旭インターネット大学院大学を「不可」とする理由

 大学院設置基準(昭和49年文部省令第28号)第3条,第4条,第9条,第16条,第17条,第21条,第22条の2,第30条,第31条,大学設置基準(昭和31年文部省令第28号)第36条及び「大学院に専攻ごとに置くものとする教員の数について定める件」(平成11年文部省告示第175号)に基づき,「不可」とする。

 数理情報学分野において,対面指導を行わないインターネットによる通信制の大学院を設置しようとする申請は,通信教育における実験的な意味を有するものと考えられる。しかしながら,以下に示すとおり,博士課程及び修士課程の教育研究水準を確保する上で,教員組織,教育内容・方法,学生等に対する支援体制などについて,多くの点で曖昧さを残し,総じて準備不足であるため,継続的・安定的に大学院教育を提供できるものとは認められない。

1 教員組織について

 申請のあった旭インターネット大学院大学理工学研究科数理情報学専攻においては,修士課程の入学定員が49人,博士課程の入学定員が21人であり,これらに必要とされる教員数は,大学院設置基準第9条及び文部省告示により,修士課程,博士課程のいずれにおいても研究指導教員が7人以上と設定されている。
 しかしながら,個別の教員審査の結果,研究指導教員としての適格性を有する教員は修士課程において6人,博士課程において4人と判断された。よって,いずれの課程においても,前掲の基準等の求める水準を充たしておらず,必要な教員組織が成立しているとはいえないことから,同専攻の設置は認めることができない。
 なお,教員の資質の維持向上の方策については,教員個人がCAI(Computer Assisted Instruction)の作成をすること等,個々の努力に委ねる内容となっている一方,組織的な取組であるファカルティ・ディベロップメントの実施計画が不明確となっており,こうした点も教員組織の在り方として大きな問題であると考えられる。

2 教育内容及び方法について

 当該大学院の設置の目的については,「ITに長けた数理的基礎能力が高い応用力のある(全体を統合できる)人材」,特に,形式化言語ソフトウェアシステムであるMizarによる数理情報学分野の中核をなす技術者・研究者の養成を目的とする旨,申請書に記載されている。
 この点,Mizarは,形式化された記述言語により,数学定理の証明の論理的正しさをコンピュータで証明するシステムであり,これを中心に据えた教育は,論理的な思考と形式的な記述に優れた人材を生み出すことが期待される点においては評価できる。
 しかし,IT分野の研究・開発に深く関わる数理的技術は多岐にわたっており,Mizarのような形式的手法はその一翼を担っているに過ぎない。さらに,近年においては,形式的手法,特に自動検証の技術の進展は目覚ましく,汎用の定理証明技術だけでなく,モデル検査,充足可能性判定,静的解析,抽象解釈などの個別の技術の進歩が顕著となっており,Mizar自身の技術は既に古典的なものとなっている。
 すなわち,数理情報学を専攻名に標榜して教育研究を行い,急速な技術革新に柔軟に対応しつつ,IT分野の研究・開発等にあたる人材を養成するためには,専らMizarに依存する教育課程では不十分と言わざるを得ない。
 以上のことから,同専攻における教育課程を履修することによっては,修士課程の目的である「広い視野に立つて精深な学識を授け」(大学院設置基準第3条)ることや,博士課程の目的である「研究者として自立して研究活動を行い,又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養う」(同第4条)ことを達成することは不可能であり,同専攻は,修士課程又は博士課程としての要件を充足するものとは認められない。
 また,当該大学院においては,授業科目の履修を専らCAIを中心とした方法による一方,研究指導については,学生が希望する場合を除けば,対面による指導は行わないこととなっている。
 授業におけるCAIやMizarの活用により,効果的な知識伝達や思考訓練が行われることは評価できる。しかし,同時に,それらの授業では不十分となる,アイディアの創発という大学院教育に必須の過程を確保する観点から,通信教育による研究指導の実施については,特に十分な配慮が必要である。また,多岐にわたるIT分野の開発に携わる技術者には,単に個人レベルのプログラミング能力に限定されない,要求分析能力,設計能力,開発管理能力,更にはコミュニケーション能力やネゴシエーション能力がより強く求められるようになっている。それらの能力の多くも,大学院における研究指導を通じて養成することが求められる。
 こうした点を踏まえると,当該専攻分野において大学院にふさわしい教育研究を行い,申請書に記載された設置の趣旨を達成するためには,研究指導の一部について,学生の希望の有無によらず,対面又は少なくともそれと同等の同時双方向性を備えた手段による指導(同期型の指導)を行う必要がある。
 この点,当該計画による研究指導は,メール,電子掲示板,ブログ,学生自身に構築させる自宅ポータルサイト,教員に与える仮想研究室ポータルサイトによるデータ会議ゼミによる非同期型の指導を中心とし,TV会議システム等の同期型の指導は副次的,選択的な位置づけがなされているに止まっている。対面による指導を必須としない大学院通信教育は既に制度上途が開かれており,当審議会としても,もとよりその一般的可能性を認める立場であるが,当該申請にある通信手段の利用形態では,修士課程及び博士課程の修了要件である「必要な研究指導」(大学院設置基準第16条,第17条)の実施が確保されないと判断せざるを得ない。
 また,個々の授業科目の試験のみならず,最終的な論文審査及び試験についても,対面では実施しない計画となっており,評価の質の確保や学生の本人確認といった観点から,前述の基準に定められた修了要件の在り方として問題がある。

