資料3‐1 地球上の生命を育む水のすばらしさの更なる認識と新たな発見を目指して(概要)

資源調査分科会報告

平成14年12月

 現在、世界各地で、水不足、水質汚染、洪水などの水問題が発生し、今後も人口の増加により、水に関する問題が、更に深刻化し、水問題は21世紀の最大の地球規模での環境問題の一つとなると考えられている。
 我が国においては、水不足に関する国民の危機意識が必ずしも高いとは言い難いが、我が国においても、近年の少雨化傾向により、渇水による被害を受けやすくなることが懸念されており、また、我が国は、大量の水を使って作られる農畜産物などの多くを輸入しているため、世界の水問題の深刻化は、我が国の経済や社会に大きな影響を及ぼすものと考えられる。
 また、水源地域における様々な人間活動によって汚濁物質の流出等が懸念されるとともに、管理の不十分な森林の増加や都市空間における緑地の減少が洪水時の流出量を増大させることが危惧されており、水源地域の水質の低下や洪水に対する脆弱性の増加などには今後一層の注意が必要である。
 今後、様々な資源的な制約等がある中で人類の持続的な発展を確保していくためには、循環型社会の実現を図る必要があるが、その実現のためには、水問題解決のための科学技術の振興を図るとともに、自然循環型資源であり、使用に際しての環境負荷が少ない「水」を、省エネルギーに配慮しつつ、その特性に着目して多様な分野で利用していくことが求められている。
 また、経済的・技術的先進国である我が国の役割として、効率的な水の利用や水害による被害の軽減を可能とする水管理に必要な科学的知見、技術的基盤を、特に開発途上国などを対象として提供することが期待されている。
 資源調査分科会では、こうした情勢を踏まえ、専門家から構成される水資源委員会を開催し、国内外の水資源が直面している課題を明らかにして国民一般の水に関する意識を高めるとともに、科学技術的な観点から、今後の対応方策や水の多様な利用可能性を探求するため、検討を行ってきた。これらの検討を踏まえ、「地球上の生命を育む水のすばらしさの更なる認識と新たな発見を目指して」水に関する科学技術の今後の展開方向について提言を行う。

1 水に関する科学技術の振興と国民の水に関する意識の向上に向けた取組

1-1 世界的な水資源問題解決を目指して

(1)世界的な水資源問題解決のための研究開発の推進

 現在、世界各地で発生している、水不足、水質汚染、洪水などの水問題を解決するためには、水に関する科学技術の発展とその社会への適切な活用が不可欠である。具体的には、

  1. 節水農業などの水の生産性の向上や節水、水の再利用、さらには海水を効率的に淡水化するための技術
  2. 人の健康や生態系に有害な化学物質のリスクを極小化する技術及び評価・管理する技術
  3. 安全できれいな水を安定的に供給するための技術
  4. 人類の生存基盤や自然生態系にかかわる水循環予測及びその成果を活用した社会経済等への影響評価などの対策技術
  5. 地域の実情に応じた治水施設の整備や観測・モニタリングなどの水害による被害の軽減のための技術
  6. 流域単位の水循環機構の解明・評価に関する技術や、洪水・水利用・水環境を総合的にとらえたマネジメント技術など、統合的な水資源マネジメントに関する技術

 等の推進に力を入れることが必要である。

(2)水に関わる観測・長期モニタリング及び調査研究の総合的推進

 水に係わる現象は、実態を把握するための長期的な観測・モニタリング等が必要不可欠である。
 特に、人工衛星等による地球観測等の地域的な総合観測を長期的に継続していくことが重要であり、今後は政府として体制の構築を目指すべきである。
 また、水に関連する体系的・統合的な科学的データの整備が要請される。
 更に、今後は、既存の観測施設を活用した各機関連携の観測・モニタリング体制を早急に整備する必要がある。
 また、観測・モニタリング、現象の解明、モデル開発・シミュレーションの3つの機能が常に一体となった研究開発を、より一層強力に推進する必要がある。

(3)国際的な取組の推進

 我が国が従来から進めてきている二国間及び多国間の科学技術協力や国際研究計画を今後とも推進し、科学技術の面においても国際的に貢献していくことが重要である。
 また、我が国は、経済の高度成長の過程で生じた水質問題に対応し、環境を保全してきた経験や水資源の開発・再利用の技術を有することから、我が国は、水に関する対策技術や政策のノウハウなどをその地域の実情に合った形で移転するともに、持続的な経済社会システムの構築に向けた協力を推進する必要がある。

(4)水の供給費用の適正な負担に関する研究

 「水の効率的な利用を促進するため、水の供給に必要な費用の全額を水の利用者から回収しよう」という考え方は、効率的・持続的な水資源の開発・利用を進めていく手法の一つではあるが、費用の全額の回収を検討するに当たっては、例えば、健全な生態系の維持による環境保全など水利用に伴って発生する様々な効用についても考慮することが必要である。
 また、費用の全額の回収については、各国・各地域の自然条件、社会経済的情況、歴史的文化的背景などを考慮し、水の利用に伴って発生する様々な効用を勘案した上でそれぞれの効用の受益者がその受益の程度に応じて負担を行うこととして、受益者自らによる施設の管理や公的な負担など様々な方法が検討されるべきである。
 更に、節水意識を高める観点から、水の価格設定のあり方について、水利用に伴って発生する様々な効用や悪影響等への考慮をも含めて更に検討がなされるべきである。

1-2 水の特性を生かして

 国土が狭く資源にも乏しい我が国にとって、比較的豊富に存在し、かつ、安価で、しかも、使用に伴う環境負荷が少ない水について多様な利用可能性を探求する研究開発は極めて重要である。具体的には、

