第5 大学院教育の飛躍的な充実

(これまでの審議)

 平成17年の「大学院答申」では,大学院教育の実質化(教育の課程の組織的展開の強化。例えば,1.人材養成目的の明確化と,授与される博士又は修士の学位の名称に対応した知識・能力体系の整備,2.養成する人材像に関し,教員間の共通認識に基づく組織的な教育,3.学修課題を複数の科目等を通じて体系的に履修するコースワークの充実等。)や,国際的通用性の確保や信頼性の向上を目指すための提言を行っている。
 「大学院答申」に基づき,文部科学省は,平成18年に,平成22年度までの「大学院教育振興施策要綱」(施策要綱)を策定し,研究科・専攻ごとの人材養成目的等の公表,成績評価基準の明示等に関し,大学院設置基準を改正した。また,組織的な大学院教育改革推進プログラム(大学院GP)等により,大学院の取組を支援している。

 「施策要綱」の策定から4年が経過し,平成23年度以降の「第二次大学院教育振興施策要綱」(仮称)の策定を視野に,今後の大学院教育の改善の方向性を明らかにするため,大学院部会では,平成21年9月に,人社系,理工農系,医療系の分野別WGと,専門職学位課程のWGを設置した。そして,「大学院答申」に掲げた大学院教育の実質化等の進捗状況や課題を検証する作業を開始しており,「第二次報告」と「第三次報告」ではそのことを報告した。

 その後,各分野別WGでは,学問分野別(人文学系,社会科学系,数物科学系,物質・材料科学系,電子・情報科学系,機械工学系,建築・構造工学系,生命科学系(生物学及び農学),医学,歯学,薬学,看護学)から抽出した約350専攻への書面調査を行い,さらにヒアリングと訪問調査を行った。
 また,専門職学位課程WGでは,法科大学院と教職大学院を除く,84専攻を対象に書面調査を行い,さらにヒアリングと訪問調査を行った。
 そうした成果を踏まえ,大学院教育に関する施策の成果と課題について,現時点まで,以下のとおり整理している。

(1)大学院教育の実質化等の進捗状況と課題の検証

 大学院教育に関する検証結果を踏まえると,「大学院答申」や「施策要綱」に基づく施策の展開とあいまって,修士課程や博士課程(前期)を中心に,多くの大学院において,教育の実質化に向けた取組が進展していると言える。
 修士課程段階では,産業界等に就職する職業人の養成や,多様な分野における高度で知的な素養のある人材の養成等,多様な教育が展開されている。また,グローバルCOEプログラムや大学院GP等の支援を受けている研究科・専攻では,博士課程(後期)を含めて,体系的な大学院教育への改善が確実に実施されている。特に,産業界等と連携した研究,国際的な経験を積む機会の充実,RA等の経済的支援の充実等に関し,有意義な改革が進んでいる。
 しかしながら,取組に参加していない他の専攻や大学院に,こうした成果が十分に普及・浸透せず,大学院の間で格差が広がっているという指摘もある。
 また,大学院によっては,
 ○人材養成目的や修得すべき知識・能力,入学者受入方針の記載が抽象的であること,とりわけ,博士課程では,
 ○博士の学位が如何なる能力を保証するものであるか,その共通認識が確立されていないこと,
 ○個々の教員の研究活動を通じた教育にとどまり,学位プログラムの整備という観点で課題があること,
 ○修了者が社会の様々な場で活躍するような,多様なキャリアパスが十分に開かれているとは言えないこと,
などが明らかになっている。
 こうしたことを背景として,博士課程への進学者数が低下している分野も多い。

(これまでの主な成果)

○分野を問わず大半の大学院が,「大学院答申」以降,人材養成目的を明確にするために学則等を改正し,また,大半の大学院がコースワークの充実等により専攻横断的な科目履修に取り組んでいる。

○経営学等の社会科学系や医療系の大学院では,社会人学生の割合が高く,多くの大学院が,長期履修制度や夜間・土日開講制など,履修機会の確保に取り組んでいる。また,物質・材料科学,機械工学をはじめ産業界との結びつきの強い分野を中心に,企業等との連携による教育プログラムやインターンシップが進展している。

○ほとんど全ての大学院において,経済的支援の取組が実施され,受給人数も全体的に増加傾向にある。

○グローバルCOEプログラムや大学院GP等の支援は,大学院の改革意欲を高めており,拠点として選定された大学院では,体系的な教育を確実に実施している。また,複数教員による論文指導を行うところも見られる。経済的支援の充実,国内外の研究プロジェクトへの参加等の改革も進展している。

(主な課題)

