1.国際情勢の変化

(1)「知」をめぐる世界大競争の時代

 「知の時代」といわれる21世紀は厳しい国際競争の時代でもある。情報通信産業やバイオ産業の興隆の例に見られるように、先端科学技術の成果に立脚した新産業が経済成長と雇用創出の鍵として重視され、経済社会における科学技術・学術の位置付けはこれまでになく重くなっている。冷戦終結後のグローバル化した経済競争を有利に導くため、世界各国や地域は科学技術・学術の成果を「知的財産」として重視するとともに、これに基づいて革新的な技術や新産業が次々と生まれるシステムの構築を競っている。例えば米国では、一連の産学官連携推進施策と連邦政府からの潤沢な研究資金の重点的投資を通じ、大学を中心とした先端分野の研究の促進と人材の育成、これら人材を通じた研究成果の事業化が効率的に進んだといわれている。EUにおいては、欧州研究圏(ERA)の構築を目指し、研究者の域内流動性の向上による「Network of Excellence」の展開と2010年までに民間を含めた研究開発投資を対GDP比3%とすることを目標とする取組みを進めている。我が国においても科学技術基本法と、これに基づき策定された科学技術基本計画の下、科学技術創造立国の実現に向けた取組みが進められている。
 一方、グローバル化とともに人材の流動性が高まり、国境を越えた活動が進展している。このため、科学技術・学術を担う人材の養成と確保は先進諸国をはじめとする各国の共通の課題となっている。米国では、在住する博士号保持者の約3割(平成16年科学技術指標)にものぼる海外からの優秀な人材が前述の発展を下支えし、人材に関する米国への「一極集中」の常態化が進んだ。これに対応するため、EUでは域外から域内への研究者の呼び戻しとともに研究者の域内での移動、活用の促進に、また、中国でも海外に在住している研究者の帰還促進に取り組んでいる(海亀政策)。さらに、これまで世界各国から人材を集めてきた米国においても、海外の人材に依存している現状に大きな危機感を抱き、自国の人材の強化に向けた取組みを進めつつある。我が国においても優秀な研究者・技術者の海外流出が懸念されはじめている。このような世界規模の研究人材の獲得競争といった動きを背景に、経済協力開発機構(OECD)の科学技術政策委員会においては頭脳流出等について各国から問題意識が示されている。

(2)世界共通の課題の増加

 「知」をめぐる各国・地域の競争が激化する一方で、国際社会の持続的発展に向けた基盤を確立するためには、人類が協力して取り組まなければならない新たな課題も増加している。現在60億人といわれる世界の人口は、2050年には93億人(国連世界人口予測中位推計値(2000年改訂))に急増すると見積もられており、これに伴う水、食糧、資源エネルギーの不足、地球温暖化、自然災害、生物多様性の保全などの地球規模問題の一層の顕在化や、南北格差の拡大が予想される。グローバル化の進展は、特に経済面を中心に各国の結びつきを深めてきたが、その一方で国際テロ事件などを契機としたセキュリティの確保の問題、SARS(サーズ)や鳥インフルエンザをはじめとする新興・再興感染症への対応など、安心して暮らせる安全な社会の確立に向けた課題も生じている。2004年12月に発生したスマトラ島沖大規模地震及びこれに伴う津波は、アジアの広範な地域に甚大な被害を及ぼし、この地域の防災体制のぜい弱性を再認識させるとともに、防災等の分野において緊急援助的対応や、長期的な視点に立った協力を必要としており、国際社会が協力して取り組むべき典型的な事例といえる。

(3)科学技術・学術の進展による国際活動の要請

 (1)、(2)では、グローバル化の進展と人類が協力して取り組むべき課題の顕在化について述べたが、科学技術・学術の振興には国際展開が本質的に不可欠であることも意識する必要がある。すなわち、研究により生み出された「知」は国境を越えて伝播、集積され、人類が積み重ねてきた「知」をさらに発展させることで科学技術・学術は発展を遂げてきたのである。
 とりわけ、近年、基礎研究の大規模化と研究開発コスト負担の増大から巨額の経費、多数の研究者を国際的に分担して投入する必要のある先端科学技術・学術分野が増加してきたことなどから、科学技術・学術分野における国際活動が一層求められている。また、情報通信技術の発達とIT環境の整備が、国際分担研究を容易かつ効果的にしている事例も増えている。

(4)地域連合の発展とアジアの台頭

 グローバル化の進展とともに国際社会では地域連合も発展しつつある。欧州では2004年5月に中東欧等10カ国を加えた拡大EUが誕生し、25カ国に及ぶ単一市場が出現した。科学技術・学術面でも、EUは6次に亘るフレームワーク・プログラム(FP)の実施を経て、地域協力を確実に深化させている。
 近年、アジア諸国の経済面での成長は著しく、特に、中国、韓国は製造業を中心に我が国の競争相手或いは対等の協力相手として台頭してきている。科学技術・学術面でも大きな進展が見られ、例えば、中国の研究者数は2000年に我が国の研究者数を上回っており、研究費、論文発表数等の指標からも急成長を窺える。また、ASEAN(アセアン)諸国は先進国の支援を得つつ新興工業国としての発展を模索しており、EPA(経済連携協定)等により、巨大な経済圏が出現することも予想される。また、このような動きの中で、「東アジア共同体」3の構築に向けた議論が、ASEAN+3(アセアン プラス スリー)会合や日中韓三カ国会合等の場で行われており、地域連合への機運が見られる。

3 「東アジア」の範囲として、ASEAN+3(アセアン プラス スリー)会合や日中韓三カ国会合等の場においては、ASEAN+3(アセアン プラス スリー)(日中韓)の国々を指す場合が多く、本報告書でもそうした用例を参考とする。但し、「東アジア」の範囲を固定的、硬直的に捉える必要はなく、対外的に開かれたものと位置づけていくべきものである。

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