  1. 水の再利用や環境への負荷の小さい水処理等により、水資源の有効利用と廃棄物等の発生抑制を行いつつ水資源の循環を図る循環型社会を実現する技術
  2. 高温高圧下における水の特性を利用して、廃棄物の効率的な処理や新しい合成反応などを実現する技術
  3. 多くのものを溶かすという水の特性を生かして、資源の投入、廃棄物等の排出を極小化する生産システムの導入、
  4. 水の景観が長い歴史に培われてきた文化であることを基本とする地域の形成や土地利用に関する研究

 等の推進に重点を置くことが必要である。
 その際、環境負荷の低減に配慮して総合的に技術評価を行う必要があり、ライフサイクルアセスメント手法の開発、データベースの整備、消費者等への情報提供を推進することが重要である。
 また、伝統的な水質保全、浄水管理、水資源管理などの技術の評価や研究開発だけではなく、省エネ・省資源型の技術やシステム・制度などの評価や研究開発も必要である。

1-3 国民の水に関する意識の向上に向けて

(1)水に親しもう ― 水辺での自然体験活動の促進

 水辺での自然体験活動は、自然や生命への畏敬の念を育てたり、自然と調和して生きていくことの大切さを理解したりする貴重な機会となる。
 したがって、子どもが水辺の自然と親しむ態度を育成するとともに、保護者の理解を促進することが重要である。
 また、同時に自然体験活動に参加しやすくなる取組や指導者の養成を図ることも求められる。
 更に、水辺での自然体験活動に際しては、子どもに水の危険を正しく認識させるとともに、安心して水に親しむことができるような空間を確保することも必要である。既に、水環境に配慮した公共事業の実施が推進されているところであるが、今後ともこのような空間についての社会的な要請の高まりを念頭に置きながら、事業を進めていくことが重要である。

(2)水の大切さを知ろう ― 水に関する環境教育・環境学習

 持続可能な社会を構築していくためには水に関する環境教育・環境学習によって水環境に対する関心を喚起し、共通の理解を深め、意識を向上させ、参加の意欲を高め、問題を解決する能力を育成することを通じ水環境に配慮した行動を取るように促すことが重要である。
 また、自主的、自発的な環境学習や実践行動を促進するためには、水環境に関する情報基盤を整備することが必要である。
 更に、行政、NPOなどの民間団体、事業者など各主体の連携が深められ、地域に根ざし、地域から広がる形で環境教育・環境学習が推進されていくことが必要である。
 このような取組においては、地域・市民団体・教育関係者・行政機関・地方公共団体が一体となって取り組むことが重要である。

(3)水を深く知ろう ― 水に関する科学的知識の普及

 一般市民が、科学技術について深く理解し、水を巡る様々な課題について、科学的・合理的・主体的な判断を行えるような環境を整備することが重要である。
 したがって、一般市民の科学技術に対する興味や関心を育てるとともに、水に関する科学技術をわかりやすく一般市民に伝える機会を拡充したり、水に関する科学技術をわかりやすく整理し、社会全体が幅広く利用できる科学技術情報の保管システムを構築したりすることが必要である。

(4)水の情報を生かそう ― 情報通信技術による水に関する知識の普及

 一般市民が水問題についての知識と科学技術の果たす役割を正しく認識するためには、各種観測データや研究成果等については、一般市民が正しく理解できるように、わかりやすい形で情報を提示することにより、水問題についての認識を深め、対策の必要性についての市民的合意の醸成を目指すとともに、適切な政策の選択に資するようにすることが重要である。
 現在、我が国では、情報通信技術による産業・社会構造の変革の一環として、水に関する情報についても、一般市民に提供する取組がなされつつある。
 今後とも、こうした施策に積極的に取り組み、個人の能力や興味の度合いに合った形で理解できるように、国内外の水に関する知識・技術・データを、わかりやすく整理し社会全体が幅広く利用可能な技術情報の保管システム(デジタル・アーカイブ)の構築を行い、技術の進歩等、様々な情況変化に対応するための基盤を創り上げることが望まれる。

2 水に関する科学技術に共通する課題

(1)水問題を巡る関係者の連携が取れているか ― 行政、産業等との連携

 水に関する研究や開発は、その研究成果が政策に反映されることや実用化されることが期待されている。現在新たに直面している、さまざまな原因や要因が複雑にからみあって生じる諸問題や国境を越えて地球規模で生じる諸問題に対応するには、必ずしも十分な体制ができているとは言い難い。
 今後は、研究者・技術者と政策立案をする者・事業者等との連携を更に強化することとし、政策立案をする者や事業者等が、政策決定や実用化にどのような科学的知見が必要であるのかを明確に示す一方、研究者・技術者も理解しやすい形で、政策判断や実用化に必要な科学的知見を積極的に提供することが不可欠である。
 そのためにも、研究者・技術者と政策立案者・事業者などとの間で相互に情報を交換する窓口の形成とその活用を進める必要がある。

(2)水問題解決に適した科学となっているか ― 学際的なアプローチ

 水問題を解決していくためには、可能な限り速やかに問題解決の方向性を見出し、必要な対策技術の研究開発を進めて行かなくてはならない。また、具体的な対策を講じる際には、複数の選択肢を議論し、よりよい政策決定に資することが重要である
 更に、水利用が土地利用と密接に関連していることや河川、湖などの水が公共的な性格を有していることに加え、水利用には社会制度、伝統、文化などが絡んだ長い歴史が刻まれているため、水問題の解決には、自然科学的又は経済的な合理性とともに、これらの点について社会科学的な考察や配慮をした政策が必要である。
 そのためには、水に係わる様々な分野の研究者・技術者が連携して、自然科学と人文・社会科学の融合した新たな科学技術を創成することが望まれる。

