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資料1

教育の課題と今後の教育の基本的方向について(素案)

1  教育の現状と課題

  戦後の荒廃の中で、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする憲法の理想の実現を教育の力に託し、昭和22年3月に教育基本法が制定された。同法に象徴される戦後教育改革は、1「人格の完成」を目指す教育理念、2教育の機会均等と男女平等、3単線型学校制度、4「6・3制」の無償義務教育などを内容とするものであった。教育基本法及び同法の精神に則って制定された学校教育法などの法体系の下で、各般の教育諸条件の整備が進み、教育を重視する国民性や所得水準の向上などともあいまって、高等学校進学率や大学進学率の上昇などにみられるように教育は著しく普及した。こうして達成された教育の量的拡大と国民の教育水準の向上が、諸外国から奇跡とも呼ばれた我が国経済社会の発展の原動力となったことは疑いない。
 
  しかしながら、昭和50年代中頃から、青少年非行の増加、小・中学校でのいじめ、不登校、校内暴力などの教育問題が社会的に大きな関心を集めるようになり、政府全体の責任で教育改革に取り組むため、昭和59年9月に内閣総理大臣の下に臨時教育審議会(臨教審)が発足した。臨教審は、前述した戦後教育改革の成果を高く評価する一方で、戦後教育改革も大局的に見ると明治以降の追いつき型教育の延長線上にあり、深刻な教育荒廃を生むとともに、個性の尊重、高等教育の個性化や高度化、創造性や国際性の涵養等の観点からの改革が必要と総括した。
 
  このような認識の下に、臨教審は、21世紀に向けた教育改革の基本的考え方を、1個性重視の原則、2生涯学習体系への移行、3国際化、情報化等変化への対応、の3つに集約した。臨教審以降の教育改革は、この3つの基本的考え方を踏まえて展開されており、例えば「個性重視の原則」の観点からは、自己教育力の育成を重視した学習指導要領の改訂、個に応じた指導を実現するための教職員定数改善、高等学校総合学科の創設、6年制中等教育学校の制度化、大学設置基準の大綱化、大学院制度の弾力化、大学・大学院への飛び入学など様々な施策が実現している。
 
  このように、教育関係者は教育改革を進めるために不断の努力を行ってきているが、教育を取り巻く社会は時に改革を上回るスピードで急速に変化している。特に、東西の冷戦構造の崩壊後、世界規模の競争が激化する中で、時代は、我が国の経済、社会に否応なしに大きな転換を迫っている。この大転換期の試練の中で、国民の間では、これまでの価値観が大きく揺らぎ、自信の喪失とモラルの低下という悪循環が生じ、出口の見えない閉塞感が広がっている。教育の世界に目を転じると、物質的な豊かさの中で子どもたちはひ弱になり、将来の夢や目標を描けぬまま、次第に学ぶ意欲を低下させ、学力の問題が懸念されている。また、子どもたちは基本的なモラル、倫理観を身に付けることができなくなり、教育の現場は、いじめ、不登校、いわゆる「学級崩壊」など深刻な危機に直面している。
 
  ここまで概観してきた現在の我が国社会と教育の危機の背景には、様々な要因が複雑に絡み合っている。しかしながら、教育が我が国社会の存立基盤であることを省みるとき、教育の責任は大きいと言わざるを得ない。例えば、従来、大人は子どもの教育について学校教育に過度に依存する実態があったこと、その学校教育がややもすれば過度の平等主義や画一主義に陥りがちになり、時代や社会の大きな変化に対応していく柔軟性に乏しかったこと、また学校においてはこれまで情報公開や自己評価、外部評価が必ずしも十分機能してきたとは言えず、教育の現状や成果を適切に把握、評価し、その評価に基づく改善措置を自ら講じていくという取組みが十分ではなかったこと、さらに、教育の原点である家庭や地域社会において、親子の触れ合い、友達との遊び、地域の人々との交流などの様々な活動や経験を通じて人間形成と成長を促す教育力が十分に発揮されていなかったことなど、これまでの教育の在り方そのものに関わる大きな問題を指摘することができる。教育行政を含めたすべての教育関係者は、このような指摘を真摯に受け止めなければならない。
 
