今回の東北地方太平洋沖地震では、極めて大きな規模で地震が発生し、巨大な津波等により広範囲にわたって甚大な被害が発生した。
現在、いまだ災害の全容が明らかになっていないだけではなく、被災者にとっては現在も被害が継続しており、国は総力を挙げて復旧・復興に取り組んでいる。
今回の地震において、陸域とは異なり海域での地震観測網の整備が進んでいないことから津波の高さ等の正確な情報が入手できないこと、想定をはるかに超える規模の災害への対応が自治体等において十分に検討されていなかったこと、地震・津波等の複合災害が広範囲にわたって同時に発生し、情報通信及びライフラインが長期間途絶するなど広域型複合災害への備えが乏しかったこと、都市圏では大量の帰宅困難者・大渋滞・液状化現象・停電など都市特有の多くの問題が露呈したこと等、数々の課題が浮き彫りとなった。
このようなことを踏まえ、二度と同様な災禍を甘んじて受けないとの強固な決意の下、今世紀前半にも発生が予測され、同様の被害が想定されている東海・東南海・南海地震等における被害の軽減の実現に向け、国家の威信にかけて、防災に関する研究開発を推進していかなければならない。
推進方策は、第4期科学技術基本計画に基づく、文部科学省として進めるべき課題推進にあたっての重要事項等を示したもの。
第4期科学技術基本計画は、「これからの10年を見通した今後5年間の科学技術に関する国家戦略である「新成長戦略」を科学技術、さらにはイノベーションの観点から幅広く捉え、この新成長戦略に示された方針をより深化し、具体化するとともに、他の重要政策との一層の連携を図りつつ、我が国の科学技術政策を総合的かつ体系的に推進するための基本的な方針」と位置づけ、現在再検討中の第4期科学技術基本計画においては、今回の大震災を踏まえ、国として取り組むべき重要課題を明確に設定する方向。
成長の2つの柱であるグリーン・イノベーション、ライフ・イノベーションに加え、その前提条件としての「災害からの復興・再生の実現」(社会インフラ等の復興、再生、人々の心の安定の確保等)が成長の柱として位置づけられる方向。
科学技術は、我が国の豊かさの実現や人々の暮らしにおける安心、安全の確保、経済をはじめとする国力の基盤の構築に資するとともに、知のフロンティアを切り拓き、我々人類の直面する課題の克服に貢献するための有力な手段となるもの。
その意味で、科学技術政策は、科学技術の振興のみを目的とするものではなく、社会及び公共のための主要な政策の一つとして、経済や教育、外交、防災、安全保障等の重要政策と有機的に連携しつつ、我が国がどのような国として存立するか、さらに世界とどのように共生していくかという我が国の将来の姿、あるいはアイデンティティの実現につながるものである。
第4期科学技術基本計画では、目指すべき5つの国の姿を掲げ、それらを実現するため、我が国が取り組むべき課題を明確に設定し、これを踏まえ、今後10年を見通した防災科学技術を推進するに当たっての基本方針を示している。
これまでの重点推進4分野及び推進4分野に基づく研究開発の重点化から、重要課題の達成に向けた施策の重点化へ、方針を大きく転換。
3つの成長の柱以外にも、今回の大震災を招いた巨大地震や津波等の自然災害からの人々の生活の安全、安心の確保をはじめ、深刻かつ多様な課題に直面している。
重要課題達成のための施策の推進として、目指すべき5つの国の姿の実現に対応する形で、国として取り組むべき重要課題を設定。
防災科学技術の最終目的は、災害から国民の生命と財産を守ることであり、そのために必要な科学、技術を推進していくことが重要。そのためには、災害の一連のサイクルの各フェーズにおける各要素の研究開発が必要。つまり、災害の発生するメカニズムの正確な把握、それに基づく災害の長期的、短期的予測、的確な事前対策の推進、災害発生後の応急対応、災害からの復興という各フェーズにおける必要な研究開発を推進していくことが必要。これらの研究開発の推進は、市場経済になじまない側面もあることから、引き続き国が主導していくことが必要。第2期の防災に関する研究開発の推進方策は、「防災に関する研究開発基本計画」(平成5年12月)を基礎として、阪神・淡路大震災(平成7年1月)、三宅島噴火(平成12年7月)等の教訓を踏まえ、防災関係機関等からのヒアリング等に基づき、7つの重点研究開発領域と5種類の防災への活動プロセスに分類された重要研究開発課題を提示し、防災への研究開発を推進してきた。第3期においては、その後の社会の変化等を踏まえ、第2期の推進方策を修正する形で、9つの重点研究開発領域と5種類の防災への活動プロセスに分類された重要研究開発課題を提示し、防災への研究開発を推進してきた。
推進方策の策定に当たっては、上記1~3を踏まえ、最悪の事態に備えるという観点から「広域巨大災害への対応」を進め、広く防災を社会に普及させるという観点から「防災科学技術の体系的な推進」を図り、これらを両輪として推進していくことが必要不可欠である。