(3)水問題についての地域の具体的なニーズを踏まえているか ― 実用性

 水に係わる科学技術は、河川の流域圏などの具体的な地域に根ざし、その地域に実際に適用されてこそ、その成果が発揮され、真に社会に役立つものとなる。このため、大学や行政機関等が中核となり、地方自治体、地元企業、研究機関、一般市民等と一体となって、その地域の実情に応じた取組を進める必要がある。
 特に、具体的な地域における科学技術に対するニーズを把握し、その地域の自然条件、社会経済的情況、歴史的文化的背景など各種の事情を考慮した上で、その政策決定・立案に資するような研究開発を行うことが重要である。
 また、地域的課題について、その解決手段や、失敗を含めた数々の経験などに関し、広く情報を共有できるような仕組みを構築することが重要である。

(4)水問題解決に必要な人材が育っているか ― 幅広い視野と柔軟性

 水問題のように幅広く複雑な課題に対応するためには、自然科学のみならず、人文・社会科学との連携や国際的な協力が必要であることから、こうした連携や協力に柔軟に対応できる能力を持つ人材の育成を長期的視点に立って行うことが必要である。
 また、多分野にわたる研究の有機的な結合が必要であることから、研究プロジェクト全体の進行管理と成果の取りまとめを的確に行うことができる広い視野をもったプロジェクトマネージャーの育成を図る必要がある。
 また、開発途上国に対する国際的な技術協力、技術の移転などを実現するための人材育成、特に開発途上国の技術者を養成することも必要である。

第1章 水の性質と役割 国際基督教大学教養学部理学科教授 吉野 輝雄

(要旨)

 「水が合わない」、「湯水のように使う」など、日本語には「水」を使った言葉も多く、我々日本人にとって、非常に身近な「水」であるが、その性質は、自然界の他の物質と比べて、特異なものであり、かつ、その性質故に、私たちの生活環境において重要な役割を果たしている。
 例えば、自然界の物質の多くは、温度が上がるに従って、膨張して密度が小さくなるが、水の場合は、4℃で密度が最高になり、そこから温度が上がるにつれてだんだん密度が小さくなる。したがって、0℃の氷が湖の表面に張っても、水の密度が一番大きいのは4℃であるため、密度の大きい4℃の水は底に沈んでいき、湖底では4℃のままで、湖の魚も凍って死ぬことはない。
 また、水の比熱容量は他の物質よりも大きく、「温まりにくく冷めにくい」ことから、海辺や水辺では昼夜や季節の温度の差が小さくなるが、水の少ない内陸部では、昼夜や季節の温度差が非常に大きくなることとなる。

 水は星の形成の過程で生まれ、更に、その水の中で生まれた生命は、水と深い関わりを持って生命を維持しており、水なしでは生きられない。それだけに、良好な水質が確保されていることは、生き物にとって非常に重要なことである。
 2002年9月に開催されたヨハネスブルグ・サミットにおいても、「水」は重要なテーマのひとつであり、実施計画の中で「安全な飲み水」にアクセスできない人の割合を2015年までに半減することが目標として掲げられることとなった。

 また、地球上の水の総量は、14億km3あると推計されているが、そのうち塩水が97.5パーセントを占めていることなどにより、全体のわずか約0.01パーセントが淡水の液体の水として、湖沼、河川などの形で我々の周りにあるにすぎない。それを利用しながら人間の生活が営まれており、また、生き物の生命が維持されている。
 地球上では、毎年40兆トンの海水が、太陽を熱源として、淡水化されて陸地に運ばれ、また、陸からは、75兆トンの水が蒸発して雲となってもう一度雨や雪として降ってくる。その過程で、陸地の汚れた水も、一たん水蒸気となることできれいになる。また、大気中にある汚れを溶かして降ってくるため、大気を浄化する機能もある。
 近年、地球全体の気象が大きく変化しつつあると報告されているが、それは水の移動と深くかかわっており、その対策の検討のためには、地球上の水循環の解明が必要である。また、水を使って作ることができる農産物や工業製品の量を増やす技術や節水のための技術など水に関する科学技術の振興が重要となってくる。

 また、このままの人口増加、都市化などの傾向が続けば、水不足の状態におかれると予測される世界の人口の割合は、2025年には、約3分の2になるという推計もあり、水不足、水質汚染、洪水などの世界の水問題に適切に対応していくには、水に関する技術支援や水問題解決のための科学技術の調査・研究を進めていくことが必要である。

 日本の水資源について見ると、日本は地理的には、非常に水に恵まれており、国土が狭く資源の少ない我が国においては、この水を上手に活用していくための科学技術の振興が望まれる。もっとも、人口一人当たりの降水量で見れば、日本は、世界平均の約4分の1程度となる。内閣府の「水に関する世論調査」の結果を見ると、「水と関わる豊かな暮らし」として「洪水の心配のない安全な暮らし」を挙げた者は34.5パーセントあり、「身近に潤いとやすらぎを与えてくれる水辺がある暮らし」を挙げた者とほぼ同じ比率となっている。日本各地に存在する龍神伝説が暗示するように、流れが急でしばしば氾濫する川などの人間が制御しえない水は、古来より日本人にとって畏れの対象であり、社会が近代化し治水が進展した現代においてもなお、水は制御の難しい恐ろしい存在という面を残しているものと考えられる。実際、治水施設の整備を求める声は多い。
 また、世論調査の結果を見る限り、世界の水問題についての国民一般の関心は十分に高いが、一方では、水を「豊富に使っている」者の割合が約3割を占めており、水問題について危機意識の方は高いとは言い難い。
 しかし、目前に迫った世界的な水に関する危機に対応するためには、まず、国民に対して、水に親しむ機会や水に関する科学的知識を学習する機会を提供して、国民の水に関する意識の向上を図ることが必要である。その上で、水問題解決のための科学技術の振興や技術協力などを推進して、循環型社会の構築を目指すべきである。

