1.基本認識

1.我が国を取り巻く諸情勢の変化

 近年、我が国をはじめ世界中の国々は、経済的・社会的に一つの岐路とも言うべき大きな環境変化に直面しており、各国ともこれらに対処するための様々な政策を講じている中にあって、科学技術政策に期待される役割や、その在り方についても、また大きく変化している。
 昨今の科学技術政策に関連する世界及び我が国における諸情勢の変化、さらには諸外国の科学技術政策の動向のうち主なものとしては、例えば、以下のようなものが挙げられる。

1.世界における諸情勢の変化

1)地球規模課題の顕在化

  •  地球温暖化による様々な環境影響が指摘され、京都議定書に続く2013年以降の温暖化対策の国際的枠組みの合意をはじめとする国際的な取組への関心が高まる一方で、地球規模の気候変動が一因とされる自然災害の多発や食糧・水利用の不安定化、新興・再興感染症の蔓延、さらには世界人口の増加に伴う貧困層の拡大等、世界各地で深刻な問題が発生している。
  •  近年の原油や食糧価格の急騰をはじめ、世界規模での資源・エネルギーの需給逼迫に伴い、生活必需品の市場価格が不安定化する中で、新たな資源の獲得等に向けた国際的な競争が激化しており、国内外で食糧・資源・エネルギー等の安全保障に対する関心が高まっている。

2)世界の経済状況等の変化及び新興国の台頭

  •  2008年10月のリーマン・ショック以後、第二次世界大戦以降、最悪と言われる世界的金融危機・経済不況に見舞われ、各国が大規模な財政出動を伴う経済対策を迫られる中で、「グリーンニューディール」とも呼ばれる環境技術を活用した経済再生をはじめ、科学技術によるイノベーションの創出が経済再生の鍵として注目されており、これらの取組が世界的に拡大している。
  •  中国、インド、ブラジル等、巨大な市場を抱える新興国が、世界の政治・経済等への影響力を増しており、特に昨今の経済不況下において、世界の成長エンジンとしての役割が期待されるなど、その傾向がより顕著に見られる。このため、今後、これらの国々の相対的な地位が高まり、長期的には世界の多極化が進むなど、現在の勢力地図が大きく変化することが予想されている。
  •  経済活動のグローバル化に伴う国際的な産業構造の変化の中で、企業等の事業形態が、従来の閉鎖的・自前主義の垂直統合型ビジネスモデルから、開放的・グローバルな水平分業型のビジネスモデル(オープンイノベーション)へと大きく転換しつつあり、これらに対応した企業等が業績を伸ばしている傾向が見られる。
  •  また、経済活動のグローバル化等に伴う国境のボーダレス化が進展し、人・モノ・カネあるいは情報の流動化が加速する中にあって、高度な知識や頭脳の獲得に向けた国際的な競争が一層激化している。

2.日本における諸情勢の変化

1)経済・社会構造の変化

  •  米国に次いで世界第二位の地位にある我が国の国内総生産(GDP)は、近年、減少傾向にあり、急伸する中国が平成22年前後にも日本を上回ると予想されている。また、我が国の国民一人当たりのGDPは、年々低落傾向にあり、少子高齢化・人口減少が世界に類を見ない速さで進む中にあって、将来にわたる持続的な成長・発展に向けて、国際競争力の一層の強化や国民一人当たりのGDP向上等に向けた取組が求められている。
  •  世界規模の金融危機や経済不況に加えて、中国、インド等の新興国の急速な台頭や、これまで我が国が得意としてきた自前主義の研究開発モデルの限界、さらには世界的に進むオープンイノベーションへの対応の遅れ等により、これまで日本経済の牽引役であった基幹産業等の国際競争力が長期低落傾向にある。
  •  これまで我が国の学術界や産業界を支えてきた優秀な研究者・技術者が退職期を迎えている一方で、少子化に伴う若年人口の減少に加え、特に若年層の理工系離れが進んでおり、これに伴う将来的な研究者・技術者の確保や大学、産業界の国際競争力の強化が課題となっている。

