4.科学技術システムの基盤強化 4.科学技術と社会の関わり

(1)科学技術に関する国民意識の醸成と研究者等の社会的役割

1.国民と研究者等との双方向コミュニケーションの推進

 科学技術と社会の関係の深化に伴い、研究者等の活動が国民に正しく理解され、研究者等が信頼と支持を得ていくことが必要である。このため、研究機関・研究者等が研究内容や成果を社会に対してわかりやすく説明することを基本的責務と位置づけつつ、研究者等と国民が互いに対話しながら信頼を醸成していくことを目指すアウトリーチ活動(※10)を推進する。
 大学・公的研究機関等は、法人の中期計画などの運営方針の中に社会とのコミュニケーション活動を適切に含めることが期待される。また、法人においては、活動費の一部のアウトリーチ活動への投入やアウトリーチ活動を実施するための組織体制の整備、アウトリーチ活動を研究者等の業績として適切に評価していくこと等、より一層積極的かつ活発な社会とのコミュニケーションを図るための組織的な取組を推進していくことが期待される。
 国は、これらの活動を推進するため、(1)競争的資金を獲得した研究者又はその所属する研究機関に対してアウトリーチ活動への一定規模での支出を可能にするなどの仕組みの導入、(2)公的研究費による大規模な研究について、その研究の内容や進捗状況の情報発信を行い社会からの意見等を研究に反映するための取組をあらかじめ一定規模でプロジェクトに組み入れること、(3)アウトリーチ活動を実際に行う場を設定するための地域のネットワーク構築の推進等を行うとともに、これらの取組を通じて、科学技術コミュニケーション人材の養成・活躍の場を創出し、拡大する。
 また、産業界においては、企業の経営者や研究者等によるアウトリーチ活動や科学教室の開催等をより一層推進することを期待するとともに、学校と企業との連携を円滑にするコーディネート機能の充実を推進する。
 さらに、行政部局においても、政策のもたらした成果を国民にわかりやすく発信していくことが一層求められる。

※10 アウトリーチ活動・・・国民の研究活動・科学技術への興味や関心を高め、かつ国民との双方向的な対話を通じて国民のニーズを研究者が共有するため、研究者自身が国民一般に対して行う双方向的なコミュニケーション活動

2.研究者コミュニティの役割

 日本学術会議や学協会等の研究者コミュニティには、社会とのコミュニケーションを図りつつ、幅広く科学者の知識や意見を集約し、長期的・総合的・国際的観点から、社会に広く情報提供や提言を行うという重要な役割が期待されている。特に日本学術会議には我が国科学者コミュニティの代表機関として国内の課題はもとより地球規模課題の解決にむけての政策提言機能、コミュニケーション機能等を果たすべく新体制下における機能強化が期待される。

3.科学技術への理解と共感の醸成

 初等中等教育段階における理数教育の充実に加え、成人の科学技術リテラシー向上のための取組を強化することが求められている。このため、初等中等教育においては、学校での理数教育の一層の充実を図りつつ、大学、公的研究機関、企業等と学校の連携等を通じた、観察、実験等の体験的・問題解決的な学習や、意欲ある教員、ボランティアを支援し、理科や数学が好きな子どもの裾野を広げる取組を推進する。
 また、我が国の成人が身につけるべき科学技術リテラシー像(科学・数学・技術に関係した知識・技術・物の見方を具体化、文書化したもの)を明らかにすることは、国民の科学技術への関心の向上を図り、理数教育の向上に資する。このため、米国等の海外の事例も参考にしつつ、広く研究者・教育関係者等の英知を集めて、我が国にふさわしい科学技術リテラシー像を策定する。
 幼少期から高齢者まで広く国民を対象として、科学技術に触れ、学習できる機会の拡充を図ることとし、その際には芸術と科学技術を融合させた形態や生活に密着した形態等による親しみやすい情報提供を工夫する。また、国立科学博物館・日本科学未来館をはじめとする博物館・科学館等の充実を図ることとし、各地域の博物館・科学館については、その活動の活性化・充実についての設置者の一層の努力を期待する。また、地域におけるネットワークの拠点としての博物館・科学館等の積極的な活用、博物館・科学館職員、科学ボランティア・非営利団体(NPO)等の人材養成を推進する。加えて、大学においては社会人の受け入れ等の開かれた大学づくりや大学博物館の充実等の取組に期待する。

