第1章 社会の多様な場で活躍する人材の養成方策
(検討のポイント)
◆ 知識基盤社会が進展する中で、イノベーションを絶え間なく創出できる人材の養成が求められており、専門性の高い研究活動に従事してきた博士課程修了者が、大学や研究機関だけでなく企業等も含めた社会の多様な場で活躍することが期待されている。
しかし、日米における博士号取得者の雇用部門別分布をみると、我が国では、民間企業で活躍する博士号取得者は依然として少ない。
その背景として、大学が養成する人材と産業界が必要とする人材との間に生じている質的・量的なミスマッチ、教員等の人材養成に対する意識の希薄さ及び若年者の理工系離れなどが考えられる。
◆ 大学が優秀な博士課程修了者を輩出することによって、企業が博士課程修了者の採用を増加させ、その結果、優秀な人材が博士課程に進学するという、人材養成の好循環をつくるためには、大学において教育と研究を充実させ、その成果を社会に還元するというメカニズムが不可欠である。そのため、アカデミア以外でも活躍できる人材養成のためのカリキュラムや教育指導体制の導入など、恒常的な教育研究機能そのものを強化することが重要となる。
科学技術関係人材の養成については、これまで、新たに科学的な知を創造する人材を養成することを主な目的として各種施策を推進してきた。一方で、知の創造により生み出された基礎研究の成果を社会に役立つかたちにつなげる人材を養成する意識は希薄であったと考えられる。
◆ このような課題を踏まえ、優秀な理工系人材の質と量を適正に確保し、社会的好循環を構築するための具体策、社会の多様な場で活躍する人材を養成するための具体策などについて、アカデミアだけでなく社会全体を視野に入れて検討した。
第1節 産学をつなぐ人材の養成・活躍促進方策
(論点)
(1)大学が養成する人材と産業界が求める人材との間にある質的・量的ミスマッチを解消するための方策について。
(2)学生及び大学教員等、アカデミアと産業界との連携を強化するための方策について。
(3)産業界が博士課程修了者を活用するための方策について。
(1)質的・量的ミスマッチの解消
<検討の視点>
- 大学における若手研究者ポストの不足に伴うアカデミアへの就職難、民間企業における博士課程修了者の採用の伸び悩みなどにより、修士課程から博士課程へ進学する魅力が無くなりつつある。
- 民間企業は、複数の分野にまたがる専門知識を持つ人材やプロジェクトチームを率いることのできる人材などを求めており、必ずしも博士号の取得が採用の必要条件ではないとの指摘もある。
- 博士課程学生及び博士課程修了者には、キャリアの志向、潜在的な能力、意欲などの観点からみて、多様な人材が存在するため、それぞれに応じた施策が必要である。
<解決に向けた提言>
- 大学院のカリキュラムや定員については、必ずしも産業界のニーズに全てを合わせる必要はないが、大学は、産業構造や我が国の科学技術政策の方向性及び学生の出口等を勘案しながら、柔軟かつ機動的に専攻等の改組や定員等の量的構成の見直しを行うことが望ましい。
- 大学が養成する博士課程修了者と産業界等が必要とする人材との間にある質的・量的なミスマッチの解消には、産業界等が必要とする「博士像」についての明確なメッセージを示すことが不可欠であり、多様な場で活躍できる人材になるにはどのような能力を身につけることが必要であるかを、産学官の協力の下に考えていくべきである。
- 我が国の産業界での受け皿が少ない分野(例えば、ライフサイエンス分野)については、海外で活躍できる人材の養成や自ら起業できる人材の養成などの特別な取組が必要であり、そのため、大学や研究機関は、社会から求められる資質・能力を把握し、効果的な教育研究を行うことが望ましい。
(2)人材養成のためのアカデミアと産業界との連携強化
<検討の視点>
- 産業界は、博士課程修了者に対し、企業とアカデミアとをつなぐ役割を期待している。
- 大学が産業界と連携して、産業界が求めている人材像を学生に情報提供することにより、学生の自己啓発を促し、学生自らが産業界が期待する人材像の把握に努めることは重要である。
