本研究領域では、炎症が慢性化する機構を明らかにし、慢性炎症を早期に検出し、制御し、消退させ、修復する基盤技術の創出を目的とします。
具体的には、1. 炎症制御の破綻機構を明らかにすることにより、炎症の慢性化を誘導、維持する因子を同定する、2. 炎症の慢性化によりどのようにして特定の疾患(がん、神経変性疾患、動脈硬化性疾患などを含む)が発症するのか、その機序を明らかにし、制御する基盤技術を創出する、3. 炎症の慢性化の早期発見および定量的な評価を可能にする基盤技術を創出する、などを目指した研究を対象とします。なかでも、従来の基礎のみ、あるいは臨床のみの研究ではなく、十分なエビデンスに基づいた知見を高次炎症調節機構の理解にまで昇華させ、新たな先制医療基盤技術の開発につなげられるような視点をもつ研究を重視します。
宮坂 昌之(みやさか まさゆき)(大阪大学大学院医学系研究科 教授)
炎症とは、赤み、熱、腫れ、痛みを主徴とした反応で、感染や組織傷害に対して生体が発動する組織修復機構と考えられてきました。ところが、加齢とともに増加するがん、動脈硬化、肥満、アルツハイマー病などの種々の疾患のみならず、老化そのものにも、慢性的な炎症が促進的要因として関与することが強く示唆されています。では、なぜ、通常では消退するはずの炎症反応が持続し、慢性化するのでしょうか?また、慢性的な炎症がどのような機序で組織に変性をもたらし、さらには種々の疾患をひきおこすのでしょうか?これらについては殆どわかっていません。一方、もし、これらのことを明らかにすることができれば、加齢に伴う種々の疾患の予防、制御が可能になり、病気が始まってから治療をするのではなく、その発症に先立ち診断、対処ができる「高齢社会に必要な先制医療」の礎を築くことができます。21 世紀初頭には我が国は世界のどの国も経験したことのない高齢社会となることが予想されていますが、このような先制医療の礎を築くことにより、国民が健やかに老いることが可能になり、等しく健康で長寿を全うできる社会の形成に大きく資することになります。また、これまでの慢性炎症に対する治療法は、ステロイドや免疫抑制剤などを用いた非特異的なものであったために、日和見感染症の誘発などの問題点が生じていますが、もし慢性炎症の誘導、増悪機構を明らかにできれば、これを標的としたより特異的な治療法の開発が可能になります。
炎症は、急性炎症と慢性炎症に大別されます。急性炎症の発症、制御機構は、近年の免疫学の進歩とともに、かなりその詳細が明らかになってきました。しかし、慢性炎症は単なる急性炎症の繰り返しではなく、質的に異なる反応である可能性があります。そうであれば、急性炎症の機構だけを調べても慢性炎症を理解することは難しいと考えられます。炎症制御の破綻が炎症の慢性化、さらには種々の疾患の発症につながると想定されてはいるものの、具体的にどのような因子が慢性炎症をひきおこし、その遷延化を誘導するのかは明らかではありません。また、既に同定されている炎症誘導因子の機能的な制御で炎症の慢性化が抑制できるのかについても明らかではありません。おそらく、複数あるいは多数の因子が時空間的に複雑な相互作用をする動的な反応の存在が想定されます。従って、システムバイオロジー的な考え方から炎症制御機構の動作原理を理解しようとする研究も重要と思われます。ただし、この場合、数理モデル化などの仮説的展開だけでは不十分であり、実験的解析による検証が必要です。
本領域では、炎症の慢性化機構や慢性炎症を消退させる制御機構を明らかにする研究のみならず、慢性炎症が原因となる疾患の発症機構を明らかにする研究や、炎症の実態を可視化、定性化、定量化するための技術的な開発も重要視します。特に、個別分子、個別疾患、個別技術の研究にとどまらない、新たな慢性炎症の制御技術の開発や、慢性炎症を契機とした疾患発症機序の解明と制御を目指した挑戦的な研究提案を期待します。
本研究領域は、生体防御反応であるにもかかわらず、炎症が慢性化することによって生体に悪影響を引き起こす現象の実体解明に向けた研究、すなわち、炎症の慢性化とその維持機構、および炎症の慢性化が疾患を惹起・進行・重症化する機構の時空間的な解明に挑戦する研究を対象とします。このような研究を推進することにより、炎症の慢性化が関与するさまざまな疾患や臓器不全の予防や治療、創薬につながる新たな医療基盤の創出を目指します。
