第1章 国際的に魅力ある大学院教育に向けて 第2節 基本的な考え方を支える諸条件について

1 大学院に求められる今日的な人材養成機能の発揮

 大学院は、法制上、研究者養成と高度専門職業人養成の2つの機能を中心にその役割を担っているが、今後の知識基盤社会において、大学院が担うべき人材養成機能を次の4つに整理し、人材養成機能ごとに必要とされる教育を実施することが必要である。

1.創造性豊かな優れた研究・開発能力を持つ研究者等の養成
2.高度な専門的知識・能力を持つ高度専門職業人の養成
3.確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成
4.知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のある人材の養成

○ 大学院は、法制上、研究者養成と高度専門職業人養成の2つの養成機能を中心にその役割を担っているが、今後の知識基盤社会における人材養成の重要性や現在の大学院教育との関係を踏まえると、今後の大学院が担うべき人材養成機能は、1.創造性豊かな優れた研究・開発能力を持つ研究者等の養成、2.高度な専門的知識・能力を持つ高度専門職業人の養成、3.確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成、4.知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のある人材の養成の4つに整理することができる。

○ また、今後の高等教育においては、学部段階(学士課程)の教育及び大学院段階(修士課程、博士課程、専門職学位課程)の教育を通じて、課題探求能力の育成を重視した教育が重要である。さらに、大学院教育においては、どのような人材養成であれ、専攻分野に関する高度の専門的知識の修得に加え、国際的な場で活躍できる語学力はもとより、学修課題を複数の科目等を通して体系的に履修するコースワーク等により、関連する分野の基礎的素養の涵養を図り、学際的な分野への対応能力を含めた専門的知識を活用・応用する能力(専門応用能力)を培う教育が重要となる。

○ 今後の大学院に求められる人材養成機能ごとに必要な教育については、概ね以下の通りと考えられる。なお、これらの教育が具体的にどのように体系的に提供されるかについては、高度化・複雑化した社会において求められる人材の多様性を背景に、各大学院における教育理念、各課程の目的等によって異なることに留意する必要がある。

研究者等の養成に必要な教育

○ 高度な学術研究を基盤とした教育を展開するとともに、狭い範囲の研究領域のみならず、幅広く高度な知識・能力が身に付く体系的な教育課程が求められる。
例えば、

  • 学生に性急に特筆すべき顕著な研究業績を求めるのではなく、国際的にも高い水準の研究活動に豊富に接する中で、自立して研究活動を行うに足る研究能力を修得させることを目標に、その基礎となる豊かな知的学識を培う教育
  • 比較的長期にわたる海外、企業での研究経験など、多様な研究活動の場を通じて研鑽を積む教育
  • 学生同士が切磋琢磨する環境の中で、自ら研究課題を設定し研究活動を実施すること等の学生の創造力、自立力などを磨く教育
  • 高度な研究開発プロジェクトの企画・管理等の運営管理を行える人材を養成するために、学生に一定の責任と権限を与え、プロジェクトの運営管理能力を高める教育

などが重要となる。

高度専門職業人の養成に必要な教育

○ 理論的知識や能力を基礎として、実務にそれらを応用する能力が身に付く体系的な教育課程が求められる。
例えば、

  • 「理論と実務の架橋」を目指すための、産業・経済社会等の各分野で世界の最前線に立つ実務家教員を含めてバランスのとれた教員構成の下での国際的な水準の高度で実践的な教育
  • 単位認定を前提とした長期間のインターンシップにより、学問と実践を組み合わせた教育
  • 特定の職業的専門領域における職業的倫理を涵養する教育
  • 高度な専門職業人として求められる表現能力、交渉能力を磨く教育

などが重要となる。

大学教員の養成に必要な教育

○ 研究者等の養成の場合と同様の要素に加え、これまで脆弱であった学生に対する教育方法の在り方を学ぶ教育を提供することが特に重要となる。

知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のある人材の養成に必要な教育

○ 多様に発展する社会の様々な分野で活躍する高度で知的な素養のある人材層を確保する観点から、高度な知識、能力を養える体系的な教育課程が求められる。
例えば、

  • グローバル化や科学技術の進展など社会の激しい変化に対応し得る統合された知の基盤を与える教育を基本とし、課題に対する柔軟な思考能力と深い洞察に基づく主体的な行動力を兼ね備えるための高度な素養を涵養する教育
  • 1.学生の知的好奇心などに応えた多様かつ豊富な教育プログラムにより幅広い視点を培う教育、又は、2.論文作成を基本とした教育のほかに、養成すべき人材を念頭に関連する分野の知識・能力を修得する教育など、学修課題を複数の科目等を通して体系的に履修するコースワークを重視した教育
    などが重要となる。