  このような認識の下に、平成12年3月には内閣総理大臣の下に教育改革国民会議が設置され、9か月間の審議を経て、同年12月に最終報告がまとめられた。その中では、15の具体的施策と並んで、教育振興基本計画の策定と教育基本法の見直しの必要性が提言され、現在の本審議会の審議にも引き継がれている。
 
  一方、世界の潮流をみると、物質的に豊かになるにつれて、青少年の非行や犯罪の増加など教育面での困難な状況が生じるという現象は、多くの国に共通している。また、経済面での国際競争の激化、情報革命の進展、知識社会の到来といった大きな変化の中で、教育が国民の未来や国の行く末を左右する重要課題と認識されるようになってきている。これらを背景に、各国において「国家戦略としての教育改革」が急速に進行しており、さらに、地球的規模での調和ある発展の観点から、持続可能な開発の実現や発展途上国の自立の支援のためにも教育は重要な戦略となっている。
 
  国民一人一人の自己実現、幸福の追求と我が国の理想、繁栄の実現を期してたのむべきは、今も教育の力をおいて他にない。このままでは我が国が立ち行かなくなるとの危機感を持って、教育の在り方を根本にまでさかのぼって見直していかなければならない。

2  21世紀の教育が目指すもの

  教育においては、どんなに時代や社会が変わろうとも「時代を超えて変わらない価値のあるもの」と「時代の変化とともに変えていく必要があるもの」がある。教育の在り方を根本にまでさかのぼって見直し、新しい時代の教育が目指すべき目標を考えるに当たって、この両者について十分検討しなければならない。「時代を超えて変わらない価値」を軽視すれば、教育は一貫性のない場当たり的な営みに終始し、次世代へ受け継がせるべき優れた伝統や文化を失うこととなり、「時代とともに変えていくべきもの」を軽視すれば、硬直した画一的な教育が個人や社会の活力を衰退させることとなる。

(1)教育の役割と継承すべき価値
  教育には、人格の完成を目指すという目的のもと、個人の能力を伸長し、自立した人間を育てるという役割と、国家や社会の構成員として有為な国民を育成するという役割があり、これらは、これからの時代においても引き続き変わらないものと考える。また、個人の尊重、自律心、義務をしっかり果たそうとする責任感、他人を思いやる心、公共の精神、規範意識、伝統や文化を大切にする心、幅広い教養や健やかな体などの豊かな人間性を育むことは、世代から世代に伝えていくべき価値あることであり、いつの時代の教育においても大切にしなければならないものである。このような教育の役割と継承すべき価値については、21世紀の教育においても、しっかりと踏まえていかなければならない。

(2)激動の時代への挑戦
  一方、これからの教育には、我が国内外で進行する大変革の波に挑み、激動の時代を切り拓いていく日本人を育成することが求められる。新しい時代を展望する際、少子高齢化の進展のように変化の方向性がほぼ確実に予測できるものもあれば、国民意識のように様々な変動要因があり変化の方向性の予測が容易ではないものもあるが、新しい時代の教育を考える上で重要な時代の潮流は次の通りである。

1社会経済基盤の変化

1)少子高齢化社会の進行と家族・地域の変容

  我が国社会では、女性の高学歴化・就業率の上昇による晩婚化、子どもを生み育てることに対する夫婦の意識の変化、子どもを育てにくい様々な社会的条件などを背景に少子化が進行する一方、国民の平均寿命の伸長により今や人生80年時代の長寿社会を達成している。我が国の総人口に占める18歳未満の者の割合は、昭和25年(1950年)には41.6%であったが、平成12年(2000年)には18.1%となっており、平成62年(2050年)には、13.2%まで落ち込むと推計されている。一方、総人口に占める65歳以上の者の割合は、昭和25年(1950年)には4.9%であったが、平成12年(2000年)には17.4%となっており、平成62年(2050年)には、35.7%まで上昇すると推計されている。また、我が国の総人口は、平成18年(2006年)にピークに達した後、以後長期の人口減少過程に入るものと予測されている。このように、我が国の人口構造は、今後とも急速に少子高齢化の度合いを強めつつ、総人口は極めて近い将来に減少期に転じると見込まれている。
 