具体的には、下記の視点をもった研究を推進します。
1)分子や細胞の階層から迫る研究に加え、組織や臓器の階層から迫る視点
2)細胞や組織、臓器間の相互作用、個体全体でのダイナミクスなど、慢性炎症を複雑系として捉える視点
3)エピジェネティクスや機能性非コードRNA など、他生命科学分野からの視点
4)遺伝子産物、生理活性物質、細胞やそれらの動態を検出・測定する技術的な分野からの視点
5)慢性炎症の制御による関連疾患を標的とした創薬などの医療応用を見据えた視点
高津 聖志(たかつ きよし)(富山県薬事研究所 所長)
21 世紀に入り高齢化社会における健康保持とそのための医学的ニーズが強くなっています。そのような中で、医学全般の分野では「炎症の慢性化」への注目が高まっています。それは、慢性炎症が、加齢とともに増加する「がん、生活習慣病、アルツハイマー病など」種々の疾患に促進的要因として関与することが示唆されているからです。炎症は外的環境要因(感染病原体、環境錯乱物質、生活環境など)や内的環境要因(加齢、栄養、ストレス、代謝など)に対する生体の防御反応であると認識されています。しかし、近年、種々の疾患(がん、アルツハイマー病などの神経変性疾患、糖尿病、動脈硬化性疾患、自己免疫疾患など)の局所において炎症細胞の浸潤と慢性的な炎症が観察され、それが組織変性と疾患の重症化の重要な要因となっていることがわかってきました。
ところが、炎症の慢性化がどのような機序で組織変性や疾患の重症化をひきおこすのか、なぜ、通常では消退するはずの炎症反応が持続し慢性化するのかについては不明な点が多いのが実状です。また、生体の高次機能は免疫系-神経系-内分泌系などのネットワークを介した複雑系により成り立っています。そのため、これらの時空間的な調節と炎症の慢性化との関連性を解明することも重要です。もし、それらのことを明らかにできれば、加齢に伴う種々の疾患の予防、診断、治療、創薬開発が可能になり、高齢化社会に必要な先制医療の基盤技術の創出に大きく資することになります。
本研究領域では、炎症制御の破綻が炎症の慢性化につながる機構及び炎症の慢性化が組織変性や疾患を惹起・進行・重症化する機構に関する研究、ならびにそれら機構の時空間的な制御の研究を対象とします。また、複雑系とされる慢性炎症の機構を理解するには、多面的な視点や考え方が必要ではないかと思います。そこで、本研究領域では「炎症の慢性化」という切り口で臨床医学、基礎医学、基礎生物学を含めたさまざまな分野からの研究課題を結集し、研究者の方々には自身の研究課題に新たな視点を取り入れるために、研究者間での活発な交流や連携を求めていきたいと思います。なお、今回、同じ戦略目標の達成に向けてCREST「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」もスタートします。CREST 領域とも積極的に連携し、さきがけ・CREST の場に集まった人達が一体となって、慢性炎症の機序の解明などに向けて進んでいければと思っております。
今回が初めての公募ですが、自由で創意に満ちた研究提案が集まることを期待しています。がん、代謝性疾患、循環器疾患、消化器疾患、神経・筋疾患、骨・軟骨疾患、感覚器疾患、自己免疫疾患などの幅広い疾患分野からの研究提案はもとより、免疫学、病原微生物学、生命科学が関わる慢性炎症の評価系の確立や、炎症に係わる分子や細胞の検出・測定法に関する技術開発に関し、遺伝子、細胞、組織、個体などの異なる階層での研究から「炎症の慢性化」に迫る視点を持った研究提案が集まることを期待しております。若い研究者ならではの独創的な研究提案をお待ちしています。奮って応募してください。
本研究領域は、次々世代(次世代スーパーコンピュータ「京」の次の世代)あるいはそれ以降のスーパーコンピューティングに資する、システムソフトウェアやアプリケーション開発環境等の基盤技術の創出を目指すものです。