2 時代の要請に応じた各課程の目的・役割の焦点化

 我が国の大学院は、一定の教育目標、修業年限及び教育の課程を有し、学生に対する体系的な教育を提供する場としての位置付けをもち、そのような教育の課程を修了した者に特定の学位を与えることを基本とする課程制大学院制度を採っている。国際的な通用性、信頼性のある大学院教育の展開を図っていくためには、この「学位を与える課程」ととらえる制度の考え方に沿って、次の各課程の目的に応じて、各分野の特性を踏まえた教育内容・方法の充実を図っていくことが重要である。
 その際、社会・経済・文化の発展や科学技術の進展等、時代の動向や要請に的確に応えるとともに、人文・社会科学、自然科学の各分野のバランスのとれた発展を目指すことが重要である。
【博士課程】 研究者として自立して研究活動を行うに足る、又は高度の専門性が求められる社会の多様な方面で活躍し得る高度の研究能力とその基礎となる豊かな学識を養う。
【修士課程】 幅広く深い学識の涵養を図り、研究能力又はこれに加えて高度の専門的な職業を担うための卓越した能力を培う。
【専門職学位課程】 幅広い分野の学士課程の修了者や社会人を対象として、特定の高度専門職業人の養成に特化して、国際的に通用する高度で専門的な知識・能力を涵養する。

○ 我が国の大学院は、一定の教育目標、修業年限及び教育課程を有し、学生に対する体系的な教育を提供する場(教育の課程)として位置付け、そのような教育の課程を修了した者に特定の学位を与えることを基本とする課程制大学院制度を採っている。

○ これまで、様々な制度改革等を通じて大学院教育の充実を図る試みが行われ、一定の成果をあげているところである。しかしながら、未だ課程制大学院制度の考え方が徹底されているとは言えず、この制度の趣旨に沿った教育の実践は、十分な状況にはない。

○ 国際的な通用性、信頼性のある大学院教育の展開を図っていくためには、この課程制、すなわち「学位を与える課程」ととらえる制度の考え方に沿って、各課程の目的に応じ、各分野の特性を踏まえた教育内容・方法の充実を図っていくことが重要である。

○ また、欧米と比較すると、我が国の大学院の人文・社会科学系分野の割合が低いが、新しい知識や情報が社会の在り方にも影響を及ぼす知識基盤社会においては、自然科学系分野と人文・社会科学系分野がバランスの取れた発展を目指すことが重要である。

○ なお、各大学院が直面している課題、学問分野の特性、専攻の規模等によっては、当面、同一専攻の中に研究者養成に関する教育プログラムや高度専門職業人養成に関する教育プログラムなど学生の履修上の区分を明確にした上で複数の教育プログラムを併存させることが適当な場合もある。

博士課程

○ 博士課程は、国際的にも高い水準の研究環境の中で、研究者として自立して研究活動を行うに足る、又は高度の専門性が求められる社会の多様な方面で活躍し得る高度の研究能力とその基礎となる豊かな学識を養う課程である。

○ 具体的には、創造性豊かな優れた研究・開発能力を持ち、産学官を通じたあらゆる研究・教育機関の中核を担う研究者等や確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成を行う課程として明確な役割を担うことが求められる。

○ また、今後の知識基盤社会にあっては、このような高度な研究能力と豊かな学識に十分裏打ちされた新たな知見や価値を創出できる博士課程修了者が、社会の多様な場で中核的人材として活躍することが求められている。

○ このため、博士課程修了者のキャリアパスとして、従来、主として想定されていた産学官の研究・教育機関のみならず、例えば、企業経営、ジャーナリズム、行政機関、国際機関といった社会の多様な場での活躍をも想定していくことが適当である。

○ なお、博士課程(前期)は、現在、制度的に、修士課程として取り扱うものとされている。博士課程(前期)を終えた段階で就職する学生が相当数いる現状を踏まえた上で、各大学においては、後期も含めた博士課程全体の教育課程や人材養成の目標等を踏まえ、博士課程(前期)としての役割・目的等を明確化することが必要である。