4.科学技術コミュニケーション人材の養成

 国は、科学技術をわかりやすく国民に伝え、研究者と一般国民の間のコミュニケーションを促進する役割を担う人材(科学技術コミュニケーター等)の養成・活躍を推進する。また、大学においては、科学技術と社会の関係等を学生が習得すべき基礎的・基盤的知識として人材養成に取り組むことが重要である。これにより、研究者等が社会との関わりについて倫理的な側面も含めて常に高い関心を持ちながら研究開発活動に取り組むようにするなどの研究者等の意識改革を進める。

(2)科学技術に関する倫理的・法的・社会的課題への対応

 生命倫理問題等に見られるように、新たな技術の社会への適用に関し、その社会的な側面を検討するに当たっては、自然環境や人の健康に対する影響だけでなく、倫理観や法秩序への影響など様々な社会的影響も考慮する必要がある。つまり、科学技術の進歩が社会の利益と相反し、結果として科学技術に対する社会的信頼の喪失に繋がることがないよう、「社会のための、社会の中の科学技術」の観点の下、科学技術に関わる全ての個人及び組織はその社会的責任を認識し、社会との接点で生ずる倫理的・法的・社会的課題(ELSI; Ethical, Legal and Social Implications)に対し適切な配慮を行うことが求められる。
 また、科学技術の成果がもたらす社会的便益とのバランスも考慮しつつ、積極的なリスク評価に基づく社会的合意の形成やルールづくり等を進めることが重要である。
 近年、諸外国においてもELSIに関する取組が着実に進められており、倫理的・法的・社会的配慮に欠ける研究はその成果に対する評価が低くなる、審査対象から外されるなどの例も見受けられるほか、科学技術分野における国際協力の活発化を妨げる要因にもなり得る。我が国の科学技術に対する国際的な信用を高めるためにも、以下の分野をはじめとして、あらゆる分野で国全体として着実にELSIへの取組を進めることが必要である。

1.生命倫理

 ライフサイエンスの円滑な推進に当たっては、国民一人一人あるいは社会との関係で生命倫理上適切な配慮が必要であり、国民全体の問題としての議論が必要である。また、同時に、国民の理解と協力が重要である。
 近年、再生医療や一人一人の特質に応じた治療・創薬に向けての研究のように国民との関わりが増大してきているものも多く、人権の尊重のためのインフォームド・コンセントや個人情報の保護がますます重要になっている。
 研究が適正に行われるようにするためには、国が適時適切に行う法令・指針等による制度的な枠組みの整備に加えて、研究機関においては、国民の信頼の確保を基本とし、これまで以上に自主的かつ組織的な対応を通じて、研究の透明性を向上させ国民への説明責任を果たしていくことが必要である。また、研究者自身にも、人の尊厳を守るための強い倫理観が求められる。
 このため、研究機関において、研究者に対する生命倫理面での教育訓練の実施に十分な配慮が必要となるとともに、患者を含め研究の対象者へのわかりやすい説明や相談の対応、効果的な倫理審査の機能強化等のための適切な人材の養成と適正な配置のほか、研究成果の一方的な公表にとどまらず双方向の対話による国民の理解の促進がますます重要となる。国においては、研究機関における生命倫理に関する先進的な取組に対し、研究支援の充実を図る。
 生命倫理の観点からの取組を効果的・効率的に実施するためには、研究プロジェクトや研究機関において、生命倫理の対応に必要な経費の配分や厳正な評価が行われることが重要であり、国においては、国が推進・支援する研究や研究機関において生命倫理上の取組がなされるよう、生命倫理の視点に配慮した評価体制の構築を促進する。
 また、科学技術の進展に伴い、その利用や応用が進むことにより、科学技術の分野に限らず様々な分野に関わるものとして、新たな検討課題や対処すべき問題の提起が行われる可能性があるため、自然科学分野の研究者と人文・社会科学分野の研究者、医療関係者等との分野を超えた取組とそれを踏まえた政策立案がますます重要となる。さらに、生命倫理の問題は、国際的な協調の下で対応が求められるものがあり、国においては、国際機関等における議論や検討作業に積極的に参加することが必要である。

