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資料1

新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について
(中間報告案)


はじめに

序章

第1章  教育の課題と今後の教育の基本的方向について
1     教育の現状と課題
  21世紀の教育が目指すもの
(1) 教育の役割と継承すべき価値
(2) 激動の時代への挑戦
(3) これからの教育の目標
(4) 目標実現のための課題

第2章  新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について
1     教育基本法見直しの必要性
(1) 教育基本法見直しの視点
(2) 教育基本法見直しによる教育改革の推進
  具体的な見直しの方向
(1) 教育の基本理念
(2) 教育を受ける権利、義務教育等
(3) 国、地方公共団体の責務等
(4) 学校、家庭、地域社会の役割等
(5) 教育上の重要な事項

第3章  教育振興基本計画について
1     教育振興基本計画の策定の必要性
  教育振興基本計画の基本的考え方
  教育振興基本計画に盛り込むべき施策の検討の視点
(1) 国民から信頼される学校教育の確立
(2) 「知」の世紀をリードする大学改革の推進
(3) 家庭の教育力の回復、学校・家庭・地域社会の連携・協力の推進
(4) 生涯学習社会の実現




はじめに

  中央教育審議会では、昨年11月に文部科学大臣より、「教育振興基本計画の策定と新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方」について諮問を受け、総会及び総会の下に設けられた基本問題部会において審議を重ねてきた。
  審議会では、まず、我が国の教育の現状と課題、これからの教育の目標、今後の教育改革の基本的方向について議論を行い、これらの議論を踏まえ、教育振興基本計画の在り方や基本計画に盛り込むべき具体的な政策目標や施策について審議し、さらに、教育基本法の在り方について審議を行ってきたところである。
  この度、これまでの審議の結果を中間報告としてまとめ、公表することとした。この中間報告では、教育基本法の在り方に関しては、審議の過程をできるだけ分かりやすく示しながら、意見が集約された論点について見直しの方向を明らかにした。いくつかの論点については、意見の集約に至らず引き続き検討することとしている。また、教育振興基本計画の在り方に関しては、将来の計画の策定を視野に入れ、計画の骨格となる基本的な考え方を取りまとめた。
  国家百年の計である教育の在り方は、国民一人一人の生き方や幸せに直結するとともに、国や社会の発展の基礎を作る大変重要な問題であり、特にその根本法である教育基本法の在り方については、国民的な論議が不可欠である。審議会では、今後、教育関係者をはじめ国民各層の意見を伺い、更に議論を進め、答申を取りまとめることとしている。この中間報告を機に、国民の皆様が教育への関心を一層高め、幅広い視点から活発な議論を展開していただくことを期待したい。


序章

  内閣総理大臣の下に設置された教育改革国民会議は、日本の教育は危機に瀕しているとの認識のもとに教育基本法見直しの観点として、以下の3点を提示した。
1 新しい時代を生きる日本人の育成
2 伝統、文化など次代に継承すべきものの尊重、発展
3 教育振興基本計画の策定など具体的方策の規定

  本審議会は、このような観点も踏まえ、我が国の社会の現状と今後の変化を見通しながら、これからの教育の在り方について審議した。その結果、21世紀を迎え、我が国の社会や教育は、以下のような様々な課題に直面しているとの認識に至った。
1 日本社会の再生
バブル崩壊後、潜在力を生かせず長引く経済不況から脱却できない日本経済、国としての自信と目標の喪失
高い倫理観が求められる指導者層における責任感、規範意識の低下とリーダーシップの欠如
若年層が夢や希望を持てない閉塞感漂う社会
伝統、文化など次代に継承すべき価値を尊重する必要性など
2 グローバル化の進展と国際的な大競争時代
グローバル化の進展がもたらす世界規模の大競争の激化
大競争時代の下での産業構造、就業構造の激変、日本的雇用慣行の変容、リストラの進行、フリーターの増加
我が国産業の国際競争力の強化の必要性(ライフサイエンス、ナノテクノロジー、IT等)
東西冷戦構造崩壊後の南北格差の拡大、宗教対立の激化など
3 「知」の世紀への対応
「知」の世紀をリードする人材の育成のための大学改革の推進
地球環境など人類が直面する問題を解決するための知の結集
国家戦略としての科学技術の推進など
4 少子高齢化による社会の活力の衰退
急激な少子高齢化と労働力人口の減少による社会の活力の衰退
18歳人口の減少に伴う大学進学状況の激変
家庭、地域社会の教育力の崩壊など
5 心の危機
自由と責任、権利と義務、個と公のバランスの欠如
社会の構成員としての自立心、自己責任の意識の欠如
倫理観、マナーなどの道徳的価値の軽視
他者への思いやり、弱者への配慮の重要性など
6 教育再生への挑戦
保護者の期待に真に応える学校教育の確立(確かな学力の育成)
子どもの学ぶ意欲、規範意識、勤労意識、体力の向上
過度の平等主義から脱却し、社会の変化に対応する学校教育の改革
世界的な大競争時代に対応する人材を育成する大学改革
外国語を使える日本人の育成の必要性
学校完結型から生涯学習社会への転換の必要性
家庭、地域社会の教育機能の再生など

  よき社会はよき教育によって作られる。危機に直面する我が国社会が、創造性と活力に満ちた豊かな社会として発展を続けるためには、政治、行政、司法制度や経済構造の改革など21世紀にふさわしい国のかたちの再構築を図る一連の諸改革と軌を一にして、教育についても、根本にまで遡った見直しと改革が必要である。その改革は、日本人の潜在力を呼び覚まし、日本人が自信を持って新しい時代に立ち向かう力を与えるものでなければならない。

  本審議会が提示する新しい時代の教育目標は、端的に言えば「新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人」の育成である。そのためには、教育の根本法である教育基本法についても、普遍的な理念は大切にしながら、以下の視点を明確にする観点から見直しを行うべきであるとの意見が大勢を占めた。

1 国民から信頼される学校教育の確立
一人一人の個性に応じてその能力を最大限に伸ばす視点
豊かな心と健やかな体をはぐくむ視点
グローバル化、情報化、地球環境、男女共同参画など時代や社会の変化への対応の視点
2 「知」の世紀をリードする大学改革の推進
「知」の世紀をリードする人材の育成など大学改革の推進の視点
3 家庭の教育力の回復、学校・家庭・地域社会の連携・協力の推進
家庭教育の重要性の明確化の視点、学校・家庭・地域社会が連携・協力して子どもを育てる視点
4 「公共」に関する国民共通の規範の再構築
「公共」に主体的に参画する意識や態度の涵養の視点
日本人のアイデンティティ(伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心)の視点、国際性の視点
5 生涯学習社会の実現
生涯のいつでも自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が社会で適切に評価されるような「生涯学習社会」の実現の視点

  さらにこの目標を達成するためには、必要な施策を総合的、体系的に構成した教育振興基本計画を策定することが重要であり、その根拠規定を教育基本法に明確に位置付ける必要があるとの意見が大勢を占めた。

  近代以降、我が国は2度にわたる教育パラダイムの大転換を経験した。その第1は明治5年の学制公布による近代教育制度の創設であり、第2は教育基本法体系下の戦後教育改革である。今、これらに匹敵する教育改革を実現すべき時が来ている。そのためには、本中間報告で述べる教育基本法の見直しや教育振興基本計画の策定を含めた根本的な取組が不可欠である。


第1章  教育の課題と今後の教育の基本的方向について


1  教育の現状と課題

  戦後の荒廃の中で、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする憲法の理想の実現を教育の力に託し、昭和22年3月に教育基本法が制定された。教育基本法及び同法の精神に則って制定された学校教育法などの法体系の下での戦後教育改革により、各般の教育諸条件の整備が進み、教育を重視する国民性や所得水準の向上などともあいまって、教育は著しく普及した。こうして達成された教育の量的拡大と国民の教育水準の向上が、諸外国から奇跡とも呼ばれた我が国経済社会の発展の原動力となったことは疑いない。

  しかしながら、昭和50年代中頃から、様々な教育問題が社会的に大きな関心を集めるようになり、政府の総力を挙げて教育改革に取り組むため、昭和59年9月に内閣総理大臣の下に臨時教育審議会(臨教審)が発足した。臨教審は、戦後教育改革の成果を高く評価する一方で、戦後教育改革も大局的に見ると明治以降の追いつき型教育の延長線上にあって、深刻な教育荒廃をもたらしており、個性の尊重、高等教育の個性化や高度化、創造性や国際性の涵養等の観点からの改革が必要と総括した。

  このような認識の下に、臨教審は、21世紀に向けた教育改革の基本的考え方を、1個性重視の原則、2生涯学習体系への移行、3国際化、情報化等変化への対応、の3つに集約した。臨教審以降の教育改革は、この3つの基本的考え方を踏まえて展開されており、例えば「個性重視の原則」の観点からは、自己教育力の育成を重視した学習指導要領の改訂、個に応じた指導を実現するための教職員定数改善、高等学校総合学科の創設、6年制中等教育学校の制度化、大学設置基準の大綱化、大学院制度の弾力化、大学・大学院への飛び入学など様々な施策が実現している。

  このように、教育関係者は教育改革を進めるために不断の努力を行ってきているが、教育を取り巻く社会は時に改革を上回るスピードで急速に変化している。特に、東西冷戦構造の崩壊後、世界規模の競争が激化する中で、時代は、我が国の経済、社会に否応なしに大きな転換を迫っている。この大転換期の試練の中で、国民の間では、これまでの価値観が多様化し、自信の喪失とモラルの低下という悪循環が生じている。教育の世界に目を転ずると、物質的な豊かさの中で子どもたちはひ弱になり、将来の夢や目標を描けぬまま、次第に規範意識や学ぶ意欲を低下させ、青少年の凶悪犯罪の増加や学力の問題が懸念されている。また、教育の現場は、いじめ、不登校、いわゆる「学級崩壊」など深刻な危機に直面している。

  ここまで概観してきた現在の我が国社会と教育の危機の背景には、様々な要因が複雑に絡み合っているが、教育が我が国社会の存立基盤であることを省みるとき、教育の責任は大きいと言わざるを得ない。例えば、従来、受験競争などを背景に、大人は子どもの教育について学校教育に過度に依存する実態があったこと、その学校教育がややもすれば過度の平等主義や画一主義に陥りがちになり、時代や社会の大きな変化に対応していく柔軟性に乏しかったこと、また学校においては教育の現状や成果を適切に把握、評価し、その評価に基づく改善措置を自ら講じていくという取組みが十分ではなかったことなどが指摘できる。

  さらに、教育の原点である家庭や地域社会において、親子の触れ合い、友達との遊び、地域の人々との交流などの様々な活動や経験を通じて人間形成と成長を促す教育力が十分に発揮されていなかったことも指摘できる。以上のことは、これまでの教育の在り方そのものに関わる大きな問題であり、教育行政を含めたすべての教育関係者は、これを真摯に受け止めなければならない。

  このような認識の下に、平成12年3月には内閣総理大臣の下に教育改革国民会議が設置され、9か月間の審議を経て、同年12月に最終報告がまとめられた。その中では、15の具体的施策と並んで、教育振興基本計画の策定と教育基本法の見直しの必要性が提言され、現在の本審議会の審議にも引き継がれている。

