知識基盤社会を牽引する人材の育成と活躍の促進に向けて-科学技術・学術審議会人材委員会 第四次提言-(案)本文

平成21年7月24日

科学技術・学術審議会人材委員会

はじめに

1. 科学技術の振興は、社会と経済の発展の原動力であり、知識基盤社会を牽引する人材の育成は、我が国の最重要課題の一つである。また、科学技術関係人材が社会の多様な場で活躍することは、世界的な経済状況の悪化や環境問題など昨今のグローバルな規模の諸問題の解決に、我が国がリーダーシップを発揮し、国際貢献を行っていくために極めて重要である。
 さらに、我が国がこれまでに築いてきた世界をリードする科学技術の水準を維持し、国民が豊かさを実感できる活力ある社会であり続けることは、優秀な人材なくして実現できない。
 このため、教育界、産業界、国等が総がかりで人材の育成、確保、活躍の促進に努めることが必要不可欠である。

2. 我が国の科学技術関係人材の育成については、平成13年10月に科学技術・学術審議会に人材委員会が設置され、鋭意審議を行ってきた。 
まず、世界トップレベルの研究者の養成に係る諸問題を取り上げ、平成14年7月に、「世界トップレベルの研究者の養成を目指して-科学技術・学術審議会人材委員会第一次提言-」をとりまとめた。
 その後、研究者全体のレベルアップや、優れた「知」を社会と経済に活かしていく多様な人材の養成・確保の諸問題に焦点を当てて審議を行い、平成15年6月に、「国際競争力向上のための研究人材の養成・確保を目指して-科学技術・学術審議会人材委員会第二次提言-」をとりまとめた。
 さらに、平成16年7月には、科学技術と社会の関わりが深化・多様化してきており、安全・安心で質の高い生活環境の構築が求められるなど新たな社会的課題が顕在化しているという背景を踏まえ、「科学技術と社会という視点に立った人材養成を目指して-科学技術・学術審議会人材委員会第三次提言-」をとりまとめた。

3. 少子化が急速に進んでいる我が国が国際競争を勝ち抜くためには、知識基盤社会を支える人材の育成、確保は喫緊の課題であり、専門性の高い研究活動に従事してきた博士号取得者が、大学や公的研究機関(以下「アカデミア」と表記。)だけでなく、企業、行政及び教育機関も含めた社会の多様な場で活躍することが期待されている。

4. 平成19年6月に長期戦略指針「イノベーション25」が閣議決定され、イノベーションを絶え間なく創造する基盤である「人」への投資の充実と強化等が盛り込まれた。また、平成19年10月には文部科学省・経済産業省と経済団体等が協力して「産学人材育成パートナーシップ」を創設し、人材育成に関して産学双方の共通認識の醸成が図られているところである。さらに、社団法人日本経済団体連合会も平成19年3月の「イノベーション創出を担う理工系博士の育成と活用を目指して」や平成20年5月の「国際競争力強化に資する課題解決型イノベーションの推進に向けて」において、人材育成の強化を提言しており、今はまさに、社会全体を視野に入れた人材育成の議論を行うべき好機にあるといえる。

5. このような認識のもと、本委員会は、第3期科学技術基本計画における科学技術システム改革の一つとして位置付けられた、「人材の育成、確保、活躍の促進」に向けた取組状況について、大学等からヒアリング等を行った上で、科学技術関係人材に必要な能力という観点を念頭に置きながら、第4期の科学技術基本計画を見据えた具体的な方策について審議を行うこととした。

6. 本委員会では、平成21年1月に策定された中間まとめで明らかにされた、知識基盤社会が求める科学技術関係の人材像を踏まえ(図1、2、3)、社会の多様な場で活躍する科学技術関係人材の育成や基礎科学力強化のための若手研究者の養成、人材養成に関わる産学の意識改革、次世代を担う多様な人材の育成等を論点として重点的に議論を行った。
 科学技術創造立国としての我が国の将来は、科学技術関係人材が社会全体で活躍していく人材立国の実現にかかっている。そのために最も重要なことは、社会と技術を俯瞰し、社会の多様な場で牽引者となる優れたリーダーを、産学が協働して育成し、その活躍を促進していくことである。このような理念のもと、本委員会は3月以降に審議された今後講ずべき具体的方策について提言するとともに、第4期科学技術基本計画の検討に反映されることを期待するものである。

第1章 知識基盤社会が求める科学技術関係の人材像

 我が国が科学技術創造立国の実現に向けて世界をリードし、成長し続けるためには、イノベーションを絶え間なく創造できる人材の育成が求められている。
 「知」を巡る国際競争の激化や知識基盤社会の進展等により、産業構造の変化も急速に進んでいる現代においては、多種多様な個々人が力を最大限発揮でき、それらが結集されるチーム力が必要とされている。強いチームは、多様な人材により構成されるものであり、女性や外国人が活躍しやすい組織である。さらに、チームには、チームを目標達成に導くリーダーの存在が不可欠であり、高度な専門的能力かつ広範な知識を持つ博士号取得者に特にその役割が求められている。

1. イノベーションの創造に不可欠なチーム力の向上

 科学技術と社会の関わりが深化・複雑化している知識基盤社会においては、求められる人材の資質・能力が多様である。このような社会では、必要とされる知識や技術の全てを個人の問題に帰することはできず、異なる資質・能力、背景を持つ多種多様な個々人が集い、それぞれの個性を活かし、チームとしての力を最大限発揮することが重要である(図4)。
 イノベーションの創造はチームとしての取組が欠かせない。このチームには、知の創造から目的基礎研究、研究開発、社会経済的価値の提供までの各段階で役割を果たす人材や、その各段階を俯瞰して関連付ける人材が必要である(図5、6)。
 こうしたチームで力を発揮する人材の育成を図るには、大学院のカリキュラムにおいて、複数の専門分野が融合するよう、異分野、異文化(海外)の学生を集め、産業界と連携して積極的に連携大学院(※1)を強化するなど、教育方法の転換が期待される(図7)。また、産業界の研究者や研究チームを大学に招へいして共同研究や研究マネジメントを経験することを推進する方策も有効であり、国はこのような大学の自主的な取組にインセンティブを与えるなどの支援を行うべきである。

2. チーム力を強化する多様性の確保

(多様な人材の活躍促進)

 チームは、資質・能力や専門分野の異なるメンバーを集め、多様な視点や発想を取り入れることで、創造的な力をより大きく発揮できる。女性研究者の活躍促進、また、外国人研究者・教育者や外国人留学生(以下「外国人研究者等」と表記。)の受入れを拡大することは、男女共同参画や国際交流の推進という観点のみならず、人材の多様性を確保する観点からも重要である。
 また、日本人が海外経験を積むことも、多様な人材を育成する上で欠かせない。チームに大きく貢献できる優れた人材となるためには、異文化、異分野の人々との交流を通じて広い視野を育み、資質・能力を向上させることが重要である。しかしながら、近年は日本人の内向き志向が進んでいるという指摘もあり、国、大学及び研究機関はその解消に向けた方策を積極的に実施すべきである。

(流動性の確保)

 チームの中で力を発揮できる人材となるためには、多様な視点や発想を柔軟に取り入れられる個人となることも必要である。そのためには、若い頃から機関を越えて移動し、異なる学風・組織文化を経験することが有効である。研究者の流動性が低いことは、研究現場の活力を失わせる原因ともなりうるが、任期付き教員の大半は助教・講師である(図8)。研究者の流動性を高めるためには、助教・講師以外の職階においても機関を越えた移動が活発化する必要があり、大学や研究機関は、任期付き研究者以外の研究者の流動性の確保に努めるべきである。
 このため、大学は、公平・公正で透明性のある審査のもと、優れた研究実績やキャリアの幅広さを十分に勘案した上で、大学の特性に応じて、産業界での職務経験者、自校大学以外で一定期間ポストドクターを経験した者や自校大学以外の出身者を積極的に採用するなど、教員を自校出身者で固めることや、博士課程学生(以下、「博士課程」とは博士後期課程のみを指す。以下同じ。)の囲い込みを解消すべく取り組み、自校出身者比率(※2)が特に高い大学・部局は、これを抑制することが期待される。
 国は各大学の自校出身者比率を可能な範囲で部局ごとに公表し(図9)、研究者の流動性の確保に向けた方策を検討すべきである。例えば、機関を対象とする大型の競争的資金の採択に際して、外部機関の研究者の積極的な登用を予定している課題を高く評価する方法等が考えられる。

