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資料6

これまでの主な意見の概要

1. 高等専門学校教育の現状と評価
 受験を経ていい大学を卒業してきた者は、言われたことはうまくやる。高専出身者はルーティーン業務は、場合により必要なのかといろいろ工夫する能力を持っている。
 マスターを取得した高専出身者は優秀な者が多い。
 企業からの立場で見ると、高専出身者は非常に礼儀正しく協調性がある。一般に社会人として即戦力というのは有り得ないことで、数年して伸びる人は協調性とやる気のある人。高専出身者はこの点が優れている。
 高専出身者は様々な事象に対処する知恵を相対的に高く持っている。これは、中学時代からの目的意識と少人数一貫教育や寮生活による。このような点が人格形成に寄与していると思う。
 ロボコンを見ると、大学生のものより高専生のものの方がずっと面白い。
 認証評価の結果が出ているが、ものづくり教育や地域への科学技術の貢献で高専が目立った特色を持っている。
 高専出身者の高い評価が、高専教育のどこから来るものなのかを踏まえた検討が必要。

2. 入り口、中学校教育との関係等
 中学からいい学生を取ることの方が課題。入り口の競争力が迫られている。
 中学生の数は減少する一方、本科の定員は変わらないので学力は相対的に下がってきている印象。他方、工業高校としては、高専に優秀な生徒を取られているが、昔はもっと優秀な生徒がとられていた。
 同世代の中での高専志願率は比較的一定。他方15歳人口の絶対数が減少する中、間口がこのままでいいのかという課題はある。
 中学生の国際学力調査の結果では、学力の低下よりも深刻なのは「学校の勉強がわかるか、面白いか」という問いに対し日本では「面白い」と答えた者が3割しかいなかったこと。本来サイエンスは面白いもの。他方、中学の教員が調査や部活指導で忙しくて教材研究が出来ず、面白い授業の研究ができない。初等中等教育の理科教育が重要であり、それを改善すれば結果的に高専への進学も増える。
(特に認知度関係)
 高専があまり知られていないという課題はあり、高専を選んで来る学生は親や親類に高専出身者がいる者などが多い。中学生や小学生に高専のすばらしさを教える機会が必要。
 高等学校の特色づくりが進む中、ややもすれば高専の特色が伝わっていない。いかに中学生に広報しているか。その過程で選抜方法の工夫も考える必要。
 高専の理解について、最終的には保護者にいかに訴えていくかが課題。またマスコミでも工学部離れなど負の部分ばかりが焦点が当たる。一般国民にどう訴えるかが課題。

3. 高等専門学校における教育の現状・在り方
 卒業生へのアンケートでは、高専時代に学んだ知識自体は必ずしも役に立たないという意見が比較的多いが、知識は忘れたが方法論が知恵として身についているということだと思う。
 15歳の脳には適切な教え込みと発達の過程が必要で、それを「勝手にやれ」といってもうまくいかない。ある程度のキャリアパスで指導が必要。高専は教えたり、わからなくてもどったりといった、内容のスイッチバックをしながらの指導をしている。大学は出来ていることが前提の指導をせざるを得ず、この点で、専攻科は(大学との対比において)学びなおしが利く仕組みである。
 教育心理学の分野で「熟達曲線」という用語があるが、高専教育システムはそれにフィットしている。
 高専から大学へ編入学する者は概して優秀。高専教育では、卒業研究が効いている。座学でなく身についた知識が、大学に編入学した後も研究ですぐに応用できる。
 高専から大学を志向するのか、高専教育で完結型を目指すのかであるべき教育内容は異なってくる。
 高専は実験を多くやっており、すぐに使えるところを一生懸命やってきた。逆に、大学に入っても基礎的なところにはあまり興味を持たない。
 高専から大学に編入学した者が大学の教授になっている者はざらに10人はいる。基礎的なものへの興味の有無は個人によって異なるのではないか。
 東北大学在任中は13講座中3講座は高専出身者の教授だった。優秀な学生こそ、エンジニアタイプと基礎タイプとばらつきがあるので一概に言えない。
 5年一貫の技術者教育を担う本科を削減し、専攻科を増やすのであれば5年一貫課程による完結した技術者育成の意欲が薄れてしまうのではないか。この点について、これまでの高専教育の評価からどう見るか再検証が必要。
 高専が育てるのは技術者であり研究者ではない。しかし技術は学校だけでは育て切れず、高専はこの点でインターンシップを行い、地域で学生を育てようとしていることも大学とは異なる特色である。「品質管理」「製造技術」を教え込めるのは高専ならではである。
 「学問」は教え易いが「技術」は現場でしか教えられない。本科では学問の基礎を学びエンジニアの卵となり、専攻科では、本科教育を元に複合的な幅の広い知識を使いこなせることを目指している。
 工業高校では、15歳から匠を教えようとしている。高専と異なるのは会社における役割と進路。工業高校卒は技能で評価され、高専卒は技術を期待される。
 本科・専攻科の進路では、都立高専の場合城南地域を中心とする中小企業への人材育成の要請があるが、実際は大企業への就職が多くなっている。専攻科のような複線的な進路も必要だが本科教育も特に重要。
 人格教育も含め高専教育は5年一貫教育というところが一番重要。エンジニアである前に人間力−人格形成が重要。高専では課外活動参加率も高く、場合により高校よりも高い(85パーセント以上という高専も)。
 高専制度が世界的にもユニークなのは、中等教育と高等教育がまたがる点。人格教育も大事にしてほしい。
(特に専攻科関係)
 専攻科の捉え方について、「高度なものづくりをやらせる」という意識が高いとうまくいく。
 高専から専攻科に進むか3年次編入に進むかは各校により異なる。カリキュラムの連続性という面では、本課と専攻科は整合性が取れているが、3年次編入では重複があり、技術科学大学ではその中間。
 専攻科については創設以来ずっと伸びてきているが、いつかは一定になるということか、また設置する際に一定のコントロールをしているのか。
 国立高専については、高専機構の中期計画において本科入学定員のの1割程度と設定。