広域巨大災害への対応については、これまでも検討がなされてきていたが、東北地方太平洋沖地震ではその想定をさらに上回っていたことを踏まえ、防災・減災に資する防災科学技術の体系的な推進だけではなく、国家に深刻な影響を及ぼすような広域巨大災害については、最悪の事態を想定して研究開発に取り組む必要がある。
そのためにはまず、東日本大震災の全容を解明し、今後の巨大災害を防ぐために、防災科学技術に関係する者の総力を挙げて取り組むことが必要である。
防災科学技術の体系的な推進にあたっては、災害時に社会が的確かつ実効的に機能し、人命及び財産が危険から回避されるよう事前の的確な対策が必要であり、その前提として的確な災害予測が必要である。
そのためには、自然現象を正確に観測してメカニズムを解明し、それに基づき各時点での観測情報を踏まえて将来の自然現象を予測し、社会の脆弱性等を勘案しながら的確に災害を予測することが必要である。
これを実現するためには、災害予測までの各フェーズ(観測、観測技術開発、自然現象予測、社会側の脆弱性評価、災害予測)それぞれにおいて、関係機関の連携の下、中長期的な視点で、研究成果が社会に活かされることが必要である。
上記を踏まえ、あらゆる自然災害の種類や規模に対応した防災科学技術の体系的な推進が重要であることから、ハザードが発生して災害となり、災害の発生から復旧・復興するまでの期間の各フェーズ毎(観測、観測技術開発、自然現象予測、災害予測)に実現すべき重要施策を整理するとともに、国際的に社会問題化している地球規模の問題解決への貢献、第4期科学技術基本計画の大きな柱であるグリーンイノベーションへ分野への貢献を加え、各課題領域に対する推進方策の主要な柱として以下の通り1~6に分類・整理した。
なお、本推進方策は、原子力災害や石油コンビナート火災など、大規模な自然現象に誘引して発生する大きな災害に対しても、共通する事項として参考になると考える。
防災・減災技術の高度化、予測技術の高度化を進める上で、様々な自然災害の観測基盤・基礎研究の強化は必須である。様々な自然現象の継続的かつ高精度な観測(モニタリング)は、災害につながる自然現象のメカニズムの解明や高精度な災害発生予測の実現に最も基本的かつ不可欠である。加えて、リアルタイム観測網で得られるデータは、緊急地震速報や火山噴火警報などに活用されるなど、防災上も重要な役割を果たしており、今後も、地震・火山を含めた様々な自然災害における総合的な観測基盤の充実・強化が必要である。
また、災害につながる自然現象のメカニズム解明等に向けた基礎研究を着実に推進することが重要である。高精度な災害発生予測や効果的な防災力向上のため、災害につながる自然現象のメカニズムの解明や自然災害が拡大する要因等を解明する必要があり、そのための基礎研究を今後も着実に推進する。
一方、調査研究の加速や防災力向上を促進する観測技術・手法の高度化・開発を目指す必要がある。調査研究を加速するためには、最先端の技術を活用した観測・調査研究や、異分野と融合した新たな観測技術・手法の開発、高精度な観測を可能とする既存技術の改良等が必要である。
効果的・効率的な防災・減災対策に寄与するために、様々な自然災害の予測研究を推進する必要がある。現状を的確に把握し、近い将来発生が予想される様々な災害を高精度に予測することは極めて重要である。観測データを用いたシミュレーション等により、地震及び地震動・津波の発生予測の高精度化を図り、被害軽減に直結する地震・津波即時予測の高度化を推進するとともに、火山噴火シナリオに基づく予測システムの構築、気候変動シナリオに基づく気象災害・土砂災害の将来予測など、あらゆる自然災害の予測研究を推進する。
(全体的な事項について)
(津波について)
(複合災害等について)
我が国の社会資本・設備の自然災害に対する備えは十分であるとは言い難く、特に、巨大な海溝型地震や直下型地震、大規模火山噴火といった大規模自然災害発生時においても有効に機能する社会資本・設備の整備やそれらのネットワーク機能の維持が不可欠。そのための耐震性能・機能維持性能の向上を実現する研究開発は国民の財産や人命に対する安全保障を確保し、さらに地域の安定した成長にも寄与する。
(全体的な事項について)
(長周期・液状化の問題について)
(ロボット等について)
社会防災力の強化を行う上では、防災・減災技術の高度化等のハード的な対策だけでなく、事前の準備や災害発生時の行動における、適切な対応を身につける防災教育や、一元的に必要な災害情報を収集できるシステムのなど、広範なソフト的対策が重要である。特に、地域に根ざした防災教育に対して積極的に活用されるよう、最先端の観測技術、高精度な予測技術、高度化した防災・減災技術等を効果的に展開・普及する必要があり、また大規模災害時の人命確保と社会の致命的損害の回避には、効果的な防災対策立案に役立つリスク情報と発災後の迅速な災害情報把握が重要であり、そのための総合的な災害情報システムの構築や、発災後の社会・経済活動継続を支援するシステムの構築の推進が不可欠である。