  一方、世界の潮流をみると、物質的に豊かになるにつれて、青少年の非行や犯罪の増加など教育面での困難な状況が生じるという現象は、多くの国に共通している。また、経済面での国際競争の激化、情報革命の進展、知識社会の到来といった大きな変化の中で、教育が国民の未来や国の行く末を左右する重要課題と認識されるようになってきており、これらを背景に、各国において「国家戦略としての教育改革」が急速に進行している。さらに、地球的規模での調和ある発展の観点から、持続可能な開発の実現や発展途上国の自立の支援のためにも教育は重要な戦略となっている。

  国民一人一人の自己実現、幸福の追求と我が国の理想、繁栄の実現を期してたのむべきは、今も教育の力をおいて他にない。このままでは我が国が立ち行かなくなるとの危機感を持って、教育の在り方を根本にまでさかのぼって見直していかなければならない。


2  21世紀の教育が目指すもの

  教育の在り方を根本にまでさかのぼって見直し、新しい時代の教育が目指すべき目標を考えるに当たっては、次代に継承すべき価値のあるものと時代の変化とともに変えていく必要のあるものについて十分検討しなければならない。前者を軽視すれば、教育は一貫性のない場当たり的な営みに終始し、次世代へ受け継がせるべき優れた伝統や文化を失うこととなり、後者を軽視すれば、硬直した画一的な教育が個人や社会の活力を衰退させることとなる。

(1)教育の役割と継承すべき価値

  教育には、人格の完成を目指すという目的のもと、個人の能力を伸長し、自立した人間を育てるという役割と、国家や社会の構成員として有為な国民を育成するという役割があり、これらは、これからの時代においても引き続き変わらないものと考える。また、個人の尊重、自律心、義務をしっかり果たそうとする責任感、他人を思いやる心、公共の精神、規範意識、伝統や文化を大切にする心、幅広い教養や健やかな体などの豊かな人間性を育むことは、次代に伝えていくべき価値あることであり、これからの教育においても大切にしなければならないものである。このような教育の役割と継承すべき価値については、21世紀の教育においても、しっかりと踏まえていかなければならない。

(2)激動の時代への挑戦

  一方、これからの教育には、我が国内外で進行する大変革の波に挑み、激動の時代を切り拓いていく日本人を育成することが求められる。新しい時代を展望する際、少子高齢化の進展のように変化の方向性がほぼ確実に予測できるものもあれば、国民意識のように様々な変動要因があり変化の方向性の予測が容易ではないものもあるが、新しい時代の教育を考える上で重要な時代の潮流は次の通りである。

1少子高齢化社会の進行と家族・地域の変容

  我が国社会では、男女の晩婚化、子どもを産み育てることに対する夫婦の意識の変化、子どもを産み育てにくい様々な社会的条件などを背景に少子化が進行する一方、国民の平均寿命の伸長により今や人生80年時代の長寿社会を達成しており、今後とも、我が国の人口構造は急速に少子高齢化の度合いを強めつつ、総人口は極めて近い将来に減少期に転じると見込まれている。

  50年後には、小・中学生数がピーク時の約3分の1になるという児童生徒数の大幅な減少は、これからの学校教育全体に大きな影響を与えることとなる。初等中等教育分野では、学校数や教員需要の縮小に伴う学校の適正配置、教員の養成・採用・研修、教職員配置の新しい在り方、その他効果的な少人数指導の方法の開発、学校外の人材の活用など、高等教育分野では、国立大学の再編と法人化への移行準備が進む中、進学希望者が全員入学可能な時代の到来に対応した大学の個性化・多様化や教育内容の抜本的見直し、運営の合理化など少子化時代に対応した教育システムの構築が極めて重要である。

  また、少子化とともに、親のライフスタイルや職業生活の多様化等が進む中で、親の子どもに対する過保護、過干渉や親子の触れ合いの欠如による家族内の孤独化といった家庭教育の機能の低下が顕在化している。地域においても人間関係の希薄化が進行する中で、友達や異年齢集団の中での豊かな遊びや切磋琢磨の機会が減少し、大人も他人の子どもに積極的に関わろうとしないといった地域の教育機能の低下の問題が一層深刻化すると考えられる。

  さらに、高齢化の進展の中で社会の活力を維持するために、高齢者が生涯にわたり、生き生きとその能力を発揮し、生きがいある長寿を楽しむことができる社会の形成に資する教育システムを再構築することが極めて重要である。

2就業構造の変貌

  バブル経済の崩壊以降、我が国経済が長期の低迷を続ける中で、我が国の就業構造も急速な変貌を遂げている。多くの企業が生き残りをかけて、経営の合理化と事業の再編成を目指すリストラクチャリングを推し進める中で、年功賃金や終身雇用など従来型の日本的雇用慣行はゆらぎ、即戦力となる専門知識や技能を持つ人材を求めるなど従来型の新卒一括採用制度も変わり始めている。

  このような趨勢の中で、多くの中・高年齢層が離職を余儀なくされたり、特に高校新卒者にとっては就職が極めて難しい状況となっており、また、一定の能力や学歴を持ちながら希望する職業に就くことができない学歴と就業のミスマッチの状況が顕在化している。さらに、「生きがい」と「働きがい」を一致させようとする若者の意識と企業の意識との乖離や就業意識の希薄化などによるフリーターの問題も顕在化してきている。

  我が国経済の低迷は、戦後の追い付き追い越せ型経済発展の在り方が知識社会への移行やグローバル化の進展の中で新たな経済・産業の在り方を求めて模索する過程ともいえ、就業構造は、少子高齢化社会の進展がもたらす労働人口の年齢構成の変動などにも影響を受けつつ、今後とも大きく変貌を遂げていくものと予測される。

  このような流れの中で、これからの教育には、職業や実際生活との関連をより一層重視していくことや、大学院等で専門的職業にかかる学習機会の充実を図ることなどの取組が一層求められるようになると考えられる。

3知識社会への移行

  21世紀は、専門性の高い多様な知識や情報が社会を動かす原動力となる「知識社会」化が一層進行すると考えられる。これは、あらゆる職業生活が新たな知識や技術の習得への依存度を高めるという意味で、国民全体に関わる変化である。そのため、「知識社会」においては、個人にとっては知識や技能の習得が就労機会の確保やキャリア・アップの重要な要因になるとともに、社会にとっても新たな知識や情報技術の活用が新規産業の創出や既存産業の効率化など産業の発展をもたらす重要な契機となる。

  「知識社会」においては、まず、国民一人一人が基礎・基本をしっかりと身に付けることが何よりも重要であり、単なる学校歴ではない、学習により実際に身に付けた能力が従前にも増して重視される。基礎・基本となる力としては、知識・技能はもとより自ら学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などが大切である。いかなる知識や技能も陳腐化を免れないことから、このような社会では、いったん社会人となった後にも大学院等で最先端の高度な知識を学ぶことなどにより、常に自らの知識や技能を、より広め、深めていくことが求められる。

  なお、このように「知識社会」化が進行し、それとともに生涯学習機会が充実していくことは、職業人のさらなるキャリア・アップを促進する効果を持つとともに、子どもの養育や親の介護などで一旦は職業から離れた女性や退職後の高齢者等にとっても自らの能力を社会において発揮するさらなる機会を獲得する可能性を高めることにもつながっていくものである。

4高度情報化社会の進展

  情報通信技術は、今後一層の発展と高度化を遂げていくものと考えられる。インターネットその他の高度情報通信ネットワークの発達により、世界中で誰もが多様な知識や情報を瞬時のうちに入手し、発信し、交換することが可能となる。このような高度情報化社会の到来は、誰もが知識や情報を容易かつ瞬時に獲得することを通じ、自らの能力を大きく発揮する可能性を広げる。また、現在の学校教育の枠組みを大きく変える全く新しい学習形態をもたらす可能性も秘めている。しかし、その反面、情報通信技術の利用機会及び活用能力の格差(デジタル・デバイド)の発生、コンピュータ上の仮想体験の拡大による現実の世界からの遊離や人間関係の希薄化などの影の部分も持ち合わせている。

  このため、一人一人が情報の発信者となる高度情報通信社会においては、コンピュータなどの情報通信機器を使う技能の習得と併せ、情報の収集や活用の能力を身に付けること、著作権についての理解を深めること、他人のプライバシーや自己情報のセキュリティなどに関する情報モラルを育成することが重要な課題となってくる。

  また、情報機器はあくまで自分たちの行動を支援する道具であり、人間同士の触れあいや実際の生活体験・社会体験等の直接体験が高度情報化社会においても一層重要である。したがって、これからの教育においては、このような直接体験の機会を十分に提供していくことが重要な課題となってくる。

5グローバル化の進展

  交通手段、情報通信技術の発展や、規制緩和の推進などにより、経済をはじめとする人間の諸活動が短期間に国境を越え世界中を移動するグローバル化は、今後もその潮流を一層強めていくものと考えられる。このことは、経済のみならず、学術、文化、芸術、スポーツなど幅広い分野で、誰もが世界において活躍できる可能性が広がることとともに、共通のルールの下で自由な競争が促進され、地球的規模での大競争時代が到来することを意味する。このため、我が国社会にとっても、国際競争力の基盤である国民全体の教育水準の一層の向上を図るとともに、大学の競争力を高め、21世紀の「知」の大競争時代に積極的にチャレンジし、これをリードし、国際的にも貢献できる人材を育てていくことがますます重要になってくる。

  一方、グローバル化が進展していく中で、民族、宗教、文化の違いに根ざした様々な問題が顕在化している今日、国家間の友好関係を強化し、信頼を醸成していく国際協調の必要性も増大している。このため、民族、宗教、文化の多様性を再認識し、異なる文化を尊重する精神を涵養し、地域社会の中で他国の人々と共生していくことの重要性も高まっている。また、グローバル化の影の部分として、国際社会の中で貧富の格差が拡大するのではないかとの懸念もあるところであり、相互依存をますます深める国際社会の中で、このような格差問題や、大量破壊兵器の拡散問題など、今後一層顕在化する国際的な課題の解決のために英知の結集を行う必要性も増大していくものと考えられる。

  さらに、我が国が大競争時代を生き抜くためには、社会全体が何度でもチャレンジでき、何度でもやり直しができる柔らかいシステムに移行していくことが重要であり、教育においてもこれを支援するため、繰り返し学べる、柔らかい、開かれたシステムづくりを進めることが急務となる。

6科学技術の進歩と地球環境問題の深刻化

  科学技術の進歩は、人々の生活の豊かさや幸福をもたらし、産業や社会の発展の原動力となるものである。それゆえ、主要先進諸国では、科学技術の重点化や競争力の強化を図っているところであり、我が国としても、科学技術を重要な国家戦略と位置付け、独創的・先駆的領域の形成を図るなど、科学技術の発展を促していくことが極めて重要な課題となってきている。一方、ライフサイエンスの進展により新たに、これまでの社会が想定していなかった生命倫理の問題が提起されるなど、科学技術の進歩と他の諸価値との適切な調和を図ることは今後ますます重要になると考えられる。

  また、高度に産業化された人間の諸活動は、人を取り巻く地球環境にも影響を与えるほど大規模なものとなった。資源の有限性や環境の制約性に対する国際社会の認識も高まる中、地球環境の変化がもたらす人類規模の課題が深刻になるにつれ、その解決のために、科学技術の創造力への期待が一層高まるであろう。さらに、自然と共生する生活スタイルや社会を構築するために、あらゆる世代が地球環境問題について正しい理解を深め、責任を持って環境を守る行動がとれるようにすることが、ますます重要になっていくものと考えられる。