- 新たな領域に挑戦するための再教育・再学習の場としての大学を企業は積極的に活用するべきである。また、大学が企業と連携する場合には、日本の企業だけではなく海外の企業も連携先として視野に入れるべきである。
- 学生及び博士課程修了者を指導すべき立場にある大学教員自身が、企業等についての情報や社会経験を持っていないために、多様な場で活躍できる人材を養成するための取組、例えば、教育研究指導、情報提供等が十分にできていない。教員の意識改革を図るためにも、企業を知る機会を教員に与える必要がある。
- 大学院の博士課程段階においては、問題を発見できる能力と課題に直面した時の対応能力の両方の涵養を図ることが重要であり、そのためには企業等へのインターンシップの機会の提供が効果的である。また、効果的なインターンシップを実施するためには、インターンシップの意義等を学ぶ事前事後の教育も必要である。
<解決に向けた提言>
- 大学や産業界は、インターンシップの積極的な取組、定期的なジョブカフェなどの開催、大学における就職情報窓口の一本化などを通じて、学生及び博士課程修了者に対し、産業界への就職機会や情報を恒常的に提供する。
- 産学間の人事交流においては、双方向型の産学連携を目指すべきである。産から学への働きかけとしては、大学は、社会の多様な場で活躍している人材を教育の現場に受け入れるなど、教育に社会の視点を取り入れることが望ましい。一方、学から産への働きかけとしては、大学教員が、企業への異動、企業インターンシップへの参加及び産学が協同して実施する研究・開発プロジェクトへの参画などを通じて、産業界のニーズに直に触れるとともに、大学が企業技術者向けに体系的な基礎研修・理論研修を実施することが望ましい。
- 大学は、産業界と協働して企業で活躍できる優秀な人材を養成するなど、真に産業界のニーズを踏まえ、明確に出口を見据えた博士課程のカリキュラムの開発に向け、例えば、以下の取組を実施することが望ましい。
−産業界と連携し、積極的に連携講座、連携大学院を実施する。産業界の研究者や研究チームを招へいし、そこに大学院学生が参加することにより、新しい研究テーマへの取組や新しい研究マネジメントを経験しつつ、学位(修士号、博士号)を取得する。
−社会のニーズにあった技術開発やシステム開発に関するカリキュラムを取り入れる。例えば、大学発ベンチャー企業等と連携して新たなカリキュラムを構築する。
(3)産業界における博士課程修了者の活用
<検討の視点>
- 企業の採用活動において、学生の資質・能力をより重視する採用方法が必要である。
- 産業界が博士課程修了者を積極的に受け入れる意欲が低い状況は、博士課程学生及び博士課程修了者にとって、就職活動を躊躇する原因になっていると考えられる。
- 博士課程修了者の採用実績は大企業に集中している傾向にあるが、最先端の研究を行っている中小・ベンチャー企業においても相応の需要がある可能性がある。
<解決に向けた提言>
- 大学教員の意識改革や大学教育の改革だけでなく、企業の意識改革も必要であり、産業界は、優秀な博士課程修了者を選抜し採用する体制を整備することが望ましい。また、博士課程修了者を採用したことがない企業については、博士課程修了者の資質・能力を重視した選抜を行い、まず1人でも採用してみることが望ましい。
- 学生及び博士課程修了者は、就職先については、日本だけにとどまらず、世界各国を想定すべきである。
第2節 教員等の意識改革のための取組
(論点)
○社会が求める人材を養成するため、人材養成に携わる教員や研究者の意識改革を促進する方策について。
<検討の視点>
- 教員の意識改革や人事制度改革は、効果が明確に現れるまでに時間がかかる困難な課題であるものの、時代の変化に応じて若手研究者を養成するためには避けて通ることができない課題である。現在、教員の採用・昇任のための人事評価については、研究成果が第一義的な指標になっているが、研究成果至上主義では教員の意識改革は困難といえる。教育、人材養成、社会貢献等も評価するなど、大学の執行部自らが意識を改革し、トップダウンで主体的かつ継続的に取り組むよう促していくことが必要である。
