東アジア域内の教育の質の保証を伴う大学間交流推進に向けた考え方(素案)

はじめに

 留学や観光など,あらゆる形での人的交流は,国と国の間の相互理解を促進させるために重要な役割を果たしてきた。しかしながら,ICTの活用や技術革新等が急速に進む21世紀のグローバル化社会においては,単なる人と人の触れ合いのみならず,知識の創造を伴う人的交流が求められる。したがって,このような交流について最も役割を果たし得るのは,知識の創造を主要な役割とする大学による交流である。
 日本と東アジア諸国の大学間交流をみると,量的にも歴史的にも,既に相当の大学間交流が積み重ねられてきたことは事実である。日本の大学が最も多く大学間交流協定を締結している国は中国であり,日本が最も多く留学生を受け入れている国も,中国,韓国,台湾,ベトナムなど東アジア諸国が並んでいる。しかしながら,昨今の東アジアにおいては,個々の国の経済が急速に発展するのみならず,その一体化が進行している。したがって,これらの発展の基盤を支える人材養成についても,東アジア諸国が一体的に取り組んでいくことが求められている。こうした中,我が国としてもこれらの動きに積極的に対応し,実践的かつ質の保証を伴った大学間交流を発展していくことが,次代を担う学生への適切な教育の提供の観点からも,中長期的な人材養成のニーズの観点からも重要である。
 このような状況を踏まえ,本ワーキンググループでは,実践的な教育の場として東アジア域内全体を視野に入れた人材育成を,ふさわしい規模で実行していくことが重要であると考える。

1.域内大学間交流促進の背景と必要性

 東アジア域内において大学間交流を促進する意義として,次の点が挙げられる。
 まず,学生にとっては,アジアの多様な文化的背景を持つ教員からの指導,留学生との交流,また国際的な教育プログラムへの参加等を通じて,経済活動の一体化が進むアジアにおいて活躍できる可能性が拡がることが挙げられる。こうした人材を育成していくことは,産業界や労働市場のニーズを含めた,社会の要請にも対応するものである。
 教員にとっては,アジアの留学生を受け入れるとともに,域内各国の教員との共同研究等を行うことを通じて,急速に高等教育の進学率や大学規模が拡大する東アジアにおいて,教育研究活動がより豊かで幅の広いものになるとともに,その成果を国内外に発信する機会が広がる。
 大学にとっては,進学ニーズが増大する東アジアの大学との間で,短期教育プログラムや教育連携プログラムの開発,大学間ネットワークの構築等を通じて,大学の教育・研究機能が強化され,国際的な知と人材の循環や国際競争力の向上につながる。
 企業にとっては,今後世界の主要な経済成長センターとなることが見込まれる東アジアにおいて,グローバルな力を身に付けた学生を積極的に採用・評価することで,企業活動の展開をいっそう進めることが可能となるとともに,新興国市場の成長を取り込んでいくことも期待される。

2.域内大学間交流の基本的考え方

(1)多様性の尊重
 アジアにおける大学は,各国の国情により様々であり,我が国同様,公的な質保証システムが整備され,ユニバーサル段階に応じた高等教育制度の在り方が課題となっている国家もあれば,単位制度など大学にかかわる基本的な制度の整備が発展途上である国家も存在している。このような,各国の多様な特色を認め合いながら,単位互換を可能とする各国の制度や成績評価が可視化されるよう呼びかけることが重要である。

(2)機能別分化を踏まえた大学の戦略
 我が国及びアジアの各国における大学は,幅広い分野において高度な研究を行う大学や,特定の学問分野に重点を置く大学,高度専門職業人の育成を重視する大学,地域に密着した教育活動を行う大学など,様々な特徴を有する大学が存在する。
 各大学は,自らの特徴を生かす中で機能別に分化していくことが期待される中,各々の個性・特色やファンダメンタルズを踏まえ,それに応じた大学間交流の意義や方向性を明確化し,その実現に向けて取り組むことが考えられる。また,学生や社会,産業界等のニーズに応じた教育プログラムを実施することや,特定の国の中で満たすことが困難な教育上のニーズについて,国際的な大学間連携を通じて提供するような取組も考えられる。

(3)域内グローバル人材の育成
 次代を担うグローバル人材の育成に際しては,大学間連携による海外留学や留学生との交流等を通じて,単に相手国での学位や単位の取得や,語学訓練にとどまらず,多文化・異文化に触れ,専攻する特定の学問分野の知識体系の意味と自己の存在を歴史・社会・自然と関連付けて理解する機会が,可能な限り提供されることが重要である。各大学においては,いわゆる座学による科目のみならず,インターンシップや課外活動も含め,様々な形で異文化との交流を行うことが,全体として大学にもたらす意義は大きいことを理解した上で,提供される教育プログラムが企業や社会に対して可視化されるよう,カリキュラムの体系化や情報発信に取り組んでいくことが重要である。

