大学教育部会(第4回) 議事録

1.日時

平成23年8月22日(月曜日)16時~18時

2.場所

文部科学省東館3F1特別会議室

3.出席者

委員

(部会長)佐々木雄太部会長
(副部会長)谷口功副部会長,黒田壽二副部会長
(委員)浦野光人,金子元久,長尾ひろみ,宮崎緑の各委員
(臨時委員)川嶋太津夫,佐藤弘毅,吉田文の各臨時委員
(専門委員)高祖敏明,篠田道夫,鈴木典比古,田中愛治,長束倫夫,納谷廣美,濱名篤,山田礼子の各専門委員

文部科学省

金森文部科学審議官,磯田高等教育局長,河村私学部長,小松高等教育局審議官,奈良大臣官房付,義本高等教育企画課長,勝野私学行政課長,藤原大学振興課長,榎本高等教育政策室長,石橋大学振興課課長補佐,西川高等教育政策室室長補佐 他

オブザーバー

日本学術会議「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」
北原和夫委員長(東京理科大学大学院科学教育研究科教授),広田照幸日本大学教授,吉川裕美子大学評価・学位授与機構教授

4.議事録

(1)大学キャンパスに求められる機能・役割について,文部科学省から資料1-1~1-2の説明があり,その後,審議が行われた。

【谷口副部会長】 でき上がった案は今までの議論をよくまとめていただいていると思いますし,キーワードとしては教育的意義と「同等以上」ということが明記されている点,それから,「情報の公開」というのが法律的には別の法律で,すなわち,学校教育法施行規則で規定されるということですので,その2点が明確に入っているということで,これまでの議論をよくまとめていただいた形になっています。基本的にはこれで,細かい文言の修正はもしかしたらあるかもしれませんが,これでよろしいと思います。

【佐藤委員】 私も基本的には今のご発言と同じですが,資料1-2の「大学のキャンパスに求められる機能・役割について」,とりわけ私どもが気にしておりました基礎的学位課程,ここでは2番目の○でしょうか,学士課程とか短期大学士課程については,要するに良好な環境が必要なんだという考え方を,ここで明確に示したということは1つ重要なことだと思います。
 今後のことでお願いですが,この私どもの考え方が今後どう設置基準の条文に具体的に生かせられるのかということについて,大変厳しい状況だと存じますが,十分なご検討を省内でぜひお願いしたいと思います。とりわけ大学設置基準,大学院設置基準,あるいは専門職大学設置基準,それぞれにどの程度書き分けられるのか,そんなことも含めてぜひご検討いただきたい。と同時に,あまり書きにくいからといって,具体には大学設置・学校法人審議会の審議のプロセスの中で,こういう考え方を実現せよというようなことで,設置審のほうに下駄を預けられても,今までの経緯からいってもなかなかそこではもうきちっとできかねるという流れもありますので,設置基準の条文を具体化する段階では設置認可審査のことも,十分に視野に入れながら書き込んでおいていただきたいと,なかなか技術的には難しいことだろうと思いますが,特にお願いしておきたいと思います。

【藤原大学振興課長】 各設置基準に関連すると思いますので,その点については十分検討したいと考えております。また,設置認可についてもご指摘がありました。申すまでもなく,このたびの改正は今後の新たな設置認可に対して,どういった形で規範性を持たせるのかが大変重要なポイントと思いますので,その点を十分留意して具体的な省令改正の作業に当たりたいと考えております。

【佐々木部会長】 私から1つ。「弊害の予防措置」という概念と,「代替措置」という2つの概念が使われているわけで,「弊害の予防措置」はいわゆる「適切な代替措置」および「情報の公開」のふたつだと思うのです。そこで,「空地・運動場に関する特区制度の全国化への対応について(案)」の大きな2の1つ目の○の2行目に、「空地・運動場を有しない場合の弊害の予防措置」というように,「弊害」という言葉を入れたほうがいいと思います。つまり、「空地・運動場を有しない場合の弊害の予防措置として,以下の代替措置を講じること及び情報公開」というように修正するのが適当だと思います。
 他にも細かいところで文章を修正する必要があるかもしれませんが,おおむね趣旨についてこの部会の合意をいただいたと考えてよろしいでしょうか。

(「異議なし」の声あり)

【佐々木部会長】 では,修正した文書を後日,周知していただくようにお願いをして,この案件については本部会のご承認をいただいたこととさせていただきます。今後,この件については文科省からパブリックコメントを求めるということです。パブリックコメントの結果をこの部会にご報告をいただいて,その上で,設置基準改正ということになった場合には,大学分科会に部会から提案をするということになると思います。そういった手続を前提にして、(案)をとって,パブリックコメントに付することにいたしたいと思います。

 

(2)大学教育の主要課題について,文部科学省から資料2-1の説明があった後,日本学術会議から,資料2-3に基づいて分野別質保証の審議状況の報告があり,意見交換が行われた。

【佐々木部会長】 資料2-1の一番下に赤い3つの○で示してありますように,これまでの議論を整理いたしますと,まず第1に、本日の資料では「大学教育を通じた共通基盤の確立」となっておりますが,要は「学士課程答申」、「大学院答申」において、いわゆる「学士力」あるいはそれぞれの「学位プログラム」の質にかかわる問題が提起されてきたわけです。そこでは,800近くを数える大学に対して単一の「学士力の質保証の基準」を一律に設けるのは妥当性を欠くという議論もありまして,「学士力」については、隣の赤○で「各大学の個性・特色の発揮」と示されている「機能別分化」とかかわってその構築を考えていく必要があるのではないか、という議論がなされてきました。そして,この両者を実現していくための「大学のガバナンス」という課題が3つ目の論点として出てきたわけです。
 本日は、その第1の「共通基盤の確立」あるいは「学士力」の概念について重ねて議論をいただきます。「学士課程答申」では分野を横断する「学士力」の要素が定義されておりますが,他方で「分野別の到達目標」の設定であるとか「コアカリキュラム」の必要性ということが指摘されまして、今日まで、この「分野別の質保証」の問題の検討が日本学術会議において進められてきたわけです。本日は、3人の先生方にお出でいただきまして,日本学術会議における「分野別質保証」の審議状況についてご報告をいただき,意見交換をいたしたいと思います。

