ここからサイトの主なメニューです


中央教育審議会 第二十二回答申(昭和四十六年六月十一日)


第一編   学校教育の改革に関する基本構想(高等教育関係抜粋)

第三章   高等教育の改革に関する基本構想

第一    高等教育改革の中心的な課題
一       高等教育の大衆化と学術研究の高度化の要請
      多様な教育プログラムと,学術研究の質的向上
二       高等教育の内容に対する専門化と総合化の要請
      高等専門職業教育と,総合的能力と基礎的教養の育成
三       教育・研究活動の特質とその効率的な管理の必要性
      学問の自由の確保と,組織の合理化・管理機能の効率化
四       自主性の確保とその閉鎖性の排除の必要性
      教育研究の自主性の制度的保証と,社会へ開かれた大学の確立
五       高等教育機関の自発性の尊重と国全体としての計画的な援助・調整の必要性
      自発的改革の制度的尊重と,国の長期計画

第二    高等教育改革の基本構想
一       高等教育の多様化
   高等教高等教育機関の育機関の種別化と,目的別教育課程の類型化
(一)    第一種の高等教育機関(仮称「大学」)
(A)    専門的な教養教育(総合領域型)
(B)    基礎学術または専門技術の系統的教育(専門体系型)
(C)    特定専門職の学理および技術教育(目的専修型)
(二)    第二種の高等教育機関(仮称「短期大学」)
(A)    一般社会人の教養教育(教養型)。
(B)    専門職の知識および技術教育(職業型)。
(三)    第三種の高等教育機関(仮称「高等専門学校」)
   特別な目的のための,後期中等教育段階を含めた五年程度の一貫教育
(四)    第四種の高等教育機関(仮称「大学院」)
   第一種機関修了者等を対象とする二〜三年程度の高等教育機関
   特定専門分野の高等学術の教授,一般社会人に対する再教育
(五)    第五種の高等教育機関(仮称「研究院」)
   博士学位の取得に相応しい高度学術研究の研究修練と研究指導の場

二       教育課程の改善の方向
   第一種,第二種の高等教育機関の教育課程:
      機関の目的・性格に応じた総合的または特殊専門教育課程に再編成
      従前の一般教育も,専門教育課程に応じて改善

三       教育方法の改善の方向
(一)    放送,VTR等の積極的活用による質的な水準の向上と効率化
(二)    少人数演習・実験などの増強,講義内容の消化と応用能力の増進
(三)    体育的,文化的活動の指導センターによる指導と援助

四       高等教育の開放と資格認定制度の必要
  ・ すべての高等教育機関における再教育のための受け入れを容易化
  ・ 学校教育の伝統的な履修形態以外の方法による教育の機会を拡充
  ・ 個別認定単位の一定基準取得者への,高等教育資格の授与
  ・ 学士の称号および修士・博士の学位について,種別の廃止または簡素化

五       教育組織と研究組織の機能的な分離
  ・ 教員組織は,学生教育の実施組織として整備
  ・ 高等教育機関の目的・性格にふさわしい研究の環境の整備
  ・ 第四種および第五種(「大学院」および「研究院」)では,教育上組織と研究上組織と区別。

六       第五種の高等教育機関(「研究院」)のあり方
  ・ 通常,専任の教員を含む教員組織
  ・ 他の機関に併置する場合,必要十分な研究指導体制を備えた第四種の高等教育機関(「大学院」)または研究所のいくつかに置く。

七       高等教育機関の規模と管理運営体制の合理化
  ・ 高等教育機関は教育機関としての適切な規模を維持。
  ・ 研究上では,高等教育機関や研究所との連携協力関係による活発な交流。
  ・
理運営:内部組織の割拠を避け,自主的・自律的な運営体制を確立
学長を中心とする中枢的な管理機関の設立
中枢管理機関による全学的な計画・調整・評価の機能を重視。
必要に応じた学外の有識者や学生の声を管理運営に反映。

八       教員の人事・処遇の改善
  ・ 機関の目的・性格と教育・研究組織上の地位とにふさわしい教員の確保。
  ・ 教員の選考や業績評価について学外専門家の参与。
  ・ 任期制,出身者採用数の制限。
  ・ 優秀な人材の確保と流動性の向上のため,給与や待遇の抜本的改善。

九       国・公立大学の設置形態に関する問題の解決の方向
  ・ 国・公立の大学と設置者との関係を明確化
  ・ 真に自律性と自己責任をもつ運営に向けた大学の目的・性格に応じた改革
(一)    一定額の公費の援助を受けて自主的に運営し,それに伴う責任を直接負担する公的な性格をもつ新しい形態の法人。
(二)    大学の管理運営の責任体制を確立するとともに,設置者との関係を明確化するため,大学の管理組織に抜本的な改善を加える。

十       国の財政援助方式と受益者負担および奨学制度の改善
  ・ 国の長期教育計画にもとづき,適当な私立高等教育機関に対して,目的・性格に応じた合理的積算による標準教育費の一定割合の助成金交付
  ・ 国・公立高等教育に対する財源交付に対する同様の方式の準用を検討
  ・ 教育の機会均等と必要な分野への人材誘致のため,国家的奨学制度に関する根本的な検討の必要性。
  ・ 高等教育機関の社会的な役割に対応して,国以外の一般社会からも大幅な資金的援助が獲得可能とすべき。

十一    高等教育の整備充実に関する国の計画的な調整
  ・ 国による長期計画の策定。
全体規模,教育機関の目的・性格による区別・専門分野別の収容力の割合,地域的配置など)
  ・ 長期計画の実現を推進する公的な新しい体制を確立
  ・ 基本構想による高等教育の改革と整備充実。

十二    学生の生活環境の改善充実
  ・ 課外活動の充実や生活環境の整備によって豊かな学生生活の保障。
  ・ 学生の人間形成を助長する方策の促進。
  ・ 学寮および学寮に代わる共同生活の教育的意義の他の方法の充実。
  ・ 機関および国による適当な食・住の便宜を供与する生活環境の整備。