2)深刻かつ重大な課題への対応の必要性

  •  地球温暖化や資源・エネルギーの問題等、国際協調・国際協力による取組が不可欠な問題の解決に向けて、世界最高水準の科学技術を誇る我が国が、国際的な優位性を確保しつつも、これらの科学技術を積極的に活用することで、世界に貢献していくことが求められている。
  •  特に、地球温暖化対策では、日本の2020年までの温室効果ガス排出削減について対1990年比25%減を目標として掲げており、その実現に向けた取組を進めるとともに、国際合意や途上国支援等で世界をリードしていくこと期待されている。
  •  我が国においても、大規模な地震や風水害等の自然災害や重大事故、感染症、さらには食品安全を揺るがすような問題等が発生しており、国民の暮らしを守り、安心・安全な社会を実現することへの要求や要請が高まっている。

3.諸外国の科学技術政策の動向

 近年、世界各国においては、以下に挙げる例のように科学技術及びイノベーションの政策的な推進を加速させている傾向が見られる。

1)米国の取組

  •  米国では、2期8年にわたったブッシュ政権の後を受け、2009月に民主党のオバマ大統領が就任した。オバマ政権においては、世界的な未曾有の経済混乱への対応として、同年2月に総額7,870億ドル(約81兆円)の「米国再生・再投資法」が成立し、総額183億ドル(約2兆円)が研究開発関連機関に配分され、特に基礎研究や医療、エネルギー、気候変動の4つの分野に重点が置かれた。
  •  また、2009年9月には、オバマ政権発足以降の科学技術イノベーション政策を包括する「米国イノベーション戦略」を発表し、米国の持続的発展や高い生活の質、さらには雇用創出等を図る上でイノベーションへの投資が不可欠であるとの認識の下、「米国イノベーションの基盤に対する投資」「企業化能力を刺激する競争的市場の促進」「国家重点目標を達成するためのブレークスルーの加速」の3つの柱で構成される具体的な推進方策等を示すとともに、国全体として官民で行われる研究開発にGDP比3%以上を投資することを掲げた。

2)EUの取組

  •  EUでは、2008年11月に欧州委員会が「欧州経済回復計画」を発表し、長期的観点に基づく更なる経済成長と持続的発展をもたらす「賢明な投資」を含む総額約2,000億ユーロ(約30兆円)が盛り込まれ、自動車産業等での研究やイノベーション、エネルギー効率の良い建物や技術への戦略的投資等が示されている。
  •  また、欧州全体の研究開発戦略の策定及び資金の配分等の仕組みである「第7次フレームワークプログラム(FP7)」(2007年‐2013年)において、FP6と比較して大幅な予算増(期間中の予算の年平均を65%増)を掲げるとともに、「産学連携」「基礎研究」「人材育成」「基盤整備」の4つの基本プログラムに基づくコンソーシアムによる共同研究を推進している。
  •  さらに、「リスボン戦略」(2000年3月欧州理事会採択、2005年改定)において、2010年の総研究開発費を対GDP比3%に向上させるとしている。
  •  一方、英国では「ビジネス・イノベーション・技能省」を設立(2009年)している他、「科学・イノベーション投資フレームワーク」(2004年‐2014年)において、総研究開発費の対GDP比を2014年までに2.5%に引き上げることを掲げるなど、研究基盤の強化と競争力強化に向けた取組を推進している。

3)上記以外の主な国々

  •  中国では、科学技術による持続的発展や、科学技術・教育・人材立国、独自のイノベーション向上等を基本方針とする、「国家中長期科学技術発展計画」(2006年‐2020年)を策定し、2020年までに総研究開発費の対GDP比を2.5%以上とする等の目標を掲げるとともに、同計画を詳細化した「5カ年計画」に基づき、基礎研究や人材育成、企業の技術イノベーションの強化等を推進している。
  •  さらに、韓国においても、基礎研究を中心に、科学技術予算を2012年までに、1.5倍に拡充する目標を掲げている。

2.科学技術基本法制定以降、特に第3期科学技術基本計画の主な成果と課題

 科学技術の振興は、これまでも例えば医療技術の発達による国民の健康改善や長寿の実現、新産業等の創出によるGDP向上、さらには宇宙開発をはじめとする新たな境地の開拓等、人々の暮らしや国の発展に大きく寄与してきた。
 その中で、我が国においては、科学技術振興の重要性に鑑み、平成7年に科学技術基本法が策定され、それに基づく3期15年にわたる科学技術基本計画(以下、「基本計画」という。)の下で、政府をあげての科学技術の振興が図られている。
 同法成立以降、政府の研究開発投資の増加や研究開発基盤の整備、システム改革等が進み、数多くの優れた研究成果や実績が上がっている。一方で、我が国や世界における深刻かつ重大な問題解決に向けた科学技術の一層の貢献や、将来の科学技術を担う人材の育成、研究開発を支えるインフラの整備等の課題も指摘されている。特に第3期基本計画期間における主な成果や課題としては、例えば、以下のようなものが挙げられる。

