資料1-1 第6期科学技術基本計画策定に向けた科学技術社会連携委員会における検討結果(最終版)

令和元年10月18日
科学技術社会連携委員会 

1.背景

(1)科学技術イノベーションと社会の関係の深化に向けた取組の推移

 科学技術基本計画における科学技術イノベーションと社会の関係に関しては、科学技術に関する国民の理解増進(第1期:平成8年~)、科学技術と社会との間の双方向のコミュニケーション(第2期:平成13年~)、研究者等と国民の対話(第3期:平成18年~)、国民の政策過程への参画(第4期:平成23年~)、様々なステークホルダーによる対話・協働による共創(第5期:平成年~)へとその関係の深化が提唱されてきた。
  こうした関係深化に向けた取組によって、Society5.0の実現、SDGsの達成や様々な社会課題の解決に寄与し、さらに科学技術の急速な進展に伴って生じる法制度の未整備や人々の価値観や順応性とのずれなど倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI:ethical, legal and social implications)への適切な対応を図ることで、科学技術イノベーションによる新たな価値の創造に貢献することが期待されてきた。
 あわせて、近年の東日本大震災やそれに伴う原子力発電所事故、研究不正の発覚等は、科学技術と社会との関係を改めて見直す契機となった。

(2)海外における科学技術イノベーションと社会の相互作用の拡大

 欧米では、ELSIを発展的に継承した概念として、科学技術の影響を共有することとなる市民に開かれた議論、研究者とステークホルダーの相互協働を行い、)(※1)が提唱され、これはEUにおける科学技術政策の基本計画であるHorizon2020にも取り込まれるに至った。更に欧州では、Horizon2020に続く、Horizon Europeの検討の過程において、フロンティア研究の支援に係る「オープンサイエンス」、社会課題の解決に係る「グローバルチャレンジ・産業競争力」、市場創出の支援に係る「オープンイノベーション」の三つの柱が検討されており、RRIは、これらに引き継がれていると考えられる。また、研究者とステークホルダーの対話・協働の一つの具体例としては、フューチャーアースプロジェクト(FE:Future earth project)のようなトランスディシプリナリーリサーチ(Transdisciplinary research)が行われている。
 令和元年11月にブダペストで開催された世界科学フォーラム(WORLD SCIENCE FORUM)においても、科学技術の倫理と責任について議論(※2)されており、海外でもELSIへ対応が、引き続き重要視されている。


(※1) 科学技術イノベーション政策における社会との関係深化に向けて、2019、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター
(※2) https://worldscienceforum.org/programme (※WORLD SCIENCE FORUMのホームページへリンク)

2.科学コミュニケーションについて

(1)科学コミュニケーションに係る取組の多層性

 前述のとおり、これまでの科学技術基本計画が提唱する取組は、「理解増進」「双方向コミュニケーション」「対話」「政策過程への参画」「共創」へと推移してきたところである。
 次期科学技術基本計画においては、科学技術イノベーションと社会との関係の深化に当たって、これらの取組を「共創」のみに着目する単線的な推移モデルと捉えるのではなく、理解増進、双方向コミュニケーション、対話、参画も含む五つの取組全体を俯瞰し、その中から研究開発内容の特性や周辺状況に適合する取組を的確に組み合わせて実施する多層的なモデルとして捉えるべきである。

(2)科学技術イノベーションと社会との関係深化に必要となる多層的な科学技術コミュニケーション機能の強化

 科学技術イノベーションと社会との関係深化のためには、ジェンダー、文化、宗教などの社会の多様性及び地域住民や地方自治体、NPO(Non-Profit Organization)やNGO(Non-Governmental Organization)、中小・ベンチャーを始めとする企業などのステークホルダーの重要性を認識して科学技術コミュニケーションを多層的に進める必要がある。その上で、特に社会課題の解決に向けた多層的な科学技術コミュニケーションのためには、研究者を始めとした様々なステークホルダー同士をつなぐ科学技術等に関する知識の翻訳機能、中立的な立場で議論を収れんさせ、建設的な議論を進める対話・調整機能やコーディネーション機能を適宜強化していくことが望ましい。
 このような、科学技術コミュニケーション機能の強化は、科学館、博物館等に限らず、企業、大学、公的研究機関の研究開発や国、地方自治体の政策形成の現場においても求められる。
 そのための人材を育成するに当たっては、人文社会科学を含む広範な知識、社会貢献の意識、課題探索力、解決方策の構想力、立場の異なる人々をつなぐコミュニケーション能力の向上を重視した取組が求められる。

3.各ステークホルダーの取組について

 多層的な科学技術コミュニケーションのためには、国民が、初等中等教育の段階から生涯を通じて、科学技術リテラシーを深めるための取組を推進する必要がある。その際、科学技術リテラシーの不可欠な要素として、科学技術のもたらす恩恵だけではなく、その限界や不確実性の理解が含まれることを認識しなければならない。
 国民の科学技術リテラシーの醸成において、科学館、博物館等には理解増進や対話等の能動的な取組に加え、多層的な科学技術コミュニケーションの取組の強化が、メディアにはできる限り客観的な科学技術情報を多角的な視点から提供することが期待される。
 研究者には、研究の公正を確保するとともに、社会リテラシーを向上させ、研究の内容やその成果が社会に及ぼす影響等に係る説明責任を果たすことにより、社会との信頼関係を構築し、社会のための科学技術の共創に向けて戦略的に取り組むことが期待される。

