中央教育審議会大学分科会では,平成20年9月11日の文部科学大臣からの諮問「中長期的な大学教育の在り方について」を受けた審議を行っている。
大学制度の根幹を踏まえつつ,大学が,その社会的使命を果たすべく,より開かれた存在となるためには,大学教育の構造転換が今こそ図られなければならない。大学分科会では,そのための改革について具体的な検討に着手しており,これまでの審議経過を「第一次報告」として取りまとめることとした。
平成20年7月に政府によって閣議決定された「教育振興基本計画」は,大学に関し,平成20年度からの5年間で,特に重点的に取り組む事項として,教育力の強化と質保証,卓越した教育研究拠点の形成と国際化の推進等の施策を示すとともに,この「5年間を高等教育の転換と革新に向けた始動期間と位置づけ,中長期的な高等教育の在り方について検討し,結論を得る」としている。
このことを受けて,同年9月11日,文部科学大臣から中央教育審議会に諮問「中長期的な大学教育の在り方について」がなされ,その具体的な検討が大学分科会に付託され,9月25日以降審議を進めてきた。
諮問の主な内容は,以下の3つからなっている。
(1)
社会や学生からの多様なニーズに対応する大学制度及びその教育の在り方
(2)
グローバル化の進展の中での大学教育の在り方
(3) 人口減少期における我が国の大学の全体像
加えて,(1)~(3)に関連する行財政システムの検討を行うとされている。
また,諮問理由説明として,具体的に審議を要する事項が示されている。
第4期大学分科会は,本年1月26日まで7回審議を行い,同日付けで,審議経過を取りまとめた。
2月以降,第5期大学分科会として議論を継続し,これまで5回の審議を行った。その際,第4期と同じく,大学分科会が主導的に検討を行うことを基本とした上で,審議の機動性を高め,議論の内容を深化させるため,5つの部会と2つの委員会を設置した。
なお,大学分科会に設けた「大学教育の検討に関する作業部会」に,複数のワーキンググループ(WG)を設置し,審議事項のうち専門的な内容に関し,調査・分析・論点整理を行っている。
本報告は,以上の体制により,大学分科会や,大学分科会に設けた「質保証システム部会」及び「大学規模・大学経営部会」で議論された内容等を踏まえたものである。
中長期的な大学教育の在り方の検討に当たっては,上記の教育振興基本計画のほか,これまでの中央教育審議会の諸答申の蓄積を踏まえる必要がある。平成17年1月の「我が国の高等教育の将来像」(将来像答申)において,今後の高等教育の在るべき姿や方向性について全体像を示したところである。それ以降,「将来像答申」を受けて,大学院教育と学士課程教育の在り方について議論を行い,その結果をそれぞれ同年9月の「新時代の大学院教育」,平成20年12月の「学士課程教育の構築に向けて」(学士課程教育答申)として取りまとめている。
そうした議論の蓄積に基づき,今回の審議における基本的な問題認識として強調すべきことは,大学教育の構造転換の必要性である。
国内外を通じて,人口構造・産業構造・社会構造等が大きく変わる中,大学が,自らの構造転換に積極的に取り組み,社会に対する新たな役割を主体的に提示していくことが求められる。
我が国の大学教育は,依然として18歳頃から20歳代前半の若者が主たる対象であるが,現在及び今後の労働環境や社会状況の変化を見据えるならば,年齢を問わず,社会人等の多様なニーズを持つ者を対象とする教育機関に変わり,生涯学習社会の推進に大きな役割を果たしていくことが強く求められる。また,人口構造,産業構造,社会構造等の大きな変化,また,大学及び社会全体のグローバル化が急速に進む中,大学がその知的活動を通じて,社会全体に対し寄与・貢献できる機会は大きく拡大している。各大学は,その本来的な役割を踏まえつつ,自らの目標を明確にして,その活動を発展させていくことが期待される。また,各種の教育制度も,そうした各大学の取組を奨励・促進させるべく必要な検討が求められる。
本報告で述べる各施策も,そうした大学教育の構造転換を想定した上で,必要と判断されるものを整理している。