十三    大学入学者選抜制度の改善の方向
(一)    高等学校の学習成果を公正に表示する調査書を基礎資料とした選抜。
(ニ)    広域的な共通テストを開発,高等学校間の評価水準の格差の補正。
(三)    必要に応じて,総合的な判定の資料として,大学側が専門分野で重視される特定能力のテスト,または論文テストや面接を実施。


第二編   今後における基本的施策のあり方 (高等教育関係抜粋)

第一章    総合的な拡充整備のための基本的施策
      注: 基本構想I
基本構想II
:第一編第二章第二の「初等・中等教育改革の基本構想」
:第一編第三章第二の「高等教育改革の基本構想」

三   教員の資質の向上と処遇の改善
   この「大学院」は,今後におけるわが国の教育水準を高めるため重要な任務をもつものであるから,それにふさわしい第一級の権威者を迎えて新しく創設する必要がある。そこにおける再教育は,教職におけるすぐれた実績にもとづいて任命権者が推薦した現職者に対して,二年間,教職に必要な高度の一般的・専門的な教養に加えて,教育課程の理論,教育に関する実際的な指導技術,教科の専門的な教育方法または学校経営について研究修練を行なわせるものとすべきである。
   さらに,これまで行なわれている国および任命権者による教員の研修を体系的に整備し,教員が進んでその資質の向上に努める機会を拡充することが重要である。
   このようなきびしい不断の修練を必要とする教員の職制・給与・処遇は,それにふさわしく改善されなければならない。また,基本構想IIの八で述べた高等教育の教員の給与・処遇の抜本的な改善も同時に行なわれなければならない。本審議会としては,それらについて下記のような改善措置を講ずる必要があると考える。政府としては,この趣旨にそって専門的・技術的な検討を行ない,教員の資質向上のための各種の施策とあいまって,できるだけすみやかにその実現をはかるべきである。
「職制・給与・処遇に関する改善措置」
   (三)    教員の研修を体系的に整備し,その適当な課程の修了者には給与上の優遇措置を講ずる。また,教頭以外の校内の管理上,指導上の職務に従事する者についても特別の手当を支給する。
   (四)    第一種,第四種および第五種の高等教育機関(「大学」,「大学院」および「研究院」)の教員については,助手(基本構想IIの五の〔説明〕参照)の初任給は教諭と同等とする。講師以上の給与は,教育・研究者として優秀な人材を確保できるよう高い水準とし,早い時期に最高給に近づくことができる体系とすべきである。なお,教授の最高給は,一般行政職の最高給まで到達できるものとする。この場合,教員の教育的・研究的努力が適切に助長されるような給与制度を考慮することが望ましい。
   (五)    第二種および第三種の高等教育機関(「短期大学」および「高等専門学校」)の教員の給与は,「大学」に準じたものとする。
   (六)    教員の処遇の改善は,給与のほか,研修休暇,住宅,税制上の特典などについても考慮する。とくに高等教育の教員には,海外留学制度を拡充し,また,長期間研究に専念できる制度を創設する。

四   高等教育の改革と計画的な整備充実の推進
   政府は,高等教育の改革を促進するよう制度を弾力的なものに改めるとともに,高等教育の整備充実に関する国の基本計画を策定し,段階的に目標年次を定めて,必要な新しい高等教育機関の設置と改革案の決定した既設のものの改組充実に対して,優先的に財政支出を行ない,高等教育全般の改革をできるだけすみやかに実現すべきである。そのためには,高等教育の改革と計画的な整備充実に関する行政体制を整備するとともに,政府と既設の大学・短期大学との緊密な協力関係をまず確立すべきである。
〔説明〕   高等教育について基本構想IIで述べたような改革を進めることは,既設の大学・短期大学を具体的にどのように改組し,その整備充実をはかるかということと切り離しては考えられない問題である。しかもそれらは,各大学の努力だけでも,また,政府の制度上の改革だけでも,その実効を期しがたい問題である。すなわち,政府と大学・短期大学の当事者がそれぞれの役割を分担し,互いに協力することが,この改革を進めるための基礎的な条件である。
   この場合において政府の果たすべき役割は,(a)   基本構想IIの一で述べた高等教育の多様化を促進するため必要な法令を改正し,各大学の創意とくふうによる新しい教育課程の試行を認めるよう設置基準の運用を弾力化すること,(b)基本構想IIの十一で述べたように,国・公・私立にまたがる全高等教育機関の整備充実に関する国の基本計画を策定すること,(c)段階的に目標年次を定めて,準備の整ったものから重点的に財政支出を行なって先行的に整備充実を進め,高等教育全般の改革を促進することである。
   ここにいう基本計画とは,高等教育の全体規模,教育機関の目的・性格による区別,専門分野別の収容力の割合,地域的配置などについて長期の目標を定めたものであり,今後における高等教育機関の設置認可の指針であると同時に,国としてその整備充実に必要な財政支出を行なう対象の範囲を示すものでなければならない。また,この基本計画の策定にあたっては,地域内における教育機関の連携協力によって教育・研究活動の発展をはかることを基本的な前提とすべきである。すなわち,その地域内では,各教育機関がそれぞれ独自の特色をもって整備充実され,学生の教育や教員の研究を効果的にするための人的な交流が活発に行なわれなければならない。とくに,そこにおける第四種・第五種の高等教育機関(「大学院」・「研究院」)は,特定の第一種の機関(「大学」)だけに接続するものとはせず,地域内の各「大学」を包括する研究体制の中枢的な役割を果たすことを原則とすべきである。
   このような基本計画にもとづく改革の実施には,いろいろなものが含まれる。これまでになかった新しい構想による高等教育機関の新設や特定の社会的需要にもとづく高等教育の拡充などは,政府が積極的にその推進をはかるべきものである。しかしながら,もっとも重要なものは,既設の高等教育機関の改組充実であり,これを大学当事者との緊密な協力によって実現することは,政府の重大な任務である。
   この場合における既設の大学・短期大学の役割は,弾力化された設置基準に即し,かつ,国の基本計画のわく内において,地域内の各教育機関との連携協力を前提として,その目的・性格や教育課程においてどのような特色を発揮すべきかについて,自発的に創意をめぐらし,その改組充実の方向について政府と協議し,具体的な結論を生み出すことである。
   このような政府と大学当事者との緊密な協力による改革の推進には,双方の積極的な意欲と根気強い努力が必要であろう。しかし,急速に変動する社会は,高等教育の改革をいつまでも猶予することを許さない。したがって,政府は法制の整備の時期,政策的優先度などを考慮して,段階的に目標年次を定め,できるだけすみやかに高等教育の改革を実現しなければならない。
   上述のような政府の役割を適切に果たすためには,文部省自体の内部組織に必要な改革を行なうとともに,(a)国の基本計画の策定とその実施計画の大綱,(b)実施成果の評価,(c)大学の設置基準のあり方と設置認可,(d)既設の大学・短期大学の改組充実方針について,文部大臣に答申または建議を行なう新しい審議機関を設ける必要がある。また,国・公立の大学および短期大学の改革については,全学の意思を結集して改革案を取りまとめ,その実現を強力に推進する一貫した指導性の確立が重要な要素である。したがって,学長を助けて改革の仕事に相当な期間専念できる常任の委員を置くことができるよう措置すべきである。
   このような行政体制の整備,国・公立の大学および短期大学の常任委員の設置,上述のような基本計画の策定および既設の大学・短期大学の改組充実に関する政府と大学との協力関係など,大学改革を推進するために必要な体制の確立については,政府は所要の立法措置を講ずることも検討すべきである。

