今後の学生に対する経済的支援方策の在り方について(論点整理)

平成22年12月24日
中央教育審議会大学分科会学生支援検討ワーキンググループ

  経済・雇用情勢の悪化など教育を取り巻く社会の変化から、経済的に困窮する学生に対する経済的支援の充実や「新たな公共」の担い手を育成するための社会的自立に向けた支援など、社会や学生からの多様なニーズが求められている。
  以下では、昨年7月21日に大学分科会学生支援検討ワーキンググループにおいてまとめられた「学生支援・学習環境整備の検討」も踏まえ、既に制度化・予算化されたものの他、更に議論を深めるべき事項や新たに検討すべき事項について、現在まで審議を行った事項について述べる。

1 現状と課題

(1)学生を取り巻く経済・雇用情勢等について

  我が国の高等教育費に占める家計負担の割合は国際的に極めて高く、諸外国の状況と比較した場合、日本の大学等の授業料は高く、奨学金の受給率は低い状況にある。また、親の平均給与に占める大学の授業料の割合が年々上昇するなど、教育費の負担は増加傾向にある。経済情勢等の悪化等により、近年の平均給与所得は減少傾向にあり、学生の生活費に占める家計からの給付も減少し、アルバイトや奨学金に依存する学生の割合が増加している。両親の年収が高等教育への進学率に影響しているなどの調査結果もあり、教育の機会均等を図る観点からも、経済的に困難な者が修学を断念することがないよう、一層の教育費負担軽減策を充実することが必要である。

(2)これまでの大学教育が有する公共性の役割と課題

  また、従来、大学の教育は本質的に公共性を有しており、例えば、大学教育を通じて育成された高度・専門人材が社会で活躍・貢献することで社会経済活動が活性化するなど、教育を受ける人に対して生じる私的便益だけでなく社会的便益も有してきた。また、学生は教員・研究者とともに大学という場に集い、大学の教育・研究機能を高める等の役割を担っている。そのため、学生の学習環境を整備するなどの学生支援の取組についても、従来より公的支援の根拠となってきた。
  こうした学生支援における公共性を踏まえ、独立行政法人日本学生支援機構が実施する奨学金事業や各大学が実施する授業料減免等の支援が行われてきたが、一方で、学生支援を始めとした大学教育が持つ公共性や学生がこれまで受けてきた公的支援の意義等について、これまで学生に十分認知されていない。国や大学においては、学生が現在受けている、あるいは過去受けてきた教育自体が公共性を有し、社会から支えられていることを学生に自覚させ、大学での教育を通じて獲得した知識・技能等を現在及び将来においても社会へ還元していくよう促すことが求められる。また、こうした大学教育の公共性、教育を通じて学生が獲得した知識・技能、大学教育や研究活動において学生が担っている役割等について、広く社会に対し発信することは、大学の教育活動への公財政投資の必要性を示す観点からも有効と考えられる。
  そのためにも、国や独立行政法人日本学生支援機構、大学においては、教育に投じられた国費やその成果等について、適切な指標等を通じ、大学教育や学生支援等による人材育成の成果をわかりやすく国民へ情報提供する等の取組を促進することが求められる。

2 「新しい公共」を踏まえた新たな経済的支援の在り方

(1)「新しい公共」の概念について

  現在、政府において、「新成長戦略」の一環として、「新しい公共」の考え方が、官では行うことが困難な、国民の多様なニーズにきめ細かく応えるサービス提供ができる社会の在り方として、推進されている。
  「新しい公共」とは、「支え合いと活気のある社会」を作るため、当事者たちが一定のルールと役割をもって参加する「協働の場」であり、すべての人に居場所と出番があり、みなが人に役立つ喜びを大切にする社会の在り方とされている。またこれにより、新しいサービス市場が興り、活発な経済活動が展開され、その果実が社会に適正に戻ってくる事で、人々の生活が潤うという、よい循環の中で発展する社会において実現する、とされている。
  また、この考え方は、古くからの日本の地域や民間の中にあったが、今や失われつつある「公共」を現代にふさわしい形で再編集し、人や地域の絆を作り直すことにほかならない、とされている。

