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第1章  教育の課題と今後の教育の基本的方向について

  教育の現状と課題

  昭和22年3月,民主的で文化的な国家を建設し,世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする憲法の理想の実現を教育の力に託し,戦後の日本の教育の基本を確立するため,教育基本法が制定された。教育基本法の下に構築された学校教育制度をはじめとする教育諸制度は国民の教育水準を大いに向上させ,我が国経済社会の発展の原動力となった。

  教育基本法は,制定から55年が経過したが,その間に世界も我が国社会も大きな変化を遂げた。科学技術,産業構造,社会システム,国際関係の大変化と世界規模の競争の激化の中で,我々の社会の未来の基軸を形成する教育の在り方は転換を迫られている。
  今日,我が国社会は大きな危機に直面していると言わざるを得ない。国民の間では,これまでの価値観が揺らぎ,自信喪失感や閉塞感が広がっている。倫理観や社会的使命感の喪失が,政治,行政,企業の不祥事の頻発と犯罪の増加を招いている。国民は,正義,公正,安全への信頼を失い,社会全体のモラルの低下が加速している。長引く経済の停滞の中で,多くの労働者が離職を余儀なくされ,新規学卒者の就職は極めて困難となり,青少年は夢や希望を持ちにくくなっている。少子高齢化による人口構成の変化が,社会の活力低下を招来している。

  教育に目を向けると,高度経済成長期には有効であった従来型の教育の限界が露呈しつつある。一方,それに代わる新しい教育の姿はまだ確立するに至っていない。家庭は子どもの教育を学校教育に過度に依存する傾向が強まっている。その学校教育は受験競争の影響を免れ得ず,また機会の平等を超えて結果の平等主義や画一主義に陥りがちで,一人一人の個性や能力を十分に伸ばすことができず,時代や社会の変化に柔軟に対応することが難しくなっている。
  家庭や地域の教育機能が低下している。家庭や地域社会において,人との交流や様々な活動,経験を通じて,敬愛の念,感謝,家族や友人への愛情,道徳,自律心などの心身の健全な成長を促す教育力が十分に発揮されていない。
  将来の夢や目標を描けぬまま,規範意識や学ぶ意欲を低下させる青少年が増え,凶悪犯罪の増加や学力の問題が懸念されている。学校現場は,いじめ,不登校,中途退学,学級崩壊などの深刻な問題を抱えている。

  我が国の教育の改革については,昭和59年に内閣総理大臣の下に発足した臨時教育審議会の提言に基づく改革をはじめ,様々な観点から不断の改革が行われてきた。しかしながら,関係者の努力と数々の改革の取組にもかかわらず,我が国の教育は現在なお多くの課題を抱え,危機的な状況に直面している。教育行政を含め,教育関係者はこの現状を真摯に受け止め,改善に向けて今後一層の努力を重ねる必要がある。
  一方,教育基本法制定から半世紀以上を経て,国際的にも国内的にも経済や社会の状況は大きく変化し,国民の意識も変容を遂げてきた。それに伴い,教育の理念として特に重視すべき内容も変化してきている。

  このような中で,我が国の教育が直面する危機を打破し,その再生を図るためには,具体的な教育改革の取組を引き続き推進するとともに,教育基本法に定める普遍的な理念は大切にしつつ,今日的な視点から,教育の在り方を根本までさかのぼって,今後目指すべき理念を再構築することが必要と考える。そして,その新しい基盤に立って,家庭教育,幼児教育,初等中等教育,高等教育,社会教育等の各分野にわたる改革を進めていく必要がある。

  現在,我が国社会の再構築に向けて,戦後の我が国社会の発展を支えてきた政治,行政,司法や経済構造などの基本的な制度の抜本的な改革が進められている。我が国を創造性と活力に満ちた真に豊かな社会として輝かせるためには,教育についても,これら一連の諸改革と軌を一にして,大胆な見直しと改革を推進していく必要がある。

  今回の教育改革は,国民一人一人が,国家,社会の形成者,国際社会の一員としての責任を自覚し,主体的に参画しながら進められなければならない。国や社会は誰かがつくってくれるものという被統治者意識が青少年期に定着するのは,民主主義の根幹を揺るがすものである。社会や国の問題を自分自身の問題として考え,そのために積極的に行動するという公共心が必要であり,現在我が国社会が直面している危機の根源もその欠如に発している。近年,ボランティア活動など,個人や団体が,社会的課題を解決するための活動に自ら進んで参加する動きも広がってきている。こうした気運の高まりも生かしながら,国民一人一人の主体的な参画による新しい教育の実現を目指す必要がある。


  21世紀の教育が目指すもの

  教育には,人格の完成を目指し,個人の能力を伸長し,自立した人間を育てるという使命と,国家や社会の構成員として有為な国民を育成するという使命がある。すべての人はそれぞれ多様な個性や特性を持つ。教育は,それを尊重し,生かし,育てることによって,多様な成長過程と人生を保証するものでなければならない。この基本的使命は,今後の時代においても変わることはない。