五   国・公立大学の管理運営に関する制度的な改革
   政府は,これまでの国・公立大学の管理運営には幾多の欠陥のあることが指摘されており,その根底には,現行の設置形態がかえって真に大学の自律性と自己責任による運営の発展を妨げている面もあることに留意し,前項による高等教育の改革を推進する過程において,学内管理の合理化と新しい理事機関の設置または大学の法人化のために必要な法制の整備を促推すべきである。
〔説明〕   本審議会は,昭和三十八年一月および昭和四十四年四月の答申において,国・公立大学の管理運営には幾多の欠陥のあることを指摘した。とくに大学紛争を契機として,大学の組織の複雑化,巨大化に対応して,大学における公的な意思決定を適切に行ない,それを的確に実施する機能がじゅうぶんに発揮されていないことがいっそう明白となった。これに対する大学当事者の反省や一般社会の批判によって,その改善が検討され始めたが,今日までほとんど具体的な成果はあがっていない。
   これまで,大学の内部管理に関する法制はじゅうぶんには整備されず,多くは各大学の慣行に任されてきた。その結果,割拠的な学部自治の考え方が大学全体の管理運営の立場と衝突したり,学外に対する閉鎖的な自治意識が一般社会の意見を謙虚に受け入れることを妨げたりすることが多く,そのような多年の慣行が,今日でも大学の自律的な改革を困難にしていると思われる。
   本審議会は,基本構想IIの九において,このような欠陥が生じる根源には,現行の設置形態の問題があることを指摘した。しかしながら,この問題の解決には,政府と大学との間の基本的な信頼関係が不可欠であり,それを深める努力がまず先行しなければ,この多年の慣行を改める制度改革は実効を期しがたい。
   本審議会が前項で提案した大学改革の推進体制を整備し,その実施を進める過程は,まさに政府と大学との緊密な協力によって,そのような信頼関係を確立する好機である。改革案を取りまとめ,それを実行に移し,その実現をみるまでの過程において,何が大学の自主的判断の範囲であり,何が政府の役割かを具体的に明らかにし,両者の正しい協力関係を確立しなければならない。
   このような政府と大学との緊密な協力関係の中で,政府は確信をもって大学の内部管理体制と設置形態の改革に関する必要な法制の整備を提案し,その実現をはかるべきである。その場合,大学の内部管理体制の合理化については,基本構想IIの七および本審議会の昭和四十四年四月の答申の趣旨によるべきである。その際とくに重要な問題は,基本構想IIの五に述べた教育組織と研究組織の機能的な分離について検討し,基本構想IIの八で述べた教員人事の閉鎖性の打破を実現することである。それを制度上保障するためには,たとえば,同一大学内の継続勤務年数に限度を設けること,職種ごとに最高年齢を定めること,期限付きの任用ができるようにすることなど,人事制度の改革を行なうべきである。なお,四項で述べた地域内の大学の連携協力組織は,大学間の人事交流を活発にするうえに重要な役割を果たすであろう。
   また,大学の設置形態の改革について基本構想IIの九で提案した「新しい形態の法人」とは,通常の特殊法人とは異なり,国の財政援助は,基本構想IIの十に述べた標準教育費による定額補助の方式によるものとし,事業計画・給与水準・収入金については相当大幅な弾力性が認められ,自主的な運営努力によって独自の特色を発揮できるようにしようとするものである。また,「新しい管理機関」の提案は,設置者から大幅な権限の委任を受けて責任をもって管理運営にあたる理事機関を大学の中に創設し,事務配分の合理化によって,大学と設置者との間の管理上の責任と権限の所在について,疑義が生じないようにしようとするものである。
   これらのいずれの形態をとる場合にも,国・公立大学の公的な性格にかんがみ,その理事機関は,大学内部から選ばれた者のほか,設置者が選んだ者,学外から選ばれた適任者を含む三者構成とすべきである。