  このような少子化とともに、親のライフスタイルや職業生活の多様化等が進む中で、親の子どもに対する過保護、過干渉や逆に親子の触れ合いの欠如による家族内の孤独化といった家庭教育の機能の低下が顕在化している。また、地域においても人間関係が希薄化したため、友達や異年齢集団の中での豊かな遊びの体験や切磋琢磨の体験の機会が減少し、大人も他人の子どもに積極的に関わろうとしないといった地域の教育機能の低下の問題が一層深刻化すると考えられる。さらに、高齢化の中で社会の活力を維持するために、高齢者が生涯にわたり、生き生きとその能力を発揮し、生きがいある長寿を楽しむことができる社会の形成が、極めて重要な課題となると考えられる。

2)就業構造の変貌

  バブル経済の崩壊以降、我が国経済が長期の低迷を続ける中で、我が国の就業構造も急速な変貌を遂げている。多くの企業が生き残りをかけて、経営の合理化と事業の再編成を目指すリストラクチャリングを推し進める中で、年功賃金や終身雇用など従来型の日本的雇用慣行はゆらぎ、即戦力となる専門知識や技能を持つ人材を求めるなど従来型の新卒一括採用制度も変わり始めている。このような趨勢の中で、多くの中・高年齢層が離職を余儀なくされたり、特に高校新卒者にとっては就職が極めて難しい状況となっており、また、一定の能力や学歴を持ちながら希望する職業に就くことができない学歴と就業のミスマッチの状況が顕在化している。さらに、このような職がない、職を選べない状況に加えて、就業に関する意識の変化から定職に就かないフリーターの問題も顕在化してきている。
 
  我が国経済の低迷は、戦後の追い付き追い越せ型経済発展の在り方が知識社会への移行やグローバル化の進展の中で新たな経済・産業の在り方を求めて模索する過程ともいえ、就業構造は、少子高齢化社会の進展がもたらす労働人口の年齢構成の変動などにも影響を受けつつ、今後とも大きく変貌を遂げていくものと予測される。
 
  このような流れの中で、これからの教育には、職業や実際生活との関連をより一層重視していくことや、大学院等で専門的職業にかかる学習機会の充実を図ることなどの取組が一層求められるようになると考えられる。

3)知識社会への移行

  21世紀は、知識や情報が社会を動かす原動力となる「知識社会」化が一層進行すると考えられる。「知識社会」においては、個人にとっては知識や技能の習得が就労機会の確保やキャリア・アップの重要な要因になるとともに、社会にとっても新たな知識や情報技術の活用が新規産業の創出や既存産業の効率化など産業の発展をもたらす重要な契機となる。
 
  このような「知識社会」では、まず、国民一人一人が基礎・基本を身に付けることが何よりも重要であり、単なる学校歴ではない、学習により実際に身に付けた能力が従前にも増して重視される社会となる。基礎・基本となる力としては、知識・技能はもとより自ら学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などが大切である。いかなる知識や技能も陳腐化を免れないことから、このような社会では、いったん社会人となった後にも大学院等で最先端の高度な知識を学ぶことなどにより、常に自らの知識や技能を、より広め、深めていくことが求められる。
 
  なお、このように「知識社会」化が進行し、それとともに生涯学習機会が充実していくことは、職業人のさらなるキャリア・アップを促進する効果を持つとともに、子どもの養育や親の介護などで一旦は職業から離れた女性や退職後の高齢者にとっても自らの能力を社会において発揮するさらなる機会を獲得する可能性を高めることにもつながっていくものである。