  この「新しい公共」とこれまでの大学教育との関係を整理すると、教育の目的は「人格の完成」と「国家・社会の形成者の育成」(教育基本法第1条)であり、「社会の一員としての意識を持ち、義務と権利を適正に行使しつつ、社会の発展のために積極的に関与できる。」(平成20年12月「学士課程教育の構築に向けて」(中央教育審議会答申))など、従来、大学教育は本質的に公共を担う人材育成に資するものとして捉えられており、「新しい公共」の概念においても、国民自身が主体的に行動する姿を目指している点は共通している。
  大学教育の質の保証が求められている今日、大学の学位プログラムの確実な履修を行うことは当然であり、こうした大学教育を通じ、「支え合いと活気のある社会」を担う学生を育成することが期待されるが、学生を支えている社会からの公的支援等に対する認識の不足や大学教育を受けた学生が円滑に社会に移行できていない等の課題も存在しており、学生に対して社会との相互関係をより一層意識させることが求められる。大学においては、学生の豊かな経験を生かせるよう、学生自ら参画する教育研究活動やその成果を社会へ伝えるアウトリーチ活動、学内外ワークスタディやボランティア活動等の教育課程内外の活動等に対して適切に助言等を行い、総合的かつ全人的な発達を促す教育活動の中で学生が成長するよう促していくことが求められる。そのためにも、国や大学において、現在の大学教育の捉え方や学習成果の在り方について、「新しい公共」の概念を踏まえた取組を促進することが求められる。こうした「新しい公共」の取組を通じ、学生に対し、学生支援を始めとした大学教育が有する公共性を明確化し、自分たちの学びが社会から支えられている事を再認識させるとともに、学生の役割意識を醸成し、社会を支える自立した人としての成長の契機となるよう促していく必要がある。

(2)新たな経済的支援の取組 

 学生を取り巻く経済・雇用情勢等が悪化する中、教育の機会均等の確保のためにも、学生に対する経済的支援の充実が求められる。その一方で、学生支援等の大学教育における公共性やそれを支える公的支援について、学生や社会における認知が十分でないといった課題も生じている。今後の社会の担い手となる学生に対し、大学教育が有する公共性や学生がこれまで受けてきた公的支援の意義等について十分認知してもらうとともに、学生自ら主体的に役割をもって社会に貢献し、支え合いと活気のある社会を創造できるよう促していくことが求められる。この「新しい公共」の概念を踏まえ、「経済的支援を通じて社会として学生の学びを支えること」と「新しい公共の担い手として在学中から学生が社会に貢献し、役割を担うこと」の循環を形成するといった、学生の「新しい公共」への取組を奨励するなどの大学における学生支援のための環境整備が必要である。そのためにも、国において、新しい経済的支援の在り方を構築する必要があり、例えば、奨学金や各大学で実施される授業料減免事業等の経済的支援等を通じて、各大学における「新しい公共」の取組を促していくことが求められる。

      (例)
    [1] 大学における「新しい公共」担い手作り支援

      (例)奨学金事業や大学が行う学生への経済的負担軽減策において、学内外ワークスタディ(学生スタッフの雇用)等、学生の経済的負担の軽減のための幅広い援助を行う大学に対する支援を通じた、新しい公共に向けた取組の促進。

    [2] 学生の新しい公共の担い手として気づきを促す仕掛け作り

      (例)奨学金貸与者等に対する通知において社会への責任と自覚を促し、学内外ワークスタディやボランティア活動等を奨励

  例えば、学部生も対象としたSA(ステューデント・アシスタント)等の学内外ワークスタディは、奨学金と異なり、主に大学院生を対象としたTA(ティーチング・アシスタント)やRA(リサーチ・アシスタント)と同様に、役務の提供を踏まえた経済的支援であり、アメリカにおいて、教授のアシスタントや大学内の事務補助、また、小・中学校等でのチューター等の学外での活動など、学生のこれまでの教育研究活動等を踏まえた公共分野における取組に対しての経済的支援が行われている。日本においても、多数の国公私立大学において、留学生への支援や授業補助などの様々な取組を通じて学生に対する支援が行われており、社会の担い手となる学生に対し、主体的な役割を持った活動を促すための経済的支援策の新たな在り方として考えられる。

  また、大学においては、企業や地域住民等の大学を取り巻く様々な関係者に対し、大学という「新しい公共」の協働の場への参画の促進や、また、大学や学生が自ら主体的に地域社会や企業等と連携した活動などの取組を進めることは重要であり、国や大学において、それらの取組を支援していくことも重要である。なお、大学においては、民間企業からの寄付等を通じた経済的支援など、民間企業等と連携した経済的支援の取組が進められており、国からの支援に加え、様々な企業等のニーズも踏まえた、学生に対する独自の経済的支援の取組を進めていくことも重要である。

