東日本大震災を踏まえた今後の科学技術・学術政策の在り方について(案)の概要

「東日本大震災を踏まえた今後の科学技術・学術政策の在り方について」の概要(案)

はじめに

 我々は、東日本大震災から「将来起こりうるあらゆる事態に備え、自らの社会的役割及び使命を常に検証し、国民の期待や社会の要請に応えうる体制に変革することが重要」との教訓を得た。我が国存立の礎である科学技術・学術においては、特に、このような取組が必要であり、科学技術・学術が、東日本大震災に際し、国民の期待に十分には応えられなかったことを率直に反省し、国民との信頼関係を再構築する必要がある。このため、STIRを今後の政策の基調として、東日本大震災によって顕在化した問題点を踏まえ、課題解決のための研究開発システムに改革していくことが重要である。 

※S・・・科学、T・・・技術、I・・・イノベーション、R・・・リデザイン(再設計)、リコンストラクション(再建)、リフォーム(改革) 

1 東日本大震災についての科学技術・学術の観点からの検証(総論)

 東日本大震災は、我が国が内在的に抱えていた様々な課題を顕在化させた。また、科学技術・学術が、東日本大震災下において、国民の期待に応えることができたとは言い難い。
 もとより、大学及び公的研究機関における研究は、基礎研究、応用研究、開発研究の3段階に分類されるが、そのいずれの段階においても、個々の研究者の内在的動機に基づき進められる学術研究、政府が設定する目標や分野に基づき進められる戦略研究、政府からの要請に基づき進められる要請研究の3つの方法により行われる。政策を進めるに当たっては、それぞれの研究段階や研究方法等を踏まえる必要がある。 

1.社会要請の十分な認識の必要性

【研究者等の「社会リテラシーの向上」】

 東日本大震災により低下した国民の信頼を回復し、国民の期待に応えていくためには、国民との相互理解を基に政策を形成していくことが必要である。研究者等は、積極的に社会から学ぶことで「社会リテラシー」を向上させ、社会の要請を十分に認識するとともに、自らの研究と社会との関わりの重要性を認識する必要がある。

【公的資金を得て研究を行う意義】

 国民の負託を受けて公的資金を得て研究を行う政府、研究機関、研究者は、その意味を十分に認識するとともに、国民や社会に対し、自らの研究の意義や成果を説明する責任を負う。

【学術研究の特性】

 学術研究に従事する者が、内在的動機に基づき行う研究は尊重されるべきであるが、課題解決とともに、自ら研究課題を探索し発見する行動も求められる。

【社会の要請を踏まえた人材育成】

 激動する国際情勢に鑑み、人材育成段階から柔軟な取組を行っていくことが必要である。国は社会の要請を踏まえ、我が国の将来を支える多様な人材を育成していくことが必要である。

2.研究活動の前提としての公正性の確保

 研究活動における不正行為等は、国民の信頼を損ない、科学技術・学術の発展を妨げるものであることから絶対に許されない。研究者倫理等の周知徹底や、不正行為防止の取組についてのチェックを適切に行うなど、不正行為をなくすための取組を強化すべきである。

3.科学技術の課題解決のためのシステム化の必要性

【管理運用体制を含めたシステム化】

 東日本大震災により、多くの投資をしてきた研究開発の成果が、必ずしも十分に機能しなかった面があったことが判明した。我が国の研究開発は要素技術の開発に偏りがちであり、社会における実際の運用までを総合的に考慮したシステム化が必要である。

【多様な専門知の結集によるシステム化】

 課題解決のためには、多様な専門知の結集が必要であるが、異なる分野間の連携や融合、学際研究といった取組が活発には行われていない。我が国に、多様な専門知の結集による実用化や社会実装までを考慮した課題解決のためのシステムを定着させることが必要である。

2 地震及び防災に関する検証、復興、再生及び安全性への貢献

 東日本大震災発生の可能性を国民に十分伝えられなかったこと等が、被害の深刻化を招いたことに鑑み、地震及び防災に関する従来の取組を十分に検証する必要がある。

1.地震及び防災に関する従来の取組方針の検証

【地震研究の抜本的見直し】

 人文・社会科学も含めた研究体制の構築や他の地震多発国との一層の連携など、総合的かつ学際的な研究の推進が必要である。また、低頻度、大規模な自然現象を正しく評価するとともに、防災や減災に十分貢献できるよう研究手法や研究体制の抜本的見直しが必要である。

