この章においては、5つのニーズに対応した重点的取組に関する実施方針を述べる。
温暖化対策の政策決定のため、気候の現状把握、信頼できる変動予測や気候変動予測に有効な地球システムモデルの信頼の向上のための温室効果ガス等の様々な項目に係る包括的データと観測による地球温暖化の影響把握が必要であるとされている。
このため、今後10年程度で、1.アジア・オセアニア地域を中心とする大気・陸域・海洋の温室効果ガス観測、2.陸域・海洋の炭素循環と生態系の観測、3.雪氷圏・沿岸域等の気候変動に脆弱な地域での温暖化影響の観測を推進することが求められている。
この項においては、これらの項目について、それぞれの実施方針を述べる。
大気の温室効果ガスについては、地上観測網を整備すること、地上観測点による観測が不可能な海洋上や上空を船舶や航空機などの移動体によって観測することが必要である。アジア・オセアニア地域における地上観測網には、シベリア大陸、東南アジア、太平洋赤道域における空白域の存在が顕著である。現在、移動体観測によってこれらの空白域をカバーする努力が行われているが、観測網の整備の観点からは不十分である。
また、二酸化炭素以外の温室効果ガスの観測は進んでいない。陸上生態系の炭素収支観測については、アジア地域における観測点の配置が絶対的に不足している。海洋の温室効果ガス観測については、主に二酸化炭素の海洋表層の交換収支観測と海洋への長期の二酸化炭素蓄積を観測する海洋断面観測が行われている。我が国の関係機関による北西太平洋海域の観測は世界でも最も高密度に行われているが、十分に行われているとは言えない。特に、南太平洋などの海域における観測は極めて不十分である。
このような状況と関係府省・機関の準備状況を踏まえて、平成19年度においては、「基盤的事項」(第1章参照)で挙げた新規又は拡充の施策を推進するとともに、「地球観測の推進戦略」分野別地球観測等事業一覧(別表)に掲げる継続の施策を着実に実施することが必要である。
陸域・海洋の生態系は、大気圏と極めて大きな二酸化炭素量の交換を行っており、人為起源の二酸化炭素の吸収源となっていることから、地球上の炭素循環に大きな役割を果たしている。気候変動に伴って炭素の交換量収支が変化すると、大気の温室効果ガスに対してフィードバック効果が生じ、将来の気候変動の大きさを左右することになる。したがって、将来の気候変動予測の精度を高める上で、陸域・海洋の炭素循環と生態系の観測を通じた変化予測が必要となっている。
しかし、陸域における炭素循環と生態系の観測については、アジア・オセアニア域における観測点数が決定的に少ない上、生態系の機能と構造の観測が融合されていなかったり、代表的な生態系タイプ・気候帯を系統的にカバーするものになっていなかったりするなど、極めて不十分な点がある。また、海洋における炭素循環と生態系の観測については、プロセス研究のための観測から生物資源、海洋環境調査としての性格が強いものまで多様な観測が行われており、全体としての観測計画が十分に作成されていない。
このような状況と関係府省・機関の準備状況を踏まえて、平成19年度においては、「基盤的事項」(第1章参照)で挙げた新規又は拡充の施策を推進するとともに、「地球観測の推進戦略」分野別地球観測等事業一覧(別表)に掲げる継続の施策を着実に実施することが必要である。
温暖化影響の観測において、メガデルタ地域、乾燥地域周辺域、沿岸域などアジア全域における気候変動に脆弱な地域を特定することが必要であるが、十分に特定されていないのが実情である。また、気候変動による急激な変化を起こす現象の可能性を検討するには、事象・地点の同定と観測強化が必要である。特に、気候変動の影響が直接起こり得る雪氷圏、海面水位、沿岸域環境の観測が喫緊の課題である。
このような状況と関係府省・機関の準備状況を踏まえて、平成19年度においては、この分野において関係府省・機関で継続的に行う観測等を着実に実施することが必要である。
水循環データ及びこれに関連するデータの包括的な収集と情報の共有・提供を促進する体制の整備が望まれている。アジアモンスーンの変動についての理解を深め、的確な水管理に必要な水循環変動予測の精度向上と災害被害の軽減に寄与することが望まれる。このため、今後10年程度で、1.アジアモンスーン域の包括的な水循環観測データの整備、2.的確な水管理に必要な水循環変動予測の精度向上に取り組むことが必要である。
この項においては、これらの項目について、それぞれの実施方針を述べる。
現場観測については、地上雨量計やラジオゾンデなど国内外に多数の観測点があるものの、ウィンドプロファイラ、ライダー、レーダ、フラックス観測などの高度集中的な観測が実施されていない。このため、水循環の物理的理解、モデル検証に限界があったり、気象レーダ観測網が非常に不十分でデータが国際的に交換されていなかったり、ウィンドプロファイラ観測網も存在しなかったりしているなどの空白がある。