3. リーダーとしての資質を備える高度人材の育成

 我が国が世界をリードし続ける国であるためには、我が国を牽引し、国際的なリーダーシップを発揮できる高度な科学技術関係人材を育成することが重要である。このような人材は、産業界ではイノベーション創出の中核を担い、また、アカデミアでは研究成果を社会経済的価値に具現化する役割を果たすリーダーとなる。また、リーダーには、産業界あるいはアカデミアにおいて、企業と大学との橋渡し役となることも求められる。
 博士号取得者はこのようなリーダーとなることを期待されているにもかかわらず、大学等は産業界のニーズを十分に把握できておらず、学生に対する教育研究指導が不十分との指摘がある。また、産業側も求める人材のニーズを大学等に発信することが十分では無いと指摘されている。今後、産業界やアカデミアで活躍する多様な人材の確保に向け、産学が協働して意識と行動の改革を進めていくことが不可欠である(図10)。
 このため、国は、産業界のイノベーション創出やアカデミアのプロジェクト研究に不可欠なチーム力を最大化できるリーダーを育成するための取組を強化し、我が国の科学技術システムの改革をより一層加速すべきである。

第2章 社会の多様な場で活躍する科学技術関係人材の育成

 科学技術と社会の関わりが深化・複雑化している現在、博士号を取得し、高度な知識や能力を身に付けた者が、社会の多様な場で活躍することが期待される。
しかしながら、日米における博士号取得者の雇用部門別の分布状況を比較すると、我が国は民間企業で活躍する博士号取得者の割合が低い(図11)。その背景として、大学が輩出する人材と産業界が必要とする人材との間に生じている質的・量的なミスマッチ、教員等の人材育成に対する意識の問題等が考えられる。
 知識基盤社会において、大学が輩出する人材は国力の源泉であり、科学技術の振興のためには、大学(特に大学院)における教育の充実が極めて重要である。大学は教育と研究を充実させ、その成果を社会に還元する役割を担っている。
 にもかかわらず、これまでは、基礎研究等により生み出された成果を社会に役立てる人材を育てる意識はあったが、こうした人材を育成するための教育が必ずしも十分ではなかったことを認識しなければならない。
 このような認識のもと、科学技術関係人材の育成方策は、アカデミアだけでなく社会全体を視野に入れて体系的に取り組む必要がある。その際、大学が本来持つ教育研究機能を側面的に支援するような人材の育成方策だけでは十分ではなく、国は、高等教育への公財政支出の規模を、欧米主要国を上回る規模に増額し、抜本的な方策を講じるべきである(図12)。

1. 博士号取得者の社会の多様な場における活躍の促進

 大学及び独立行政法人の総人件費抑制等に起因する若手研究者ポストの不足(図13)、産業界における採用の伸び悩み等により、博士号取得者の就職率が6割程度で推移しており(図14)、修士課程(博士前期課程を含む。以下同じ。)から博士課程へ進学する魅力が無くなりつつある。
 博士号取得者が社会の多様な場で活躍することは、博士課程へ進学することの魅力を高めることにつながる。このため、特に大学院においては、教育研究の質を向上させ、大学が輩出する人材と産業界が求める人材との間にある質的・量的ミスマッチを解消するための方策が不可欠であり、国は、大学院における優れた教育プログラムへの支援を強化すべきである。一方、産業界は、高度な専門知識・技術に見合った待遇を保証するなど魅力あるキャリアパスを博士号取得者に示すことが期待される。
 また、研究費には様々な特性や目的があるが、我が国では、多くの研究費を設備等の物件費に充てる傾向にあり、人材育成のために使うという意識が希薄であるとの指摘もある。このため、大学が主体的に、人材育成の意識を教員等に持たせそれを評価につなげるといった制度改革を行うべきである。

(1)大学院等の人材育成機能の強化

(大学院教育の充実)

 大学は、学位段階に応じた資質・能力等を学生に身に付けさせるため、特に修士課程、博士課程のカリキュラムについて、身に付けるべき資質・能力を社会に提示する必要がある。その上で、博士号取得時点での質を保証するため、大学院において、学修課題を複数の科目等を通じて体系的に履修するコースワークを重視し、博士号取得者が社会の多様な場で活躍するために必要な教育を充実させることが重要である。
 また、大学には、研究者のみならず知識基盤社会を支える技術者その他の高度専門職業人の育成が期待される。このため、大学院学生は、アカデミア向けの教育研究と技術経営的な内容等も行う産業界向けの教育研究を複線的に学ぶ必要がある。なお、学生が大学院に進学する時点で教育研究の方向性を決定させるのではなく、大学院での教育研究を通じて自ら選択できる柔軟性のあるカリキュラムを設定すべきである。
 さらに、大学は、産業構造、我が国の科学技術政策の方向性及び学生の卒業後の活躍の場等を勘案しながら、大学院のカリキュラムや入学定員について自主的な見直しを検討すべきである。カリキュラムを検討する際には、外部講師の招へいや人材交流などに産学が協働して取り組む必要がある。また、知的財産、技術経営や起業家精神を涵養する教育等も重要である。
 「知」を巡る国際競争の激化や知識基盤社会の進展に伴い、社会人は常に新しい知識を吸収することが求められている。このため、社会人が実務上の経験を活かしつつ、より高度な専門知識の習得や知識・経験の体系化、広い視野と多様な価値観を養うため、大学院で高度なリカレント教育を受けることが促進されるよう、大学院教育を充実させていくことも重要である(図15、16)。

(大学における進路指導体制の強化)

 大学は、就職情報窓口を一本化するとともに、博士号取得後の進路把握に努め、社会の多様な場における活躍振りを広く学内外に示すべきである。
 大学と産業界の双方向の連携と学生の積極性も不可欠である。大学は、産業界と協働して、長期のインターンシップの実施や共同研究等を通じた実践的な議論を促す場の提供等の取組を一層活発化し(図17)、学生や博士号取得者に対して就職機会等の情報を提供すべきである。また、学生や博士号取得者自身は、自らの進路の方向性を常に意識し、情報の把握等に努めることが不可欠である。

(2)産業界による博士号取得者の受入れ

 大学教員の意識改革や大学教育の改革だけでなく、産業界の意識改革も必要である。企業が博士号取得者を積極的には採用していない状況は(図18、19)、企業側が博士号取得者に求める資質・能力が明らかにされていないことや、企業側に博士号取得者の能力を適切に評価できる体制がないこと、さらには博士号取得者が企業の期待する資質・能力を満たしていないことなどが原因との指摘がある。博士号取得者の産業界への就職率が低いことが、結果的に、博士課程志望者の減少や、博士課程学生や博士号取得者が就職活動を躊躇していることにつながっていると考えられる。博士号取得者が、その資質・能力を向上することにより、これまで博士号取得者の採用に必ずしも積極的でなかった企業等において、修士号取得者だけでなく博士号取得者も受け入れる体制が整備され、学生が博士号取得後のキャリアパスの一つとして産業界を視野に入れられるようにする必要がある。
 なお、産業界には、学生等の教育研究活動に支障をきたさないよう、学士、修士、博士、ポストドクターそれぞれの特性に考慮して、採用活動の時期の適正化に真摯に取り組むことが期待される。
 大学が大学院教育の改革を進めるためにも、産業界が必要とする博士人材像についての明確なメッセージが不可欠であり、産業界は、まずは、博士課程で育成すべきと考える資質・能力を具体的な形で大学や学生に示すことが期待される。その際、企業内研究者としての能力にとどまらず、総合的な企画力、幅の広い技術分野の統合能力等も視野に入れて、多様な場で活躍できる人材育成に向けてどのような資質・能力を身に付ける必要があるかを、産学官の協力の下に考えていくべきである。こうして明確化された多様な博士人材を具現化するため、産業界は、産業界のニーズを踏まえた教育カリキュラムの作成に大学からの要請に応じて積極的に参画するなど教育・研究課程に貢献する必要がある。