六   教育の機会と教育条件の保障に関する総合的な施策
   政府は,すべての国民に対してその能力に応ずる教育の機会を均等に保障するとともに,教育条件にいちじるしい格差が生じないよう措置することに,その重大な任務があることに留意し,奨学制度の充実,必要な教育機関の拡充と適正な地域配置および私立学校に対する助成について,抜本的な施策を講ずべきである。
〔説明〕   わが国の奨学事業は,その長い歴史にもかかわらず,今日では,教育の機会均等を保障するためにも,また国家社会の必要とする分野に人材を確保するためにも,なおじゅうぶんな効果をあげているとはいえない。政府は,次に述べる諸施策との関連を深く考慮し,奨学制度のあり方を根本的に再検討すべきである。
   教育の機会均等の趣旨を徹底する第一歩は,必要な教育機関を拡充するとともに,その地域配置を均衡のとれたものとすることにより,収容力や地理的条件によって教育を受ける機会が大きく左右されないようにすることである。基本構想Iの六,七で述べた幼稚園教育の普及充実と特殊教育の拡充整備および基本構想IIの十一で述べた高等教育の計画的な整備充実は,そのような観点から政府としてまず力を注がなければならない重要な施策である。
   ところが,教育の機会がどれほど用意されても,実際の就学が能力・適性以外の要因によって妨げられたり,受けられる教育水準や修学上の経済的負担にいちじるしい不均衡があったりすれば,機会均等の本来の趣旨は生かされているとはいえない。今日,幼稚園・高等学校・大学・短期大学については私立学校が大きな役割を占め,国・公立の学校との間の教育条件や修学上の経済的負担の格差がしだいに増大していることが大きな問題となっている。また,大学進学率が家庭の所得水準によっていちじるしく相違していることも重大な問題である。
   今日の状況では,私立学校当事者の努力だけでは,その経済的基盤の制約のため,教育を受ける者に相当重い経済的負担を求めないで教育条件を改善することは,きわめて困難である。しかも,今日の私立学校の大部分は,特別な希望者だけを対象とするものでなく,修学上の経済的負担の水準にも限度があるため,結果としては教育条件の一般的な低下を免れない。
   本審議会は,このような現状を改めるため,政府の私学政策に新しい転換が必要であると考える。すなわち,私立学校の自主性はあくまで尊重しながら公教育の機会と教育条件の保障に対する国民の要請にこたえるため,私立学校との間に新しい関係を樹立すべきであると考える。その具体的な方法は,公教育に対する国民の要請に対応して次のような各種の私学助成の方式を用意し,私立学校が自主的にそれを選択できるようにすることである。
   「方式A」   公的な教育計画にもとづき,公立の学校とともに,地域住民に対して教育の機会を均等に保障する役割を分担しようとする場合,その教育条件の確保と修学上の経済的負担の水準および通学圏・収容力について,公的な調整を受けることを条件として,公立の学校と同等程度の財政援助を経常的に提供する。
   「方式B」   公的な教育計画にもとづき,一定水準以上の教育の機会を一定量確保する役割を分担しようとする場合,または,特定の専門分野の人材育成の役割を分担する場合,その教育条件の確保と修学上の経済的負担の限度および収容力について公的な調整を受けることを条件として,国・公立の学校に準ずる財政援助を経常的に提供する。
   「方式C」   公的な教育計画の範囲内で,適当な教育条件のもとに特色のある教育を担当しようとする場合,その援助の効果について定期的に厳正な評価を行なうことを条件として,合理的に積算された標準教育費の一定の割合を助成金として交付する。
   「方式D」   社会的要請にもとづく特定分野の教育・研究を振興するため,公的な計画にもとづき,特定の経費を指定して奨励的な補助金を交付する。
基本構想Iの五,六およびIIの十でこれらの私学助成の方式について述べたが,いずれの方式がどの学校段階にふさわしいかは固定的に考えるべきではなく,同じ学校段階でも異なる方式を選択できるようにする必要があろう。
   現在行なわれている私学助成は,私立学校の当面の問題を緩知するうえに一応の効果をあげており,その拡充が強く要請されているが,今後,わが国の学校教育全体の健全な発展を期するためには,なるべく早い時期に上述のような方式を確立すべきである。そのためには,方式A,B,Cについて,まず公的な教育計画を樹立することが先決である。
   上述のような私学助成の方式のうちいずれをとり,その財政援助の水準をどの程度とするか,また,私立学校との間の格差の縮小に配慮して,国・公立の学校に対する公費の負担をどの程度とするかによって,受益者負担額の水準が定まる。その負担額の水準と国民の所得水準の相対的な関係から,教育の機会均等を保障するために必要な奨学事業の規模が定まる。政府は,今後,国・公立の学校と私立学校に対する財政支出を検討する場合には,それと不可分の関係にある奨学事業の規模を総合的に検討すべきである。
   その際,約半数の者が自宅を離れて進学する高等教育については,学生の食・住に関する生活環境の整備が奨学事業と密接な関係をもっている。したがって,基本構想IIの十二に述べた考え方によって,学寮をその本来の目的に向かって改善充実するとともに,それによりがたい場合には,個人との契約にもとづく厚生福祉事業としての学生宿舎の整備を促進すべきである。今日,既設の学寮のうち多くの問題をかかえているものは,そのいずれの方向に充実整備すべきかについて,すみやかに方針を決定すべきである。
   教育の機会均等をいっそう徹底するため,就学前教育および後期中等教育の段階まで義務教育の年限を拡張すべきだとの意見がある。本審議会としては,国民に就学の義務を課することは,その教育の目標とするものが全国民の教育として必須のものであり,すべての者に例外なくその履修を求める必要があり,その実施によって就学上・財政上その他の点に重大な支障が生じない場合に限るべきであると考える。したがって,就学前教育については,将来,その普及と内容の充実および基本構想Iの一による先導的試行の成果を見定めたうえで,これを義務教育とする必要性と可能性を検討すべきであるが,後期中等教育の段階は,一律に就学の義務を課するよりも,さまざまな教育の機会を確保するとともに,その就学のための諸条件を整備することによって,その趣旨の実現をはかるのが先決であると考える。
なお,これまで特別な事情によって義務教育を修了できなかった者に対しては,特例的な措置によってその履修を奨励すべきである。