第2章 水の需給の動向

1 水循環予測 総合地球環境学研究所助教授 沖 大幹

(要旨)

 一般的に言って、水資源の特徴としては、次の三つが重要である。

  1. 循環型、持続的な資源である
  2. 他の物質資源に比べて重さや体積当たりの単価が安い
  3. 必要な時に必要な場所に必要な質の水でなければ価値が無い

 「価格が安い」という特徴は、「貯蔵したり運搬したりするコストが相対的に高くなる」ということにつながり、結果として必要な時に必要な場所に存在する水でないと水資源としては価値が下がる。「水が足りない」ということは「水という物質が足りない」ということではなく、「安価な淡水が足りない」ということである。
 日本の水資源使用量は、生活用水に国民1人当たり1年間に約130m3、工業用水の淡水補給量が1人当たりに換算して約110m3、そして農業用水が約460m3で、合計約700m3になる。一般に、先進国では1人当たり年間1000m3の水資源が必要だとされるが、我が国は大量の農畜産物を輸入しているため、結果として国内の水資源消費量が相対的に低く抑えられている。農畜産物を輸入することは、あたかも水を輸入しているのと同じである、という意味で、そうした農畜産物のことを水資源的観点からvirtual waterと呼ぶことがある。ここでは、「間接水」と訳す。
 日本の「間接水」の輸入量は全部で年間約744億m3にものぼり、国民1人当たりにすると年間約600m3に相当する。国内で利用している水資源量700m3と併せると合計1,300m3となり、先進国としてはやや多目の水資源の利用量となる。
 このように日本人は生活を支えている水資源の半分近くを海外に依存している。それが健全な経済活動に基づいていて、また、開発途上国等に環境負荷をかけていないとしても、利用可能な水資源量は時間的な変動も激しく、世界の水資源需給がどういう状態にあるかを常に気にかけておく必要があると考えられる。

 世界の水資源は、年間約40,000km3が最大限利用可能であるが、ある推計によれば、農業用水に2,500km3、工業用水に750km3、生活用水に350km3、そして貯水池からの蒸発として200km3の合計3,800km3を毎年利用しており、最大利用可能量の約10パーセントを20世紀の終り頃には人類は利用していたと考えられている。
 水の利用可能量に対する水の利用量の比を「水ストレス比」と呼び、これが40パーセントを越えている場合には、「水ストレスが高い状況下に置かれている」という目安となる。
 人口増加、気候変動、そして経済発展に伴う水消費需要の増大を考慮して、2050年の水ストレス比を算定すると、アメリカ中西部、中近東、インドパキスタン国境~インダス川流域、中国北部の河北平原等でこの比が高い。この分布の概要は1995年の状況と大差なく、現在水ストレス比が高い地域が将来的にも高い、という将来展望となる。

 2050年の世界人口のうち、何人がどの程度の水ストレス比の値に分類される地域に住むことになるかについて、1 人口増加のみを考慮した場合、2 気候変動も考慮した場合、更に3 1人当たりの取水量の増加も考慮した場合を比べてみると、40パーセント以上の高い水ストレスにさらされる人口は、現状の推定値14億人に対して、1 人口増加のみを考慮すると2050年には90パーセント増加するのに対し、2 気候変動を考慮すると現状に比べて74パーセントの増加に留まると推定される。更に3 1人当たりの取水量の増加も考慮すると、79パーセントの増加となり、将来の水需給の逼迫を考える場合には第一義的にはやはり人口増加が問題であることがわかる。

 この水ストレス比の1995年に対する2050年の推計結果の比を見ると、アフリカを中心として中近東へかけての地域で水ストレス比が大きく増大すると見込まれる。これは、現在も充分に水資源を利用することができていない地域で、更に水を多く使わざるを得ない状況になるということである。現状のまま放置すればそうした発展途上地域において水需給バランスが崩れる可能性がある。それを回避するためには、そうした国々での貧困問題に取り組み、経済成長を促し、社会基盤施設の整備や効率の良い統合的な水資源マネジメントの仕組みを構築することを、現在から準備し始める必要があるだろう。

 サステイナブル・デベロップメントという言葉は、持続的開発、あるいは持続的発展と訳され、あたかも開発や発展をし続けることが重要であるかのような印象を受けるが、その本来の趣旨は、おそらくサステイナビリティ・デベロップメント、すなわち、社会に持続性を構築することなのではないだろうか。
 グローバルな統合的水資源マネジメントのためにも、世界の水循環、水利用に関して、日本がもっと興味を持ち、必要に応じて適切なアクションを起すことが必要であろう。


2 水の需給 日本大学生物資源科学部教授 中村 良太

(要旨)

 地球上の大気は、赤道上で暖められて上昇し、極地で冷却されて下降するが、地球の自転の影響でこの循環が3つに別れ、更に、これが1年を周期として少しずつ南北に移動すると解釈できる。その影響で、ある国では雨季が来る。また、反対に別の国では乾季が訪れる。この大気循環の機構が、降雨の場所的な偏在が出る一つの要因である。これに加えて、山脈・海流の影響などで偏在がさらに生じる。日本は年間1700~1800mmで、世界平均の約2倍であるが、日本は人間が多いため1人当たりではそれほど多くはない。水の時間的な偏在に関しては、雨期と乾期の存在が重要である。1年中雨が降る日本のような国は、それほど多いわけではない。また、乾燥地域でも最大の降雨のピークは低くない。