具体的には、2010 年代半ば以降に多用される、メニーコア化された汎用型プロセッサや専用プロセッサ(現在GPGPU と呼ばれるものを含む)を用いて構成されるスーパーコンピュータの特徴を生かし、その上で実行されるアプリケーションを高効率・高信頼なものにするシステムソフトウェア(プログラミング言語、コンパイラ、ランタイムシステム、オペレーティングシステム、通信ミドルウェア、ファイルシステム等)、アプリケーション発支援システム、超大規模データ処理システムソフトウェア等に関する、実用性を見据えた研究開発を対象とします。また、実用上の観点からそれらのソフトウェアレイアをまたがる研究開発が奨励されます。
米澤 明憲(よねざわ あきのり)(東京大学大学院情報理工学研究科 教授)
超大規模計算・記憶資源を活用した数値シミュレーションやデータ解析は、理論や実験・観測に加えて新たに登場した科学・技術の第三の方法論として、その役割の重要性が飛躍的に高まっています。これに呼応して、欧米、中国ではスーパーコンピュータの開発競争が激化し、我が国でも、2012 年には次世代スーパーコンピュータ「京」の正式稼働が予定されています。スーパーコンピュータのこのような重要性に鑑み、各国でもすでに次の世代、すなわち次々世代のスーパーコンピュータの開発が水面下で進められ始めているのが現状です。
スーパーコンピュータの存在が有意義になるためには、その上で実行されるアプリケーション領域でのシミュレーションプログラムやデータ解析プログラムが開発されるのみならず、スーパーコンピュータのハードウェア性能を十分引き出すことを可能にする、質の高い設計のもと高機能・高信頼性を有するシステムソフトウェアの存在が不可欠です。本研究領域では、このようなシステムプログラム、すなわち、プログラミング言語、コンパイラ、ランタイムシステム、オペレーティングシステム、通信ミドルウェア、ファイルシステム等や、アプリケーション開発支援システム(数値計算ライブラリを含む)、超大規模データ処理システムソフトウェア等の研究開発を行います。
次々世代以降のスーパーコンピュータのアーキテクチャーは、メニーコア化された汎用型プロセッサや専用プロセッサ(現在GPGPU と呼ばれるものを含む)を用いて構成されるという方向性以外は、必ずしも明確になっているとは言えません。これを受けて、本研究領域の研究課題の提案においては、研究開発で前提としているアーキテクチャーを出来る限り詳しく記述していただきます。採択された研究課題は、前提とするアーキテクチャー上で研究開発するシステムソフトウェア等が効率良く稼働する可能性が高いことを実証するとともに、その成果をオープンソースとして公開する等により本研究領域の発展に貢献して頂きます。また、対象アプリケーションを想定した上で、ハードウェアからアプリケーションまでの協調の可能性を十分考慮したシステムソフトウェアの研究開発が提案されることが望まれます。
さらに、本研究領域での採択課題は、最長5 年間という研究開発期間がありますが、実用の可能性の高いシステムソフトウェア等が最終的に実現される見通しが付くことを、中間評価の段階で相当程度実証していただく予定です。その評価結果によっては、以降の研究計画を大幅に見直していただいたり、研究課題間の一層の連携を求めたり、場合によっては研究課題を中止することもあり得ます。
本研究領域を推進することにより、研究領域の期間の後期(2015 年頃から)において、次世代スーパーコンピュータ「京」に続く、次々世代以降の我が国のスーパーコンピュータに活用され得るシステムソフトウェア基盤技術を創出します。また、次々世代以降の、超並列コンピューティングによるスーパーコンピュータのシステムアーキテクチャ、ソフトウェアアーキテクチャの方向性づくりに貢献します。このために、企業や海外研究者と情報を共有しつつ研究開発を実施する等の産学連携や国際連携を進めていける体制が望まれます。
さらに、各研究課題が終了する頃(2016 年頃)から、超並列計算機システム上で本研究領域の成果を用いたシステムソフトウェアを利用して、大規模データに基づく新しい大規模シミュレーション・予測手法等が生まれ続け、環境分野からライフサイエンス分野に至る広範な分野で、科学・技術の新たな展開がもたらされると期待されます。