また、国際協力については、「全球エネルギー・水循環観測計画(GEWEX)アジアモンスーン観測計画」(GAME)及びその後継である「モンスーンアジア水文大気科学研究計画」(MAHASRI)や「統合地球水循環強化観測計画」(CEOP)などの国際計画が進んできてはいる。しかし、海洋大陸と南・東南アジアの一部の地域の国との協力・連携が弱いことや、研究プロジェクトで設置された装置の長期維持が困難、開発途上国での観測モニタリングが欠如していることなどの観測点の不足や国際協力・連携に不十分な点がある。
さらに、データ流通については、GAME南シナ海モンスーン観測計画(GAME/SCSMEX)などによる単年度の強化観測データはアーカイブ済みであるが、包括的な観測データセンターがない。
衛星観測については、現在、静止気象衛星や熱帯降雨観測衛星(TRMM)の衛星レーダによる観測が行われている。しかし、高緯度地方に対する観測が不十分であったり、海域上に比べて陸域上での観測精度が不十分であったり、変動の激しい降水、局地的な洪水予警報や水資源計画・管理の問題に対処するには分解能(時間、空間)が不十分であったり、気候変動に伴う水循環変動の実態を把握するには均質なデータの蓄積期間が十分でなかったり、衛星による土壌水分量の空間的に均質な全球の観測がなかったりするなど、精度の向上が必要である。
このような状況と関係府省・機関の準備状況を踏まえて、平成19年度においては、「基盤的事項」(第1章参照)で挙げた新規又は拡充の施策を推進するとともに、「地球観測の推進戦略」分野別地球観測等事業一覧(別表)に掲げる継続の施策を着実に実施することが必要である。
観測データの流通改善については、現在、気象の現業観測において観測の標準化やデータの品質管理、公開方法などが国際的に合意・実施され、また、GAMEやCEOPアジア・オーストラリアモンスーンプロジェクト(CEOP/CAMP)などの国際プロジェクトによる経験が蓄積されてきている。しかし、地上、衛星、気象現業観測データ、モデル出力の継続的な統合化システムが未整備であったり、観測データの流通性、公開性、利便性の向上と高度化を目的とするデータ統合化システムの開発と継続的運用が未整備であったりしている。
地球観測データ等の実務利用については、我が国の河川情報の公開、流通は進んでいる。しかし、衛星観測の水管理実務への適用の場面が少なかったり、衛星データの水管理指標等への翻訳システムが確立されていなかったり、社会的に有用で詳細な情報への翻訳するシステムとその出力を国際的に共有するシステムが未開発であったりしている。
データの再解析については、各種観測データから長期的に均質な統合データ作るため、日本、米国、欧州によって長期再解析が行われている。我が国が実施した長期再解析により降水量など高い精度の解析データが得られている。しかし、水循環の解明のためには、データ同化技術のうち、陸面過程、降水過程等に改善すべき点が残っている。このほか、衛星、レーダ等の観測データの一層の高度利用も必要である。
このような状況と関係府省・機関の準備状況を踏まえて、平成19年度においては、この分野において関係府省・機関で継続的に行う観測等を着実に実施することが必要である。
アジア地域の開発途上国において、我が国をはじめとする先進諸国の協力により酸性降下物等の観測が行われている。しかし、組織的な観測体制の整備が不十分であることから、我が国においては、今後10年程度で、アジア諸国との協力の下で観測拠点の強化を通して観測網の整備を更に進めることが求められている。
対流圏大気は、人間の健康に直接的な影響を与えるだけでなく、気候などの地球環境に深くかかわっている。対流圏大気には、陸域、海洋、人間活動によって様々な化合物が持ち込まれ、種々の化学反応による変質が起きている。この複雑な系の変化を把握するためには、多岐にわたる大気成分の空間的・時間的変動を系統的に観測することが必要である。
地表観測については、国内では相当数の観測ステーションにおいてエアロゾルやオゾン等の観測が行われてきている。しかし、これらの前駆体となる揮発性有機化合物の観測やエアロゾル組成、ガスやエアロゾルの発生と吸収に関する観測が不足している。アジア地域においては、オゾン等の観測が数地点で行われているが、観測の空白地域が目立っていたり、国際共同観測ネットワークが存在していなかったり、包括的な地上観測が行われていなかったり、アジア各国のデータ相互利用が進んでいなかったりしている。
衛星/航空機観測については、対流圏大気化学観測用の航空機利用体制が十分に整っていないため、三次元の観測データが不足している。また、アジア域をカバーする静止衛星によるアジア大気汚染常時観測センサー(対流圏化学衛星センサー)がないため、地表観測を十分に補完することができない。
