科学技術・学術審議会
人材委員会(第21回)
平成15年11月12日
科学技術理解増進と科学コミュニケーションの活性化について(調査資料-100)
文部科学省
科学技術政策研究所
本報告書の趣旨は、個々人が科学技術に対する理解を増すこと、個人として科学技術に対する積極的な関心と正しい理解及び活用法(科学リテラシー)を身につけることの大切さを今一度確認すると共に、理解増進、科学リテラシーの向上を図る方策を提言することにある。その方策とは、科学コミュニケーションの活性化を図るために、「科学コミュニケーター」の養成活用システムを導入すべきであるというものである。※
※ ここで言う「科学コミュニケーション」とは、研究者、メディア、一般市民、科学技術理解増進活動担当者、行政当局間等の情報交換と意思の円滑な疎通を図り、共に科学リテラシーを高めていくための活動全般を指している。その活動において重要な役割を果たす、科学ジャーナリスト、サイエンスライター、科学番組制作者、科学書編集者、広報担当者、科学系博物館理解増進担当者等を、「科学コミュニケーター」と呼ぶことにする(従来から使われている、「インタープリター」という呼称に関しては、「展示解説員」や「自然解説員」など、狭い意味で使用されることもある。「科学コミュニケーター」という呼称の導入は、その混乱を避けることにもなる)。
われわれの生活は、あらゆる側面で先端科学技術の恩恵を被っている。しかし、平成11年(1999年)に世界38カ国の中学生を対象として実施された「第3回国際数学・理科教育調査」の第2段階調査(TIMSS-R)の結果を見ると、我が国の生徒(中学2年生)の成績は数学、理科共に上位グループに位置しているにもかかわらず、数学や理科の好き・嫌いについての質問では、好きである度合いが世界の中で最下位グループに位置している。平成14年12月に公表された、国立教育政策研究所の「教育課程実施状況調査」でも、理科の好きな生徒の数は学年が増すにつれて減少している。
また、大人(18歳以上)を対象に実施した「科学技術に関する意識調査」の国際比較でも、科学技術に関連する関心度及び科学技術の基礎概念理解度が欧米諸国と比較して全般的に低い水準にあることが判明している。
以上の調査結果を総合すると、このままの状態が続くと、科学技術の研究開発と一般の人々の科学技術に対する関心・知識・理解度との乖離がますます広がってしまう懸念を抱かざるを得ない。それは、国全体の損失であるばかりでなく、国民一人ひとりが満ち足りた生活を送る上でも、大きな妨げとなりかねない。
科学技術の恩恵なしには生活できない時代に生きているのであるならば、科学技術の恩恵を大いに浴しつつ、科学技術が目指すべき方向に関心を向けるべきであろう。しかし、科学技術情報に対する関心度は、特に若い世代においては必ずしも高くない(図1)。
図1 科学技術に関する情報に対する年齢層別の関心の推移
1976年と98年の調査での60歳代は70歳以上を含む。
総理府世論調査(1976、1981、1986、1987、1990、1995、1998年)より
これは、科学技術に対する関心理解の増進を図るべき必要性が周知徹底していないためかもしれない。そこで科学技術理解増進の必要性を改めて議論し、以下のようにまとめてみた。
(1)我が国が今後とも科学技術力の向上を目指すには、科学技術に対する国民の関心と理解が高いレベルを維持し、研究開発への理解が広く得られることが欠かせない。
(2)科学技術に対する理解度が高まることは、持続可能な社会の発展と民主的な科学技術政策運営という理想の実現に近づくことでもある。
(3)なによりも、社会全体が科学技術に理解と関心を示してこそ、子供たちが未来に希望を抱き、また、科学技術者が社会に貢献できる魅力的な職業として映ることになる。
(1)科学的な考え方や方法は、合理的な価値判断を下すに際して役立つ。
(2)健康の維持管理などに役立つ。
(3)エセ科学・疑似科学に惑わされずにすむ。
(4)科学技術をうまく活用し、自らの判断で生活を切り開く上で役立つ。
(5)文化として科学技術を楽しむための糧となる。
一般の人々の科学技術理解増進を阻んでいる大きな要因は何なのだろうか。それに関して、人々の意見を調べた調査がある(総理府が1995年に実施した世論調査と科学技術政策研究所が2001年に実施した意識調査)。