4.ELSIに係る取組について

 科学技術イノベーションには、Society5.0の実現、SDGsの達成や様々な社会課題の解決に貢献することが期待されている。
 一方で、AIの自動走行における事故発生時の責任の所在や、ゲノム編集技術のヒトや動物への適用範囲などに示されるように、科学技術の急速な進展に伴い、法制度の未整備、人々の価値観や順応性とのずれなどELSIへの対応が必要とされている。
 このためには、科学技術との結びつきが強い社会課題だけでなく、広く様々な社会課題に対しても科学技術がどれだけ貢献できるかという視点で捉え直し、科学技術に新たな価値を生み出し、社会変革を促すようなソーシャル・イノベーション(※3)を進める必要がある。
 あわせて、これらの取組の推進に当たっては、科学技術イノベーションのみでは社会課題を解決できないという限界や、企業、大学、公的研究機関の研究開発におけるジェンダーなど多様性や社会との対話の重要性を認識する必要がある。
 ELSIへの対応とは、社会との調和、受容可能性を考慮することであり、科学技術イノベーションによる社会課題の解決において必要不可欠な取組であって、研究開発のブレーキと捉えるべきではない。こうしたことを踏まえた上で、特に社会の関心が高い社会実装を目指す科学技術プロジェクトにおいては、初期段階から、テクノロジーアセスメント(TA:Technology Assessment)、科学技術の進歩に的確に対応した法制度の整備、社会の科学技術リテラシーの向上の取組などELSIに関する取組を並行的に進めるべきである。
 また、上記取組を進めるに当たって、社会技術(※4)や国際科学技術協力(※5)に関するトランスディシプリナリーリサーチに係る取組も重要である。
 このような科学技術イノベーションに係るELSIの解決に当たっては、特に自然科学系の専門知識を一定程度備えつつ、人文・社会科学の知識を深めた文理融合人材を育成する取組が重要である。


(※3) 谷本寛治・編著、「ソーシャル・エンタープライズ―社会的企業の台頭」, 2006, 中央経済社)によれば、ソーシャル・イノベーションは、「社会的課題の解決に必要とされる社会的商品やサービスの提供、あるいはその提供の仕組みの開発」と定義。
(※4) 「社会技術の研究開発の進め方について」(平成12年12月「社会技術の研究開発の進め方に関する研究会」(座長:吉川弘之・日本学術会議会長<当時>)によれば、社会技術とは、「自然科学と人文・社会科学の複数領域の知見を統合して新たな社会システムを構築していくための技術であり、社会を直接の対象とし、社会において現在存在しあるいは将来起きることが予想される問題の解決を目指す技術」と定義。
(※5) 国立研究開発法人科学技術振興機構におけるFuture Earthに対する取組や、同機構と独立行政法人国際協力機構における地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の取組がその例である。

5.政策形成における科学的知見の活用

 Society5.0の実現、SDGsの達成などに向けた政策形成において、科学的知見が果たす役割は、これまで以上に大きくなっており、近年の国際動向も踏まえ、科学的知見の活用の仕組みと体制等の充実を引き続き図っていく必要がある。
 そのためには、政策形成者は、科学技術リテラシー(特に科学技術の限界や不確実性の理解)を身につけるとともに、研究者が独立の立場から利害関係や政治的意図に左右されず科学的知見を提供できる環境を整備する必要がある。そこで提供された科学的知見は、政策形成過程において尊重されるべきものであるが、政策決定の唯一の判断根拠ではない。したがって、政策形成者が、科学的知見を提供する研究者のみに政策決定を委ね、その責任を負わせることは適切ではない。一方、科学的知見を提供する研究者は、科学的知見の質の確保に努めつつ、科学技術の限界や不確実性を明確に説明する責任ある対応などを通じて、社会からの信頼と理解を得る必要がある。 

6.研究の公正性の確保

 研究活動は、社会からの信頼と負託の上に成り立っており、研究者と社会の多様なステークホルダーの信頼関係の構築には、研究の公正性の確保が前提となる。研究不正行為に対する不断の対応が社会的な信頼や負託に応えることにつながり、ひいては科学技術イノベーションの推進力を向上させるものであることを強く認識しなければならない。
 このため、研究者は、研究倫理を不断に意識し、自ら実践している研究倫理を後進に伝えること等を通じて、研究の公正かつ適正な実施に努めることが求められる。また、研究機関は、研究分野、職種、職責に応じた継続的な研究倫理教育、研究不正行為の疑惑に対する迅速かつ的確な調査、研究不正行為に対する原因究明及び再発防止、並びにこれらに必要な規程・体制の整備に引き続き努めなければならない。さらに、国及び資金配分機関は、研究不正行為の防止に必要な取組を推進するとともに、学術コミュニティと連携して、我が国の研究公正に係る取組を国際社会に対して積極的に発信しなければならない。
 研究分野の細分化や専門性の複雑・多様化等の実態を踏まえると、研究の公正性の確保のためには、法令やガイドラインの遵守だけではなく、研究室や研究機関の垣根を越えて、自由闊達に議論が行われる研究環境を創ることが重要である。研究活動について様々な角度から科学的に検証し、周囲と気軽に相談できる機会を現場レベルで持つことが、信頼できる研究成果へとつながる。科学に対する社会の期待の高まりや競争環境の激化に伴い、研究者に責務や負荷が加わることに配慮しつつ、研究者が研究活動に集中できる研究環境を構築することが求められる。

お問合せ先

科学技術・学術政策局人材政策課

電話番号:03-6734-4191
ファクシミリ番号:03-6734-4022
メールアドレス:an-an-st@mext.go.jp

(科学技術・学術政策局人材政策課)