7国民意識の変容

  我が国が世界有数の経済的な豊かさを達成してきた今日までの過程においては、同時に国民の価値観の多様化、相対化が進行し、経済的には豊かな社会の中で国民の間には自信喪失感や夢や希望を抱けない閉塞感も生じつつある。フリーターの増大の背景には、勤労に対する意識の低下がある。現在頻発している政治、行政、企業に関わる不祥事件の背景には、倫理観や社会的使命感の喪失があり、こうした不祥事件がさらに国民の正義、公正、安全などへの信頼を蝕み、国民全体のモラルの低下を加速させている。さらに、現在の社会を築いた世代に対する若年層の尊敬の意識が薄れたり、世代を超えて価値観を共有できなくなる傾向が見られる。教育の原点である家庭や地域の教育機能の衰退ともあいまって、国民の社会への帰属意識が希薄化し、個人が社会に背を向け、基本的なモラルや社会規範を軽視したり、自らの殻の中に閉じこもるなどの現象が進行することになれば、共同体としての我が国社会にとって重大な問題を生じることになる。また、多くの国民が社会の風潮に無批判に流されるような事態も、健全な社会の発展のためにならない。

  国民意識の変容には、このように憂慮すべきものもあるが、一方で、物質的な豊かさよりも心の豊かさを求めたいとする国民世論は大きい。また近年、個人や団体が、地域社会で行うボランティア活動などのように、互いに支え合う互恵の精神に基づき、利潤追求を目的とせず社会的課題の解決に貢献する、従来の「官」と「民」という二分法では捉えきれない活動が広がりを見せていることは、注目に値する。

  最後に、今後到来する大競争時代は、誰もが自らの意欲と向上心により能力を伸ばしたり自己実現を図るチャンスをもたらすものであるが、決して競争に勝ち抜くことだけを是とする社会であってはならない。激動の時代の主人公として自ら考え行動する確固たる自己を磨き、困難にも立ち向かうたくましさを育みながら、同時に、他者に対する思いやり、他者の痛みを理解する温かい心、美しいものに感動する心などの豊かな心を涵養し、家族との団らん、趣味、スポーツなどを楽しむ時間も大切にするなど、かけがえのない自分の人生をより豊かにしようとする心のゆとりを大切にしなければならない。

(3)これからの教育の目標

  これからの我が国の教育の目標は、教育の役割と継承すべき価値を再認識しつつ、これからの時代の大きな潮流を踏まえた上で、21世紀の我が国を担う日本人に必要な資質は何か、今後、どのような日本人を育成すべきかという観点から検討する必要がある。本審議会としては、「21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」を目指し、具体的には以下の15をこれからの我が国の教育の目標と位置付けるべきと考える。

1自己実現を目指す自立した人間の育成

  全ての人間は、一人一人が尊厳ある存在であり、自由と責任の自覚の下に、自立し生涯にわたって成長を遂げていくことが何よりも肝要である。また、全ての人間には、自分だけのかけがえのない個性があり、その個性を最大限に生かし能力を伸ばすことは、極めて重要である。これからの教育は、個人一人一人の人間としてのかけがえのない価値を尊重し、個人の能力を最大限に引き出すことを重視し、個人一人一人が生涯にわたって自らの能力を高め、あるいは自らの得意とする分野にその才能を伸ばし、自己実現を目指そうとする意欲、態度や自発的精神を育成することが大切である。

  このような取組みが、自ら考え行動するたくましい日本人の育成につながり、それによって、活力ある社会が実現できるのである。

2豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成

  これからの教育においては、豊かな心を育むことを人間の生き方の基本として一層重視していく必要がある。特に、自己との関わりでは、自律心、誠実さ、責任感、倫理観など、他者との関わりでは、感謝や思いやりの心、他者の痛みを理解する心や礼儀など、社会との関わりでは、勤労の大切さや公正さなど、自然や崇高なものとの関わりでは、自然を愛する心、美しいものに感動する心、生命を大切にする心、人間の力を超えたものに対する畏敬の念などをはぐくむことが重要である。一方、個人が人生80年時代の長寿社会の中で、生涯にわたって生き生きとした人生を送る上で、健康の保持や健やかな体づくりの重要性はますます高まっており、これからの教育においては、健やかな体をはぐくむこともまた一層重視していく必要がある。

  このような観点から今後求められる重要な資質には、他者を思いやる心や美しいものに感動する心、自然を愛する心、倫理観などがある。そして、このような資質の育成を重視することが、個人の健全な心身の発達を促すとともに、ひとにやさしい心豊かな社会を実現することにつながる。

3「知」の世紀をリードする創造性に富んだ人間の育成

  21世紀は「知」の世紀とも言われる。新たな「知」が国や社会の発展と成熟を支える「知」の大競争時代において、我が国の繁栄を確保していくためには、高度成長期には有効であった画一的な追い付き型教育を変革し、基礎・基本を習得し、それを基に、探究心、発想力や創造力を伸ばし、「知」の世紀をリードしていく人間を育成する教育を一層重視する必要がある。知は進化し続けて止まない。このため、これからの教育には、教育内容の不断の見直しや新たな教授方法の開発が要請されるとともに、世界水準の知識・技能や高度な専門性を身に付けるための多様な学習機会の提供が求められる。とりわけ、大学の教育研究機能を飛躍的に高めていくことが極めて重要となる。このようにして、知を愛し、知の創造を推進する人材が育っていく中で、未来の扉を開く鍵となる独創的な学術研究や科学技術も数多く花開いていくことになる。

  このような観点から、今後求められる重要な資質には、創造性、チャレンジ精神の涵養、リーダーシップの育成、そして世界水準の知識・技能などがあると考えられる。そして、このような資質の育成を重視することが、我が国の国際競争力と知的発信力の飛躍的向上につながる。

4新しい「公共」を創造し、21世紀の国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成

  教育は、国家、社会の形成者としての国民の育成を期するという重要な機能を担っている。国民にとっての国家や社会の在り方は、変更ができない所与のものではなく、その構成員である国民の意思によってより良いものに変わり得るものである。国民は、現在ある国家、社会の在り方に消極的に順応せざるを得ない存在ではなく、より良い国づくり地域づくりのために主体的、積極的に参画することを求められている存在なのである。しかしながら、これまで日本人は、ややもすると国や社会は誰かがつくってくれるものという意識が強く、自分自身の問題として考え、そのために積極的に行動するという努力を怠りがちであった。

  国民の主体的な参画に支えられたよりよい国づくり地域づくりを推進していくためには、もとより国民一人一人の自覚と行動が極めて重要である。そのためには、現在問題となっている社会全体のモラルの低下、公徳心、公共心、規範意識の欠如などの問題をゆるがせにすることはできない。一方、互いに支え合い協力し合う互恵の精神に基づき、より身近には地域社会の生活環境の改善や、より広くは地球環境問題、エイズ問題など国際社会が直面する様々な課題の解決に積極的に貢献しようとする、いわば新しい「公共」とでもいうべき観点に立って、ボランティア活動などに主体的に取り組もうとする国民の意識は高まりを見せており、このような潮流は是非とも加速する必要がある。

  このような観点から、今後求められる重要な資質には、自らが国づくり、地域づくりの主体であるという自覚と行動、社会悪に敢然と立ち向かう勇気、公共の精神、社会規範の尊重、我が国の伝統・文化の理解と尊重、郷土や国を愛する心、などがある。そして、このような資質の育成を重視することが、我が国が健全かつ持続的に発展するための基盤を構築することになる。

5国際社会を生きる教養ある日本人の育成

  国際社会は、グローバル化が一層進展する中、様々な摩擦や対立を引き起こしながらも相互依存を深めている。我が国もこのような国際社会の重要な一員であり、我が国の今後の教育の在り方を考える上でも、国際社会を生きる日本人という観点は極めて重要である。自分たちとは異なる文化や歴史に立脚する人々と共生していくためには、豊かな教養を身に付けるとともに、自国のみならず諸外国の文化をも大切にする姿勢が重要である。環境・エネルギー問題、人口・食糧問題といった地球的規模の問題など人類が直面する大きな課題の解決に向けて人類の英知を結集することが求められており、こうした問題について正しい理解を深め、解決のための取組みへの積極的参画を通じて国際社会に貢献することも重要なことである。したがって、これからの教育は、広く国際社会を相手に対話し行動できる能力の育成を重視し、世界を舞台に活躍する教養ある日本人の育成を目指していくことが重要である。

  このような観点から、今後求められる重要な資質には、国際社会の一員としての自覚、豊かな教養、他国の異なる文化を理解し尊重する精神、日本人としてのアイデンティティ、外国語によるコミュニケーション能力などがある。そして、このような資質の育成を重視することが、国際社会から信頼され、尊敬される日本を実現することにつながる。

(4)目標実現のための課題

  これからの教育の目標を上記のように新たに定め、その実現を図っていくためには、学校教育をはじめとする教育の諸制度や諸施策についても根本にまでさかのぼって見直すとともに、具体の施策を総合的、体系的に位置付ける教育振興基本計画の策定によって、実効性のある教育改革を進めていかなければならない。
    あわせて、教育は未来への先行投資であり、これからの教育の目標を実現するためには、教育投資を惜しまず必要な施策を果断に実行していく必要がある。現下の国・地方の厳しい財政状況の下で、教育投資の充実を図っていくためには、投資の重点化・効率化、厳格な政策評価とその結果の反映に留意しつつ、積極的な情報公開に努め、幅広く国民の支持を得ることが重要である。


第2章  新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について


1  教育基本法見直しの必要性

(1)教育基本法見直しの視点

  新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方を検討する前提として、本審議会は、まず前章において、1教育の現状と課題、2教育の役割と継承すべき価値、3これからの激動の時代の展望、4これからの教育の目標、について検討してきた。そして、これらを踏まえて、新しい教育基本法がどうあるべきかについて、法の成立過程を含め全体にわたって幅広く検討を行った。

  その結果、現行の教育基本法を貫く「個人の尊厳」「真理と平和」「人格の完成」などの理念は、憲法の精神に則った普遍的なものであり、新しい時代の教育の基本理念として大切にしていく必要があると考える。しかしながら、現行法には、新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人を育成する観点から重要な教育の理念や原則が不十分であり、それらの理念や原則を明確にする観点から見直しを行うべきであるとの意見が大勢を占めた。その主な点は次の通りである。

1国民から信頼される学校教育の確立

(一人一人の個性に応じてその能力を最大限に伸ばす視点)
  自己実現を目指す自立した人間の育成を図るためには、基礎・基本となる学力と学ぶ意欲をしっかりと身に付けた上で、一人一人の個性に応じたきめ細やかな教育を行い、その能力を最大限に伸ばしていくという視点が重要である。しかしながら、これまでの教育においては、専ら結果の平等を重視する傾向があり、そのことが過度に画一的な教育につながったとの指摘がある。

(豊かな心と健やかな体をはぐくむ視点)
  豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成を図るためには、道徳や芸術など情操を豊かにする教育や、体育をはじめとする健やかな体を養うための教育を重視する視点が重要である。

(グローバル化、情報化、地球環境、男女共同参画など時代や社会の変化への対応の視点)
  これからの教育の目標を達成するためには、グローバル化や情報化、地球規模での環境の問題や男女共同参画社会の実現など時代や社会の変化によって生じてくる新たな課題について、教育上的確に対応していくことが重要である。しかしながら、教育基本法にはこのような視点が明示されていない。