3 支援体制について

 社会人等を対象として専らインターネットによる教育を行う場合,学習離脱の防止等のため,学生の学習面での支援体制を整備することは極めて重要である。本件については,専任の支援スタッフは置かず,通常は,ティーチングアシスタント(以下,「TA」という。)が質疑応答などに対応し,TAでは対処できないような内容については,専任教員が対処することとしているが,その具体的な運用の在り方は不明確である。予定しているTAは,完成年度において10人であり,大学院の学生(収容定員161人)の多様な課題やニーズに対して十分な支援が行われるとは考えられないのみならず,開学後にそれらが確実に措置される見込みも判然としない。
 また,インターネットに関する技術的支援体制について,サーバ等のシステムに障害が生じた際には,学長を長とするメンテナンスチームが復旧に当たるとして,専任の支援スタッフは置かれていない。ヘルプデスク機能も,教員間の分担・輪番制によることとされており,ここにも専任のスタッフは配置されないことになっている。さらに,インストラクショナル・デザイナーに関しては,専任のスタッフを置かず数理情報学を専門とする学長予定者がインストラクショナル・デザインに係る「専門的知識」を有することをもって足りるかのような説明がなされている。このように,通信障害の対応やインストラクショナル・デザイン等について,その中心的な役割を学長に依存する計画では,当該個人の資質能力に依拠することとなり,継続的・安定的に質の高い教育を実施していくことは困難である。学長としての職務の重責さ,業務内容の量,インストラクショナル・デザインに要する専門性,当該大学院におけるファカルティ・ディベロップメントの不備などを勘案すると,このような計画は安易なものと言わざるを得ない。
 加えて,学務事務に携わる事務職員として,大学全体で専任の者を1人のみ配置する計画となっているが,大学の管理運営に関わる事務処理についてコンピュータを利用して合理化するとしても,収容定員161人,専任教員8人に対して,教授会の運営等の庶務関係や会計関係,更には後述する電子資料の管理等も含め,1人の事務職員で円滑に業務を行うことは不可能である。また,各種の相談への対応等について学外に業務委託を行うこととしている点に関しても,重要な個人情報を含む安全管理等の面で問題がある。
 以上のことから,「添削等による指導及び教育相談を円滑に処理するため」の「適当な組織」(大学院設置基準第30条)や「事務を処理するため」の「適当な事務組織」(同第31条)が設けられているとは認められない。

4 図書について

 図書については,独自の電子資料としては,長野県中小企業情報センターより提供された32万件の技術経営に関する資料とフリーの電子ジャーナルのリンクを用意しているのみである。しかしながら,当該大学院の教育研究分野は数理情報に関する分野であり,技術経営に関する資料は,この教育研究分野と直接関係する資料とは認められず,また,フリーの電子ジャーナルで数理情報に関する分野を網羅できるとは考えられない。また,最新の論文については,その都度,論文単位で購入することとしているが,図書購入費については,教員1人あたり年間10万円の予算しか措置されず,この予算では,専任教員及び学生に対して十分な論文を購入することはできない。
 以上について,大学院設置基準第21条に定める「教育研究上必要な資料を系統的に整理して備える」こと及び同第22条の2に定める「必要な経費の確保等により,教育研究にふさわしい環境の整備に努める」ことができているとは認められない。

5 校舎等施設について

 長野市の構造改革特別区域計画に基づく特例措置により,校舎等施設については,学長室,会議室,事務室以外のものは必須でないこととなっている。当該計画においては,従来の当該大学準備室事務局が移転し,中心市街地の民間施設を利用して校舎等施設の整備を行うことが予定されていたが,諸般の事情により移転がなされないこととなっている。その結果,現時点の設置計画上,長野市内の個人住宅の2階部分を校舎等施設に充てることとなっている。
 特例措置の下で必置となっている,学長室,会議室,事務室については,単にその名称を掲げた場が存在することのみならず,大学としての円滑な管理運営に支障がないものとすることが必要である。
 しかし,当該大学院については,面積,構造のいずれの観点からも,狭隘かつ機能性を欠いており,このため,対面による相談を求める学生等への応対,教員間の対面を要する管理運営に係る諸会議など,大学の管理運営上の諸需要へ十分に対応するための基本的な機能を備えた施設となっていない。前述のとおり,事務組織などの支援体制には不備があると考えるが,こうした施設では,それらの改善充実も期待しがたい。
 以上のことから,「学長室,会議室,事務室」(大学設置基準第36条)を必置とする要件を充たすものとは認められない。

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高等教育局大学振興課大学設置室

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