戻る

審議会情報

第2章  初等中等教育の役割
   
   
第1節  初等中等教育の役割
  
  (1)初等中等教育の役割
   
  高等学校段階までの初等中等教育は,人間として,また,家族の一員,社会の一員として,更には国民として共通に身に付けるべき基礎・基本を習得した上で,生徒が各自の興味・関心,能力・適性,進路等に応じて選択した分野の基礎的能力を習得し,その後の学習や職業・社会生活の基盤を形成することを役割としている。
   
   
  (2)初等中等教育で育成すべき資質・能力
   
  上述の初等中等教育の基本的な役割を踏まえつつ,今日の子供や社会の状況を考慮し,その後の学習や職業・社会生活との円滑な接続を図っていく観点から検討すれば,初等中等教育段階においては,次のような資質・能力の育成を重視し,基礎・基本の確実な習得を図ることにより,「自ら学び,自ら考える力」などの「生きる力」を育成することが必要と考える。
    
        
  ア   国語を尊重する態度を育て,これを的確に理解し,国語により論理的に思考し,適切に表現する能力を養うこと。また,国際社会に生きる日本人として外国語によるコミュニケーション能力を育てること。
   
  イ   我が国の歴史・文化・伝統に対する理解と愛情及び諸外国の文化と歴史に対する理解とこれらを尊重する態度を育てるとともに,郷土や国を愛する心,世界の平和,国際協調に努める心を育てること。
   
  ウ   事象を観察し,理解し,論理的・科学的に思考したり,数理的に考察し処理する能力や情報社会において必要な情報活用能力を育てること。
   
  エ   家庭生活や社会生活の意義を理解し,家庭,社会及び国家の形成者として主体的・創造的に実践する能力と態度を育てること。
   
  オ   芸術を愛好し,芸術に対する豊かな感性を育てること。また,健康な心身と強い精神力を培い,運動に親しむ習慣,健康で安全な生活を生涯にわたって営む態度を育てること。
   
  カ   生命を尊重し,他人を思いやる心,自然や美しいものに感動する心や畏敬の念,人を敬う心,正義感,責任感,公徳心,人権尊重の精神,ボランティア精神など豊かな人間性を育てること。
   
  キ   自己の生き方を主体的に考え進路を選択する態度を育て,勤労を尊ぶ精神を身に付けさせ,さらに進路に応じて職業生活に必要な知識・技能を習得して生涯にわたりその向上に努める態度を育てること。
   
   
  (3)発達段階に応じた教育目標
   
    1     (2)において指摘した初等中等教育全体の役割を踏まえ,初等中等教育における各学校段階の教育目標を整理すれば次のとおりである。  
   
  
  ア 幼児教育段階
  幼児教育においては,小学校段階以降の生活や学習の基盤の育成につながることにも配慮し,幼児期にふさわしい生活を通して,基本的生活習慣の形成・定着,道徳性の芽生え,創造的な思考や主体的な生活態度の基礎などを育てる。
   
  イ 小学校教育段階及び中学校教育段階
  社会的自立に向けて,人間として,また,家族の一員,社会の一員として,更には国民として共通に身に付けるべき基礎・基本を着実に学習し定着させる。
    
  a.   小学校教育段階では日常生活に必要な各般の能力を養うことにより,社会生活を営むため必要な資質・能力の基礎を身に付けるとともに,自分の個性を発見する素地を育てる。
   
  b.   中学校教育段階では社会的自立のために必要な資質・能力の育成を図るとともに,生徒の興味・関心,能力・適性等の多様化に対応して,選択による学習を行う。
   
  特に進学や職業選択の準備のため,自らの生き方を考えて行動する能力や態度及び主体的に進路を選択する能力を身に付けるとともに,その後の学習や職業生活を通じて一層伸張されるべき自己の個性を見いだしておくことが重要である。
   
  ウ 高等学校教育段階
  生徒が自らの在り方生き方を深く考え,将来の進路を選択し,決定する能力や態度を身に付けるとともに,各自の興味・関心,能力・適性,進路等に応じて選択した分野の学習を深める。
   
  特に将来にわたって明確な目的意識を持って学習や職業生活を継続していくため,基礎・基本として国家・社会の形成者としての正義感,責任感,公徳心や自律の精神を養い,勤労を重んずる態度や主体的に学習する態度を身に付けることが重要である。
   
    2   義務教育の役割
  上記1の初等中等教育の各段階の教育のうち,人間として,また,家族の一員,社会の一員として,更には国民として共通に身に付けるべき基礎・基本を習得させるための教育については,国民の誰もがこれを等しく享受し得るように制度的に保障するため,国の政策として義務教育制度が設けられている。  
  
