(1)今回のアンケート調査で、他の分野と比較すると、「医薬・食料品」分野の企業の博士号取得者が高い割合を示すのは、現状と合致している。
(2)「医薬・食料品」分野の企業の博士号取得者は、米国企業における多くの博士号取得者と同様に、「研究開発統括者(Principal Investigator、R&Dマネジメント能力に優れた研究開発のリーダー)」としての役割を担っている。
(3)「医薬・食料品」分野の場合、博士号取得者は「研究」と「開発」の両部門において、研究開発統括者としての役割を担っている。
(4)「“基礎研究”と“製品開発(創薬)”の距離が短い(つまり、基礎研究が終了すると、直ぐ次の段階が製品開発になるという意味)」、「ほとんどが未踏の研究領域にあり、研究担当者が参画しないと開発が進められない」、ことが大きな背景となっている。
(5)「医薬・食料品」分野の企業における博士号取得者の内、「論文博士」の占める割合は高い。就業して5年~10年の間に博士号を取得するケースに加え、それ以降に取得するケースもかなり見られる。
(6)「医薬・食料品」分野の企業は、「研究開発統括者」の能力を持った博士号取得者を必要としている。
(7)この意味で、米国と比較し、日本の企業における博士号取得者の就業率が低い理由として、「研究開発統括者としての能力を持った博士号取得者が少ない」という“現状”を指摘できるのではないか。
(8)実際に、「医薬・食料品」分野の企業では、(大学の博士号取得者ではなく、)他の企業における研究開発の経験者を、「研究開発統括者」として中途採用しているケースが見られる。
(9)「医薬・食料品」分野の企業は、複数の専門能力を身につけた(マルチディシプリナリーな)博士号取得者を求めている。「モルキュラー・バイオロジー」と「バイオ・インフォマティクス(ITの専門家という意味ではない)」の両方の能力を有する人材などは、極めて魅力的である。
(10)さらに、メディカル・ドクターを取得した人材も必要としている。欧米の企業では、メディカル・ドクターを取得した人材が、「研究開発統括者」のかなりの割合を占めるようになっている。
(11)また、「医薬・食料品」分野の企業では、研究開発出身の経営幹部が博士号を取得している例が欧米では一般的であり、日本の企業でも増加してきている。
(12)ただし、企業が必要としている人材は、あくまでも「研究開発のプロ」であり、「博士号取得者」そのものではない。
(13)この「研究開発のプロ」になるために、(一般的には、)大学での「学士」や「修士」の経験だけでは不十分であり、結果として、(企業内での論文博士取得も含めて、)博士号取得につながる“更なる経験”が必要になる、というのが実態ではないのか。
(1)「土木・建設」分野の場合は、企業は博士号取得者に対し、まず専門研究分野の開発担当としての能力を期待している。
(2)しかし、実際に、「土木・建設」分野の企業の博士号取得者が、「研究開発統括者(Principal Investigator、R&Dマネジメント能力に優れた研究開発のリーダー)」となっているケースは多い。
(3)ただし、「土木・建設」分野の研究開発者の特徴として、他の分野以上に実務に対するコンサルティングを行う必要があるなど、リーダーとしての広範かつ高度なマネージメント能力が求められる。
(4)したがって、博士号を取得しても、会社に就業して直ぐにリーダーとなれるようなケースは少ない。
(5)つまり、「土木・建設」分野の場合は、博士号取得者が「研究開発統括者」となるまでに、一定期間(5~10年程度)の実務経験が必要になる。
(6)「土木・建設」分野の企業の博士号取得者の内、「論文博士」の占める割合は相当に高い。就業してから10年以内に博士号を取得するケースに加え、それ以降に取得するケースもかなり見られる。
(7)最近、新たな傾向として、土木・建設以外の「周辺分野の博士号取得者(この場合は、大学で博士を取得した課程博士)」を、「(将来の)研究開発統括者」としてではなく、「特定分野の専門家」として採用する動きが出てきた。