4)高度情報化社会の進展

  情報通信技術は、今後一層の発展と高度化を遂げていくものと考えられる。インターネットその他の高度情報通信ネットワークの発達により、世界中で誰もが多様な知識や情報を文字・音声・動画像等の様々な形態で瞬時のうちに入手し、発信し、交換することが可能となる。このような高度情報化社会の到来は、知識や情報を獲得することを通じ、誰もが自らの能力を最大限に発揮する可能性を広げ、また、現在の学校教育の枠組みを大きく変える全く新しい学習形態をもたらす可能性を持つなど極めて重要な意義を有する反面、情報通信技術の利用機会及び活用能力の格差(デジタル・デバイド)の発生、コンピュータ上の仮想体験の拡大による現実の世界からの遊離や人間関係の希薄化などの影の部分も持ち合わせている。
 
  このため、一人一人が情報の発信者となる高度情報通信社会においては、コンピュータなどの情報通信機器を使う技能の習得と併せ、情報を主体的に収集、活用できるなどの情報活用能力を身に付けること、著作権についての理解を深めること、他人のプライバシーや自己情報のセキュリティなどに関する情報モラルを育成することが重要な課題となってくる。また、情報機器はあくまで自分たちの行動を支援する道具であり、人間同士の触れあいや実際の生活体験・社会体験等の直接体験が高度情報化社会においても一層重要である。したがって、これからの教育においては、このような直接体験の機会を十分に提供していくことが重要な課題となってくる。

2グローバル化の進展

  交通手段、情報通信技術の発展や、規制緩和の推進などにより、経済をはじめとする人間の諸活動が短期間に国境を越え世界中を移動するグローバル化は、今後もその潮流を一層強めていくものと考えられる。このことは、経済のみならず、研究活動、文化、芸術、スポーツなど幅広い分野で、日本人が世界において活躍できる可能性が広がることとともに、共通のルールの下で自由な競争が促進され、地球的規模での大競争時代が到来することを意味する。このため、我が国社会にとっても、国際競争力の基盤である国民全体の教育水準の一層の向上を図るとともに、大学の競争力を高め、21世紀の知の大競争時代に積極的にチャレンジし、これをリードし、国際的にも貢献できる人材を育てていくことがますます重要になってくる。
 
  一方、グローバル化が進展していく中で、イデオロギーに基づく対立に代わり、民族や宗教など文化の違いに根ざした様々な問題が顕在化している今日、国家間の友好関係を強化し、信頼を醸成していく国際協調の必要性も増大しており、このため、民族、文化の多様性を再認識し、異なる文化を尊重する精神を涵養することの重要性も高まっている。また、グローバル化の陰の部分として、国際社会の中で貧富の格差が拡大するのではないかとの懸念もあるところであり、ますます相互依存を深める国際社会の中で、このような格差問題を含め、大量破壊兵器の拡散問題など、今後一層顕在化する国際的な課題の解決のために英知の結集を行う必要性も増大していくものと考えられる。

3科学技術の進歩と地球環境問題の深刻化

  科学技術の進歩は、人々の生活の豊かさや幸福をもたらし、産業や社会の発展の原動力となるものである。それゆえ、主要先進諸国では、科学技術の重点化や競争力の強化を図っているところであり、我が国としても、独創的・先駆的領域の形成を図るなど、科学技術を重要な国家戦略と位置付け、その発展を促していくことが極めて重要な課題となってきている。一方、科学技術の進歩は、例えばライフサイエンスの進展がもたらす生命倫理の問題など、これまでの社会が想定していなかった新たな課題を提起しており、新たな倫理観・生命観の涵養が求められている。
 