(3)博士課程学生への経済的支援の強化

 博士課程学生が同年代の企業等に就職した者に比べて経済的に厳しい状況におかれることが、優秀な学生が博士課程への進学を避ける要因となってはならない(図20)。博士課程進学者への経済的支援を充実することは不可欠である(図21、22)。
 国は、民間資金の活用による大学の自助努力等も含め、博士課程在学者のうち生活費相当額程度を受給できる者の割合を米国並みの4割に拡充することを目指すべきである(図23)。
 このため、国は、フェローシップを拡充するとともに、それに充てる経費は、独立行政法人の基盤的経費削減の対象外とすべきである。国は、トレーニーシップ(※3)的なグラントを創設することも考えられる。 
 博士課程学生の位置付けは、日本ではあくまで「学生」であるのに対し、欧米では「研究者」と位置付けられ、責任をもって研究や教育の一端を担い、その対価として給与を得る仕組みが確立している。博士課程学生に研究者としての自覚を持たせ、教育効果を上げるため、大学院に対する競争的資金において、リサーチアシスタント(RA)、ティーチングアシスタント(TA)等に充当する割合を拡充するなど、我が国も米国と同様にRA等をより一層拡充すべきである(図24)。
 大学においても、博士課程学生に対する支援を充実することが期待され、国は、独自財源確保の自助努力を各大学に促すべきである(図25)。
 企業等民間の機関においては、公益法人の設立等を通じた奨学金の給付や、大学への寄付金等を活かした奨学金の付与等、様々な取組が行われており、これらが一層拡大することも期待される。

(4)優秀な博士号取得者のキャリアパス多様化の促進

 知識基盤社会が進展し、少子化が急速に進んでいる中、専門性の高い研究活動に従事してきた優秀な博士号取得者が、産業界における研究開発リーダーや科学技術と社会をつなぐ科学技術コミュニケーター等として、社会の多様な場で活躍することが期待されている。このため、国は、優秀な博士号取得者の産業界や教育界等へのキャリアパスを確立するための方策を推進すべきである。
 なお、適性のある博士号取得者等が、国の職員の採用に積極的に挑戦することも期待される。

(産業界へのキャリアパスの確立)

 産業界は、博士号取得者の採用に際し、研究の成果のみならず、その過程で育んだ課題設定能力や幅の広い科学技術的素養等を身に付けた博士号取得者を的確に評価した上で採用し、研究職だけでなく事業経営全般に活用することが期待される。また、大学や研究機関は、博士課程学生を対象に、マネジメント能力等経営者やイノベーション創造の担い手となる資質・能力を身に付けさせるための研修等を設けることが必要であり、国はこのような取組を積極的に支援すべきである。
 なお、規模の大きい企業ほど、博士号取得者の採用に積極的な傾向にあるが(図26)、最先端の研究を行っている中小・ベンチャー企業においても相応の需要がある。今後は、博士号取得者が産業界のより多様な場で活躍することが期待される。

(高度な専門知識を必要とする職員へのキャリアパスの確立)

 我が国は諸外国に比べ、大学や研究機関における教育研究支援体制や事務体制が脆弱との指摘がある。各機関は、これらの強化が重要なことは十分把握しているが、基盤的経費及び総人件費の削減への対応として、教育・研究の主体者である教員等を優先的に確保することで教育研究体制を保ってきた結果、支援体制が脆弱化している。大学や研究機関は、博士号取得者の高度な専門性を活用して、教育研究支援体制や事務体制を強化できることから、国は、博士号取得者をリサーチアドミニストレーター(※4)等に登用することが期待される。博士号取得者の活躍の場としては、アカデミックスタッフの他、知的財産関連職、産学連携コーディネーター、留学生対応等のアドミニストレーター等が考えられる。
 その際、モチベーションの維持とモラール向上のため、高いステイタスと適切な処遇を付与する必要がある。また、このような取組においては、大学等における事務職員と教員の連携強化に留意すべきである。

(中学校・高等学校の理数系専科教員等へのキャリアパスの確立)

 子どもたちが理科や算数・数学に興味・関心を持つためには、教員の役割や影響が大きいが、小学校の教員の約6割が理科を指導するのが苦手という調査結果もある。この状況を改善するため、博士号取得者が中学校・高等学校の理数系専科教員等として活躍することも効果的だと考えられる。例えば、教育委員会と大学が連携して、博士号取得者が、教職大学院等のカリキュラムを利用して教員として必要とされる資質・能力を身に付けられる機会の充実が考えられる。なお、教育委員会によっては、博士号取得者に対して特別免許状を活用した特別選考を実施し、教員としての活躍の場を用意している例がある。

(5)ポストドクターに係る課題の解決に向けた取組

 ポストドクター(※5)の本来の位置付けは、独立した研究者として必要な資質・能力を養うための重要な期間であり、アカデミアを目指すにあたっての主要なキャリアパスの一つである。そのためにも、ポストドクターが自らの研究課題に専念し、アカデミアで活躍する基盤となり得る研究成果を十分にあげられる環境を整備することが重要である。このため、国は、フェローシップ制度の拡大を図る必要がある。
 しかしながら、我が国のポストドクターの現状は、大学や研究機関におけるポストドクターの位置付けが、指導教員等が進める研究の担い手となっていることが少なくない。また、ポストドクター自身の経歴が複雑な事例もあり、アカデミアを目指すためのキャリアパスという、本来のポストドクターの位置付けとは乖離しているのが実態である。例えば、ポストドクターの任期を満了した後、他の研究機関等でポストドクターを累次に亘って繰り返す者や不明者となる者が少なくなく(図27)、いわゆる「ポスドク問題」が生じている。
 「ポスドク問題」は、ポストドクターの総数が増加している一方で、アカデミアにおけるポストの絶対数が不足し、多くのポストドクターがアカデミア以外の進路に進まざるを得ない状況に置かれていることで顕在化している。しかも、多くのポストドクターが従事する専門分野は、産業界における人材需要の高い分野とはなっていない(図28)。また、ポストドクター自身も、専門分野以外の社会の多様な場で活躍できるだけの資質・能力を必ずしも十分に身に付けてこなかったことや、ポストドクターを繰り返すうちに高齢化してしまったこと、ポストドクターを雇用した経験のない企業はポストドクターの採用を躊躇することなどが、この問題を一層深刻にしている。
 「ポスドク問題」を解消するためには、ポストドクターのキャリアパスの多様化に向けて、国、大学及び研究機関等が、産業界や教育界などと、密に連携して一体的に取組を進めていく必要がある。具体的には、国は、アカデミア以外の進路を目指すポストドクターが社会の多様な場で活躍できるよう、大学や研究機関等がその資質・能力を高める取組を実施することへの支援や、産業界等へのポストドクターの進出を支援する施策を講じるべきである。
 さらに、大学や研究機関は、競争的資金の申請を行う過程が自立した研究者となるために重要であることから、ポストドクター等の若手研究者が申請資格のある競争的資金に積極的に申請するよう推奨するとともに、任期終了後のキャリアパスを確保するため、雇用期間中にキャリア開発のためのトレーニングを受ける機会を提供すべきである。

(ポストドクター期間の設定)

 ポストドクター自身は競争環境下で切磋琢磨する中で、自らの進路を早めに見極め、そのキャリアの見通しを立てておく必要がある。また、ポストドクター期間の長期化や高年齢化は、その後の進路の選択の幅を狭めかねないことから、大学や研究機関において、個々のポストドクターが進路について早期に適切な指導を受け、適性を見極められるようにすべきである(図29)。
 ポストドクターを優秀な研究者のキャリアパスの一つとして位置付けるためにも、例えば、ポストドクターの多様な経験や将来設計を考慮の上、研究活動に実質的に従事する期間の目安を設定する方法も検討する必要がある(図30)。例えば、特別研究員事業(独立行政法人日本学術振興会)のうち、PD(ポストドクターを対象としたフェローシップ)では、支援対象を博士号取得後5年未満の者に限定していることを参考に、国は、事業の目的や特性に応じて、ポストドクター支援期間の設定を検討すべきである。
 なお、機関及び研究指導者は、ポストドクターとしての経歴が長い者をポストドクターとして雇用する場合には、その後のキャリアパスに特に留意すべきである。

