平成16年10月22日
社団法人国立大学協会
戦後50年を経て日本の高等教育は新しい知識社会の中核として変革をとげようとしている。こうした時期にあって、中期的な変化の道筋を明確にすることには大きな意義がある。本『将来像』は現段階における高等教育の課題を広い視野から指摘しており、全体の構成については概ね異論はない。ただし個々の論点については、さらに踏み込んだ議論が必要である事項も多くみられる。とくに以下の三点について注意を喚起したい。
本『概要』を貫く一つのテーマとなっているのは21世紀における高等教育の趨勢としての「ユニバーサル・アクセス」の実現であり、それにともなって不可避の課題となる高等教育機関の多様化、機能的分化、そしてそれを補完する質的水準の保証メカニズムの必要性などが指摘されている。また高等教育機関の多様化に関して、学士課程の多様性、教養、専門教育、また大学院教育の機能の多様化の問題などが触れられている〔3-4〕。
しかしそこで具体的に問題とされているのは多様化、機能分化、最低限の質保証であって、高水準の教育と研究の育成については必ずしも明確に述べられていない。とくに学士課程(学部)教育の質的な高度化は、グローバル化、知識社会化の中で様々な意味できわめてクリティカルな役割を担っている。日本の国立大学はこれまでも、高度の研究活動と組み合せることによって大学院教育、学士課程教育における質的水準の高度化の中核を担ってきたと自負する。ただしそれがともすれば研究至上主義に陥る弊害があったことも事実であり、各大学において学士課程の教育水準高度化への取り組みが進められつつある。
しかしそれは単に理念・制度の問題ではなく、多くのコストを要する、具体的な政策、機関の取り組みを必要とする。「諸外国の高等教育改革の動向」には触れられていないが、アメリカでは1990年代以降、学士課程教育のコストは大きく上昇し、またイギリスなどでも学士課程教育高度化のための政策手段が講ぜられてきている。エクセレンスの形成にむけての大学の自主的な取り組みを支援する施策の方向性が示されるべきである。
ユニバーサル・アクセスと関連して本『概要』は高等教育の質的保証について述べている〔3-3〕。高等教育機関が多様化し、また直接的な規制が困難になるに従って、高等教育機関とその教育についての、質的水準の保証が重要となることは疑いない。
しかしそれはいわば最低限の水準の保証であって、他方でとくに先進的な大学の教育、研究水準を適格に評価し、それをもって日本の高等教育水準の全体としての引き上げをはかることはきわめて重要である。こうした意味で、大学の教育研究水準の恒常的な自己評価と、それに対する第三者によるチェック、さらにいわゆるグッドプラクティスの発見と普及、などの形態での、大学評価が重要な意味をもっている。
国立大学はすでに、平成12年度から15年度にかけて、大学評価・学位授与機構の評価を受けてきた。その準備としての自己評価の実施には膨大な時間とエネルギーを費やしたが、教育、研究、組織運営などについて進んで情報を公開し、また第三者による厳格な評価を受けることが、社会の支持を得るために不可欠であることは国立大学においては広く認識され、さらに体系的な自己評価への取り組みも進められている。
ただし評価の方法の効率化、教育研究水準の高度化に寄与する評価のあり方、などについてはさらに検討が必要である。こうした意味で、水準向上のための評価の進め方について、さらに具体的な政策の方向性が示される必要がある。
高等教育の将来像の基本となる財政的措置については、本『概要』の記述〔3-5〕は一般的な問題についての指摘にとどまっており、政府としての具体的な行動に必ずしも結びつくものではない。
わが国の財政事情がきわめて厳しい状況にあることは事実であるが、他方で将来に活力のある知識社会を形成していくためには、積極的な投資が必要であることは『概要』自体の議論の示すところである。しかもこの点に関する国際比較の統計によれば、日本の高等教育への投資は、政府部門のそれが著しく低い水準にあるのみならず、国民経済全体としても決して高い水準にはないことが明らかである。こうした意味で高等教育への国民経済全体としての投資をどのように拡大していくかについてさらに具体的な政策に論及するのでなければ、「グランドデザイン」としての要件に欠けるといわねばならない。
また政府資金の配分にあたっては、競争原理の過度の強調が、大学における教育研究活動を長期的には枯渇させる危険があることを認識するべきである。実際に競争的な経費に傾斜したイギリスにおいては、それが大学の安定的な経営に深刻な問題点を引き起こしている点が反省されている。この点で『概要』が、「高等教育機関の多様な機能に応じたきめ細やかなファンディング・システム」、「基盤的経費助成と競争的資源配分の有効な組み合わせ」の必要をのべている点は評価される。しかし、この点についてさらに具体的な検討の方向への論及が必要である。
以上
高等教育局高等教育企画課高等教育政策室
-- 登録:平成21年以前 --