(8)「農学分野等の博士号取得者を採用する動き」などが典型で、こうした動きの背景として、「ゼネコンへの委託業務の内容が、土木・建設以外の専門能力も必要とする形に変化してきた」ことが挙げられる。
(9)博士号取得者が所属する部門は様々だが、土木・建設の場合、基礎研究はあまり求められないので、一般的には、開発部門における博士号取得者が多い産業分野として位置付けられる。
(10)「土木・建設」分野においても、「研究開発統括者」としての役割を果たすために、「複数の専門分野に対応できる(マルチディシプリナリーな)」ことが重要になる。材料の担当であれば、コンクリートからプラスチックに至る広範な専門分野を対象に、R&Dマネジメントのリーダーとして活動している。
(1)「化学」分野の場合も、企業は博士号取得者に対し、「研究開発統括者(Principal Investigator、R&Dマネジメント能力に優れた研究開発のリーダー)」としての役割を期待している。また、「複数の専門分野に対応できる(マルチディシプリナリーな)」人材を求めている。
(2)実際に、「化学」分野の企業において、博士号取得者が「研究統括者」としての役割を果たしているケースは多い。ただし、これらの博士号取得者の内、「論文博士」の占める割合が相当に高い。
(3)日本の企業における研究開発リーダーに求められる役割は、厳密に言うと「米国のPrincipal Investigator」とは異なる。日本の場合、R&D部門のリーダー(マネジャークラス)になると、(将来のゼネラル・マネジャーへの布石として、)管理業務全般への対応能力が期待されるようになる。
(4)したがって、「化学」分野の企業において「R&Dマネジメントのプロ」としてのキャリアを全うできる人は少ないし、そうしたポスト(例えば、研究フェローなど)もあまり多くない。
(5)加えて、マネジャーに登用された博士号取得者の中には、「ゼネラル・マネジャーとしての能力や適正に欠ける人」「ゼネラル・マネジャーへの昇進(キャリアパス)を望まない人」が含まれるため、結果として、こうした人材の処遇に困ることになる。
(6)米国の場合は、「研究開発統括者」として企業間を流動できる環境(つまり、ある企業の研究開発統括者として一つのプロジェクトをマネジメントし、それが完了したら別の企業に移り、もう一つのプロジェクトをマネジメントしていくような人材の流れ)が存在しており、基本的には上記の問題は生じない。
(7)これらを単純化して考えると、日本の博士号取得者に対し「研究開発統括者」としてのキャリアパスを確立してゆくには、科学技術人材への「企業の任期付き採用枠」を拡大すればよいことになる。
(8)しかし実際には、日本と米国の社会環境や企業環境はかなり異なっており、ある面では科学技術人材の切り捨てにつながる「任期付き採用」の強化には、企業としても簡単には踏み切れない。
(9)また、産業分野によっても状況が異なる。例えば、医薬品分野の場合、他の分野に比べ、研究と製品の距離が非常に近い(だから、創薬ベンチャーなどが頻繁に生まれる)ため、日本においても既に「研究開発統括者」としての企業間の人材流動が見られるようになっている。こうした分野では、米国型の博士号取得者の流動モデルが成立するかもしれない。
(10)博士号取得者を“企業の即戦力”として期待する度合いは、未踏分野の研究開発が盛んな「医薬品」分野が筆頭。これに対し、技術的に確立した産業分野の場合、既存技術の応用・改良が中心となるため、博士号取得者をあまり必要としない。「化学」の場合は両者の中間にあり、博士号取得者を必要とする分野とそうでない分野が共存している。
(11)「化学」分野の企業の場合、通常は、開発部門よりも研究部門に、多くの博士号取得者を配属しているように思われる。
(12)ただし、上記はあくまでも結果論であり、第一義的には、企業は産業分野に拠らず、博士号取得者に対し優れた研究機能を期待している。