【北原教授】 最初は私からこれまでの全体の流れと考え方についてお話ししたいと思います。日本学術会議では3年前の「学士課程教育の構築に向けて」の答申を受けまして,その後,審議依頼を受けたことからこのプロジェクトが始まりました。そして,日本学術会議では「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」を発足させまして,3年ほどかかっておりますが,昨年8月に回答を出しまして,そして,今,検討の新しいフェーズに入っておりますので,ここで経過報告をさせていただきたいと思います。
 これまでの経緯については,皆さんのところにある資料2-3のページの「文部科学省に対する「回答」取りまとめまで」というのが,これが回答に到達するまでの経緯です。その間にいろんなシンポジウム等を行いました。それから,その回答の以降,昨年の8月に回答をお渡しした以降のことは,5ページの「文部科学省に対する「回答」取りまとめ以降」というところでして,そこで「分野別質保証の在り方検討委員会」でその後も進めまして,その後「大学教育の分野別質保証推進委員会」というものを,今,新たにつくりまして,これから述べます参照基準を作成することと,それをいかにして広めていくかということ,それと学位に関する検討をさらに進めるということをやっています。
 それで,これは一連の流れの中で私たちが基本的に大事にしてきたことは,大学をめぐるステークホルダーたちとのコミュニケーションを図ることでありまして,ここにも書いてありますように国大協,公大協,私大連,大学基準協会,大学評価・学位授与機構,高等教育評価機構等,さまざまな団体機関と共同でシンポジウム等を開催してきました。あるシンポジウムにおいては学生も参加していただいたこともあります。その成果としてまとめたものが回答でして,その要旨が17ページに以降にあります。この中で強調したいことは,20ページに我々の提言の3つの考え方を最初に述べてあります。大学の多様性を損なわず大学の自律的質保証を維持すること,それから,ユニバーサル化の時代にあって学生が専門的職業人として,また市民として生きていくことが意図されていること,それから,各学問分野の特性を検証して学生にとっても社会にとってもその各分野の教育内容が明示され,そして可視化されることを大事に考えてまいりまして,そのために分野別の参照基準というものが重要であるという認識に立って,今,それを各分野ごと作成する作業を進めているところです。
 それから,この回答であと2つ大事なことがありまして,2つ目は教養教育,共通教育についてですが,これについてはこの第二部のところで述べてありますように,21世紀型の市民性を念頭に置いた教養のあり方を提案しております。そして,そこでは教養教育を専門教育の前段階とする考え方からの脱却を提案しております。3つ目は第三部というところで,22ページになりますが,そこでは大学教育と職業との接続に関するものです。これについては,就活の問題については昨年夏,政府もメディアも産業界もこの問題を深刻にとらえていただけたと思っております。そして,さまざまな動きがありました。
 それで,今,我々がやろうとしている参照基準について少し説明させていただきますと,これは後ほど広田先生から詳しく説明していただきますが,20ページのところで我々が重要に考えていることは,各分野の特性をきちんと提示していこうではないかと,これが教育の内容を21世紀という時代に合わせて,各分野の教育の内容を提示していくことが必要ではないかと考えた次第です。その各分野の内容といいますのは,各分野の特性として「世界の認識の仕方」に加えて「世界への関与の仕方」,こういうものも各分野で検討してほしいということを求めております。それに基づいてすべての学生が身につけるべき基本的な素養は何か,学習方法及び学習成果の評価についての基本的な考え方は何か,これを提示するものとして参照基準というものを提案しております。実はこのような動きは既にイギリス等で始められており,イギリスのQAA(Quality Assurance Agency)によって10年ほど前から始められておりますが,イギリスではイギリスの物理学会等,学会もこういうことに参加しておりまして,学習内容,学習の基本的な考え方を提示する運動が起こっております。そこで重要なことは学びの社会的な意味をも,従来,純粋な学問分野とされていたところで重視し始めているということです。
 それから,本日は参照基準の検討の進捗状況を広田先生にお願いします。それから,審議依頼を受けました学位に付記する専攻分野の名称に関する検討についての現状を報告させていただきたいと思います。学位に付記する専門分野については,実際の学習内容を明示しているかどうかについて,中教審の答申でその懸念が述べられていますが,これについて検討した結果,現状では次のように考えおります。学科名称の多様性がそのまま学位名称に反映していることによって,非常に多様化しているのですが,ここは学科という組織と学習内容を区別して考えることが適切ではないかということを考えております。それは後ほど詳しいことは説明いたします。
 それで,このような流れの説明をしましたので,これから具体的な検討状況について,参照基準にかかわることについて広田先生に,学位については吉川先生にお願いしたいと思います。

【広田教授】 具体的な検討状況の前に資料24ページをあけていただいて,少し参照基準がどう使われるのかというイメージだけ補足しますが,図の左側が日本学術会議がつくっていく参照基準になります。それから,右側が個々の大学になります。左側で日本学術会議がそれぞれの分野の参照基準をつくっていって,それを各大学が参照して,それで,それを参考にしながら学術的な基盤の上に立ったカリキュラムをつくって,それぞれの大学の状況に合わせたカリキュラムができていって,それを結果のモニタリングを通して点検・改善していくようなサイクルで使われることを想定しています。
 それで,現状がどうなっているかお話ししますが,7ページで,現在,文系で2つ審議が進んでいます。1つは言語・文学の分野になります。そこでずっと議論をしてきていますが,(1)のところで言語・文学分野に包含される多様な学習分野を1つにくくって,分野共通の根幹と相互の連関とに焦点化して,共通の部分で学生に何が学ばれることになるのかといったことを,今,議論しているところです。文学の先生なかなか難しい人が多いですが,だんだんと形が見えてきています。それで,(3)のところにあるような2つのアプローチがあるということと,その相互依存性を踏まえて,教育課程の編成に役立つようなものを形にしていこうというふうに進めています。
 8ページは,もう一つ進めている法学の分野になります。法学分野は法科大学院制度が導入された後には,ある種の学部の教育の意義がエアポケットになってきた部分があって,そこで現状の検証と法学教育体系全体の再整理といったところから議論を始めています。特に法律職や公務員以外の進路選択者にとって,法学教育はどういう意味があるのかといったことも議論しているところです。それから,2のところに行きますと伝統的な法学教育に加えて,法システムの利用者として新しい法学教育の可能性も含めた形で,法学教育を学ぶ意味といったものを参照基準の中に書き込んでいきたいと議論をしているところです。
 次に,この間もう一つ進めてきたことが理工の自然科学系の参照基準をつくる前の作業として,そこでは理工の全体で共有できるものをまず議論しようということで,これが今年の6月24日にまとまった文書です。13ページをあけていただいて,なぜこういった理工の全体でやろうという文書をつくったかというと,最初にできるだけ普遍的な理念・哲学を共有して,その後,必要に応じて細かな単位の分野を取り上げていくということで,自然科学系がそれなりに共通の合意の上で,各分野の参照基準をつくっていけるようにするための議論を進めてきました。
 そちらを少しご紹介しますが,12ページで,いろいろ議論をしてその上で共有していただきたいポイントとして7つのものがまとまりました。個別のものは紹介しませんが(3)と(5)だけ見ておきますが,(3)は学士課程における理工系分野の教育で重視すべき点の1つとして,全体の分野に共通する科学的な方法論や思考パターンに配慮した記述をしていくといったこと。それから,(5)ではいわゆる「専門教育」に相当する内容は,できるだけ精選されるべきことといったようなことが合意がされて,これから自然科学系の個別の分野で参照基準をつくっていくことになります。
 15ページを見ていただいて,今お話ししたのがこれまでの状況ですが,15ページには「今後新しく参照基準の作成に着手する分野の候補」が挙がっています。実際には日本学術会議の会員が9月で入れかわるので,入れかわった10月以降に具体的な審議に着手していく予定です。そこにありますような人文,自然科学から理工学まで7つの分野を予定して,現在,それぞれの分野の先生方と打ち合わせをして進めているところです。現状はそういうところです。

