3.今後の方向性

(1)国が行うべき地域科学技術振興の基本的考え方

1.国が行うべき地域科学技術振興の意義及び必要性

 急速に進展する少子化による市場規模の縮小や、高齢化による労働力人口の減少、世界的な対応が求められる環境負荷低減への対応等、今後我が国が様々な制約を克服しつつ、持続的な成長を遂げ、国民一人一人の生活の質を向上させるためには、地域が持つ多様性や独創性を積極的に活用し、我が国全体の科学技術の高度化・多様化やイノベーション・システムの競争力を強化することが不可欠であることから、国として地域科学技術振興を積極的に推進することが重要である。
 また、平成19年12月に改正された教育基本法では、新たに大学の役割として、教育・研究の他、成果の社会への提供が明記されたところである。このように、大学の地域貢献に対する社会的要請や期待が一層高まっている中、これまで知的クラスター創成事業等の国が実施する各種地域科学技術振興施策においても、大学の活動やポテンシャルの活用など、地域の活性化に大学の「知」を活用することが不可欠であることを踏まえれば、地域科学技術振興にあたっては、今後とも、大学がその役割を積極的に果たしていけるよう、国が積極的に環境を整備することが不可欠である。
 さらに、各都道府県等において地域独自の科学技術政策大綱等が策定されるなど、地域による科学技術振興が進められているが、地域が知的クラスター創成事業等により本格的に地域科学技術振興に取り組み始めてからまだ10年にも満たない状況にあり、ようやく地域に科学技術振興の緒がついたばかりとも言える。このため、当面は国が地域を先導し、地域に科学技術を基盤とする文化を醸成するための支援を求める声が強い。
 このような状況において、国としては、地域が有する科学技術のポテンシャルを活かした新たな産業の創出、地域社会への貢献等を推進するとともに、これを支える大学等の研究開発、人材育成基盤を強化するための広域的な地域連携や、大学等における研究成果の社会還元機能の強化等を推進することにより、科学技術による地域活性化を目指す総合的な取組としての地域イノベーション・システムの強化を国家戦略として確実に推進していくことが必要である。

2.地域科学技術振興に当たっての国の役割

 地域科学技術振興は、都道府県等地方自治体の役割という見方もあるが、地方自治体における科学技術の振興は、成果の出やすい中小企業の技術開発に向けられることが多く、地方自治体が、地域に立地する大学等を核に産学官共同研究を推進し、その研究成果を活用しつつ、地域産業の大きな構造改革を目指すダイナミックな初期投資を行うことには困難を伴う。
 また、諸外国における地域イノベーション・システムの構築に関して、自治体単位ではなく、歴史的、文化的、経済的にまとまりを持つ圏域で取り組むことにより成功した例も生まれており、その際には、国の支援が大きな役割を果たしている。
 このことからも、地域科学技術振興にあたっての今後の国の役割は、地域における科学技術振興やイノベーション創出をより効果的・効率的に図る観点から、これまでのように単一の自治体単位の枠ではなく、複数の地方自治体による広域的な連携・協力体制の構築を促進し、それぞれが有するポテンシャルを結集し、補完しあうことによって、研究開発や事業化等を強力に進めていくような取組を支援していくことが重要である。また、イノベーションを地域が自立的に起こせるよう、国が成功や失敗のノウハウや経験知を蓄積し、地域間を繋ぐ情報のハブ機能を持つことも重要である。

 さらに、これまでの地域科学技術振興に関して、国は地域に対し「支援」という視点で進められてきたが、地域科学振興の主役はあくまでも地域であり、その最終的な目標は、地域が自立して科学技術振興を図っていくことにある。国は、それに至るまでの当面の間について、長期的な視野と戦略に基づいた地域の取組を促すという観点が重要である。今後は、このような考え方を基本とし、国と地域とが対等な立場で「協働」して地域科学技術の振興を図っていくことが重要である。

(2)今後の地域科学技術の方向性

 地域における科学技術の振興は、これまで、地域イノベーション・システムの構築や地域活性化の観点から、国として積極的に推進しており、現在、ほぼ全ての都道府県・政令指定都市が自らの施策に科学技術振興を位置づけ、推進するに至っている。その一方で、第3期科学技術基本計画策定時に比べ、地方分権や地域の主体性・自主性を重視すべきとの声も高まっている。このような状況において、今後、国は、地域の主体的な取組を促しつつ、国自らが推進すべき地域科学技術振興施策について、重点化していくことが不可欠である。
 その際、これまで国が推進してきた知的クラスター創成事業等の現状を十分に評価し事業全体の再整理を行った上で、我が国全体の科学技術の発展に貢献することがより明確となる新たな地域科学技術振興施策を検討していくことが必要である。

1.国際競争力のあるイノベーション・クラスターの形成

 世界レベルのクラスター形成は、国家的プロジェクトと位置づけるものの、最終的にクラスターとして形成されるか否かは、地域が情熱を持って主体的に取り組むことが基本であり、国はあくまで、このような取組を「手伝う」立場をとる(クラスター形成が30年とすれば、その基盤の構築に必要な支援:10年程度)ことが必要である。知的クラスター創成事業(第2.期)の実施地域は、第1.期事業と合わせて10年間の事業を実施することとなり、今後は、これまで培ってきたネットワーク基盤を活用し、地域が自立しプロジェクトを継続し、イノベーション・クラスターに発展させていくことが重要である。その際、経済産業省をはじめとした関係府省の施策の活用が円滑に進められるよう、国として環境整備を併せて行うことが必要である。