  また、高度に産業化された人間の諸活動は、人を取り巻く地球環境にも影響を与えるほど大規模なものとなった。地球環境の変化がもたらす人類規模の課題が深刻になるにつれ、その解決のために、科学技術の創造力への期待が一層高まるであろう。さらに、自然と共生する生活スタイルや社会を構築するために、あらゆる世代が地球環境問題について正しい理解を深め、責任を持って環境を守る行動がとれるようにすることが、ますます重要になっていくものと考えられる。

4国民意識の変容

  我が国社会は、活力のみならず、心の健全さも急速に失いつつあるのではないか。我が国は、長く経済の低成長期の中にありながらも、世界有数の豊かな国としての地位を保持しているが、経済的な豊かさの中で、国民は夢や希望を持てない閉塞状況に陥ってしまっている。また、国民の価値観は、こうした社会の深層で、静かに、しかし確実に変容を続けている。フリーターの増大の背景には、勤労に対する価値観の変容がある。現在頻発している政治、行政、企業に関わる不祥事件の背景には、遵法意識、倫理観や社会的使命感の喪失があり、こうした不祥事件がさらに国民の正義、公正、安全などへの信頼を蝕み、国民全体のモラルの低下を加速させている。さらに、若年層の中では、現在の社会を築いた世代に対する尊敬の意識が薄れたり、世代を超えて価値観を共有できなくなる傾向が見られる。家庭や地域の教育機能の衰退ともあいまって、国民の社会への帰属意識が希薄化し、個人が社会に背を向け、基本的なモラルや社会規範を軽視したり、自らの殻の中に閉じこもるなどの現象が進行することになれば、共同体としての我が国社会にとって重大な問題を生じることになる。また、多くの国民が社会の風潮に無批判に流されるような事態も、健全な社会の発展のためにならない。
 
  国民意識の変容には、このように憂慮すべきものもあるが、一方で、物質的な豊かさよりも心の豊かさを求めたいとする国民世論は大きい。また近年、個人や団体が、地域社会で行うボランティア活動などのように、互いに支え合う互恵の精神に基づき、利潤追求を目的とせず社会的課題の解決に貢献する活動が、従来の「官」と「民」という二分法では捉えきれない新たな「公共」のための活動とも言うべきものとして広がりを見せていることは、注目に値する。
 
  最後に、今後到来する大競争時代は、誰もが自らの意欲と向上心により能力を伸ばしたり自己実現を図るチャンスをもたらすものであるが、決して競争に勝ち抜くことだけを是とする社会であってはならない。激動の時代の主人公として自ら考え行動する確固たる自己を磨き、困難にも立ち向かうたくましさを育みながら、同時に、他者に対する思いやり、他者の痛みを理解する温かい心、美しいものに感動する心などの豊かな心を涵養し、家族との団らん、趣味、スポーツなどを楽しむ時間も大切にするなど、かけがえのない自分の人生をより豊かにしようとする心のゆとりを大切にしなければならない。

(3)これからの教育の目標
  これからの我が国の教育の目標は、(1)で述べた教育の役割と不易の価値を再認識しつつ、(2)で述べたこれからの時代の大きな潮流を踏まえた上で、21世紀の我が国を担う日本人に必要な資質は何か、今後、どのような日本人を育成すべきかという観点から検討する必要がある。本審議会としては、以下の15をこれからの我が国の教育の目標と位置付けるべきと考える。

1自己実現を目指す自立した人間の育成

  全ての人間は、一人一人が尊厳ある存在であり、自由と責任の自覚の下に、自立し生涯にわたって成長を遂げていくことが何よりも肝要である。また、全ての人間には、自分だけのかけがえのない個性があり、その個性を最大限に生かし能力を伸ばすことは、極めて重要である。これからの教育は、個人一人一人の人間としてのかけがえのない価値を尊重し、個人の能力を最大限に引き出すことを重視し、個人一人一人が生涯にわたって自らの能力を高め、あるいは自らの得意とする分野にその才能を伸ばし、自己実現を目指そうとする意欲、態度や自発的精神を育成することが大切である。そのためには、豊かな教養を身に付けることができるようにすること、教育の方法は可能な限り個に応じたものとすること、学習の機会は可能な限り生涯にわたって広く提供されるようにすることなどが必要となる。
 