※ 下記、線で囲んだ部分については、分野別ワーキング・グループの報告書の内容を記述したものである。

○ 人社系大学院の博士課程
 人社系大学院の博士課程においては、従来、教員養成分野を除いて、その前期・後期を通じ研究者を養成することを基本に大学院教育を行ってきたが、最近では、様々な事情から大学院に多様な学生が進学し、特に博士課程(前期)について、学生が求める教育機能が多様化しつつある。
 このため、区分制博士課程では、当面、同一専攻の中で、博士課程の前期・後期を通じた研究者養成プログラムと、博士課程(前期)を終えた段階で就職する学生のための高度専門職業人養成プログラムを併せ持つなどの工夫が必要である。
 研究者養成プログラムでは、将来、それぞれの専門領域において研究者として自立できるだけの幅広い専門的知識と研究手法や研究遂行能力、更には専門分野を超える幅広い視野を修得させる必要がある。また、その場合、5年一貫制博士課程のみならず、区分制博士課程においても、その前期・後期を通じて一貫した体系的な教育課程を編成することが求められる。

○ 理工農系大学院の博士課程
 理工農系大学院は、従来、研究者として自立するに必要な研究能力を備え、理学、工学、農学における特定の専門分野についての深い研究を行い得る研究者の養成を行い、また、学術研究を遂行することを主たる目的としてきた。
 しかし、今日、理工農系の大学院には、これら研究者の養成のみならず、産業界等における高度な技術者や高度な政策立案を担い得る行政職員など、社会の各般において、高度な研究能力と豊かな学識に裏打ちされた知的な人材の育成についても大きな役割を果たすことが求められており、その機能は多様化している。
 このような状況を踏まえ、理工農系大学院は、研究者養成を主たる目的とするのか、高度な研究能力を持って社会に貢献できる人材養成を主たる目的とするのか、およそ専攻単位程度で目的と教育内容を明確にすることが必要である。
 その際、当該専攻の規模によっては、同一の専攻の中に、前期・後期を通じた研究者養成のための教育プログラムと、高度な研究能力を持って社会に貢献できる人材養成のための教育プログラムを併存させるなどの工夫が必要である。
 また、研究者の活動領域は、大学等における学術研究の場面だけではなく、産業界等における研究開発等の場面にも大きく広がってきており、研究者養成を主たる目的とする場合であっても、当該分野の特性に応じて、専門分野の深い研究能力のみならず、関連領域を含めた幅広い知識や社会の変化に対応できる素養を身に付けさせることが重要である。
 他方、高度な技術者等の養成を主たる目的とする場合には、授業科目の履修と論文作成指導による自然科学の基礎知識の教授とともに、知識を実際に活用していく訓練を通じて、科学的知識とそれを展開していく能力を身に付けさせることが必要である。

○ 医療系大学院の博士課程
 医療系大学院は、従来、研究者として自立するに必要な研究能力を培い、医学・医療における特定の専門分野について深い研究を行い得る研究者の養成を行い、また、学術研究を遂行することを主たる目的としていた。しかし、現在における医療系大学院は、これら研究者のみならず、医師・歯科医師など高度の専門性を必要とされる業務に必要な能力と研究マインドを涵養することも求められるようになってきており、医療系大学院が果たすべき機能は多様化している。
 このような状況を踏まえ、今後における医療系大学院の在り方としては、およそ専攻単位程度で、研究者養成を主たる目的としているのか、優れた研究能力等を備えた医療系人材の養成を主たる目的としているのか、その目的と教育内容を明確にすることが必要である。
 特に、医学・歯学系大学院にあっては、専攻や分野の別を超えて、研究者養成と、優れた研究能力等を備えた臨床医、臨床歯科医等の養成のそれぞれの目的に応じて、研究科として二つの教育課程を設けて、大学院学生に選択履修させることが適当である。
 この場合、研究者養成を主たる目的とする場合の教育内容としては、研究者として将来自立できるだけの幅広い専門的知識と、研究手法や研究遂行能力を修得させることが適当である。
 また、優れた研究能力等を備えた臨床医、臨床歯科医等の養成を主たる目的とする場合の教育内容としては、臨床医、臨床歯科医など高度の専門性を必要とされる業務に必要な技能・態度等を修得させるほか、当該専門分野で、主として患者を対象とする臨床研究の遂行能力を修得させることが必要である。

修士課程

○ 修士課程は、幅広く深い学識の涵養を図り、研究能力又はこれに加えて高度の専門的な職業を担うための卓越した能力を培う課程である。

○ 具体的には、1.高度専門職業人の養成、2.知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のある人材の養成を行う課程、あるいは、3.研究者等の養成の一段階として、高度な学習需要への対応等社会のニーズに的確に対応することが求められる。