1)画期的な研究開発成果の創出等

  •  政府研究開発投資が支えた主な成果例として、iPS細胞の創出や次世代画像表示技術(有機EL)、放射線によるがん治療技術(重粒子線治療)、次世代蓄電システム(自動車用・自然エネルギー用)、自然災害の減災システム技術、月・惑星探査や地球観測、宇宙ステーション等の地球と宇宙の探査・観測技術等が挙げられる(※1)。
  •  また、この10年で、自然科学系の日本人ノーベル賞受賞者は8人となり、特に平成20年には4人の受賞者を輩出(物理学賞については3人が受賞者独占)するなど、世界的にも我が国の基礎科学力は高く評価されている。

※1 「政府投資が支えた近年の科学技術成果事例集」(2009年3月科学技術政策研究所)より引用。

2)研究開発投資及び科学技術の戦略的重点化

  •  第1期基本計画以降、国の研究開発投資は増加傾向にある。一方で、近年、米国をはじめとする諸外国の科学技術関係の投資額が大幅な増加傾向にある中、我が国の研究開発投資は、ほぼ横ばい若しくは微増にとどまっており、計画に掲げる目標の達成に向けて、研究開発投資の一層の拡充に向けた取組が求められている。

‐ 第1期:目標の約17兆円に対し、約17.6兆円。
‐ 第2期:目標の約24兆円(対GDP比1%、期間中名目成長率3.5%)に対し、約21.1兆円(期間中の対GDP比平均0.85%、名目成長率平均0%)。
‐ 第3期:目標の約25兆円(対GDP比1%、期間中名目成長率平均3.1%)に対し、平成21年度当初予算までで約16兆円(平成20年度までの対GDP比平均0.81%、名目成長率平均0.4%)。

  •  基本計画に基づき、重点推進4分野及び推進4分野、国家基幹技術を含む戦略重点科学技術等への研究開発投資の重点化が進展する一方、国の政策課題や社会的なニーズに対応した研究開発、さらには融合型の研究開発等への取組の必要性が高まっている。また、諸外国では基礎研究への投資を拡大しており、我が国においても、基礎研究を一層重視して、推進していく必要性が高まっている。

3)科学技術システム改革

  •  博士課程修了者の量的拡大が図られてきたが、その一方で、大学等における若手研究者ポストの不足に加え、アカデミア以外の就職先の多様化が進んでおらず、産学の間の需要供給のミスマッチ解消やキャリアパスの確保等が課題となっている。また、国民、特に若年層の科学技術に対する関心が低下する中で、次代を担う人材育成が課題として指摘されている。
  •  競争的資金は、第2期基本計画に掲げた倍増には至らなかったものの、着実に増加傾向にある。一方で、採択率や研究環境の改善を図るため、競争的資金の一層の拡充や、研究費の弾力的運用の推進、間接経費の確実な措置等が課題となっている。
  •  イノベーション創出の原動力として、産学共同研究や技術移転、大学発ベンチャーの増加、特許取得件数及び収入の増加等、産学官連携は質、量ともに大幅に進展している一方で、オープンイノベーションへの対応等の観点からの産学連携や知的財産戦略の在り方等、新たな課題も顕在化している。
  •  新たな知の創造と継承を担う大学・大学院の役割の重要性が増す一方、大学の教育研究基盤を支える国立大学法人運営費交付金及び施設整備費補助金、私学助成が大幅な減少傾向にある。また、我が国の科学技術の推進に重要な役割を担っている研究開発法人の運営費交付金及び施設整備費補助金も大幅な減少傾向にある。
  •  国際的に卓越した大学院の形成や、世界トップレベルの研究拠点の形成が進められているが、世界の大学等と伍していくため、一層の取組の強化が求められている。
  •  平成20年に成立した「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律(平成20年法律第63号)」及びその附帯決議において、研究開発法人の在り方を含め、研究開発システムの在り方について総合科学技術会議が検討することとされおり、早急な対応が求められている。
  •  国立大学法人等の研究施設・設備等の計画的整備は着実に進展しつつあるが、財政状況の厳しい中、施設の老朽化や教育研究の高度化・多様化、新たな社会的ニーズへの対応等が課題となっている。また、研究開発法人についても、卓越した研究成果を生み出すため、大規模施設・設備の整備や共用促進等が課題となっている。
  •  科学技術の国際活動では、海外で研鑽を積む若手研究者の数が減少傾向にあり、また受入環境の問題等も一因として、海外の優秀な研究者の招へいが十分進んでいない。さらに、地球規模の課題解決や開発途上国支援に向けて、我が国として、科学技術外交をはじめ、科学技術の国際活動を戦略的に推進していくことが求められている。