七   教育制度における閉鎖性の是正
   政府は,義務教育以後の学校教育では,個人の特性の分化に応じて効果的な教育が行なわれるよう,教育内容・教育課程の多様化を進めるとともに,個人の能力と学習意欲に応じて適切な履修が容易になるよう,学校間の移動と進学の道をひらくことに努めるべきである。また,学校教育の機会を一定の年齢層の者だけに限ることなく,必要に応じて適時教育が受けられるよう,その機会をできるだけ広く国民に開放すべきである。
〔説明〕   義務教育以後の教育は,基本構想Iの二およびIIの一で述べたように,個人の特性の分化に応じて多様化を必要としているが,そのことによって個人の将来の勉学の機会と社会的な進路が固定化される場合には,その特性に応じたコースの選択が行なわれず,多様化の本来の目的は達成されない。したがって,教育の多様化を進めるためには,学校間の閉鎖性や進学・再教育のあい路を是正することをあわせ考えなければならない。
   そのためには,まず,高等学校のさまざまなコースから進学できる機会を確保するため,高等教育のがわにそれと接続する教育課程を設け,適当な数の定員のわくと適切な選抜方法を用意すべきである。
第二種および第三種の高等教育機関(「短期大学」および「高等専門学校」)の卒業者に対しては,第一種の機関(「大学」)に上述の場合と同様な用意をするほか,それらの者の進学または再教育を引き受ける特別な第四種の機関(「大学院」)を創設するのが適当である。その場合,特定のコースに異質なコースを接続することをくふうするばかりでなく,より高度の修学の道としては,理論的な学習に重きを置くコースのほか,実践的な探究を重視するものを開発するなど,多様化の意義を生かすようにすべきである。
   また,適当な高等教育機関の間で連携組織を作り,履修単位の相互承認を行なうようにすることが必要である。四項で述べたように,高等教育の整備充実に関する基本計画を策定する場合,広域的な連携協力関係の実現をはかることによって,その実施が促進されるであろう。
   高等教育の開放性は,基本構想IIの四で述べた考え方により,その実現をはかるべきである。そのためには,これまでの聴講生の制度を改めて,これを選択履修の学生とし,その受け入れに必要な定員上・指導体制上の措置を講ずるとともに,特定の科目または科目群について履修単位の認定を行なうべきである。また,その受け入れは,学歴・職業などによって差別することなく,入学許可と単位認定の際に能力の検定を厳密に行なうことによって,その制度の適切な運用をはかるべきである。
   このような高等教育の開放がじゅうぶんな効果をあげるためには,履修の形態についても,夏学期制,夜間制,通信制,放送制などの多様化を進める必要がある。また,履修の成果に対する社会的評価を保障するため,履修単位の総数と内容の構成が一定の基準に達した者に対しては,適当な公的認定機関の審査によって,各種の専門的職業に関する資格を取得するための基礎資格を付与できるようにすべきである。

八   大学入学者選抜制度の改革
   政府は,大学入学者選抜制度が,学校教育全般の適切な運営を保障し,教育の社会的な役割が正しく発揮されるようにするうえに,重大な影響のある公共的な制度であることにかんがみ,これまでの慣行による弊害をすみやかに是正するため,本審議会の提案の方向に向かって,関係者の積極的な努力を助長しながら制度的な改革の実現を促進すべきである。
〔説明〕   入学者選抜制度は,単に各学校がその方針にもとづいて入学者を選定する一般的な手続きであるばかりでなく,教育の過程にある青少年が,学校段階のくぎりをもっとも適切に移行できるようにする,広義の教育制度とみるべきものである。したがって,この制度は,本来各学校だけの都合によって運用されるべきものではなく,その公共性が重視されなければならない。現にその適否は,各段階の学校教育に実質的に影響を及ぼしているばかりでなく,学校を取り巻く一般社会にもさまざまな問題を投げかけている。
   とくに大学入学者選抜制度は,これまで各大学の相当大幅な自由裁量によって運用されてきたが,もっぱら選抜に合格することを目的とする特別な学習の激化,選抜結果の妥当性に対する疑義,入学後の学習よりは受験競争の勝敗を重視する傾向,大量の浪人の蓄積など,幾多の弊害のあることが指摘されており,そのすみやかな改善が各方面から強く要望されている。
   このことについて本審議会が基本構想IIの十三で提案した改善措置は,これまで行なわれた多くの研究成果の結論とその方向が一致しており,近年,大学・高等学校の関係者の間でも,ほぼ同様な考え方によって解決の努力が払われつつある。しかしながら,政府は,この問題が多年の懸案であって,その前途にはなおいろいろな障害のあることを考慮し,それらの関係者の努力に対し適切な援助を与えるとともに,その実効を保障するため必要があるときは,立法措置を講ずることも検討すべきである。
   同時に,この問題の背景には,固定化された学歴主義に由来する特定大学への志願者の過度な集中という特別な事情のあることを忘れてはならない。さきに四項で述べたとおり,各大学がそれぞれ独自の特色をもって並存するよう,今後における高等教育の整備充実に関する基本計画を策定し,その実現を推進することは,この観点からも政府の重要な施策でなければならない。
   また,六項で述べた私学助成の新しい考え方によって,私立学校の経済的基盤を確立することと並行して,それらの学校の入学者選抜および入学の際における過大な経済的負担を是正する措置を講ずべきである。