  このような取組みが、自ら考え行動するたくましい日本人の育成につながり、それによって、活力ある社会が実現できるのである。

2豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成

  我が国では、豊かな心を育むことが時代を超えて大切にされてきた。例えば、自己との関わりでは、自律心、誠実さ、責任感、倫理観など、他者との関わりでは、感謝や思いやりの心、他者の痛みを理解する心や礼儀など、社会との関わりでは、勤労の大切さや公正さなど、自然や崇高なものとの関わりでは、自然を愛する心、美しいものに感動する心、生命を大切にする心、人間の力を超えたものに対する畏敬の念などである。しかしながら、現代社会において、物質的な豊かさが達成される過程で、モノ・カネ本位の価値観や自分にとって得か損かの価値観が蔓延し、心の豊かさの価値が軽視された結果、個人の人格形成にとっても、健全な社会の維持にとっても憂慮すべき深刻な事態を招いている。一方、個人が人生80年時代の長寿社会の中で、生涯にわたって生き生きとした人生を送る上で、健康の保持や健やかな体づくりの重要性は言うまでもない。これからの教育は、心の豊かさや健やかな体づくりの大切さを確かに次代に引き継いでいく機能をより積極的に果たさなければならない。
 
  このような観点から今後求められる重要な資質には、他者を思いやる心や美しいものに感動する心、自然を愛する心、倫理観などがある。そして、このような資質の育成を重視することが、個人の健全な心身の発達を促すとともに、ひとにやさしい心豊かな社会を実現することにつながる。

3知の世紀をリードする創造性に富んだ人間の育成

  新たな知が新たな産業を起こし、国や社会の発展を支える知の大競争時代において、我が国の繁栄を確保していくためには、高度成長期には有効であった画一的な追い付き型教育を変革し、基礎・基本を習得し、それを基に、探究心、発想力や創造力を伸ばし、知の世紀をリードしていく人間を育成する教育に転換する必要がある。知は進化し続けて止まない。このため、これからの教育には、教育内容の不断の見直しや新たな教授方法の開発が要請されるとともに、世界水準の知識・技能や高度な専門性を身に付けるための多様な学習機会の提供が求められる。とりわけ、大学や大学院の教育研究機能を飛躍的に高めていくことが極めて重要となる。このようにして、知を愛し、知の創造を推進する人材が育っていく中で、未来の扉を開く鍵となる独創的な学術研究や科学技術も数多く花開いていくことになる。
 
  このような観点から、今後求められる重要な資質には、創造性、チャレンジ精神の涵養、リーダーシップの育成、そして世界水準の知識・技能などがあると考えられる。そして、このような資質の育成を重視することが、国際競争力と価値発信力にあふれる人材教育立国日本を実現することにつながる。

4「新たな公共」を創造し、21世紀の国家・社会を主体的に形成する日本人の育成

  教育は、国家、社会の形成者としての国民の育成を期するという重要な機能を担っている。国民にとっての国家や社会の在り方は、変更ができない所与のものではなく、その構成員である国民の意思によってより良いものに変わり得るものである。国民は、現在ある国家、社会の在り方に消極的に順応せざるを得ない存在ではなく、より良い国づくり地域づくりのために主体的、積極的に参画することを求められている存在なのである。しかしながら、これまで日本人は、ややもすると国や社会は誰かがつくってくれるものという意識が強く、自分自身の問題として考え、そのために積極的に行動するという努力を怠りがちであった。21世紀の我が国において自由で公正な社会を実現するためには、国民一人一人の自覚と行動が極めて重要である。そのためには、現在問題となっている社会全体のモラルの低下、公徳心、公共心、規範意識の欠如などの問題をゆるがせにすることはできない。一方、ボランティア活動など「新たな公共」の創造に主体的に取り組もうとする国民の意識は高まりを見せており、このような潮流は是非とも加速する必要がある。
 