  義務教育の始期や年限,学校段階の区切りについては,歴史的な経緯や諸外国の状況,児童・生徒の発達段階,国の財政事情等を総合的に判断して,現在,その年限を9年とし,初等中等教育のうちの小学校段階及び中学校段階とされている。  
   
    3   今後の検討課題
  初等中等教育段階全体を通して見れば,子供と社会の状況の様々な変化を考慮する必要がある。例えば子供の身体や精神の発達の早まりが見られる一方,生活の自律や進路選択の意識の面では自立が遅れる傾向にあると言われていること,高等学校への進学率が97%に達するなど後期中等教育が広く普及したこと,少子化の影響もあり,四年制大学・短期大学進学率が49%に達するなど急速に上昇していること,社会の成熟化に伴い産業構造の変化,生活文化水準の向上などが見られ,これを背景に国民のニーズの多様化が進展していることなどの状況が見られる。これらを踏まえ,幼児期から初等中等教育を一貫してとらえて各学校段階間の連携を一層強化するため,下記ア,イ,ウのような観点から,カリキュラムの一貫性,系統性をより一層確立するとともに,学校段階間のより望ましい連携や接続の在り方について総合的かつ多角的な観点から検討する必要がある。
   
  この点については,昭和46年の中央教育審議会「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」の答申において,人間の発達過程に応じた学校体系の開発を行うため先導的な試行に着手するよう提言がなされ,その後研究開発学校制度を設けて研究を行ってきたところである。今後この制度を抜本的に見直し,新しい教育課程や学校段階間の接続のモデルとなり得るよう,重点的な研究課題を集中的に実践研究する大型の研究開発学校を設け,これを活用して,より実践的な研究を行うことが適当である。  
    
  ア 幼児教育と小学校低学年の連携・接続の課題
  この段階は,集団生活や具体的・体験的な活動を通じて総合的に学習を行う段階として共通性を有しており,小学校低学年の教科を大くくりに編成したり,児童の生活に即した課題を活動や体験を重視しつつ総合的に学習させるなどの研究が行われ,これが「生活科」の導入に結び付いているところであり,更に研究を深める必要がある。
   
  イ 小学校高学年と中学校教育の連携・接続の課題
  この段階は,児童・生徒の思春期の特徴が現れるため,心身の発達に応じて一貫性のある継続的な指導を行う必要があり,具体的思考による学習から抽象的思考による学習への移行や,各自の個性の現れというこの時期の特性に対応して,教育内容や小学校における専科指導の充実なども含めた指導方法の在り方などについて研究を進める必要がある。
   
  ウ 中学校教育と高等学校教育の連携・接続の課題
  この中等教育の段階については,中学校と高等学校に分割することなく,カリキュラムや生徒指導に一貫性を持たせ,青年前期の内面的な成熟を促進し,十分な観察による一貫した学習指導・進路指導を行う必要性が従来から指摘されており,研究・実践も積み重ねられて,平成11年度から中高一貫教育を実施するための制度が導入されたところである。
  
  この中高一貫教育を実施する学校が全国の生徒や保護者にとって実質的に選択が可能となるよう,できるだけ速やかに高等学校の通学範囲に少なくとも1校は設置されることが必要であり,このための整備を促進していく必要がある。
  
  現在,中高一貫教育を実施する学校として,中等教育学校,同一設置者による併設型中学校・高等学校,異なる設置者による連携型中学校・高等学校,の三つの類型があるが,それぞれの教育実践を踏まえて,更に教育内容や連携の在り方について研究を続ける必要がある。
  
   
第2節  学力の現状
   
  最近,大学関係者を中心として入学してくる学生の学力低下を指摘する幾つかの意見が提起されている。このため,中央教育審議会としてもこのような指摘自体を接続をめぐる課題の一つとしてとらえ,検討し,一定の考え方を示す必要があると考える。
   
  高等学校以下の学校の児童・生徒の学力については,各種の調査があるが,全国的,国際的な調査としては,文部省が行った「教育課程実施状況調査」,国際教育到達度評価学会(IEA)の「国際数学・理科教育調査」(実施機関:国立教育研究所)がその代表的なものである。
   
  文部省が行った小・中学校の「教育課程実施状況調査(平成5〜7年度)」の結果では,児童・生徒の学力は,文章表現や論理的な思考力などがやや弱いなどの問題点も見られるが,計算の技能や文章を読み取る力などは比較的よく身に付いており,児童・生徒の学習状況はおおむね良好であると考えられる。
   