第二章   長期教育計画の策定と推進の必要性

一   長期教育計画の必要性と政府の役割
   第一章で述べた総合的な拡充整備に関する基本的施策は,初等・中等・高等教育の全段階にまたがる根本的な課題の解決をめざすものであって,政府としては,今後相当長期にわたって,強い決意のもとにその実現に取り組まなければならないものである。
わが国は,明治初年に近代的な学校制度を創設して以来,つねに将来に対する見通しのもとに,先行的な重点施策として,教育の普及充実に努めてきた輝かしい歴史をもっている。さらに今日では,世界の主要国が,いずれも国の重要施策の一つとして,長期教育計画の策定とその実施に取り組んでいる。そのおもな理由は,教育が国家・社会のあらゆる面における発展の原動力であるばかりでなく,教育の機会均等の徹底と質的な充実によって,すべての個人が,今日の時代に,主体的な人間として充実した生き方ができるようにすることが,いっそう切実な問題になってきたからである。
   とくに,公教育の発展に対する国の役割はますます重視されつつある。それは,次のような事情にもとづいている。すなわち,(a)国・公・私立の教育機関を通じて,公教育が量的・質的に均衡のとれた発展を遂げるためには,公的な計画にもとづく総合的な調整が必要になってきたこと,(b)教育の拡充整備は巨大な資源を必要とし,そのための財政支出は,国の社会的・経済的な発展と適切な均衡が維持されなければならないこと,(c)今日では,教育の量的な拡張に伴ってその質的な刷新が強く要請され,それに応ずる研究開発を国家的な規模で進める必要が生じていること,(d)教育施策の成果が現われるまでには長い年月が必要であって,社会の変化が急速なほど,ますます長期の見通しが要求されることなどである。
   すなわち,今日,長期教育計画といわれるものは,単に外的な教育条件の整備という狭い範囲内のものではなく,広い国際的な視野に立ち,その国家・社会のめざす理想にもとづいて公教育の量と質を,どんな目標に向かって発展させるべきかを考えようとするものである。
このような計画は,教育に対する国民的要請,社会の人材需要および教育の効率化に関する客観的な調査研究にもとづき,学校教育・社会教育その他の教育活動全般について,少なくとも今後十年間における拡充整備の目標を明らかにし,その実現に必要な行政上,財政上の措置の大綱を示したものでなければならない。
   政府は,第一章で述べた基本的施策を総合的に実施するための長期教育計画を策定し,その的確な推進をはかることに努めるべきである。

二   計画の基礎としての予測計量の意義
   上記のような長期教育計画の立案は,広範な調査研究を基礎としなければならないが,その成果を総合して具体的な政策上の指針となるものを作成するには,適切な予測計量の方式を開発する必要がある。
   そのためには,まず,これまでの客観的な資料の分析にもとづき,将来の見通しを立てる前提となる外的な要因の動向を適切に予測する必要がある。そして,外的な要因により支配されるものと,政策的な選択により変動するものとの組み合わせによって,将来の教育活動の規模と必要な資源を,定量的に見積もることができる試算方式を樹立する必要がある。
このような方式を用いることによって,教育計画の立案において政策的に対処できるものとそうでないものとを合理的に区別し,同時に,そのような計量化が不可能な要因にも重要なものがあることを深く配慮しながら,望ましい目標に向かって適切かつ実現可能な政策決定を行なうことが,今後の行政においてはとくに重要である。
   いうまでもなく,どのような予測も外的な要因の動向を完ぺきに見通せるものではなく,また,ある政策的な選択もつねに予期した成果を収めうるとはかぎらない。しかし,予測計量を行なうことの重要な意義は,実際に生じた結果とのくい違いを検討することによって,それまで見落とされていた要因を発見したり,施策の効果を公正に評価したりすることが可能になるところにある。そして,必要に応じて計画そのものに変更を加えながら,変動する時代に対応して,それに先行する施策を推進することがたいせつである。

三   予測計量に関する試算
   本審議会は,上述のような長期教育計画の策定に必要な予測計量の一つの方式を示すため,第一章で提案した基本的施策について参考資料に示すような「総合的な拡充整備のための資源の見積もり」を試みた。
   この試算は,この答申が取り扱った学校教育の分野だけについて行なったものであり,長期教育計画の基礎として必要なものの一部にすぎない。また,巨視的な見通しを立てるため,簡略化された仮定を用いており,今後さらに専門的な検討を必要とするが,一応次のような方針によって試算を行なった。
   なお,沖縄については,資料の関係もあり,また,別途に検討されている問題も多いので,この試算には含めなかった。
(一)   基準推計値
   各学校段階ごとに,外的な与件に関する変数(外生変数)と政策的に決定すべき変数(政策変数)との組み合わせによって,教育規模と教育投資額を計算できる算式を作り,過去十年程度にあてはまるよう係数を定める。この式によって将来を予測するため,外生変数には,別途に求めた予測値を与え,政策変数には,政策上格別の選択を行なわない場合の過去の実績にもとづく一定値または傾向値を与えて,昭和五十五年度まで推計する。
(二)   課題別推計値
   独立した新しい政策上の課題については,上記の算式によらず,別途の方法により,仮定を設けて昭和五十五年度までの経費を推計する。
(三)   政策変動値
   基準推計値の算式に含まれる政策変数に,ある政策上の選択にもとづく値を適用した場合の,基準推計値からの変動量を求める。この場合の試算は,ある仮定に対応する数量的な規模を推定するための暫定的なものである。
(四)   教育投資総額
   すべての政策変数にある順序で政策上の選択を行なった場合の,基準推計値と課題別推計値からの変動量を計算し,それらを基準推計値に加算して昭和五十五年度までの教育投資総額を求め,国民所得と比較する。
(五)   負担区分推計値
   ある試算方法を仮定して受益者負担額を求め,それを教育投資総額から控除して公費負担額を求める。また,一定の仮定のもとに,受益者負担額の水準に対応する奨学事業の規模を求める。
(六)   教員需給推計値
   上述の教育投資総額に対応する各学校段階の教育需要数を求め,それに対する供給の見通しを検討する。

