前章の観測研究計画の長期的な方針に従い、これまでの計画のように地震や火山噴火予知の実現により災害軽減に貢献するという方針から、次のように方針を転換する。すなわち、地震発生・火山噴火の予測を目指す研究を継続しつつも、計画の目標を広げ、地震・火山噴火による災害誘因の予測の研究も組織的・体系的に進め、国民の生命と暮らしを守る災害科学の一部として計画を推進する。つまり、地震や火山現象の理解にとどまらず、地震や火山噴火が引き起こす災害を知り、研究成果を地震、津波及び火山噴火による災害の軽減につなげる。そのため、地震学や火山学を中核とし、災害や防災に関連する理学、工学、人文・社会科学などの分野の研究者が参加し、協働して計画を推進する。このような方向転換の最初の5か年として、計画を策定する。
本計画では、地震・火山災害の根本原因から発災までを視野に捉え、以下の研究を連携させて計画を進める。すなわち、地震と火山噴火の仕組みを自然科学的に理解する研究、発災の原因である地震発生や火山噴火を科学的理解に基づき予測する手法の研究、地震動や津波、降灰、火砕流や溶岩噴出などの自然現象を事前に評価するとともに、それらの原因となる地震や火山噴火発生直後に即時的に予測する手法開発や災害情報の高度化に関する研究である。これらの観測研究を進め、その成果が防災・減災に効果的に利活用されるためには、長期的な取組が必要であり、そのために本計画の推進体制を整備する。
以上の方針に基づき、以下の項目に分けて、計画を推進する。
地震・火山噴火現象を科学的に解明することは、それらの発生予測やそれに伴って生じる地震動、津波、火山灰、マグマの噴出などによる災害に備えるための基本として重要である。近代的観測データだけでなく史料、考古データ、地形・地質データ等も活用して、また、特に低頻度で大規模な現象に注目して、過去の地震や火山噴火の理解を進める「地震・火山現象に関する史料、考古データ、地質データ等の収集と整理」、「低頻度大規模地震・火山現象の解明」を行う。また、多項目の観測に基づき地震・火山噴火の発生場の理解を進め、地震・火山現象の物理・化学過程の理解に基づくモデルを構築するため、「地震・火山噴火の発生場の解明」、「地震現象のモデル化」、「火山現象のモデル化」を行う。
地震・火山現象とそれに伴う災害を長い時間スケールにわたって正確に把握するために、史料の解読・解釈、考古データの集約・分析、地質調査データ等の調査・分析を行う。近代的な観測データや現在の地震・火山噴火に関する資料と対比・統合することを考慮して、データベース化を進める。
低頻度で大規模な地震・火山現象の発生過程や、それによる強震動、津波、噴火現象を理解するために、現在の地震学や火山学の知見と対比しながら、近代的観測データの解析や史料、考古データ、地形・地質データの解読・分析を進める。海外の事象も対象として事例を増やすとともに、最新のデータが得られている平成23年東北地方太平洋沖地震及びその津波の発生機構や余震・余効変動、近い将来発生が懸念される南海トラフでの巨大地震の予測及び災害軽減に資する研究を実施する。
過去の大地震の震源断層周辺の構造、マグマ溜まりや火道などの構造や物質科学的特性、震源域や火山周辺の応力・ひずみの時空間分布を明らかにし、地震発生や火山噴火現象のモデル化の研究を進めるため、地震・地殻変動観測や電磁気探査などを実施する。これにより、地震と火山の相互作用や、平成23年東北地方太平洋沖地震及びその余効変動による大きな応力場の擾(じょう)乱が、地震活動や火山活動に及ぼす影響を調べる。
地震発生予測のためのシミュレーションや高精度の地震動・津波のシミュレーションを効率的に行い、地震発生機構の定量的な理解や、プレート境界での多様な滑りを再現するためには、プレート境界面深度や地震波速度などの構造モデル、地殻やマントルの変形特性やプレート境界面の摩擦特性の推定が必要である。このため、これまでに得られたデータや、新たな観測データを取得して、多くの研究で共通に利用可能な日本列島域の標準構造モデルを構築する。さらに、摩擦構成則や複雑な破壊現象を考慮した現実をより良く説明できる断層物理モデルを構築する。
