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参考3
第12回基本問題部会における主な意見の概要(案)


1  日    時    平成14年7月16日(火)  13:00〜15:00

2  場    所    KKRホテル東京「孔雀の間」(11階)

3  議    題    教育基本法及び教育振興基本計画の在り方について

4  配布資料
      資料1       教育基本法に関する中教審・基本問題部会の議論の概要
      資料2       教育振興基本計画に関する中教審・基本問題部会の議論の概要
      資料3       教育基本法に関する委員の意見の概要
      資料4       教育振興基本計画に関する委員の意見の概要
      資料5       教育基本法・日本国憲法(条文)
      資料6       今後の日程(案)
      参考1       教育基本法の規定の概要
      参考2       教育振興基本計画に関する資料
      参考3       第11回基本問題部会における主な意見の概要(案)


5  出席者
    委員:   鳥居会長、木村副会長、茂木副会長、市川委員、梶田委員、黒田委員、國分委員、佐藤委員、木委員、鶴田委員、永井委員、山本委員、渡久山委員
    事務局:   池坊政務官、小野事務次官、青江文部科学審議官、御手洗文部科学審議官、田中総括審議官、近藤生涯学習政策局長、矢野初等中等教育局長、銭谷文化庁次長、寺脇生涯学習政策局審議官、玉井初等中等教育局審議官、加茂川初等中等教育局審議官、名取主任社会教育官、徳重主任体育官、山中生涯学習政策局政策課長、高橋主任教育改革官、その他関係官


6  概  要

鳥居部会長
  基本問題部会は2月に第1回を開催して以来、これまでに11回開催したが、部会と総会における議論の概要を整理したものが資料1と2である。今日は、基本法と計画の両方について審議してほしい。
  基本法について、これまでは「検討の視点」として大きなテーマごとに整理した資料に基づいて議論してきた。今回は、資料1を見ながら、全体を通して整理したい。また、教育振興基本計画については資料2をご覧いただきたい。
  7月29日の総会で、これまでの基本法と基本計画の審議の概要を報告したい。


【教育基本法について】

  次第に議論がまとまり、収束の方向に向かってきた。秋には何らかのものが出せる見通しが立ったと思う。1年間ということで諮問があったが、答申はどのような形で出すのか。1つには、この資料のような議論の概要の形式で、詰まった点と論議が分かれる点をまとめた資料として出し、詰めきれなかった論点は政治の場で決着をつけてもらう方法がある。2つめの方法として、たたき台として新基本法改正案の原型(プロトタイプ)を作り議論する方法がある。どういう形で着地するかをイメージしつつ議論をした方がものが言いやすいのではないか。

  政治家の間での議論も必要だろうが、それだけでなく、国民の意見を聴く機会を設けるのか。その場合、具体的に詰めたものの方が議論が出やすいのではないか。

  教育改革国民会議でも委員として議論してきたが、中教審との違いは、メンバーの構成と、一般国民を巻き込んでの盛り上げ方。国民会議では、PTA代表や学校の教員がメンバーに入っており、また、新聞社の論説委員との意見交換や公聴会をしたりした。教育は誰にでもかかわることであり、いくら会議が公開でも、国民と離れて煮詰まってしまっていいのか。中教審は委員の年齢層も高い。ここでの議論はこれから先何十年も影響するものであり、最後の段階になる前に、一般の人や若い人、現場の人を含めて議論し、国民の意見を吸い上げるべき。

  資料1は、全体的に方向性が出ていない。11回部会を開催し、そろそろ収斂段階に入っているわけだが、この段階で「更に検討する」となっている部分は、今後2〜3ヶ月の議論では終わらない。教育について国民は百人百様の意見を持っており、全部の意見を収斂することは不可能。若い人の意見もいろいろな機会で聴けばよいが、我々は我々の判断で考えて、1つの方向性を出すべき。今までの議論ではそこのところがあまりはっきりしない。このまま総会に出したとしても、いい悪いの判断を出すのは難しい。基本法の草案のような形でたたき台にして議論しないと前進しない。部会の我々の仕事は一体何なのか。総会の下請けなのか、それとも1つの方向づけしたものを出して、総会でもそれを尊重して法律化の方向に進めるということか。
  3頁の基本理念などはこれでよいので、文章化すればよい。総会に出すならもっと方向性を出してはどうか。総会でよくわからないからまた部会で整理し直せと言われても時間のムダ。部会の審議はいつまで続けるのか。