2「知」の世紀をリードする大学改革の推進

  これからの国境を越えた大競争時代に、我が国が世界に伍して国際競争力を発揮するためには、「知」の世紀をリードする創造性に富んだ多様な人材の育成が不可欠であり、そのために大学は改革を推進し、重要な役割を担うことが期待されている。しかしながら、教育基本法は義務教育など初等中等教育中心であり、大学の役割が明示されていない。

3家庭の教育力の回復、学校・家庭・地域社会の連携・協力の推進

  これからの教育の目標を達成するためには、教育の原点である家庭教育の重要性を再認識して、その役割を明確にするとともに、学校だけではなく、家庭・地域社会を含めた三者が、十分に連携・協力して子どもの教育にあたることが重要である。しかしながら、教育基本法には、このような視点が明示されていない。

4「公共」に関する国民共通の規範の再構築

(「公共」に主体的に参画する意識や態度の涵養の視点)
  個人は、一人だけで安全に生きていくことができるものではない。自らの生命や自由を守り、自らの幸せを追求するためには、対等な個人が集い、その信託によって社会や国という「公共」をかたちづくることにより、それを通じて自らの安全や権利を享受できるようになるのである。そして、このような「公共」をつくり、維持することができるのは、その構成員であり主権者である国民一人一人であって、他の誰でもない。
  このことを踏まえ、21世紀の国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成を図るためには、政治的教養(政治に関する知識や判断力、批判精神など)に加えて、国や社会など「公共」に主体的に参画したり、自他の権利を守るために「公共」に共通の社会的なルールを作り、遵守する意識や態度を涵養し、個人の尊重との調和を図ることが重要である。また、地球環境問題など、国境を超えた人類共通の課題が顕在化する中で、「公共」が国際的規模にまで拡大している現在、互恵の精神に基づきこうした課題の解決に積極的に貢献しようという、新しい「公共」の創造への参画もまた重要となっている。

(日本人のアイデンティティ(伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心)の視点、国際性の視点)
  国際社会を生きる教養ある日本人の育成を図るためには、自らが国際社会の一員であることを自覚し国際社会に貢献しようとする意識とともに、自らのアイデンティティの基礎となる伝統、文化を尊重し、郷土や国を愛する心を持つことが重要である。そして、このような自らの国を愛し、平和のうちに生存する権利を守ろうとする国民一人一人の思いが、我が国だけではなく、同じ思いをもつ他国の主権を尊重しなければならないという国際的な視点に通じるものとなる。しかしながら、教育基本法には、このような視点が明示されていない。
  また、「公共」に主体的に参画する意識や態度の涵養を図るためにも、国や社会、その伝統や文化について正しく理解し、愛着を持つことが重要である。

5生涯学習社会の実現

  これからの教育の目標を達成するためには、国民が、その生涯のいつでも自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が社会で適切に評価されるような「生涯学習社会」の実現に社会全体として取り組むことが重要である。しかしながら、教育基本法には、このような理念が明示されていない。

6教育振興基本計画の策定

  これからの教育の目標を達成するためには、必要な施策を総合的、体系的に構成した教育振興基本計画を策定し、政府全体でその実行を推進することが重要であり、そのための法的根拠が必要である。

  なお、各事項については、「2  具体的な見直しの方向」においてその詳細を述べているところであるが、今後国民各層の意見を伺いながら、新しい時代にふさわし教育基本法のあり方についてさらに検討を進めていく予定である。

(2)教育基本法見直しによる教育改革の推進

  教育基本法の見直しについては、「教育基本法を改正しても教育現場が直面する課題が解決するわけではなく、改正する意味がない」等の意見もある。しかし、本審議会としては、教育の基本的な理念・原則を定める教育の根本法としての教育基本法の意義を十分に踏まえ、教育の諸制度や諸施策を個別に論じるだけでは取り上げにくい、教育の目的、学校教育制度の在り方、家庭教育の役割など、教育の根本的な部分について議論を行うことが重要であると考える。今後、さらに議論を深めることにより、教育基本法の諸規定を見直すとともに、それを受けて、「生涯学習振興法」や学校教育法・社会教育法などに定める具体的な制度等の在り方や学習指導要領など、教育諸制度の見直しを行うことが必要である。そして、これらの制度的改善は、さらに個々の学校等における日常の教育活動や、家庭教育の在り方の見直しや改善につながっていくこととなるものである。

  もちろん、教育基本法を見直すだけで、いじめ、不登校といった現場の教育課題が直ちに解決するものではない。上記のように、教育基本法の見直し及び関連する諸法令等の改正などの制度的改善と、具体の施策を総合的、体系的に位置付ける教育振興基本計画の策定によって、実効性のある教育改革を進めていかなければならない。

  このように、教育の根本法である教育基本法の見直しは、我が国の教育全体に幅広く影響を与えるものである。それゆえ、新しい時代にふさわしい教育の理念となる教育基本法の見直しについては、国民的な論議が不可欠である。本審議会は、以下に述べる具体的な見直しの方向に沿って、教育基本法の見直しに取り組むべきであると考えているが、今後、国民の皆様より幅広くご意見をいただき、さらに議論を深めてまいりたい。


2  具体的な見直しの方向

  本審議会においては、教育基本法の見直しに当たって、
1 今後の教育においても大切にすべき普遍的な理念は尊重しながら、第1章で述べたこれからの教育の目標を実現するため、新しい教育基本法はどうあるべきかという視点から見直すこと、
2 現行憲法を前提として見直すこと、
  とし、「教育の基本理念」「教育を受ける権利、義務教育等」「国・地方公共団体の責務等」「学校、家庭、地域社会の役割等」「教育上の重要な事項」の5つの観点から幅広く検討を行った。その結果は、以下の(1)〜(5)のとおりである。
  なお、教育基本法の前文には、法制定の由来、法を貫く新しい教育の基調、法の目的が規定されていることから、前文については、時代状況の変化、教育理念の見直し、理念中心の規定に加えて具体的な制度や施策の根拠規定を盛り込むかどうか、といった教育基本法全体の見直しの考え方が決まった後で、あらためて検討することが必要である。
  また、教育基本法の見直しに伴う、学校教育法等関係法令の見直しについては、今後、本審議会の関係分科会等において、具体的に検討を進める必要がある。

(1)教育の基本理念

  現行の教育基本法は、教育の基本理念として、「教育の目的」及び「教育の方針」を規定している。この「教育の目的」としては、「教育は、人格の完成を目指し、平和的な国家及び社会の形成者として、……心身ともに健康な国民の育成を期して行う」ことが規定されており、平和的な国家及び社会の形成者として有すべき徳目として、「真理と正義」「個人の価値」「勤労と責任」「自主的精神」が掲げられている*1
  また、「教育の方針」については、「教育の目的」を実現するための心構え、配慮事項について規定されているが、これについては、以前より、短い条文の中に多くの内容が凝縮されていて分かりにくいとの意見があった。

  本審議会におけるこれまでの議論においては、現行法に掲げられている基本理念に加えて、現在及び将来の教育において重要であり、教育基本法に規定すべきと考えられるものとして、以下の(1)〜(7)が挙げられたところである。これらはいずれも、これからの教育において重要な理念であると考えられるが、基本理念として特に何を規定すべきかについては、今後、本報告についての国民各界各層からのご意見を十分に踏まえて、引き続き検討していくこととする。その際には、既存の規定との関係や他の理念・原則等の見直しの方向性との関係についても十分留意する必要がある。

  なお、教育基本法の教育の基本理念等を踏まえ、学校教育法では各学校種毎の目的、目標が規定されているが、これらも学校教育法制定以来、実質的な見直しは行われていない。教育基本法の見直しに伴ってこれらの規定も見直す必要が生じるものと考えられるものであり、今後、本審議会の関係分科会等において検討する必要がある。

1)個人の能力の伸長、創造性の涵養、個人の自己実現、努力や向上心

  教育においては、国民一人一人が自ら努力し、向上心をもって個性に応じて自己の能力を最大限に伸ばして自己実現を目指すことが重要であり、このような方針を明確にする必要があると考える。また、グローバルな大競争時代を迎え、科学技術の進歩が世界の発展と問題解決の原動力として期待される中で、未知なことに果敢に取り組み、新しいものを生み出していく創造性の涵養が重要と考える。

2)感性、自然や環境との関わり

  美しいものを美しいものとして感じとり、それを表現することができる力は、人の有する普遍の価値であって、文化の創造の基礎にある心であり、力である。特に、日本人は、古来より自然を愛でいつくしみ、豊かな文化を築いてきた。地球環境の保全が大きな課題となっている今日、自然とともに人は生きていることを理解し感じる力を培うことは重要であると考える。

3 社会の形成に主体的に参画する「公共」の精神、道徳心、倫理観、自律心、規範意識

  これからの教育には、個人の尊重とともに、「個人の尊厳」を確保するうえで不可欠な「公共」に主体的に参画する意識や態度を涵養することが重要である。我が国がより成熟した民主国家となるためには、国民が国家、社会の一員として、自他の権利をより尊重する上で重要な法や社会の規範の意義や役割について学び、国家、社会を主体的に形成していく意識、能力を高めていく必要がある。このため、社会の一員としての使命、役割を自覚し、自らを律して、その役割を実践するとともに、社会における自他の関係の規律について学び、身に付けるなど道徳心や倫理観をはぐくむことが求められている。また、互恵の精神に基づき我が国社会や国際社会が直面する様々な課題の解決に貢献しようとする、新しい「公共」の創造に主体的に関わろうとする態度の育成も重要である。

4 日本人としてのアイデンティティ(伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心)と、国際性(国際社会の一員としての意識)

  グローバル化が進展する中で、これからの時代には、国際社会の一員として生きるという自覚とともに、世界に生きる日本人としてのアイデンティティを持つことがますます重要になる。国際社会に出ていけばいくほど、自らを日本人として意識する機会が増え、自国の存在について無関心でいることはできず、国際社会における自国の地位を高めようと努力することは自然な動きである。このような思いこそが、真に国を愛する心につながるものであり、その前提として、自らの郷土や国について正しい理解を持つこと、例えば郷土や国の伝統、文化を正しく理解し、尊重することが重要となる。
  なお、国を愛する心を大切にすることや我が国の伝統、文化を尊重することが、教育改革国民会議報告においても指摘されているように、国家至上主義的考え方や全体主義的なものになってはならないことは言うまでもない。

5)生涯学習の理念

  今日、社会が複雑化し、また社会構造も大きく変化し続けている中で、学校教育終了後も引き続き職業生活等に必要な新たな知識・技術を身に付けたり、あるいは社会参加に必要な学習を行うなど、生涯にわたって学習に取り組むことは不可欠となってきている。このことは、教育制度や教育政策を検討する際には、これまで以上に学習する側にたった視点を重視することが必要となることを意味するものであり、今後、自らの自発的意志により、生涯のいつでも、どこでも、自由に学習機会を選択して学ぶことができるような、「生涯学習」社会の実現がますます重要になってくる。

6)時代や社会の変化に対応した教育

  教育においては、次代に継承すべき価値を大切にするとともに、世代を問わず国民一人一人が時代の変化や社会を取り巻く環境の変化に対応できる能力を身に付けることが重要である。グローバル化や情報化、地球規模での環境保護の問題や科学技術の進展など、国民を取り巻く環境は大きく変貌を遂げており、教育も、これらの時代や社会の変化に常に的確に対応していくことが必要である。