 将来の水需給に関するモデルの一つであるPODIUMモデルによると現在の世界での総取水量3,800km32025年には4,300~5,200km3に増加し(13~37パーセントの増加)、世界人口の約半分が水ストレスの強い地域に住むことになる。
 需要の面から考えると、人口の増加と所得水準の向上による嗜好の蛋白質への変化の影響により、将来の食料の必要量は21世紀中頃までに2倍になると予測されている。食料の増産にもっとも有効でなくてはならないのが、農業用水である。農業用水は世界の水需要の約7割を占めるが、これが食料増産のために、現在の17パーセントの増加が必要とされる。供給の面から考えると、これだけの水の需要の増加をまかなうため、ダムをつくるのが有効な方法であるが、現在のダムの建設状況から判断して、将来の大幅な供給増には限界がある。

 現在、農業用水の利用効率が低いと言われており、その対策として、農民の自発的な参加によって水を管理する、それも、水路などの施設の建設段階から参加し、水の重要性についての認識を深めてもらうことがよいと言われている。
 また、現在、開発途上国などで政府により水が無料で配られていることが水の無駄な使用を引き起こしているとし、水を経済財として位置づけ、市場原理による水資源配分の最適化を図ろうとする考えがある。これについては、それでは最も貧しい人々から水を取り上げることになる等の幾つかの問題点が指摘されており、現在いろいろなところで議論が行われている。
 更に、水が少ない国は、少ない水で付加価値の高い作物を作って輸出し、その代金で水のたくさんある国の穀物を輸入すればよい。これは、仮想の水を輸入していることになる、という考え方がある。これは、貿易障壁は撤廃するべきであるという主張とつながり、WTOにおける議論と関係してくる。WTOにおいて、日本は、農業用水は環境を守るためにも、農村社会を育てるためにも大変役立っていると主張している。
 特に、水田は大変に生物の生態系をはぐくむ。また、農業用水は、農村の生活のいろいろな面で多面的に役立っている、ということが重要視されている。
 更に、開発途上国への援助については、「等身大の技術」であることが重要であり、現地で必要な技術開発には、先進国とは別の発想が必要で、開発途上国独特の技術の開発も必要である
 将来的な水資源の需給の調整は、政策によって決せられるところが大きい。したがって、政策の提言が重要であり、その提言には、今まで以上に、より緊密な文系と理系の協力が必要である。水の将来予測においても、降雨の予測とかを含む供給の予測は理系の仕事である一方、需要の中で大きな部分を占める食料関係の予測は経済分野の方々の仕事である。この両者の協調をとりつけて、文系と理系との真の意味での融合を図ることが重要である。

第3章 水質・水環境の保全

1 水の保全 東京農工大学大学院農学研究科教授 小倉 紀雄

(要旨)

 かつて清流であった多摩川などの河川は経済の発展とともに1960年代後半から1970年代にかけて汚れ、悪臭を放つドブ川となってしまった。またこれらの河川が流入する東京湾では、大量の有機物や栄養塩が流入し、夏季を中心に赤潮や青潮が発生するようになった。
 その後、流域における下水道の整備とともに河川や内湾の水質は徐々に改善され、ここ10年間では全体として良好になってきた。
 しかし、内分泌かく乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)など従来まであまり考慮されなかった微量な化学物質が各地の河川などで検出され、新たな問題となってきており、その実態や生物への影響の解明、さらに適切な対応が強く求められている。

 流域にはさまざまな場所に汚濁の発生源があるため、東京湾の水質を保全・再生するためには、河川の源流域から河口・沿岸域まで(森から海まで)流域全体で総合的に考え、それぞれの発生源で汚濁を削減することが重要である。
 森林は洪水流出を抑制し、河川の水量を平準化させる能力をもっているとともに、水質を良好に保つ作用をもっている。また、水田は雨水を一時的に貯留する機能を持ち、また地下水を涵養する重要な役割を担っているほか、水田は過剰の硝酸イオンを水中から除去する水質浄化の役割も果たしている。水田は都市気候を緩和する機能も持っており、残されている水田をできる限り保全し、都市の環境保全のためにも活用することが望ましい。
 点源や面源の汚濁発生負荷量を削減することも重要であり、雨水に含まれる大気由来の汚染物質の削減、農地などでの過剰の肥料の削減、工場・事業所での負荷削減、家庭の台所での雑排水対策が有効である。
 側溝・水路では、例えば木炭を用いた浄化法が考えられる。また、生物が生息できるように改修された河川の景観は良好であり、かつ水質の浄化作用も大きいことが報告されている。
 東京湾における赤潮や貧酸素水塊の解消の根本的な対策は陸域からの汚濁負荷量を削減することであるが、底質の浚渫、干潟・浅瀬の保全・造成などの対策も重要である。しかし、流域の人口が戦前の3倍程度の2600万人に増加した現状では、以上のような流域での対策を行っても、1920年代の水質を取り戻すことは極めて困難であろう。21世紀に向けて、都市への人口の一極集中の課題などについての綿密な検討が必要である。また流域での資源や廃棄物などのリサイクルシステムを復活させ、流域における物質循環のバランスのとれた循環型社会を構築することが環境問題の根本的な解決につながる。

 エネルギー消費量が少なく、効率のよい水処理技術を開発することは今後の重要な課題である。現在、化学物質により汚染された地下水や土壌を微生物や植物の持つ分解能力を利用して浄化する方法など、様々な手法が検討・開発され、実際に現場で活用されている。

 市民が身近な環境の保全に関心を持ち、その実態を調べ、適切な対策を講ずることが求められている。河川の環境は、長期間、継続して調査を行うことが大切であり、このような調査活動は、さまざまな環境問題を解決するための実践活動を行うきっかけにもなる。都市の河川にメダカが泳ぐ「春の小川」を取り戻すことがこれからの大きな課題である。

