第3期科学技術基本計画の重要政策 -知の大競争時代を先導する科学技術戦略-(中間とりまとめ)(案) はじめに

科学技術基本法制定から10年

 平成7年の科学技術基本法制定以降、着実に進展してきた我が国の科学技術創造立国の実現に向けた取組は、今年で10年目を迎える。当時、戦後初の長期経済不況を迎える一方、研究環境の劣悪さや不十分な産学官連携など科学技術が憂慮すべき状態にあり、その状況を打破し真の科学技術創造立国を実現することを目指して基本法が制定されたことは、その後の我が国の科学技術の発展に大きな方向性を与える画期的な出来事であったと言える。
 翌平成8年には、基本法に基づく最初の科学技術基本計画(以下、「基本計画」)が策定され、社会的・経済的ニーズに対応した研究開発の強力な推進と基礎研究の積極的な振興を基本的方向とし、これらを実現するために、新たな研究開発システムの構築、望ましい研究開発基盤の実現等について講ずべき施策がとりまとめられた。この第1期基本計画は、ポストドクター等1万人支援計画の達成や、科学技術関係経費の総額として必要とされた17兆円を超える額の実現などの成果をあげる一方で、国として重点的に取り組むべき目標を必ずしも明確に示し得なかったこと等を課題とした。
 こうした第1期基本計画の成果と課題を踏まえ、平成13年に第2期基本計画が策定された。第2期基本計画は、21世紀を展望しつつ、我が国の科学技術政策の基本的な方向として目指すべき国の姿として、「知の創造と活用により世界に貢献できる国」、「国際競争力があり持続的発展ができる国」、「安心・安全で質の高い生活のできる国」の3つの理念を示した上で、これらの国の姿を実現するため、科学技術の戦略的重点化、優れた成果の創出・活用のための科学技術システムの改革を重要な柱として掲げている。第2期基本計画のこれまでの成果については、まず、第2期基本計画で新たに打ち出された戦略的重点化の考え方に基づいて、基礎研究や重点4分野(ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料)への投資が着実に増加した。また、競争的資金の大幅な拡充と制度改革の実現によって競争的な研究環境の形成に向けて大きく前進しており、優れた論文の増加傾向がみられるなど、我が国の研究水準の向上の成果が着実にあがりつつある。さらに、産学の共同研究や大学発ベンチャーの急増などにみられるように産学官連携が飛躍的に拡大し、大学等施設の重点整備が進んだこと等が挙げられる。
 一方で、第2期基本計画の課題も顕在化しつつある。分野別の重点投資については、重点4分野への投資が着実に増加した一方で、重点4分野以外の分野でも国の存立基盤として重要なものなどに対し、国として推進すべきとされているにもかかわらず十分な投資がなされてこなかったという声も多い。また、科学技術システム改革に関しても、競争的資金が大幅に拡充される中で間接経費の確保が目標に対していまだ十分でないこと、人材の養成・確保に関しては、若手の自立性向上や女性が十分に能力を発揮できる環境整備や意識改革、外国人を含む多様な人材層を確保する取組が必ずしも十分でないこと、産学官連携に関して本格的かつ大規模な共同研究が少ないことといった課題が明らかになってきている。
 第3期基本計画においては、第2期基本計画において効果のあった取組を更に継続・発展させつつ、顕在化した課題に適切に対応していく必要がある。