(4)適切な質の保証
 質の保証を伴った大学間交流枠組みを検討するに当たっては,まず各国における質保証システムに関する情報を政府レベルで確認・共有することが重要である。
 その上で,各大学は,自ら実施する単位互換,成績評価,シラバスの可視化,学位プログラムの体系化や,その他教育力の向上の観点から積極的に情報を公表していくことが求められる。
 これらの取組が具体化することにより,大学が安心して交流活動を実施できるとともに,ディグリー・ミルの防止や,学生・教員の流動性が高まる中で不利益を被ることなく,正当に成果(アウトカム)を評価できるようになるものと考えられる。

3.域内大学間交流の4つの柱

 具体的な大学間交流プログラムの方向性については,各大学のプログラムにおいて対象となる地域及び学問分野,実施する期間,参加規模等を踏まえ,多様な取組が考えられるが,本ワーキングではプログラムを通じた域内大学交流促進に向けた下記の4つの観点が重要であると考える。

(1)東アジアに視点を置いた域内相互理解学習
 欧米の場合と異なり,東アジアにおいては,互いの国の大学の教育研究の水準や,教員及び学生の状況等について十分に知られていないことが多い。こうしたことを踏まえ,まずは域内交流の基盤となる地域研究の活性化が重要である。また,学生が実際に交流を行う上で不可欠な語学力向上に向け,各大学が積極的に取り組んでいくことを期待したい。

(2)学位取得を目的としない短期交流型留学プログラムの推進
 短期交流型留学プログラムは,学位取得を目的とした長期留学と比して,参加学生にとっては容易にアクセスが可能であり,結果として東アジア域内での交流の量の飛躍的な拡大や,多くの学生に交流を経験することが可能になるなどの効果が期待される。またプログラムによる異文化体験は,ジェネリックスキルの習得の点でも有益であり,学部段階において,短期間であっても海外での交流経験を有することの意義は大きい。
 近年では,欧米諸国においても,海外の大学で学位を取得するための長期留学に加えて,短期留学交流プログラムが留学政策の中核を占めるようになっており,国際化する社会における新たなプログラムとして重要視されている。
 短期交流の実施に当たっては,大学間の協定締結に基づいて学生が単位を取得し,その単位が帰国後互換・認定されるような措置を,質の保証にも留意しつつ,可能な限り整備するとともに,現地の言語を活用した事前プログラムの実施などの配慮も重要である。

(3)インターンシッププログラムの推進
 インターンシップの推進は,日本人学生にとっては海外企業等での実施,留学生にとっては日本企業等での実施によって,広く異文化理解の促進につながるほか,自ら修得中の学問分野の専門知識を実践の場で生かす機会としても重要である。
 我が国における取組の現状については,平成19年度には全大学の約7割(504校(67.7%))でインターンシップが実施されているが,参加した学生数は約2%(45,913人(1.8%))で,実施期間も短期間(3週間未満が89.9%)にとどまっており,「単なる社会見学に過ぎず,質を高める工夫が必要」との課題も指摘されている。特に,留学生を対象としたインターンシップについては,平成18年度は963人,平成19年度は1,027人にとどまっており,抜本的な拡大が求められている。
 各大学が海外インターンシップや留学生を対象としたインターンシップを検討にするに当たっては,当該科目のカリキュラム上の位置づけを明確化するとともに,企業等との連携を前提として事前に覚書等を交わす等,費用負担や責任の所在等を明確化することが望まれる。また質の保証を伴った学修内容となるよう,ディベート能力の育成やPBLの組み入れ,現地で使われる言語の事前学習等の事前・事後研修の充実,論文テーマも勘案した指導教員と研修先機関指導責任者の連携などに留意することが重要である。
 加えて大学間交流協定等の枠組みを活用して,海外大学との連携により日本人学生の現地実習先の開拓や住居等の支援を共同で行い,同時に日本側でも当該大学からの短期留学生を受入れて支援を行う双方向型インターンシップの整備も考えられる。

(4)組織的・継続的な教育連携関係の構築
 日本と東アジア諸国の大学間で魅力ある教育プログラムを検討していく際,ダブル・ディグリー・プログラムやジョイント・ディグリー・プログラムなどの組織的・継続的な教育連携関係を目指すことも大いに考えられる。これらのプログラムを通じて学生が複数の学位を有することは,卒業・修了後グローバルに活躍することにも寄与するであろう。
 これらのプログラムを形成する際の留意点については,本ワーキンググループにおいて「我が国の大学と外国の大学間におけるダブル・ディグリー等,組織的・継続的な教育連携関係の構築に関するガイドライン」を先頃とりまとめたところであり,大いに活用されることを期待したい。