【吉川教授】 それでは,引き続きまして「学位に付記する専攻分野の名称の在り方検討分科会」,お手元の資料2-3の9ページをごらんいただければと思います。あわせて「学士課程教育の構築に向けて」答申の13ページをお開きください。日本学術会議に対して大学教育の分野別質保証のあり方について審議依頼がありましたときに,「大学の個性化・特色化に伴う教育の多様性の確保に配慮するとともに,学位に付記する専攻分野の名称のあり方なども含めて,分野のとらえ方にも検討を加えられること」という依頼を受けております。そのそもそもの出発点となりますのが,この「学士課程教育の構築に向けて」答申の13ページ,国よって行われるべき支援・取り組みの中に,13ページの一番下になりますが「学位に付記する専攻名称のあり方について一定のルール化を検討するとともに,学問の動向や国際的通用性に照らしたチェックがなされるようにする」,次ページですが「ルール化の検討に当たっては,日本学術会議や学協会との連携協力を図る,また英名表記の国際的通用性の確保に留意する」ということを背景に,日本学術会議に審議依頼があったところです。このような依頼を受けまして,分野別質保証と並んで学位に付記する専攻分野の名称のあり方検討分科会を設置し,これまで審議を進めてまいりました。現時点での到達点といいますか,まだこれから議論は進めておりますが,現状での状況をご報告させていただくものです。
 提言の方向として基本的な立場は,日本の学位の国際的通用性という観点を中心に,学位に付記する専攻分野の名称に関する基本的な考え方を提言するというものです。各大学は学問の動向や国際的通用性に配慮して,学位に付記する専攻分野の名称を定めるとこの答申でうたわれているわけですが,これまで学位に付記する専攻分野の名称に関して,一定のルール等を示したような文書は存在していません。また,英名表記という問題に関しては国際的な通用性という観点から,特に日本学術会議において焦点を絞って検討すべきであろうということで,検討を進めているところです。
 2つ目の○ですが,検討の方向性として学位に付記する専攻分野の名称は学位を与える課程,すなわち学位プログラムを反映した合理性と国際的通用性とを備え,かつシンプルなものとするということを原則として議論しております。まず,日本学術会議としては国際的通用性,すなわち国を超えて人が移動する,留学生の受け入れ,あるいは,日本人学生の国外への送り出し,双方におきましても国際的な通用性という観点から,英名表記に関して一定のルール化あるいは方針を示せないかということの議論を進めております。
 その際に,主要国における学位の英名表記が,まずはレベル(Bachelor, Master, Doctor),それから,その後によって立つ学問分野,さらに必要がある場合に教育課程編成上の重点分野を,階層的にBachelor of Science,Bachelor of Arts,Bachelor of Engineering等,あるいは,さらに「in」で重点分野を加えるという形であらわす構造をなすことによって,学びのコアとなる部分がどこにあるのかということを,対外的に示す構造になっている点を留意して,そういう方向で日本の学位の英名表記に関しても,一定の方向性を示すことができないかという検討を進めております。あるいは,Diploma Supplement等の併用によって,細かな分野というものは学位自身には表記せず,学位証書に添付するような資料を用いて,そこに学びの核となるものがどこにあるかということを示すのも,よいのではないかという方針も考えております。
 先ほど北原先生からもご指摘がありましたが,学位に付記する専攻分野の名称が,これまで600,700と非常に多様化しているということが,中央教育審議会等でもたびたび指摘されてきたところですが,その非常に大きな理由として各大学の教育組織の固有名称を,そのまま専攻分野の名称として用いている。したがって,1つの学科等のみにおいて唯一使われているような専攻分野の名称というのが,結局のところ学位に付記する名称を増やしているという現状があります。今,学位に付記する専攻分野の名称も学位を与える課程,すなわち学位プログラムを反映したものに変えるべきではないかと考えているところです。このような階層性の考え方を学位の和文表記にも何らかの形で反映できないかということを,これから議論していきたいと考えております。
 最終的に提言としてまとめたいと考えているわけですが,その際には分野別質保証のあり方の回答の基本的な考え方に準拠するということで,下に書いてありますが,大学の個性化・特色化に伴う教育の多様性のよい面が損なわれないように配慮し,教育内容に対する大学の自主性・自律性を尊重し,学生の視点に立ち,大学で専門学術分野の基礎を学べる意義を明確化できるような形で検討できればと考えております。

【谷口副部会長】 今ご説明いただいたことは基本的には全く正しいと思います。方向としては大変良い,早く提言を出してほしいという気持ちです。特に学位の話は重要です。とにかく学科の名前か何か訳のわからない学位名がたくさん出てきて,学位名を見ても何を勉強しているのかさっぱり判らないというものになっています。やはり学位名は国際的に通用しないとだめだと思います。日本の教育は悪くないということで,世界的に通用するところがたくさんあるのに,学位を何か出すとその名前から何を勉強していたのかよく判らなということがあってやはり困るわけです。留学生もどんどん来ますし,日本の学生も外国に行ってということを考えなければならないときに,特に留学生の場合に訳の判らない,何を勉強したのかよくわからないような学位名では困るということです。学位を取得したその本人が困ってしまう。そんなことがないようにしないと話にならないから,ぜひ細かく細分化された学位ではなくて,きちんと何を勉強したかがわかるような学位名称にしていただくとか,それを目指した基本的な方針をやはり早く出していただくと,大変ありがたいと思います。

【北原教授】 検討していろいろ調べてみますと,例えばヨーロッパのEUのほうではボロニャ・プロセスを進めるためにDiploma Supplementといって,何を勉強したかということプラス各国の教育システムはどうなっているかと,そこも全部含めて非常に明解にわかるようになっています。だから,そんなことが多分必要になるかなと思っておりますが,そのことも含めて検討したいと思っています。

【濱名委員】 私も学位の名称についてはもう現状がカオス状態だということで,方向性としては大変妥当な方向へ持っていっていただいていると思いますが,この資料を見ますと5ページのところに「分野別質保証推進委員会」の設置の期限が平成26年3月31日までとなっていますが,そこまで今の学位の方向性は結論として出ないのでしょうか。あるいは,逆に分野別の中身を検討していただくのは,おそらく同時並行にということではいかないことは理解できるのですが,学位の名称というのは逆にそれと一体化して結論をお出しになるのか,それだけ先にお出しになるのか,その辺のことについてお聞かせいただければと思います。

【佐々木部会長】 あわせて、分野によって議論の進捗状況が大きく違っているように思いますが,それはどういう事情なのか,お話しいただければ幸いです。

【北原教授】 まず1つは,学位に付記する専攻分野の名称の在り方検討分科会は,この6ページのところにこの設置期限をことしの12月31日にしておりますので,それまでには結論出すつもりでおります。
 それと各分野の進み方ですね。これは分野によっていろいろまだ温度差があるところもありまして,やはり危機感を持っている分野は何かやらなくてはということがありまして,ということと,我々の親委員会の分野別質保証推進委員会がそれに加わる形で今進めております。相互に連絡とり合う。ですから,あまり10も20も同時並行できないということがあって,今できるところで,今2つですが,この理工農が入って,それから,予定の部分が入りますから,これらをまずは1年ぐらいかけてやろうとしています。それをやって1つのモデルができていくと次は多分やりやすのではないかと思っております。