  夏休み後にはまた開催したい。

  そろそろ部会は終わってもよいのではないか。

  着地点というか、期限はいつ頃なのか。中間的なまとめが9月頃とすれば、どのように進めていくかをきちっと決めてはどうか。広く意見を聴くことはいいと思うが、時間の制約もあり、煮詰めた形でやらないと議論が拡散する。

事務局  文部科学大臣からの諮問は1年程度で方向性を示してほしいとお願いしているが、基本問題部会においてかなり議論を詰めていただいた。これを法案とまではいかなくともある程度方向性がわかるようなものにした上で、宗教教育や義務教育の在り方などは大きな課題であるので、例えば夏休み後の秋から、ある程度の骨子案のような、たたき台のようなものをまとめ、それぞれの分野の碩学や専門家、現場の教員や関係団体の方々に意見を聴き形を整えた上で、最終的に教育基本法をどうするかということについて12月頃までにはある程度の方向性を示していただけると有り難い。今まで尽くしていただいた議論や教育改革国民会議の議論を踏まえて、現場の教員やその分野の専門家の意見を聞き、また国民の方々にホームページなどで意見を聞いた上で最終的な収斂に向かう努力をしていくということでどうか。

鳥居部会長  秋頃から集中的に骨子案に近いもの、あるいは中間まとめに相当するもの、さらに進んで法案の要綱のイメージがわかるものという形で収斂させていく方向で進んでいきたい。そのときに、いろいろな人の意見を聴くことが必要であり、その道の碩学、教育関係者の意見を聴きつつ進めていくということでいかがか。

  基本的に同感。基本法をいじるには、国民の色々な層の意見を聴くべき。やり方は、初期の段階でやるか、ある程度進む方向が見えた段階でやるかのどちらかだが、事ここに至れば後者の方法でやるべき。そのような場をぜひ設定してほしい。
  全体の構成として、基本法をどういう観点でいじるのか、計画をどのような位置付けで盛り込むのかが重要な論点。
  学校とは何かというと大学も含むわけだが、基本法に書いてあるのは主として初等中等教育であり、21世紀を見据えるなら、高等教育もきちんと位置付け、それを踏まえて基本法に計画の根拠規定を置くべき。高等教育をきちんと位置付けるとなると、構成の仕方も含めて基本的な見直しになると思う。今のままでは高等教育の位置付けが弱い。

  基本法が目指すべきは、教育振興基本計画に限定しないで、国は教育にかかわるあらゆる事柄についての基本計画を作るべきであることを謳うという幅広さ。高等教育や幼児教育、学校以外の教育及び学習についての計画も含む幅広いものが必要であるが、それをどう表現するかはなかなか難しい。

  昭和22年の基本法と今回のものとの条件の違いは、基本計画が付くこと。基本計画に入れるべきもの、つまり時代の変化に応じてどんどん変えていかねばならないものと、基本法に入れるべきもの、つまり、ある程度普遍的で、21世紀にもかなり長い時間入れておいた方がいいものとを割り振って考えるべき。
  基本法の議論で必要なのは、教育の側からだけでなく、生涯にわたって学習する側から捉える観点。従来は教育の側から個人を捉えていたが、それに加えて個人の側から見た自己実現や個人の能力の伸長を今回取り込むのか否か。それは計画に載せることでいいのか、基本法に取り込むのか、もう少し詰めたり、いろいろな方面の意見を聴いたりすべき。

  基本法には、狭い意味の教育振興基本計画だけではなく、いろいろな分野にわたる計画の策定とその実現を規定し、それを国にも国民にも求めるというものにすべき。今回の教育振興基本計画以外に、同時に生涯学習の基本計画が作られてもおかしくないわけであり、様々な基本計画が作られていくことを基本法が定めているような書き方ができないかと思う。
  委員の発言の趣旨は、今審議中の教育振興基本計画では生涯学習が扱われているが、それだけでなく、いずれはもう少し広いものを目指してもいいということか。

