資料7-6 大正関東地震等を教訓とした「地震時における行動の10箇条」について

1. 概要

東京消防庁をはじめ、各地方自治体等では、地震時における行動の在り方を3か条や10か条の標語や提言にとりまとめて、市民に向けた広報や防災活動に広く活用している。ここでは、それらの提言で最初のものと思われる「星と雲・地震と火山」(今村明恒著 昭和5年発行)に示される「地震に出会った時の心得」を紹介し、それら心得の注釈について本作業部会の検討範囲に係わる部分についての概要をまとめる。

2. 星と雲・地震と火山出て維持される地震時に出会った時の心得

今村は、大正関東地震など各地で発生する地震による被害を見るにあたり、当時の国民の地震に対する誤解や備えの不十分さの周知・啓発の必要性を認識し、当時の東京帝国大学地震学教室の助言に基づいて次のとおり「地震に出会ったときの心得」を示している。

1最初の一瞬間に於て非常の地震なるか否かを判断し、機宜に適する目論みをたてること、但しこれには多少の地震知識を要す。

2 非常の地震たるを覚るものは自ら屋外に避難せんと力めるであらう。数秒間に広場へ出られる見込みがあらば機敏に飛び出すがよい。但し火元用心を忘れざること。

3二階建、三階建当の木造家屋では、階上の方却って危険が少ない、高層建物の上層に居合わせた場合には屋外へ避難することを断念しなければなるまい。

4屋内の一時避難所としては堅牢な家屋の傍がよい。教場内に於ては机の下が最も安全である。木造家屋内にては桁、梁の下を避けること、また洋風建物内にては、梁壁、暖炉用煉瓦、煙突等の落ちて来さうな所を避け、止むを得ざれば出入り口の枠構への直下に身を寄せること。

5屋外に於ては屋根瓦、壁の墜落、或は石垣、煉瓦塀、煙突等の倒壊し来る恐れある区域から遠ざかること。特に石灯籠に近寄らざること。

6海岸に於ては津波襲来の常習地を警戒し、山間においては崖崩れ、山津波に関する注意を怠らざること。

7大地震にあたり凡そ最初の一分間を凌ぎ得たら、最早危険を脱したものと見なし得られる。余震を恐れるに足らず、地割れに吸い込まれる事はわが国にては絶対になし。老若男女、総て力あらん限り災害防止に力むべきである。火災の防止を真先にし、人命救助をそのつぎとすること。これは即ち人命財産の損失を最小にする手段である。

8潰家からの発火は地震直後に起ることもあり、一二時間の後に起ることもある。油断なきことを要する。

9 大地震の場合には水道は断水するものと覚悟し、機敏に貯水の用意をなすこと。また水を用いざる消防法をも応用すべきこと。

10余震はその最大なるものも最初の大地震の十分の一以下の勢力である。最初の大地震を凌ぎ得た木造家屋は、たとひ多少の破損をなしても、余震に対しては安全であらう。但し地震でなくとも壊れそうな程度に損したものは例外である。

(旧字体漢字は、常用漢字に修正しています。)

3. 地震時に出会った時の心得の注釈

ここでは、上記の10か条にかかわる注釈のうち、屋内・屋外での避難にかかわる部分を抽出し、その概要を示す。

(1) とっさの判断について

心得1では、地震の最初の一瞬にて非常なる地震であるかどうかの判断を求め、その判断の方法については、次のように示している。

1) 当時の木造家屋の構造から初期微動時には「びりびり」、主要動時には「ゆさゆさ」との揺れを感じることが多かったことから、初期微動継続時間から震源の遠近を判断し、居る場所の地震の非常か否かを判断する。

