1.優れた留学生の戦略的獲得

 優れた留学生の獲得は先進諸国及びそれらの高等教育機関の課題となっており、各国間で競い合う状況を現出している。我が国においても、留学生の受入れに当たっては、各国の人材育成への貢献や我が国経済社会の発展、科学技術・学術の振興、世界で活躍できる人材の育成などに資するよう、優れた留学生を戦略的に獲得する必要がある。その場合、国は以下の事項に留意する必要がある。

(1)基本的考え方

 我が国は現在、世界の中でも東アジアを中心にアジア諸国から最も多くの留学生を受け入れている(受入れ留学生数の92.4%(平成19年))。しかし、そのアジアに限らず、送り出し国の事情や留学生の興味関心は様々であり、送り出し国や留学生のニーズに留意することが重要である。留学生自身は当該分野の先進性や将来のキャリアを考慮して留学先を選択・決定する傾向がある。
 また、我が国の高等教育においては、大学院重点化により、大学院学生を増やし、教育研究の高度化を図ってきた。留学生の出身国等の発展への貢献はもとより、我が国の研究水準の向上を考えるときに、優秀な留学生の存在は重要な要素となっている。
 現在留学生の専攻分野は、人文科学23.3%、社会科学40.2%、工学15.2%となっており、この3分野で8割近くを占めている。今後我が国の研究水準を向上させ、経済社会の持続的発展と国際的な競争力の強化を図るためには、学術研究の多様化と競争力のある分野の一層の強化が重要である。また、その他の分野についても、重点を置くべき分野については、その強化を図ることが必要である。
 平成19年における全留学生に占める短期留学生(3ヶ月以上1年以内)の割合は7.1%となっておりこの割合は増加している。また、短期留学生の出身地域の構成比はアジアが59.6%、欧州18.8%、北米16.7%と、欧米先進諸国が35.5%を占めており、短期留学については、アジアが9割を超える全体の留学生の状況とは異なっている。今後、日本語・日本文化を学ぶことを目的としたり、交換留学を通じた短期留学がより重要になってくると考えられるが、この推進には我が国の高等教育機関(「大学、大学院、短期大学、高等専門学校、専門学校」以下「大学等」と表記する。)関係者との協力関係が重要なほか、観光政策や観光業との連携による一層の広がりも期待される。また、より短期間のサマースクール等も、単位を出せるような内容の充実したものもあることから、交流の方法の一つとして留意することが求められる。なお、在留資格「留学」を有さない3か月未満の短期間の外国人学生をはじめ、研究を主目的として渡日している正規の学生でない者の扱いなど、留学生の定義の方法については、諸外国の留学生の定義の方法が統一されていないことも考慮しつつ、引き続き検討することが必要である。
  このようなことから、国として留学生の戦略的獲得を行うにあたり、留学生にとって魅力ある環境を構築することが重要であることはもちろん、送り出し国及び留学生のニーズを勘案し人材養成の国際貢献に応える観点や、どのような教育や研究指導を行うかという観点、留学生の獲得がいかに我が国の科学技術・学術における国際競争力を高めたり、高等教育の水準を向上させたりすることに有効であるかという観点も併せて考えることが必要である。また、同時に大学等自身がそれぞれの個性・特色に応じて、それぞれの戦略を構築し、それに基づいて留学生を獲得することが必要である。
 これらを考慮すると、次のようなことが考えられる。なお、我が国の大学等に在籍する留学生の3割以上が国内の日本語教育機関から進学しており、日本の大学等のほとんどが日本語での学習を前提としていることに留意する必要がある。