本研究領域は、持続可能な社会の構築のために解決すべき資源・エネルギー・環境問題に元素戦略を共通概念とする物質科学・物性科学の観点から取り組み、既存の延長線上にない物質・材料の革新的機能の創出を目指します。
具体的には、「物質の特性・機能を決める特定元素の役割を理解し有効活用する」という元素戦略コンセプトの下、物質構造、界面、電子相関などの様々な機能発現に共通する問題点を多角的・系統的に解明・理解し、それらを制御することにより、物質・材料の革新的な特性や機能の創出に向けた研究開発に取り組みます。多様な元素の特性に着目して「電子状態」「原子配列」「分子構造」等の微視的な観点から目的機能を如何に発現させるかを検討すると共に、計測技術や計算科学も活用しつつ構造・機能・反応をデザインし、多様な課題解決に向けた物質・材料の革新的機能の創出を目指します。物理、化学、工学、材料科学といった分野の垣根にとらわれない異分野融合を強く意識した大胆かつチャレンジングな研究を推進します。
玉尾 皓平(たまお こうへい)(理化学研究所基幹研究所 所長/グリーン未来物質創成研究領域長)
持続可能な環境調和型社会構築のために解決すべき課題が山積しています。直面する課題、長期にわたって解決すべき課題、いずれもその解決には機能性物質創成研究が中心的役割を担わねばなりません。物質科学が資源・エネルギー・環境分野はもとよりライフサイエンス分野や情報分野をも先導して課題解決にあたるのだ、との強い意志をもって研究に取り組みます。これを先ず第一の共通認識としましょう。
物質・材料科学の基盤を築くのが元素戦略です。元素の特性を再認識し機能性物質創成を行うサイエンス、すなわち「元素科学」、に戦略性を込めて課題解決型研究に転換するのが「元素戦略」です。しっかりしたサイエンスに裏づけされた戦略研究、革新技術でなければなりません。第二の共通認識です。
元素戦略には主に次の4 つの戦略が考えられます。「代替戦略」「減量戦略」「循環戦略」「規制戦略」です。既存の物質・材料の希少元素や有害元素を豊富で安全な元素で置き換える代替戦略、機能を担う戦略元素の有効機能の高度活用によって既存の機能を維持あるいはそれを超える機能をもたらす減量戦略、希少元素の回収循環システムを構築する循環戦略、希少元素や環境劣化につながる恐れのある元素に対する規制戦略です。革新的機能性物質・材料創成研究では、これらの戦略をすべて考慮する必要があります。これが第三の共通認識です。物質創成科学に使える元素は80 種余りです。元素は構造体となって初めて機能を発揮します。したがって、機能発現という観点からは「異常原子価」「欠陥」「表面・界面」などの構造要素も元素の範疇に入れることにします。構造体中の「電子状態」「原子配列」「分子構造」を決定する多様な元素本来の特性に着目すると共に、これらの要素も加味して、目的機能を如何に発現させるかを検討し、計測技術や計算科学も活用して構造・機能・反応をデザインすることが肝要です。
本研究領域では、このような共通認識の下、既存の物質・材料の元素代替や機能改良に取り組むだけではなく、多様な元素の特性を多角的に発掘し、斬新な発想に基づく物質・材料の革新的機能を創出する研究を推進します。
具体的な研究対象としては、エネルギーを創る・運ぶ・貯める、そして環境を守るための物質・材料・反応設計として、たとえば、光・電子・磁性材料、超伝導材料、半導体、強相関電子材料、熱電変換材料、炭素ナノ材料、セラミックス、金属構造材料、複合材料、有機機能材料、有機構造材料、高機能触媒、など広範囲の物質・材料群と共に、新現象、新反応なども含みます。物理、化学、工学、材料科学、計測技術、計算科学など分野にとらわれることなく、大胆な連携・融合研究の提案を期待します。
物質の機能は、それを構成する元素と不可分な関係にあることが知られています。しかし、元素の数は100あまりに過ぎず、そのうち実際に材料に使えるものは、資源や毒性などの制約のために、数が限定されてきています。よって、社会を支え要求に応える材料を産み出すためには、これまでの各元素に対するイメージを刷新し、新しい可能性を切り開く成果が研究者に求められています。