(全体的な事項について)
(防災教育について)
(情報・コミュニケーションについて)
(東海・東南海・南海地震への対応について)
大規模自然災害は、地球規模の問題であり、我が国の災害の記憶は収集、保存、整理、検証を行い、広く国際社会に情報発信する必要がある。また、1000年に1度といった低頻度大規模災害に関して、総合的研究を行うことが重要である。
(低頻度大規模災害への対応について)
温暖化や寒冷化などの大規模な気候変動は自然災害の規模、範囲等にも大きく影響するため、気候変動を十分に考慮した、総合的な自然災害に関する研究開発を推進する必要がある。
防災分野における基礎研究は重要である。このため、各機関において適正な方法で基礎研究のための経費を確保し配分する等、研究体制の整備が必要である。また、基礎研究については、基盤的研究費や競争的資金等を通じ、長期的視野に立った国の支援が不可欠である。
基礎研究についても研究評価を厳正に行うべきものであるが、その研究の価値、意義を適正に評価できるよう、評価の方法を工夫することが必要である。
防災分野における研究開発は、既存の学問分野の枠を越えていたり、融合的領域であったりすることから、既存の学部、学科、研究科を越えた、理学と工学、工学と人文科学・社会科学等の横断的な取組や、大学、独立行政法人、地方公共団体等機関の枠を越えた連携協力が必要である。
その際、国立試験研究機関の独立行政法人化等により、諸々の制度的制約が緩和されていることから、この状況を積極的に活用して、共同研究、施設共用、人材交流等を積極的に実施していくことが重要である。
さらに、競争的資金を含む研究経費の配分においても、既存の個別分野ごとの配分ではなく、その枠を越えて総合的な防災分野として明確に設定して課題を拾い上げていくことが必要である。また、その際には、中長期的な視点に立って技術革新の芽となる課題や分野横断的な研究を積極的に抽出していく必要がある。
災害を引き起こす原因となる気象、地変はいずれも地域特殊性を有するものであり、また、災害を被る地域も地形、土地利用形態、人口、都市の規模、災害の経験の有無、災害に対する体制の有無等様々に異なっていることから、実際に地域の防災に役立つ研究開発を行うためには、地域の特性を踏まえて行うことが必要である。このため、大学、国の機関、独立行政法人等の研究機関は、地方公共団体の防災実務者やNPOと密接に連携して研究開発を進めていくことが必要である。また、地域の防災力向上の研究にあたって、繰り返し起こる地域特有の災害体験の伝承等をはじめ、その地域に存在する伝統的な防災の知恵も十分活用することが必要である。
防災力向上により世界の持続可能な成長を実現するために、諸外国の事情・特性に応じた協力や我が国の優れた研究成果の国際展開を図ることを目標とした、グローバルな視点での防災科学技術による国際貢献を推進する。
自然災害による被害を最小限に抑制する我が国の防災科学技術を世界へ展開し、地域全体の社会・経済的発展の基盤となる安全で安心できる地域社会の構築に貢献することが必要。その際、地域の実情に応じた貢献・展開を推進することが重要。例えば、発展途上国等に対し、地域の建築資材、生活文化を考慮した耐震性建築物の企画・提供や地震・津波観測網の整備等、政府開発援助(ODA)の枠組み等も活用して、効果的な支援をしていくことが必要。また、これまでのような技術移転や技術協力、資金援助等の貢献にとどまらず、自然災害を克服できる国際的な社会・経済システムの構築を支える防災科学技術を推進することが重要。さらに、対策が遅れている発展途上国等での土砂・風水害については、住民や社会と協調しつつ、地域の特性に応じた研究協力・技術展開を推進することが必要。
国内外における防災科学技術の連携強化を図るため、日本国内において中核となるような、世界最先端の研究開発拠点の形成を推進することが必要。また、アジア・環太平洋地域を中心とした国際的な協力体制のもと、自然災害の観測研究を推進することにより、我が国も含め周辺地域における、災害につながる自然現象のメカニズム解明及び自然災害発生予測技術の高度化に関する研究を加速し、その地域全体の防災力向上につなげることも必要。さらに、関連する産業の創出や市場展開等も考慮しつつ、我が国の防災科学技術を世界標準にしていくなど、企業の海外戦略等も視野に入れた積極的な国際展開を図ることが必要。また、耐震工学をはじめとした防災科学技術における国際的な共同研究についても、我が国のリーダーシップのもと強力に推進していくことが必要。