4.大学と企業等の接続

 実践的な教育の場として東アジア域内全体を視野に入れた人材育成が実行されても,それらの人材を企業が積極的に評価し,キャリアパスの形成や企業の国際競争力の向上に寄与しなければ,十分な効果が挙げられたとはいえない。
 各大学においては,先に述べたように,自ら提供するプログラムに関する単位付与や成績評価,シラバス及び学修成果について可視化することが,企業を含めた社会から適切な評価を受ける上でも前提となることを認識し,積極的に取り組んでいくことが重要である。また,国際的な交流を行うための基盤として,社会的・職業的自立に向けた指導(キャリアガイダンス)の実施や,各大学において国際交流担当部局と学生支援担当部局の連携強化等に取り組むことが重要である。
 企業においては,こうした大学側の取組を十分に理解し,大学における実践的な教育の提供に協力するとともに,就職フォーラムの海外開催や,特徴的なインターンシップや留学経験者の積極採用,人事採用スケジュールの複線化,通常の新卒採用も含めた採用スケジュールの見直し,企業のキャリアパスのグローバル化,そして,日本の大学で学んだ高度外国人材の積極採用等を期待したい。

5.質保証を伴った域内の大学間交流枠組みの開発

(1)東アジア全域を考慮した枠組み
 これまでに述べた域内の大学間交流を実施する際は,質の保証を伴ったものとなることが共通の前提となる。東アジア経済の一体化や,政府が提唱する東アジア共同体を実現する観点からも,東アジア全体における質保証の枠組みが形成されることが本来は望ましいが,その具体化に向けては,隣国であり,比較的共通の質保証システムを有する日中韓において,単位互換や成績評価など,質の保証を伴った大学間交流の枠組みについて一定の検討を行った上で,ASEAN等とその成果を共有していくことが適当であると考える。
 検討に際しては,日中韓大学間交流・連携推進会議における検討に加え,アセアン大学連合(AUN)やアジア太平洋大学交流機構(UMAP),SEED-Net等における取組の成果や課題も踏まえつつ,具体的な方向性を検討することが重要である。

(2)域内共同プログラム等のガイドラインの共同作成
 日中韓大学間交流・連携推進会議においては,今後,大学間交流のガイドラインを検討することとされているが,本ワーキンググループとしては,以下のような事項をガイドライン作成の際の基本的考え方として盛り込むとともに,その成果を東アジア全域に普及していくことが重要であると考える。

  • 各国の質保証システム(大学設置の基準や大学評価等)に基づく,最低基準としての質の保証がなされている大学間において交流を進めることが重要であること
  • 単位互換を行う上で,各大学における単位授与や単位互換のプロセスが各々の国の法令に従ったものであり,その方針が可視化されていること。また,それらが最終的に学位授与に至る過程が明確化されていること
  • 単位互換に伴う関係科目の成績評価の考え方や,シラバスの作成方針について,一定の共通性や一覧性が担保されていること

 なお,「我が国の大学と外国の大学間におけるダブル・ディグリー等,組織的・継続的な教育連携関係の構築に関するガイドライン」は,日中韓大学間交流・連携推進会議におけるガイドラインの検討等にも参考になるものと考えられることから,活用を期待するとともに,今後検討の進捗状況に応じて,関連する我が国の大学制度等について,必要に応じて検証を進めていくことも考えられる。

(3)大学情報の公開の視点
 質の保証を伴った大学間交流が実施される際には,各大学に関する情報が十分に発信されることが不可欠である。現在のところ,欧米と比較して東アジア諸国における大学情報は十分に発信されているとはいえないが,国際的な大学評価活動が活発に展開される中,大学が積極的にその教育研究活動を発信することが,質の保証を伴った大学間交流を行う前提として重要であるとともに,大学の国際的な評価や国際競争力を決定する要素ともなっていることに留意が必要である。
 このことについては,中央教育審議会大学分科会の「国際的な大学評価活動に関するワーキンググループ」において,国際的な大学評価活動の展開状況や我が国の大学に関する情報の海外発信の観点から公表が望まれる項目の検討が進められている。また,大学分科会においては,別途大学の質保証を確保する方策として,教育情報全般にかかる公表の在り方について検討が進められている。これらの動きにも留意しつつ,国際的な質保証の観点からも適切な検討が行われることが重要である。

6.大学の取組に対する支援

 これまで述べたとおり,本ワーキンググループとしては,我が国の各大学が,東アジアにおける大学間交流を積極的に展開することを期待するものであるが,一方で,国及び関係機関,産業界等からの支援も不可欠である。大学教育のグローバル化や留学生の戦略的獲得については,主要各国が競って取り組んでおり,スピード感をもって進めていくことが必要である。日中韓サミットにおける合意に基づき本年4月に開催された「日中韓大学間交流・連携推進会議においても,具体的なパイロット・プロジェクト等を今後検討していくこととされており,早急な対応が望まれる。
 支援の方向性としては,各大学の牽引役となるような,大学の総合的な取組や特色ある取組を重点的に支援するとともに,裾野の広い交流支援を充実し,特に短期交流や海外派遣への支援を強化していくことが考えられる。
 あわせて,これらの支援を検討する上では,短期交流も含めた留学生の受入れ及び日本人学生の海外派遣の実態把握も重要であり,国及び関係機関において適切な検討を期待したい。

お問合せ先

高等教育局学生・留学生課留学生交流室

-- 登録:平成22年06月 --