それによると、いずれの調査でも6割以上の人が、「科学技術の知識は日常生活においても大切」であり、「わかりやすく説明してもらえれば理解できる」と思うが、「そういう説明を提供してくれるところはあまりない」と考えているという結果が得られている(図2)。
図2 科学技術情報に関する意見について
総理府「科学技術と社会に関する世論調査」(1995)より
科学技術に関する正確でわかりやすい情報を発信するためには、情報の送り手と受け手、そしてその間を取り持つ仲介者全員の科学技術理解度とコミュニケーション能力を高める必要がある。
英国では、1831年に創設された英国科学振興協会をはじめとして、科学技術の啓蒙普及活動において長い歴史がある。しかし近年になって、理解増進活動の効果が期待されたほどではないという事実が判明したことや、狂牛病対策などが後手に回ったことなどもあって科学技術行政や研究者に対する一般国民の不信感がつのったことから、科学啓蒙すなわち理解増進活動の在り方に対する見直しが行われてきた。すなわち、科学技術の知識を高所から教え込むだけという従来のやり方に替えて、科学技術行政や先端的研究の透明化を促進すると同時に研究者、メディア関係者、一般市民等の間の対話を重視するようになったのだ。
現在力を入れている方策としては、
等がある。3については、英国内には現在、科学コミュニケーターないしメディア関係のジャーナリスト養成大学院を設置している大学が20数校ある(表1参照)。講義はセミナーが中心で、就職先は各種マスメディア、博物館、団体、企業などであるという。また、各種団体、財団、行政機関では、博士研究員(ポスドク)から転身した人材も活躍している。
大学コース名 | コースの種別・期間 | 種類と定員 | 講義内容 | 主な就職先 |
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ロンドン大学 インペリアルカレッジ 科学コミュニケーション グループ |
修士課程、全日制は1年、夜間コースは2年 | 科学コミュニケーションコース(40人)、科学メディア制作コース(10人)、技術翻訳コース(5人) | セミナーがコアカリキュラム | 主にマスメディア、翻訳会社、企業、国際機関 |
ロンドン大学 ユニヴァーシティカレッジ 科学社会論学科 |
学部、修士課程(1年)、博士課程 | 科学社会論学科内に併設 | セミナー、科学社会論・科学史関連の講義 | マスメディアその他 |
バース大学 科学・文化・コミュニケーション・プログラム |
修士課程(全日制は1年、夜間は2~4年) | 科学コミュニケーション・メディア研究コース(12~15人) | 科学一般と科学技術理解増進、コミュニケーション技術の習得 | メディア、博物館、教育機関、企業 |
オープン・ユニヴァーシティ(放送大学) | 1998年創設の修士課程(3~7年) | 科学(科学コミュニケーション、科学と社会) | 科学コミュニケーション、科学社会論ほか、7つのモジュールプログラムから選択 |
米国ではジャーナリスト教育に長い歴史があるが、、1979年に勃発したスリーマイル島原発事故をきっかけに、科学に特化した科学ジャーナリストないしサイエンスライター養成大学院が数多く創設された(表2参照)。科学技術の素養のないレポーターがあやふやな情報を流したことで、事態のさらなる混乱を招いたことの反省としてである。
大学コース名 | コースの種別・期間 | 種類と定員 | 講義内容 | 主な就職先 |
---|---|---|---|---|
カリフォルニア大学 サンタクルス校 科学コミュニケーションコース |
修士課程(1年) | サイエンスライティング・コース、サイエンスイラストレーション・コース、各10名 | ライティング・コースは、執筆、編集、ワークショップが軸。イラストレーション・コースは実技主体 | マスメディア、プログラム・マネージャー、学芸員、博物館等の美術担当他 |
ボストン大学 科学・医学ジャーナリズムコース |
修士課程(1年半) | 科学・医学ジャーナリズム・コース、15~20名 | 演習と講義 | メディア、大学広報部他 |