  時代の変化でいろいろ出てくるだろうが、根幹に当たるものが基本法に入っていればよいという趣旨である。

  IT振興基本計画など、必要なものは次々に出てくるという発想に立たないと時代に追いつけない。

  5頁の学校設置者について。総合規制改革会議の中間まとめで、株式会社の学校経営への参入という見解が出されたが、資料1に書かれていることは、株式会社などの新規参入は認めないという方向ということか。

事務局  現行の基本法では、学校設置者について「地方公共団体及び法律に定める法人」としている。株式会社やNPO法人の参入については色々と議論があると思うが、そういうものを「法律に定める法人」として認めるかどうかは学校教育法レベルで決めればよい。教育基本法ではこのような規定でよいのではないか、ということ。

  6頁の教員について、「全体の奉仕者」というのはどういう意味なのかはっきりしないのでこのような表現は避けた方がいい。
  7頁の政治教育について、ネーミングを変えようというのは非常に結構だが、その際、「公民教育」はまあいいが、「市民教育」については、「市民」という意味は多様で使う人の主観によって変わってくるので、文章化するときには避けた方がいい。
  6頁の学習者について、教育を受ける権利は当然ある以上、責務もあってしかるべき。表現はソフトでいいが、学習者の責務、つまり校則などを守ってしっかり勉強するということを入れた方がいい。

  6頁の「学習者」は中身を見ると「学校の中の学習者」のことを言っている。誤解を招かないよう表現に注意してほしい。

  3頁の教育の目的について。現在及び将来の教育の重要なものについて不易と流行の両方を書いていくということだろうと思う。世の中の強い流れとしては、まずグローバル化であるが、それについては国際性を持つという面と不易としての日本人のアイデンティティという面の両方書いてあるのでよい。次に、大競争の時代に入るということ。競争心という言葉はよくないかもしれないが、向上心など、なにか社会の中で競争をしていくということを入れるほうがいい。その裏腹の不易の面としては「公」の問題。それも書き込んである。また、ITを中心として技術開発が大きな流れだが、それに乗り遅れない能力・勉強が必要であり、それと裏腹の不易としての倫理観が必要。流行と不易両方でもう少し付け加える要素があると思う。

  教育の理念について。これからの世紀は、環境がキーワードになる。レイチェル・カーソンは幼児期の感性を育てることが重要であると言っている。教育の理念として「感性と創造性の涵養」を入れてほしい。また、先程「競争心」という発言があったが、パイオニア精神というのが、日本人に表面にはあまり浮かび上がってこない言葉である。
  第9条の宗教教育については、憲法の範囲の中で宗教の知識・文化・価値の理解についての教育が行われるべきであり、そういう文言があればいいと思うが、これは重要なことなのでもっと議論がほしい。

  資料1には、カルトやマインドコントロールについても盛り込んであるが、これらは条文に書き込むとしたらどう表現するか。多様な宗教について理解することと、宗教のある種の本質を理解して、免疫性というか耐性を持っている状態を作り出していくということか。

  宗教は、人類の文化遺産の重要なものであることは言わなければならない。また、もう一つは、必ずしも社会生活の問題ではなく、個としてどう生きるかということ。これがわからないと、宗教の社会的価値とか、「寛容」などの表現は浅薄に感じる。このことがわかれば人はカルトには行かない。特にアメリカでは極めて高度な知識人がとんでもないカルトにやすやすとまるめこまれている。普通の意味での知的教育、例えば個の自立といっても、自分の頭で考えなさいではだめで、腹に落ちて考える、しかもその腹に落ちて考えたことがどういう土台があるかということを考えていくということが重要。このへんは非常に重要だが、文言にすると非常に難しいので、一度、仮の文言にしていただき、専門家の意見を聞くのがよい。