4)総合科学技術会議の役割

  •  総合科学技術会議は、これまで分野別推進戦略の策定や資源配分方針の策定等により、国全体としての科学技術政策の総合的かつ計画的な推進に努めている。一方で、府省横断的な科学技術政策の推進や、イノベーション創出を阻む隘路の解決等に向けて、総合科学技術会議の改組も念頭に一層の司令塔機能の強化が求められている。

3.我が国の科学技術政策に求められる基本姿勢

<基本的考え方>

 今、我が国を含め、世界の政治・経済の勢力地図や経済社会構造が激変する歴史的な転換点にある。これまでは、世界第一位、第二位の経済大国である米国及び日本が、他国を引き離して、世界経済の中で大きな地位を占め、また先進国が国際的な政治・経済等の議論をリードし続けてきたが、近年の中国、インド等の新興国の台頭により世界の多極化への動きが急速に進展している。
 このような状況において、我が国としては、多極化する世界の中で、我が国がどのような分野や領域等で強みを発揮し、持続的な成長や国民の豊かな暮らしの実現、さらには世界における地位の向上等を目指すのか等、世界における我が国の将来的な立ち位置を明らかにすべき時期に来ている。
 また、このような世界の大きな変化の中で、我が国では、世界の未曾有の金融危機及び経済不況により、基幹産業等が大きな影響を受ける一方で、少子化の進展に伴う人口減少、急速な高齢化の進展など、社会や国民生活を取り巻く環境は厳しさを増す状況にある。さらに、世界に目を向ければ、環境問題、エネルギー問題、さらに貧困問題等の地球規模の課題については、これまで各国あるいは国際機関において、様々な努力が行われてきたが、未だ難問が山積している状況にある。
 我が国においては、これらの複雑かつ深刻な課題の解決を図るとともに、社会・国民の安心・安全で質の高い生活を確保しつつ、安定的な経済成長を実現することを目指し、国としてあらゆる政策を総動員した総合的かつ体系的な取組を進めていくことが極めて重要である。
 このような中にあって、科学技術は、天然資源やエネルギーに乏しい我が国が持つ有力な手段かつ資源であり、将来にわたって、様々な制約を克服しつつ持続的な成長・発展を遂げるとともに、世界の中で、その存在感を高め、確たる地位を占めていく上で欠くことのできないものである。さらに、科学技術は、その成果が社会に還元されるまで時間を要することが少なくなく、短期的な視点や経済的利益のみの視点から評価すべきものではないことに鑑み、将来の我が国に対する先行投資として、中長期的な展望に立って、推進を図っていくことが必要なものである。
 このため、上記のような科学技術の重要性や、その役割・特性等に関する認識を、社会・国民が共有できるようにするとともに、その深い理解とそれらに基づく高い支持を得て、科学技術に関する幅広い政策を国家戦略として明確に位置付け、国として、これを一層強力に推進していくことが不可欠である。ここにおいて、今後の科学技術政策については、単に科学技術の振興それ自体を目的とする政策にとどまるのではなく、その成果を社会に還元するという観点から、我が国あるいは世界のための、「社会・公共政策」の一つであることを改めて明確にしていくことが必要である。
 その上で、今後の科学技術政策の推進に当たっては、我が国の社会・公共政策全体の基本的な方針として挙げられる、1)医療や社会福祉、子育て、教育等が保障され、また多文化が共生する中で、国民の誰もが安心した生活を送ることができ、分け隔て無く社会参画できるようにすることを目指す、2)雇用や人材育成等のセーフティーネットを整備し、また食や治安等に関する安全・安心を確保しつつ、新たな雇用や需要を創出することで持続的・安定的な経済成長の実現を目指す、3)我が国が持つ豊かな経験と実力を活かし、人類生存に関わる危機に立ち向かうとともに、アジアをはじめとする世界各国と真の信頼関係を築き、多面的な協力を進めていくことを目指す、等の方向性と軌を一にして科学技術政策の総合的かつ戦略的な推進を図っていくことが極めて重要である。