4. 進路の多様化とこれに対応した教育の在り方
 昔は技術科学大学には高専のトップ層しか入ってこなかった。今は各大学も編入学定員を増やしていることもあり、入ってくる学生は中位までになってきている。大学としてはある意味危機感を感じている。
 少なくとも編入学の受入人数が少ない大学では高専出身者はどこも評価は高い。他方、進学者数が多くなったことにより以前と比べると様々な課題があることも事実。
 最近、工学分野以外に進路変更を希望する学生が少ないながら存在する。中学卒業時にはあまり進路選択について考えずに高専に入学することもあり、高専の中では進学分野の選択肢が限られてしまい、この点でメディア系学科は変更し易い分野と入ってくる学生もいる。優秀なトップ層でない学生にも議論の焦点を当てる必要がある。
 学力の広がりは高専でもないわけではない。また15歳の段階で進路選択して入ってきているので、途中で方向が変わって来るのは当然であり、それを前提に柔軟な進路変更を可能とすることも必要。
 高専から大学に編入学してくる学生の質の問題は、学生の母体が減っている中でどのように質を確保するかと関連している。このため、大学では編入学定員を減らすことも考えないとならないかと考えている。
 進路の転進の機会の確保も必要。例えば高専から芸大に進学した者もいる(デザイン系)。

5. 育成する人材像関係
 企業からみて、一般論としては、業種により求められる専門知識は異なる。何を専門とするかが問題ではなく、それを背景とする創造力が必要。かつての大量生産に関する技術や、それにより果たされる役割は中国に移っている。それよりも創造力が求められる。
 日立では新卒の8〜9割が修士終了、30歳位で主任となるため、基礎を学ぶ時間がない。高専修了者の場合、20歳で入社で10年学べる。
 製造と言うと、「設計」「製造技術」「品質管理」があり、どうしても設計に目が行きがちだが、「製造技術」「品質管理」も不可欠であり、ものを実際に作りながら学んで来た高専卒業生に期待している。
 我が社では高専出身者は大卒と同じ給与体系。
 「研究開発」「設計・製造」「品質管理」の分野のうち、製造から設計部分はアジアに移転している。このため技術分野は高度なものが必要であるが、大学では難しい。
 本科5年間、本科プラス専攻科7年間でそれぞれ高専が育成する人材像の検討が必要。日本の教育体系全体の中で大学は各界のリーダーの育成を目指すとしたら、高専が養成する人材はどのような実践的技術者なのかを明確化すべき。
 卒業生は大企業への就職も多いが、これからの卒業生は地域における特色あるベンチャー企業の担い手の役割も果たしてほしい。単なる歯車ではなく、技術、経営センス、人間性を兼ね備えた技術者の養成もこれからは必要。
 工学部出身者と高専卒業生で、地元企業のオーナーになっている割合が異なるというある県でのデータがある。

6. その他
 高専卒業生への求人倍率が16倍とは大変な数字。出口の観点からは、もっと高専を増やすことも考えられないか。技術革新に必要なの先行投資はものでなく人間。教育投資が必要。
 IMDの国際競争力調査では、日本は科学技術はトップクラスだが、その技術を使って社会を変えていくことが遅く、この両者にギャップがある。
 以前文部科学省の協力者会議で、理工系人材の創造性を涵養する教育プログラムの事例を集めたことがあった。
 国立高専は授業料は大学の約半分。このため経済的に恵まれない学生が1〜2割いることも事実だが、この点でも一定の役割はある。


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