【鈴木委員】 いろいろな方面からまとめをされようとしていてその熱意が伝わってくると感じました。それで,私がお伺いしたいのは,20ページの第二部の「学士課程の教養教育の在り方について」というところですが,ここは少し抽象的,あるいは,現状というより過去のことを言っているのではないかという感じがしました。教養教育と専門教育の関係ですがこういう見方もあるのかとも思いますが,違った見方もあるのではないかという感じもいたします。
 それで,1つお伺いしたいのは「学士課程教育の構築に向けて」の中では,分野横断的に3つのポリシーを考えるということになっておりますが,学士課程教育プログラムの構造が分野横断的に例えば一般教育,専門基礎,専門科目の構造的な関連というものが示されればまことにありがたいです。それが24ページの「教育課程の編成の関係」の中に多少なりとも入れられないであろうかと思います。例えばこの右側の実際の教育課程(カリキュラム)とありますが,このあたりに多少その構造的な関係というものが,入れられないであろうかというイメージです。

【北原教授】 20ページは現状と問題点を書きましたけど,まさに21ページの冒頭に書きましたことがまさに先生の答えになると思いますが,「まず,現在の大学で行われている教養教育の多様性を認めつつ,その原点が民主主義社会を支える市民の育成にあることを再確認することが必要である」ということで,つまり専門教育と教養教育というのを分けて,コンセプトとしては専門教育はスキルですが,教養教育はもっとそれの市民としての教養といいますか,市民を育成するという意味での教養教育というものがあるわけですが,これは必ずしも教育課程として教養教育を前期に持ってきて,教養教育は専門教育の基礎であるという考え方からは脱却すべきであるという提案であります。
 ですから,教養教育と専門教育をどのように組み合わせるかというのは各大学で最適化を行うべきでありますが,大事なことはそれはいろんな組み合わせがあるだろうと,例えば専門教育いわゆる専門課程の中に教養的な要素が十分入れられる。それはどういうことかというと,各専門分野別の参照基準でぜひやってもらいたいと思っていることは,各分野に特有の世界の認識の仕方だけでなくて世界にどうかかわるか,そのエンゲージメントということも各分野の特性として書き入れてほしいと,そのことはまさに教養と非常につながってくることだと思います。
 それプラスここに提言の内容にいろいろ書いていますが,1つは最後の2つぐらいのパラグラフとして「市民としての連帯の背骨となるような新たな知の共通基盤を形成する」とか,コミュニケーション能力については単なる一方的な情報伝達ではなくて,むしろ相手を聞く力が大事であるということ,それから,語学教育とかインターネット教育の中にも教養の要素は入れられ得る。さらに,ここには少し省略してしまいましたが,芸術・体育についてもそれの教養的な意味があるということを,我々の分厚い回答でるる述べています。

【広田教授】 とても重要なポイントだと思います。それで,日本学術会議のほうでも専門教育と教養教育と具体的な科目との関係をどう考えるのかというのは大分議論をして,今,北原先生が言われたように回答の本体のほうではかなり書き込んであって,直接回答を各大学が見ていただいて,それをカリキュラムをつくるときに参考に生かしていただくという,そういう使い方を想定しております。

【鈴木委員】 北原先生のお答えでかなりわかってきた面もあるのですが,やはり教養教育と一般教育の関係について明確化が必要ではないでしょうか。私がお聞きしたのは一般教育と専門基礎と専門科目,これを全部称して教育プログラムと言っているわけですが,それと教養教育はどう関係しているのかということです。

【広田教授】 概念の違いが中身の違いであり,理念の違いであることは教養教育を議論したところでも出ていまして,かつての一般教育科目ではこうなっているが,新しい時代の教養を考えないといけないのではないかという形で,後ろ向きではなくて前向きに新しい教養教育の姿を,日本学術会議としては取りまとめたと考えているところです。

【浦野委員】 質問も兼ねてですが,産業界から見たときに今回のこの分野別質保証の審議が進んでいるということは大変うれしく感じております。それで,毎度申し上げているのですが,産業界としてはこの20年間の反省も踏まえて,要するに成長に欠けているという部分を踏まえて,今後,ほんとうに採用に当たって大学での教育内容を尊重する採用をしていきたいと思っているのです。そういう意味では,この分野別に学びの質が保証されてくるということは大変うれしいことですが,反面,例えば30年前のことを考えましょうか。そのときと今の時点で大学進学率はまるっきり違うわけです。20%代と今は50%代ですか,それぐらいの差があって,かつては2つの理由があって大学で何を勉強してきたか問わないって企業は豪語したわけです。もう企業に入ってから教育できるのだからと言って。
 その2つの背景は,1つはやはり20%という中身の中で大学に行かれる人はそれなりの地頭があって,そういう意味では基礎学力ができているという安心感が1つと,それから,もう一つはやはり右肩上がりの中で汎用的な能力なんて要らないということでした。個別企業の特殊的な知識だけ持っていれば,この成長路線に乗っかっていけるのだからという自信が各企業にあっただけに,各大学で「何勉強してきたの?」なんて問わなかったわけです。ところがここへ来て,特にここ10年のことを考えたら,大学進学率は5割になってきて,地頭の保証なんてどこにもないわけです。さらに企業自身がグローバルな競争の中に巻き込まれて方向性を見失う中で,企業の個別特殊能力なんて何の意味もないわけです。そうすると,企業は,ほんとうに汎用的な知識を持たれて勉強されてきた若い人たちの知恵が欲しいわけです。そうなったときに,ほんとうにここでおっしゃるような分野別の質保証ということが可視化されていると,企業としても非常に採用がしやすいし,学生さんとのコミュニケーションもとれると思うのです。
 そのときに,質問になるのですが,ここでおっしゃっているような国際的通用性も含め,あるいは,言語・文学分野のところも,こういったようなことはほんとうに800に近い大学で共通の,例えば学士,バチェラーというもので保証できるのでしょうか。私はそれは普通の統計学で考えて日本人が特殊な民族でない限り,50%も大学に行くような中でこの保証って非常に難しいと思うのです。そうなると,分野別の質保証をとらえて,この一番最後の24ページで「各大学における実際の教育課程」というところが,ここが,非常に大事でね,ここで私はやはり各大学が,機能別分化という言葉をあまり好まれないようですが,私は企業の立場から見たら機能別分化という言葉がいいか悪いか別にして,やはりすべての大学が高等な教育研究を通じて云々と書いてあるレベルに行かないと思うのです。そこをどう考えていらっしゃるか,こういうものをつくったときに標準はどこかということです。

【北原教授】 それは各大学によっても人的・物的資源にいろいろバリエーションがあるし,各学生もバリエーションがあるので,みんながみんな同じような働き方はできない,これは明らかなことだと思います。ただ,大事なことは,例えば物理学を,あるいは,自然科学を学んだ者は,少なくともこういう考え方はできるんだというところを我々は大事にしていきたい。そして,そういうことによって非常にできる学生,あるいは,能力ある人と,そうではなくて1つのことしかできないかもしれない。だけど,その人たちが話ができるような社会をつくる必要があるのではないか。それはさらに専門の中だけじゃなくて,専門を超えてお互い何やっているか,少なくとも共感できる,わかり合う,そういうふうな社会にしていかないと,まずいのではないかと思います。つまり,1人スーパーマンをつくるのではなくて,協働する,ともに働けるような社会をつくっていくということが,今回,非常に大事にしたいと思っております。

【広田教授】 補足ですが,24ページの図で各大学の教育理念,それから,各大学の状況が大学のところにあります。だから,同じ分野の学問を教えるにしても,各大学で実践的なものを教えるのか,学理的なものを教えるのか,それから,高度なことを教えるのか,そうではない基礎的なことを教えるのか,それは大学によって全然違っていい。でも,ある学問を学ぶことで共通なものは絶対あるはずという考え方です。