  すべての教育を受けている若者たちに宗教的情操の涵養が必要という言い方は必要はない、特定宗教に基づかない普遍的な宗教心を教える必要があるという言い方も必要ないということは、部会全員の合意ということでいいか。

  言い方が難しいが、トインビーは世界の大宗教の底に共通する、通底するものがあるということを強調している。その考え方は特にヨーロッパで強い。普遍的という言葉にするとまた違う。キリスト教にしろ仏教にしろシンボリックな体系から入って何かをつかむ。その底にある、人類が大事にしてきたある共通のものに触れることがある。それを普遍的な宗教心と呼ぶかは別として、大宗教の底にある共通の土台に触れることは重要であるし可能である。

  要するに、人類が積み重ねてきた文化遺産の重要な部分をなしている宗教に対し、教育の中でリスペクトを払う必要がある、それらに通底するところから得られるものを大事にしようということか。

  とても難しいことで、国会審議の際にはここがいちばん問題となるだろう。外国の教育基本法でどういう表現をしているのか、そもそも教育基本法に書かれているのか参考までに聞かせてもらえれば有り難い。

  欧米にはそもそも宗教があり、基本法には書き込んでいない。

  宗教教育は結局は家庭や個人の問題だと思うが、今ある条文を無くすとなると問題になるか。

  宗教を尊重することは大事である。しかし、宗教は4大宗教だけではない。カルトに影響されないような教育というが、カルトも宗教であるし、最近は個人宗教の傾向がある。そういうものの信者からは、カルトに影響されないための個の確立を図る教育というもの自体が宗教の中立性、宗教の自由を否定するものだという反論が予想されるので注意が必要。

鳥居部会長  宗教教育については、総会で議論し、もう一度部会に戻したい。

  3頁の教育の理念に、これからは自分と他者(人間・生き物の両方)との関係や自然に対する感覚が大切であることを入れてほしい。ここでいう「社会との関わり」の「社会」が人間だけだと大事なものが抜けているような気がするのでその観点を入れてほしい。

  自己相対化、自分を他者との関係で見るということか。

  その「他者」が人だけではないということ。

  宗教教育について今後も議論するというが、憲法20条や教育基本法9条は、戦前の歴史の反省から出てきた規定であり、重い条文である。戦前、国家神道になったときに他の宗教への迫害があったという反省を踏まえるべき。教育基本法成立の過程でも、この条文については色々と議論があった。極めて慎重に扱うべきである。

  今日の意見を踏まえ、若干の修正をした上で資料1を総会に出すことにしたい。


【教育振興基本計画について】

  今まで部会で教員についての話は出たが、教員以外の職種には触れていない。しかし答申「今後の地方教育行政について」や大学審答申では、事務職員や大学職員の活用を提言している。教員以外のスタッフの有効活用・活性化を入れてほしい。

  中教審で前に教養教育について議論した。その中のいくつかが盛り込まれていないといけない。特に中等教育・高等教育について、いくつかのポイントをチェックして入れてほしい。

  5頁の(4)の用語について、「生涯学習」という言葉は上位概念として使う場合、理念として使う場合、大人の学習を言う場合など、様々な使い方がされるが、ここでは「生涯学習の支援」(または推進、振興等)の表現にしないと、関わりがわからない。8頁の施策例の3は「生涯学習の推進」となっている。その中に「社会教育施設の情報化」とあるが、ここは「社会教育施設、文化施設、スポーツ施設等」などの表現にするべき。意識して言葉を使い分けてほしい。

  4頁の国際化について。ここに書かれているコミュニケーション能力・英語能力と並行して、自分の文化、宗教、歴史、芸術に対する理解を書いてほしい。英語が話せるだけでなく、中身が大切であり、自国文化の教育のことをあわせて書くべき。