大規模な災害を引き起こす可能性があるマグマ噴火と、噴火としての規模は小さいが突然発生するために発災の危険性が高い水蒸気爆発や火山ガス噴出の発生を予測するため、多項目の観測データや火山噴出物の解析から、先行現象やそれに続く様々な火山現象を捉え、それらの諸現象の発生機構や、それぞれの現象の相関・因果関係を明らかにする。その際、火山の性質や噴火様式に着目し、火山ごとの噴火活動の類似・相違点を比較検討する。さらに、マグマの挙動についての理論的及び実験的研究の成果を取り入れて、観測された火山現象の物理・化学過程を明らかにし、そのモデル化を進める。
科学的理解に基づいた地震や火山噴火の予測を目指した研究を実施する。長期的な地震の防災・減災計画の基礎となる地震の規模や頻度の予測の高度化を目指した「地震発生長期評価手法の高度化」、観測データと物理・統計モデルに基づくプレート境界の地震発生や地殻活動の定量的理解と予測を試みる「モニタリングによる地震活動予測」、さらに、地震に先行すると報告されている現象の統計学的検証と発現過程理解に基づき地震発生の短期予測を目指す「先行現象に基づく地震活動予測」の研究を行う。また、可能性のある噴火現象の推移を俯瞰(ふかん)的視点でまとめるとともに、火山活動の事象分岐の論理を取り込み、噴火の発生、規模、様式、及び推移の予測を目指して「事象系統樹の高度化による火山噴火予測」の研究を行う。
地震発生の長期評価は、計画的に地震災害に備えるのに有用であり、その信頼性や精度の向上は重要である。史料、考古データ、地質データなどに基づき推定された長期間の地震の繰り返し特性を理解し、さらに、近年の観測データや高性能計算機による数値シミュレーションなどを利用する手法を開発して、地震発生の長期評価手法の高度化を行う。
観測網の充実により地殻活動の詳細を正確に把握することが可能になってきた。地殻活動予測を行うために、地震・火山噴火の発生場についての研究成果や、地震現象のモデル化の研究で開発された物理モデルに基づき、高性能計算機などにより数値シミュレーションを実施し、観測データと比較する。これにより、地殻内の状態を定量的に推定し、地殻活動予測を試みる。また、様々な地震発生予測モデルを用いて地震活動の予測を行い、その予測の性能を評価する。
地震発生に先行して発現する事象(地震の先行現象)が観測できれば、それを利用して地震の短期予測をすることは可能になるであろう。これまで地震の先行現象を観測したとの報告は多いが、内容は非常に多様であり、それらの系統性は必ずしも明瞭ではない。先行現象の捕捉を目指した観測を行い、これまでに得られているデータも含めて、観測された現象と地震の関係を統計的に評価する。様々な観測された現象と地震発生との関係について統計的な有意性を確かめつつ、その物理学的根拠を研究する。
近い将来に火山災害が懸念される火山について、火山活動の推移を俯瞰的に理解してその予測を目指すために、史料、考古データ、地質調査、火山噴出物の解析、地球物理観測の研究成果を多角的に取り入れ、可能性のある火山活動や噴火現象を網羅してその時系列を整理した噴火事象系統樹を作成する。また、火山活動の活発化や噴火の発生、噴火発生後の噴火規模や様式の急激な変化の予測を行うため、これまでの火山学的知見や本計画の成果を基に、観測データの特徴、火山噴出物の解析などから、事象分岐の条件や論理を導き出す。これにより、火山噴火の予測を目指す。