【浦野委員】 最後に1つだけ。例えばこの法学分野で「法システムの利用者」としての新しい法学教育の可能性という言葉があるのですが,正直申し上げると,非常に私なんか戸惑います。そんなことで法学部というのかというような部分があったりとか,あるいは,経済学部を出てきて例えば円の為替レートのことについていろいろ議論したときに,全く何の反応もできないような学生が現実にいることも事実なので,その辺も踏まえていただいて最低限例えば経済学士と言われたらどうなんだと,それができなかったらやはり大学という名前があっても学士は出せません。学士がなくても,それでも卒業はできますということです。だから,卒業イコール学士というのは私は,今,何か混乱のもとになっているのではないかと思っていまして,卒業と学士の授与を分けてみたらどうなのでしょうか。

【北原教授】 これは我々がこれからつくろうとしている参照基準に照らして,これはもうまさに経済学を学んだに値しないという場合には,それはやはりその大学は教育としてはまずということになると思うのです。それも,今,非常にあいまいのままに動いているので,そこははっきりさせる必要があると思います。

【佐々木部会長】 ただいまの問題は「質保証」の議論の一番悩ましいところでして,引き続きこの部会でも議論を重ねていくつもりです。

【高祖委員】 資料2-1の一番最後のところ,3ページです。「学士課程に係る検討の展開」を(3)で書いてありまして,囲みの中に日本学術会議のこと,それから,高度専門職業人育成の資格のことが説明されております。去年,学術会議が回答を出したときにも,医学,歯学,薬学,看護,獣医学,これは一応除くという回答でした。ただ,日本学術会議の中でもいろんな検討を重ねたり,シンポジウム等に出ていろいろ聞きますと,こういうふうな分野についても参照基準をやはりつくってくれという声がたくさんあるのです。それで,ここに役割分担がこう書いてありますが,日本学術会議として資格制度とつながっている分野については,どういうふうなスタンスをおとりになるのか。その辺の日本学術会議としての立ち位置ですね,そして,それと関係して文部科学省とのどういう連動の可能性があるのかと,ここはやはり大事と思いますので,その点についての説明をいただきたいと思います。

【北原教授】 はい,そういう問題があることは我々も認識しておりまして,確かに,今,高祖先生おっしゃったようにそういう声はあるのですよね。ですから,そこは文科省と連絡とりながらやっていくべき問題だと思っております。例えば,医学のほうで,今,医学は国家試験のために勉強するのですが,果たしてそれだけでいいのか。例えば社会的な病院経営とかいう世界も,あるいは,国際的な働きとか,そういうことは国家試験には出ないわけですが,ほんとうにそれでいいのかという問題もあるので,それはいろいろ声は聞こえてきます。

【榎本高等教育政策室長】 最初の大学教育部会で医療系に関するモデルコアカリキュラムの状況等をご報告しましたが,文部科学省としては,大学関係者の議論の場を準備する等のかかわり方をしております。したがいまして,医療系におけるカリキュラム等も大学関係者の作成ですから,様々な形での連携,情報交換をしていくことは大切であると思います。

【宮崎委員】 ここまでできれば学士として認めるというような,ある程度のイメージづくりというように今のお話は理解したのですが,そうすると,例えば高校までの勉強というのは学習指導要領があって達成度を見るということになっています。なるべく答えのある問題を正確に答えに到達できるかどうかというのが,そこまでの使命だというようなことですが,本来,学問というのは答えのない問題をいかにみずから問い学んで,切り開いていくかということだと思います。そうすると,今のお話で学士だとこの程度であって,これができていれば「まあ,いいでしょう」ということで枠を決めていくことになると,学問のレベルはもう大学には期待せずに,大学院以上にするということで整理しているということをおっしゃっているのでしょうか。

【北原教授】 違います。そうではなくて,さっき申し上げましたように,基本的な考え方を提案していきたい。そうすると,やはりさっき先生がおっしゃったように,解けない問題があるのだということとか,それに対してどういうふうに戦略を立てていく,これがまさに大事な問題になってきます。だとすると,そういうものが高等教育の目標にきちんと提案されれば,おそらく我々の気持ちとしては初等中等教育にも影響,むしろそれが重視されていくように,私は個人としては考えております。要するに参照基準って,結局,大学の中の教育の参照基準ではあるのだけれども,それがさっき浦野委員がおっしゃったように,これをつくることによって社会にも大学教育が見えてくる。それから,初等中等教育にも見えてくる。こういう可視化するという,もう一つの役割があるのではないかと思っております。

 