4.科学技術政策により中長期的に目指すべき国の姿

<基本的考え方>

 前節で述べたような「社会・公共政策」の一つとしての科学技術政策の位置付けや、我が国全体の政策の方向性を踏まえ、今後の科学技術政策については、まずは国民の誰もが安定した就労環境の下、将来にわたり質の高い生活を送れるようにするため、科学技術を活用することにより、社会や国民を取り巻く様々な課題への対応策を提示していくという姿勢を一層明確にすべきである。
 また、我が国は経済大国として、また成熟した民主国家として、国際社会に対して大きな責任を有しており、我が国が誇る先端的な科学技術を世界あるいは地球、さらには人類生存のための手段と捉え、地球規模で発生する深刻かつ複雑な課題の解決に向けて積極的に貢献していくという姿勢を示していくべきである。

<目指すべき国の姿>

 上記の考え方を踏まえ、我が国が科学技術政策により中長期的に目指すべき国の姿を、以下のとおり新たに示す。

1.安心・安全で、質の高い社会と国民生活を実現する国

 産業構造の変化や、少子高齢化等に伴う社会構造の変化が急激に進む中にあって、安定した就労環境の下、全ての国民が健康長寿の恩恵を享受し、また、地震・火山・津波・台風等の自然災害や重大事故、テロ等の不安や脅威から守られる社会の実現に向けて、サービス、医療・社会福祉、防災、食品安全等に関する科学技術を推進することで、将来にわたり、安心・安全で質の高い社会及び国民生活を実現するとともに、それらを国民の誇りとしていく国となる。

2.国際的優位性を保持しつつ、持続的成長・発展を遂げる国

 資源・エネルギーに乏しく、また少子高齢化の進展や人口減少が予想されるなど、様々な「制約」がある中でも、低炭素社会や循環型社会、ユビキタス社会等、世界のモデルとなる社会像を掲げ、その実現に向けて、イノベーションを通じた新産業の創出等にも結びつく最先端の科学技術や国の存立の基盤となる科学技術に取り組むとともに、それらを担う、優れた人材を育成・確保することで、国際的な優位性を保持しつつ、将来にわたり持続的な成長・発展を遂げていく国となる。

3.世界各国と協調・協力し、地球規模課題の解決を先導する国

 地球の将来に重大な影響を与えるおそれのある地球温暖化や、気候変動に伴う洪水・干ばつ、高潮等の自然災害、貧困国を中心に蔓延する新興・再興感染症、世界人口の増加を一因とする食料・水、資源・エネルギー等の欠乏、さらには生物多様性の喪失等、地球規模で発生し、国際協調・国際協力による取組が不可欠な課題に対して、重層的かつ多様な科学技術によるイノベーションを創出し、解決策を提示することで、これらの課題解決を先導していく国となる。

4.多様性があり、世界最先端の人類の「知」の資産を創出し続ける国

 これまで人類が築き上げてきた英知を基に、人類のフロンティアを開拓するとともに、次代を担う子どもたちに科学技術への夢や希望を与え続けていくため、真理探求等を目指す研究者の自由な発想に基づく研究や、宇宙、地球、生命等、人類未知・未踏の領域の探索に挑戦する科学技術を推進することで、多様性があり、世界最先端の人類の「知」の資産を創出し続ける国となる。

5.科学技術を文化や文明の礎として育む国

 科学技術は、本来、経済的・社会的価値のみならず、知的・文化的価値の創出をもたらすものであるが、これをさらに一歩進め、科学技術の研究開発活動や、それに携わる人々、さらにそれを育む土壌、すなわち科学技術それ自体について、社会全体が文化あるいは文明社会の礎として育んでいく国となる。