加えて,各施策を通じた基本的な考え方として,以下の3点をあげることができる。
第一として,大学教育の構造転換を進めるためには,質保証システムの構築と量的規模の在り方の2点の検討が不可欠ということである。
過去20年間で,我が国の大学数は250校以上,学生数は77万人増加しており,その間,大学・短期大学進学率は,36%から55%に上昇した(大学と短期大学を合計すると,学校数は91校増加,学生数は48万人増加した。)。こうした量的規模の拡大の背景には,大学への進学意欲の高まりの中で,平成15年度からの,
(1)
大学設置基準等の法令上の要件を満たせば設置を認可する「準則主義」に転換,
(2)
「高等教育計画」に基づいて大学や学部の収容定員の増を抑制してきた方針を,基本的に撤廃,
の2つを指摘できる。このうち,(1)は質保証システムの在り方に,(2)は量的規模の在り方に,それぞれ大きく影響している。また,これらの質と量の検討には,国内の状況だけでなく,大学のグローバル化という側面も無視できない。
第二として,質保証システムや量的規模の在り方を具体的に検討するには,多様化・個性化が進む大学をすべて同一に扱うのではなく,機能別分化を前提とすることである。
地域や社会からの要請や学生からの多様なニーズに応えるには,少数の限られた大学だけでなく,多くの大学が,それぞれ個性と特色を生かした教育を行い,我が国全体として多様な教育が提供されていくことが望ましいと考えられる。
各大学は,自らの特長を生かす中で機能別に分化していくことが期待され,その際,大学間の連携協力を通じて,教育活動を補完し合う動きも奨励すべきである。
関連して,各大学が,教育研究の質を向上させ,健全に発展していく上では,各大学にとっての適正規模の確保を通じて,その経営基盤を強化・安定していくことも求められる。
第三として,大学教育への公財政措置の確保である。
意欲と能力のある誰もが学ぶことができる教育安心社会の実現,大学における世界最高水準の教育研究環境の実現,その他多くの課題解決を念頭に置きつつ教育投資が措置されることは,大学教育が多様な者を受け入れ,産業界・地域社会等にとって優れた人材を確保するだけでなく,教育立国としての我が国の発展のために欠かせない。また,各大学における教育の質の向上への努力と,経営の健全化に向けた各大学の規模の適正化を前提として,また,そうしたことを加速するためにも,必要な公財政措置が確保されなければならない。
以下では,諮問の3つの内容に沿って,現在まで審議を行った事項について述べる。
本報告は,諮問事項全体を包括する総合的な内容と構成を持つものではなく,現時点までの審議を通じて明らかとなった論点を整理している。したがって,報告中の各検討課題には,
(1)
速やかな対応を前提として,具体的な改善を提起するもの,
(2)
大学分科会又は部会等において,さらなる検討を行うこととし,現時点では方向性の提示にとどまるもの,
(3)
今後,大学分科会又は部会等において,あらためて審議を行うことを前提に,議論の論点を整理するもの,
などがあり,審議の進展状況に応じ,記述の具体性の程度が異なっている。
また,本報告は,できるだけ簡潔な報告となるようにしたため,制度の詳細な説明を省略するとともに,これまで議論されたすべての論点を列挙することはしていない。
「大学院部会」では,教育機関としての大学院の実質化や,産業界からのニーズに適切に対応した大学院教育等について審議しており,その審議についても改めて整理することとする。
また,大学教育の在り方の検討においては,国公私立大学の在り方や,地方分権と大学行政の在り方も論点となるため,これは今後,「大学行財政部会」において審議を始めることとしている。
上記をはじめ,中長期的な大学教育の在り方の審議はいまだ途上であり,残された課題については,今後とも,大学分科会として,各界からの幅広い意見もいただきながら検討を進める必要がある。
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