4.社会と科学技術イノベーションとの関係深化

1.社会・国民と科学技術イノベーションとの連携強化

 1999年にブダペストで「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」が出されてから10年を迎えた今日、人々の生活の中で科学技術が担う役割が増し、また社会・国民からの科学技術に対する要請や期待が高まる一方で、科学技術の進展により、新たな発見・発明等が社会・国民に及ぼす影響や、新たな倫理的課題等の問題が提起されるなど、社会と科学技術との関係は、より深化してきていると言える。
 また、イノベーションが世界的潮流となる中にあって、我が国においても、単に科学技術の進展のみにとどまらず、イノベーションを通じて新たな価値を創造していくことが強く要請されており、国として解決すべき課題や、社会的なニーズ等を的確に把握するため、政策の実施主体である国が社会・国民とより一層密接な関わりを持つことが極めて重要となっている。
 このような観点から、今後の科学技術政策に求められる基本的方針の一つとして「科学技術イノベーション政策を『社会とともに創り、実現』する」を掲げたところであり、研究開発の推進や成果の社会還元のみならず、経済的、社会的あるいは公共的な課題の検討と、それに基づく研究開発の戦略的推進に向けて、社会と科学技術イノベーションとの関わりを一層深めていくことが必要である。
 上述した視点を踏まえ、社会・国民と科学技術イノベーションとの関係深化に関しては、以下の主要事項について推進する。
 (1)社会・国民の視点に基づく科学技術イノベーションの推進
 (2)科学技術コミュニケーション活動の推進

(1)社会・国民の視点に基づく科学技術イノベーションの推進

 科学技術の成果を、経済的、社会的に価値あるものとしていくためには、研究開発に携わる者のみならず、社会・国民の役割が極めて重要であり、国として、科学技術イノベーション政策を推進するに当たっては、これらの政策等の企画立案・推進等に際して、国あるいは研究開発の実施機関等が国民に対して説明を行うのみならず、政策の対象となるべき社会的な課題やニーズ等に関する国民の意見を把握し、それらを適切に政策に反映していくことが求められる。
 第3期基本計画においても、国民の科学技術への主体的な参加の促進が掲げられているが、具体的な取組としては、一部の研究機関等における大型プロジェクトの広報活動等にとどまっており、今後は国の政策の企画立案から実施段階まで、社会・国民の幅広い参画を得るための取組を進めていくことが必要である。
 また、科学技術が急速に進展し、それが複雑化・多様化する中、生命倫理問題や遺伝子組み換え生物(GMO)、ナノマテリアルに対する不安など、科学技術が法的あるいは倫理的な側面も含め、社会・国民と大きな関わりを持つようになっており、今後とも社会・国民からの理解と信頼を得て科学技術を推進していく観点から、科学技術が及ぼす社会的な影響やリスク管理・評価等に関する研究等の取組を一層強化していくことが極めて重要である。
 このため、具体的には以下の取組を推進する。
 1)政策の企画立案・推進への国民参画の促進
 2)倫理的・法的・社会的課題への取組

<推進方策>

1)政策の企画立案・推進への国民参画の促進
  • 国は、科学技術イノベーション政策で解決すべき課題や社会ニーズ、科学技術の成果が社会に還元される際の課題等について、広く国民が参画して議論を行うための場の形成など、新たな仕組みを整備する。
  • 国は、政策、施策等に加えて、大規模な研究開発プロジェクト等の企画立案及び推進に際して、国民の幅広い意見を取り入れるための仕組みを整備する。また、大学等及び公的研究機関においても、国民に対する説明責任を果たすという観点も踏まえつつ、このような取組を積極的に進めていくことが期待される。
  • 国は、国民の科学技術イノベーション政策への積極的な参画を促す観点から、例えばNPO法人等による地域社会での科学技術活動や、社会的課題に関する調査・分析に係る取組等を支援する。
2)倫理的・法的・社会的課題への取組
  • 国は、科学技術の進展やイノベーションが国民や社会に及ぼす影響の大きさを勘案し、科学技術を担う者が倫理的・法的・社会的課題(ヒトを対象とする研究をはじめとする生命科学技術、個人情報保護取扱等)を的確に捉えて行動していくための指針等を、国際動向等を踏まえつつ策定する。その際、学協会等において、研究開発等を推進する段階から、主体的に、これらの指針等の策定を念頭に置いた取組を進めることも期待される。
  • 国は、倫理的・法的・社会的課題への取組を促進するため、研究資金制度の目的や特性等に応じて、これらの課題対応に研究資金の一部を充当することを促進する。
  • 国は、研究開発の発展段階に応じて、科学技術が社会・国民に与える影響について、調査分析・評価を行うための活動(テクノロジーアセスメント)の在り方について検討する。また、政策等の意志決定に際して、テクノロジーアセスメント等に基づいた幅広い国民合意を図るための取組を推進する。

