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このように大学改革は進展してきたところであるが,その過程で大学改革の課題がより明確に認識されるようになってきた。また,1990年代後半に入り,知識基盤社会への移行等により大学の教育・研究機能に対する社会の期待が極めて大きくなったきた。それにもかかわらず,大学教育は逆に18歳人口の急激な減少に伴う大衆化(進学率の急激な上昇)や高校教育の多様化等によりその質について大きな不安を抱えることとなり,高等教育の質の確保が改めて大きな課題になった。特に,大学の人材養成機能については,オン・ザ・ジョブ・トレーニングを前提に,企業が大学に求めているのは入試を軸としたふるい分けに過ぎないとの指摘もあった。しかし,企業内教育機能が低下すると同時に知識基盤社会においては企業で活動する上でも汎(はん)用性の高い知識を持ち自ら課題を探求し解決できる能力がますます必要となったことから,大学の人材養成機能に対する社会の期待は極めて高くなった。 |
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大学審議会は,このような問題に対するトータルの改革方策を示すために,平成10(1998)年に「21世紀の大学像と今後の改革方策について」答申し, 「課題探求能力の育成」という大学教育の目標の明確化, 各大学が特色ある教育・研究を自ら創意工夫して展開できるようにその裁量を拡大, 拡大した裁量をしっかりと使いこなせる責任ある組織運営システムの確立, 各大学に対する多元的な評価システムの確立,を提言した。すなわち,それまでの大学審議会を軸にした大学改革の展開や問題点を整理し,大学改革がよりダイナミックに進展するために,今後の改革方策を構造的に体系化して示したのである。 |
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これにより,平成11(1999)年には学士課程を3年以上の在学で終えることが可能となるとともに,国立大学の組織運営体制の確立を図るための国立学校設置法等の改正が行われた。また,平成12(2000)年には大学の教育・研究の特性に十分配慮した第三者評価を行うための専門的な機関として「大学評価・学位授与機構」が創設されるなど,様々な制度改正が行われたところである。 |
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この「21世紀の大学像と今後の改革方策について」以降,大学の教育・研究機能への高い期待を背景に,その基本的な考え方を踏まえて,国立大学制度や学校法人制度,設置認可,大学院制度といった大学制度の根幹についての根本的な見直しが行われた。この結果,高等教育制度の基本にわたる構造的な改革が,平成16(2004)年から一斉にスタートすることとなった。 |
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すなわち,国立大学の法人化,公立大学法人制度の創設,学校法人制度の改善のための私立学校法改正など大学の組織運営改革のための制度改正が国公私を通じ出そろった。例えば,人事・会計上の規制を撤廃するとともに,学外有識者も参画した学長中心の責任ある意思決定が可能な経営体制を確立した上で,第三者評価や情報発信の徹底を図る国立大学の法人化は,130年間続いた国の行政機関の一部としての国立大学を独立した法人とし,平成10(1998)年の大学審議会答申で提言された4本の改革サイクルを国立大学の管理運営に内在化させたものと言うことができる。 |
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さらに,法科大学院,認証評価が発足するとともに,予算上も「21世紀COEプログラム」や「特色ある大学教育支援プログラム」が充実するなど,各大学が自らの個性を伸ばしつつ切磋琢磨(せっさたくま)する競争的な環境が醸成されることとなった。
特に,認証評価制度の導入は,設置認可の弾力化と相まって,臨時教育審議会以来志向してきた大学の評価と大学情報の公開を軸にした高等教育の質の維持・向上システムへと踏み出した大きな改革である。
また,法科大学院を含む専門職大学院制度は,戦後大きな課題を抱えてきた我が国の大学院が,研究者だけではなく高度専門職業人を育てるためのしっかりとした教育課程を有する「課程制」のスクールへと大きく変貌(ぼう)する契機となっている。大学院が,「高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培」(学校教育法第65条)うことに真正面から取り組むことは,特に社会科学系の大学院教育の大きな変革であることはもちろんのこと,学部教育にも大きな影響を及ぼすことが考えられる。 |
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知識基盤社会への移行は,大学が本来有すべき国際性や国際的な通用性が大学の個性的で特色ある発展にとって極めて重要であることを改めて認識させることとなった。学術研究分野での国際的な激しい競争だけではなく,大学教育が国境を越えて提供される中で,大学が教育研究活動全般にわたって国際的な環境において国外の大学をも意識しながら切磋琢磨(せっさたくま)することが求められている。この点が,大学において改革の機運が大きく高まり,魅力ある教育・研究の展開や責任ある組織運営体制の確立に向けて各大学が積極的な取組を図っている一つの大きな背景となっている。 |
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19世紀ドイツ以来の「フンボルト的大学観」は我が国の大学の在り方に大きな影響を与えてきた。この考え方は,研究と教育を一体として結合させるという大学の本質を明確にする役割を果たしてきたものの,大学人を第一義的に研究者であると自己規定し,研究成果の披瀝(ひれき)が最高の教育であるとする考え方は,主として少数エリートに対する大学教育の時代を前提として成立するものであり,21世紀の今日ではもはや歴史的意義を有するに止まるのではないか。フンボルト以外にも注目すべき大学観として,例えば,オルテガが,1930年頃のスペインの社会状況を前提として大学の使命を 教養教育, 専門職業人養成, 「それに加えて」科学としたものや,米国のクラーク・カーが,著書『大学の効用』(1963年初版)の中で現代の大学を教育・研究・社会サービスの多機能を持った「マルチバーシティ」と考えたこと等が挙げられる。大学観も時代や社会状況に応じて変貌(ぼう)していくべきものと考えられる。 |
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今日,国公私立大学を通じて全学的な戦略を持って取り組む各大学の教育・研究上の創意工夫を支援する仕組みは着実に整備されており,競争的な環境の中で各大学が具体的にどのような戦略を描き,行動するかが極めて重要になってきている。各大学が自らの戦略を構築し進路を定めるに当たっての,ある種の海図(チャート)として,高等教育の将来像が今まさに求められるゆえんである。 |