7)職業生活との関連の明確化

  今日、経済構造の変化や価値観の多様化が進む中で、自分の就きたい職業を見出せない子どもたちが増えてきており、職業観、勤労観の育成がこれまでにも増して必要となっている。一方、若者の就職難が恒常化し、転職が一般化する中で、即戦力となる専門知識や技能が強く求められるようになってきている。このように、教育は職業生活に対して適切な準備を与えるものであるとともに、社会の要請に応じて常に人々の職業生活を支援するものであることが今後ますます重要になると考えられる。
  このことは、個人の自己実現にとっても、また、社会の発展にとっても重要なことであり、これからの社会においては、学校教育において子どもたちへの的確な職業観の育成を図り、キャリア教育の充実に努めるとともに、職業との関連においても生涯にわたる学習機会の充実が必要である。

(2)教育を受ける権利、義務教育等

1教育の機会均等

  「教育の機会均等」は、憲法の教育を受ける権利(憲法第26条第1項)、法の下の平等(同第14条)の規定を受け、その趣旨を教育において具体的に実現する手がかりとして規定されたものである。これは、「個人の尊厳」を実質的に確保する上で欠かせないものであり、将来にわたって大切にしなければならない重要な原則である。

  なお、本審議会におけるこれまでの議論においては、現行の規定について、「教育を受ける機会」とあるのを憲法と同様に「教育を受ける権利」と改めてはどうかとの意見や、生涯を通じて学習を行うことを可能とする生涯学習社会を構築するという観点から「生涯にわたり学習する権利」を規定してはどうかとの意見があった。これについては、現行の規定が憲法上の権利を具体化して「教育を受ける機会」が確保される施策を進めることが重要である、との趣旨を表現したものであることや、先に述べたように、今後の教育の基本理念の中で生涯学習の理念を規定することが提案されている点にも留意しながら、引き続き検討していくこととする。

  さらに、障害者など教育上特別の支援が必要な者についての新たな規定を追加すべきではないかという意見もあった。憲法や教育基本法の精神に基づいて教育を行うにあたっては、障害者に対してはその障害の種類や程度に応じた教育が行われるべきことは当然であり、この趣旨を明確にするために、引き続き検討していくこととする。なお、その際には、障害者基本法との関係にも留意して検討することが必要である。

2義務教育

  義務教育は、近代国家における基本的な教育制度として憲法に基づき設けられている制度であり、普通教育が民主国家の存立のために必要であるという国家・社会の要請とともに、親が本来有している子を教育すべき義務を国として全うさせるために設けられているものである。このように、国民に教育を受けさせる義務を課す一方、国及び地方公共団体は良質の教育を保障する責務を有しており、義務教育の充実を図っていく必要がある。

  義務教育制度の在り方については、義務教育期間9年間の短縮や延長を求める意見はなかったが、社会の変化や保護者の意識の変化に対応し、義務教育制度をできる限り弾力的なものにすべきとの観点から、以下の事項について様々な意見が出された。

1 就学年齢について、発達状況の個人差に対応した弾力的な制度
2 学校区分について、小学校6年間の課程の分割や幼小、小中、中高など各学校  種間の多様な連結が可能となるような仕組み
3 保護者の学校選択、教育選択などの仕組み

  上記(1)〜(3)の事項は、学校教育法等において具体的に規定されている就学年齢、学校区分、就学指定等に関する事項であり、法制上は教育基本法を見直さずに、学校教育法等の見直しで対応できる事項である。
  これらは、学校教育の基本にかかわる重要な課題として適切に対応すべき事項であり、今後、本審議会の関係分科会等において、これらの実現に向けた法的措置等について検討する必要がある。さらに、実現可能なものについては、教育振興基本計画の策定の際にその中に位置付け、学校教育法等の改正への道筋を示すことが考えられる。

3男女共同参画社会への寄与

  憲法に定める男女平等について、現行法は、男女が互いに敬重し協力し合わなければならないという理念を定めるとともに、男女平等を実質的に確保する手段として男女共学が認められなければならないことを規定している。これについては、現在では男女共学の趣旨が広く浸透するとともに、性別による制度的な教育機会の差異もなくなったこと、また、今日においては、男女が性別にかかわらず個人として能力を発揮できるような、男女が対等な立場で構成される男女共同参画社会の実現が重要な課題となっていることを踏まえ、男女共同参画社会の実現や男女平等の促進に寄与するという新しい視点から、教育基本法において教育の基本理念として規定することが適当と考える。

(3)国・地方公共団体の責務等

  教育行政の在り方については、現行法は、教育は不当な支配に服してはならないとの原則とともに、教育行政は「必要な諸条件の整備」を目標として行われなければならないことを定めている。前者については、重要な教育の基本理念として今後とも大切にしていく必要があると考える。また、「必要な諸条件の整備」の内容に関しては、その解釈について過去様々な議論が行われたが、既に判例により解釈が確定しているという経緯を踏まえ、国、地方公共団体の責務を含めた教育行政の基本的な在り方を示すという新しい視点から規定することが適当と考える。
  さらに、教育基本法に規定された教育の基本理念・基本原則を実現する手段として、教育の振興に関する基本計画の策定の根拠となる規定を、他の基本計画の規定例を参考にして置くことが適当と考える。なお、教育振興基本計画の基本的考え方については、第3章で述べることとする。

(4)学校、家庭、地域社会の役割等

1学校

  現行法は「学校教育」として、学校について「公の性質をもつ」と規定し、その設置者について定めるのみであり、学校の役割などについては一切規定しておらず、学校教育法において、各学校種毎の目的、目標が規定されているところである。しかし、これからの時代の新しい教育の目標の達成を目指し、教育の目的である「心身ともに健康な国民の育成」を実現する上で、今後とも学校教育は中心的な役割を果たすことが期待されている。また、今後の教育を進めていく上では、学校、家庭、地域社会の三者の連携・協力をより一層強化することが求められており、そのためには、この三者の適切な役割分担や相互連携の在り方が明確にされることが必要である。このような観点から、新たに学校の役割として、例えば、知・徳・体(知識・技能と学習方法の教授、人格の陶冶、道徳教育、体育・スポーツ、芸術など)を教授する場であること等を明確に規定することが適当と考えるが、具体的な学校の役割として何を規定すべきかという点については、引き続き検討していくこととする。
  なお、学校の役割について規定する際には、併せて次の意見にも留意する必要がある。
1 この学校の中には、当然、大学等も含まれているが、現行法は全体として初等中等教育中心で高等教育の位置付けが明確ではないので、高等教育の視点をしっかり盛り込むべきである。
2 高等教育や就学前教育等において私立学校は大きな役割を担っていることから、私学における教育の振興を図ることは重要であり、それを踏まえた規定としていくべきである。

  なお、学校の設置者について、現行法は、国、地方公共団体及び「法律に定める法人」に限定するという原則を規定し、具体的な「法人」の範囲は学校教育法に委ねている。具体的な「法人」の範囲については、学校教育は国民全体のために行われるべきであるという観点から、現行法に「公の性質をもつ」と規定されていることを踏まえつつ、今後必要に応じて学校教育法上の問題として考えることが適当と考える。

2教員等

  学校教育の成否は、教育の直接の担い手である教員の資質に大きく左右され、子どもの人格形成に関わる教員の資質の向上は教育上の最重要課題である。このため、近年においても、指導力不足教員を教員以外の職に異動させることを可能としたり、教員採用後10年次を経験した教員に対する研修を義務化するなど、様々な施策が進められている。
  このような、学校教育における教員の重要性を踏まえ、教育基本法において、国・公・私立学校の別なく、教員の使命感や責務を明確に規定するとともに、研究と修養等により資質向上を図ることの重要性について規定することが適当*2と考える。

  なお、子ども一人一人の人格が尊重されなければならないことは当然であるが、そのことを前提とした上で、子どもが教育を受ける際に、恣意に任せて規律を乱す等の言動は容認されるものではなく、教員その他の指導に従って、規律を守り、真摯に学習に取り組む責務があることを規定すべきとの意見があり、引き続き検討していくこととする。

3家庭教育

  家庭は教育の原点であり、すべての教育の出発点である。特に、豊かな情操や基本的な生活習慣、他人に対する思いやり、善悪の判断などの基本的倫理観、社会的なマナー、自制心や自立心を養う上で、家庭教育は重要な役割を担っている。しかし、少子化や親のライフスタイルの変化等が進む中で、過干渉・過保護や、児童虐待が社会問題化するなど、家庭教育の機能の低下が顕在化している。
  しかしながら現行法においては、家庭教育について、社会教育の条文の中に、「家庭教育は……国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない」と規定されているにとどまっている。家庭教育の現状を考えると、それぞれの家庭(保護者)が子どもの教育に対する責任を自覚し、自らの役割について改めて認識を深めることがまず重要であるとの観点から、家庭(保護者)の果たすべき役割や責任について新たに規定することが適当と考える。なお、その際には、家庭(保護者)が子どもの教育に第一義的な責任を負っているという観点に十分留意し、最小限の範囲で規定することが適当と考える。

  さらに、教育行政の役割としては、家庭における教育を支援するための諸施策や、また子どもを産み育てやすい社会環境づくりを教育を通じて進めていくという条件整備を通じて、家庭の教育力の充実を図っていくという観点を踏まえて、規定することが適当と考える。

4社会教育

  「社会教育」の在り方については、心の豊かさを求める国民意識の高まりの中で、余暇活動をより豊かにしたり、ボランティア活動等に参加するために必要な知識や技術を身に付けるなど、社会教育による学習への期待が高まると考える。また、少子高齢化や就業構造が変化する中で、生涯学習の重要性が高まり、社会教育の役割が重要になっていることから、地域における教育や継続教育を支援するためにも、学習機会等の充実を一層図ることが必要である。これについては、関連して、新たに生涯学習の理念や、学校・家庭・地域社会の連携・協力の必要性について提案されているところであり、これらとあいまって、今後社会教育の振興が図られるようになることが望まれる。

5学校・家庭・地域社会の連携・協力

  子どもの健全育成を図り、また教育の目的を実現する上で、地域社会の果たすべき役割は非常に大きい。しかし、地域社会は既に崩壊しており頼りにならないとする意見もあるなど、その教育力の低下が指摘されて久しい。このような状況にかんがみ、学校・家庭・地域社会の三者が、いわば「教育共同体」として、連携・協力して子どもの教育に責任を持ち、適切に役割分担することが重要であるとの意見が多く出されている。
  しかし、現行法は、地域社会について何ら規定していない。そのため、学校・家庭・地域社会の三者が緊密に連携・協力して子どもの健全育成等に取り組む重要性を踏まえて、新たに連携・協力等についての規定をきちんと位置づけることが適当と考える。また、連携・協力を進めていく上で、これからの学校は、自らの教育活動等の状況について積極的に情報提供するなど説明責任を果たしながら、保護者や地域の人々の積極的参加や協力を求めていくことが重要であることから、その旨規定することが適当と考える。

  なお、学校、家庭、地域社会の連携・協力を具体化するための施策の一つとして、現在、地域が学校運営に参加する新しいタイプの学校について実践的な研究が進められており、その成果を教育振興基本計画策定の際に盛り込むことも考えられる。