(2)科学技術コミュニケーション活動の推進

 科学技術イノベーション政策を社会・国民の深い理解と共感を得た上で推進していくためには、科学技術の研究開発活動やイノベーションに関する取組、さらに期待される成果等に関して、国民と、国や大学等、公的研究機関等との間で、双方向のコミュニケーション活動を進めていくことが重要である。
 これまでも博物館・科学館等における理解増進活動等や、大学等におけるアウトリーチ活動等の取組が着実に推進されてきているが、科学技術に対する国民の関心や社会的課題の解決に向けた科学技術の役割への期待が高まる一方で、特に、若年層においては科学技術に対する興味関心が低下傾向にあることが懸念されている。
 このため、科学技術に関する社会・国民の理解や関心を深めるためのコミュニケーション活動を一層充実していくとともに、これらの活動を通じて、我が国全体の科学技術リテラシーの向上を図っていくことが強く求められている。
 このため、具体的には以下の取組を推進する。

<推進方策>

  • 国は、我が国が目指す科学技術リテラシーの在り方について、幅広い観点から検討を行うとともに、国、大学等、公的研究機関、博物館・科学館、さらには学校等に求められる取組の在り方について検討を行う。
  • 国は、我が国の科学技術イノベーション政策や研究開発活動、そこで得られた成果等について、国民との間の双方向の対話を進めるための取組として、「科学技術コミュニケーション活動」を積極的に展開する。また、大学等及び公的研究機関においても、これらの取組を幅広く推進していくことが期待される。
  • 国は、各地域や博物館・科学館等における実験教室・体験活動やインターネットによる科学技術情報の分かりやすい発信等を通じて、科学技術に対する興味関心、理解の向上を目指す取組を支援するとともに、各種コンテストやイベント等を通じて、科学技術の持つ夢と感動を国民が実感できる機会を提供する。また、国立科学博物館や日本科学未来館は、それぞれの特色を活かした取組を進めるとともに、各地域の博物館との連携協力、支援等を推進する。
  • 国は、科学技術に親しみ、普及するための様々な活動を行うNPO法人や大学等、公的研究機関、さらには博物館・科学館等における科学技術コミュニケーションに係るボランティア活動を支援する。
  • 大学等及び公的研究機関は、アウトリーチ活動の普及・定着を図るため、組織的な取組を推進するとともに、専門人材の養成・確保等の取組を進めることが期待される。また、研究者等のアウトリーチ活動への参画を推進するとともに、これらの実績を業績評価等に反映していくことが期待される。さらに、国は、これらの活動を促進するため、研究資金制度の目的や特性等に応じて、研究資金の一部をアウトリーチ活動に充当することを促進する。