  教育振興基本計画にも不易と流行がある。国際化を進めると日本人のアイデンティティを忘れがちになるので、そこは一本筋を通しておくといい。
  資料2にはあげられていないが、国際化教育の一環として帰国子女・在日外国人の問題がある。これから10年先を見るならば、具体的に考える必要がある。
  2頁の「国民に分かりやすい目標の設定と成果の評価」について、数量化できるものはすべきである。
  次の教員について、テレビのドキュメンタリーで、今教員採用試験はすごい競争だと言っていた。そうであれば、優秀な人が落ちていることもあり得る。昔のそれほど競争が激しくなかった頃の試験に通った人を不遇に扱うというわけではないが、新陳代謝の仕組み、若くて優秀な人を採用してうまく回転させる仕組みができないか。
  最後の国と地方公共団体、民間と政府の関係について。原則として民間・地方公共団体でできるものはそうすべきで、振興基本計画にはその考えを入れた方がいい。
  定期的な政策評価について。振興基本計画は、一回作ったら変えないではなくて、特に数量的目標を入れるのであれば、10年計画なら3年ごとくらいに見直すべき。
  また、関係行政分野との連携は重要である。省庁は縦割りと言われるが、例えば保護司や生涯学習の分野では他の役所、他の基本計画と関係してくるのでうまく連携させるべき。

  2頁の最後、3頁の中ほどの「投資」や「学校経営」については、高等学校以上の学校において、経営という考え方は乏しいのではないか。例えば、私学には教授会、理事会、評議員会などがあるが、大体教授会の意見の方が強いと聞く。ところが、その教授会は学校のマネジメントについては全然だめである。政府も国立大学の独立行政法人化など、学校経営の効率化の在り方を指向しており、その方向は正しいが、そのことをもう少し計画に盛り込んでいい。学校がつぶれる時代が来るのだからみんなで考えないといけない。教授会と評議員会が対立したらどうするかなど、ちゃんとマネージングをしろということを入れた方がいい。

  3頁で豊かな人間性に触れているのは結構なことと思う。一方で、6頁の施策例でこれに対応するのが(2)の中には道徳・しつけ・体力はでてくるが、伝統・文化・感性・アイデンティティが抜けている。これらは日本ではスローガンとしては使われるが具体例として出てこない。工夫して入れてほしい。

  基本計画は、未来への先行投資である教育について、どこに物量を投入するかの指針。しかし、現段階では、幼・小・中・高・大・院のどこに重点的に投資しようとしているのかがまだしっかり議論していない。例えば、いまの大学生は昔の高校生と同じような教育を受けている。少子高齢化の一方で、大学院が飛躍的に拡充されているという現状がある。それがいいことなのか。大学院の人材を大学や高校段階に振り向けて、その教育の充実を図るなどの取組もできると思う。議論が必要である。

  大学や大学院のイメージをもう変えなければならない。進学率は今や40%である。アメリカで以前は大学をハイヤー・エデュケーションと言ったが、今やポスト・セカンダリーであり、ハイヤーは大学院のことである。東大・京大の理系でも補習をしている。これまで、文部科学省の高等教育政策は「世界最高水準」ばかりに重点をおいていたが、いわゆるトップ30ではないその他の大学や短大は、一般国民の知的レベルを高めるための機能を果たしている。これらの学校に着目した書き込みがまだ足りないと思う。また、この会議の場で総花的な計画はダメだとは言ったものの、今回の資料では知徳体の「徳」の部分をもう少し盛り込んでもよいし、「体」についても足りない。特に「体」については、教育の一環として振興しようとする姿勢が大切であり、これについては「豊かな心」とは別に項立てをしてもよいと思う。また、道徳教育についても伝統の尊重についても、それぞれが独立した形で大切だということをもっとはっきり表した方がよい。さらに「学力」というと若干語義が広すぎるので、「基礎学力」でいいのではないか。

  「健やかな体」と「豊かな心」、道徳教育と伝統の尊重を分けることについては大賛成。

  「学校経営」という言葉の意味は、教育の世界と産業の世界では大きく違うし、公立学校と私立学校でも異なるものだから、どういう意味で使っているのかを明らかにしておく必要がある。

  先程委員が「経営」とおっしゃったのは、コーポレート・ガバナンスといったものが今制度的にはっきりしていないということもあるのではないか。会社の取締役に相当するものが私学の理事会だが、私立学校法の書き方もリストリクトでない部分があり、ルーズな形のコーポレートガバナンスになっている学校がたくさんある。