○人材養成目的や修得すべき知識・能力,入学者受入方針の記載が概念的・抽象的で整合的でない大学院や,実際の教育や入学者選抜がこうした目的に沿って展開されているとは言えない大学院もあるなど,大学院教育の実質化の取組には,大学院の間で相当な差がある。

○前述の事業の支援対象となった場合も,それが単発的な取組にとどまり,他の専攻や大学院に成果が十分に普及・浸透せず,大学院の間で格差が広がっているとの指摘もある。

○博士課程(後期)では,学位が如何なる能力を保証するものであるかの共通認識が,大学院関係者・社会ともに十分に確立されていない。課程制教育を通じた人材養成目的や修得内容が曖昧で,教育が個々の教員の研究活動を通じたものにとどまっていることが多い。

○多くの大学院で研究の進捗状況に関する中間発表を行うなど,学位の質を確保しつつ円滑な学位授与を促す取組が行われている。しかし,標準修業年限内での博士号の学位授与率は,「大学院答申」以降も大きくは向上していない。

○人文・社会科学系では,修士課程と博士課程(前期)から博士課程(後期)への進学率は高いが,博士課程修了者のキャリアパスの中心は,主に大学教員であり,修了者が社会の様々な場で活躍する多様なキャリアパスが学生に十分に明らかにされていない。

○理工農系では,大学院教育の方向性や内容に関し,産業界等の期待とのミスマッチが見られることがあり,教育内容やキャリア支援体制が,多様なキャリアパスに十分に対応していない。

○医療系では,学生の専門資格志向,医師・歯科医師臨床研修制度や薬学部教育6年制の導入,看護系大学の増加もあり,研究者を志す学生の減少等が生じており,大学院改革に少なからぬ影響をもたらしている。

○専門職大学院は,平成15年度の制度創設以降,急速に増加しており,高度専門職業人養成を目的とした理論と実務の架橋を図るための教育課程の在り方,専任教員や認証評価の在り方,他の学位課程や学校種との関係等に関し課題が生じている。

(2)大学院教育の改善の方向性と検討事項

1.現状と課題・改善の方向性

(現状と課題)

 大学院の人材養成機能は,(ア)創造性豊かな優れた研究・開発能力を持つ研究者等の養成,(イ)高度な専門的知識・能力を持つ高度専門職業人の養成,(ウ)確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成,(エ)知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のある人材の養成,の四つに整理できる。各大学院では,これらの一つ又は複数の機能について,それぞれの教育理念や課程の目的に基づく教育を実施している。
 グローバル化や地域内経済の一体化が進む中で,先進主要国やアジア諸国では,国際競争力強化のため,優れた資質を備えた博士人材の養成と確保に懸命となっている。既に,世界の研究・ビジネスの場では,博士号を保有していることが,高度な専門性に裏付けられた資質能力を有する証しとして,必須要件になりつつある。そのため,多くの国で,大学院の質を強化し,イノベーションに取り組む人材や,高度の専門性と深い教養を備え,国内外の多方面で活躍できる知的リーダーシップを有する人材の養成等に取り組んでいる。
 我が国では,これまでの大学院教育の実質化をはじめとする改革が,全体として着実に進展し,個々の大学院でも,多くの成果が上がっている。しかしながら,課程制教育としての大学院を確立し,その質の一層の向上のために取り組むべき課題は少なくない。また,他の主要国と比較して,人口当たりの博士号取得者数が少ない上に,多くの分野で,博士課程(後期)への進学率が低下しており,博士号の取得者の多様な進路が十分に開拓できていない。
 このように,我が国では,全体的傾向としては,博士号保有者が,高度な専門性を有する人材として,社会の様々な分野でリーダーシップを発揮して活躍できる状況に至っているとは言えず,むしろ,我が国の様々な制度や慣行は,国際社会の中で極めて特殊な状況となり,世界的な潮流から遅れている事態になっている。これは,人口減少期を迎え,人材こそ成長と発展の鍵となる我が国にとって深刻な問題である。

(改善の方向性)

 大学,行政,企業等が協力して,学生が見通しを持って大学院に進学できるよう環境整備を進めていく必要がある。とりわけ,大学院において,

(ア)学位課程ごとにどういう人材を養成しようとしているのか明示する,
(イ)専攻の枠を超えて学位課程を担当する教員によって,組織的な教育・研究指導体制を構築する,
(ウ)教員間の綿密な協議に基づき,修得すべき知識・能力の内容を具体的・体系的に示す,
(エ)一貫性のある教育を通じて,その課程を選択した学生に必要な知識・能力を修得させ,その証しとして学位を授与する,