2.科学技術イノベーション政策に関する企画立案・推進機能の強化

 我が国では、内閣総理大臣のリーダーシップの下、我が国全体の科学技術政策を省庁横断的に進める組織として、平成13年に総合科学技術会議が創設され、科学技術基本計画に基づく具体的な推進戦略の策定や毎年の資源配分方針の策定、大綱的指針の検討及びそれに基づく大規模な研究開発の評価等において、その役割を果たしてきた。
 特に、第3期基本計画期間においては、基本計画とは別に、長期戦略指針「イノベーション25」(平成19年6月1日)や「革新的技術戦略」(平成20年5月19日)、「環境エネルギー技術革新計画」(平成20年5月19日)等の研究開発戦略を策定、推進するなど、柔軟かつ機動的な政策の遂行が図られている。
 その一方で、科学技術で得られた成果や発明等を、イノベーションを通じて社会に還元していくことが強く要請される中、科学技術政策についても、より社会・国民との関わりを重視するとともに、科学技術政策に関連する政策を含めて、より総合的かつ戦略的な推進を図っていくことが求められている。
 現在、政府内において、総合科学技術会議を「科学技術戦略本部(仮称)」に改組するという方向性が示されているが、我が国における科学技術イノベーション政策を強力に推進する観点から、省庁横断的な統括機能を強化することが求められる。
 このため、組織の見直しにあたっては、イノベーションに必要なシステム改革や研究開発の推進等に関する総合調整をはじめ、「目指すべき国の姿」の実現に向けて、科学技術イノベーション政策以外の政策との連携により、政策の相乗効果を高めることなどに関して、一層のリーダーシップを発揮できるようにすることが期待される。
 このような観点を踏まえ、今後の統括組織に関して、具体的には以下のような役割が期待される。
 1)科学技術イノベーション政策を統括する機能の強化
 2)研究開発戦略策定及び総合調整機能の強化
 3)科学技術イノベーション政策に関わる調査・分析機能の強化
 4)計画等の評価及び見直し等の実施

<推進方策>

1)科学技術イノベーション政策を統括する機能の強化
  • 統括組織は、国全体の政策の中で科学技術イノベーション政策の位置づけを高め、その一層の推進が図られるよう、政府内において強力なリーダーシップを発揮していくことが求められる。
  • 統括組織は、我が国の科学技術イノベーション政策に関する総合的かつ計画的な振興を図るための基本的な計画を策定する。
2)研究開発戦略策定及び総合調整機能の強化
  • 統括組織は、1)の計画の下、「重要政策課題(仮称)」に対応した「イノベーション共創プラットフォーム(仮称)」において、参画する各省庁、大学等、公的研究機関、産業界等が協働して行う検討結果に基づき、「重要政策課題総合戦略(仮称)」を策定、推進する。
  • 統括組織は、「重要政策課題(仮称)」等の設定をはじめ、国の科学技術イノベーション政策の企画立案・推進に際して、国民の幅広い意見を取り入れるための仕組みを整備する。
  • 統括組織は、「重要政策課題総合戦略(仮称)」に基づく研究開発等を確実に推進するため、国の科学技術関係予算の総額の確保に向けた強い機能が期待される。
  • 統括組織は、科学技術によるイノベーションを促進する観点から、それらを阻む隘路となる規制や制度等を特定するとともに、その改善方策について関係省庁間で議論を行うための仕組みを整備する。
3)科学技術イノベーション政策に関わる調査・分析機能の強化
  • 統括組織は、関係省庁とともに、諸外国の科学技術政策等の動向等に関する調査・分析機能を強化する。
  • 統括組織は、我が国の科学技術イノベーション政策の効果的な推進を図り、また説明責任を強化する観点から、関係省庁との連携・協力の下、科学技術イノベーション政策及びそれに基づいて行われる施策等について、科学的な観点に基づいて評価・分析等を行う調査研究等を支援するとともに、その結果を政策等に反映するための取組を進める。
4)計画等の評価及び見直し等の実施
  • 統括組織は、1)の計画や、「重要政策課題総合戦略(仮称)」等について適宜フォローアップを行い、その結果を広く公表するとともに、政策等の見直し等に適切に反映する。
  • 統括組織は、今後の科学技術イノベーション政策の展開に合わせ、大綱的指針について見直しを行うとともに、これに基づく各省庁の研究開発評価の徹底を図る。また、関係省庁との連携・協力の下、国が行う大規模な研究開発プロジェクトに関する評価を効果的・効率的に行う。

3.科学技術イノベーション政策の実効性の確保

 我が国が、今後、科学技術イノベーションを国是として推進していくためには、その前提として、社会・国民の幅広い信頼を得られるよう、これらの政策や施策等の内容や、その意義について、透明性を一層高めるとともに、これらの政策等に関するフォローアップを行い、その結果や得られた成果等について、広く国民各層に対して積極的な情報発信を行っていくことが求められる。
 また、これまで国の支援等により、大学等及び公的研究機関等においては、自ら内部のシステム改革を推進してきたが、今後、科学技術活動を取り巻く規制や公共調達、研究機関の周辺環境など、外部の要因と研究開発との間に存在する隘路の解消まで組み入れたシステム改革を一層強力に進めていくことが必要である。
 さらに、これまで述べてきた科学技術イノベーション政策に関わる取組を実効性のあるものとしていくためには、これらに携わる人の役割が極めて重要であり、特に「社会とともに創り、実現する」という観点から、社会・国民と科学技術イノベーションとの橋渡しを担う人材の養成・確保に向けた取組を進めていくことが必要である。
 このため、具体的には、以下の取組を推進する。
 1)科学技術イノベーション政策に関する説明責任の強化
 2)科学技術によるイノベーションを阻む隘路の解消
 3)社会・国民と科学技術イノベーションをつなぐ人材の養成・確保
 4)学協会の活動の促進