計測技術については、対流圏大気の観測では、多種類の化合物について高感度・高精度・高頻度測定が求められる。特に、アルデヒド等極性有機化合物の高精度な測定法、揮発性有機化合物のオンライン自動測定システム、アンモニアガスの高感度連続測定システム、単一エアロゾル粒子の組成分析法、エアロゾル有機成分の自動測定法の開発やエアロゾル中の元素状炭素、有機炭素測定手法の確立が必要とされている。
このほか、グローバルな対流圏大気の変動及びアジアにおける対流圏変化の特徴を把握するため、南北両半球におけるバックグラウンド大気の観測が不足しているという問題がある。また、対流圏と海洋の間には相互作用があり、一方の変化が他方の変化をもたらすが、そのメカニズムを明らかにするための観測がなされていない。さらに、農薬など難分解性有機物の広域大気観測が必要である。
このような状況と関係府省・機関の準備状況を踏まえて、平成19年度においては、「基盤的事項」(第1章参照)で挙げた新規又は拡充の施策を推進するとともに、「地球観測の推進戦略」分野別地球観測等事業一覧(別表)に掲げる継続の施策を着実に実施することが必要である。
我が国は、衛星観測技術、地上観測ネットワーク、風水害発生予測モデル等に関する高度な技術・知見を有しており、国際的な枠組みとの連携の下、アジア地域の開発途上国や風水害被害頻発地域の被害軽減に資する包括的な観測の実施が期待されているため、特に、今後10年程度で、1地上観測網の計画的な維持更新、拡充、2衛星観測等による、自然災害が頻繁に発生する地域の重点的な観測の実施、3数値地理情報等を活用した予測・対策技術の高度化、を推進することが求められている。
この項においては、これらの項目について、それぞれの実施方針を述べる。
世界気象機関(WMO)の枠組みに基づいて全球観測システム(GOS)が展開・維持されている。世界11,000地点で地上気象観測、世界900地点で高層気象観測が実施され、データが通報・配信されている。これらのほか、世界水循環観測システム(WHYCOS)、全球流出データセンター(GRDC)による水文観測データの収集・配信されている。
また、台風や集中豪雨などによる風水害の軽減を目指す国際プログラムの一つであるWMOの観測システム研究・予測可能性実験(THORPEX)に基づき、航空機や船舶などによって、広大な観測空白域である海洋上において特に予測改善に寄与する領域を推定して観測する最適観測法を実施し、被害軽減のための予測精度の向上に寄与することが重要である。
しかし、世界的に開発途上国や紛争国の観測データが不十分であり、気象・水文の定常観測地点が減少傾向にある。特に、アジアの開発途上国では、地上観測システムの整備が不十分であり、また、河川水位・流量の観測が非常に少なく、土壌や地質データも不十分である。
このような状況と各府省における準備状況を踏まえて、平成19年度においては、この分野において関係府省・機関で継続的に行う観測等を着実に実施することが必要である。
WMOの枠組みに基づいて静止気象衛星の世界6機体制による全球毎時観測や極軌道衛星等の地球観測衛星による様々な物理量の観測が行われているが、より一層の高空間分解能・高頻度な観測の実施が必要である。また、夜間・荒天時の観測が実施できていないことから、合成開口レーダやマイクロ波による観測が必要である。
さらに、全球降水観測計画(GPM)による降水の高頻度・高精度観測、地球環境変動観測ミッション(GCOM)による降水・水蒸気量、積雪、波浪、海面水温等の観測が必要である。
このような状況と関係府省・機関の準備状況を踏まえて、平成19年度においては、「基盤的事項」(第1章参照)で挙げた新規又は拡充の施策を推進するとともに、「地球観測の推進戦略」分野別地球観測等事業一覧(別表)に掲げる継続の施策を着実に実施することが必要である。
WMOの枠組みに基づき、先進諸国においては、地上観測サイト、衛星、航空機、ゾンデ、船舶等による観測結果を収集・使用し、データ同化システムや数値予報モデルにより、気温や降水量、風等の解析値及び予測値をリアルタイムで作成・発表している。また、WMO地域特別気象センター(我が国は東アジアを担当)が、台風等の解析・予報資料の作成と関係国の気象機関への提供を実施している。
しかし、現象のモデリング技術は必ずしも十分でなく、また、衛星観測、気象・水象観測と既往の水管理システム、流出モデルとの結合が不十分である。特に、衛星データを水管理指標、河川流量へ翻訳するシステムが確立されていない。
さらに、アジアの開発途上国では、地上観測システムの整備、地理情報の更新が不十分であるとともに、予報・警報・防災情報伝達システムが不十分である。
したがって、気象・水文現象を的確に記述したモデルによるシミュレーション技術の研究開発の推進と高空間分解能(精度1メートル程度)・高時間分解の衛星観測の推進が重要である。