(5)教育上の重要な事項

1国家、社会の主体的な形成者としての教養

  現行法は、「良識ある公民たるに必要な政治的教養」は教育上尊重されなければならないことを規定するとともに、学校においては「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動」を行うことを禁止している。学校における特定の党派的政治教育等を禁止することにより、教育の政治的中立を確保することは、今後の教育においても重要な原則として大切にしていく必要がある。

  また、国民一人一人が「公共」に主体的に参画しようとする社会においては、国民が国家、社会の形成者として、法や社会の規範の意味、役割や国家、社会の諸課題を単に知識として身に付けるにとどまらず、国家、社会の形成に主体的に関わり、国家、社会の諸問題の解決に積極的に関わっていく態度を育成することが重要であることから、その旨規定することが適当と考える。

2宗教に関する教育

  現行法は、「宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位」は教育上尊重されなければならないことを規定するとともに、国公立学校においては「特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動」を行うことを禁止している。宗教に関する教育については、以下のように様々な意見が出されたが、意見が集約されるには至っておらず、憲法の規定する信教の自由や政教分離の原則に十分留意しながら、引き続き検討していくこととする。
  なお、憲法第20条第3項を受け、国公立学校においては政教分離の原則が適用され、特定の宗教のための宗教教育や宗教的活動が禁止されることは、今後の教育においても重要な原則として大切にしていく必要がある。

  宗教一般に関する教育については、「宗教は、人類の文化遺産の重要な部分を占め、また、個としてどう生きるか、与えられた命をどう生きるかという実存的なものにかかわる重要なもの」、「国際化の時代に様々な宗教について学ぶことは異文化理解の観点から大切である」、「先進諸外国の中にも宗教に関する知識をしっかり教えている例もあり、我が国においても参考にすべき」など、その重要性を指摘する意見が多かったが、いかなる場でどのような内容で行うべきかについては、様々な意見が出された。国公立学校における宗教一般に関する教育について、「科学・物質万能の風潮の中で、目に見えないものを大事にするという観点から、あらゆる宗教に共通する普遍的な宗教心を教える必要がある」「道徳教育の背景として宗教的情操の涵養が重要である」といった意見がある一方で、「各宗教の宗教観にはそれぞれ相違があり、普遍的な宗教心というものはない」「国公立学校では宗教によらない道徳教育を行うべきで、宗教教育は基本的に家庭や個人の問題である」などの意見があった。また、「学校で子どもたちを宗教に触れさせようとしても、様々な宗教を教えることができる教員は少ないなどの問題がある」との意見もあった。

  「宗教に関する教育には、宗教についての知識や宗教的な文化、価値について理解させる教育と、カルトやマインドコントロールから自分を守るため適切な判断ができるようにする教育という2つの側面があり、両者は区別して扱うことができる」との意見があり、これらの教育の重要性について異論はなかったが、これに対して、「カルトから身を守ることも含め、自ら考え判断する態度は、必ずしも宗教教育によらなければ育成できないものではない」との意見があった。

  「第2項の禁止のイメージが強すぎて第1項により尊重されるべき宗教に関する寛容の態度や宗教の社会生活における地位について学校で十分教えられていない実態があるので、第1項を見直しより適切な条文にすべき」との意見がある一方、「宗教に関する教育を行う上で現行規定は特に不都合はなく、規定を見直す必要はない」との意見があった。また、「宗教教育」という見出しについては適切ではないとの意見があった。


第3章  教育振興基本計画の在り方について


1  教育振興基本計画策定の必要性

  前章では、「新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について」これまでの議論の集約を行ったが、そこでも述べたとおり、教育の基本理念、基本原則の見直しとともに、具体的な教育制度の改善と施策の充実とがあいまって、はじめて教育改革が実効あるものになる。
  近年、「環境」「科学技術」「男女共同参画」「食料・農業・農村」「エネルギー」など、行政上の様々な重要分野について、基本法が制定されるとともに、それぞれの基本法に基づく基本計画が策定されている。これらの計画には、施策の基本方針や目標、各種の具体的な施策、施策を推進するために必要な事項等が、総合的・体系的に盛り込まれており、国民に分かりやすく示されるとともに、閣議決定を経て政府全体の重要課題と位置付けられている。

  しかしながら、各分野の基本法のうち最初に制定された教育基本法には、基本計画に関する規定が置かれていないため、現在まで、教育に関する政府全体の基本計画は策定されていない。また、教職員定数改善計画、国立大学施設整備計画、コンピュータ整備計画、留学生受け入れ10万人計画など、個々の施策の計画は策定されてきたが、教育全体に及ぶ総合的な施策の体系としての計画が作られてきたわけではない。最近では「21世紀教育新生プラン」のように教育の施策を総合的に体系化して国民に分かりやすく示す試みも行われているが、これは、文部科学省の施策の枠内で取りまとめられたものであり、政府全体としてより明確な位置付けが望まれる。
  政府として、未来への先行投資である教育を重視するという明確なメッセージを国民に伝えるためにも、また、施策を国民に分かりやすく示すという政府としての説明責任を果たすためにも、教育の根本法である教育基本法に根拠を置く教育振興に関する基本計画を策定することが重要である。

  このため、本審議会では、教育振興基本計画の策定に関する根拠規定を教育基本法上明確に位置付けることを前提に、計画の基本的考え方と、現時点で考えられる計画に盛り込むべき施策の基本的な方向について審議を行い、計画の骨格となる考え方を示すこととした。今後、本審議会の関係分科会等において、計画に盛り込むべき政策目標や施策の具体的な検討を行うとともに、政府においては、根拠法の制定後、速やかに教育振興基本計画を策定することを期待したい。


2  教育振興基本計画の基本的考え方

(1)計画期間と対象範囲

  計画期間については、1あまり長期間に設定すると社会や時代の変化との乖離が大きくなるおそれがあること、2従来の教育関係の個別の計画には5年間程度のものが多いこと、3他の基本法に基づく基本計画の多くは計画期間を5年間に設定していること、を考慮し、おおむね5年間とすることが適当であると考える。なお、計画については定期的に政策評価を実施し、その結果を踏まえながら必要に応じ見直しを行うものとする。
  計画の対象範囲は、原則として教育に関する事項とし、高等教育と密接に関連する学術や、スポーツ、文化芸術教育等も、この計画に含めるものとする。

(2)これからの教育の目標と教育改革の基本的方向

  教育振興基本計画では、まず第一に、これからの教育の目標と、その目標を達成するために、どのような方向に改革を進めていくべきかという教育改革の基本的方向を明らかにする必要がある。「これからの教育の目標」については、第1章2(3)で述べたように、以下のとおりとすることが適当である。


(これからの教育の目標)
自己実現を目指す自立した人間の育成
豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成
「知」の世紀をリードする創造性に富んだ人間の育成
新しい「公共」を創造し、21世紀の国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成
国際社会を生きる教養ある日本人の育成


  また、「教育改革の基本的方向性」については、上記の教育の目標と第2章1(1)で述べた教育基本法見直しの視点を勘案して、以下のとおりとすることが適当である。


(教育改革の基本的方向)
国民から信頼される学校教育の確立   
一人一人の個性に応じてその能力を最大限に伸ばす教育の推進
豊かな心をはぐくむ教育の推進
健やかな体をはぐくむ教育の推進
グローバル化、情報化等社会の変化に的確に対応する教育の推進
「知」の世紀をリードする大学改革の推進
家庭の教育力の回復、家庭・学校・地域社会の連携・協力の推進
生涯学習社会の実現

(3)政策目標の設定と施策の総合化・体系化、重点化

  次に、これからの教育の目標と教育改革の基本的方向を踏まえて、計画には具体的な政策目標と施策を明記する必要がある。政策目標の策定に際しては、国民に分かりやすい目標を設定することが重要である。また、政策目標のうち可能なものについてはできる限り数値化するなど、達成度の評価を容易にし、施策の検証に役立つよう留意する必要がある。計画の策定に際しては、10年後の社会の姿を見通しながら今後5年間に重点的に取り組むべき分野・施策を明確にする必要がある。

  なお、計画の策定に当たっては、施策を総合化、体系化する必要があること、施策の優先順位を明確化し、重点化を図る必要があること、これまでの答申等における提言がどれだけ実現されているかについての検証が必要であることに十分留意しなければならない。

(4)計画の策定、推進に際しての必要事項

(教育投資の充実)
  教育は我が国社会の存立基盤であり、国家戦略として人材教育立国、科学技術創造立国を目指すためには、計画に定められた施策を着実に推進していく必要がある。一方、現在の厳しい財政状況の下で、未来への先行投資である教育投資の意義について、国民の支持・コンセンサスを得るためには、今まで以上に教育投資の質の向上を図り、投資効果を高めることにより、その充実を図っていくことが重要である。そのためには、上記で述べたように、施策の総合化・体系化、重点化によって教育投資の効率化に努めるとともに、厳格な政策評価の結果を適切に反映させる必要がある。

(国と地方公共団体、官民の適切な役割分担)
  計画の策定に際しては、教育における地方分権、規制改革を一層推進するとともに、教育の機会均等や全国的な教育水準の維持向上を図る観点から、国が責任を負うべき施策と地方公共団体が責任を負うべき施策を明確に区別した上で、相互の連携・協力が図られるようにする必要がある。また、職業能力開発など関係行政分野との連携・協力に努めるとともに、行政と民間との間の適切な役割分担、連携・協力にも配慮する必要がある。

(厳格な政策評価の実施)
  厳格な政策評価を定期的に実施し、政策目標の達成状況や施策に対する投資効果を明らかにするとともに、その結果を計画の見直しや次期計画に適切に反映させていく必要がある。また、国民に対する説明責任を果たすため、白書などを通じて評価結果の積極的な広報を行うとともに、国民からの意見を計画に適切に反映させる必要がある。


3  教育振興基本計画に盛り込むべき施策の基本的な方向

  前述の基本的な考え方を踏まえ、「学校が良くなる、教育が変わる」ことを実感できるようにするため、いろいろと困難な課題はあるが、例えば、以下のような国民にわかりやすい政策目標を計画に盛り込むことが考えられる。

いじめ、暴力行為の「5年間で半減」を目指し、安心して勉強できる学習環境づくりを推進する。また、不登校等の大幅な減少を目指し、受入れのための体制づくりを推進する。

高校卒業段階で英語で日常会話ができ、大学卒業段階で英語で仕事ができることを目標とした英語など、外国語教育の充実を図る。TOEFLの世界平均水準を目指す。大学入試センター試験の平成18年度入試から外国語リスニングテストを導入する。

児童・生徒の学習到達度を調査するための全国的な学力テストを実施し、その評価に基づいて学習指導要領の改善を図る。また、国際的な学力調査(PISA/IEAなど)でのトップクラスを維持するため、「確かな学力」の育成を推進する。

理解に比較的時間のかかる子どもに、習熟度別授業などを活用して、分かる授業、  楽しい学校生活を実現する。

学習障害(LD)、注意欠陥/多動性障害(ADHD)等への教育的対応を含めた特別支援教育体制の構築を図る。

学校施設の耐震化対策の推進や良好な教育環境の確保を進める。また、すべての子どものIT活用能力の向上を目標として、コンピュータ利用環境を整備し、すべての学校においてコンピュータを活用した授業を推進する。