  こうした「新しい公共」の概念を踏まえた各大学の新たな取組を促す際に、国が一律に取組の在り方を定めるのではなく、各大学の自律的な取組の中で生じた問題に対してよりよい取組を実施できるよう、各大学の特色・個性ある優れた取組を促すことが重要である。

3 学生への経済的支援方策における見直しや充実の方向性について

  現在、学生を取り巻く経済状況は大変厳しいものがあり、経済的に困難な状況にある若年者が教育費の負担増を恐れ、意欲があるにもかかわらず進学を断念したり、進学希望を変更せざるを得ない、また、進学後に経済的理由で中退するなど、学生が安心して教育を受けられない状況が生じている。このような状況の下では、学生の個人としての能力を開花させ、ひいては社会に貢献していく機会を逸してしまうことになりかねない。国においては、教育の機会均等を図る観点から、学生への経済的支援を全体的に充実することが重要である。現在、修学機会を確保するための無利子及び有利子奨学金による支援や、各大学における経済的に困窮している学生に対する、合理的・客観的な基準による授業料減免等の措置、学生の貢献等に対する対価としてのTAやRA等による経済的支援等が行われているが、昨今の経済情勢の悪化等を踏まえ、学生に対するより経済的負担の低い無利子奨学金の拡充や授業料減免の拡充など、経済的支援の充実が求められる。

  一方で、近年の財政状況が厳しい中で、限りある資源をいかに有効活用するかという視点も踏まえつつ、真に経済的に困窮している学生に対し必要かつ十分な支援が行えるよう、より適切に制度や経済的支援の在り方について見直していくことが求められる。

  また、様々な経済的支援が行われ、制度が複雑になる中で、進学を希望する者が必要な情報を得られず進路の変更を余儀なくされたり、学生が将来の経済的負担の見通しを立てられず進学を断念する等といったことがなく、学生一人ひとりにとって最適な経済的支援として選択・適用ができるような環境を整えることが必要である。独立行政法人日本学生支援機構や各大学においては、種々の経済的支援策についてよりわかりやすく情報提供するとともに、大学において、職員等に対する能力開発等の促進や事務局機能の充実等の学生支援体制の強化、事前予約制の導入など経済的支援制度の申請等における改善も必要である。このような学生の経済的負担の軽減のための幅広い援助を行う大学の取組を他の大学にも広げていくよう促していくことが必要である。

  以上のような観点を踏まえつつ、当面の学生への経済的支援方策の在り方について、以下のような課題に対する取組が必要である。

(1) 真に必要な人を支援するための方策(家計基準の見直し)について

  現在、独立行政法人日本学生支援機構が実施する奨学金事業における貸与基準は、学生の学力基準と主たる給与所得者の家計基準とで構成されている。無利子奨学金事業においては、財政上の制約等から奨学金を希望する学生全てが受給できないなどの課題が生じており、真に経済的な支援が必要な学生への支援を行うことが急務となっている。一方で、雇用者の共働き世帯が増加し、いわゆる専業主婦世帯数を大きく上回る状況の中で、奨学金を希望する学生の中でも、真に経済的支援を必要とする人に対して支援を行うためには、家計基準について、「主たる給与所得者」とする取扱を改め、共働きの父母合計収入状況を踏まえた家計基準に変更する事が必要である。
  また、高校授業料実質無償化に伴い、高等学校に通う生徒を持つ家庭において家計に占める学費負担が軽減していることを踏まえ、厳しい財政状況にかんがみ、資金の効率的運用を図り、真に必要な人を支援するためにも、高校生の子息を持つ家庭に係る特別控除に含まれている就学費分について適切な見直しが必要である。

(2) 無利子奨学金事業における実質的な給付型支援の充実について

  近年の厳しい経済状況により、意欲と能力のある学生が家庭の経済状況により進学を断念することが懸念される中で、家計が厳しい学生に対する経済的支援として、より効果の高い無利子奨学金の拡充が考えられる。無利子奨学金の質的・量的拡充を図るための基本的方策としては、例えば、以下のような選択肢が考えられ、今後更なる検討が必要である。