○ これを踏まえ、修士課程を置く大学院においては、それぞれの修士課程の基本的な方向性・焦点を明らかにし、それに即して、学士課程で培われた教養教育と、これに十分裏打ちされた専門的素養を基に、その専門性を一層向上させていく課程として、その教育内容・方法の充実を図っていくことが求められる。

○ また、修士課程は、多様な社会の要請に応えて教育課程の編成を進めることが必要であり、例えば、社会人の再教育のニーズに対応する短期在学(1年制)コース、長期在学コースの設置等の制度の弾力的な取扱いを有効に活用することなどが考えられる。

※ 下記、線で囲んだ部分については、分野別ワーキング・グループの報告書の内容を記述したものである。

○ 人社系大学院の修士課程
 知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のある人材層の養成に当たっては、主として人社系大学院の修士課程が中核的な役割を果たすことが期待される。その際、生涯学習の機会を広く国民に提供する観点から、特に社会人等の受入れを念頭に置いた専攻を設置することなども必要である。
 さらに、近年、特に東アジア地域において、急速な経済成長等を背景に環境破壊、ゴミ処理、食品安全等が深刻な社会問題となっており、人社系大学院の修士課程においては、こうした国々の行政官等を留学生として受け入れ、再教育する役割が求められている。同様に、国内の公共部門における人材養成への取組も期待されている。

○ 理工農系大学院の修士課程
 1990年代以降、技術者等への就職が学部修了段階から修士課程修了段階に移行してきており修士課程における高度専門職業人養成の役割が今後一層拡大していくと考えられる。
 また、今日、人々の日常生活のあらゆる場面が科学技術と深いつながりを持ち、科学技術社会を幅広く支える多様な人材の養成が求められており、修士課程は、そうした人材養成の役割を果たすことも必要である。
 全ての大学において高い研究水準を有する博士課程を設置することは実際には困難であり、各大学の判断によって、大学院の目的と機能を修士課程における高度専門職業人養成に特化し、必要に応じて、学士課程と修士課程を通じた一貫的な教育活動を展開することも有効である。

専門職学位課程

○ 専門職学位課程は、幅広い分野の学士課程の修了者や社会人を対象として、特定の高度専門職業人の養成に特化して、国際的に通用する高度で専門的な知識・能力を涵養する課程として、明確な役割を担うことが適当である。

○ このため、各分野における専門職学位課程の設置に当たっては、当該課程の基礎となる教育内容・方法等について、大学関係者と関係する業界や職能団体等が、積極的に互いに連携しつつ取り組むことにより、理論と実務を架橋した「プロセス」としての教育を確立していくことが極めて重要である。

○ このような取組などを通じて、例えば法科大学院のような、特定の職業分野を担う人材の養成を行う専門職学位課程として、その基礎となる共通の課程の在り方(標準修業年限・修了要件、教員組織、教育内容・方法等)の社会的定着を図るとともに、制度的にも確立していくことが望まれる。

○ また、このような特定分野に関する共通の課程の在り方が社会的、制度的に確立されることを前提として、当該分野に関する専門職学位課程を修了した者に授与される学位についても、例えば、法科大学院を修了した者に授与される法務博士(専門職)のように、専門職学位として新たな学位の名称が必要か否かを検討することも考えられる。

○ 専門職学位課程は、各種の精巧な職業技術の習得等を主目的とする趣旨のものではなく、「理論と実務の架橋」を図ることにより、国際競争場裡において産業界・実業界等に求められる専門職(プロフェッション)そのものの確立を支え、プロフェッショナル集団を強固に形成する上で重要な役割を果たすことが期待されて発足している仕組みである。これを踏まえ、このことが求められ、見通しが得られる人材養成の分野において、今後ともその発展が期待される。

○ また、専門職学位課程の評価については、社会におけるプロフェッションの発展をにらみつつ、大学に関し深い見識を持つ関係者が、関係する業界、職能団体等を含めた社会の意見を十分に取り入れる形で大学の専門的評価を組織的に発展させていくことが必要である。