(ガイドラインの策定)

 ポストドクターの雇用形態等は多様であるが、ポストドクターを雇用している大学や研究機関は、雇用保険の事業者負担を徹底するなど、社会保険や雇用保険を含めた労務管理に十分留意して、その労働条件等の整備について、組織として主体的かつ積極的に取り組むべきである。
 そのための手段として、国、大学及び研究資金配分機関等は、互いに協力し、ポストドクターを雇用する際の労働条件や養成の在り方等を示したガイドライン(以下、「ポストドクター雇用等ガイドライン」という。)を策定すべきである。ガイドラインにおいては、ポストドクターが独立して研究できる能力の向上を図る責任が雇用者側にもあることなどを明確にし、処遇、雇用期間、習得すべき研究スキル、指導教員等との関係、メンター制度の導入等の項目を盛り込む必要がある(図31)。

2.大学教員等の人材育成に係る意識の改革

 博士号取得者がアカデミア以外の多様な場に進んでいない要因の一つとして、学生や博士号取得者を指導すべき立場にある大学教員自身が、企業等についての情報や社会経験を十分に持っていないため、博士号取得者に多様なキャリアパスを示すための情報提供、多様な場で活躍できる人材を育成する教育研究指導等が不十分との指摘もある。社会が求める人材を育成するためには、人材育成に携わる教員や研究者の意識改革が必要不可欠である(図32、33、34)。
 教員の意識改革や人事制度改革は、効果が明確に現れるまでに時間がかかる困難な課題であるものの、時代の変化に応じた若手研究者を育成するためには避けて通ることができない課題である。現在、教員の採用・昇任のための人事評価は、研究成果が第一義的な指標になっているが、研究成果至上主義では教員の意識改革は困難といえる。人材育成のための教育や社会貢献等も評価するなど、大学の執行部自らが意識を改革し、トップダウンで主体的かつ継続的に取り組むよう促していく必要がある。

(1)大学教員等を対象にした取組の推進

 全ての大学教員に、アカデミアであるか否かを問わず、社会で活躍できる人材を育成するための教育力の強化が求められる。しかし、指導教員に、博士課程学生や博士号取得者は研究の推進に必要な戦力であるとの認識が依然としてある。
 また、教員自身の企業派遣実習(教員インターンシップ)の実施、学生と教員が共に参画する課題解決型演習の導入促進、教員の企業への出向や企業との兼務等が考えられる。なお、教員が一定期間大学を離れる場合には、担当学生の指導体制等に十分留意するとともに、教育や研究の補完のための非常勤講師や研究支援者をつける場合には、非常勤講師や研究支援者の任期後のキャリアパスにも留意が必要である。
 さらには、企業研究者の大学教員への登用や企業人によるキャリア指導研修の実施等が考えられ、教員等が企業人と接する機会を増やす必要がある。
 このような取組を通じて、教員は産業界のニーズに直に触れ、産業界の求める人材像を把握するとともに、その経験を踏まえ、大学が育成する人材像を明確にして大学教育に反映させることが期待される。また、国は、このような産学の柔軟な双方向の人材交流を支援すべきである。

(2)大学教員等の評価方法の改革

 大学教員等の意識を変えるには、個々人のみではなく、機関全体として意識改革に取り組むことが重要である。機関における大学教員等の評価に当たっては、評価者が教育、研究及び社会貢献の有機的連携の重要性を十分に認識し、それを実践する文化の醸成と処遇等に反映させる評価システムの整備が必要である。その際、個々の大学院学生の適性を見据え、適切な進路指導を実施しているかなど、教育者としての側面から見た評価を実施することが期待される。
 指導教員は、博士課程学生を指導するに当たっては、後継者の育成のみを目的とするのではなく、学生個人の能力や資質に応じた多様なキャリアパスがあり得ることを念頭に置く必要がある。また、ポストドクターについては、単なる研究支援の担い手、その場限りの戦力ではなく、研究のパートナーであることを認識しなければならない。大学や研究機関は、学生やポストドクターを社会の多様な場で活躍できる人材として育てる必要があることを常に念頭に置き、社会と接する機会を十分確保すべきである。

(3)研究資金制度等における人材育成への対応強化

 ポストドクター等の多くは競争的資金等の外部資金で雇用されていることから(図35)、それを活用することで、学生を育てる場や環境を提供するシステムを構築することにインセンティブを付与することも重要である。
 このため、研究資金配分機関は、機関を対象とする競争的資金による研究プロジェクトの審査項目において、個別の競争的資金制度間の整合性を図りつつ、その目的や特性に応じて、個々のポストドクターが従事すべき任務を明確にし、博士課程学生・ポストドクター等のキャリア形成教育の場の設定や過去の育成実績を盛り込むといった人材育成に係る取組を評価の一指標とすることが必要である。
 大学や研究機関は、博士課程学生やポストドクターに対する経済的支援の重要性に鑑み、機関を対象とする競争的資金においてはRA経費やポストドクター雇用経費等に充当する割合をより高めていくべきである。また、国及び研究資金配分機関は、教員等の意識改革を促す観点から、機関を対象とする競争的資金の評価において、その目的や特性に応じて、人材育成に取り組むことに対するインセンティブを与え、人材育成の方法・内容や人材育成に充てる経費の割合を考慮した評価とすべきである。例えば、機関を対象とする競争的資金で雇用されるポストドクターがキャリア開発研修を受けることを評価することも考えられる。
 なお、大学や研究機関は、ポストドクター自身が一定期間、自立的な研究やキャリア開発のための活動に専念できるよう、プロジェクトの目的や特性に応じて、職務専念義務の現行の考え方の見直し等を検討する必要がある。
 さらに、競争的資金の獲得は世界をリードする研究人材の養成にとっても重要であることから、基盤的経費を確実に措置した上で、競争的資金の拡充を図りつつ、研究者本人も含め、競争的資金から人件費を充当できる範囲を拡大していくことについて検討すべきである。

(4)国立大学法人等の評価の在り方

 国立大学法人や独立行政法人においては、大学教員や指導的立場にある研究員の意識改革に資する取組、博士号取得者のキャリアパス支援のための取組、女性研究者や外国人研究者の登用目標の設定及び多様な教員や研究者を確保する取組等を、中期目標・計画へ位置付けるなど、組織的に対応すべきである。また、国立大学法人評価委員会が国立大学法人を、各省庁の独立行政法人評価委員会が独立行政法人を評価するに当たっては、これらの取組を積極的に評価する必要がある。

3.グローバル化に対応した人材の育成・確保

 「知」をめぐる世界的な大競争時代を迎え、優秀な人材の獲得競争が激化している中、我が国が世界をリードする科学技術水準を維持し続け、研究人材の国際的循環の一翼を担うためには、国内外問わずグローバルに活躍できる人材の育成が不可欠である。また、地球環境問題といったグローバルな諸問題の解決、政府の科学技術外交の強化や国際共同研究の推進等を図るため、科学技術関係人材の国際化が求められている。
 国際的に活躍できる研究者を育成するには、海外で研鑽を積むことが有意義であり、こうした機会を増やすことが重要である。科学技術は世界共通のものであり、各国の研究の最先端で切磋琢磨することは研究者の国際感覚の醸成や知の研鑽に必要である。
 さらに、グローバルに人材を確保するには、我が国の研究拠点に優秀な外国人研究者等を惹きつける魅力的な研究環境等の整備、事務体制の強化、学業や研究に専念できる生活環境の確保等、周辺環境を含めた研究拠点の国際化の推進が必要不可欠である。