(2)戦略的獲得の対象

1.アジア

 人材養成への貢献を考えれば、アジアは世界の中でも、経済成長が著しくかつ人口が急激に増加している地域であり、今後高等教育への進学需要が大きく伸びていくことが予想され、今後とも多くの留学生を世界に送り出すことになると思われる。ところで、アジアの優秀な人材が欧米諸国を第一の留学先として選択する傾向が強いとの指摘があるが、我が国がアジアの一員として、アジアの発展に貢献し、他のアジア諸国とともに、世界の成長センターを支えていくとともに、リーダーシップを発揮していくためにも、アジア諸国からの優秀な留学生の獲得はもちろんのこと、留学生の積極的な獲得を今以上に重視していく必要がある。
 もとより現在受入れが最も多い大学学部についても、大学院への進学が多い現状を踏まえれば、優秀な学部留学生を育成して大学院に入れるという視点に留意しつつ、その受入れを引き続き積極的に取り組む必要がある。その際、学部留学生の多くが私費で、かつ私立大学等に多く在籍することに留意する必要がある。
 大学院においては物理、化学、工学、ライフサイエンス、情報、保健・医療などの先端分野や、農学のような送り出し国の食料生産に直接役に立つ分野、我が国の高度な技術や積極的なイニシアティブから世界的に注目を集める環境分野の留学生の獲得も重要である。
 また、我が国のアニメ、マンガ、ファッション、ゲームなどポップカルチャーへの関心の高まりが日本留学につながっていることにも留意し、専門学校という実学教育により特徴がある学種が、専門性の高さや実学の観点でその真価を発揮することに留意する必要がある。その際、専門学校を取り巻く環境を考慮しながら、留学生や送り出し国のニーズを踏まえ、より一層の受入れの推進を図ることが必要である。同様に実学教育が進められている高等専門学校についても、我が国のものづくり技術を学びたいというニーズを踏まえた取組が必要である。一方で高等専門学校や専門学校から大学学部への進学についても留意する必要がある。
 社会科学では、学部レベルでの留学生が多いことを見据えるとともに、発展途上国の初等中等教育の教員や行政官、マスコミ関係者などのオピニオン・リーダーの養成への貢献の観点から引き続き重視していくことが必要である。
 これらを踏まえ、我が国への留学生が最も多い東アジア諸国との交流を引き続き推進するとともに、近年我が国への留学生数の増加が著しいベトナムをはじめ、インドネシアやマレーシアなど、我が国の大学等を高く評価して政府派遣により積極的に学生を我が国に送り出しているASEAN諸国についても、これらの国の将来のリーダー層への先行投資の意味合いからも積極的に受入れの増大を図ることが必要である。その場合、例えばアジア太平洋大学交流機構(UMAP)や円借款等を通じた大学院生交流プログラムなど大学間の共同・連携を充実させ域内交流を進めることが重要である。同時に近年発展の著しいインドをはじめとした南西アジアからの留学生受入れも積極的に推進する必要がある。

2.欧米先進諸国

 欧米先進諸国からの留学生の受入れ数は、日本人が欧米先進諸国に留学する数の10分の1程度と大きくバランスを欠いており、相互交流の観点から受入れ数の大幅な拡大が求められる。その際、科学技術や研究開発力の向上による国際競争力の強化を視野に入れた、先端的な研究分野での共同研究を通じた交流や短期交流など様々な形態の交流を通じた留学生の受入れの増加が重要である。
 米国では留学生の半数近くが大学院生で、米国の知の国際競争力の優位性に留学生の存在は欠かせないと言われているが、知の大競争時代における科学技術研究の国際競争の激化への対応のため、今後大学院への優れた留学生の獲得の重要性がより高まると考えられる。このことから、大学院への欧米先進諸国からの留学生の受入れをさらに増加させることが必要である。その際、先進諸国の動向も踏まえながら、ダブルディグリーやサマースクール等の交流形態の工夫などが重要である。
 また、人文科学では、日本語・日本文化に関心が高い層として、欧米諸国からの短期交流の留学生が比較的多く、今後欧米諸国からの留学生の増加を目指すに当たっては留意する必要がある。

3.アフリカ、中東諸国、中央アジアのNIS諸国など

 現在、アフリカ、中東、中南米諸国や中央アジアのNIS諸国については、我が国への留学生全体の2.6%にとどまっている。エネルギーや資源など経済、社会に深く関わり、今後発展の可能性の高い中東や中央アジア、人口の急増に伴い高等教育の需要が高まることが予想されるアフリカ諸国などについても、当該国の人材育成への貢献を通じ、将来を担う人々との人的ネットワーク構築の観点からの留学生の受入れの増加が求められる。その際、相手国の経済社会や科学技術、高等教育機関の整備状況によって、受入れの形態が異なることに留意し、それぞれのニーズや特性にあった交流を行うことが必要である。
 例えばアフリカについては、当面、大学学部レベルにおいて、保健・医療、農学、工学など国家的インフラストラクチャーの構築に貢献が期待できる分野について、国費外国人留学生制度を中心に重点的に留学生を受入れることが考えられる。また、中東諸国においては、大学院への進学に重点を置いて先方政府派遣による留学生を積極的に受け入れることを考える必要がある。さらに、中央アジアについては、自国の人材需要に関心の高い国が多いことから、大学院生の受入れに重点を置くとともに、中南米諸国は、米国に多くの学生が留学しているなど留学に対する潜在的需要も高く、短期交流に関心を示している国がある点に留意する必要がある。