東日本大震災以降、社会の要請に応えた地震・火山噴火に関する研究の推進が強く望まれている。災害とは、地震・火山噴火という自然現象(根本的原因)が引き起こす地震動や津波、火山灰や溶岩の噴出などの「災害誘因」が、自然・社会の脆(ぜい)弱性である「災害素因」に働きかけ、その作用・影響が顕在化して被害が発生することである。地震・火山噴火研究の成果を効果的に社会還元するためには、理学、工学、人文・社会科学などの複合領域の専門知を有機的につなげ、地形・地盤・海岸線の形状などの自然素因や人口、社会基盤、経済などの社会素因への影響・被害という視点から、災害誘因の研究を推進する必要がある。このため、地震や火山噴火の発生から災害に至るまでの過程を史料や調査・観測記録から解明する「地震・火山噴火の災害事例の研究」、災害誘因が自然や社会の脆弱性などの災害素因に与える作用力とその波及効果を明らかにする「地震・火山噴火の災害発生機構の解明」、災害誘因の発生可能性を事前に評価する手法の高精度化を目指す「地震・火山噴火の災害誘因の事前評価手法の高度化」、災害誘因を地震・火山噴火発生直後に即時的に予測する「地震・火山噴火の災害誘因の即時予測手法の高度化」、さらに、「地震・火山噴火の災害軽減のための情報の高度化」の研究を行う。
強震動、津波、火山灰や溶岩の噴出などの災害誘因が、地形・地盤など災害の自然素因と建造物などの脆弱性などの社会素因とどう結び付いて災害を出現させたかを、近代的な観測や調査データ、近代的観測開始以前の史料を含めて、長期的視点から明らかにする。近代的な観測・調査データや史料に基づき、地震・火山災害の特性を社会環境の時代的変化に留意して理解する。さらに、国内外の事例研究により社会の地域的特性と地震・火山災害との関係を明らかにする。
地震発生・火山噴火によって生じる災害誘因が、社会の損傷・破壊などに与える影響、被害拡大や社会混乱の波及効果を理解し、災害発生機構の解明を進める。社会の地震・火山災害への脆弱性は、災害誘因、例えば、揺れの強さなどによって異なることに留意する。さらに、二次災害の抑止、被害の軽減化、社会混乱の防止などの防災・減災に資するための誘因研究の新たなモデルを総合的かつ学際的に構築する。特に、社会的影響の大きな首都圏などの大都市圏で想定される地震災害に関する研究を、重点的に推し進める。
地震・火山噴火による災害対策に資するため、地震や火山噴火に伴う地震動、津波、地滑り、山体崩壊などを、地震や火山噴火前に高精度に評価する手法を開発する。そのために、本計画で得られる地震発生や火山噴火の理解や、構造モデルなどの最新の研究成果を利用して、災害の予知に資する研究を行う。
地震・火山噴火に伴う地震動や津波、火山灰や溶岩の噴出などの災害誘因を、地震・火山噴火発生直後に高精度かつ即時的に予測するために、各種観測データの利用法や解析手法を開発し、高度化する研究を進める。
地震・火山噴火の予測に関する情報は、観測データに基づく決定論的あるいは確度の高い情報、長期的な活動履歴に基づき確率を算出した予測情報、データの総合的判断に基づく定性的な情報など、その性質は多様である。特に、決定論的あるいは確度の高い予測情報を発信することは難しい場合が多い。このような不確実な予測情報を災害軽減のために有効に役立てるための方法を検討する。また、地震発生・火山噴火に関わる平常時の「災害啓発情報」、発災直前の「災害予測情報」、発災直後の「災害情報」、復旧・復興期の「災害関連情報」の内容や発表方法についても、災害素因の影響も考慮したリスク・コミュニケーションの方法論などに基づいて探求し、災害情報の高度化を進める。
観測研究の成果が防災・減災に効果的に役立つためには、行政機関等の関連機関との連携の下に、適切な計画推進体制を整備する必要がある。さらに、長い時間スケールをもつ地震・火山現象の理解とその予測には、その基盤となる観測網の維持・拡充を進めるとともに、データの継続的取得と膨大なデータの効率的利用が重要である。発生すると甚大な被害をもたらす低頻度で大規模な地震・火山現象の理解を深め、それによる災害を軽減するためには、防災研究に関連する工学や人文・社会科学の研究分野との連携を強化し、総合的かつ学際的に研究を進める必要がある。また、長い時間間隔で発生する地震・火山研究の推進や研究成果が適切に利活用されるためには、長期的視点に立って継続的に人材を育成する必要がある。さらに、観測事例を増やすために国際的な共同研究を推進するとともに、国際交流を進め、各国の防災研究を学ぶことも必要である。