(1)日本人の内向き志向の解消と帰国後の活躍の場の拡充

 優秀な頭脳の国際的循環が急速に進展し、我が国も科学技術先進国として相応の貢献や影響力の行使が求められているにもかかわらず、長期の海外派遣者数は減少傾向にある(図36)。
 国は、優秀な日本人研究者等が海外で研鑽を積むことができる環境を整え、経済的な支援も充実すべきである。
 また、大学や研究機関は、海外の機関と協力し、単位互換等を含めた協定等を結ぶなど、学生や研究者の留学、派遣を今まで以上に積極的に進めるべきである。
 なお、日本人が海外に出て行きやすい環境をつくり、交流を円滑に進めるためには、大学や研究機関が互いに協力して、地域ごとに海外での日本人研究者のネットワーク化を図ることも有益である。その際、日本における研究機関等の公募情報を提供するなど、研究者が協力しやすくなるインセンティブが必要である。
 産業界においては、海外法人でのインターンシップ等を充実するとともに、通年採用の実施・充実等により海外で活躍している優秀な人材の確保に努めることが期待される。
 日本人が内向き指向である理由の一つとして、海外にいる日本人のポストドクターは、研究者として日本に戻る場所が無いとの指摘がある。国は、海外から帰ってくる人材が我が国で再び活躍できるような環境を整備すべきである。
 海外での研究経験のある研究者は、国内にとどまっている者よりも幅広い視野を持つ機会が多く、海外の研究者ネットワークを有することから、グローバル化に対応した人材として期待できる。大学や研究機関は、研究者を採用する際に、その潜在的な能力を十分に勘案し、海外経験者を積極的に採用することが期待され、国はそのための支援をすべきである。

(2)外国人研究者等の受入れの推進

 我が国における研究拠点の研究水準と競争環境の向上のためには、異なる価値観やキャリアをもつ外国人研究者等を海外から積極的に受け入れ、研究拠点そのものを活性化させる必要がある。しかし、外国人研究者等の受入れは未だ十分ではないとの指摘がある(図37)。
 このため、大学や研究機関は、大学等における事務局の国際対応能力の向上や学内文書の英語化等の研究支援面での国際化を進めるとともに、我が国の優れた魅力ある教育研究内容を積極的に海外に向け情報発信していくことが重要である。こうした観点からも、世界トップレベル研究拠点(WPI)プログラムでは、研究者、研究環境、研究支援面で国際化を進めることで、世界最高水準の外国人研究者を引きつけており、今後も、世界トップレベル研究拠点の更なる強化・拡充を図っていく必要がある(図38)。
 他方、外国人研究者の活躍促進を図るための行動計画を策定することが期待され、国は、引き続き、その取組状況を把握し、公表すべきである。
 外国人研究者等が家族を日本に連れて来られるかどうかは、自分たちを許容する生活環境等の有無と密接な関係があり、それが日本への移動を判断する際の判断基準の大きな要因になると考えられる。このため、国、大学及び研究機関は、地方公共団体等と連携・協力し、多様かつ優秀な外国人研究者等を受け入れるための土壌を形成する必要がある(図39、40)。例えば、宿舎や奨学金・フェローシップ等の受入れ環境の整備に加え、国際学級の設置、異文化を受け入れる努力等も必要である。
 また、国は、日本国内で就職する外国人留学生や大学等で教育研究活動に従事する外国人研究者への支援方策を一層充実すべきである。
 外国人留学生については、「留学生30万人計画」に基づき優秀な留学生を戦略的に獲得していくこととし、そのための方策を進めていく必要がある(図41)。

4.女性研究者の活躍の加速

 我が国が国際競争力を維持・強化し、多様な視点や発想を取り入れた研究活動を活性化するためには、女性研究者の活躍が不可欠である。そのためには、大学や研究機関、企業等が多様な価値観や働き方を受容して働きやすい環境を醸成し、女性研究者が能力を発揮できるようにすることが重要である。

(各機関における環境整備の促進)

 女性研究者が出産・育児等と研究を両立できる環境を整備するため、各機関は、意識改革を進め、在宅勤務や短時間勤務等、柔軟な雇用形態の適用、研究支援員によるサポート体制の整備等を引き続き充実していく必要がある。また、出産・育児等により一旦研究現場から離れた者の復帰支援を充実するとともに、採用や処遇の際に出産・育児等の負担を配慮した人事制度とすべきである。なお、これらは、育児等を行う男性研究者にも共通するものである。
 企業や研究機関においては、大学に比して女性研究者の割合が依然として低い状況にあり(図42)、女性が研究者・技術者としてのキャリアを追求する上で障害となる壁を取り除く取組が期待される。

(国による抜本的な方策の推進)

 これまで国は、1.女性研究者が所属する機関のシステム改革促進、2.研究と出産・育児等との両立への配慮、3.女性研究者の裾野拡大という3つの観点から方策を講じてきた。これらは有機的に機能しており、女性研究者が活躍できる環境が着実に構築されつつある。
 このように、女性研究者支援は、近年充実を図ってきているが、欧米に比べると、我が国は女性研究者の割合が依然として極めて低い(図43)。国は、女性研究者を支援する基盤的な環境整備の支援、女性の採用に応じた人件費等の支援、出産・育児等による研究中断からの復帰支援や支援期間の中断といった、すでに講じている関係方策を引き続き充実するとともに、更なる抜本的な方策を検討すべきである。
 例えば、制度の目的や特性に応じて、女性研究者を対象とした研究資金を設けることを検討すべきである。また、教授・准教授の採用総数に占める女性研究者の割合が依然として低いことから(図44)、意志決定への参画において女性研究者を積極的に登用することが期待され、女性研究者の職階別割合や独立した研究者としての地位に占める割合に着目して大学等にインセンティブを付与する必要がある。

(女性研究者に対する広報活動の展開)

 理系への進学を検討している女子児童・生徒にとって、多様な場で活躍している女性研究者・技術者は目標となることから、国は、女子児童・生徒とこうした女性との交流機会を積極的に設けるべきである。さらに、理系の職業選択を検討している女子学生に、女性支援に関する各機関の取組状況やロールモデルとなる女性研究者・技術者について情報提供することは有益であり、国は、こうした情報の広報活動にも積極的に取り組むべきである。

(女性研究者割合の数値目標の設定)

 第3期科学技術基本計画に掲げられた女性研究者の採用割合に係る数値目標(女性研究者の採用目標として、自然科学系全体で25%(理学系20%、工学系15%、農学系30%、保健系30%))については、早期達成を実現すべきである(図45)。第4期科学技術基本計画では、その達成状況等を踏まえ、自然科学系の各分野の指導的地位における女性研究者の新規採用割合について、数値目標を設定することも考えられる。
 大学や研究機関は、女性研究者の割合の向上等について数値目標の設定など具体的な計画を示し、女性研究者の一層の確保・活用について努めるべきである。女性研究者が一人もいない部局等においては、まず一人採用するなど、啓発活動等を通じて組織内の意識を変えるべきである。また、大学や研究機関は、部局ごとの女性研究者の職階別在籍割合を公表すべきである(図46)。さらに、国は、引き続き、各大学や研究機関における女性研究者の活躍促進に係る取組状況や女性研究者の職階別の割合や独立した研究者としての地位に占める割合等を把握し、公表すべきである。

第3章 若手研究者が自立して研究できる体制と場の整備

 日本の科学技術を振興し、世界に伍していくためには、科学技術の将来を担う若手研究者が活躍する機会を拡充することが重要である。
 しかしながら、大学等の基盤的経費及び総人件費の削減が進められ若手教員の採用規模が縮小していることや、研究者の高齢化が進んできたことによって、若手教員の割合が年々減少している(図47、48)。このような流れもあって、若手研究者とりわけポストドクターは、将来への展望が不透明で不安を抱いている人が少なくないとの指摘があり、自らのキャリアパスの見通しを明るくすることは喫緊の課題である。
 また、世界的に優れた研究成果をあげた研究者の多くは、若い世代に、その優れた研究成果の基礎となる研究を行っていることから、テニュア・トラック制(※6)の普及・定着を図るなど若手研究者に自立と活躍の機会を与えることも求められている(図49、50)。
 さらに、競争的資金の拡充を目指す中で、引き続き若手研究者を対象とした支援を重点的に拡充し、若手研究者への研究資金配分をより高めることが重要である(図51)。