物質・材料分野の飛躍的進展には、ナノ領域の科学と技術の開拓が不可欠であるとの共通の認識から、世界各国でその研究が重点的に行われてきています。これからは、その基盤の上に各国の特質を反映した施策が実行される時期です。「元素戦略」は、天然資源に乏しい我が国が世界に先駆けて開始した研究施策のひとつで、これまで希少な元素を駆使して実現してきた有用な機能を、できるだけありふれた元素群から知恵を絞って実現しようというものです。これは学術的には、持続可能な社会のための新しい物質科学を確立することを意味します。
本研究領域は、資源、環境、エネルギー問題などを解決するグリーン・イノベーションに資するべく、クラーク数上位の元素を駆使して、ナノ構造や界面・表面、欠陥などの制御と活用による革新的な機能物質や材料の創成と計算科学や先端計測に立脚した新しい物質・材料科学の確立を目指します。
細野 秀雄(ほその ひでお)(東京工業大学フロンティア研究センター/応用セラミックス研究所 教授)
物質・材料科学は、日本が学術面で世界をリードしているだけでなく、国際競争力の高い製造業を支えてきました。しかし、これからは、資源、環境、エネルギーという時代の束縛が益々厳しくなり、材料開発に転換が求められています。機能の発現機構にまで立ち返って理解し、それに基づき、存在比の高い元素群を組み合わせ、いろいろな構造要素を工夫して、目的の機能を実現するアプローチが求められています。近年、進歩の著しい計算科学や計測手法、そしてこれまで蓄積してきたナノの科学・技術は大きな力になるはずです。その意味で「元素戦略」は、ナノの真価が問われる具体的事例と位置付けることもできます。
革新的な新物質や新材料が発見された場合のインパクトは絶大で破壊的です。人類の文明の飛躍は、ありふれた石ころから酸素を剥ぎ取って、自然界に存在しない金属を創り出したことにあります。現代の高度情報化社会はシリコン半導体と光ファイバーによって支えられていますが、それを構成する元素はクラーク数1位と2位の酸素とケイ素です。合成繊維やプラスチックも同様に、炭素、水素、酸素、窒素というありふれた元素から構成されています。制約の大きなこれからの時代を担うのも、ありふれた元素を主体とし、これまでの元素のイメージからは程遠い機能をもつ革新的材料であると思われます。
1980年代後半に銅酸化物の高温超伝導体が発見された際には、物性物理、固体化学、金属、セラミックスなど、異なる分野の元気に溢れた多くの若手研究者が相次いで参入しました。厳しい国際競争の中で、より高い転移温度をもつ物質や未知な機構の解明を目指して格闘した結果、物質科学に新しい研究領域が誕生しました。現在、日本がこの分野で世界のトップランナーになっているのは、ここにその起源があります。今度は、資源・環境問題の本質的解決に寄与できる物質・材料科学を創り出すことを時代が求めています。小さくても斬新なアイディアと強い使命感や大きな野心を抱いた若手研究者が、この課題に飛び込んでくれることを期待しています。対象とする物質系は、有機、無機、金属などを問いません。課題が明確で独自のアプローチによって成果の期待できるものだけでなく、まだ荒削りだがこれからの集中によって大きく化ける可能性のある提案も大いに歓迎します。
本研究領域は、藻類・水圏微生物を利用したバイオエネルギー生産のための基盤技術創出を目的とします。藻類・水圏微生物には、高い脂質・糖類蓄積能力や多様な炭化水素の産生能力、高い増殖能力を持つものがあることに着目し、これらのポテンシャルを活かした、バイオエネルギー創成のための革新的な基盤技術の創出を目指します。
具体的には、近年急速に発展したゲノミクス・プロテオミクス・メタボロミクス・細胞解析技術等を含む先端科学も活用し、藻類・水圏微生物の持つバイオエネルギーの生産等に有効な生理機能や代謝機構の解明を進めるとともに、それらを制御することによりエネルギー生産効率を向上させるための研究を対象とします。さらに、バイオエネルギー生産に付随する有用物質生産や水質浄化等に資する多様な技術の創出に関する研究も含みます。
将来のバイオエネルギー創成につながる革新的技術の実現に向けて、生物系、化学系、工学系などの幅広い分野から新たな発想で挑戦する研究を対象とします。
松永 是(まつなが ただし)(東京農工大学 理事・副学長)