(1)「電気・電子機器」分野は、技術的に成熟した領域にあるため、全体としては、エンジニアリング(開発部門)に従事する科学技術人材の割合がはるかに高い。
(2)ただし「電気・電子機器分野」の企業においても、博士号取得者に対しては、第一に、優れた研究能力を期待する。
(3)企業は、博士号取得者に対し、「R&Dマネジメントのリーダー」としての役割、「特定分野の専門家(スペシャリスト)」としての役割のいずれかを求める。実際にR&Dマネジメントを担う人材となるのは、博士号取得者全体の2~3割程度である。
(4)いずれのタイプの人材として処遇していくかは、企業に就業後、32~33歳までの活動実績をもとに適性を判断して決める。博士取得者が最初からリーダーとしての役割を担うことはなく、まずは他のリーダーの下で経験を積むことになる。
(5)企業全体として見た場合、「論文博士」の占める割合が相当に高い。
(6)博士号取得者の場合、学士や修士と比べると、“企業の即戦力”として見られている面はある。実際に、研究開発分野のリーダーやマネジャーになっている人材を見ても、博士号取得者の占める割合はかなり高い。
(7)「電気・電子機器」分野の企業も、博士号取得者に対し「研究開発統括者(Principal Investigator、R&Dマネジメント能力に優れた研究開発のリーダー)」としての役割を期待している。また、「複数の専門分野に対応できる(マルチディシプリナリーな)」人材を求めている。
(8)しかし、今の日本の現状では、企業の中で「研究開発統括者」としての活動を継続していくことは簡単ではない。もっと企業間の人材流動が高まり、複数の企業において「研究開発統括者」として活躍していくような環境が出来れば、うまくいくかもしれない。
(9)上記のような環境を整備していく上で、科学技術人材に対する「企業の任期付き採用枠」を拡大することが有効となる。しかし、こうした取り組みは、ある面では科学技術人材の切り捨てにつながるため、企業としても簡単には踏み切れない。
(10)つまり、大学が「研究開発統括者」としての博士号取得者の育成を強化し、そうした能力を有する博士号取得者が数多く輩出されるようになったとしても、企業間の人材流動の仕組みがなければ、ある企業の「研究開発統括者」として採用された博士号取得者が、特定プロジェクトのマネジメントを終了した段階で、次のポストが見つからない状況が生じてしまう。その結果、今度は大学ではなく企業内において、博士号取得者の滞留が起きてしまうことになる。
(11)この意味で、企業にとって自社の主流分野を専攻した博士号取得者の採用は、(採用後のキャリアパスの選択幅が広いので、)比較的取り組みやすいが、主流ではない周辺分野の博士号取得者の場合は、就業後の長期的キャリアパスの確保が困難なため、簡単には採用できない。
(12)一方、企業への就業を希望する学生の現状を見ると、「企業の中で、自由に研究できる環境を確保する」ことが目的となっており、「企業の中で、新しい製品を世に送り出す」「企業の中で、利益につながる商品を作りだす」といった目的意識が希薄なのではないか。
(13)こうした目的意識は、「“学士”から“修士”に」、さらに「“修士”から“博士”」になるにつれ、一層希薄になっているように思われる。
(14)以上の現状を踏まえると、大学から企業への博士号取得者の就業を促進するには、学生が博士号を取得する課程の中で「研究は“道具”であり、それを活かす“目的”を見つけ出す意識を高める」「研究を通じ企業や社会に貢献していく意識を高める」ことが重要になる。
(15)博士号取得者の人材評価において、単に、議論するだけでなく、“外部資金”を有効に活用し、博士号取得者やポスドクが「優れた研究能力に基づき、奨学金やグラントを獲得する」「獲得した奨学金やグラントをもとに、優れた研究実績を達成する」というプロジェクトの企画遂行の経験も評価するような、社会的コンセンサスが必要なのではないか。