1.テニュア・トラック制の普及・定着

 我が国のテニュア・トラック制は、若手研究者が自立して研究に専念できる環境を整備し、若いときから自らの力量で自由に研究するチャンスを与えることを主たる目的としている。また、大学等に戦略的で透明性の高い教員人事システムへの改革を促すとともに、大学等が研究分野の選択と集中を図るための戦略的な経営を促す契機となるものでもある。

(テニュア・トラック教員の新規採用数の目標設定)

 現在、科学技術振興調整費によるテニュア・トラック制の導入に向けた取組が進められている。(平成21年度現在34大学)。テニュア・トラック教員は公正な審査の下、約20倍(平成20年度現在)の高倍率を経て採用されるなど、テニュア・トラック制に挑戦する若手研究者は多い(図52)。しかしながら、我が国の自然科学系の採用教員数が年間約8千人(※7)であるのに対し、テニュア・トラック教員の採用は年間130人程度(総数で約4百人)に過ぎない(図53、54)。この規模では、研究者を目指す若手が、「博士課程からポストドクター、その後テニュア・トラック教員を経てテニュア教員」というアカデミック・キャリアパスを見通すことができないのが現状であり、これを明確化するには、テニュア・トラック教員の採用数について、相当の増員が必要である。我が国のテニュア・トラック教員は、前職が国内のポストドクターであった者が4割を占めており(図55)、ポストドクターをアカデミック・キャリアパスとして明確化する上でも、テニュア・トラック制の普及・定着を加速していくことは重要である。このため、年間の自然科学系の新規(正味)採用教員のうち、テニュア・トラック教員の割合について具体的な数値目標を設定(今後5年間の当面の目標として、例えば2割(※8))した上で、設定目標の到達度に応じたインセンティブを付与する方法も有効である。
 なお、テニュア・トラック制がいわゆる「ポスドク問題」と同様の問題を発生させることのないよう、テニュア・トラック教員からテニュア教員となる際の基準を明確化するとともに、その基準に則り資質・能力のあるテニュア・トラック教員がテニュア教員になれるよう、十分なポストを確保する必要がある。また、独立した研究者の立場としてテニュア教員になれるよう、人事体制を整備することが重要である。

(テニュア・トラック制の普及・定着)

 世界的研究教育拠点を目指す大学においては、若手研究者を新規に採用する際、大半のポストをテニュア・トラック教員とするなど、テニュア・トラック制の積極的な導入が期待される。また、既にテニュア・トラック制を導入している部局を有する大学においては、全学的に展開すべきである。
 今後5年間でテニュア・トラック制を普及・定着すべく、国は、テニュア・トラック制の普及を図る大学への支援を一層充実するとともに、制度の運用面における改善にも取り組むべきである。さらに、機関を対象とする競争的資金と連携し、組織に対する競争的・重点的な支援制度の審査において、テニュア・トラック制の導入を審査の一指標とすることも有効である。

2.若手研究者ポストの拡充

 ここ数年、大学教員の年齢構成については、60歳~65歳未満の教員割合が増えているが、30歳~35歳未満の教員割合は減っている。また、大学等の教員の平均年齢は増加傾向にある(図56)。研究においては、競争的・流動的な環境の下で、創造性や柔軟性豊かな若手研究者の活躍を促進することが不可欠であるにもかかわらず、年功主義を残し、能力主義を徹底しないまま安易に再任等を行うことで、若手研究者の登用の機会を奪い、研究現場の活力を失わせているとの指摘がある。
団塊の世代の大量退職により、大学等において教員等は世代交代を迎えつつある。大学等においては、この機に、大学等の目的や特性に応じて、全体の人件費に配慮しつつ、助教や准教授等の若手研究者ポストを増やす必要がある。
 なお、日本の大学を定年退職したのちに海外で研究を続け活躍する例も見られるが、定年後も外部資金の活用により何らかの形で研究を継続できるよう、引き続き日本国内で活躍できる環境も必要である。

(民間企業を参考にした大学等の人事制度改革)

 民間企業においては、研究者を含む従業員に対する人事評価を業績・成果に見合った処遇や報酬に反映すること、能力に応じた業務内容の転換や管理業務、教育指導、研究補助を担う業務・部署への配置転換により処遇を見直すこと、高齢従業員に対して役職定年制の導入や退職・再雇用による人件費抑制を実施することといった人事改革がなされている。また、厳しい競争環境におかれていることから、社会の需要に合わせた大胆な組織改編等に不断の努力を払っている(図57)。
 大学等においても、民間企業を参考にした大胆な人事制度改革が必要である。例えば、人事評価の結果に応じた高齢研究者の給与の削減等により若手研究者ポストを増員することを検討すべきである。
 また、国は、大学等が若手研究者の雇用を促進するよう、若手研究者に対する研究費等の支援方策を検討すべきである。

(基盤的経費及び総人件費等の確実な措置)

 若手研究者等の新規採用数が減ってきた要因として、基盤的経費及び総人件費の削減が挙げられる。大学等が、我が国の国際競争力の維持・強化を担う人材を育成する役割を引き続き担っていくためには、その教育研究を支える安定的な財源が不可欠である。
 しかしながら、運営費交付金の総額は、国の方針により毎年1%の削減を余儀なくされている。また、国立大学法人等及び独立行政法人は、総人件費改革により、平成18年度以降の5年間で、平成17年度における額から5%以上を減少させることを基本として、人件費の削減に取り組まなければならないこととされている。このような背景から、各機関は、教育研究に必要な教職員を確保することなどが困難な状況となっている。国は、歯止めのない一律削減によって大学等を疲弊させるのではなく、基盤的経費を着実に措置し、その上で、極めて優れた教育研究環境やシステム改革を実現する取組に対して厚く支援するなど、インセンティブを与えるべきである。
 大学等における教育研究活動を円滑に実施するためには、欧米諸国に比して脆弱との指摘がある我が国の教育研究支援体制や事務体制を充実する必要があり、国はそのための経費を確実に措置すべきである。

第4章 次世代を担う人材の育成

 次世代を担う我が国の科学技術関係人材の育成方策は、身に付けるべき資質・能力を明確化し、人材育成の大きな方向性に共通認識を醸成していくことが重要である。また、科学技術を基盤とする社会である我が国においては、科学者や技術者等の専門人材だけでなく、様々な産業やサービスに従事する人材の科学技術コミュニケーションを促進し、国民全体の科学リテラシーを向上させることも必要である。このため、高等教育との円滑な接続に配慮しつつ、まず初等中等教育段階において、理数教育を充実させることが不可欠である(図58)。
 文部科学省では、教育課程実施状況調査やOECD生徒の学習到達度調査(PISA)に代表されるような国際学力調査の結果等を踏まえ、学校における理数教育の充実や地域における実験教室等への支援を行ってきている。
 従来、実施してきた事業については、アンケート調査の結果などを見る限り、教育委員会や学校、また児童生徒等からも高い評価を得ているが、今後は、次世代を担う人材を育成するという目的を明確化し、児童生徒等の才能を見出し伸ばすための取組を充実させるとともに、それらの取組を初等中等教育段階から研究者や技術者養成まで一貫したものとするため、才能を引き出してくれるような優れた指導者に接する場の充実、理工系の進路選択や職業選択を促すためのキャリア教育、科学者や研究者としての才能を最大限伸ばしていくための高大接続の改善をあわせて行っていくことが必要である。
 近年、韓国やシンガポール、アメリカなどの諸外国において、資質や能力を有する子どもを見出し伸ばす教育が急激に進められている状況であり、我が国においても、将来の科学技術をリードする人材を育成する観点から施策を充実させることが必要である。