※  下記、線で囲んだ部分については、分野別ワーキング・グループの報告書の内容を記述したものである。

○ 人社系大学院の専門職学位課程
 専門職学位課程は、社会の各分野において国際的に通用する高度専門職業人の養成に特化した課程であるが、とりわけ社会科学分野を中心に、今後、その大幅な拡充が期待される。
 その際、設置の構想段階から、大学と関係の業界や職能団体とが十分に連携しつつ、社会の要請を十分に見極めるとともに、同時に、大学院における専門職学位課程として相応しい教育水準が維持されることが重要である。

○ 理工農系大学院の専門職学位課程
 これまで修士課程及び博士課程(前期)において、高度専門職業人を養成してきた実績を踏まえつつ、各大学院が人材養成目的に沿って対応していく必要がある。

○ 医療系大学院の専門職学位課程
 医療疫学、医療経済、予防医療、国際保健、病院管理等の幅広い分野を含む公衆衛生分野の大学院については、高齢化等の進展に対応して、また、医学、歯学、薬学等のヒトを対象とした臨床研究・疫学研究の推進を図るためにも、公衆衛生分野における高度専門職業人の育成が課題となっている。このため、欧米の状況も踏まえ、2年制の専門職大学院として、大学院の整備を進めていくことが必要である。
 なお、米国等におけるメディカル・スクール、デンタル・スクール制度を、我が国に導入することについては、現在進められている医学・歯学の学部教育改革の状況や、卒後初期臨床研修制度及び後期専門研修制度との関連、さらにこの制度の導入による基礎医学・歯学研究への影響などを十分踏まえる必要があるほか、大学学部教育全体への影響など、多角的な検討と十分な議論を必要をすることから、今後、中期的な課題として関係者による十分な検討が必要である。

3 課程制大学院の制度的定着の促進

(1)課程制大学院制度の趣旨に沿った博士の学位授与の確立

 課程制大学院制度の趣旨の徹底を図るとともに、博士の学位の質を確保しつつ、学生が標準修業年限内に学位を取得しやすくなるよう、円滑な学位授与を促進する。
【具体的取組】
● 各大学院における円滑な学位授与を促進するための改善策等の実施(学位授与に関する教員の意識改革の促進、学生を学位授与へと導く教育のプロセスを明確化する仕組みの整備とそれを踏まえた適切な教育・研究指導の実践など)
● 各大学院における学位の水準の確保等に関する取組の実施(学位論文等の積極的な公表、論文審査方法の改善など)
● 国による各大学院の学位授与に関する取組の把握・公表の実施

  なお、現行のいわゆる「論文博士」については、企業、公的研究機関の研究所等での研究成果を基に博士の学位を取得したいと希望する者も未だ多いことなども踏まえつつ、学位に関する国際的な考え方や課程制大学院制度の趣旨などを念頭にその在り方を検討し、それら学位の取得を希望する者が大学院における研究指導を通じて学位取得の機会を得られるような仕組みを検討していくことが適当である。

○ 学位は、学術の中心として自律的に高度の教育研究を行う大学が、大学における教育の課程を修了し当該課程の目的とする能力(博士課程については、専攻分野について研究者として自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力等)を身に付けた者に対して授与するもの、という原則が国際的にも定着している。

○ 学位に関する検討を行うに当たっては、学位が国際通用性のある大学教育修了者の能力証明として発展してきた経緯を踏まえ、課程を修了したことを表す適切な名称の在り方、他の学位との相互関係等を踏まえて慎重に審議していくことが必要である。

博士の学位授与の現状とその改善の方向

○ 博士の学位授与の円滑化については、これまで、学位制度の見直しや関係者自身の意識改革とその自主的努力により、徐々に改善傾向が見られるが、特に人文社会科学系については、未だ不十分である。また、近年では留学生の博士学位授与率が専攻分野によっては低下傾向にある。

○ このような状況を踏まえ、課程制大学院の本来の目的、役割である、厳格な成績評価と適切な研究指導により標準修業年限内に円滑に学位を授与することのできる体制を整備することが必要である。

○ 現在、課程の修了に必要な単位は取得したが、標準修業年限内に博士論文を提出せずに退学したことを、「満期退学」又は「単位取得後退学」などと呼称し、制度的な裏付けがあるかのような評価をしている例があるが、これは、課程制大学院制度の本来の趣旨にかんがみると適切ではない。

○ また、一部の大学においては、博士課程退学後、一定期間以内に博士の学位を取得した者について、実質的には博士課程における研究成果として評価すべき部分が少なくないとして「課程博士」として取り扱っている例も見受けられる。