四   試算結果から指摘される問題点
(一)   基準推計値の教育規模は,昭和四十五年度を基準とした場合,義務教育では,昭和四十五年ごろまでに,児童・生徒数が十四パーセント程度増大し,高等学校,短期大学および大学の入学者数は,それぞれ十七パーセント,八十八パーセント,四十九パーセント程度増大することが見込まれている。これらは,過去十年間の中学校卒業者の上級学校進学率(付図1),および短期大学・大学入学者数(付図2)から予測したものであって,該当年齢に対する進学率は,それぞれ九十五パーセント,十五パーセント,三十二パーセント程度となっている。
   このことは,上級学校への進学が過去と同じ傾向をたどると仮定した場合の,教育に対する需要の高まりを意味するものであって,これをどのように評価し,どのような目標を望ましいものとして学校教育の量と質の整備充実をはかるかは,教育計画を立案する場合の政策上の重要な課題である。
(二)   他方,基準推計値の教育投資額は,そのような量的な膨張が進行したとしても,その国民所得に対する比率は低下の傾向を示し,昭和四十五年度における四・八パーセントが昭和五十五年度には四・五パーセント程度となる。これに対して,試算に示す程度において,この答申で提案した新しい政策上の課題を実行に移し,また,給与の改善,教育の質的な充実,「大学院」・「研究院」の拡充などに必要な措置を講じたとすれば,その比率は六・三パーセント程度となる。さらに,この場合の公費および奨学事業の全体規模は,昭和五十五年度で五・九パーセント程度であって,これらを含めた公財政支出教育費の国民所得に対する比重は,付図4に示すような国際的な比較からみれば,今後の見通しとして必ずしも過大であるとはいえない。
(三)   しかしながら,この試算から予想される他の重要な課題は,教育の量的な膨張と質的な充実を並行的に行なおうとする場合の,教員の需給調整をどうするかということである。
   これまでの教職への就職率が変わらないと仮定した場合の標準新規就職者数に対して,幼稚園,小学校,中学校では,それぞれ,三五パーセント程度の増加がなければ試算のような改善措置は実現できないであろう。そのためには,教員養成大学による計画的な養成を充実すると同時に,教員の処遇の改善により教職への人材誘致を強化することが先決である。
   とくに,高等教育の拡充整備は,「大学院」,「研究院」の拡充が先行しなければ,教員の需給関係から行きづまりを生じるであろう。試算のように,それらを相当大幅に拡充してもなお,教員需要数の四十〜五十パーセント程度は,一般社会の専門的・技術的職業の従事者からの供給に期待しなければならない。このことは,上の(一)で述べた高等教育に対する需要の増大を考慮してその基本計画を立案する場合,まず,高等教育の伝統的な履修形態以外の方法による教育の機会を拡充するとともに,教員確保の見通しを前提として高等教育の質的水準を維持するよう,その規模の拡大に一定の限度を設けることについて,あるいは,基本構想IIの一と三で述べた標準履修年数や教育方法の改善について,真剣に検討する必要のあることを意味している。



『学制百二十年史 』


第三編 教育・学術・文化・スポーツの進展と新たな展開
   第五章 高等教育
      第二節 高等教育の計画的整備


一   高等教育計画の必要性
   戦後のいわゆる第一次ベビーブームの時代に生まれた世代が十八歳に達した昭和四十一年度をピークに,その後,十八歳人口は減少傾向をたどるが,折からの経済の高度成長を背景とした産業界の人材需要の拡大や国民の所得水準の上昇とそれに伴う高等学校進学率の上昇などにより,国民の大学等への進学意欲は高まり,高等教育は量的に拡大した。
   しかしながら,このような高等教育の規模の急速な拡大は,反面において大学における教育研究条件の低下や大学の大都市への過度の集中に伴う進学機会の地域間格差の拡大などの問題点をもたらした。
   国公私立の大学及び短期大学の入学定員超過率で見ると,四十年度には一・四四であったが,その後徐々に悪化し,五十年度には一・五九に達したことから,大学等は「マスプロ教育」などと批判される状況を招くこととなった。また,五十年度に三大都市圏(南関東,東海及び近畿)に所在する大学,短期大学の在学者数は約一五五万人に上り,その割合は全国の大学,短期大学の在学者数の七四%を占めるなど大都市への集中と進学機会の地域間格差が見られ,かつ,専門分野の構成にも不均衡を生じていた。
   ところで,関係者の間では,早くからこのような状況の進展を予期し,高等教育機関の全体的な規模や配置の計画的整備が必要であるとの認識が広まっており,既に,三十八年一月に中央教育審議会の答申は,高等教育機関の計画的な整備の必要性を提案していた。さらに,四十二年七月から審議が開始された中央教育審議会の「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」の答申では,高等教育機関の設置経営に国費の援助が不可欠であることを考慮するならば,一定の国の財源によって援助効果を最大限に発揮するために,高等教育の全体規模,教育機関の目的・性格による区別,専門分野別の収容力の割合,地域配置などについて長期の見通しに立った計画がなければならないとし,高等教育の整備充実に関する基本計画の策定の必要性を強調している。
   文部省はこれを受けて,翌四十七年四月,大学学術局に高等教育計画課を設置するとともに,六月に,大学人だけでなく広く各界の有識者の参加を得て高等教育懇談会を設け,高等教育計画の検討に着手した。
   高等教育懇談会は,五十一年に高等教育の計画的整備についての報告をまとめたが,この報告は,初めて大学の拡充の抑制を打ち出し,量から質への転換を提言した点で画期的な意味を持っている。しかも,ほぼ時期を同じくして五十年に私立学校の経常費助成に法的裏付けを与えるための私立学校振興助成法が制定されるが,経常費助成との関連からその附則により私立学校法の一部改正も行われ,私立大学の学部の学科及び収容定員に係る学則の変更が届出制から新たに文部大臣の認可事項とされ,安易な学生増に規制を加えるとともに,五十六年三月末までは原則として私立大学の設置,私立大学の学部又は学科の設置,収容定員の増加に係る学則の変更についての認可は行わないこととされ,量的拡大に対する一定の規制と私立大学の質的改善が図られた。