5.今後の科学技術政策における基本的方針

<基本的考え方>

 我が国を取り巻く国内外の諸情勢が大きく変化する中、前節で掲げた「目指すべき国の姿」を実現していくためには、新たな知的資産を創出し、重厚な知の蓄積を目指した科学技術の振興に加え、国として取り組むべき重要な政策課題を明確に設定した上で、それらの課題への対応に向けて、イノベーションを目指した科学技術を総合的に推進していくという姿勢を、一層明確にしていくことが必要である。その際、社会や国民の参画も得て、政策課題を設定していくという考え方が、特に重要となる。
 また、資源・エネルギー等で「制約」の多い我が国において、これらの政策を確実に推進していくためには、現在そして将来を担う「人材」が極めて重要であり、知識基盤社会において、多様な場で活躍できる優れた人材を育てていくという姿勢を、より明確にすべきである。

<基本的方針>

 上述した視点を踏まえ、今後の科学技術政策における基本的方針を、以下のとおり新たに示す。

1.科学技術政策から「科学技術イノベーション政策」への転換

 これまでの3期にわたる基本計画の下での政策推進により、我が国は世界的にも高い科学技術水準を有する国となった。その一方で、科学的な発見や発明等をイノベーションを通じて、社会への還元や新たな価値創造に結びつけていく取組や、社会的な課題に対応するため、科学技術を積極的に活用していくという政策的な取組は、未だ途上にあると言える。
 しかしながら、世界的な金融危機・経済不況を受けて、米国をはじめ世界各国が新たな時代における経済成長の方向性を模索する中で、将来的な国の新たな成長軸の獲得を目指して、科学技術によるイノベーションを政策的に推進する動きが急速に広がっている。また、国際的な産業構造についても、従来、我が国が得意としてきた垂直統合型のビジネスモデルのみならず、国際水平分業型のビジネスモデルが拡大する動きが顕著であり、解決すべき課題を設定した上で関連する知識や技術を集積し、ソリューション技術として提案するという形が注目されるなど、イノベーション形態の大きな変化が生じている。
 このような中にあって、高い科学技術水準を持つ我が国においても、今後、科学技術を国の成長の柱として一層強力に推進することはもとより、単に科学技術の進展のみを目指す政策にとどまらず、科学技術の進展により得られた成果の社会還元を一層推進するとともに、科学技術を取り巻く社会・経済等までも幅広く対象に含め、社会ニーズ等に基づく重要な政策課題を設定し、それらの課題解決に向けた取組を促進する観点から、科学技術政策と、科学技術に関連するイノベーションのための政策とを組み合わせた総合政策への転換を図ることが不可欠である。
 このため、今後は、このような総合政策を「科学技術イノベーション政策」と位置付け、国を挙げて強力に推進することを基本とする。ここにおいて、「科学技術イノベーション」とは、単に研究開発で得られた成果を事業化・産業化に結びつけることを意味するのではなく、「科学的な発見や発明等による新たな知識を基にした知的・文化的価値の創造と、それらの知識を発展させて新たな経済的価値や社会的・公共的価値の創造に結びつけること」として定義付ける。
 また、科学技術イノベーション政策については、1)科学的な発見や発明等による新たな知識を創出するとともに、それらを発展させて新たな価値の創造に結びつける取組と、2.)予め達成すべき課題を設定し、それらを実現するため関連する科学技術を総合的に推進する取組という2つの政策的アプローチが存在する。
 このため、科学技術イノベーション政策を推進するに当たっては、それぞれの政策的アプローチに対応し、次章以降において、1)に該当する「2.基礎科学力の強化」と、2)に該当する「3.重要な政策課題への対応」に整理した上で双方を車の両輪として位置付け、関連する研究開発システムの改革を含めて推進していくことが必要である。さらに、科学技術イノベーション政策を進めていくためには、社会制度をはじめ、社会との関わりの中で総合的な政策を推進していくことが必要であり、次の2.で述べる、「4.社会と科学技術イノベーション政策との連携」に基づき推進する。