(3)学士課程教育に関する新たな検討について,文部科学省から資料2-2の説明があった後,金子委員から資料2-4に基づいて意見発表があり,意見交換が行われた。

【金子委員】 簡単に私が日本の大学教育の問題で基本的な問題だと思っていることを少しお話ししたいと思います。
 「日本の大学教育―三つの問題点」と書きましたが,簡単に問題提起だけさせていただきますが,1つは学生の問題として日本の大学生は勉強してないのではないかということです。日本の大学生約4万5,000人について調査した結果ですが,学生の生活時間,活動時間を出しました。これが8.2時間なのですが,そのうち授業及び授業関連の学習,卒論に使っている時間は5時間弱でありまして,非常に少ないです。しかも大学設置基準で規定されている学習時間を計算しますと,一日約8時間の学習を予定しているわけですから,実際に学習している時間というのはその半分くらいにすぎないということになります。
 それから,国際基準として,実際に日本の単位制度はアメリカの制度を取り入れたものでありますが,実際,アメリカではこの程度の時間を実施時には勉強していたようです。今少し下がっているという研究が出ていましてアメリカでも問題になっていますが,しかしこれは決して空想の制度ではないです。それから,ヨーロッパでも,現在,単位互換制度がつくられていますが,これも計算してみますと一日ウイークデイで8時間の学習を予定しまして,要するに国際標準の半分しか日本の学生は勉強してないと,これが最大の問題ではないかと思います。
 それから,2ページですが,これは,勉強してないのはどこが問題なのかといいますと,この授業出席時間と,授業に関連して勉強する時間というように分けてみますと,左側が授業の出席時間ですが,実は大学設置基準で要求に沿って行っているので,これは当たり前かもしれません。しかし,徹底的に欠けているのは授業に関連にして自分で学習している時間でして,これは設置基準そのまま計算しますと5時間くらいなのですが,実際には2時間弱ぐらいしか勉強していない,3分の1くらいです。しかも,これ時々日本の大学教育は選抜制が問題で,大学に入るべきではない学生が入ってきているという議論がありますが,実はこれは大学の選抜制によってもあまり変わりません。言いかえますと,優秀な大学と思われている大学でも,実は学習時間は非常に少ないという問題があるわけです。アメリカの学生調査,1年生についてアメリカの学習量を比較したものでありますが,ご覧になればわかりますように,日本は,週に5時間以下しか学習してない学生が半分以上になるわけでありますが,これはアメリカではマイノリティーであり,明らかに日本の学生の学習時間は少ないということになります。
 3ページですが,なぜ少ないのかということですが,もう一方では,先生がどうかといいますと,これは私どもがやりましたが,大学教員約5,000人に対する調査ですが,実は日本の大学の先生は非常に努力をしているわけでありまして,1学期の担当コマ数は8コマになります。これはアメリカの大学は4コマが大体標準ですので,倍です。日本の大学は教えているということになります。ただ,これは何を反映しているかといいますと,1つは日本の大学の根本的な問題としてやはり貧しいといいますか,財政基盤が弱いということが1つあると思いますが,もう一つは,これをご覧になるとわかりますが,ゼミ論文指導といいますか,比較的小規模のものがかなりあります。これはかなり負担のもとになっているわけで,考えてみますと,財政問題もさることながら,カリキュラムの体系化・標準化がやはり十分に進んでいないのではないかと思われるわけです。そこで今の日本学術会議の参照基準の問題は非常に重要だと思いますが,そういった意味での体系化・標準化を十分に進めることによってある程度改善できる点もあるかもしれないと思います。
 ただし,日本の大学教員は非常に働いてはいるわけでありますが,授業や教育にかけている時間が少ないということは事実であるようです。こうしてみますと,日本の大学教育の特筆というのは比較的授業の数は多いのですが,教員が個々の授業にかける時間が少ない。それから,学生もそれに対応して自分で勉強しない。結局,問題は授業の密度が低い,あるいは,大学教育の密度が低い,量的にやはり十分でない。同時に,それが体系的な知識の習得が不完全であるということに結びついている。したがって,教育成果の実感が生じない。ほかの人から判断して不十分だと思われる場合もあると思いますが,同時に,自分でも多分十分ではないと思っているということが言えるのではないかと思います。ある意味で,大学教育の量的あるいは質的な充実度が低い,そこが一番大きな問題ではないかと思います。
 こういった状況を考えてみますと,必ずしも個々の改革も非常に重要なわけですけれども,もう少しシステマティックな問題をやはり考える必要がある。これは4ページですが,日本の大学・高等教育システムの最大の問題は,基本的な革新,根本的な革新がなかなか進まない。個別の工夫はかなり進んでいると思いますが,構造的な問題は残っている。しかもこれに対して標準的な解答がないと思うので,さまざまな革新が起こらなければいけない。それが最終的には多様化をもたらし,全体としての効率化もたらすと思うのですが,しかしそうした革新がなかなか起こらない。1つは日本の大学教育は,学部・学科にやはり分かれて統治されていて,大学教育プログラム全体として,これをどう効率するかという観点からなかなか検討が行われにくいと,それは私は非常に大きな問題ではないかと思います。
 実際,学士課程教育が個々の学部によってガバナンスされているというのは,国際的に見れば,日本が非常にまれな例でありまして,例えばアメリカは学士課程の教育は一応やはりカレッジというところで一応ガバナンスが行われている。そういったレベルで革新が導入されるということが多いということです。そういった点でも非常に大きな問題があるのではないか。もう一つはやはり社会的なフィードバックが完全ではない。しかもそれが大学の中で大学の教育のガバナンスとして解釈され,それが大学の中の革新としてそれが影響与えると,それが実際の改革に結びついていくという,そういったサイクルが十分に機能してないというところは,やはり大きな問題ではないかと思います。

【篠田委員】 今,金子委員からご提起をいただいた点の第3番目の点にかかわって,私もこれがやはり学士課程答申を実質化していく上で,1つの核になる問題ではないかと思っております。教育のガバナンスをどのようにしていくのかという点でありますが,文部科学省からご説明をいただいた今後の検討の中心テーマの(3)の学内実施体制とか,学長のリーダーシップとかに連動してくる問題ではないかと思っています。その中で特に私自身は答申の中で書かれている「教学経営」という言葉に着目しているのですが,「教学経営」は答申の中では,例えば「最も重要なのは各大学が教学経営において3つの方針を明確に示して運営する」というような使い方とか,「教学経営のPDCAサイクルの中にFD活動を位置づけ」とかいうような言葉で展開されているのですが,この具体の中身というのは必ずしもまだ展開が十分にされているわけではないと思っております。金子委員の今のご提起との関連で申し上げますと,例えば最初に述べられた「教育は基本的に学部の専権事項」ということですが,ご説明いただいたように,学士力という提起自身がやはり学部横断のシステムでありますので,これをやろうとすると,学長権限だとか,学長の補佐機構をどうするかだとか,全学的な教育開発推進のシステムの位置づけだとか,権限だとかいう問題に触れていかないと,どうしても実効性あるものになっていかないのではないかと思います。その下の個々の授業は個々の教員に帰属するということも,これ教育目標に従ってやはり授業編成をするというところまで踏み込んでいくと,これはなかなか非常に厳しい問題と思いますが,やはりこういうところも視野に置いて検討しなければいけないと思います。
 それから,その下の「教育プログラムの全体としての一貫したガバナンス」というのも,3つのポリシーという提起がされて,入り口から出口までということですが,それを個別にいろんな対応で委員会をつくってやっていてもだめで,やはり入り口から出口まで一貫して管理する仕組みがないと,なかなか実効性を持つことができないと思います。これがやはり個々の大学で進んでいる大学と,そうでない大学があるという実態報告を前回いただきましたが,そういうところにまた反映をしているのではないかというような気がいたします。それから,学生実態を踏まえた改革という点で,例えばIR機能は非常に注目されているのですが,それ自身も学内の運営機構の中にもどのように位置づけるかという問題です。
 これは,要するに最も基本的な困難は大学執行部側がこうした調査方式,IR機能を,どのように使うのかという戦略を欠いていると思うのですが,機能があってもそれを執行部なり全体の中にどのように位置づけてやるかということがないとなかなか難しいわけです。FDとかSDも改革を担う人づくりという点では非常に重要なのですが,例えばSDはこういう能力をつけていかないといけないといっても,やはりそれは全体の管理運営機構の中に職員をどのような形で位置づけて,教員と同時にどのような位置づけなり権限を持たせるかという問題とセットでやらないと,幾ら力をつけても発揮ができないということになります。そのあたりのところがぜひこれからのご検討の中で,1つのテーマにしていただければ,有難いと思います。これはもう例えば平成7年のたしか大学運営の円滑化についての答申とか,その後の平成10年の21世紀の大学像答申の中でも基本的な学長権限や学部権限については触れられておりますが,やはり今日のテーマにふさわしいマネジメントというか,ガバナンスのあり方とセットで提起することによって,実質化がより進むのではないという認識をいたしております。以上であります。