小中一貫、幼小一貫など弾力的な学校種間連携等を積極的に推進する。

安易な卒業をさせないよう学生の成績評価を厳格化し、高等教育修了者にふさわしい学生の質(基礎学力、専門分野の学力、確かな人生観と世界観など)を保証する大学教育の実現を図る。

世界に通用する大学をつくるため、大学教員の流動性の向上や大学院における他大学出身者比率の向上を図る(自校出身者比率の数値目標設定等の自主的な取組を大学に要請)。

世界水準の教育研究成果の確保を目標として、国立大学等施設緊急整備5か年計画を推進する。

子どもの体力や運動能力の低下に歯止めをかけ、上昇傾向に転じさせることを目標として、体力向上を推進する。

地域におけるボランティア活動などの奉仕活動・体験活動の機会を充実し、小・中学校で全員が体験することを目指す。また、家庭教育に関する学習機会の提供や子育て支援ネットワークの形成等、家庭教育の充実のための環境を整備する。

  今後、関係分科会等においては、以下のような基本的な方向に沿って計画に盛り込むべき施策を検討することが適当である。


(1)国民から信頼される学校教育の確立

1一人一人の個性に応じてその能力を最大限に伸ばす教育の推進

1)確かな学力の育成

  生涯にわたって自らの能力を高め、自己実現を目指そうとする意欲や態度が一人一人に求められるこれからの時代にあって、学校教育においてまず重視しなければならないことは、「確かな学力」の育成、すなわち、基礎・基本を徹底し、知識、技能とともに自ら学ぶ意欲、思考力、判断力、表現力などを養うことである。さらに、生涯にわたって学び続けていく上で不可欠な学習の方法を一人一人の子どもが習得できるような教育を充実し、教育内容を適切に検証することで不断にその改善を図っていくことが大切である。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

基礎・基本の徹底
学ぶ意欲や態度を育てる教育の充実
思考力・表現力・問題解決能力を育てる教育の充実
国語力の育成などコミュニケーション能力の向上
「学び方」、「調べ方」を習得させる教育の充実
確かな学力の育成のための指導方法の改善
全国的な学力テストの実施等による児童生徒の学力の全国的な状況の検証等に基づく教育の改善・充実
少人数指導や習熟度別指導を可能とする教職員定数の改善

2)個性、才能を伸ばす教育の実現

  教育においては、基礎・基本を徹底し、確かな学力を育成することにより、一人一人の多様な才能を開花させ、社会の様々な分野で活躍する創造的な人材を育成していくことも重要である。そのためには、職業観・勤労観の育成とともに、各人に備わった個性や才能を発見・認識させ、これらを将来の職業選択なども見据えつつ各人のニーズに応じて伸ばしていくことが必要である。このような教育が実現することにより、各人が、かけがえのない人生を充実感を持って送ることが可能となり、それはまた、地方分権が進む中で、各地域が特色を発揮しながら発展すること、ひいては、我が国の社会全体の活性化にもつながるものである。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

才能を伸ばす機会の確保
習熟の程度等に応じた補充的・発展的な学習の充実
語学、理数、技術等、特定の専門分野に重点を置いた教育の推進
将来の生き方や職業を主体的に選択・決定できるようにするためのキャリア教育の充実
障害のある子ども一人一人の教育的ニーズに応じた教育の充実

3)科学的素養を育成する教育の推進

  科学技術の発展がもたらす新たな課題に対し、国民が正確な科学的知識に基づいた判断や自己決定を行うためには、国民の理科・科学技術に関する理解を増進する努力を行い、科学的な見方や考え方を育成する必要がある。このような豊かな科学的素養を育成することは、我が国が科学技術創造立国を目指していくに当たって不可欠である。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

子どもたちの知的好奇心や探究心の涵養
基礎的な科学的知識や技能の習得
科学的・合理的・主体的な思考力・判断力の育成


4)柔軟な教育の仕組みの導入

  義務教育をはじめとする学校教育は、子どもの能力を伸ばし、その自己実現を支援する上でも、また、心身ともに健康な国民の育成を図る上でも、今後とも中心的な役割を果たすことが期待されており、義務教育の充実を図ることは重要である。他方、人々の価値観が多様化し、地方分権が進む中、子どもや学校の実情に応じた柔軟性を備えた制度の構築や、その弾力的な運用が必要となってきている。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

幼小、小中、中高などの異校種間連携を含めた学校間連携の推進
多様な学校選択の適切な実施
就学時期の弾力化の検討
地域が学校運営に参加する学校など新しいタイプの学校の設置の検討


5)優れた教員の養成・確保

  学校教育の成否は、その直接の担い手として、日々子どもたちに接し、その人格形成に大きな影響を与えている教員の資質能力に負うところが大きい。教員が、子どもたちにとって魅力のある、そして力量を備えた存在であるためには、教員の養成及び採用の各段階における水準の確保や、採用後の研修等を通じた継続的な資質向上の取組、また、教員の能力や実績等を適切に評価し、処遇に結びつけることや、学校教育において幅広い人材を活用することが有効である。また、義務教育費国庫負担制度については、義務教育の水準を全国的に確保するために不可欠であることから、地方の権限と責任を拡大する観点から見直しを行いつつも、その制度の根幹は今後とも堅持していくことが必要である。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

使命感と能力を備えた教員の養成と確保
不適格な教員に対する厳格な対応
新たな教員の評価システムの導入
教員研修の充実による力量の向上
学校教育における幅広い人材の活用の促進
義務教育費国庫負担制度の見直し
公立学校の教員給与の見直し
教員配置に関する市町村の権限と責任を拡大する観点からの教職員定数の在り方の弾力化

6)教育施設・設備等の整備・充実

  少子化の進行に伴い、児童生徒一人あたりの校舎保有面積は増加を続けているが、一方で施設の老朽化が進み、破損や雨漏り等の問題が顕在化してきている。また、阪神・淡路大震災の経験を踏まえた学校施設の耐震化や、子どもたちの安全確保を図るための学校施設づくりも急務となっている。さらに、良好な教育環境を確保するため、施設・設備の充実に努めていく必要があるが、この点に関しては、例えば、地域の実情等に応じて空調設備の整備を進めるべきといった意見もある。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

学校施設の耐震化・老朽化対策など、安全で快適な教育施設の整備・充実
教育設備、教材教具等の整備・充実

7)保護者・住民に信頼される学校づくり

  子どもの健全育成を図る上で、学校、家庭、地域の三者が、それぞれ責任を持って自らの役割を果たしつつ、相互に緊密に連携しながら教育に当たることが重要である。このためには、三者が子どもの教育に関する情報を共有することで、子どもが安心して通うことのできる学校づくりを目指すことが求められる。さらに、学校は、教育活動などの学校運営の状況について評価を行い、その結果に基づいて改善を図るとともに、評価結果を含めた学校の情報を保護者等へ提供し、学校としての説明責任を果たすことが必要である。また、学校の安全管理の徹底を図ることは、信頼される学校づくりの基本であり、三者が連携して継続的な取組を行っていく必要がある。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

学校の評価と情報提供の推進
学校におけるマネジメント体制の確立と責任の明確化
学校運営に対する保護者や地域住民の意向を反映させるシステムの確立
安全な学校づくりと子どもの心のケアの充実

8)私立学校教育の振興

  私立学校は、生徒数において大きな割合を占めるとともに、建学の精神に基づく特色ある教育を展開しており、質・量ともに我が国の公教育の重要な一翼を担っている。従って、公私を通じた全国的な初等中等教育水準の維持向上のため、特色を生かした教育を展開している私立学校の振興に努める必要がある。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

私学助成の充実


2豊かな心をはぐくむ教育の推進

1)豊かな心の育成、自立心の育成

  どんなに便利な世の中になっても、人々が豊かな心を持てなければ、本当に豊かな社会とは言えない。子どもたちの豊かな心をはぐくみ、次代に引き継いでいくことは、これからの教育においても一貫して重視されなければならない。しかし、社会の中にあって人々が互いに豊かな心を持ち続けるためには、他者を思いやる心や美しいものに感動する心、生命を大切にし、人権を尊重するなどの基本的な倫理観などを各人が有することのみならず、特に心身の成長期にある子どもたちが現実に直面する諸問題を解決し、また、生活のあらゆる場面を通じて豊かな心を育てることができるよう、周囲の大人が適切にサポートしていくことが肝要である。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

道徳教育の充実
奉仕活動・体験活動の推進
情操を育む教育の充実
子どもの読書活動の推進
暴力行為、いじめ、不登校への対応等生徒指導の充実

2)「公共」に主体的に参画する意識や態度の涵養

  よりよい国づくり、社会づくりを支えるのは、国民一人一人の意識と行動である。このため、「公共」に主体的に参画する意識や態度を涵養する取組を重視していく必要がある。また、我々が個人としての自己実現を図りながらも、「個人」と不即不離の関係にある「公共」との調和の中で生活していくためには、社会的モラルや公共心、自立心、規範意識など、健全な社会の一員として必要な資質・意識とともに、よりよい社会の実現に自分自身も主体的に貢献しようという「社会人」としての自覚を有することが当然に求められる。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

国家・社会の形成者としての資質を養う教育の充実
奉仕活動、体験活動の推進(再掲)
道徳教育の充実(再掲)

3)日本人のアイデンティティと国際性の育成

  グローバル化が進展し、日本人は、国際社会という更に大きな社会集団の構成員として生活する機会が増加している。国際社会にあっては、それぞれ異なる歴史、伝統、文化、慣習、宗教等を有する各国が、互いの複雑な利害や需要・供給を調整しつつ、共存を図ることが必要となる。我々が他国を正しく理解するため、また、他国の人々に日本を正しく理解してもらうためには、まず我々自身が、生まれ育った郷土や日本について、正しく理解するとともに、郷土や国を愛しよりよいものにしていこうとする姿勢を持つことが必要である。そのような日本人としての確実な基礎を築くことで、我々は個人としても、多様な価値観や歴史的・文化的背景を異にする国際社会において認められ尊敬される存在になり、また、我が国も、国際社会における地位をより高めていくことができる。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

我が国の歴史、伝統、文化等に関する理解と愛情を深め、他国の異なる歴史、文化等を理解し尊重する態度の育成
郷土や国を愛する心をはぐくむ教育の推進
国際理解教育の充実
文化財を活用した教育の推進
学校及び地域における文化芸術に関する学習や体験活動の充実

4)文化芸術教育・学習の推進

21世紀において、我が国が心豊かな社会を実現するためには、社会全体で文化芸術を大切にし、支えていくことが求められる。このため、国民一人一人が、文化芸術の担い手であるという意識を持ち、身近な事柄として文化芸術を大切にしていく必要がある。特に、将来の文化を担う子どもたちに豊かな感性や創造性をはぐくむことが重要であり、学校教育において、優れた文化芸術に直接触れ、親しみ、創造する機会を持つことができるよう、文化芸術に関する学習や体験の機会の充実が図られる必要がある。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

学校及び地域における文化芸術に関する学習や体験活動の充実(再掲)
文化芸術活動の指導者の確保、活用

5)幼児教育の充実

  幼児期は、生涯にわたる人間形成の基礎が培われる極めて重要な時期であり、他者の存在を意識し始め、人とのつながりや周囲への興味・関心が広がっていく時期である。この時期の教育は、幼児一人一人の発達に応じながら、きめ細かに行われなければならない。また、近年の地域社会や家庭の急速な変化の中、幼稚園に求められるニーズが多様化するとともに、地域に開かれた幼児教育のセンターとしての幼稚園の重要性が一層高まっており、その期待に的確に応えることが大切である。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

