労働契約法の改正案について

平成24年5月31日
総合科学技術会議有識者議員


 有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合は、労働者の申し込みにより、無期労働契約に転換させる仕組みを導入すること等を内容とする労働契約法の改正案が現在国会に提出されている。大学や各種研究機関(国・公・私立大学、独立行政法人、民間研究開発機関等を含む。以後「大学等機関」と呼ぶ。)においても、従来、多数の研究者や研究補助者(以後「研究者等」と呼ぶ。)が有期労働契約によって雇用されていることから、法律が改正された暁には大きな影響を受ける可能性がある。このことに関して、大学等機関の関係者からは、今回の法改正が、その趣旨とは裏腹な結果をもたらすのではないかとの懸念の声も上がっている。このため、「科学技術政策担当大臣等政務三役と総合科学技術会議有識者議員の会合」において関係者のヒアリングが行われたが、そこでの訴えは、法改正への対応の仕方次第では、上限(5年)前の雇止めの増加など望ましくない事態が生起する可能性があることを指摘するものであった。
 今回の法改正の趣旨の実現を図りつつ、望ましくない事態の生起を防ぐにはどのような対応が求められるのか。この問題を考える上で重要な着眼点は、研究者や研究補助者が従事する研究活動には、他の業務とは異なる性質があり、また特に研究者については、一般の労働者とは異なる独自のキャリアパスの形態があるということである。こうした特性と、労働者一般を対象とした労働契約法との適切な調和を図り、合わせて、関連する諸制度の在り方を改善することにより、全体として望ましい状況を創り出していくよう努力していくことが重要である。
 このような認識の下に、今回の労働契約法の改正案に関して、科学技術イノベーション政策の観点から取り組むべき課題を洗い出し、必要と考えられる対応の方向性を述べる。


1.労働契約の内容の改善と合理性のない雇止めの防止
 今日、公的研究資金による研究活動の多くは、一定の期限を区切って支出される資金を財源とするプロジェクトの形態で運営されており、そのことが、多くの研究者や研究補助者が有期の労働契約で雇用されている主要な理由の一つとなっている。一定の期間内に達成すべき目標を明確に設定し、必要とされる人材をその都度結集することを可能にするのがプロジェクト型の研究活動であるが、プロジェクト終了後(あるいはプロジェクト期間中の特定業務の終了後)も研究者等が継続して雇用され続けなければならないとしたら、そのこと自体重大な矛盾であると言わざるを得ない。
 しかし改正された労働契約法の下で無期労働契約に転換した労働者を合理的な理由に基づいて解雇することが否定されるものではなく、プロジェクト型の研究活動を適切に運営していくことは可能となるものと考える。その際に重要なことは、改正法の下で新たに締結する労働契約の内容を適切なものにすることをはじめとして、合理性のある解雇理由が生じた場合に、そのことが客観的に明らかになるようにしておくことである(注)。大学等機関においては、このための体制整備に適切に取り組むとともに、単に無期労働契約に転換することを忌避する目的を以て研究者等を雇止めすることのないよう望みたい。

注)そのために労働契約において職務内容が特定のプロジェクトに従事するものであることを明確にしておくことは必須である。


2.研究補助者の雇用の安定化
 1でプロジェクト型の研究活動を適切に運営できる体制の整備について述べたが、研究補助者に関しては、ある研究プロジェクトが終了した後、同じ機関の他の研究プロジェクトで同様の業務に従事することが少なからず行われており、こうした人々についてはできるだけ安定的な雇用の維持に努めることが望まれる。しかしプロジェクト型の研究のための資金は基本的に個別の研究課題に配分されるため、機関全体としてこうした人々を安定的に雇用する資金には大きな制約がある。
 この問題に関して、各種の競争的資金における適切な間接経費の確保は、機関全体の観点に基づく研究補助者の安定的な雇用を確保していく上で重要な意義を持つことになると考えられるので、関係府省においてもこの点について留意することを求めたい。