  高等教育については少し書き方が弱いのではないか。高等教育には、国際競争力の向上のほか、国民の知的レベルの向上など様々な機能が期待されているが、短大や高専を含め、地域との関わりや社会貢献への対応という視点を忘れてはならないと思う。

  手続についてだが、この部会は必ずしも特定分野の専門家の集まりというわけではない。一方、中教審には分野ごとに分科会があり、そこには当該分野の専門家の方々がいらっしゃるのだから、この部会で整理したものの関係部分について、各分科会の委員の方々の意見を聞いてみるというのはどうだろうか。

  分科会の意見を、当部会のまとめの中に上手に吸収していくことも大切である。

  職業教育、もしくは職業と教育の結節点についての記述がないので盛り込んでいただきたい。また、年齢に応じて、一生懸命に学ぶべき時期というのもあると思う。どの部分に書き込むべきかは解らないが、どこかの段階でそういう時期が要るということについて徹底的に議論する必要があると思う。また、家庭に起因する問題点も多い。保護者にもっと自分の子どもについての自覚を持ってもらうことや親の意識改革にも触れるべきであろう。社会全体で教育の改善に取り組むという意味では、もっと産業社会に求められる質と量を増やすべき。

  「関係行政分野との連携」の中に、職業教育や幼児教育など行政との連携を例示するのはどうだろうか。

  資料の中に、「21世紀の最初の10年で日本の将来が決まる」とあるが、こういう根拠のないことは書かない方がよい。また、「コミュニティ・スクール」については、自分たちの世代だと昭和20年代の各地域の公立学校のことを思い浮かべるが、最近話題になっているものは半分私学のような学校である。これがいったい何を指すのか、はっきりさせることが必要。「キャリア教育」についても言及されているが、仕事の安定性が低下し、キャリア展望を描きづらい時代においてこれをどうやって行うのか。

  今後は、「キャリア教育」というよりも「生き方教育」、「生涯にわたる生き方教育」とでも称した方がよいかもしれない。

  教育振興基本計画の性質はどのようなものになるのか。これから必要になる事項を網羅的に掲げるのか、それとも重点的に取り組む施策についての計画か。

事務局  基本計画は、最終的には基本法に根拠をおき、閣議決定を経て例えば今後10年を見返して国が重点を置くべき教育の方向性を示すもの。そのことをイメージしながら、たたき台のようなものを作っていただき、各方面の意見を聞きながら最終的に閣議決定まで持っていきたいと考えている。白書のようになんでも書かれているのではなく、重点的に記述したものをお願いしたい。

  すべての事項を網羅したのでは、具体的にその事項を実現することが難しくなると思う。

  産業と教育の関係についてはぜひ書き込んでほしい。大学レベルの産学協同研究もあろうし、小学生に対して経営者が授業をする、企業の施設を利用するなど、様々な形態が想定できる。

  かつては15歳で就職し、仕事をしながら4年間で高校のカリキュラムをこなすような学校もあったし、いわゆる企業内学校に通う例もあった。現在だと、高校を卒業して就職し、大学の2部に通う人も多い。そういう人がリストラの対象にされてしまうと、学ぶ権利が奪われるようなことになるので、リストラの条件としてせめて就学条件だけでも保障してくださいというお願いをしているところである。

  特に今後増加するサービス産業において、きちんとした職業人教育ができる施設がないという現状があるが、例えばインターンのような形態で受け入れるというパターンもあり、職業教育として連携すべき。

  学校施設の耐震性の問題について、60%の建物が現行基準に照らして不適合と聞く。これは、子どもたちが危険な状態にあるということなので、早急に改築・改善が必要である。また、教員の絶対数が不足しており、早急に少人数学級化を図るなど、現場の努力に応える形での教育条件の整備が大切である。また、政府の「骨太の方針」の「人間力戦略」では教育が重視されていることにかんがみても、計画に財政措置について書き込むことが必要である。財政について盛り込まれていない計画など、評価に値しないと思う。
[文責は生涯学習政策局政策課]

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