他府省間の連携を積極的に進めていくことが、研究開発を効果的・効率的に進めていくためには不可欠である。府省間の連携の強化を図り、分野横断的・総合的なプロジェクトの企画・調整も行いつつ、運用側のニーズと研究開発側のシーズの把握、成果の普及・共有を図る具体的な仕組みを作っていくことが有用である。このため行政関係者等に対して開かれた防災関係者間の緩やかな連携を促進する場が必要である。
専門的な研究開発を担うだけでなく、国際的なリーダーシップを発揮しうる人材、成果の社会還元を積極的に進めることができる人材、防災科学技術にとどまらない新たな付加価値を創出し、イノベーションをもたらすことができる人材の育成・確保することが不可欠である。
地震・火山をはじめとする防災科学技術の分野は、国家として継続した研究を推進する必要があるが、近年、優れた人材の確保が非常に困難な傾向にあることから、次世代の研究を担う人材の育成・確保や、次世代の研究者の育成を担う教育者への研究成果の情報提供を強力に推進することが必要。特に、財政的・人材的に厳しい環境のもとで行われている火山分野等の研究への支援体制を充実・強化することが必要。また、専門分野での研究開発成果を上げるだけでなく、研究成果の社会還元の促進による社会・経済の維持・成長への寄与、産業創出・地域の活性化等に貢献するなど、防災科学技術にとどまらない新たな付加価値を創出し、イノベーションをもたらすことができる人材を産学官連携により育成・確保していくことが必要。さらに、災害時には的確で迅速な災害対応を行う必要がある地方公共団体やNPOの職員等に対し、その地域の特性に応じた防災科学技術について、十分な知識の普及を図るとともに、自然災害に対して、国民一人ひとりが、事前の準備や災害発生時の行動における適切な対応を身につけることが被害軽減に効果的であり、こうした能力を向上させる取組も着実に進めていくことが重要。
防災科学技術分野における国際協力については、実践的かつ長期的な研究活動が不可欠であることから、国際的な協力体制のもとで研究開発を行う際、相手国の政府や、行政組織、研究者との密接な連携が不可欠。そのため、我が国のリーダーシップのもと、防災科学技術を世界に展開し、世界の持続的な成長を実現するため、我が国において、国際的な協力体制を先導できる人材を育成することに加え、将来この分野に貢献する海外からの留学生の積極的な受け入れ等が可能な環境作りも必要。
(1)防災分野の研究開発の進展のためには、実際の災害を再現して様々な実験を行うための施設・設備が必要である。また、災害を起こす自然現象に関するさまざまなデータを観測するための観測網が不可欠であり、これらの整備を着実に進めるとともに、適切に維持しなければならない。これら施設・設備はできる限り内外に開かれた共同利用施設として運営する。
また、防災分野においては、災害を起こす自然現象に関するデータ、過去に起こった災害のデータ等研究遂行上不可欠のデータがあり、これらが入手しやすい状態でデータベース化され、共有されていることが重要である。このため、必要なものから順次これらのデータベース化を進めるとともに、その維持・更新を着実に進める。
(2)文部科学省と独立行政法人防災科学技術研究所によって兵庫県三木市に建設した実大三次元震動破壊実験施設(E-ディフェンス)は、実大規模の構造物の破壊実験等を行うため、国際的にも貴重な共用の研究施設として、平成17年4月から運用を開始した。その運用・利用については、以下のような基本方針の下に行う。
防災分野の研究開発成果は、一般市民がその重要なユーザーであることが多く、独立行政法人、大学等の研究機関は、企業等に研究成果を移転するとともに一般向けに積極的に広報・普及することが必要である。また、防災分野では研究活動そのものに一般市民の参加が必要となる場合も多く、行政機関や地方公共団体との密接な連携の下、一般市民への普及・啓発活動を活発に行いつつ研究を推進することが必要である。
我が国における地震調査研究推進本部の下で、「地震調査研究の推進について-地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策-」や各種の調査観測計画が策定されている。また、学術研究としての性格の強い地震観測研究や火山噴火予知研究については、科学技術・学術審議会の建議に基づいた計画が策定されている。
このように、計画や推進方策が別立てになっていることが、これらの自然現象の解明に関する主として理学的な研究と、防災力を向上させるための工学的・社会科学的な様々な研究とが独立して行われてもよいことを意味するものではなく、密接に連携して行うことが必要である。
なお、本推進方策に示された研究開発を推進するにあたっては、防災対策の実施の面から、災害対策基本法に基づく防災基本計画をはじめとする関連する計画等との連携を十分配慮する必要がある。
研究開発局地震・防災研究課防災科学技術推進室
-- 登録:平成23年10月 --