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最近の審議会等における研究開発評価に関する主な意見について

1.科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会(第29回)(平成21年1月19日)

議題:「文部科学省における研究及び開発に関する評価指針」の改定について

【評価人材の養成・確保】

○ 評価する側は何かと悪役に近い役割なので、審査・評価に係わる事務局職員のキャリアパスを確立するには、相当周りの理解がなければ難しい。仕事として周りから「大変よくやっている」と言われるのは、なかなか難しいのではないか。

【評価システム高度化のための評価支援体制の整備】

○ 評価者は大変忙しい。評価の簡略化も大事だが、それ以上に、データベースや場合によってはある程度のところまで評価された中で、さらに高度な評価をするというような階層構造的な評価システムを構築するなどの評価者を支援システムを考えることが大事ではないか。

○ 評価者は研究者が行っているが、非常にたくさんの評価があり、研究する時間をかなりそこに費やしている。評価をなるべく効率的にするのは非常に重要だが、やはり研究者でない評価者が評価するシステム、研究者以外の人も評価をするようなシステムづくりを、将来にわたって構築していくことが必要なのではないか。

【その他】

○ 事後評価を終了前に実施し、その次につながるようにとあるが、いい成果を出しているとしても、ポスドクや生き物を抱えていると次につなげるのが難しい場合がある。そういった面から、最終年度に次のものが走れるような制度を工夫していただくとよろしいのではないか。

2.科学技術・学術審議会総会(第27回)(平成21年1月23日)

議題:「文部科学省における研究及び開発に関する評価指針」の改定について

【評価のあり方】

○ 研究現場では、評価、評価で明け暮れていて、なかなか落ちついて研究できないという声をよく耳にする。これまであまりにも評価をやってこなかったので、その反動で、少し過剰な評価が現在行われているのではないか。 

○ 評価の意義には、一部、不活性な研究者や研究組織を叱咤激励するということがあると思うが、大勢の優秀な研究者、優秀な研究機関に不必要に何かエネルギーと時間を要求しており、国全体で見ると損失になっているのではないか。

○ 評価の年限がどうしても5年とかという短いスパンになっているが、もう少し、ゆったりとした研究をやらないといけない。今回4人続けてノーベル賞をとられたが、こういう方々は決してこういうところで育った研究者ではない。分野もいろいろあり、一概に言えないが、少し時間をゆっくり流すようなことも必要。そういう意味でいうと、まさにファンディングエージェンシーの理念というか、考え方というのは非常に大きい影響を持ってくるのではないか。

【評価方法の設定】

本来、評価というのは、質的な評価をしないと意味がないが、それがなかなかできない。ややもすると、量的な評価に、つまり、論文の数が多いとか、論文の被引用数が多いとか、外部資金を獲得しているとか、勘定できるような評価にならざるを得ないのが現状であり、工夫が必要。

【評価人材の養成・確保】

○評価事務局の職員を持続的に養成・確保していくためのキャリアパスと、研究者が評価者となることのインセンティブを高める取り組みは具体的に進めていただきたい。

日本のファンディングエージェンシーは、アメリカと比べても、配っている金額に比べれば相当効率良い仕事をしている。それは多としなければいけないと思うが、一方で、一層それを有効にしていくために、やはりプロフェッショナルをある程度人件費をかけて育て、組織としての力を強めていくことが必要ではないか。

【評価結果の取り扱い】

実際に評価されたものをその後どのように生かしていくかということが最も重要だと思うので、その仕組みづくりについてもよく考えていただきたい。フォローアップをきちんと生かせるような形にすれば、研究者も評価の価値を認めて、一生懸命、正当な評価をしていただくような努力をするのではないか。

【PD・PO制度】

○科学技術振興調整費などの審査にあたっていて最近感じるのは、PD、POの方がよく活躍してくれている。以前はそういった方々が全面的に、前に出ていろいろな評価にかかわることがあまりなかったが、最近は、課題管理を最初から最後まで責任を持ってやっていただくというようんあ形が定着しつつある。やはり委員会で、その短い期間で評価をするだけではなくて、課題の採択から最終的な事後評価に至るまでをPOの方がしっかり見ていくのはよい仕組みだと思う。そういった仕組みをもっと広いところにまで広げていくと、本当の意味で実効性のある評価になると思う。

【研究者等の業績評価】

何をやるかというのも大事だが、誰がやるかということも極めて大事。やはり研究者の評価をきちんとしていかないと、本当の意味での評価にならないのではないか。特に今、本当に経費が厳しい中で、借金をしながら重点的に研究開発にお金を使う、これは正しいと思うが、その中でやるわけであり、是非研究者の評価についてももう少しやっていただいたら良いと思う。

3.科学技術・学術審議会学術の基本問題に関する特別委員会(第1回)(平成21年3月5日)

議題:今後の審議事項について

【研究評価の在り方】

○我々自身の評価と進化のための後押しをするような、競争や評価についての制度設計の議論がここでされるべきではないか。

4.基礎科学力強化懇談会(平成20年11月7日)

【研究評価の在り方】

○現在の評価基準では、たくさん論文を書く必要がある。評価は必要であるが、論文の数だけを評価することは百害あって一利なし。

5.総合科学技術会議 基本政策推進専門調査会基礎研究強化に向けて長期方策検討WG(第1回)(平成21年2月24日)

議題:基礎研究強化に向けた長期方策検討WGの検討事項について

【評価のあり方】

○評価のやり方を基本的には変えていかなければいけないだろうという気がしている。誰かが責任を持ってきちんと評価をし、評価者もその結果を周りから評価されるような形が明確になる方向にしていった方がいいのではないか。

【評価基準の設定】

○私が見る限り科研費及びJSTの戦略的創造事業はシステムとしてほとんど完成しているのではないかと思う。改善点があるとすれば、最近評価の形式が大分厳しくなったために、書いたものに対する研究達成度を評価するという形になってきていること。だから、評価が全体像評価と言うよりも得点主義になりやすい。本当は、基礎研究の提案書を真するときは、実は書いた中身そのものではなく、構想や実行可能性とか、人物を選んでいると思う。成果主義、得点主義に評価方針が触れてきてから、10年ばかり経って、セレクションの基準が、国交省で何か建物を建てたり道路を作るような話とだんだん似てきたようにも思われる。人を見ることからテーマの形を見る方向に移ってきているのではないかという気がする。基礎研究は人、というところが大きいので、人や環境を選ぶというところにもう一回立ち戻らなくてはいけないのではないかという感じがする。

プロポーザルの中身のウェートがだんだん高くなっていることについては理由があるかと思う。たとえば研究環境を評価基準に入れると、環境の整っていない研究機関の人は採択の可能性がなくなってしまうので、研究環境を採択判断基準にすべきではないという議論になる。だからテーマだけで判断する。研究環境の部分を審査の論点にはなかなかしづらい。アメリカではなぜこの問題があまりないかというと、実績のある人は研究環境の良いところに動くので、研究環境と研究プロポーザルの中身が一致しやすい。流動性が日本にはまだないので、すばらしい人が必ずしもいいところに動けない。社会的、文化的背景とも関係がある。

お問合せ先

科学技術・学術政策局 評価推進室

(科学技術・学術政策局 評価推進室)

-- 登録:平成22年06月 --