2.「社会とともに創り、進める科学技術イノベーション政策」の実現

 1999年7月にハンガリーのブダペストにおいて、世界科学会議が開催されてから10年を迎える。この時に採択された「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」は、それまでの知識あるいは開発のための科学という視点に留まらず、「社会における科学と社会のための科学」という考え方を示し、科学者に対して人類の福祉や持続的な平和と開発への貢献、さらに倫理的問題への対処を求める画期的なものであった。
 この宣言が出されて10年が経過した今日、社会と科学技術との関わりは、より密接なものとなるとともに、我が国が科学技術イノベーション政策を掲げる中で、その重要性は一層高まっている。このため、今後、科学技術イノベーション政策を国是として推進していくに当たっては、これらの政策が国民や社会の課題・ニーズに応えるものであって、国民が企画立案から推進段階にも参画し、その成果が広く社会に還元されることが強く要請されていることを、改めて認識すべきである。
 このような点に鑑み、今後は、「『社会とともに創り、進める科学技術イノベーション政策』の実現」という観点に立脚し、政策等の立案に当たっては、国民の幅広い参画を得て、我が国の科学技術イノベーション政策が解決すべき重要な政策課題を明らかにし、これを広く社会に発信していくとともに、併せて、社会の理解・信頼を得ていくためのコミュニケーション活動を積極的に進める。
 また、責任ある政策の推進を図る観点から、施策等に関する責任体制を明確にし、これらの実効性・実現性や効果的・効率的な実施等を担保するとともに、研究者等を含め、実施主体による国民社会への説明責任の強化を図ることにより、国民や社会の深い理解と高い支持の下で、科学技術イノベーション政策を推進することを基本とする。
 これらに関する具体的な取組については、基本的には、次章以降の2~4の全てに関わるものであるが、特に「4.社会と科学技術イノベーション政策との連携」に掲げる方針に基づき、推進することが必要である。
 その一方で、現行の科学技術基本法及び基本計画においては、対象とする科学技術について、「人文科学(※2)のみに係るものを除く」とされている。しかしながら「『社会』とともに創る科学技術イノベーション政策」の実現を目指し、我が国や世界を取り巻く深刻かつ複雑な課題に対応していくためには、人文科学や社会科学の視点を、より積極的に取り込み、その知見等の活用を図っていくことが重要である。
 この点、人文科学や社会科学、自然科学を包含する「学術」は、あらゆる学問の分野における知識体系の構築と、それを実際に応用するための研究活動、さらに教育活動をも包括する意義を持つものであり、我が国の科学技術イノベーションの推進において重要な役割を担っており、その着実な振興を図っていくことが求められている。
 このため、今後の科学技術イノベーション政策においては、これらの点を勘案した上で、科学技術について、我が国や世界における複雑な課題との関わりにおいて、自然科学のみならず、人文科学や社会科学に係るものも幅広く対象に含め、総合的な政策の推進を図ることを基本とする。


※2 科学技術分野における一般的な三大分類である自然科学、人文科学及び社会科学のうちの人文科学及び社会科学をいう。

3.「人」を重視した科学技術イノベーション政策の強化

 第3期基本計画においては、その基本姿勢として、「モノから人へ、機関における個人の重視」を掲げ、科学技術政策の観点からも、インフラ整備を優先する考え方から、優れた人材を育成し、活躍させることに着目して投資する考え方に重点を移すこととされた。この姿勢については、我が国全体の政策の方向性にも整合的であり、引き続き国民や社会の幅広い層から支持を得ているものと考えられる。
 資源・エネルギー等に恵まれず、また少子高齢化に伴い我が国の人材層が薄くなるなど、様々な「制約」のある我が国が、今後、知識基盤社会として発展し、世界の中で独自の存在感を示していくためには、国を挙げて、その核となるべき人材を絶え間なく育成していくことが不可欠であり、人材に係る取組は科学技術イノベーション政策の推進の中心に位置付けるべきものであると言っても過言ではない。
 このため、第3期基本計画の基本姿勢を継承するとともに、より一層の発展・強化を図る観点から、本報告書及び今後の科学技術政策全般に関わるものとして「『人』を重視した科学技術イノベーション政策の強化」を掲げ、我が国の人材育成の中心を担う大学の研究のみならず教育面での役割を一層重視し、社会のあらゆる場で活躍できる人材の育成や世界をリードするトップクラスの高度知的人材の養成・確保を進めるとともに、初等中等教育段階における人材の育成、さらには海外からの研究者や留学生の確保等を進めることを基本とする。
 また、併せて、国民が科学技術に親しみ、幅広い人材各層が、より自由かつ積極的に政策に参画できるよう、我が国の科学技術イノベーション政策に関連する環境整備やシステム改革等を強力に推進することを基本とする。

お問合せ先

科学技術・学術政策局計画官付

(科学技術・学術政策局計画官付)