○ このような取扱いについては、各大学の判断により、何らかの形で博士課程への在籍関係を保ったまま論文指導を継続して受けられるよう工夫するなど、当該学生に対する研究指導体制を明らかにして、標準修業年限と比べて著しく長期にならない合理的な期間内に学位を授与するよう、円滑な学位授与に努めることが必要である。その際、学生の経済的事情を考慮し、博士論文の提出を目指すために標準修業年限を超えて引き続き在学する学生に対して修学上の負担の軽減措置を講ずることなども併せて検討されることが望まれる。

円滑な学位授与を促進するためのプロセス管理等

○ 各大学院においては、円滑な学位授与を促進するため、例えば、以下のような種々の改善策等を実施していくことが適当である。

1.学位授与に関する教員の意識改革の促進
  • 課程制大学院制度の趣旨の徹底を図ること
  • 博士の学位授与の要件として学位論文に特筆すべき顕著な研究業績を求めるのではなく、学位の質を確保しつつ、学位論文の作成は、自立して研究活動等を行うに足る研究能力とその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とするという考え方を再認識した上で、各大学において博士論文の要求水準の在り方についても検討すること
2.学生を学位授与へと導く教育のプロセスを明確化する仕組みの整備
  • コースワーク修了時に学生からの申請に基づき、当該学生が一定期間内に博士論文を提出できる段階に達しているか否かを審査する仕組みを整備すること
  • 学位論文に係る研究の進捗状況に関する中間発表を実施する仕組みを整備すること
  • 学生の研究遂行能力を適切に把握するため、口頭試験を実施するなど、専攻分野等の理解度を確認する仕組みを整備すること
  • 学位審査申請時期を明確化するとともに、年複数回申請できる仕組みを整備すること
3.学位授与へと導く教育のプロセスを踏まえた適切な教育・研究指導の実践
  • 学位論文の作成に関連する研究活動などを単位として認定し、その指導を強化すること
  • オフィスアワーの設定等により確実に論文指導の時間を確保すること
  • 複数の指導教員による論文指導体制を構築すること
  • 留学生に対し英語等による論文作成を認めること
  • 留学生の語学力に対応した適切な論文指導を実施すること

○ また、これらの取組のほかに、各学生の具体の修了要件に係る在学期間は、標準修業年限を基本としつつ、当該学生の個別の能力や事情に応じて弾力的に取り扱うことが制度上可能であることを踏まえ、各大学院においてこれら早期修了や長期履修学生制度の積極的活用も期待される。

○ なお、円滑な学位授与の促進策の一つとして、学位の取得に至るプロセスにおいて、一定の段階に達し、学位取得の見込みがあると認められる者、例えば、各大学院において、必要な単位を取得した者や試験に合格した者について「博士候補」とし、論文作成を本格的に開始することなども考えられる。この場合、「博士候補」の呼称を取得することが目的化して、かえって標準修業年限内に学位を授与するという本来の目的を阻害することのないよう、留意することが必要である。

学位授与のプロセスの透明性の確保等

○ 学位授与の促進を図る一方で、学位の水準や、審査の透明性・客観性を確保することも重要であり、各大学院の自主的・自律的な検討に基づき、例えば、以下の取組を進めることが考えられる。

1.学位論文等の積極的な公表
  • 博士の学位論文の要旨及び当該論文審査の結果の要旨について、ホームページ等容易に閲覧可能な方法を用いて広く社会に積極的に公表すること
2.論文審査方法の改善
  • 論文審査委員名を公表すること
  • 論文審査に係る学外審査委員の積極的登用を図ること
  • 口述試験を公開すること

学位授与に関する国の取組

○ 現在、21世紀COEプログラムの審査・評価に学位授与の状況等が活用されているところであるが、課程制大学院制度の趣旨に即し、さらに「課程博士」の授与の円滑化が進むよう、国は、毎年度、各大学院の取組を把握するとともに、公表していくことが適当である。

論文博士の在り方の検討

○ 大学は、博士の学位を授与された者と同等以上の学力があると認める者に対し、博士の学位を授与することができるとされており、これにより授与する学位のことをいわゆる「論文博士」と呼んでいる。

○ これについては、1.学位は、大学における教育の課程の修了に係る知識・能力の証明として大学が授与するものという原則が国際的にも定着していること、2.国際的な大学間の競争と協働が進展し、学生や教員の交流や大学間の連携など、国際的な規模での活動が活発化していく中にあって、今後、制度面を含め我が国の学位の国際的な通用性、信頼性を確保していくことが極めて重要となってきていることなどを考慮すると、諸外国の学位制度と比較して我が国独特の論文博士については、将来的には廃止する方向で検討すべきではないかという意見も出されている。