2) 初期微動を感じることなく、地震の初動が木造家屋等の土壁を落とし、器物が棚の上から転落するようなことがあれば、最初から非常な地震であると判断する。

さらに、非常の地震である場合には、自分の居所によって処置方法は変わるべきものであり、臨機の処置をなすべきであるとしている。すなわち、自ら考えることを求めている。

(2) 屋外への避難と階下(1階)の危険性について

当時の木造家屋では、地震時に階下(1階)が層崩壊することが多く見られたことが背景となり、階下(1階)に居る者は屋外へ飛び出すことが最も安全であるとしている。しかし、屋外に避難しようとしても倒壊する建物の下敷きになる犠牲者がいるため、地震で揺れ始めてから2~3秒程度で軒下を十分に離れることができる場合のみ有効であるとしている。

木造建物の2階や3階にいる人は、避難の最中に1階の層崩壊による犠牲となる可能性が高いことから、屋外への避難の行動は排斥すべきとしている。また、高層建物内にいる人は地震の揺れの最中に屋外に出ることは困難であることから、屋内の比較的安全な場所へ移動することが得策であるとしている。

さらに、地震後の火災の危険性について指摘し、地震の揺れを感じたら、「僅に一挙手の動作によって火が消されるようならば、さういう処置は望ましい」として、容易に消火が可能なものは実行すべきとしている。

(3) 屋内にての避難について

屋外への避難ができない場合には、家屋の倒壊を覚悟して、崩壊や墜落物の打撃から逃れるために、椅子や箪笥、火鉢、碁盤などの堅牢な家具(※ 高さの低い家具)に身を寄せることが良いとしている。

また、学校の教室内では机の下が最も安全であるとしている。教室内にいる者への致命傷を与えるのは梁や桁であるが、机が連合して梁や桁、小屋組を支持することで安全な空間を確保しうるものとしている。好例として、姉川大地震(明治42年8月14日)における田根小学校の事例を紹介している。

しかし、机の下への避難が有効な場合とは、比較的軽量な建物の倒壊部分を支持しうる場合のみであり、洋風建築物のように建物の各部分が重いものの場合には、その限りではないとしている。墜落物から逃れうる場所や部屋の中央、室の出入り口の枠構(柱梁の枠)近くに移動することを勧めている。

(4) 屋外における避難について

建物の倒壊による圧死を免れるため屋外にうまく逃げ出せても、必ずしも安全ではないと注意を促している。石垣、煉瓦塀、煙突等の倒壊によるそれらによる下敷き、家屋に近接している場合には、屋根瓦・壁の崩壊物に打たれることの危険性について指摘している。

また、神社内に設けられている石灯籠の地震時の危険性についても言及し、児童が犠牲となった事例が多いことから特に注意を喚起している。

(5) 火災の防止について

家屋の下敷きになっている人の救出は最も大事なものとしているが、当時の家屋では耐火・防火性能が乏しかったために、但馬地震(大正14年5月23日)で消火活動を優先して多くの人命を確保した事例を引用し、先ずは消火活動を優先し、延焼による被害の拡大を防止してから、瓦礫の下から人を救出するようにするように提言している。

また、地震発生により火災が発生した場合には、座布団を水に浸して頭部を被って炎の下をくぐることを推奨している。

4. その他

約80年前の社会環境や生活様式を前提とした、地震時における国民の取るべき行動についての提言であるが、現在の社会においても有効なものは多い。「3. 地震時に出会った時の心得の注釈」で示した事例のうち、机の下に隠れる行動については、当初崩れ落ちてくる屋根(小屋組)を教室内全ての机で支持することで、机の下の安全空間を確保して退避することを意図して提言されていたが、現在では、地震時に落下する天井や電灯の衝撃から身を守るための標語として残されている。

しかし、現在の小学校で広く用意されている防災頭巾については、戦時中の防空頭巾の名残りとして今もなお使用されているものと推定されるが、そもそも戦前の今村の提言では火災の炎から身を守るために、座布団を水に浸して利用することを勧めているため、地震時の落下物から頭部を守る目的で提言を行ってはいないことに留意すべきである。

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