2 水環境の保全 江戸川大学社会学部環境デザイン学科教授 惠 小百合

(要旨)

 水辺環境、水環境の保全のためには、これまでとは少し異なる主体による流域経営のセンスが求められており、新たな価値観で人・もの・かね・情報が循環するような水文化の醸成と、実体験に基づく能力を持ったヒト:いわゆる“ミズガキ”の育成が不可欠である。

 税の投入を前提とし、現代の行政の力だけで、トキの野生復帰プロジェクトのように、従来の経済メカニズムにはのりにくい環境保全を推進し続けることは不可能である。

 環境NPOのもつ、いわば環境のことを解説するインタープリターとしての機能が重要である。自然界や人間の行為にかかわるすばらしさや脅威に対する感性がセンス・オブ・ワンダーで、小さな危険体験や怪我を通して、大きな事故を防ぎ、自己責任の意味を知る。人間や自然界の生き物の立場で考え行動することができるようになる。

 トキと同じようにミズガキも一時的・イベント的・人工的な対応では復活が難しい。水辺の質、量、ネットワーク、水との付き合い方の文化、水に対する知恵や知識、水とのかかわりに関する社会的な習慣や制度、そして、水に対する意識、これらのハード、ソフト、ハートが50年かかって変化してきたとするならば、50年かかって、復元していくこと。現代社会の経済メカニズム優先の考え方、価値観そのものも変革していく必要がある。

 流域経営という観点から、従来の縦割りの行政では限界のある流域資源の循環と経済的および経済外的な価値(地域通貨のような互助・謝恩意思の交換)の循環を流域市民による流域コミュニティ意識の元で実現させたい。少し高くても流域資源を購入するグリーン購入や半公共事業的に学校や公共施設で流域の除間伐材を使用することを約束することで、上流域、源流の水源林等の地域では、森林資源を維持管理することへの投資が誘発され、大消費地の都市がこれを支えるしみが徐々に成立していく。

 日本の国内、自分の身の回りのことだけしか考えられなくなって久しい日本人が世界水フォーラムをきっかけとして、世界の水問題をどのように認識し、考え、行動を起こせるのか、環境NPO/市民団体の果たすべき仕事は多様で、かつ、膨大である。企業、行政との連携なくしては進めることのできない、しかし、取り組みがいのある“挑戦(チャレンジ)”である。

第4章 水の特性を生かした様々な活用

 様々な資源的な制約等がある中で人類の持続的な発展を確保していくためには、循環型社会の実現を図る必要があるが、その実現のためには、水問題解決のための科学技術の振興を図るとともに、自然循環型資源であり、使用に際しての環境負荷が少ない「水」を、省エネルギーに配慮しつつ、その特性に着目して多様な分野で利用していくことが求められている。
 したがって、水に関する技術は、

  1. 環境への負荷の少ない技術であること
  2. 処理した水又は利用した水が再利用の対象になり得ること
  3. 水の潜在的能力を引き出した技術であること

といった要件を満たす必要があると考えられる。
 特に、国土が狭く資源にも乏しい我が国にとって、比較的豊富に存在し、かつ、安価で、しかも、使用に伴う環境負荷が少ない水に関する科学技術の重要性は高く、他国に先駆けて取り組むことは極めて重要である。
 こういった観点から、ここでは、水の特性を生かした様々な活用に関して、特に注目に値する例として、新しい水処理、超臨界水、溶媒としての水、景観としての水の4つを取り上げることとする。

1 新しい水処理 東京都立大学大学院工学研究科教授 渡辺 恒雄

(要旨)

 人類の持続的な発展を確保していく観点から、21世紀に求められる水処理技術は、

  1. 環境への負荷の少ない技術であること。水の再利用を図るには、大量の薬品や微生物を用いた水処理からの脱却を図ること
  2. 処理水が再利用の対象になり得ること。リスク管理とコスト管理との立場から評価を行い、再利用を前提とした水処理技術を開発すること
  3. 水の潜在的能力を引き出した技術であること。水が多くの物質を包含する能力を持つことや、物質の三態に応じて、様々な能力を発揮できることに着目した水処理技術を開発すること

 といった要件を満たす必要があると考えられる。
 これまでの水処理技術をみてみると、懸濁物質は沈殿、ろ過による分離除去が行われ、コロイドや溶解物質は薬品の注入による化学反応によりサイズを大きくし、沈殿、微生物や膜による吸着、ろ過プロセスでの固液分離されている。溶解性物質のうち有害物質については、微生物処理の前に分離または無害化措置を施しており、また、残存の溶解性物質は最後に活性炭による吸着処理が行われている。

 しかし、これらの水処理では、広大な沈殿池、長い処理時間、大量の薬品投入、大量の汚泥発生などの課題を抱えている。これらの課題を解決するために、現在、有力な新しい水処理技術として、強い磁場環境を利用した水処理技術が研究されている。この磁気分離による水処理の特徴は、小型で使い易い強磁場発生が可能な超伝導磁石を用いて、ほとんど薬品を使用せずに、各種の水溶液に対して物理的操作により水処理ができることである。合わせて純粋な物理処理であるので、薬品処理とは違って、処理前後で対象水の水質変化が少ない。その結果、様々な水質の水処理が可能になると共に、処理後の水利用も可能となる。

 今後は、こういった新しい水処理技術の研究・開発に対する支援や産学の関係者が協力して新たな測定器や分析装置を開発することなどが期待される。また、水の潜在能力を引き出す技術を開発する上で、様々な分野の研究者の協力も不可欠であり、そのためには分野横断的な研究組織が必要である。