1.才能を見出し伸ばす取組の充実

(1)理数好きな子どもの裾野の拡大

 次代の科学技術を担う人材を育成する上では、理科や数学が好きな子どもの裾野を広げることが重要であり、児童生徒等の理科や数学に対する興味や関心を向上させる施策を引き続き推進していくことが必要であるが、今後は、児童生徒等の才能を見出す工夫を取り入れ、才能を引き出す取組につなげていくことが必要である。
 科学技術関係人材を育成するためには、児童生徒等が身近な場所で観察や実験等の体験的な活動を通じて科学技術に親しみ、課題設定や問題解決といった学びができる環境の整備と、このような取組から児童生徒等の才能を引き出すことが重要である。そのためには、学校での理科や算数・数学等で、より魅力ある授業や適切な指導が行われるよう、優れた教育力を有する教員を養成・確保するための取組を進める必要がある。
 現状では、小学校の教員の約6割が理科を指導するのが苦手という調査もあることから、例えば、大学は、教員養成の段階において、教育委員会等と連携して、観察・実験に係る実習の機会を増やすとともに、科学技術と社会とのつながりに関する講義を充実させるなどの取組を進めるべきである。また、理科専科や小・中学校の連携等を進めることにより、理工系の学生を小学校の教員として活用していくことも進めていくべきである(図59)。
 また、科学館等が実施する長期の研修を小・中学校等の教員が受講すること、高等学校等の教員が自然科学系の大学院等で学び直すことは、指導力の向上とともに、教員のキャリア形成の観点からも有意義であり、教育委員会はその機会をより一層拡大すべきである。
 理科授業における観察・実験活動の充実や教員の資質向上を目的として、平成19年度より実施している理科支援員等配置事業は、大学の研究者や企業の技術者、大学院生などの外部人材を小学校の理科授業において活用し、児童の興味関心の向上や授業の充実に大きな成果をあげており、引き続き、支援を行っていくべきである。また、今後は、理科支援員を経験した大学院生等が教員として活躍することも期待される。
 授業において、最新の科学技術の成果とその社会への貢献の可能性等や発展的な内容が充実されるよう、優れた教材を用意することも重要であり、国は、児童生徒等が科学技術を実感を持って理解することができるような教材や映像コンテンツの開発・普及に対する支援を強化すべきである。

(2)才能を見出し伸ばす取組の充実

 科学技術に才能を有する児童生徒等を見出し、優れた才能を大きく伸ばすためには、その才能を十分に発揮し、他の児童生徒等と切磋琢磨する機会や場が不可欠である(図60)。
 国際的な科学技術関係人材の育成等を目的として、平成14年度から実施しているスーパーサイエンスハイスクールは、高等学校等において教育課程等の研究開発や大学等と連携した課題研究の推進等の先進的な理数教育を実践し、大きな成果をあげている。今後は、卒業生の追跡調査の結果も踏まえ、スーパーサイエンスハイスクールをさらに拡充するとともに、スーパーサイエンスハイスクール指定校がこれまでに培った成果を広く他の学校にも普及することによって、地域全体の理数教育の充実を進めるような取組や、優れた科学技術関係人材を継続的に育成するための仕組みの研究を進めていく必要がある。また、国は、大学進学後も継続的に科学技術関係人材の育成ができるような体制を整えていくべきである。なお、革新的な科学技術関係人材の育成を図る高等学校のような取組も注目される。
 また、国際科学オリンピック等の科学コンテストは、児童生徒等にとって、自らの能力を試し、国際経験を積むことができる良い機会であることから、各実施団体が継続的・安定的に運営していくことが期待される。国は、科学コンテストを社会に定着させていくために、必要な支援を引き続き行うとともに、各実施団体は、積極的な広報活動により児童生徒等の関心を喚起し、参加者数を増加させる取組を進めることが必要である。また、コンテストを通じて見出された児童生徒等の資質や能力をさらに伸ばすため、強化合宿等の取組の充実を図ることが重要である。
 さらに、科学技術系部活動の振興によって、児童生徒等の自由な発想に基づく研究発表の機会が充実するとともに、活動を行う中で、同じ分野で活動している児童生徒等のネットワーク構築や指導に当たる教員の力量も向上すると期待されることから、国は、各学校における科学技術系部活動を支援すべきである(図61)。

2.初等中等教育から研究者・技術者養成まで一貫した取組の推進

(1)優れた指導者に接する場の充実

 科学技術に資質や能力を有する児童生徒等を継続して伸ばすためには、周囲に優れた指導者や科学技術に十分取り組めるような場が不可欠である。このような場として、スーパーサイエンスハイスクールの課題研究や各学校の科学部の活動に対して、研究者や技術者がメンター的な役割で指導助言を行う機会を設け、児童生徒等と研究者や技術者の接点を作ることが重要である(図62、63)。さらに、大学や研究所等において、発展的な学習を継続的に受けることができるような取組を拡大することも有意義である。
 各地域において、科学館等による実験教室や体験活動が行われ、多くの児童生徒等が参加している。国は、これらの活動についても、引き続き支援を行うとともに、参加した児童生徒等が継続的に科学技術に取り組める場や機会を設けるよう各実施団体に働きかけるべきである。
 科学技術コミュニケーターは、科学者や技術者と一般国民の間で、科学技術に関する意思疎通や相互理解の促進等の役割を担う者であり、日本科学未来館等で養成されている。科学技術コミュニケーターが、地域の科学館等で活躍することによって、科学技術を実感させるような実験教室など身近な活動を盛んにすることは非常に重要である。
 このため、科学技術コミュニケーターの養成や活躍に係る取組を進めることにより、研究者や技術者が、児童生徒等やその保護者と自らの研究や最新の科学技術の成果等について議論し、相互に理解を深めるような機会を充実していくべきである。
 ただし、地域によっては、以上のような環境を十分に提供できないことも想定されることから、国は、日本科学未来館を活用し、各地の科学館に対する支援を強化するとともに、それぞれの地域の理数教育に関する拠点を活用した各学校を積極的に支援していく必要がある。
 さらに、初等中等教育の段階から国際社会に触れることが、語学力をはじめ児童生徒等の国際対応能力を向上させるため、国は、国際的に活躍する一流の研究者が高等学校等で生の研究を直に伝える取組や外国人と触れ合うサマーキャンプ等を充実すべきである。

(2)キャリア教育の推進

 科学技術関係人材の育成には、科学技術に対する興味や関心を喚起するための取組だけではなく、科学者や技術者に関するキャリア教育を初等中等教育段階から行っていくことが重要である(図64)。
 企業の技術者や大学の研究者等を理科支援員や特別講師として活用することや、教育委員会等と企業が連携し、工場や研究所等の見学、出前型の授業を行うなどの取組を引き続き実施するとともに、学習内容等の関連を踏まえ、事前の準備や事後のフォローアップを十分に行う必要がある。
 高校生が理工系に進学しない理由として、研究者になるまでのキャリアパスが見通せないことや、相対的に製造業の魅力が乏しいと捉えられていることが指摘されている。このため、大学や産業界が連携し、現役で活躍している研究者・技術者と交流し、親しむ機会を作ることが大切である。また、国は、こうした取組を支援すべきである。

(3)高大接続の改善

 我が国の中高生は、文系・理系の進路を早い時期から意識することが一般的である(図65)。また、文系・理系で履修する科目が絞り込まれることにより、途中で進路の希望が変わっても変更が難しい現状がある。知識や情報の複雑化が進んでいる現代においては、自分の専門分野以外の分野に関心が向いた際に、社会的な障害がなく柔軟に分野を変えることができるシステムを構築することが重要である。
 また、高等学校から大学まで継続して自らの研究課題に取り組むことを可能とすることで科学技術関係人材の育成の実をあげるため、国際科学オリンピック等の結果やスーパーサイエンスハイスクールの成果が大学入試において評価される取組が拡大するよう支援を継続する必要がある。さらに、高校生のうちに大学の自然科学系科目や専門科目を科目等履修生として履修し、当該単位を大学進学時に卒業に必要な単位として認定するといった高大接続の取組をさらに進めるべきである。
 大学入学後、本格的な研究活動に参加するまでには時間がかかるため、学習意欲を持続させるような教育課程の整備も必要である。
 早期の研究室配属やティーチングアシスタントを活用したメンター制度、特別コースの設定等の工夫が考えられ、一部の大学で既に導入されているが、国はこのような取組を広く普及すべきである。