2.ナノテクノロジーの社会的影響に関する検討

 ナノテクノロジーは、新しい学問・新しい産業に繋がる科学技術領域であり、社会経済の発展、人々の生活水準の向上などへの貢献は非常に大きいものと期待されている。その一方で、工業的利用、医療応用などで、人、環境、社会に影響を及ぼす可能性も指摘されるとともに、その産業利用における国際標準化などの動きに繋がっていくことも考えられる。
 既に欧米諸国では、ナノテクノロジーの社会的影響に関する検討や研究、国際的な対話が始まっていることを踏まえ、以下を総合的・戦略的に推進する。
● 社会的事項として、ナノ粒子等の安全性に関する研究、リスクアセスメント、倫理面や環境面等の検討を行う。
● 国際的枠組みへの参画として、ナノテクノロジーの社会的影響に関する多くの情報の共有化、ナノ粒子等のリスクアセスメントの国際標準化などの検討を行う。

(3)研究者・技術者の倫理

 科学技術は、その使い道を誤ると人間や社会に重大な影響を及ぼす可能性を秘めている。また、研究活動の範囲がますます広がり多様化するとともに、社会との関連が様々な形で問題となってきており、研究者・技術者においては自らの携わる科学技術活動の社会全体での位置付けと自らの社会や公益に対する責任を強く認識し、科学技術の利用、研究開発活動の管理を適切に行う意識を醸成することや、研究に当たっての倫理観のより一層の高揚に努めることが必要である。これまで学協会における倫理指針の策定等が進展しているが、まだ十分とは言えず、大学等においては、科学技術と社会の関係等に関する教育に取り組むことで、研究者・技術者となる者の倫理の涵養を図ることが重要である。
 こうした状況を踏まえ、企業や研究機関等の科学技術に関わる各組織においては、当該組織における研究者・技術者の意識啓発・理解向上に努め、研究者・技術者倫理の更なる向上に取り組む。

(4)社会の新たな要請に応えるための科学技術活動の展開

 今後の科学技術の振興を図るに当たって、社会の様々な要請に応えつつ、種々の価値を創出していくことが重要であり、中でも、安全・安心の確保や心の豊かさへの貢献は、社会からの要請が高まってきている。

 安全・安心に係る科学技術の推進については、社会的・公共的価値の創出に向けて、ニーズの明確化による研究開発の効率的推進と社会制度的な対応との一体化を図り、安全・安心に係る課題を解決するため、課題解決型の研究開発を進める。また、未知の危険・脅威への対応のため研究の多様性を確保することも重要な視点となる。さらに、公的機関・事業者におけるニーズを調査分析し、大学・公的研究機関の有する技術シーズを発掘・育成する体制整備を進め、安全・安心に貢献し得る科学技術情報の知のネットワークの構築を進める。
 危険・脅威のグローバル化に対応するためには、安全・安心に係る科学技術分野における国際協力・連携が重要であり、アジア諸国との連携・協力や、日米間で推進している「安全・安心な社会に資する科学技術に関するワークショップ」をはじめとした先進各国との積極的な情報交換や研究協力などを進める。

 文化に資する科学技術については、今後の科学技術の発展は心の豊かさも実現するものであるべきと考える国民が8割を越え、国家イメージ向上や新たな産業創出にも貢献するソフトパワーとしての文化の価値が認識されている中で、その重要性は益々高まっている。このため、例えば和服の帯締めと炭素繊維の融合による新素材開発など我が国の社会や文化的土壌の中で培われてきた独自技術・技能と先端科学技術を融合することによる新たな産業の創出、メディア芸術等の分野における技術基盤の構築、文化財の保存・活用の基礎となる測定・調査方法や保存・修復技術等の研究開発、伝統工芸・技能に内在する知に関する調査研究の成果の社会への発信などを推進する。

 なお、地球環境問題、生命倫理問題、社会の安全・安心に関わる問題など、科学技術が発展し社会との関わりを深化させる中で生じた様々な現代的諸問題に対して、自然科学のみでは適切な解を提示することが困難になりつつあり、人文・社会科学の貢献がますます期待されてきている。人文・社会科学は、科学技術と人間や社会との関係の在り方について我々の理解を深め、よりよい社会への示唆を与えてくれる。これからの科学技術政策には、高度化し専門化・細分化された自然科学の諸分野の知識の統合のみならず、自然科学と人文・社会科学の各分野で得られた知識をも統合する、総合的な取組が必要である。

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科学技術・学術政策局計画官付

(科学技術・学術政策局計画官付)