2 超臨界水 東京大学環境安全研究センター助教授 大島 義人

(要旨)

 水の場合、臨界点(臨界温度は374℃、臨界圧力は22.1MPa(218気圧))の近くでは、わずかな圧力変化により密度が連続的に大きく変化する。例えば、溶媒として「ものを溶かす」能力(溶解力)は、水の密度と密接に相関することから、同じ温度であっても、ほんの少し圧力を変えるだけで、溶解力を急激に変化させることができる。密度に相関する他の物性値(粘度、熱伝導率など)についても同様で、原理的には、圧力と温度だけを操作因子として、様々な水の物性を幅広くコントロールすることが可能になる。また、気体と液体の中間である超臨界状態を化学反応の「場」とすることで、化学反応の速度を極めて大きくすることが期待できる。更に、「超臨界水」は有機物を溶かすことができるため、工業的にも重要な有機合成を行う上で、従来の有機溶媒に代替する新しい溶媒としても期待される。
 また、何より水自体は自然界に豊富に存在する無毒で安価な溶媒であり、今後、環境調和型技術への指向がより一層強まっていくことが予想される中で、「超臨界水」を溶媒とする化学反応は、低リスク・低環境負荷を実現するための基盤技術の一つとして注目されるべきである。

 また、ほとんどの有機物は、超臨界水酸化反応という高温高圧の水中で「ものを燃やす」反応によって、秒単位の極めて短い時間でほぼ100パーセント完全に分解し、二酸化炭素を生成する。この反応は、1 反応速度が非常に大きい、2 自らの反応熱で温度を維持することができるため、省エネルギー化が期待できる、3 水中の燃焼なので、温度の暴走や爆発などの危険性が低い、4 排ガスの処理が不要となり、省スペース化が期待できるなどといった特徴を持っている。

 より実用的な技術に向けて、解決すべき課題も残されているが、高温高圧という特殊な環境であるとはいえ、「水」でありながら固体、液体、気体とは全く異なる性格を発現する「超臨界水」は十分魅力的であり、持続的社会を実現するための基盤技術の一つとして大いに期待される。

3 溶媒としての水 東京大学大学院薬学系研究科教授 小林 修

(要旨)

 有機化合物の化学反応を行う場合、一般に、化合物を溶解させるためにトルエンやクロロホルムといった有機溶媒が使われるが、有機溶媒の中には人体にとっても環境にとっても有害なものもあり、その使用をなるべく限定したい。そこで近年、有機溶媒に代わる「環境に優しい溶媒」が探索されてきた。その候補の中で最も魅力的なものが水である。水は、無毒・無害なだけではなく、通常用いられる有機溶媒に比べて極めて安価であるという利点もある。一方、多くの反応剤や触媒が水と反応して分解してしまう、また、反応させたい有機化合物の多くが水に溶けないという問題点がある。
 そこで、ルイス酸を触媒として用いる有機合成の研究を進め、ルイス酸‐界面活性剤一体型触媒(あるいは英訳の頭文字をとって「LASC(ラスクと発音)」)を開発した。このLASCは、今まで困難とされていた水中でのルイス酸触媒反応を効率的に行わせることができる。

 また、反応液を遠心分離器にかけると、下部に有機化合物が凝集し、上部に水が分離し、両者の中間にLASCが析出する。ここから有機化合物だけを取り出すことは簡単にできるため、この遠心分離の方法によって、有機溶媒を一切使用しない反応工程の開発が原理的には可能となった。水のみを溶媒として用いる反応プロセスの実現に一歩近づいたと言えよう。

 ただし、水中での有機合成反応は、その研究が端緒についたばかりであり、未知の部分が多く、今後改良すべき点も多い。例えば、これまでに開発されてきた有機溶媒中でのルイス酸触媒反応に比べて、水中での反応は、その反応の種類においても、使用できる反応基質の種類においても、まだ限りがある。

 21世紀を目前にして環境調和型の「持続可能な発展」が叫ばれている現在、水中での合成反応がその重要性を増すことは確実であり、多くの方が今後この領域に興味を持って下さることを願ってやまない。

4 景観としての水 慶應義塾大学環境情報学部教授 石川 幹子

(要旨)

 美しい生き生きとした水のある風景は、人の心をなごませる。反面、見捨てられ塵芥の漂う、悪臭を放つ水辺の風景は、人の心をも荒廃させる。水辺の景観は、そこに住む人びと、社会の価値観を映し出す、鏡に他ならない。
 「景観としての水」に理想郷を見出し、それを手元に引き寄せ、創り出されたのが、庭園における水であった。

 19世紀中葉、急速な都市化が始まった時、世界の都市は様々な創意工夫を凝らし、都市の中に水辺の景観を生み出していった。ヨーロッパでは、旧市街地の改造に際し、水辺を公共に開かれた空間とすることを都市政策の基本とした。アメリカでは、パークシステム型の都市基盤整備の考え方により、水系を軸とし、保全、創出すべき緑地を定め、主要な街路計画と一体的な整備を行い、美しい水辺を創り出してきた。両者に共通する特色は、水辺と、隣接する地区の土地利用を一体的に、かつ、世紀を超えて、持続的に行っていることである。