【田中委員】 金子委員の問題提起大変ありがとうございました。私が常日ごろ思ったことを非常に的確にまとめていただいたと思います。と申しますのは,私自身は大学院教育を日本で一日も受けておりませんので,すべてアメリカで受けましたので,金子委員のおっしゃっていることは非常に実体験として感じていましたところです。教員が授業にかける時間数というもの,担当コマ数が非常に少なくて,1つのコマに対しては非常に時間をかける。例えば私の指導教授だった者が言っていましたことは,過去3年間研究が忙しかったので,今年の秋に関しては大学院の授業を教えるので3カ月間300本ぐらいの最新のジャーナルの論文を読んで,それを並びかえると言っています。100本ぐらいの論文を課すわけですが,10週間のクオーター制でしたが,その間に100本ぐらい課すわけですが,そのうちの50本ぐらいを入れかえるわけです。3カ月全部その教育のために使って,秋の授業に備えるということを言っていたことがありました。まさにそういうことを金子委員がご指摘になっていて,日本の教育,それは大学院の教育でしたが,学部でも同じような努力をしているわけでして,それについてどうなのかということを非常に力強くおっしゃっていただいて,非常に重要なご指摘をいただいたと思っております。
 それと,4ページ目のところでの中で私が自分のコメントとして申し上げたいのは,教育のガバナンスのところですが,ガバナンスとのあり方は非常に難しいと思っておりまして,800ある日本の大学がすべて同じガバナンスのあり方を持つことは難しいだろうと思います。先ほど浦野委員もおっしゃったように,教育内容も異なるであろうということのように,運営の仕方も異なれば教え方も異なるだろうと思います。学長のリーダーシップや学部長がやはり強くなればよいというものでもないという気もしています。というのは,高い崇高な教育理念を共有している人々の中では,ガバナンスはおのずときいてくると思うのです。そういうときには非常に高いレベルの崇高な理念を持った学長や学部長が,かなり強いリーダーシップを発揮してもうまくいくと思います。けれども,崇高な理念を持たない学部長や学長が気に入らない教員の首を切るような形でガバナンスをやると全く機能しなくなって,それは教育の質の低下になるわけです。
 何が必要かというと,各大学の機能別分化があると思うのですが,各大学でいろんな役割はあると思うのですが,その中で自分の教えている領域が自分の一国一城の主だって,これはだれにも触れさせないということを言っていたのではだめだと思います。例えば,私は政治学の現代政治分析が専門ですが,現代政治分析を担当する者が少しずつ領域が違っても,5名いれば5名がきちんとコミュニケーションを持ってここでは何を教えるかと,うちの大学では卒業するまでにこれとこれは必要だということの共通理解をしなければならないと思っているのです。日本はやはりそれが非常に弱いのではないかと思っております。
 チームとして何を学生に教えるかということは大学によって異なるであろうし,すなわちこの機能別分化はそこにあると思うのですが,例えば地域発展のために貢献する大学というものがある,これは設置形態に関係ないと思います。国公私立関係なしに地域発展に貢献する大学もあるし,それから,グローバルな教育に貢献しようとする大学もあるし,もしくは国全体の教育の中での教育を頑張るという大学もあれば,世界の最先端の研究者を養成しようとする大学もあると思います。それはおのずと機能別分化というものは出てくると思うのですが,それぞれの大学の中でやはり教員たちが共有の価値観を持って何をするかということを考えなければならない。それをやはりその価値観の共有を進めて,そこで強く推し進めるような学部長なり学長が必要なんだと思うので,そういう意味でのリーダーシップが必要だと思いまして,ただ単にヘビーハンドで上からトップダウンで物を決められればいいということではないと思うのです。
 その一番重要なところというものをやはり押さえていく必要があって,日本の場合,一番問題なことは教員同士が自分の教えていることはほかの人に触れさせないというような閉鎖性にあると思うのです。自分の城は自分の城で守るということではなくて,やはり学生に教えるならば同じ領域は共通理解をするということが重要ではないかと思って,そこから始めていかないと高いレベルの教育と崇高な教育理念というものは生まれてこないのではないかと思っています。

【長束委員】 先ほど金子委員のほうから,大学生は勉強しないというようなお話がありましたが,もちろん高校現場でも生徒の学習時間の低下は問題になっています。そういう中でさまざま努力をして,何とか勉強させる,学習させていくというのをやっているわけです。1つここで情報というか,高校で今の1つの動きをご紹介します。日本の大学にそのまま高校を卒業して進学するのではなくて,アメリカの大学等に進学をするような生徒がここのところ増えてきています。それも特に優秀な生徒が例えばハーバード大学ですとか,そういう大学のほうに進学するという動きが増えています。また,それを後押しするような動きが,教育産業の中でも動きが出ています。大学生レベルでハーバードの教育プログラムを日本の高校生に提供するような取り組みも出てきています。
 生徒が何を魅力に感じているかというと,やはりそれは教育のプログラムです。海外の大学の教育プログラムにすごく魅力を感じているようで,それがおそらくこの調査を見させていただいた学習時間にも影響してくると思います。大学のほうで与えられているプログラムの中で勉強をすることが,必然化されていくような中で学習時間にも出てくると思いますし,それがまた教育にかける時間にも出てくると思います。もちろん日本の大学でも非常にさまざまな取り組みをされている大学もあると思います。先日も教育GPをとったある大学の経営学部のリーダーシップを中心としているプログラムを見せていただきました。非常に魅力的で,そういうふうに努力をしているところでは,おそらく教育にかける時間というのもすごくかかっていると思うのですが,そういう魅力あることというのが全体に広がっていっていただければ,非常に高校現場としてはありがたいと思っています。
 もう1点,先ほど初等中等教育では,学習指導要領等で決められた,結論のあるというか,答えのあることを学ぶというご発言がありましたが,高校現場も生きる力を育成するということで,問題解決力ですとか,課題解決力というのを身につけるというようなものも,今,努力をしているところですので,そこは共通していると思いますので,協力してやっていければと思っています。

【榎本高等教育政策室長】 ここまでで金子委員の現状に関する指摘,ガバナンス等に関する課題等も多々いただいているところです。こういった論点も認識しながら,部会としてどのように論点を抽出するか,あるいは,どのように事例を収集するのか,また今後の進め方の方法論に関しましてもあわせてご指摘等いただければと思います。

【山田委員】 多分これからのところにも関係するかと思うのですが,日本の学生が学習をしないということは,私どもの調査でもそのとおりだと思います。ただ,その場合に1つの考え方としては今のセメスターでとっている科目が多過ぎるというものを少なくすることで,そして,また1週間に何回かの授業をするということで,シラバスの予習と復習の時間をかなりきちっと明記することで,学習時間を確保できる可能性というのもあるかと思います。ただ,ここで例えばアメリカとの問題性があるのですが,アメリカの場合は確かに非常に1セメスターの中でとる授業科目が徹底していることと,そして,授業1つ1つの中での学生の学習時間を確保するということはできているのですが,一方で日本の例えば大学のある意味でよさかもしれませんし,あるいは,これは機能別分化の1つの特徴になっていくのかもしれませんが,卒業研究,卒業論文と,ゼミというものがあるかと思います。
 実はここにかけるおそらく先生方の時間というのは非常に長い,そして,また質を高めるための努力もされていて,実際に学生の中にはその卒業研究を通じて,非常に成長したというような自己認識をしている学生もたくさんいないでもないと思うのです。それが実は日本の場合はこの新制大学も含めてのよさでもあって,アメリカなどの大学でもそのあたりを例えば非常に威信度の高い大学などでは,4年生などでキャップストーンとか,インディペンデントスタディという形で,日本式のそういう卒業研究の制度を取り入れようというような動きも,例えばUCバークレーなどでは実際にあるのです。そういうことを考えたときに,この卒業研究や,そうした少人数制のゼミというものをどう位置づけていくかということも,やはり今後考えていかなければいけないんではないかなというように感じる部分があります。