4.オセアニア

 オーストラリアやニュージーランドは留学生の受入れには熱心なものの、自国学生の海外留学はあまり盛んでないため、先方の大学との共同プログラムを策定するなどして交流する方法が有効であると考えられる。

(3)数値目標

 以上のように優れた留学生の戦略的な獲得を目指すとき、国・地域について、学種、分野等を勘案しつつ、数値目標を定めて行うことにより、進行管理が可能となり、戦略的に留学生を獲得することを効率的に進めることができる。ただし、留学生の受入れは送り出す国や留学生自身ニーズが一様ではなく、それを個別具体的に把握し、我が国の戦略と総合的に勘案して詳細に目標を設定することについては、難しい面がある。(1)、(2)の考え方に基づき留学生交流の飛躍的増加を目指すことを基本にしつつ、2020年に30万人を目指すことを所与の目標としながらも、数値目標の設定については、引き続き検討が必要である。

(4)日本留学に関する情報発信機能の強化

 現在行われている情報発信のうち直接的なものとして、日本への留学を希望するあるいは関心のある者を対象に、独立行政法人日本学生支援機構や現地機関などが中心になり、日本の大学等や日本語教育機関が参加して開催される日本留学フェアや日本留学説明会がある。平成19年度には、中国、台湾、韓国など12カ国・地域で行われている。
 また、留学フェアに加え、在外公館、独立行政法人(日本学生支援機構、国際交流基金、国際協力機構、日本貿易振興機構等)、大学等、日本語教育機関が一体となって、国レベルで我が国の文化の広報・普及を通じて留学情報を発信するとともに、多くの海外拠点を設置し、大学等と連携して積極的に海外で我が国への留学生をリクルートする、英国のブリティッシュ・カウンシルのような留学を専門に取り扱う機関の整備を進めることも必要である。その際、我が国の大学等のニーズを十分に反映させるとともに、各国ごとに日本留学に対する国、大学等や学生の視点をくみ取る必要がある。
 ユネスコが高等教育機関の国際的な質保証の観点も踏まえ、高等教育機関に関する国際的な情報ポータル構築を進めており、我が国も参加していることから、我が国の高等教育機関に関する情報が世界とつながることになる。今後これらを活用して、海外から留学希望者がこのポータルにアクセスすれば、我が国への留学に必要な大学等に関する情報を得られることを可能にし、一層日本留学に関しての情報発信を強化することが求められる。その際には言語にも留意し、英語のみならず、重視する国・地域の言語による情報発信に努めることも効果的である。

(5)戦略的に獲得するための大学等間の共同・連携

 戦略的に留学生を獲得するためには、大学等自ら留学生の獲得を大学等の運営や教育研究上明確に戦略を立てることが重要であるが、現在、大学等間交流協定の中に学生交流を盛り込んでいるものが11,748件あり、交換留学などはこの協定に基づき行われる。大学等においては、今後ともこのような大学等間交流協定を積極的に結ぶことが望まれるが、その場合、留学生獲得や教育研究面での国際化に関する各大学の戦略に基づき協定を結ぶことが大切であることは言うまでもない。ただ、せっかく協定や覚書を締結しても活用することが少ないといった指摘もあり、積極的活用を行うことが重要である。大学間交流協定については、複数の大学の連合体(コンソーシアムや連合大学院など)間の協定の締結や運用も重要である。
 さらに、留学生の交流には単位互換やダブルディグリーなどによる共同・連携が必要である。特にアジア・太平洋地域との交流については、アジア太平洋大学交流機構(UMAP)が開発した単位互換方式の活用も有効と考えられ、また、エラスムス計画などの地域間の連携も参考になると思われる。また、欧米先進諸国との間では、特に、互いの国際競争力の強化に資する先端分野での共同研究・研究交流等の共同・連携も重要である。
 そのほかに単位や学位取得まではいかないものの、語学学習や文化交流を目的にした短期交流も大学学部を中心に積極的な推進が望まれる。