国民の生命と暮らしを守る実用科学としての地震・火山研究を実施し、成果が防災・減災に効果的に役立てられる計画として推進する体制を作る。このために、社会の中の科学としての観点から、本計画が地震・火山防災行政、自然災害研究の中でどのように貢献するべきかを十分に踏まえた上で実施計画を立案し、推進する。特に、地震調査研究推進本部(以下、地震本部)との一層の連携を図る。さらに、計画の進捗状況を把握し、計画の達成度を計画立案の趣旨に沿って評価し、計画実施に関する問題点と今後の課題の整理を行い、次の実施計画に反映させる体制を整備する。このために、各機関の実施計画に関する情報交換及び協力・連携方策の検討を行い、成果が効果的に利活用される仕組みを構築する。
防災情報の発表や、地震や火山活動の評価、防災・減災の基盤となる地震・火山研究に必要な観測データを取得するため、行政機関、研究開発法人や全国の大学が協力して、日本全土の陸域に展開されている地震や地殻変動などの観測基盤を維持・拡充するとともに、近年新たに設置が進められている海域や火口近傍における観測体制を強化する。これらの観測網で取得される大量の地震・火山観測データを効率的に流通するためのシステムを維持・拡充する。本計画で得られる観測データ・調査資料などの基礎的資料や研究成果である構造モデル、解析結果やソフトウエアなどをデータベース化し、これらを研究者間で共有する仕組みを構築する。さらに、地震や火山噴火時に全国の研究者が連携して効率的に臨時観測を行うための体制を整える。新たな観測技術の開発や、地殻活動モニタリングなどの技術の高度化を行い、計画を推進する。
本計画が災害科学の一部として機能すべきであるという観点から、理学だけではなく工学、人文・社会科学などの関連研究分野との連携を図る。近代的な観測の行われた期間は、地震や火山噴火現象の推移を理解して予測するには短すぎることから、過去の事例を調査する歴史災害研究を行うことが不可欠であり、歴史学や考古学との連携は重要である。また、成果が効果的に防災・減災に役立てられるようにするには、防災研究分野との連携も必要である。これらの観点から、地震・火山災害の軽減という課題を解決するための総合的かつ学際的研究を推進する体制を構築する。
地震・火山噴火の発生予測の方法の構築とその検証には、世代を超えた継続的な観測研究の推進とそれを支える人材育成が不可欠である。また、物理学、化学のような基礎的な学術分野だけでなく、地質学、地形学、歴史学などのフィールド調査が重要な分野や数値計算技術、観測技術開発などの科学技術まで幅広い知識が必要であり、若手研究者の育成は極めて重要である。さらに、地震科学や火山科学の基礎知識を習得したものが防災・科学技術に関わる行政、企業、教育機関に携わることも重要である。このような観点から、複数の教育・行政機関が連携し、観測研究を生かした教育活動を継続して、若手研究者・技術者、防災業務、防災対応に携わる人材の育成を行う。
関連機関が協力して、災害の根本原因である地震や火山噴火に関する研究成果を社会に分かりやすく伝えるための取組を強化し、社会との共通理解の醸成をはかる。なお、その基礎として学校教育、社会教育などで、体系的で創造的な防災教育を行う取組を強化する必要がある。また、地震や火山噴火に関して社会に発信する災害情報の在り方についても広い視点で検討する。
大規模な地震・津波、火山災害は、世界各地で発生することから、国際的な防災・研究機関と連携を強める。特に、低頻度の災害の研究を推進するためには、日本だけでなく海外の他の地域の事例も研究する必要があることから、国際的な共同研究を行う体制を整備する。さらに、災害科学の先進国である我が国の責務として、開発途上国における地震・火山災害の防止・軽減に貢献する体制の維持・整備を行う。
科学技術・学術政策局政策課
-- 登録:平成26年05月 --