21世紀初頭の情勢変化と時代認識

 「知の世紀」といわれる21世紀の初頭を迎えた現在、科学技術創造立国を標榜する我が国は、目まぐるしい国際環境・経済社会の変化の最中にある。第3期基本計画に向けた検討に当たっては、第2期基本計画の成果と課題を踏まえるとともに、近年の情勢の変化を踏まえた時代認識に基づいて政策を展開することが必要である。
 近年の主な情勢変化としてまず挙げるべきは、我が国における少子高齢化の進展と2007年にも始まる人口減少である。世界経済のボーダレス化が進み、人材・技術などの知的資産を巡る国際獲得競争が激化する中で、人口減少社会を迎える我が国が将来の科学技術を支える人材層を量・質ともに確保し続けることは、容易なことではない。
 また、世界を見渡すと、米国が依然として圧倒的な競争力優位を維持する中、欧州ではEUが25カ国に拡大して大地域連合を形成し、アジアでは中国・韓国等が台頭して日本を追い上げ、さらにBRICs諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)の大きな成長が予測されているなど、世界競争が激化し、国際社会のパワーバランスが変化している。我が国は、戦後一貫して目的のはっきりしたキャッチアップ型の研究開発とイノベーション・システムで強みを発揮し競争力を蓄えてきたが、今後の競争力の維持と更なる強化のためには、フロントランナーとして、改めて基礎に立ち返ることを重視しつつ、これまでにはない独自の工夫と努力によって自らの道を切り拓かねばならない難しい時代を迎えている。また、国際社会の安全と秩序の維持に関して、冷戦対立構造に代わって国際テロの多発や民族、宗教紛争の激化など新たな状況が生じつつある中で、資源・エネルギーの供給の逼迫化や地震・台風といった自然災害の頻発など、世界共通の課題が山積しており、科学技術の側面から、アジアの一員としての我が国が多文化の共生を支える新たな国際的な枠組みづくりにどのように貢献できるかが問われている。
 一方、世論調査を通じて国内情勢を見ると、科学技術を巡る国民意識が変化していることが挙げられる。インターネット等、科学技術の成果が生活のあらゆる場面に浸透し、科学技術と社会の相互作用が高まる中で、科学技術の発展は物質的な豊かさだけでなく心の豊かさも実現するべきと考える人が増えるなど、科学技術への国民の期待は多様化している。しかしながら同時に、科学技術への国民の関心がとりわけ若い世代において低下する傾向が見られる。「社会のための、社会の中の科学技術」という観点の下、科学技術と社会との双方向のコミュニケーションがますます求められている。
 科学技術政策の推進体制にも、注目すべき大きな変化があった。平成13年1月には、政府全体の科学技術政策の司令塔としての役割を担う総合科学技術会議が新たに内閣府に設置され、文部省と科学技術庁の再編により文部科学省が発足した。加えて、平成13年度以降、公的研究機関が次々と独立行政法人化している。大学に関しては、平成16年4月の国立大学及び大学共同利用機関の法人化などの運営システム改革、大学の質の保証と向上のための制度改革、大学の国際競争力の強化、知的財産戦略・産学官連携の推進等の諸改革が実現し、さらに現在、大学院教育に関する本格的な改革が行われようとしている。この他、「科学者コミュニティの代表機関」として、中立的で信頼できる科学的知見に基づいた政策提言・助言機能を高めるべく、日本学術会議が改革の最中にある。
 我が国の今後の科学技術政策の展開に当たっては、継続的な取組に止まらず、こうした情勢変化を踏まえた上で、様々な政策課題を解決するための確固たる政策対応の道筋を描かなければならない。