  このような観点から、今後求められる重要な資質には、自らが公正な国づくり、地域づくりの主体であるという自覚と行動、社会悪に敢然と立ち向かう勇気、公共の精神、社会規範の尊重、我が国の伝統・文化の理解と尊重、国や郷土を愛する心、などがある。そして、このような資質の育成を重視することが、我が国が健全かつ持続的に発展するための基盤を構築することになる。

5国際社会を生きる教養ある日本人の育成

  国際社会は、グローバル化が一層進展する中、様々な摩擦や対立を引き起こしながらも相互依存を深めている。我が国もこのような国際社会の重要な一員であり、我が国の今後の教育の在り方を考える上でも、国際社会を生きる日本人という観点は極めて重要である。豊かな教養は、個人の人格陶冶の旅の道標であるのみならず、国際社会の大海原を進む船の羅針盤である。国際協調の精神の下、自分たちとは異なる文化や歴史に立脚する人々と共生していくためには、特に自国のみならず諸外国の文化をも大切にする姿勢が重要である。環境・エネルギー問題、人口・食糧問題といった地球的規模の問題など人類が直面する大きな課題の解決に向けて人類の英知を結集することが求められており、こうした問題について正しい理解を深め、解決のための取組みへの積極的参画を通じて国際社会に貢献することも重要なことである。したがって、これからの教育は、広く国際社会を相手に対話し行動できる能力の育成を重視し、世界を舞台に活躍する教養ある日本人の育成を目指していくことが重要である。
 
  このような観点から、今後求められる重要な資質には、国際社会の一員としての自覚、豊かな教養、他国の異なる文化を尊重する精神、日本人としてのアイデンティティ、外国語によるコミュニケーション能力などがある。そして、このような資質の育成を重視することが、国際社会から信頼され、尊敬される日本を実現することにつながる。

  また、これからの教育の目標を上記のように新たに定め、その実現を図っていくためには、学校教育をはじめとする教育の諸制度や諸施策についても根本にまでさかのぼって見直す必要がある。このような観点から、今後、特に重視しなければならない課題としては、以下のものがある。

1)生涯にわたる学習機会の充実
    これからの生涯学習社会においては、あらゆる世代において、一人一人の生き方、在り方に応じて教養を広げ、新たな知識や技能を身に付け、自らのキャリアアップにもつなげ得るよう、いつでも、どこでも、誰でも、何でも学べる学習機会の充実を図ることが重要である。

2)一人一人の個性に応じて、その能力を最大限に伸ばす学校教育
    これからの学校教育においては、基礎・基本はもとより、生涯学習の基礎となる学び方、調べ方の習得を重視するとともに、自己の生き方や目指す職業につながる幅広い教養、職業意識、実用的な技能、高い専門性が、発達段階に応じて形成できるよう、一人一人の個性に応じてその有する能力、適性を最大限に伸長することを強く意識しなければならない。そのためには、個に応じた指導の充実と、学びの選択の幅の拡大に一層の配慮が必要である。

3)知の世紀をリードする大学改革
    知的国際競争力と価値発信力あふれる人材教育立国の実現には、大学、特に大学院の教育研究機能を高度化させることが喫緊の課題である。専門職大学院の拡充、産学官の連携の促進などを通じて、高い能力を有する多様な人材を輩出することが重要であり、そのことが人類共通の課題の解決に向けた知の結集へとつながる。

4)家庭や地域の教育力の向上
    教育の原点である家庭や地域社会において、家族を核として、世代を越えた多彩な人々との交わり、多様で本物の体験活動や経験を通じて、心身両面にわたる人間形成と成長を促すという本来的な教育力が、必要なときに、確かに発揮されることが大切である。このため、たとえば高齢者の有する貴重な知恵や経験が、子どもを育てるときに生かされるようにするなど、行政として押しつけとならないよう十分留意しながら、家庭や地域の教育力に対して支援に努めることが必要である。


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