<推進方策>

1)科学技術イノベーション政策に関する説明責任の強化
  • 国は、科学技術政策の推進に係る責任関係の明確化を図る観点から、個々の政策や施策、研究開発課題等の特性に留意しつつ、「重要政策課題総合戦略(仮称)」等において、その位置付けや実施主体、達成目標、達成時期等について可能な限りの明確化を図る。
  • 国及び施策等の実施主体は、政策や施策の目標等に向けた取組の進捗状況について適時適切にフォローアップを行い、結果等を広く社会・国民に対して発信するとともに、それらに関する国民の意見等を政策等の見直しに反映する取組を進める。
  • 国は、大学等及び公的研究機関との連携・協力の下、我が国の科学技術イノベーション政策や、その下で行われる施策等について、科学的な観点から評価・検証し、政策等に反映していくための調査研究等を推進する。その際、自然科学者のみならず、広く社会科学者等の参画を得て行う。
2)科学技術によるイノベーションを阻む隘路の解消
  • 国は、統括組織を中心に、科学技術によるイノベーションの隘路となる規制や制度等を特定するとともに、その改善方策について関係省庁で議論を行い、特区制度も活用しつつ、その解決を図る制度的な枠組みを整備する。
  • 国は、規制に関する科学的な審査指針・基準の策定に向けたレギュラトリーサイエンスを充実するとともに、新たな技術の社会的な受容性を高めるため、企業や消費者、環境団体等を交えたコンセンサス形成のための枠組みを構築する。
  • 国は、海外からの優秀な研究者等を招へいし、国際的なイノベーション拠点を形成するため、大学等及び公的研究機関における国際化を促進する。また、国及び地方公共団体は、大学等及び公的研究機関等と連携し、応分の負担の下で海外からの研究者等の家族の就労・医療・教育等を含めた周辺環境の国際化を推進する。
3)社会・国民と科学技術イノベーションをつなぐ人材の養成・確保
  • 国は、統括組織等に置かれる「イノベーション共創プラットフォーム(仮称)」を主導する「戦略マネジャー(仮称)」をはじめとして、社会・国民からの要請等を踏まえつつ、科学技術イノベーションに関する研究開発等のマネジメント等を担う人材を養成・確保する。
  • 国は、科学技術によるイノベーションを効果的・効率的に推進する観点から、主に基礎的・基盤的な研究を行う大学等や公的研究機関等と、出口側の産業界や社会との間を橋渡しする役割を担う人材を養成・確保する。
  • 国は、大学等と連携し、テクノロジーアセスメント等をはじめ、社会と科学技術イノベーションとの関わりについて専門的な知識を有する人材を育成・確保するため、教育プログラムの開発や、これらを活用した大学等の教育研究活動の促進、関連する情報を集約したデータベース等の仕組みの創設等を検討する。
  • 国は、科学技術イノベーション政策や、それにより得られた成果等を、分かりやすく国民に伝える役割を担う専門人材として、「科学技術コミュニケーター」の養成・確保に向けた取組を推進する。また、これらの人材が社会の多様な場で活躍できるよう、各地域の博物館・科学館・図書館や学校等、さらには国における科学技術コミュニケーション活動等での活用を促進する。
4)学協会の活動の促進
  • 学協会は、研究者による研究成果の発表や評価、研究者間あるいは国内外の関係団体との連携の場として重要な役割を担っており、その機能強化に向けた取組が求められる。
  • 学協会は、社会と研究者との間の橋渡しを担うために、研究者の活動等により得られた知見や成果を広く社会に還元するためのコミュニケーション活動や、それを担う人材養成等を進めることが期待される。

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科学技術・学術政策局計画官付

(科学技術・学術政策局計画官付)