 日本において、川に隣接する地は、河岸地とよばれ、江戸時代より、幕府の所有地であり、オープンスペースの担保が義務づけられていた。明治以降も、水辺の空間は、公共的空間であり、市民のパブリックアクセスが認められていた。しかし、大正8年の旧都市計画法により、都市計画事業の事業費の捻出のために、稠密な市街地における河岸地の切り崩しが行われる道が開かれ、昭和50年代に、河岸地の売却が一気に進んだ。
 水辺を重視するパークシステム型の都市基盤整備の考え方は、関東大震災後の防災都市計画の中で導入され、戦災復興事業で全国の戦災都市に適用された。横浜(山下公園)、東京(墨田公園)、仙台(広瀬川)、広島(太田川)等各地を代表する水辺の景観は、このような都市計画の考え方により、焦土の中から生み出されてきた。
 大正8年の旧都市計画法で導入された風致地区は、戦前までに108都市に適用され、それぞれの都市のシンボルとしての空間となっている。郷土の水辺の景観が、この制度により、維持され、今日に至っている。

 今日の都市における水辺景観の課題は、隣接する土地利用との関係を丹念にひもとくことにより、解決していくことが重要である。それぞれの地域は、固有の文脈をもっており、そのモザイク的集合体が、都市の水辺の景観を生み出している。
 水は、人間の生活に不可欠であり、時には、大きな災害となり生活を脅かすが、人々は、さまざまの工夫をこらし、生活の中に水のある景観を育んできた。ユートピアとしてつくりだされた庭園空間の中には、文化としての水辺空間の思想が凝縮されている。

 急激な技術革新による都市化の時代であった二十世紀をすぎ、私たちは、機能の時代から生命の時代へ、国家の時代から地域固有の文化を大切にする都市の時代への転換期にいる。市民の生活の中に生きる美しい水辺の復権には、隣接する市街地の土地利用との一体的思考、政策の展開が不可欠である。それは、地域により多様であり、具体的道筋は、そこに住む人々と行政が知恵を出し合いながら考えていかなければならない。既存の枠組みを取り払い、柔らかな思考の求められる時代となった。

科学技術・学術審議会 資源調査分科会 委員名簿

分科会長

石谷 久 慶應義塾大学政策・メディア研究科教授

分科会長代理

  谷岡 郁子 中京女子大学学長

委員

  今井 通子 株式会社ル・ベルソー代表取締役社長
川崎 雅弘 科学技術振興事業団顧問
野中 ともよ ジャーナリスト

科学技術・学術審議会 資源調査分科会 水資源委員会 委員名簿

(◎:主査、○:主査代理)

委員

石谷 久 慶應義塾大学政策・メディア研究科教授
今井 通子 株式会社ル・ベルソー代表取締役社長
川崎 雅弘 科学技術振興事業団顧問
谷岡 郁子 中京女子大学学長
野中 ともよ ジャーナリスト

専門委員

石川 幹子 慶應義塾大学環境情報学部教授
大島 義人 東京大学環境安全研究センター助教授
沖 大幹 総合地球環境学研究所助教授
小倉 紀雄 東京農工大学大学院農学研究科教授
小林 修 東京大学大学院薬学系研究科教授
中村 良太 日本大学生物資源科学部教授
惠 小百合 江戸川大学環境デザイン学科教授
吉野 輝雄 国際基督教大学教養学部理学科教授
渡辺 恒雄 東京都立大学大学院工学研究科教授

科学技術・学術審議会 資源調査分科会における審議の過程

第1回 資源調査分科会 平成13年5月23日

(1)会長・会長代理の選任について
(2)資源調査分科会運営規則について
(3)資源調査分科会の審議内容の公開について
(4)資源調査分科会における調査審議の進め方について
(5)その他

第2回 資源調査分科会 平成13年7月12日

(1)東京大学生産技術研究所 虫明 功臣教授の講演
 「水循環と水資源―ローカルな視点からグローバルな視野へ―」
(2)自由討議

第3回 資源調査分科会 平成13年11月2日

(1)東洋大学国際地域学部 松尾 友矩教授の講演
 「水資源における水質問題の展開」
(2)自由討議

第4回 資源調査分科会 平成14年2月28日

 今後の審議における重点課題について

第5回 資源調査分科会 平成14年9月25日

(1)水資源委員会での審議状況
(2)今後の審議事項

第6回 資源調査分科会 平成14年12月19日

(1)報告書案について
(2)その他

科学技術・学術審議会 資源調査分科会 水資源委員会における審議の過程

第1回 水資源委員会 平成14年6月5日

(1)水資源委員会での調査審議の進め方について
(2)水の性質・役割について 国際基督教大学教養学部理学科 吉野 輝雄教授
(3)その他

第2回 水資源委員会 平成14年6月20日

(1)水の需給の動向について
 1.水循環予測 総合地球環境学研究所 沖 大幹助教授
 2.水の需給(水の偏在)日本大学生物資源科学部 中村 良太教授
(2)その他

第3回 水資源委員会 平成14年7月11日

(1)水質・水環境の保全
 1.水質の保全 東京農工大学大学院農学研究科 小倉 紀雄教授
 2.水環境の保全 江戸川大学環境デザイン学科 恵 小百合教授
(2)その他

第4回 水資源委員会 平成14年7月30日

(1)水の特性を生かした様々な活用について
 1.新しい水処理 東京都立大学大学院工学研究科 渡辺 恒雄教授
 2.溶媒としての水 東京大学大学院薬学系研究科 小林 修教授
(2)その他

第5回 水資源委員会 平成14年9月19日

(1)水の特性を生かした様々な活用について
 景観としての水 慶応義塾大学環境情報学部 石川 幹子教授
(2)まとめ
(3)その他

第6回 水資源委員会 平成14年9月25日

(1)水の特性を生かした様々な活用について
 超臨界水 東京大学環境安全研究センター 大島 義人助教授
(2)その他

第7回 水資源委員会 平成14年10月16日

(1)報告書案について
(2)その他

第8回 水資源委員会 平成14年12月19日

(1)報告書案について
(2)その他

お問合せ先

科学技術・学術政策局政策課

(科学技術・学術政策局政策課)

-- 登録:平成21年以前 --