  また,同調査では過去の調査と同一の問題も一部出題しているが,その結果を見る限り,通過率が高くなったもの,低くなったもの様々であり,全体としてはほぼ同様の状況である。
   
  平成7年に実施された「第3回IEA国際数学・理科教育調査」(国立教育研究所)の結果によれば,我が国の児童・生徒の算数・数学及び理科の学力は,参加国中2〜3位(参加国:小学校対象26か国,中学校対象41か国)にあり,国際的に見て依然トップクラスにある。これまでの第1回,第2回の同調査においても,我が国の成績はトップクラスであった。また,過去の調査と同一の問題の正答率はほぼ同じである。
   
  平成11年に実施された「第3回IEA国際数学・理科教育調査−第2段階調査−」での結果の速報においても,平成7年と平成11年の生徒(中学校2年生)の数学及び理科についての同一問題の正答率はほぼ同様の結果となっている。これらのデータから見る限り我が国の小・中学校段階の児童・生徒の学力は,全体としてはおおむね良好であり,維持されているものと考えられる。
   
  一方,平成7年と平成11年のIEA国際数学・理科教育調査においては,算数・数学や理科に対する態度についても調査している。平成7年の結果によれば,我が国の小・中学生は,算数・数学や理科が好きという子供の割合は国際的に見て低いレベルであり,また,中学生は,これらの教科の学習が生活にとって大切であるとか,将来数学や科学に関する職業に就きたいと考える子供の割合も低いレベルであるという問題点も明らかになった。平成11年の調査の速報においては,数学や理科の好き嫌いについて好意的な態度を持つ生徒の割合は平成7年に比べ減少している。
   
  このような状況の中で,中央教育審議会は,平成8年7月の「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」第1次答申において,「ゆとり」の中で自ら学び自ら考える力などの「生きる力」の育成を基本とし,教育内容の厳選と基礎・基本の徹底を図ること,一人一人の個性を生かすための教育を推進すること,学力の評価は単なる知識の量の多少のみで行うべきでなく,変化の激しい社会を「生きる力」を身に付けているかどうかによってとらえるべきであることなどを提言した。新学習指導要領は,この提言を踏まえ改訂されたものである。これにより,児童・生徒が共通に学ぶ知識の量は従来に比して減ることになるが,ゆとりをもって,個人として国家・社会の一員として社会生活を営む上で必要な基礎・基本をしっかり習得させるとともに,中・高等学校においては,生徒が選択して学習できる幅を従来以上に拡大し,生徒の興味・関心,進路希望等に応じて,より深く高度に学ぶことができるようにするなど,学ぶことの楽しさを味わわせ,学ぶ意欲や学び方,知的好奇心・探求心などを身に付けさせることによって,児童・生徒の「生きる力」としての学力の質を向上させることができると考えている。今後は,文部省としてこのような新しいとらえ方による児童・生徒の学力について引き続き実態を把握するため,総合的な調査を行う必要がある。
   
  大学生の学力低下については,これに関する客観的な全国調査がなされているわけではなく,それを明らかに示すデータはない。平成10年に大学入試センターが実施した「学生の学力低下に関する調査結果」は,国立大学の学部長を対象に,学部新入生の学力についてのアンケート調査を実施したものである。この調査では,学部長の約55%が「学力が低下している」又は「やや低下している」と回答しており,これと関連して,「自主的,主体的に課題に取り組む意欲が低い」,「論理的に思考し,それを表現する力が弱い」,「必要な基礎科目は履修しているが,理解が不十分」,「大学での学習に必要な基礎科目を履修していない」等の指摘がなされている。しかしながら,学力は「変わりない」,「やや上昇している」,「上昇している」とした者も約45%いることなどを踏まえると,この調査のみから,近年の学生の学力が低下していると断定することはできない。
   
  仮に,大学生の学力低下があるとすれば,大学進学率の上昇により,大学生の従来型の平均的学力が低下していることが考えられ,一般的に,進学率の上昇に伴いこのような状況が今後進むことが予想される。さらに,前述の「学生の学力低下に関する調査結果」に見られるように,今の大学生は一般的に学ぶということに対する意欲,関心,心構えが昔に比べて劣っているという指摘があり,このことはより深刻な課題であると考えられる。これには,様々な要因が背景にあると考えられるが,今後,その原因の分析,対策に関して実証的な研究を進める必要がある。いずれにしても,当面,これらの課題に対しては,自ら考える力の育成を目指す方向での初等中等教育の改善,学ぶ意欲や考える力などを含め,各大学の教育に必要な能力・適性等を適切かつ総合的に判定する方向での入学者選抜の改善,課題探求能力の育成を目指す方向での大学教育の改善などを通じて対応していく必要がある。  
   