  一方,これからの教育には,少子高齢化社会の進行と家族・地域の変容,高度情報化の進展と知識社会への移行,産業・就業構造の変貌,グローバル化の進展,科学技術の進歩と地球環境問題の深刻化,国民意識の変容といった歴史的変動の時代の潮流に的確に対応していくことが求められる。

  さらに,21世紀の社会の最も大きな課題の一つは,人間と自然との共生であり,多様な文化や価値観がこの地球に共生することである。また,日本人が古来大切にしてきた,自然の本質を理解し,自然や人間との調和を重視する行動様式は,今後の共生社会においてより一層重要な意義を持つものであり,我が国の文化として,教育においても大切に継承し,発展させていくべきである。

  本審議会は,教育の実現すべき普遍的な価値を再認識しつつ,新しい時代の大きな変化の潮流の中で,それぞれの多様な個性や特性を生かしつつ,人格の完成を目指し,国家や社会の責任ある形成者として新しい時代を担う個人を育成する観点から,以下の5つをこれからの教育の目標として提示し,「21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」と集約することとしたい。

1 自己実現を目指す自立した人間の育成

  すべての国民は,一人の人間としてかけがえのない存在であり,その価値を尊重されなければならない。このため,教育を通じて個人の能力を最大限に引き出すことは,教育の大切な使命である。一人一人が学ぶことの楽しさを知り,基礎・基本を身に付け,生涯にわたって自ら学び,自らの能力を高め,自己実現を目指そうとする意欲,態度や自発的精神を育成することが大切である。

2 豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成

  豊かな心をはぐくむことを人格形成の基本として一層重視していく必要がある。人間として守らなければならない最低限の規範意識を,青少年期にきちんと身に付けさせるとともに,自律心,誠実さ,責任感,倫理観,感謝や思いやりの心,他者の痛みを理解する心や礼儀,勤労の大切さや公正さ,自然を愛する心,美しいものに感動する心,生命を大切にする心,人間の力を超えたものに対する畏敬の念などを,強制や押し付けでなく自然に学び身に付ける教育を実現する必要がある。また,生涯にわたって生き生きとした人生を送ることができるよう,健やかな体をはぐくむことも一層重視していく必要がある。

3 知の世紀をリードする創造性に富んだ人間の育成

  来るべき知識社会を担うためには,基礎・基本を習得し,それを基に,探究心,発想力や創造力,課題解決能力等を伸ばし,知の世紀をリードする人材を育成する教育が必要である。特に大学の教育研究機能を飛躍的に高め,未来への扉を開く鍵となる独創的な学術研究や科学技術の担い手として知の創造を推進する人材を育てていくことが極めて重要である。

4 新しい「公共」を創造し,21世紀の国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成

  国民の主体的な参画に支えられたより良い国づくり,地域づくり,社会づくりのために主体的,積極的に参画する国民を育成する必要がある。近年,従来の「官」と「民」という二分法では捉えきれない新しい「公共」の観点に立って,地域社会の環境改善や地球環境問題など国際社会の課題の解決に,ボランティア活動などを通じて主体的に取り組もうとする国民の意識が高まりを見せている。こうした自発的な参加意識を更に高めつつ,国民一人一人に,自らが国づくり,地域づくりの主体であるという自覚と行動力,正しいことを行うに必要な勇気,「公共」の精神,社会規範を尊重する意識や態度など国家・社会の形成者として必要な資質を育成していく必要がある。

5 国際社会を生きる教養ある日本人の育成

  グローバル化の中で,自らが国際社会の一員であることを自覚し,自分とは異なる文化や歴史に立脚する人々と共生していくことが重要な課題となっている。そのためには,自国の伝統,文化についての理解を深め,豊かな教養を身に付けるとともに,諸外国の伝統,文化をも大切にする態度を身に付けることが必要である。我が国の伝統,文化を深く理解し尊重する態度は,郷土や国を愛し,誇りに思う心をはぐくむ。こうした心がなければ,他国の伝統や文化を尊重する心も持つことができない。こうした資質を基盤として,広く国際社会を相手に対話し行動できる能力の育成を重視し,世界を舞台に活躍し,世界に貢献する教養ある日本人の育成を目指す必要がある。


  目標実現のための課題

  このような目標の実現のためには,教育基本法をはじめ教育関連法制の見直しまでさかのぼった教育改革が必要である。その中で,学校教育制度をはじめとする教育諸制度や諸施策を見直すとともに,学校教育のみならず教育の各分野にわたる具体の施策を総合的,体系的に位置付ける教育振興基本計画を策定することによって,実効性のある改革を進めていく必要がある。また,教育に対する国民一人一人の意識改革,更には政治や経済を含めた社会全体での取組が必要であることは改めて言うまでもない。

  教育は未来への先行投資である。これからの教育の目標を実現するため,教育投資を惜しまず必要な施策を果断に実行していく必要がある。現在の国,地方を通じた厳しい財政状況の下で,教育投資の充実を図っていくためには,投資の重点化・効率化,厳格な政策評価とその結果の反映に留意しつつ,積極的な情報公開に努め,幅広く国民の支持を得ることが重要である。


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