(1)日本の企業が「キャッチアップ型」の研究開発に取り組んでいた時代は、大別すれば、企業における博士号取得者は2つのタイプに限られていた。第一が、企業の経営層に抜擢された(少数の)科学技術人材が、後から「論文博士」を取得するケース。第二が、企業の研究開発のためにどうしても必要となる専門人材として、大学から(少数の)「課程博士」を採用するケースである。
(2)このため、当時の企業における博士号取得者は、「経営能力に極めて優れた(限られた)人材」か「研究能力に極めて優れた(限られた)人材」のいずれかということになり、社内でも高く評価されていた。
(3)その後、企業内で科学技術人材に博士号取得を奨励するような機運が生まれ、実際に博士号取得者の数が増えていった。同時に、「博士号取得者は、優秀な人材である」という共通認識が次第に薄れていった。今では、「博士号取得者であれば、優れた能力を持っている」という認識は、企業の中で必ずしも一般的でない。
(4)企業の研究開発は「キャッチアップ型」から「フロントランナー型」への転換を求められ、実際に変貌しつつある。こうした流れの中で、米国型の「研究開発統括者(Principal Investigator、R&Dマネジメント能力に優れた研究開発のリーダー)」を、企業はこれまで以上に必要とするようになっている。「研究開発統括者」としての能力を持つ博士号取得者が大学で育成されるようになれば、積極的に採用に動くのではないか。
(5)日本では企業間の人材流動が少ないので、博士号取得者を「研究開発統括者」として採用した場合、企業の中で博士号取得者の滞留が起こることを心配する向きはある。
(6)しかしながら、実際には、多くの企業が「フラントランナー型」の研究開発の仕組みを必要としており、産業界で多くの「研究開発統括者」が活動するようになれば、結果として、企業間の人材流動も同時に活発化していくのでないか。もちろん、急速な制度や仕組みの変化は避けるべきだが。
(7)そのための方策として、(博士課程の人材に対する教育・育成制度を改革するよりも、)ポスドクに対する教育・育成制度を改革する方が、有効に働くのではないか(基本的には、博士課程の人材には、自由に学問を学ばせた方がいい)。
(8)具体的には、ポスドクの研究業績について、ファンディング側と受け入れ側(例えば、JSTと大学)(の責任者)が優劣をランク付けし、パフォーマンスを評価するような制度を導入していってはどうか。こうした制度の運用により、ポスドク時代の研究業績に対する高い評価が、企業への就業の際に有利に働く(高く評価される)ようになれば、米国型の「研究開発統括者」を目指す博士号取得者が増えていくのではないか。
(9)つまり、「ポスドク時代の研究において高い評価を得れば、産業界でのキャリアパスが開ける」といったインセンティブを提示することが、企業が必要とする「研究開発統括者」の育成促進につながるのではないか。
(10)企業が「複数の専門分野に対応できる(マルチディシプリナリーな)」人材を求めていることは間違いない。例えば、「理論的なセンスを持ったエンジニア」などは大変魅力的で、具体的には、「理学部の学部を卒業後、工学部で博士号を取得する」ような人材をもっと増やしてほしい。
(11)企業の中で科学技術人材を教育・育成することは、一層困難になってきており、この意味で、先端分野や未踏領域の研究開発においては、外部からの「研究開発統括者」の登用が必要になっている。
(12)未踏領域の研究開発が多い「医薬品」分野では、特に、「研究開発統括者」のニーズが高いのではないか。
(13)「電気・電子機器」の場合、既に確立した技術の応用で成り立っているような製品分野では博士号取得者はあまり必要としない。しかしながら一方で、未踏領域における研究開発の必要性が増大しており、こうした分野では「研究開発統括者」としての博士号取得者の登用が必要となっている。
科学技術・学術政策局基盤政策課
-- 登録:平成21年以前 --