【環境変化に強い基盤の構築】

 研究者等は、国民の生命や財産を守るために何が必要かを専門的見地から追究する必要がある。その際、研究者等には、「ムラ」意識からの脱却が求められる。能力、役割を越えることについては、関係機関等との密接な連携を図るべきである。

2.安全・安心な社会の実現や防災力向上のための研究開発の在り方

 科学技術の限界を踏まえ、確率的に発生頻度が低い事象でも、被害規模が大きくなると予想されるものについては、必要なリスク管理が必要であり、リスク管理の在り方について国民と合意形成を図る必要がある。ハード主体の予防的手法のみならず、ソフト面での対策の充実を図るとともに、リスクコミュニケーション等により、国民一人一人が、被害を最小限にとどめるための備えを身に付けるなど、総合的な研究開発を推進すべきである。また、府省の枠を越えた分野横断的な研究開発が必要である。

3.大学及び公的研究機関の復興支援

 様々な分野の研究者等が、被災者の生活再建等に現場で関与していく体制作りが必要である。また、地域の強みを生かした科学技術駆動型の新しい地域発展モデルの構築のための支援を行うとともに、大学等の革新的技術シーズを被災地企業において実用化する取組を支援し、被災地復興に貢献することが必要である。

3 課題解決のための分野間連携・融合や学際研究

 我が国では、伝統的な学問分野の体系に即した研究が多く行われており、学際領域の研究に臨機応変に取り組むといった仕組みが不十分と考えられる。高度化、複雑化する課題の解決のためには、分野間連携・融合や学際研究が必要である。 

1.課題解決のための政策誘導の必要性

【新たな評価システムの構築】

 論文主義に偏する研究者コミュニティの意識改革を促す等のため、政府や大学、公的研究機関は、分野間連携・融合や学際研究など、科学技術イノベーション政策に資する研究を奨励するための新たな研究者評価システムを構築すべきである。評価結果を、高い評価を得た研究者の処遇や資金配分に反映させるなど、研究者の意識を課題解決に向け誘導していくことが重要である。また、新たな評価システムは、評価の多様性に配慮したものであり、かつ、被評価者の能力向上につながるものとして肯定的に受け入れられ、研究開発活動の改革、進展を促進するものでなければならない。
 研究機関評価の際には、成果最大化のための研究体制作りや、多様な専門知の結集による実用化や社会実装までを考慮した取組などを積極的に評価し、資金配分や組織運営などに反映する取組が必要である。

【研究者の能力が最大限発揮される環境の整備】

 我が国は、国際的頭脳循環に取り残された状況にある。研究体制を構築する際は、最適な研究者を広く国内外から招聘することが必要である。また、若手研究者を出来るだけ早く、研究機関の適切な支援の下で、孤立させることなく独立させることが必要であり、依然として低水準にとどまっている女性研究者の割合を高める必要がある。研究機関の長は、成果最大化のための研究体制作りや環境整備を行うべきである。

【基礎研究段階における政策誘導メカニズム】

 熾烈な国際競争の中、また国際共同が不可欠な状況において、分散的な個人研究には限度がある。このため、社会の要請を踏まえつつ、科学技術コミュニティとの連携による課題を設定するとともに、学際的、国際的に専門知を結集した研究体制を構築し、目標管理を行うと行った、課題解決のための特別プログラムの創設が望ましい。

【自然科学と人文・社会科学の連携促進】

 課題設定を自然科学に従事する者と人文・社会科学に従事する者が連携して行うとともに、人文・社会科学に従事する者の一定以上の参加が採択要件として求められるプログラムや、人文・社会科学に従事する者が主導する課題解決型のプログラムの創設等が必要である。

2.分野間連携・融合や学際研究を支える人材育成

【学生や若手研究者の創造性の向上】

 我が国に課題解決のためのシステムを定着させるためには、政策的に分野間連携・融合や学際研究などの取組を推進するとともに、これらの新しい領域に挑戦するイノベーション人材を育成することが重要である。この際、学生や若手研究者の主体性の確保が鍵である。