我が国の科学技術政策の基本理念

 第2期基本計画は、我が国の科学技術政策の基本的な方向として目指すべき国の姿として、「知の創造と活用により世界に貢献できる国」、「国際競争力があり持続的発展ができる国」、「安心・安全で質の高い生活のできる国」の3つを掲げている。第2期基本計画において、「知の創造と活用により世界に貢献できる国」とは、科学を通じて新しい知識を生み出し、その知識を活用することで諸課題に対応しつつ、その知を世界に向けて発信し人類共通の問題解決に資することにより世界の信頼を得る国とされている。「国際競争力があり持続的発展ができる国」とは、高付加価値の財・サービスの創出や雇用機会の十分な確保を通じて、産業技術力をはじめとする我が国の国際競争力を高め、その持続的発展を確保することにより国民の生活水準を向上できる国とされている。また、「安心・安全で質の高い生活のできる国」とは、高齢社会における国民の健康維持、災害による被害の軽減、食糧やエネルギーの安定供給、地球環境と経済活動との調和、安定した国際関係を維持すること等を通じて、人々が心豊かに質の高い生活を営むことのできる国とされている。
 これら3つの基本理念の方向性は、今日もなお追求すべきものと考えられる。科学技術は多様な価値の創造を目指して推進されるべきものであり、これら3つの基本理念に照らせば、創造すべき多様な価値として、それぞれ知的・文化的価値、経済的価値、社会的・公共的価値の3つが存在する。3つの価値の追求に当たっては、これらの価値が、決して互いに相容れないものではなく、例えば、研究者の自由な発想に基づいて行われた研究から生み出される科学的成果は、知的・文化的価値の創造に寄与するだけでなく、時には社会的・公共的認識を変化させるという大きな価値の創造に結びつき、社会不安の解消や世界的な課題への解決にも資する技術の基盤となって経済的価値をも生み出すということが、少なからず起こりうる。また、環境保護と経済発展の両立の実現が科学技術の発展によって可能となり得るなど、科学技術の発展そのものが、複数の価値の実現を両立させる原動力となることも多い。すなわち、第2期基本計画が掲げる3つの理念は、個々に独立したものではなく、あらゆる推進方策の立案に際して見据えられるべき包括的な政策理念と捉えることが妥当である。
 ただし、こうした基本理念の実現を目指した具体的な施策を実施する上では、理念達成に向かう施策の道筋を見えやすいものにするため、施策から理念達成への方向付けとなる政策目標を設定するといった工夫も有効である。こうした政策目標の在り方については、基本理念の明確化とともに、今後総合科学技術会議等においてさらに議論を深め、関連する他の政策ビジョン・計画等との整合性にも配慮した検討を進めることが必要である。
 また、地球環境問題や生命倫理問題、社会の安全・安心に関わる問題など、科学技術が発展し社会との関わりを深化させる中で生じた新たな問題に取り組む上では、高度化し専門化・細分化された自然科学の諸分野の知識の統合のみならず、自然科学と人文・社会科学の各分野で得られた知識の統合など、「社会のための、社会の中の科学技術」という観点に立った総合的な取組が求められる点にも留意が必要である。
 さらに、持続可能な発展という考え方は、我々人間の行動の基本的規範とすべきものであり、研究者は、その研究開発成果を通じてこれに貢献するのみならず、研究開発内容や活動そのものに人体や環境への影響を可能な限り少なくするような工夫を内在させるなど、その活動全体で持続可能な発展という思想を具現化していくことが期待される。また、社会全体としても、科学技術の成果を積極的に取り入れつつ、持続可能な発展を実現していく姿勢が求められる。
 本委員会では、現行の第2期基本計画が掲げる基本理念の方向性を今日もなお追及すべきものと評価した上で、知的・文化的価値、経済的価値、社会的・公共的価値の3つの価値の創造を我が国の科学技術政策の軸としつつ、第2期基本計画期間中の成果と課題、近年の情勢変化等を踏まえながら、今後10年程度を見通し、平成18年度からの5年間において国が採るべき科学技術の重要政策について検討を重ねてきた。これまでの関連審議会等の提言、産学各界からの意見・提言、科学技術の現場からのヒアリング、国民一般からの意見等を総合して検討してきたその成果は、以下にとりまとめるとおりである。

今後への期待

 国は、真の科学技術創造立国の実現に向け、本とりまとめに挙げた重要政策を第3期基本計画に掲げるとともに着実に実行に移すことが必要である。また、ここにとりまとめた事項の中には、国のみならず、大学や公的研究機関がそれぞれの特性に応じて自主的に取り組むべきもの、地方公共団体が独自の創意工夫によって取り込むべきもの、産業界が積極的に取り組むことが期待されるものが少なからず含まれる。産学官が一体となり、その英知を結集して我が国の絶えざる知の創出と技術革新の実現に向けて取り組むことが、知的資源を最大の競争力の原動力とする我が国の発展にとって必要不可欠である。
 文部科学省においては、我が国の科学技術振興において大きな役割を担う立場として、本とりまとめを踏まえて今後より具体的な推進方策を検討し行動に移すとともに、本とりまとめの内容について、産学官の研究者から国民一般までの幅広い層に周知し、第3期基本計画に向けた議論をより一層深めるよう求める。第3期基本計画は、国民各層にとってわかりやすく、科学技術の重要性と魅力を訴え、国民の全ての世代に夢や希望を与えるものでありたい。政府や研究者の視点のみで計画を立てるのではなく、国民の視点にも配慮した検討を引き続き行うよう努め、未来への投資としての科学技術振興の重要性について国民的合意を形成することが必要である。

注:本とりまとめにおいては、大学とは、大学及び大学共同利用機関を指す。また、公的研究機関とは、国立試験研究機関、独立行政法人研究機関、特殊法人研究機関を指す。

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科学技術・学術政策局計画官付

(科学技術・学術政策局計画官付)