生物を用いて太陽光からエネルギーを生産することは、人類の長年の夢でした。すでにトウモロコシやサトウキビから酵母によって作られるエタノールがバイオ燃料として実用化していますが、食料との競合が問題とされています。そのため、作物の非可食部や廃材の利用の研究が広く行われてきましたが、近年、藻類・水圏微生物を利用したバイオ燃料の生産が注目されています。これらの生物はエタノールに変換可能であるばかりでなく、バイオディーゼルや炭化水素を生産することも可能です。生産の場についても、陸上に限らず、表面積の7 割を占める海洋の利用は重要な選択肢です。
本研究領域では、海産、淡水産の生物を用いてバイオエネルギー生産を行うための基盤技術の創出を目指します。バイオ燃料(例えばバイオディーゼル、軽油(アルカン、アルケン)、エタノール、メタン、水素等)の産生、もしくはこれらにつながる脂質、糖類等の産生に資する研究を対象とします。さらに、バイオ電池による電気エネルギーへの変換も含みます。また、バイオ燃料の副生成物11として、シリカ、アルギン酸等の工業原料物質、アスタキサンチン、β-カロチン、DHA、EPA 等の生理活性物質等が想定されます。
藻類等によるバイオエネルギー創成の研究は、これまでも行われてきましたが、本研究領域では、近年急速に発展したオミクス分野の知見や技術を駆使して、藻類等の機能を解明し、その制御を通してポテンシャルを大幅に向上させることにより、革新的な技術の創出を目指します。研究内容としては、例えば、ゲノム情報に基づくプロテオームやメタボローム解析結果を基にしたメタボリックエンジニアリング、メタゲノム解析による未知有用遺伝子の探索、遺伝子組み換えによる機能改変などが挙げられます。また、これらの先端技術を組み入れた、バイオ燃料高生産株の探索・培養から燃料の分離・抽出方法の開発に至るまでの一連の研究も含まれます。なお、将来的な実用化を念頭において、コスト計算、CO2収支、LCA や海洋利用を見据えた藻類の生態学等を考慮することも重要です。
藻類等によるバイオエネルギー創成のための研究には、マリンバイオテクノロジー、藻類学、微生物学、情報生物学、海洋生物学、生化学、遺伝子工学、植物生理学、化学、化学工学等、多岐にわたる分野の研究者による有機的協力が不可欠です。本研究領域の目的を達成するためには、上記諸分野の研究者の有機的な協働と共に、新進気鋭の研究者の独創的な発想を活かした挑戦的なテーマによる成果も期待されることから、実施体制としては、CREST とさきがけの2つのタイプで行います。
CREST においては、各分野の研究手法に精通したグループの協働による、画期的な基盤技術を実現する提案を期待します。また、海外においても研究が進展しつつあることを十分に踏まえた上で、より優れた成果を挙げるための方策を明確にすることを求めます。さきがけにおいては、特に基礎的段階でのボトルネックの解決に資する提案や、今後この分野に大きな進展をもたらすことが期待される提案、また、ブレークスルーが生まれれば藻類等にとどまらず植物等の関連研究にも波及効果が期待できるような挑戦的な提案を広く募集します。
領域運営にあたっては、CREST とさきがけの相乗効果を高めるために、両者を一体的、統合的に推進する体制で行います。研究の進捗に応じて、相互の研究成果の情報交換を密にし、CREST とさきがけの異なる推進体制間におけるコラボレーション(研究協力)等も積極的に推進したいと考えています。
本研究領域の成果により、効率がよく、低コストのバイオ燃料生産系を構築するための基盤技術が開発されることが期待されます。この技術を活用することにより、原油等の化石燃料の使用が削減されることが期待されます。また、物質代謝系技術の確立は、プラスチック原料を含む化成品等の製造技術などへとつながることから、化学産業の石油依存度を変える可能性があります。さらに、このような研究を通じて、医薬品、機能性食材等の原料となり得る新規有用物質の創成が可能となります。これらの技術は、大規模実用化実験をへて、領域終了後5 年から10 年をめどに達成されることが期待されます。
電話番号:03-6734-3982(直通)
-- 登録:平成22年09月 --