- 現状として、指導教員側に、博士課程学生及び博士課程修了者は研究の推進に必要な戦力であるとの認識があり、このままではアカデミア以外で活躍する人材を養成するインセンティブが働かない。これまで自ら改革に取り組んでいない教員に働きかけるための何らかのインセンティブが必要である。
<解決に向けた提言>
- 国は、教員や研究者の意識改革に係る取組を支援するとともに、大学や研究機関のモデルとなる優れた取組を収集し、他機関への展開を図るなど、側面的な支援を行うことを検討する。
- 大学や研究機関は、ポストドクターを任期付きで雇用する場合、当該研究者がキャリア開発研修や就職活動に一定期間割くことを、指導教員等が容認するよう、義務付けることが望ましい。
- 大学や研究機関は、指導教員等にインセンティブを与えるため、人材養成の観点を機関における指導教員等の評価指標の一つと位置付け、その結果を研究費や処遇等に反映させるシステムを構築することが望ましい。
- 大学や研究機関は、メンター制度の創設や指導教員等を対象とした研修の実施などにより、学生及び博士課程修了者の人材養成について、指導教員等の意識を高める。
- 指導教員等は、ポストドクターは研究支援者ではないことを認識し、また、博士課程学生についても後継者を育てることを唯一の目的にするのではなく、社会の多様な場で活躍できる人材を育てる必要があることを常に念頭に置き、学生及びポストドクターが社会と接する機会を十分確保する。
第3節 理工系人材のキャリアパスの充実
(論点)
(1)大学を学生にとって魅力あるものにし、理工系人材のキャリアパスを充実させるための、特に大学院における教育研究の質の向上について。
(2)優秀な学生が博士課程に進学するインセンティブを高めるための方策について。
(3)理工系人材のキャリアパスの一つであるポストドクターの在り方、支援方策について。
(1)大学院等における教育研究の質の向上
<検討の視点>
- 大学院教育を抜本的に改め、学位段階に応じた資質・能力等を身につけさせるため、修士課程、博士課程のカリキュラムについては、身につけるべき標準的な能力・資質を検討し社会に提示することが必要である。
- 学術研究のグローバル化が進むなか、高等教育の現場においても、特に博士課程段階では外国語での講義を実施するなど世界標準に合わせた教育が必要である。
- 分野の融合や新しい分野の創出には、専門分野を深く研究するだけではなく、幅広く周辺分野の知識も持つことが重要であり、学部段階においては教養教育も重視する必要がある。
- 大学がカリキュラムを検討する際には、産業界の意見を聞くことも重要である。
- 多様化、複雑化した知識基盤社会を支える人材として、研究者のみならず技術者の養成・確保は重要な課題である。
- 学生自身が自らの専門分野だけではなく、関連分野に関心を持つことが重要であり、自らが他分野の人材と交流する意識を養成する仕組みづくりが必要である。
<解決に向けた提言>
- 大学は、博士課程修了時点での質の保証を行うため、大学院におけるコースワークを重視し、博士課程修了者が社会の多様な場で活躍するために必要な大学院教育の実質化を徹底する。
- 大学は、大学院において技術者コース(産業界)と研究者コース(アカデミア)という2つのコースを複線的に学ぶカリキュラム(複線型カリキュラム)を開発することが望ましい。技術者コースでは、技術経営的な教育なども行い、効果を高めるため、両コースの協働の場を設ける。
- 大学は、大学院のカリキュラムの中に、複数の専門分野が融合するよう、例えば、短期集中型の合宿形式で、異分野、異文化(国際)の学生を集め、チームで課題に取り組むようなプログラムを導入することが望ましい。
- 産業界は、博士課程で養成されることが期待される資質・能力、すなわち「産業界における博士像」を具体的な形で明確化し、大学や学生に情報を発信する。また、産業界のニーズを踏まえた教育カリキュラムの作成に積極的に参画し、産業界としても大学が輩出する人材を活用することついて責任を持つことが望ましい。
(2)博士課程に進学するインセンティブ
<検討の視点>