また、地球観測衛星による観測と、地上情報のGIS化に基づくハザードマップの作成、特に、交通の便が悪くアクセス困難な地域(島嶼・山岳高地)を多く抱えるアジア地域での衛星情報利用による地形・地質観測と、それに基づいたハザードマップの作成を進めることが必要である。
このような状況と関係府省・機関の準備状況を踏まえて、平成19年度においては、「基盤的事項」(第1章参照)で挙げた新規又は拡充の施策を推進するとともに、「地球観測の推進戦略」分野別地球観測等事業一覧(別表)に掲げる継続の施策を着実に実施することが必要である。
アジア地域において、地震・津波による被害を軽減するために、観測技術の高度化や地震・津波の被害の発生メカニズム解明に向けて取り組み、その成果を防災に生かすことが必要である。
我が国においては、特に、今後10年程度で、1.陸域・海域において観測の空白のない恒常的観測体制の整備、2.高精細な観測ネットワーク等我が国が有する観測基盤技術のアジア諸国への移転、3.太平洋プレート等の運動に起因する地震・津波発生メカニズムの解明を推進することが求められている。
この項においては、これらの項目について、それぞれの実施方針を述べる。
国内の定常的地震・地殻変動観測については、全般的に見ると非常に密で高精度の観測が行われており陸上の地震観測体制は離島を除いてほぼ均一となった。しかし、海域におけるリアルタイムの観測は限られている。
国内の多角的な観測については、地震観測で検知できる地震活動やGPS・歪み・傾斜観測で検知できる地殻変動に加えて、地震の発生に関与する可能性のある地殻内の水の分布や流動などを多角的に観測する必要がある。
アジア・太平洋地震・地殻変動観測については、現状では、国内の様々な機関がこの地域で地震観測や地震観測網の整備の協力を行っている。しかし、極東ロシア、朝鮮半島、中国、台湾、フィリピンやインドネシア等における稠密(200-300キロメートル間隔)なリアルタイム広帯域観測網がないこと、現在の観測点のデータが交換されていないこと、マルチパラメタ観測点(地震、GPS、地磁気等)の数が限られていることなどの問題がある。
アジア・太平洋域津波観測については、我が国は北太平洋津波監視センター(NWPTAC)として、アジア・太平洋地域の潮位観測とデータの収集を行っている。しかし、この地域での海域における定常地震・津波観測はほとんど実施されていない。
リモートセンシングについては、陸域観測技術衛星「だいち」による全世界の陸域観測が開始され、また、SARによる地表面観測技術の開発が行われている。しかし、救命・援助のための被害状況把握には、観測頻度・分解能の更なる高度化が必要である。また、世界の地殻変動帯での三次元地殻変動の高密度での観測も必要である。
また、衛星データの解析については、国内全域における干渉SARによる精密地盤変動の検出、地盤変動図の作成に関する研究等が行われている。しかし、衛星画像から被災状況を抽出するためには、平常時の衛星画像の取得とアーカイブが必要である。
このような状況と関係府省・機関の準備状況を踏まえて、平成19年度においては、「分野間及び府省・機関間の連携」(第1部参照)及び「基盤的事項」(第1章参照)で挙げた施策のほか、以下の拡充の施策を推進するとともに、「地球観測の推進戦略」分野別地球観測等事業一覧(別表)に掲げる継続の施策を着実に実施することが必要である。
事業番号 | 施策の概要 | 府省・機関名 |
---|---|---|
7-1-3 7-2-4 12-3-3 15-7-3 |
インドネシア等における広帯域地震観測網の構築・拡充を行う。 | 文部科学省 |
我が国における地震・津波の観測・監視システムは、世界で最も高密度・高精度であり、それに基づく地震・津波情報伝達システムの信頼度と効果、調査研究のレベルのいずれにおいても世界をリードしている。インドネシアをはじめとするアジア・太平洋地域は、日本と同様の地震・津波の多発地帯である。
このため我が国の有する技術を移転することは、それぞれの国における災害軽減に直接役立つだけでなく、持続的な観測の実現によって地域全体における地震・津波発生メカニズムの解明と災害軽減に貢献する。
このような状況と関係府省・機関の準備状況を踏まえて、平成19年度においては、この分野において関係府省・機関で継続的に行う事業を着実に実施することが必要である。
太平洋プレート等の運動に起因する地震・津波発生メカニズムの解明については、前述したような状況と関係府省・機関の準備状況を踏まえて、平成19年度においては、「基盤的事項」(第1章参照)で挙げた新規又は拡充の施策を推進するとともに、「地球観測の推進戦略」分野別地球観測等事業一覧(別表)に掲げる継続の施策を着実に実施することが必要である。
科学技術・学術政策局政策課
-- 登録:平成21年以前 --