェーズに移行する枠組みを作ることも効果的である。一方で、援助対象国が長期継続観測の価値を認識しなければ、国際協力プロジェクトの終了後に予算が措置されない可能性もある。これを避けるためにも、我が国主導の下で実施するのではなく、現地でのキャパシティ・ビルディングと併せてプロジェクトの目的や継続観測が重要であるとの理解を醸成することが重要である。

 地球観測において長期継続観測は重要であり、この実現に向けて常に種々の取組を行う必要がある。このため、地球観測連携拠点(温暖化分野)が取りまとめた、長期継続観測の実現に向けた以下の提言等を考慮するべきである。

· 我が国の国際的なサイエンスへの貢献として長期継続実施すべき観測項目の特定

· 機関間連携を推進し、長期継続観測を実現するための、研究者と政策決定者との対話の実施とプロジェクトの構築

· モデル研究と観測研究の連携を一層推進し、モデルと観測が相補的な役割を果たす研究計画の立案

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科学技術・学術政策局企画評価課

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