(平成19年8月現在)
先端研究施設共用イノベーション創出事業(量子ビーム施設横断利用)
平成20年度〜平成24年度
量子ビーム施設の利用にあたってユーザーを支援するため、既存のユーザー支援機関の機能を活用しつつ、最終的にはワンストップ窓口機能、
研究計画立案・実験の支援、
各種ビーム利用研究の課題公募実施(トライアルユース)、
広報・普及、
メール・イン・サービスなど分析代行サービスの実施、
人材育成機能、
各種量子ビーム施設の横断的連携の取りまとめ、といった量子ビーム利用に係わる総合的なユーザー支援機能を有する量子ビーム利用プラットフォームの構築を目指した施設の横断的利用の推進を行う。
放射光、電子、ミュオン、中性子、イオンなどのビームを利用する量子ビーム技術は、21世紀の社会が要請する課題解決のためのイノベーション創出技術として大きな可能性を有し、産業への応用可能性が非常に高い技術である。また、「イノベーション25」において期待される2025年の社会の変革を実現するための基盤技術として量子ビームが果たす役割は非常に大きい。
量子ビームはそのビーム種によって物理的特性(波長、エネルギー、質量、電荷、スピンなど)と物質との相互作用(電気、磁気、核反応など)が異なるため、これらの特性の違いを活かし、複数の量子ビームを相補的に利用することにより、高度な計測・分析・加工技術が可能となり、より広範な産業応用可能性が生まれる。その点我が国は産業への応用が可能な多種多様の量子ビーム施設を有しているにも拘わらず、これまで産業界における量子ビームの利用は浸透しているとは言えない。これは、その利用技術の取り扱い自体が困難であることに加え、ユーザー自らが研究課題を解決する量子ビーム種とその利用方法を検討した上で、各量子ビーム施設の窓口に個別にアプローチし、利用申請等の手続をする必要があることなどが原因と考えられる。
このため、産業界を中心とするユーザーに対する総合的なユーザー支援機関として量子ビーム利用プラットフォームを設置し、複数のビーム利用を簡便な手続で可能とするワンストップサービス等を提供する体制の整備が求められている。このような量子ビーム利用プラットフォームについては、日本中性子学会を始めとする産学のコミュニティや量子ビーム研究開発・利用推進検討会、科学技術・学術審議会においてその具体化のあり方等について検討が進められてきたところである。
量子ビーム施設を有する研究開発法人において、施設の外部利用を推進する自助努力は今までも実施されているところではあるが、これらはあくまで法人のミッションの範囲内で行われる施設共用の取組みであるため、特に施設(各種量子ビーム)間の横断的利用は進んでおらず、総合的なユーザー支援体制を構築するには至っていない。量子ビーム利用プラットフォームは、将来的には、人材育成機能やメール・イン・サービスの実施なども含め、量子ビーム利用に係る総合的な利用促進・支援機関となることを目指しており、施設を有する法人のミッションの範囲内において行われる施設共用を超えた産業利用の拡大とそれによる産業競争力の強化という広範な射程を有するものである。これらのことから、量子ビームのような相補的に大きな効果が見込まれる分野については、国際競争力を強化するという観点からも、プラットフォームの運営が軌道に乗るまでの5年程度の間、国が支援する必要がある。
我が国では最先端の大型量子ビーム施設として、現在運用中の大型放射光施設SPring-8(平成9年度運用開始)をはじめとして、大強度陽子加速器施設(J-PARC)(平成20年度運用開始予定)、RIビームファクトリー(RIBF)(平成19年度運用開始)、X線自由電子レーザー(XFEL)装置(平成23年度運用開始予定)など次々と運転開始が予定されている。また、粒子線がん治療の分野で世界をリードする重粒子線がん治療装置HIMACや、JRR−3、TIARAといった量子ビーム施設も引き続き技術革新を支えている。これらの施設により産業利用が期待されるビーム種の基本的なラインアップは揃うことになる。
本事業の実施により量子ビーム利用プラットフォームが構築され、これまで量子ビーム利用に踏み出せなかった者の利用を促進するとともに、広報活動を通じて、潜在的なユーザーの開拓が期待される。また、各量子ビームの特性を生かした量子ビームの相補的利用、施設の横断的利用が促進されれば、高精度の薬物設計を可能にするタンパク質全原子構造解析及び運動・機能解析(中性子非弾性散乱放射光X線回折)、情報機器の超高度集積化や大型電子機器の小型化を可能とする酸化物高温超伝導メカニズム解明(中性子磁気非弾性散乱
放射光X線非弾性散乱
光電子分光
ミュオンスピン回転)など、対象物質の構造・機能を俯瞰した高度な計測・分析・加工技術が可能となり、量子ビームはより広範な産業応用可能性を有するものとなる。
ユーザーを支援する人材としてのコーディネータについては、複数ビームの利用に関する幅広い知識と経験を有する人材、幅広い分野で研究を積んできた企業の研究開発者などの量子ビームの産業利用をリードできる人材とともに、若手研究者も積極的に登用し、組織間の横断的利用、産業利用と学術利用の橋渡しを担わせることによって、今後のイノベーション創出を担う人材として育成することが期待される。また、それが若手研究者にとって産業分野、学術分野へのキャリアパスの創出となることも期待される。
経済面では、これまで量子ビーム技術を含む放射線利用は我が国経済に一定の規模を有しており(平成9年の放射線利用経済規模:約8兆6,000億円)、高分子加工やがん治療をはじめ、国民生活に大きなメリットをもたらしている。本事業により、量子ビーム施設の科学技術・学術分野から各種産業にいたる幅広い分野での利活用が促進されることから、国民生活の質の向上及び産業の発展に資することが期待される。
将来的には課題概要にあげた機能を全て備えたプラットフォーム組織の構築が必要であるが、ビームによってユーザーの成熟度が異なる現状、各施設において産業利用のための取り組みが強化されつつあることを踏まえ、当面は既存の利用支援機関を活用し、産業界のトライアルユース的な利用のサポートなど機能の一部分について試行的に実施していく。そして、施設間での課題の紹介や合同アウトリーチ活動等を通じて機能、ユーザー層、対象施設を広げてゆき、段階的に体制を構築してゆく。
プラットフォームの担い手となる機関は公募によって選定する。また、トライアルユースの実施にあたっては、有識者からなる課題選定委員会において専門的観点から課題の選定を行う。これらにより、公平性を担保するとともに量子ビーム技術の効率的な普及を図る。
本事業は、量子ビーム施設の横断的な利用を促進すること等を通して我が国のイノベーション創出に積極的に資するものであることから、実施することが適当である。
なお、具体的な実施体制の検討にあたっては、コーディネータの役割が重要であることに留意すべきである。また、特に、量子ビーム利用プラットフォームにおいて雇用される若手研究者等が、その経験を生かしたキャリアパスの確立に役立てられるよう配慮するとともに、そのために必要とされるイノベーションを創出する企画力も育成するよう努めるべきである。