二   高等教育計画
      昭和五十一年度以降の高等教育計画
   高等教育懇談会は,昭和五十一年三月に,五十一年度から五十五年度までの五年間の高等教育計画(「昭和五十年代前期高等教育計画」)をまとめ,次いで五十四年十二月には,高等教育懇談会を引き継いだ大学設置審議会大学設置計画分科会が,五十六年度から六十一年度までの六年間の高等教育計画(「昭和五十年代後期高等教育計画」)をまとめた。
   五十年代は,十八歳人口がほぼ一六○万人前後で横ばいで推移する期間であったので,両計画は,それまでに生じた幾つかの不均衡を是正し,同時に高等教育の構造の柔軟化,流動化を進め,質的な充実に努めることを重視した。具体的には,入学定員超過の現状の是正を図るとともに,大都市への大学の集中を抑制し地方の大学の計画的整備を進めることによって地方における高等教育への進学率の向上を目指したのである。
   計画期間中における国公私立の大学及び短期大学の入学定員の増は,前期においては,二万九,○○○人,後期においては三万四,○○○人とされたが,計画終了時には,それぞれ,六万九,二二二人,三万九,七六七人となった。
   これは,これまで定員を超過して入学を許可していた大学が,教育研究条件を勘案しながら,これら入学者の実数を順次正規の入学定員内に組み入れたため,見掛け上は,入学定員の増が当初計画を大幅に上回ることになったのである。この結果,計画期間中の進学率は横ばいで推移し,定員超過率の是正等教育研究条件の改善が進んだほか,地域間格差の是正がある程度図られたのである。
   なお,計画では,専修学校(専門課程)を高等教育機関として位置付けているが,その性格上自由な進展にゆだねるため,規模の想定の対象には含めていない。しかし,専修学校(専門課程)への進学は順調に伸び,五十年代に,大学,短期大学及び高等専門学校への進学率が三五%から三九%台で推移したのに対し,これらに専修学校(専門課程)を含めた場合の進学率は,五十三年度には五○%台に達した。(専修学校については第二章第四節参照)

      昭和六十一年度以降の高等教育計画
   昭和五十九年六月に大学設置審議会大学設置計画分科会は,六十一年度から平成四年度までの七年間の高等教育計画(「新高等教育計画」)を示した。
   この計画では,六十一年度以降の十八歳人口が平成四年度まで急増し,それ以後急減することから,五年度以降の急減も考慮しつつ,十八歳人口が二○五万人に達する四年度までの間の量的整備をいかに図るかが焦点となり,このため,恒常的な定員のほかに期間を限った臨時的な定員の増を認めることとした。具体的には,四年までに,国公私立の大学,短期大学及び高等専門学校の入学定員を合計八万六,○○○人(うち,四万四,○○○人は,期間を限った定員)増加することを目途として整備を進めることとしたのである。
   この計画を踏まえ,その後,六十三年度までの三年間に約八万五,○○○人の入学定員の増(うち約四万五,○○○人は期間を限った定員増)が図られ,この時点で既に計画の目途をほぼ達成しつつあったが,一方で,入学定員超過率の改善が予想以上に進んだため,入学者の実数では計画の想定した規模に達しなかった。また,大学,短期大学への志願率,志願者数が予想を上回って大幅に増大したことともあいまって,多数の不合格者が生じることとなった。この事態に対して,平成元年二月,大学審議会において,現高等教育計画の運用に関して,期間を限った定員の増を含めて引き続き必要な定員整備を進めることとした。その結果,計画期間の最終年度に当たる平成四年度までに,恒常的な定員の増が七万八,一四八人,期間を限った定員の増が一一万二,五六八人,計一九万七一六人の入学定員の増が行われた。
   この計画の進行により,地域間格差の是正が更に進んだほか,高等教育の質的充実の面では,大学間の単位互換や社会人を受け入れる大学の増加等が見られ,また,時代の動向を反映して,情報科学・情報処理や国際文化・国際教養等今後の人材養成の需要の大きい分野の学部,学科の新増設が行われたのである。
   なお,昭和六十年代の大学,短期大学及び高等専門学校への進学率を男女別に見ると,近年,女子の進学率の上昇が目立ち,平成元年度には,男子の三六・八%に対し,女子は三六・九%で,女子が男子を上回っている。

      平成五年度以降の高等教育計画
   平成三年五月に大学審議会がまとめた平成五年度から十二年度までの八年間の高等教育計画は,十二年度には一五一万人にまで減少することが見込まれる十八歳人口の急減に対応するため,今後の大学等の新増設を原則として抑制する方針を打ち出すとともに,このような状況を前提としつつ,大学等について,時代の変化に適切に対応し得る能力の育成等を図るための教育機能の一層の強化,世界的水準の教育研究の推進,履修形態の柔軟化等生涯学習への適切な対応を重視した提言となっている。
   そして,十二年度における高等教育の規模,すなわち,大学,短期大学及び高等専門学校への入学者数については,志願率の推移,社会人や外国人留学生の拡大幅など流動的な要素があり,その変化の方向も明確ではないことから,あえて具体的な整備目標を設定せず,三つのケース(ケース一…六四万九,○○○人,ケース二…六六万七,○○○人,ケース三…六八万二,○○○人)を想定値として示し,そのうち,これまでの進学状況や現行計画との整合性等から,当面,ケース一を念頭に置いて整備を進めることが適当であるとしている。その場合の入学者数は,二年度の入学者の実数に比べ,八万九,○○○人減少することが見込まれている。
   なお,この計画では,大学の地域配置について引き続き格差の是正を図ることや,情報関係,社会福祉関係,医療技術関係などの特定分野へのニーズの高まりや学術研究の進展に応じた人材養成に対する配慮を求めていることについては,これまでの計画を踏襲しているが,大学等が地域における文化の中核の一つとして地域の文化・産業の発展に寄与することなどにも配慮し,特に地方の中枢的都市及びその周辺地域における大学等の整備を重視している。


ページの先頭へ