 一方、地域の特色を活かした都市エリア単位の小規模のクラスターについては、地域科学技術振興の観点から大きな役割を果たしており、継続中の地域も含めて現在までに延べ80を越える地域において都市エリア産学官連携促進事業が実施されてきた。クラスター形成のスタートである都市エリア事業(一般型)は、既に多くの地域で実施され、現在においては、発展型に移行しているものも多く、小さいながらも世界の市場を目指せる成果が出つつあり、十分な役割は果たしたと言える。 このため、今後は、これまでの成果を踏まえつつ、地域として国際的な強み・特徴のある技術を核として、グローバル競争に打ち勝つようなクラスター形成を目指した知的クラスター創成事業(グローバル拠点育成型)のように、小規模クラスターを国際競争力を持った中規模クラスターに育成していく方向が重要であり、国としては、この育成のためのプログラムを再構築し、地域に対し、競争環境下で提示していくことが必要である。

 その際、これまでのような網羅的な支援ではなく、地域が世界レベルを目指し自立的に発展する取組に対し、人材育成や事業化支援機能など真のクラスターとして安定して成長する上で不足している機能の強化を目的として重点的に投資するなど、国としての役割を明確にする必要がある。また、クラスターとしての競争力を強化する観点から、例えば同様の分野で優れた成果を有する地域との連携など、隣接する地域に限らず国内外も視野に入れた、自治体単位を越えた「広域的な地域連携」を前提とすることが重要である。

2.地域科学技術の新たな展開

1.)地域の知の拠点である大学等の地域貢献力強化

 我が国においては、各都道府県に国立大学が設立され、地域における教育研究面での中核的役割を果たしてきた。また、産学官連携や人材育成など地域社会における知的活動においても一定の役割を果たしてきたが、国立大学の法人化を契機として、今後一層その役割を果たすことが期待されている。知的クラスター創成事業等では、その予算の大部分が、大学等に対する産学官共同研究経費として配分されており、地域の視点による「知」の創出とその成果の展開に活用されている。
 国立大学法人に対する運営費交付金の削減等により、大学等の教育研究活動を支える基盤が脆弱になりつつあるとの指摘がある中で、これまで知的クラスター創成事業等において、大学等が地域の知の拠点としての役割を果たし成果をあげてきたことを踏まえると、今後、我が国の科学技術・イノベーション政策を推進する観点から、国としては、大学や高専等における地域の中小企業やベンチャー企業等と協働した新技術創出や、産学官連携による人材育成、知的財産の活用による新事業の創出等の地域貢献機能の強化をより一層進めることが重要である。

2.)地域をフィールドとした産学官+市民の連携による新たな研究開発システムの形成

 これまで、地域活性化の観点から、地域のポテンシャルを重視して、数多くのクラスター形成が進められ一定の成果をあげつつある。一方、今後我が国が長期的観点から目指すべき社会の姿は低炭素社会や健康長寿社会等であり、これらの姿は国と地域、NPOや一人一人の市民が協働して成し得るものである。従って、今後は、戦略的、長期的に取り組むべき重要な技術を念頭に、国が、国家的・社会的ニーズを踏まえて大きな目標や課題を設定し、地域が主体となり、地域単独では実施できないような新たな研究開発システムの形成を目指すことが重要である。
 このため、地域のニーズや特色を踏まえつつ、我が国全体の科学技術の高度化や社会システムの改革につながる課題(例えば、環境エネルギーや医療福祉、防災、食料など)について、研究開発、技術実証、社会還元まで一貫して、地域をフィールドに、国、地方自治体、大学、産業界及び市民が連携して実施する地域拠点を育成するとともに、他の地域に波及・展開するような仕組みを新たな方向性として検討することが必要である。また、新たな社会システムの導入には、市民の意識改革やモチベーションの向上なども合わせて進める必要があり、理解を得つつ進めることが重要である。

3.)国を挙げた体制整備

 地域科学技術振興や産学官連携、産業集積等については、その目的に応じて文部科学省や経済産業省を始めとして各府省で様々な施策が用意されており、地域では独自の予算とあわせ、自らの構想実現に向けて活用してきたところである。しかしながら、施策毎に審査・採択が行われ、国全体として必ずしも有機的連携が図られているものではない。このため、地域が一層効果的・効率的に地域科学技術振興に取り組めるよう、国はこれらの施策の整合を図り、地域が各施策ツールを総動員し一つのプロジェクトとして機能させることを可能とするための環境整備を行うことが必要である。
 そのためには、例えば各地域で取り組まれているクラスター形成活動等について、関係府省が共同で評価を行い、その評価結果を踏まえ、人材育成、研究開発、企業化開発、金融支援、海外連携など様々な政府の施策を優先的に措置するといったように、文部科学省・経済産業省を始め、厚生労働省や農林水産省、総務省、国土交通省といった関係府省が一体となって取り組む体制を構築することが必要である。またその際には、規制緩和についても併せて進めることが重要である。

(3)国と地域との新たなパートナーシップの構築

 地域科学技術振興は、我が国全体の科学技術水準の向上だけでなく、地域活性化につながるものであることから、国が地域を「支援する」という視点ではなく、国と地域が対等な立場で「協働」して推進していく視点が重要である。そのため、今後、第4期の科学技術基本計画における地域科学技術振興のあり方については、地域の意見を把握し、適確に反映させる仕組みを導入することも重要である。

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科学技術・学術政策局計画官付

(科学技術・学術政策局計画官付)