【若手研究者の交流促進、教育プログラムの実施等】

 我が国は、分野間連携・融合やイノベーションを牽引する人材の育成機能が十分とは言えない。このような人材の育成は大学・大学院教育の重要な使命であるとの認識の下、大学は産業界と連携し、社会的課題の解決に資する人材育成を行う必要がある。また、我が国では、必ずしも博士課程修了者に対する評価が適切に行われていない場合もあり、改善に向けた一層の対応が必要である。
 また、初等中等教育から高等教育の各段階において、学習内容と社会との関連を理解できるよう、教育振興と科学技術振興を有機的な連携の下で進めることが重要である。
 優れた研究成果をあげるためには、研究支援者や技術者等の存在が不可欠である。研究支援者、とりわけリサーチ・アドミニストレーターを育成、確保し、専門性が高く、かつ、安定的な職種として定着を図ることが重要である。また、研究基盤を支える人材の育成、確保のための取組の促進や、これらの人材のキャリアパスに関する検討が必要である。

【中長期の海外派遣の促進等】

 若手研究者の中長期の海外派遣を支援するため、海外での日本人研究者のネットワーク化や帰国後の活躍の場の拡充等を含めた環境整備を推進することが必要である。

4 研究開発の成果の適切かつ効果的な活用

 東日本大震災においては、多くの投資をした研究開発の成果が、災害や事故に際して必ずしも十分に機能しなかった面もあった。研究開発の成果が、課題解決のために適切かつ効果的に活用されることが必要である。 

1.社会的ニーズの把握と研究課題への反映

 国民は、研究開発成果の社会還元を求めている。研究課題の設定段階で、幅広い分野の研究者、産業界、他省庁等との連携体制の構築により、実社会の現状を捉え、社会的ニーズを掘り起こすなど、社会的ニーズを適切に課題に反映するための取組の促進が必要である。
 また、社会ニーズが絶えず基礎研究の現場につながるネットワークの構築や、客観的な根拠に基づく合理的プロセスによる政策形成のための研究の推進が必要である。

2.研究開発成果を課題解決に結びつけるための方策

 科学技術イノベーションを創出するためには、社会総がかりの仕組みが必要である。革新的な課題設定の下、異分野の研究者等の結集や、先端研究基盤の戦略的活用による、全段階を通じた、戦略的運営の下での研究開発の推進が必要である。ハイリスクだが、期待が大きい研究テーマに対し、産業界の貢献を求めつつ、研究開発の推進、最先端研究設備の整備、産学官が一体となった運営体制の構築、高度研究人材の招聘・養成などのための支援を国が重層的かつ集中的に行うなど、既存分野・組織の壁を取り払い、「死の谷」を克服する、大規模産学連携研究開発拠点(センター・オブ・イノベーション)を構築する取組が重要である。
 また、我が国が有する研究基盤を、俯瞰的、包括的に捉えるシステムを構築し、当該システムの中核的機関が中心となって、ユーザーニーズに基づく基盤技術や機器の開発とその効果的利用を図るための取組を行うことが必要である。

5 社会への発信と対話

 東日本大震災では、科学技術コミュニティから政府や社会に対し、その専門知を結集した知見が提供されなかった。一方、メディアを通じ、様々な立場の専門家から異なった見解が国民に示され、判断に迷う場面が多々あったと考えられる。情報を受け取る立場に立った適切な表現で、社会への発信や対話を一層促進することが必要である。 

1.科学的助言の在り方

 科学的知見は、政府の政策形成過程における不可欠な判断要素であるため、政府は、科学技術に関する顧問を設置するなど、平常時や緊急時において、適切な科学的助言を得るための仕組みを整備すべきである。

2.リスクコミュニケーションの在り方

 想定外の事象が起こり得ることも含め、リスクについて、社会一般と、真摯な双方向の対話と議論の積み上げを行い、合意形成を図ることが必要である。その際、「ゼロリスク」が可能などと誤解されぬよう、科学的な情報を、受け取る立場に立った適切な表現や方法で発信することが必要である。また、合理的なリスク管理政策は、費用対効果をはじめとした様々な視点を加味することが必要であり、その考え方を社会と共有することが必要である。
 社会との合意形成のためには、国民の科学技術リテラシーやリスクリテラシーと、研究者等の社会リテラシーの双方を向上させる必要がある。双方向の対話と議論の積み上げを通じて、国民との間で、科学技術の社会的得失を共有するとともに、国民が「個人の価値」と「社会全体の価値」を同じ次元で捉え、価値判断を行うことができる環境を整える必要がある。

お問合せ先

科学技術・学術政策局政策課

学術政策第1係
電話番号:03-5253-4111(内線3848)
ファクシミリ番号:03-6734-4007
メールアドレス:shingist@mext.go.jp

(科学技術・学術政策局政策課)

-- 登録:平成24年12月 --