   
第3節  各学校段階ごとの到達度評価
   
  各学校段階において,児童・生徒が当該学校段階の教育目標を達成しているかどうか,修了時等において評価することは,各学校が教育上の責務として適切に行うべきものであり,また,上級の学校段階の教育との円滑な接続に資する観点からも重要である。
   
  しかし,我が国では,必ずしも各学校における評価の参考とできるような客観的な評価基準や評価方法に関する研究が進んでいないことから,このような評価基準等について国立教育研究所,都道府県の教育研究所,大学等において積極的な研究,開発を行うことが必要である。各学校では,これらの評価基準等を参考としながら各学校段階の教育目標を達成しているかどうかを評価することになるが,評価基準や評価方法の使い方は一律である必要はなく,各学校で工夫して用いることが求められる。児童・生徒の評価に当たっては,「生きる力」を含めた発達の全体像を視野に入れることが重要であり,知識に偏した評価が過度に意識されることのないように留意すべきである。各学校においては,児童・生徒の評価結果を自校の教育課程の編成や教育方法の改善に生かしていくという視点が重要である。
   
  なお,各学校において各学校段階の教育目標を達成しているかどうかを評価するに当たっては,児童・生徒に対し新たな負担を課したりすることがないよう,各学校における教育の中で適切に行っていく必要があることに留意すべきである。
   
  また,先にも述べたように,文部省として児童・生徒の学力の実態を把握するため,総合的な調査を行う必要がある。
   
  なお, 高等学校卒業時点で全国で一斉に試験を行って到達度評価を行うべきであるという考え方もあるが,高等学校の場合は,生徒の発達段階や約97%の進学率という実態から生徒の能力・適性,興味・関心に応じた多様な教育が求められるため,教育の一環である評価も多様になる。したがって,大学進学を希望しない者まで含めて全国レベル等の共通試験を実施して,卒業を認定するようなことは適切ではない。そのような共通試験を実施することは,高等学校の多様化を妨げる可能性がある。飽くまでも各高等学校の責任において到達度を評価し,卒業を認定すべきと考える。  
   
   
第4節  高等学校入学における能力・適性等の判定
   
  現在,高等学校は,進学率が約97%に達し,事実上すべての国民が学び得る教育機関となり,個性化・多様化が進んでいる。また,専修学校高等課程(高等専修学校)も中学校卒業者の一部が進学する後期中等教育機関となっている。
   
  入学者選抜については,高等学校進学率が約67%であった昭和38年の「公立高等学校入学者選抜要項」(初等中等教育局長通知)において,「高等学校の教育課程を履修できる見込みのない者をも入学させることは適当ではない」とした上で,「高等学校の入学者の選抜は,……高等学校教育を受けるに足る資質と能力を判定して行なうものとする」とする考え方を採っていた。しかし,進学率が約94%に達した昭和59年の「公立高等学校の入学者選抜について」(初等中等教育局長通知)においては,「高等学校の入学者選抜は,各高等学校,学科等の特色に配慮しつつ,その教育を受けるに足る能力・適性等を判定して行う」として,高等学校の入学者選抜は,飽くまで設置者及び学校の責任と判断で行うものであることを明確にし,一律に高等学校教育を受けるに足る能力・適性を有することを前提とする考え方を採らないことを明らかにした。
   
  これに基づいて現在それぞれの学校や学科の特色に応じた多様な選抜方法の実施,知識に偏らず思考力,表現力などを評価する学力検査の工夫,学業以外の活動の積極的評価など,入学者選抜の改善の努力が進められているところである。  さらに,中高一貫教育制度の実施にあわせて,平成11年度からは,高等学校の入学者選抜について,生徒の多様な能力,適性等を多面的に評価するとともに,一層各学校の特色を生かした選抜を行い得るよう,調査書及び学力検査の成績のいずれをも用いず,他の方法によって選抜を行うことを可能とする制度改正を行い,選抜方法についての設置者及び各学校の裁量の拡大を図ったところである。
   
  今後,このような趣旨が更に徹底され,後期中等教育機関への進学希望者を盲・聾・養護学校高等部も含めた後期中等教育機関全体で受け入れられるよう適切な受験機会の提供や,高等学校の整備,盲・聾・養護学校の高等部の整備などの条件整備に努める必要がある。