ジョンズホプキンス大学ライティング・セミナーズ | 修士課程(1年) | サイエンスライティング・プログラム、5名 | セミナー中心 | メディア、博物館、広報部 |
ニューヨーク大学 ジャーナリズム・マスコミュニケーション学部 |
修士(1年) | 科学・環境報道コース、12~15名 | セミナーと講義 | メディア |
マサチューセッツ工科大学サイエンスライティング・プログラム | 修士(1年) | サイエンスライティング・プログラム、5名 | セミナー、他学部の講義 | 2002年秋創設 |
米国における科学ジャーナリスト・サイエンスライター・科学コミュニケーター教育の目立った特徴は、
等である。3については、税制上の優遇措置を受けている大学には広報活動を重視する義務があることと、優秀な学生・研究者・研究資金を獲得するための活動が欠かせない等の事情もある。また、広い意味のサイエンスライター(科学ジャーナリスト、広報担当者、科学技術系ノンフィクション作家等)の団体であるサイエンスライター協会(同種の団体は英国にもある)とそれを支援するサイエンスライティング振興協議会も存在している。
米国の大学では、文系理系を問わず、学部生に対する科学の教養教育も重視されており、その教育は、科学コミュニケーション能力に秀でた教官が担当している場合が多い。
米国のもう1つの特徴は、民間財団が大学の支援や理解増進活動の支援に力を入れていることである。なかでも一般向け科学書の出版助成や科学者をテーマにした演劇や科学教育番組の制作を支援しているスローン財団の活動は注目に値する。
我が国の大学には、科学ジャーナリスト・サイエンスライター養成コースはおろか、ジャーナリスト養成コースすらない(その中にあって、日本科学技術ジャーナリスト会議が主催する科学ジャーナリスト塾は注目に値する)。そのことの利点と弊害についてはさまざまな議論があるが、こと科学コミュニケーションの活性化を考える上では、専門的技能を身につけた科学コミュニケーターの人材養成が欠かせない。ここで言う科学コミュニケーターとしては、以下のような人たちが考えられる。
○ 大学・研究機関・企業・団体の科学技術広報担当者
○ 新聞・雑誌・テレビ・ラジオ等の科学記者
○ テレビ・ラジオの科学番組制作者
○ 科学書・科学雑誌の編集者
○ 科学書・科学記事を執筆するサイエンスライター(専業)
○ 科学書・科学記事の執筆や講演をする科学技術研究者兼サイエンスライター
○ 科学系博物館関係者(いわゆるインタープリターを含む)
○ 理科・科学等の教師
これらの分野で有能な人材が活躍すれば、科学コミュニケーションは自ずから活発化し、国民全体の科学リテラシーも向上することが期待できる。そのような人材を育成するためには、ぜひとも専門の養成コースを設置する必要がある。
そのようなコースとしては、専門性の高さと修学年限や取得単位数などに融通がきく専門職大学院が最適であろう。教育内容は英米にならってセミナー中心とすべきことを考えると、教官の構成は、豊富な実践経験のあるサイエンスライター、科学コミュニケーターを中心に、多様な講師陣を擁することが望ましい。そして、(1)各種マスメディア、(2)大学・研究機関等の広報部門、(3)科学系博物館などの教育施設などが、専門知識と技能を身につけた人材を積極的に受け入れる態勢を整えることが望ましい。
以上の議論から、次のような提言を行いたい。
以上を概念的に表したのが図5である。
図5 科学コミュニケーション活性化のための概念図
科学コミュニケーション能力を備えた科学技術者が自らコミュニケーションを行うと同時に、専門教育を受けた科学コミュニケーションの専門化(科学コミュニケーター)がコミュニケーションを取り持つことで、国民全体の科学技術理解、科学技術意識の向上が図られる。
科学コミュニケーター養成大学院の具体的な設立プランを練るための調査の一環として、各種メディア及び科学技術広報部等が期待する科学コミュニケーター像を知るための人材需要調査を実施する予定である。また、科学コミュニケーション活動及びその人材養成を支援するための具体的プログラムの検討も行いたい。
科学技術・学術政策局基盤政策課
-- 登録:平成21年以前 --