3.研究者等の雇用管理の在り方の見直し
 改正された労働契約法の下で有期労働契約から無期労働契約に転換した労働者が、実際の職場において具体的にどのような存在として位置づけられ、どのような役割を担っていくのか法案は何も規定していない。それは、研究開発の世界を含めて各業界で受け止めなければならない課題である。
 法律が改正された暁には、大学等機関における研究者等の雇用の新たな管理の在り方(それは単に改正法への適応という受け身の対応に留まらない課題である。)が検討される必要があるが、その際特に留意すべきは、従来国立大学法人や独立行政法人に対して行われてきている人件費抑制策との関わりである。具体的には、平成23年度まで総人件費改革に基づく各法人の人件費抑制が要請されてきたが、平成24年度は震災からの復興財源の捻出のための人件費抑制が要請される状況にあり、今後も人件費を対象とした新たな抑制策が講じられる可能性がある。こうした政策の必要性は理解できるが、しかしまた、こうした政策が、大学等機関が改正された労働契約法の下で新たな雇用管理の在り方を検討する際の足枷となり得ることは指摘しておく必要がある(注1、2)。
 関係府省においては、大学等機関にとって、当該機関の活動を担う高度な専門性を備えた研究者等を健全に再生産していくこと自体が重要な使命であることに留意し、各機関の自律性を尊重しつつこのための取組みを支援していくことが望まれる。

注1)平成23年度まで行われた総人件費改革の下では、人件費の抑制対象とされる研究者等の雇用形態が特定されていた。
注2)外部資金による研究プロジェクトの直接経費で雇用される研究者等は、多くの場合当該機関の人件費には計上されないが、こうした研究者等を、間接経費を原資として機関全体の観点から雇用する場合は人件費に計上される(機関としての人件費が増加する)ことになる。


4.研究者の雇用における流動性の確保
 今般の労働契約法の改正案では、有期労働契約の濫用的利用を抑制することで、多くの人々を雇止めの不安から解放すること等が期待されているが、その一方で、研究者の雇用については一定の流動性を確保すべきことについても広く理解が共有されている。
 キャリアパスの初期段階にある若手研究者が異なる研究現場を経験することや、「多様な知識又は経験を有する教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出すること」(「大学の教員等の任期に関する法律」)は、研究者の雇用において一定の流動性が確保されることと表裏の関係にあることは言を俟たない。
 法律が改正された暁には、研究者の世界において必要とされる流動性を適切な形で確保していくためにどのようなことが必要か、改めて真摯な検討がなされることが望まれる(注)。なおその際、既に今回の改正案と同様の労働法制が敷かれているとされるEU諸国における研究者の扱いに学ぶことは有意義であると考えられ、今後関係府省において必要な情報収集を行うことが望まれる。

注)あわせて大学院生をTAやRAに従事させることの労働法制上の適用の取扱いについても検討することが望まれる。


5.関連する取組みの総合的な推進
(1)博士課程修了者や若手研究者のキャリアパスの改善
 大学等機関の関係者の間には、今回の法改正によって上限(5年)前の雇止めが増加するのではないかとの危惧があり、またそのことによって優秀な人材の博士課程離れが更に加速するのではないかとの懸念が抱かれている。
 このため、本文書の1において大学等機関が単に無期労働契約に転換することを忌避する目的を以て研究者等を雇止めすることのないよう述べたところであるが、この問題の根底には、博士課程修了者並びに若手研究者のキャリアパスをめぐる困難が存在している。関係府省及び大学等機関においては、本文書の3で述べたことも踏まえて教職員の人材マネジメントを適切に行い、若手研究者のためのポストを確保するなどキャリアパスの改善に資する措置に取り組むとともに、博士課程修了者のキャリアパスの多様化が図られるよう、博士課程教育の改善を推進することが重要である。

(2)特に国家戦略上重要な研究拠点に対する持続的な資源配分
 近年、大学等機関にプロジェクトの形態で国家戦略上重要な研究拠点が設置され、相当な規模の研究者等の結集が図られるようになっているが、こうした研究拠点が取組む研究活動については、そのさらなる成果達成を図るため、数年間に留まるプロジェクトの期間内で終了することが適当ではないものも少なくないと考えられる。
 本文書の2において、プロジェクト型の研究活動に従事する研究者等の雇用の安定のために間接経費の確保が重要になることを述べたが、プロジェクトの規模が大きい場合は、そのような対応によってはプロジェクトの終了後も大学等機関の独自の力で研究者等の継続した雇用を支えることは困難である。
 このため、大学等機関に設置される国家戦略上重要な研究拠点について、研究活動の進捗に対応しつつ、研究者等の雇用について長期的な見通しを立てることができるよう、適切な評価に基づいて持続的な資源配分を可能とする仕組みについて速やかに検討すべきである。


 以上、労働契約法の改正案に関する課題と対応の方向性とを述べたが、この問題に関しては、総合科学技術会議有識者議員としても今後継続的に注視して参りたい。

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-- 登録:平成25年05月 --