○ 一方、この仕組みにより、大学以外の場で自立して研究活動等を行うに足る研究能力とその基礎となる豊かな学識を培い、博士の学位を授与された者と同等以上の学力があると認められる者に対して博士の学位を授与することは、生涯学習体系への移行を図るという観点などから一定の意義があると考えられる。

○ また、博士学位授与数に占める論文博士の割合は減少傾向にあるものの、他方で、企業、公的研究機関の研究所等で相当の研究経験を積み、その研究成果を基に、博士の学位を取得したいと希望する者も未だ多いことや、論文博士と課程博士が並存してきた経緯を考慮することも必要である。

○ これらのことを踏まえ、論文博士については、学位に関する国際的な考え方や課程制大学院制度の趣旨などを念頭にその在り方を検討していくことが適当である。

○ なお、論文博士の在り方の検討に当たっては、相当の研究経験を有している社会人等に対し、その求めに応じて大学院が研究指導を行うことなどを通じて学位取得の機会を得られるような仕組みを併せて検討することが適当である。その際、例えば、博士課程短期在学コースの創設等の検討や、現在、日本学術振興会において、アジア諸国を対象とした「論文博士号取得希望者に対する支援事業」が実施されていることとの整合性についても留意することが必要である。

○ また、論文博士については、戦前の博士号のイメージを引きずった碩学泰斗型のもの、企業の技術者等がその研究経験と成果を基に学位を取得したもの、教育研究上の理由等により標準修業年限内に学位取得に至らなかった者がその後論文審査に合格して学位を取得したもの、といった性格の異なるタイプのものが混在しており、今後、その在り方を検討するに当たっては、これらについて考え方を整理した上で適切な取扱いを検討することが必要である。

(2)大学院の人材養成目的に即した教育体制の整備

  大学院教育の組織的展開を強化していくためには、各大学院のそれぞれの人材養成上の目的・役割及びこれに基づいて学生に身に付けさせるべき能力等の教育目標を明確にし、これらに即した体系的なカリキュラムの提供、その責任ある実践のための人的・組織的体制、物的環境を整えることが重要である。
このため、これらの取組状況と成果が各大学院において社会的に明示されるよう制度の整備を図るとともに国による支援を推進する必要がある。

【具体的取組】
● 各大学院の人材養成に係る目的の明確化(大学院設置基準の改正)
● 各大学院における教育の実質化の取組に対する国の重点的支援と情報提供の推進
● 「助教」の新設に伴う大学院の教員組織体制の見直し
● 博士課程、修士課程における研究指導教員の取扱いの明確化(大学院設置基準の改正)

各大学院の課程の目的の明確化に関する大学院設置基準の改正

○ 国際的に魅力ある大学院教育の展開に向け、各大学院は、どのような人材を養成しようとするのか、その目的や役割を明確にすることが重要である。それに即して、多様な形で教育研究体制の構築や教育研究活動が責任を持って実施されるよう促進方策を講じる必要がある。

○ このため、各大学院は、各専攻ごとに、どのような人材を養成しようとするのかを学則、研究科規則等において具体的に明らかにするとともにその内容を積極的に社会に公表しなければならないとすることとし、そのための関係規定を大学院設置基準に新たに置くことが適当である。

○ さらに、関係する教職員が、養成しようとする人材像についての認識を組織的に共有し、学生に修得させるべき知識・能力の具体化を図るとともに、社会の要請等に的確に対応した人材養成を行っているかどうかを確認していくよう努めることが重要である。

○ 各大学院の人材養成の目的等を組織的に明らかにしていくことは、大学院評価の基準(ベンチマーク)を明確化する役割を果たすことや、学生の大学院への進学の見極め、修了生のキャリアパスの形成にも資するものと考えられる。

魅力ある大学院教育の展開・普及(グッド・プラクティス(GP)型事業)

○ 大学院教育の多様な発展を図るため、国において、各大学院におけるそれぞれの課程の目的に即した多様な形での教育研究体制の構築や教育研究活動の組織的展開(実質化)を行う意欲的かつ優れた取組への重点的支援を行うとともに、それらの事例を広く社会に情報提供し、大学院教育の改善に供する事業(グッド・プラクティス(GP)型事業)を推進していくことが必要である。