(6)海外における日本語教育の充実

 留学生はまず留学する国を選択し、次に大学等を選択する傾向があることから、他国にない特色のある日本のナショナル・ブランドを確立することが必要である。それには、我が国の文化や風土の魅力について、さらなる情報発信をしていくことが必要である。マンガやアニメ、ファッションやゲームなど我が国のポップカルチャーが海外で多くの人々の関心を呼んでおり、それが日本全体への興味関心につながっている側面もある。その際、我が国の文化の発信に重要な要素となるのが日本語である。
 現在、海外において日本語を学習する者は増加しており、約300万人にのぼっている。これらすべてが日本に留学するわけではないが、その一部は日本留学予備軍として考えられる。我が国に留学する者のほとんどが、母国あるいは日本で日本語教育を受けることを考えると、あらかじめ母国で日本語を学習し、習得していることにより、日本への留学がスムーズになる。そもそも海外における日本語の普及によって、日本へのファンを増やし、日本への留学者を増やすことにもつながることが考えられる。また、そのための基盤として、日本語教師の養成を強化していくことも重要である。
 現在、独立行政法人国際交流基金が海外に日本語教育拠点を設置して日本語教育を行い、日本語教師を養成する日本語教育専門家を海外に派遣している。中国が中国語・中国文化の海外への普及のために、現地の大学等と連携するなどして孔子学院を展開しているが、今後このような取り組みを参考に、関係機関が連携して、海外への日本語の普及に努めることが期待される。その際、(4)で言及したブリティッシュ・カウンシルのような機関にこのような機能を担わせることも考えられる。
また、海外の日本語の普及にあたっては、放送大学の映像教材を活用して海外における同種の大学等と連携を図りつつ進めることも一つの方策と考えられる。
 その他、独立行政法人国際協力機構により青年海外協力隊の日本語教師の派遣が発展途上国に対して行われており、日本語の普及や日本語教育について、この取組との連携に留意する必要がある。
 初等中等教育レベルで第二外国語や課外活動に日本語学習が導入されれば一層効果的であることや、海外大学等の日本語・日本文化コースの充実にも考慮が必要であり、国レベルをはじめ大学等の働きかけも重要になる。さらに、国費外国人留学生制度の日本語・日本文化留学生が日本語や日本文化についての教育研究の海外での普及・発展に寄与する点を踏まえ、今後、高等教育需要がさらに高まると思われる発展途上国の動向を見ながら、その一層の活用が重要である。

 

(7)外交戦略との連携

 我が国は諸外国との友好関係の維持・発展を国家の存立の基礎としている。また、経済的にも科学技術・学術の水準からもその国力に見合った貢献が要請されている。  また、優れた人材の養成が発展途上国を中心に世界的に大きな重点課題となっている中で、これに積極的に貢献することが世界の平和と安定、発展につながる。今後日本で学んだ留学生がその能力を生かして日本で働き、日本の経済社会を日本人とともに支えていくことが望まれる一方、我が国で学んだ帰国留学生が、人的ネットワークを形成し、我が国とそれぞれの母国との間の友好関係の強化・発展の架け橋となり、ひいてはそれが我が国の安全保障につながることを考えると、留学生政策は重要な国家戦略を形成すると言っても過言ではない。
 さらに、アジア諸国の急速な成長の中で、我が国経済の活性化を図るためには、我が国の国際化の促進、文化的な魅力の発信強化、ビジネスチャンスの拡大などを通じて我が国の魅力を向上させ、人的交流を深化し、グローバル戦略を展開することが必要である。他方、日本と諸外国とのパートナーシップの構築にも留意が必要である。
 これらを踏まえると、留学生を戦略的に獲得するには、外交戦略との連携が不可欠であり、留学生を獲得するに当たって、どの国・地域を重視するかなどについて、政府レベルでのしっかりした戦略が必要である。その際、国費外国人留学生制度の戦略機動枠を積極的かつ柔軟に活用することが重要である。なお、国費外国人留学生制度の現地での認知度を高める努力も重要である。

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