幼児期にふさわしい教育の充実
幼稚園の子育て支援機能の充実
多様な教育・保育ニーズへの対応
幼稚園・保育所と小学校以降の教育との連携の強化

3健やかな体をはぐくむ教育の推進

1)健やかな体の育成に向けた取組の充実

  子どもたちがたくましく生きるための体力や健康を培い、知・徳・体のバランスのとれた成長を促すことは極めて重要である。また、社会全体が、体力は「知」「徳」の基盤となるものであり、充実した人生を送るために体力が重要であることを正しく認識することも重要である。これからの教育においては、生涯にわたって積極的に運動に親しむ資質や能力、意欲を育成するとともに、スポーツをする習慣を定着させるための工夫が必要である。そのためには、子どもが自然に楽しくスポーツに親しめる工夫が必要であるとともに、スポーツの後のすがすがしい気持ちや達成感を味わわせることで、子どもがスポーツの醍醐味に触れることのできるきっかけを与えることが必要である。このため、多様なスポーツの機会を提供するとともに、より高いレベルに挑戦しようとする子どもに対しても、その意欲が十分に生かせるような環境を整えることが重要である。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

体力やスポーツの重要性についての理解を深めるための教育の充実
子どもが自ら体を動かすようになるための動機づけの工夫
子どもの運動する機会等の確保、教員や指導者の養成と確保
スポーツにおける学校と地域の連携の推進
より高い競技レベルに到達する機会の確保

2)子どもに対する健康教育の推進

  近年の子どもたちは、体力、運動能力の低下傾向が続くとともに、肥満傾向の割合なども増加し、将来の生活習慣病への危険性が高まっている。また、心の健康の問題や青少年による薬物乱用など、子どもの健康に関する現代的な課題が深刻化している。この状況を踏まえ、健康の価値を認識し、自分自身を大切にする態度の育成など、生涯にわたる心身の健康の保持に必要な知識、習慣等を身に付けさせなければならない。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

健康に関する現代的な課題に適切に対応するための教育の充実
体力の向上に資する子どもの生活習慣の改善

4グローバル化、情報化等社会の変化に的確に対応する教育の推進

1)教育の国際化の推進

  国際化が急速に進展している現代においては、特に経済の分野における国境を越えた大競争を余儀なくされている一方、社会・文化・政治など、あらゆる分野における国際的な協調、あるいは国際的な理解が望まれている。そのためには、十分なコミュニケーション能力はもとより、国際的な視野と日本人としての確固たるアイデンティティとを併せ持ち、21世紀の国際社会の中で世界に貢献できる人材を育成していくことや教育交流を促進していくことが肝要である。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

国民全体の一定レベルの英語力の達成、国際社会で活躍できるコミュニケーション能力の向上
英会話活動の推進等小学校の英語教育の充実、中学・高等学校・大学における具体的な目標に基づく英語教育の充実
留学生交流の推進
我が国の歴史、伝統、文化等に関する理解と愛情を深め、他国の異なる歴史、文化等を理解し尊重する態度の育成(再掲)
国際理解教育の充実(再掲)
海外子女や帰国・外国人児童生徒の教育の充実

2)教育の情報化の推進

  日進月歩の勢いで革新を続ける情報通信技術は、多様な情報を国境を越えてリアルタイムに入手し発信することが可能な、高度情報通信ネットワーク社会の進展をもたらしている。このため、教育においては、IT環境の整備を推進するとともに、情報を主体的に取捨選択し、活用・発信する能力を身に付けさせる取組を行うことや、情報をめぐるルールやモラルの問題に積極的に対応する必要が生じている。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

IT環境の整備・充実
情報活用能力とモラルの育成
視聴覚メディアの効果的活用の促進
ITを活用した効果的な教育・学習の推進
「情報化の影の部分」への対応

3)環境教育の推進

  高度経済成長期以降の大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動や生活スタイルへの反省から、生産から消費、廃棄へと向かう一方通行型の経済社会構造を根本から見直そうとする動きが広がっている。教育の分野においても、社会を構成するあらゆる主体が、総力を結集して循環型社会の形成に寄与し、持続可能な社会の構築を目指すことが必要であるとの認識の下、積極的な取組を進めることが求められている。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

循環型社会の形成の意識の醸成
環境負荷の小さい教育施設の整備と環境教育への活用

(2)「知」の世紀をリードする大学改革の推進

1)「知の拠点」を支える教育研究環境の整備

これからの教育においては、知の世紀をリードする創造性に富んだ人材を育成することが重要である。このためには、国公私立を問わずすべての大学が適切なマネジメント体制の下で、大学間あるいは内外の研究機関等との間の人的交流を促進することや、学生が学業に専念できる仕組みを整えることなど、柔軟かつ安定的な大学の教育研究環境を整備することが必要である。これにより、大学は、世界のあらゆる知の分野で活躍しうる、高い能力を備えた人材を育成するための拠点となりうる。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

国立大学の法人化など高等教育機関におけるマネジメント体制の確立
教員・学生の流動化の促進
奨学金の充実などの学生支援の推進
施設・設備の充実
私学助成の推進による私立大学の教育研究環境の整備・充実
大学の設置認可の弾力化
若手研究者の育成・活用の機会の充実
高等教育機関相互の連携協力の強化

2)教育研究機能の充実

  我が国の大学が世界に伍していけるだけの競争力を持つ健全な「知の拠点」となるための機能を継続的に果たしていくためには、基礎的な学問や教養に関する教育研究に加え、社会のニーズを敏感に読みとり、これに柔軟に対応することを可能にする教育研究機能を有すること、そして高度な教育研究へのインセンティブを与えるような取組が求められる。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

国際競争力向上のための教育研究機能の質的向上、人材の招へい・集積
基礎的学問分野の教育研究機能の充実
社会のニーズに柔軟に対応した教育研究機能の強化
教養教育の再構築の推進
ITを活用した教育内容の豊富化・高度化の推進
競争的資金の充実による研究の振興

3)評価制度の導入・整備

  我が国の大学が教育研究の質の向上を図るためには、自己点検・評価の充実とともに、第三者評価などを通じた多元的な評価システムの確立により、大学の教育研究の内容・方法の改善を積極的に図っていくことが重要である。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。
自己点検・評価、第三者評価の実施と評価結果の公表
評価に基づく重点的な資源配分
大学評価における教育の評価の観点の重視

4)社会・経済の発展への積極的貢献

  「知の拠点」としての大学は、今後、その閉鎖性を打破するとともに、その知的資源等をもって積極的に社会の発展に貢献する教育機関となることが重要となる。このため、地方公共団体や地域の企業と様々な形態で協力しながら教育・研究を行い、その成果をすすんで地域に還元することが求められている。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

大学を核とする産官学連携の推進
大学から産業界への技術移転の推進
社会人の再教育機能の強化

(3)家庭の教育力の回復、学校・家庭・地域社会の連携・協力の推進

1)家庭の教育力の向上

  家庭はすべての教育の原点であり、子どもは家族の愛情の下に教育され、自らも家族の一員としての種々の役割を果たしながら成長を遂げてゆく重要な教育の場である。しかしながら、しつけや子育てに自信を持てない親は近年増加傾向にあると言われており、このことは、基本的な生活習慣や社会のルール、自立心や自制心などを身に付けないまま育つ子どもが増えるとともに、親自身の育児ノイローゼや児童虐待を引き起こす結果につながることもある。このため、親が人生最初の教師であることを自覚し、家庭の教育力を十分に発揮できるよう、家庭における教育を支援するための諸施策や、また子どもを産み育てやすい社会環境づくりを教育を通じて進めていくという条件整備を通じて、家庭の教育力の充実を図っていくことが求められている。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

家庭教育に関する情報・学習機会の提供の充実
家庭教育についての相談体制の整備
父親の家庭教育への参加促進

2)地域の教育力の向上

  子どもが生活し成長する場として、家庭・学校と並んで、地域もまた重要な役割を果たしている。地域の中で大人や様々な年齢の子どもたちと交流し、生活体験、社会体験、自然体験、文化芸術体験等の様々な体験を積み重ねることで、子どもは豊かな人間性や主体性、社会性、責任感などの資質をはぐくんでいくものである。このため、地域における教育の拠点である社会教育施設の充実を図るとともに、地域の大人が協力し、家庭や学校を巻き込みながら、地域の特色に応じた教育環境を築いていくことが求められている。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

大人の地域づくりへの参画の促進
地域における奉仕活動・体験活動の機会の充実
社会教育施設の活性化・高機能化
学校・家庭・地域の連携の推進
地域における読書活動の推進

(4)生涯学習社会の実現

1)生涯学習社会の実現

  国民一人一人が、社会の変化に主体的に対応し、活力ある社会を築いていくためには、その個性や能力を生涯にわたって高め、最大限に発揮できるようにすることが不可欠である。また、近年、国民のライフスタイルは多様に変化し、生きがいづくりや余暇の活用、仕事以外での社会への参加、社会に貢献する活動への興味が高まってきている。このため、人々が、生涯のいつでも、どこでも、誰でも自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が適切に評価されるような生涯学習社会の構築がますます重要な課題となっている。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

社会・経済の変化や個人の学習ニーズに柔軟に対応した学習環境の整備
生涯学習の普及・啓発と情報提供の充実
生涯学習の成果の評価・認証体制の整備
地域の教育施設を活用した学習機会の提供の促進

2)男女共同参画に関する教育・学習の推進

  男女が、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別に関わりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会の実現は、我が国が活力をもって着実に発展を遂げるための極めて緊要な課題となっている。特に、このような社会を実現するためには、国民一人一人が男女共同参画や自立の意識を有することが不可欠であり、こうした意識の涵養のために教育・学習が果たす役割は重要である。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

男女平等を推進する教育・学習の推進
各人の個性と能力を発揮するとともに多様な選択を可能にする教育・学習の推進

3)生涯スポーツ社会の実現

  健康で充実し、潤いのある人生を送るためには、スポーツは欠かせないものであるという認識に立ち、子ども時代に身に付けた運動の習慣と意欲を社会に出た後も維持し、生涯にわたってスポーツを楽しんでいくためには、それぞれの年齢、体力や技術、興味、目的に応じたスポーツを楽しむ環境・条件を地域において整備し、生涯スポーツ社会の実現につなげていくことが不可欠である。また、地域のスポーツ活動に各自が積極的に参画する意識を持つとともに、住民が主体となった取組を積極的に奨励することも必要である。このような観点から、今後、以下の方向で施策を検討すべきと考える。

住民が主体的に参画する地域のスポーツクラブの育成促進
民間団体等の活力をスポーツ環境の整備に活用する取組の充実
ボランティア等の地域の力の活用の促進
各自のスポーツニーズに対応した質の高いスポーツ指導者の養成・確保
魅力あるスポーツ空間の確保



*1   制定時の帝国議会の審議では、この「教育の目的」に「すべての徳目を掲げるのは適当ではなく、  従来我が国の教育の比較的欠陥といわれてきたところや現在においても欠陥と考えられているところ  を特に強調し、それ以外は人格の完成に包含させる」との説明が行われている。
 
*2   教育公務員特例法第19条第1項は、「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養  に努めなければならない。」と規定しているが、同法は国公立学校の教員のみが対象となっている。



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