といった学位プログラムに着目し,課程制としての大学院教育を確立していくことが重要である。
 これにより,社会からの大学院と大学院生に対する評価を高め,優れた人材を大学院,とりわけ博士課程段階に引き寄せ,博士号取得者が高い倫理観を備えたリーダー候補として産学官の多様な場で確実に採用・処遇されていく好循環を構築していくことが急務である。
 こうした観点を踏まえつつ,平成23年度以降の「第二次大学院教育振興施策要綱」(仮称)の策定も想定し,引き続き,今後の大学院教育の在り方について検討を進める。

2.大学院教育の改善に関する検討事項

(ア)課程制大学院制度の趣旨に沿った体系的な教育課程の確立

 修士課程,博士課程,専門職学位課程のそれぞれにおいて,明確な人材養成目的や,学位の授与要件と,修得すべき知識・能力の内容を具体的・体系的に示す。その上で,コースワーク,研究指導を通じて,体系的な大学院教育を確立する。
 その際,学生が幅広い基礎知識や俯瞰的なものの見方を修得した上で専門分野を選択できるよう,各大学や研究科等において,それぞれの学位プログラムの特性に応じて,共通的な教育を組み込むことも有意義である。
 こうしたことを踏まえ,以下の事項等について更に検討を進める。

○人材養成目的に沿った体系的なコースワークや,研究指導等に関する取組状況を把握しつつ,大学院教育の一層の改善を進める方策。
○明確な人材養成目的に基づき,関係する産業界や研究機関や他大学等と連携しつつ優れた教材や教育方法を開発し,大学院教育の質の向上につなげる優れた取組を支援する方策。

(イ)組織的な教育・研究指導体制の確立

 教員の役割分担と連携体制を明確にし,教員間の綿密な協議に基づいた教育課程を実施し,体系的な大学院教育を提供するための組織的な教育・研究指導体制を確立する。
 そのため,以下の事項等について更に検討を進める。

○専攻の枠を超えて,プログラムを担当するすべての教員による綿密な協議を通じた教育課程の編成・実施。また,異なる専門領域を持つ教員による体系的な研究指導や履修指導等に関する取組の状況の公表。
○優れた大学教員を養成する観点から,TA,RAの教育活動への積極的な位置付け。高度な専門性に加え,全体を俯瞰しながら知識・技能を教授できる大学教員の養成の推進。
○優れた大学教員の養成,大学教員の教育力向上のため共同利用拠点の形成。
○教員の教育活動歴を適切に評価し,採用・昇任,再任用等の人事や処遇に反映することを含め,人事システムの工夫。
○小規模な専攻等において,学内における専攻横断的な教育や,大学間の連携・協力等による,幅広く体系的な教育の実施。また,定員の充足状況や社会的需要等を総合的に勘案し,必要に応じ,自ら入学定員を見直すよう努める。

(ウ)博士課程における一貫した教育の確立

 一貫制博士課程と,区分制博士課程の前期・後期を通じて,国内外の多様な場面で活躍できる高度な専門人材を養成するため,一貫した学位プログラムを確立する。
 高度な専門的知識,幅広く豊かな教養と倫理観,それを生かす語学・コミュニケーション能力,状況の変化に対応する柔軟性等を備えた人材を養成する。その際,修士号取得後に就職する者や,博士課程(後期)に入学する社会人学生のことも考慮し,複数のプログラムを併設したり,補完的教育を実施したりする工夫が考えられる。
 こうしたことを踏まえ,以下の事項等について更に検討を進める。

○博士論文の作成に着手するために必要な基礎的能力が修得できているかどうか,博士課程(前期)修了時に,修士論文に代えて審査する場合の取扱いの明確化(大学院設置基準)。
○博士課程における一貫制と区分制の趣旨をより明確にするための標準修業年限や修得単位数の在り方(大学院設置基準)。
○社会人や修士課程修了者等を,博士課程(後期)に受け入れるための要件の在り方。

(エ)教育情報の公表の推進

 大学院教育に対する産業界や地域社会等の認識を深め,学生,入学志願者等がキャリアパスを描くことができるよう,大学院の教育情報の公表を更に進める。
 そのため,以下の事項等について更に検討を進める。

○教育情報の公表に関する学校教育法施行規則の改正を踏まえ,入学者の受入方針,教育課程,成績評価,教育研究組織,学習環境,学生支援等の情報の公表に加え,修得すべき知識や能力,学位授与に導くプロセスや学位授与の状況,就職状況等の公表の促進。
○人材養成目的,教育課程,入学者の受入方針等の大学院教育に関する情報を集約し,一覧できる仕組みの整備。
○特に,人文・社会科学系では,学位授与の要件,学位授与までの各過程に必要となる期間,学位取得後のキャリアパス等の情報の公表の促進。また,論文作成に当たり,研究テーマ,研究方法,詳細な工程を記載した研究計画の作成と,進捗状況の中間発表等を通じて,学生と教員との間で学位授与に必要なプロセスの確認・共有。