    [1] 大学院生の業績優秀者返還免除制度の拡大の方向性
      給付型奨学金に関する社会的関心は高く、これまで授業料減免やTA・RA等の実質的な給付型支援策を実施してきたが、更なる充実のためには奨学金事業における業績優秀者返還免除の拡大が必要である。
      知識基盤社会において、大学院の果たすべき役割は極めて大きく、大学院での顕著な成果や世界レベルでの発見・発明等を評価し、我が国のあらゆる分野で活躍し、発展に貢献する中核的人材を育成することを目的として、平成16年度より大学院生の業績優秀者に対する奨学金返還免除制度が導入されている。大学院生の業績優秀者返還免除枠の拡大を検討する際には、拡大枠分の配分について優秀者に限定し、「新たな公共」等に関する大学独自の取組を踏まえて重点的に配分するなどの検討も必要である。
      また、同制度において、大学院進学、特に博士課程への進学者を増やす方策として、経済的支援が受けられる見通しを予め進学前に提示することで、大学院進学における経済的な不安を取り除き、より優秀な学生の確保に繋がる効果が期待できる。そのため、大学院生の業績優秀者返還免除枠の拡大枠の活用方策を検討する際には、大学において、独自の取組として、一部試行的に事前予約制を導入する等の取組を実施するなどといった方策も考えられる。その際に、予約を受けていない大学院生が経済的不利益を被らないようにする等の課題も考えられ、各大学において実施する場合には、適切に対応することが求められる。
      なお、学部生に対する業績優秀者返還免除制度の導入については、奨学的な観点から重要であるが、国においては、財政的な負担等も考慮しつつ、導入の是非について引き続き慎重に検討することが必要である。

    [2]  成績基準の緩和等
      経済的困窮が成績等に影響していることで、無利子奨学金など経済的負担の低い経済的支援が受けられない等の進学機会を損ねていることにもかんがみ、成績基準の緩和等を通じた量的拡充も考えられるが、一方で、昨今の厳しい財政状況の中、成績基準の一律引き下げによる緩和を行うことについては賛否両論もあり、真に経済的に困窮する学生に対して支援が行き届くよう、国において、成績基準の緩和等の在り方について、今後も引き続き検討していくことが必要である。 

(3) 学生の進学に係る経済的不安軽減のための方策について

  各大学が実施する授業料減免措置において、学生の進学の機会確保のため、各大学の独自の判断に基づき、可能な限り事前予約制度を導入することが期待される。
  また、奨学金事業の大学院生を対象とした事前予約制度について、「大学院教育の実質化の検証を踏まえた更なる改善について 中間まとめ」(平成22年10月中央教育審議会大学分科会大学院部会)の指摘にもあるように、進学意欲を持つ優秀な学生が経済的な不安を抱えることなく大学院に進学できるよう、国や独立行政法人日本学生支援機構において、大学院における奨学金の予約採用の実施方法の見直しを検討することが求められる。

(4) その他奨学金に関する方策について

  授業料減免を受ける層は経済的状況がより厳しい者が多いため、真に経済的支援が必要な者に対しては、授業料減免や奨学金等の種々の経済的支援を重複して受けられる等、各種経済的支援施策の実施の際に、大学において適切に連携が図られるよう周知等が必要である。
  また、各大学が授業料減免を行う際の家計収入を算定する場合において、経済的負担軽減のために受けた奨学金等の経済的支援による収入について、各大学の自主性も踏まえつつ、学生の経済的負担軽減に資するよう取り扱うことが求められる。

  以上、「新しい公共」を踏まえた新たな経済的支援の在り方や、学生への経済的支援方策における見直しや充実の方向性について、これまで論点整理を行ってきたが、真に経済的に困窮している学生に対し優先して支援が行き届き、また、大学教育を受けた学生が円滑に社会に移行し、活躍、貢献できるよう、  国や独立行政法人日本学生支援機構や大学において、必要とされた制度や取組について見直し等を進めるとともに、検討事項についても適宜検討を行い、必要に応じて見直しを図ることが求められる。
  なお、我が国の高等教育への公財政支出の対GDP比は国際的に低く、私費負担の割合が多い状況にあり、そうした中で、学生支援を始めとした大学教育に係る我が国の公財政の在り方についても、中長期的な観点から検討を進めていく必要がある。

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