(4)技術者養成のための取組の充実

 科学技術関係人材として社会で活躍する技術者は、ものづくりを通して、我が国の技術に立脚した持続的な発展に、重要な役割を果たしている。近年の急速な技術革新の進展や産業構造の変化に伴い、技術者に求められる能力が高度化、多様化する中、大学や高専等における次代の技術者の養成や社会で活躍する技術者のリカレント教育等の取組は重要である。とりわけ、技術者の養成・能力開発は、産業界が求める人材を輩出する必要があり、産学が一体となった人材養成が課題となっている。

(技術者の活躍促進のための取組の推進)

 我が国の経済的発展を担う製造業等が新興国の追い上げを振り切って成長を続けるためには、異なる技術分野を融合しつつイノベーションを絶え間なく創造することが重要である。技術者は常に最新の技術知識や事例等を幅広く習得していかなければならないが、それは、大学等のカリキュラムや企業内の研修を充実するだけで十分に行えるものではない。このため、国は、インターネットを活用した自習教材やデータベースを開発・提供するなど、ニーズに則して能力や知識を継続的かつ効率的・効果的に向上できる環境を構築し、積極的に利活用を促進すべきである。
 さらに、技術士等の技術者資格制度の普及拡大と活用促進を図るとともに、制度の在り方についても時代の要請に合わせ、検討を行う必要がある。特に、団塊世代の技術者の卓越した技能について、円滑な継承を進めていくべきである。
 また、技術者養成における産学官の連携も重要である。例えば、知的クラスター創成事業や地域再生人材創出拠点の形成など地域におけるイノベーション創造やイノベーション人材養成の取組等において地域の教育機関と地元産業界、地方自治体とが協働して戦略的に次代の地域産業の担い手を養成する取組をより一層充実すべきである。

(技術者養成のための教育の充実)

 イノベーションが科学的な発見から直接生み出されることは稀であり、科学と技術は深く関係しつつも、本質的な違いがある。したがって、技術者養成の観点からは、初等中等教育から科学と技術を区別し、段階的に体系立てて教育する必要がある。具体的には、イノベーション創造の基礎として科学的な素養が不可欠であることから、小学校・中学校では、幅広く理科や数学の基礎をしっかり学ばせた上で、中学校・高等学校では、イノベーターとしての資質が育まれる技術教育も充実することが考えられる。
 高等教育段階においては、技術者教育の質の向上を図り、より実践性を高める観点から、大学と産業界が協力して実践的な技術者教育に関するコアカリキュラムの策定や教材の作成等を行う必要がある。また、教育成果を客観的かつ適正に評価するための基準等を開発するなど、質保証システムの構築を図るべきである。
 さらに、大学と地域の企業等との有機的な連携により、実践的かつ先導的な技術者教育プログラムを開発することを通じて、工学系教育の再構築を図り、産業界に真に必要とされる質の高い実践型技術者を育成していくことも必要である。
 なお、現在、中央教育審議会において、高等教育段階における実践的な職業教育の充実について議論が行われており、こうした議論の中で実践的な技術者の養成についても検討が進められることが期待される。

おわりに

1. 本提言は、知識基盤社会を牽引する科学技術関係人材の育成と、社会の多様な場における活躍の促進という観点から幅広い審議を行い、具体的な方策を取りまとめたものである。

2. 昨今、子どもたちの理数科目に対する意欲・関心が低いことや早期離職する若者が感じている閉塞感などの諸問題がある中で、子どもたちが自らの将来に夢と希望をもてる社会を実現するためには、若者が社会で活躍できる場を可視化し、地道な努力が正当に評価され、報われるシステムを構築することが重要である。健全で活力ある社会は、均等な挑戦機会、公正な競争、公平な評価、そして成功者にふさわしい報酬や失敗者の再挑戦機会が与えられる社会である。
 先行きが不透明な激動の時代において、日本が活力を持ち続け、明るい未来を作っていくためにも、時代を切り拓き、社会をリードする人材の育成が重要である。不況により個々人の能力が落ちるということはなく、経済不況が続いている今こそ、人材育成強化の好機である。

3. 科学技術は、世界共通のダイナミックな活動であり、子どもたちに夢と憧れを、若者に勇気と活力を、そして大人に誇りと自信を与えるものである。科学技術を通じて、グローバルな視点を持ちながら本来あるべき社会を実現し、国民全体が活力を取り戻し、未来に向けて明るく強い日本をつくるべきである。
そのためには、教育界、産業界、国等が総がかりで、連携を深めることが不可欠である。

4. また、教育、研究及び社会貢献の有機的連携の視座のもと、大学等は、教育研究の成果について、社会の多様な場における輩出人材の活躍の状況によっても測られる必要がある。大学等は優れた人材を輩出することを主要な目標とするよう、人材育成の意識を高め、そのための人事システム改革や研究環境整備、教育研究支援体制や事務体制の充実等に努めるべきである。産業界についても、求める人材像を示し、人材育成の実践の場を提供するなどの協力が求められる。

5. 本提言は、平成23年度から実施予定の第4期科学技術基本計画を見据えて行うものである。本委員会としては、本提言が我が国の科学技術政策に反映されるよう、引き続き第4期科学技術基本計画の策定に向けた動向を注視していくこととしたい。
 本提言を審議・検討する中で、社会と技術を俯瞰し、我が国を牽引できる優れた人材を生み出し育てるためには、産学の協働が不可欠であることを改めて強く認識するとともに、これこそ我が国が、世界をリードする科学技術水準を保持し、国民が豊かさを実感できる活力ある社会であり続けるための最善の方策と確信することができた。

6. 科学技術の成果を社会経済的価値に具現化するイノベーションの創造が、日本の国際競争力を左右するものであり、その牽引者である科学技術関係人材の育成、確保は喫緊の課題であるにもかかわらず、少子化・労働力人口減少が急速に進んでいる中で、若者の理工系離れが起きていることの社会経済的問題の重要性が家庭や初等中等教育界も含めて広く一般に意識されているとは言えない状況にある。
 本委員会としては、本提言を契機として、社会の各方面において、知識基盤社会を牽引する科学技術関係人材の育成、確保と社会の多様な場での活躍促進に向け、真剣かつ具体的な議論が行われることを期待している。

※1 大学院教育の実施にあたり、学外における高度な研究水準をもつ国立試験研究所や民間等の研究所施設・設備や人的資源を活用して大学院教育を行う教育研究方法の一つ。
※2 所属する部局と同一学部かつ同一大学院を出ている者の比率。
※3 特定の教育プログラムを援助するために国が大学に一括して支出する資金(ブロック・グラント)のこと。国は、大学からの申請に応じて対象となる大学を考選考し、大学はこの資金を原資として、さらに個別の優秀な学生を選考する。
※4 競争的資金などの外部資金の獲得・管理を中核として、法令遵守や産学連携部門との調整など研究管理全般の業務を行う者をいう。
※5 博士の学位を取得後、任期付で任用される者であり、1.大学等の研究機関で研究業務に従事している者であって、教授・助教授・助手等の職にない者や、2.独立行政法人等の研究機関において研究業務に従事している者のうち、所属する研究グループリーダー・主任研究員等でない者をいう。
※6 終身雇用制が一般的でない米国で発展した人事システム。米国の大学では一般化している。若手研究者が、公正で透明性の高い選抜を経て、数年の任期付き雇用の身分で自立した研究者としての経験を積むことができる仕組み。
※7 うち理・工・農系が約2千人、保健系が約6千人である。なお、保健系については、およそ半数が、大学と医療機関等との間における異動者と推定される。したがって、正味の新規採用教員数は約5千人と考えることができる。
※8 科学研究費補助金採択件数のトップ30に入る大学における自然科学系の採用教員数は年間約2千5百人(平成18年度)である。うち、理・工・農系が約1千人、保健系が約1千5百人であり、保健系の半数を、大学と医療機関等との間における異動者と推定した場合、正味の新規採用教員数は約1千8百人と考えることもできる。そのうち7割をテニュア・トラック教員とすると、約1千3百人規模が必要となる。また、自然科学系のポストドクター等のうち、転職・転出者の人数は約4千5百人(平成18年度)であり、その3割がテニュア・トラック教員となる機会を得るには、同様に約1千3百人規模が必要となる。
 なお、米国では、アシスタント・プロフェッサーの約7割がテニュア・トラック教員である。

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