(オ)多様なキャリアパスの確立と産業界等との連携の強化

 大学教員やポスドク等のほかに,学生の多様なキャリアパスを専攻分野ごとに開拓する取組を充実する。
 産業界や地域社会など多様な機関との連携を通じ,多様な学修機会を提供することで,社会の多様な場で活躍できる人材を養成する。その際,学問分野によって,連携の在り方が大きく異なることに留意する。
 なお,産業界等においては,大学院教育への具体的なニーズの明示,博士号取得者の実力を適正に評価した人材の登用,社会人学生の大学院在籍期間と復帰後の適切な処遇等が期待される。
 こうしたことを踏まえ,以下の事項等について更に検討を進める。

○大学と産業界等の積極的な連携による修了者の採用促進。
○地方自治体等や地域企業との協力・連携を通じたキャリアパスの開拓。
○国,地方公共団体等の公的部門での大学院修了者の雇用・活用の拡大について検討。
○学生の進路状況や就職支援に関する情報を学生や入学志願者への公表促進。
○大学と産業界等が,養成する人材像や,修得すべき知識・能力に関し,考え方を共有できるよう,国レベル,大学レベルの協議の場の設置。
○企業や研究機関等の多様な機関との連携の強化と,様々な研究プロジェクトへの参加,インターンシップ,TA・RA等を通じた豊富な学修機会。
○人文・社会科学系等では,社会人学生や留学生が多く,修了後の進路が多様な状況にあり,そうした分野における進路状況調査の在り方を見直すことで適切に実態を把握。
○理工農系では,博士号取得者が産業界等で中核的人材として活躍していくため,産業界等と連携して実践的な能力の修得に取り組む大学への支援。
○医療系では,ライフイノベーションを担う能力を持つ医療人養成に取り組む大学を支援。とりわけ,臨床研究は,医師をはじめとする多様な専門家のチームで行われることから,臨床疫学,生物統計学,倫理学,規制科学等を基礎とし,他分野・他大学院との共同により,実際の臨床研究の場を利用した教育の推進。

(カ)優れた学生の進学促進

 優れた学生が,将来の経済的負担の見通しを得られずに大学院進学を断念することがないようにする。また,入学者受入方針を明確化する。
 そのため,以下の事項等について更に検討を進める。

○TA・RAによる経済的支援の充実や,授業料減免措置の拡充等,高等教育の実質無償化の漸進的な推進。学生に対する経済的支援等に関する見通し(ファイナンシャル・プラン)や経済的支援等の実績の提示。
○入学者受入れ方針の明示と,これに基づいて多様な能力や意欲・将来性を見極める入学者選抜の実施(大学院設置基準)。

(キ)我が国の成長を牽引する世界的な大学院教育拠点の形成

 21世紀COEプログラムやグローバルCOEプログラムの実績に基づき,大学の機能別分化の進展を踏まえ,世界的な大学院教育拠点の形成を推進する。これにより,国際的なリーダーとして活躍できる人材を養成し,我が国の発展と成長を牽引する。
 そのため,以下の事項等について更に検討を進める。

○国内外の様々な分野で活躍し,指導的役割を果たす,高度の専門性と深い教養(倫理観,世界観,歴史観,感性等を含む。)に裏付けられた知的リーダーシップを有する人材の養成。そのための世界的な大学院教育拠点の形成の支援。
○海外との双方向の交流を重視した質の高い大学間交流プログラムの推進により,大学の国際的な展開力の強化。

(ク)専門職大学院の質の向上

 社会経済の各分野で指導的役割を果たすとともに,国際的にも活躍できるような高度専門職業人材を養成する制度創設の理念に立ち返り,教育内容の充実と質の向上を図る。
 そのため,以下の事項等について更に検討を進める(公的な質保証システムの整備の観点から「第2」の「1」参照)。

○平成25年度に,専任教員のダブルカウントの特例措置が終了するため,博士課程(後期)との接続の観点から,その後の制度的対応(専門職大学院設置基準)。
○認証評価機関が存在しない場合の特例措置(免除規定)の見直し(学校教育法施行規則)。
○「実務家教員」の定義・基準等の明確化(専門職大学院設置基準)。
○社会的要請や他の学位課程との関係を踏まえた教育課程等の在り方。

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高等教育局高等教育企画課高等教育政策室

(高等教育局高等教育企画課高等教育政策室)