「助教」※の新設に伴う大学院の教員の組織体制の見直し

○ 現在、大学制度における職制の創設が提案・構想されている「助教」は、各大学の判断により、大学院の授業科目を担当したり、大学院学生の研究指導に関わることができることとなっており、大学院設置基準及び専門職大学院設置基準上、大学院に最低限置くことが必要な「研究指導教員」、「専任教員」に含めることができるものである。

○ 各大学院においては、「助教」の職の新設の趣旨を十分に踏まえて、大学の個性や学問分野の特性を考慮しつつ、今後の教員の役割分担及び組織的な連携体制を確保できるよう、教員組織を見直していくことが必要である。

※ 「我が国の高等教育の将来像」(平成17年1月中央教育審議会答申)において、大学の教員組織の見直しとして、自ら教育研究を行うことを主たる職務とする新しい職として、「助教」を設けることが提言され、これを受け、現在、関係法案が国会に提出されている。

博士課程、修士課程における研究指導教員の取扱いの明確化

○ 現在、各大学院においては、博士課程を前期と後期に分ける積上げ方式、修士課程と博士課程(一貫制、区分制)を別々に設置する並列方式などの課程の設置方式を採ることが可能となっている。

○ 並列方式は、本来の博士課程、修士課程の目的に即したカリキュラムの編成がしやすくなるなどの利点を有するが、当該課程を編成する専攻ごとに担当教員を配置する必要があり、積上げ方式に比べてより多くの教員が必要となることから、この方式の導入は進んでいない。

○ このため、平成12年度から、各大学院が並列方式を採用しやすくなるよう、大学院を担当する教員を修士課程と博士課程の専攻それぞれ一つまでは、研究指導教員として取り扱うことができるようにしているところであるが、これについて、大学設置の準則主義の観点から、大学院設置基準上、明確化することが適当である。

○ これにより、大学院を担当する教員が二つの専攻(修士課程、博士課程)の研究指導教員として学生の教育・研究指導を行うことが可能となるが、各大学院がこの方式の導入を図るに当たっては、学生への教育・研究指導体制の十分な確保が求められる。

○ それに関連して、例えば、各大学院の自主的な検討に基づき、教員の組織的な役割分担や学問分野等を踏まえ、教員の時間配分の組織的な管理を促進することなども必要であると考えられる。

4 知識基盤社会に相応しい大学院教育の規模の確保

 今後の大学院教育の量的規模の方向性については、社会人、留学生の入学者を含め、高度専門職業人養成に対する期待など進学需要の増加傾向に合わせ、全体として、着実な増加傾向になると予想される。この傾向は、今後の知識基盤社会の到来を展望すると、一般的には望ましいものと考えられる。

○ 今後の大学院教育の量的規模の方向性について展望すると、一部の専攻分野において学士課程の修了者等の大学院進学率の伸びの鈍化が起こっているが、社会人の入学者を含め、高度専門職業人養成に対する期待など進学需要の増加傾向に合わせ、全体としては、着実な増加傾向になると予想される。この傾向は、今後の知識基盤社会の到来を展望すると、一般的には望ましいものと考えられる。

○ 全体的な方向性のみならず、分野別の動向についても注視し把握することが必要であるが、その際、本審議会答申「我が国の高等教育の将来像」を踏まえ、主として18歳人口の増減に依拠して高等教育規模を想定しつつ需要調整を図るといった従来の政策手法をとることは適切ではない。

○ 今後ますます多様化・複雑化し、変化の速度を増していく人材需要に対しては、国が一元的に調整するのではなく、各大学院が、大学院教育に対する社会の諸要請を的確に踏まえつつ、競争的環境の下で自主的・自律的な検討に基づく機能別分化の流れの中で、自らの果たすべき役割を基に新たな専攻等の設置・改組の対応を柔軟かつ機動的に図ることが基本であると考えられる。

○ また、全体として、大学院の規模が拡大していく中で、各大学における大学院と学部の規模の関係については、18歳人口の動向やそれぞれの大学が社会の中で果たすべき役割を再認識し、各大学の自主的選択に基づく個性化、特色化により、大学の機能別分化が進んでいく状況の中で、各大学の責任において十分検討する必要がある。

○ 産業界等においても、それぞれの業種などに応じて、自らの大学院教育に対するニーズを明確かつ具体的に示すことや、年齢等にかかわらず、課題探求能力等の実力を適正に評価して人材の登用を行うなど、今後の知識基盤社会における国際的な競争に耐えられる職務体制・人材の配置などの構造改革に向けた努力が求められる。

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