- 経済的支援については、博士課程学生の位置付けが、欧米と異なるという、システム上の問題がある。欧米では研究に従事する場合、「博士の研究者」と位置付けられ、学生に責任を与えたうえで、その対価として給与を払っているが、日本ではあくまで「博士の学生」という位置付けである。
- 修士課程を修了した学生は経済的に非常に厳しい状況であり、特に博士課程進学者への経済的な支援は不可欠であることから、学生への経済的支援の財源確保のため、公的資金を確保するとともに、寄付募集活動の活発化及び戦略的な資産運用などの各大学の自助努力を促すことが必要である。
- 大学だけでなく、研究機関や産業界における研究者・技術者についても女性の活躍の場が少ない。多様な研究人材を確保する観点からも、女性の研究者・技術者を増やすための取組が必要である。
- アカデミア以外を志向する優秀な人材も博士課程への進学を視野に入れるような、大きなインセンティブが必要である。
<解決に向けた提言>
- 欧米においては、博士課程学生に対して、労働(研究)の対価として給与を払うことについての意識が高いことを踏まえ、我が国も同様の意識を醸成するべきである。
- すでに一部の大学では取組が進められているが、大学が博士課程学生に対するフェローシップ等の無償の支援制度を創設し、博士課程学生が生活費相当程度の経済的支援を受けることができるようにすることが望ましい。
- 各企業においては、財団法人の設立等を通じた奨学金の給付や、大学への寄付金等を活かした奨学金制度の付与など、様々な取組が行われているが、こうした事例がより拡充されることが望ましい。
- 大学や研究機関、企業においては、女性研究者の割合の向上等について数値目標の設定等具体的な計画を示し、例えば、女性研究者が一人もいない部局等において、まず一名採用するなど、啓発活動などを通じて組織内の意識を変えることが望ましい。
- 女子学生が、研究者・技術者としてのキャリアパスのイメージを持てるよう、大学や産業界が連携し、活躍している女性研究者・技術者と交流する機会を作ることが大切。女性が活躍できる環境が整備されている企業の好事例を示すことも有益である。
(3)ポストドクターについて
<検討の視点>
- 我が国におけるポストドクター等の人数は約16,000人であり、その経歴や目指しているキャリアパスは非常に多様である。
- ポストドクターの専門分野構成と産業構造分野との間でミスマッチが生じているが、今後は、研究資金の分野配分を考える際、このミスマッチの解消を踏まえた検討をする必要がある。
- ポストドクターとして雇用して活発な研究活動を展開している大学や研究機関は、ポストドクターの労働条件等の整備について、組織として主体的かつ積極的に取り組むべきである。また、他機関と連携することにより、優れた取組の共有化を図ることも必要である。
- いわゆるポスドク問題は、博士課程学生及び博士課程修了者自身が、アカデミック指向が強いことが原因の一つであり、博士課程学生等の意識改革や大学院教育の改革が必要である。
<解決に向けた提言>
- 政府、大学及び研究資金配分機関等は、お互いに協力し、研究指導者の下で研究を行うポストドクターについては、独立して研究できる能力の向上を図るため、研究指導者が明確な責任を負うことを明確にした上で、能力に応じた処遇を行うなど、ポストドクターを任期付で雇用する際の労働条件や養成の在り方等を示したガイドライン(以下、「ポストドクター雇用等ガイドライン」という。)を策定し、ポストドクターのキャリア開発を組織的・体系的に支援することが望ましい。
- 大学や研究機関においては、「ポストドクター雇用等ガイドライン」の内容を踏まえた機関としての方針を策定した上で、ポストドクターを雇用するとともに、雇用期間中にキャリア開発のためのトレーニング機会の提供やキャリア支援を実施するなど、研修等による養成を実施する。
- 大学や研究機関は、ポストドクターとして雇用する場合は、雇用保険の事業者負担を徹底するなど、その処遇に十分留意する。また、任期終了後のキャリアパスを確保するための支援を行うことが望ましい。
- 国は、「ポストドクター雇用等ガイドライン」の普及のための支援を行い、各機関の優れた取組状況を公表する。