資料6 柴田POコメント

柴田 直           
東京大学名誉教授・応用物理学会(APEX/JJAP専任編集長)


【課題名:高機能高可用性情報ストレージ基盤技術の開発】
(研究代表者:村岡裕明 東北大学教授)

東日本大震災並、あるいはそれ以上の大きな災害があっても、社会インフラとしてしっかり機能し続ける「情報システム」、その基盤技術の開発を目指したプロジェクトである。一番下のレイヤーにあるハードディスクの記憶密度向上・読み出スピード高速化から、災害で50%の機器が損壊を受けても90%の情報が保持され、且つすぐに復旧して利用可能となる。こんなシステムの構築である。実際、筆者自身、2011年3月11日にたまたま仙台に出張していて被災した。一番困ったのは、毎日飲まねばならない薬の補給である。薬の種類が多い患者では、下手をすると二次災害につながる。このプロジェクトでは、電子お薬手帳のアプリをその事例として開発するとともに、100万人規模の対象者を想定した実証試験を行ってその有効性を示した。この成果は社会からも高い評価を得た。

こういった、社会の情報インフラにかかわる大きなシステムの技術開発には、個々の技術の先鋭化に加えて、それぞれ異なった分野の専門家がお互いに密な連携を保ちながら、全体として調和のとれた展開を進めることが成功の鍵となる。本プロジェクトでは、東北大学の「磁気記録」、「ネットワーク」、「プログラム言語」の各専門家グループをコアに、実用化を推進する関連企業が柔軟に連携を取ることで、基礎開発・応用展開・実ネットワーク上での実証デモンストレーションに至るまでを成し遂げた。

この過程で生み出された、並列トラック再生によるハードディスクの従来の限界を超える高速読み出し技術、ソフトウェア制御によるストレージ間のスマートルーティングネットワーク構築技術などは、顕著な成果である。さらに、電子お薬手帳の開発という具体例をターゲットとした開発の過程で、プログラミング言語という、情報の基礎学術分野においても新たな展開がなされたことは、このプロジェクトの基礎学術分野への貢献という観点で注目すべきである。

【課題名:耐災害性に優れた安心・安全社会のためのスピントロニクス材料・デバイス基盤技術の研究開発】
(研究代表者:大野英男 東北大学教授)

「スピン」は、現在、物理学・応用物理学の両分野で最も活発に研究の展開されている学術領域であり、特にその成果を最先端エレクトロニクスに持ち込む「スピントロニクス」は、わが国が世界をリードする領域である。本プロジェクトは、スピンメモリのパイオニアを中心に、広範な分野の研究者を結集して「耐災害性に優れた情報処理システム」の基盤開発に挑んだもので、当初の期待を超えた大きな成果が得られたと評価する。

IoT技術の根幹は、なんといってもメモリ(記憶)であり、データセンターの膨大な容量のメモリから、CPUチップ内で瞬時瞬時の計算結果を一時的に蓄えるキャッシュメモリまで、あらゆるところで使われている。ここで、CPU内のメモリはvolitile(揮発性)、つまり電源が落ちるとすべてのデータは消失する。なぜ、non-volatile(不揮発性)のフラッシュメモリが使われないかというと、データの書き換え時間が長すぎること、書き換え可能回数が小さく制限されていることで、これまでCPUに用いることは全く不可能だった。

このプロジェクトでは、超高速のデータ書き換が可能で、且つ何回書き換えても全く劣化しないスピンメモリ技術の基礎を確立した。しかも、最先端のVLSIチップに用いる世界最小寸法のメモリ素子も製作して、その動作を実証した。この技術を用いたVLSIチップで計算機を構成すれば、例えば地震災害等で全ての電源が突然消失してもわずかなバッテリーで演算を続けられる。また、バッテリーが上がっても、計算途中のデータは保持されるので、電源が復帰すれば、いつでも計算が再開できる。こういったVLSIチップ実現のための、新たな材料開発から、回路のアークテクチャーや設計の技術、さらに実際に放射線を照射して十分な信頼性が得られることを示す実験まで、広範にわたって必要な検討が十分に行われたことは特筆に値する。

特にこの「スピンメモリの技術」で重要な点は、量産化・実用化に向けてのバリアが低いことである。従来、様々な新規材料技術が開発されてきたが、LSIの製造現場に入ることはほとんどなかった。それは、超高清浄度キープが必須の要件であるLSIの製造工程に、最大の汚染源となる異種材料導入は不可能であること、また、LSI製造に必要な1000℃近くの高温工程では、いかなる新物質も安定にその機能を維持しえないからである。スピンメモリの材料も全く例外ではない。ところが、スピンメモリ素子の製造工程は、Si VLSIの製造工程とは全く切り離して独立に行うことができる。つまり、高温処理を必要とするVLSIの心臓部の製造工程を終えた後、その上に積層して作ればよいのである。400℃程度の熱処理しか必要としないVLSIの金属配線製造工程の中で容易に作り込むことができる。磁性材料による汚染が生じることも無ければ、熱処理で磁性材料が性能を失うこともない。あるいは、全く別に製造して、ウェーハの張り合わせ技術で一体化することも可能である。

要はここで、VLSI技術発展のPromising technologyとして、ここで大きな投資を決断するかどうかの問題である。この決断ができるかどうかが、実用化における最大のバリアともいえる。このスピンメモリと最先端VLSI技術を融合したVLSIチップは、いま産官挙げて必死に取り組んでいる「AIシステム実現」において、そのコアのVLSIチップの実用化につながる重要技術であることを、ここに指摘しておきたい。他国に先を越されないよう、ここで一歩先んじてアクションを取ることを期待する。

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