【金子委員】 今のような話を今まで信じていたわけです。山田委員もおっしゃっていたような,要するに卒業論文で勉強するのだからいいと,ゼミで少人数でやっていればいいのではないかと。それは日本の大学のやはり1つの思い込みであって,私はそれは批判するべきだと思います。実際,特に理系についてはかなりその傾向強くて,実験室の中で小インフォーマルな組織に帰属することによってかなり学習する。卒業論文に関してもそうやった中で学習するという体験をお持ちの方も多いと思いますし,みんなそれでいいと思っていたと思います。しかし,この2ページのグラフを見てみますと,理工で4年間ならした図ですが,確かに卒業論文にかけている時間は,普通4年目でやるのを4年間にならしていますので,週1時間ぐらいしかなっていませんが,確かにある程度の時間はかけていますが,しかし絶対量としてはそれを入れても決して多くはありません。
 そういう思い込みがあったことが日本の大学教育に対して非常に大きな問題を生じて,一種のあいまいさを生じさせていたのだと思います。少人数で何か機能があるということです。それで日本の大学一応の機能果たしている。さらに進んで言えば,日本の企業はある程度,日本の企業の人材育成ということもそういった集団的な傾向が非常に強かったので,それに日本の大学教育というものは合っていたとか,特に理工系はかなりそういう傾向あったと思います。ただ,本当にそれでいいかということを私は聞いているわけで,実際にそれで時間をきちんと使って勉強して,特に大学入ってから4年に至るまでトータルで見て,本当に学習量が保証されているのか,私はそれはそうではないのではないかと思っています。
 もう一つ非常に重要だと思うことは,インフォーマルな教育課程というのは実は暗黙的な知なのです。今,企業などに求められていることは本当にそれでいいのかどうか。やはりそれはきちんと表に立った知識,そういった意味ではコミュニケートする能力,そういったものが求められているところがあります。そういったものに対して今までのインフォーマルな集団による教育機能は,本当にいいのかということを私は考えるべきだと思います。

【濱名委員】 金子委員が指摘された問題点の中で,私は,どこから考えていくかというときに,やはり学習時間が少なくて密度が低い点だと思うのです。ガバナンスの話は大事かもしれませんが,ガバナンスの問題を変えることは一番大変です。それぞれの大学の規模であるとか,文脈もあるので,早稲田大学の話と関西国際大学の話を同次元でしても話にならない。ところが,学習時間が少ないということについてはやはり具体的な問題として我々も把握可能だと思うのです。大きな問題はこれについては山田委員も先ほど指摘されましたし,川嶋委員がよく指摘されますが,履修科目数の多さ,これがやはり教育の密度の低さと連動していることははっきりしているわけです。そうすると,科目を減らせばいいという話になるかというと,細分化している日本学術会議もあまり現段階で扱われない医歯薬系などは科目区分もっと細かいわけです。一単位の授業科目で半期をさらに半分に区切った形での授業などを盛り込む形でやっている分野が,比較的質保証でうまくいっているとなっているとするならば,逆に人文社会学系ですとか,やはり分野ごとに細かく見ていかないといけない部分があるのでないかと思います。
 私は日本学術会議が内容について参照基準をつくることは急いでいただきたいという思いがあります。私どもの調査結果で言いますと,実は偏差値の低い大学ほどコアカリキュラムに対する要望が強かったり,あるいは,共通テストをつくってほしいという声が強かったりというのが学科長クラスで出てくるのです。つまりどの水準で最低線を引くのか,それは必ずしも本意ではないと思いますし,それをすれば問題が解決するとも思いません。しかしながら,逆にその辺の基準を示していくことと,逆に我々自身も,では,医歯薬系では問題はないのかということ,もう先ほど議論が出たように試験に合格さえすればいいのかとか,JABEEの基準を満たしさえすればいいのかというような問題と,人文社会学系のように必要以上に科目が細分化されていて,いわば統合しようと思えばできる問題があります。
 例えば,カリキュラム・マップの問題とかシラバスの問題が出ていますが,先ほど田中委員が発言されたような話は,基本的に言うと教育内容に対する体系性が基本的に欠如しているということが,おそらく日本の大学教育にある内在している一番の問題点だと思います。標準化していこうと思うのであるならば,ガバナンスもさることながら,そのルーブリックをきちんとつくっていくとか,要するに評価の観点であるとか,何をアウトカムにするのかということを組織立ってやっていって,それはまさに参照基準等々で何を教えるのかということを定めていくこととセットであるわけですので,私はやはり内容と方法についてやはりきちんと一般論ではなくて,多少,焦点を絞って議論した方がいい。今までであれば私も医歯薬系は問題がないというような仮定で,質保証が進んでいると取り上げてきたのですが,そこにもおそらく何がしかの問題があるのかもしれませんし,そういうところについては内容の問題だけではなくて,システムの問題として学習のシステムについては少し見ていく必要があるのではないかと思います。
 特に15週プラス1回とか,形式的なところにものすごく目を奪われて,認証評価の段階でもその最後の1回があるかないかで,いわば非常に形式的な議論やっているのですが,教室外の学習についての定めが全くないような仕組みで16週あるのと,きちんとアメリカの大学ですとクイズというような形で,平常テストやっているときには90分やらなくても授業時間途中で終わって帰ってしまうわけですが,それでも質保証はできるということです。だから,やはりそういう点では形式的になっている部分について,きちんと見直していくところがまずスタートではないかと思います。そして,日本の大学生がやはり学習時間が金子委員の調査で言えば,うまく行っている大学も具体的にあるはずですので,そういうところを手がかりにやはり仕組みを構築していくというのが現実的な話ではないかと思います。

【黒田副部会長】 日本の学生は勉強しないということですが,学生が勉強しないのではないのです。日本の学生たちはアメリカへ行くとアメリカの教育を受けて卒業して帰ってくるのです。ですから,それだけの勉強は日本の学生たちもやっている,やらせられればやるのです。だから,日本の大学がやらせてないという問題なのです。ですから,先ほどからありますように,大学教育というのは大学教員の個人のものだという意識があまりにも強過ぎている。シラバスつくるにしても同じ教科でもみんなばらばらにつくっているのです。だから,1つのカリキュラムのポリシーに基づいた体系的なカリキュラムがつくられてない。個人で,最後に卒業論文で囲い込んだ学生だけが自分の学生だと,生涯にわたって囲い込んでいるわけです。卒業して何十年もたってもゼミの同窓会がやられているわけです。
 また,企業もそれをよしとしていたわけです。ここのゼミを卒業したらなら無条件で採用しますという,そういうのがずっと続いてきた。それが今でも残っているということが問題なので,その辺をどう解決するか,この辺がポイントです。ですから,細かいことをもう先ほどからいろいろ議論出ていますが,まず教員の意識を改革することが,アメリカ並みの勉強をさせる体系をどうつくるかという,これを大学のレベル差関係なしにやれることだろうと思うのです。その辺のことをまず踏み込んでいただいたほうがいいのではないかと思います。参照基準もやはりその辺のことを考慮しながらつくっていただきたいと思います。

【高祖委員】 先ほど榎本室長からご説明いただいた資料2-2の1に「中心とするテーマ(イメージ)」ということで,学士力,教育内容・方法,それから,学内の実施体制でガバナンスに関係することと提示されています。金子委員から先ほど要点を絞ってご説明いただいた4ページ目の問題点のところと見合わせますと,ここには太字で大きく3つ,「大学教育改革の課題」,「教育のガバナンスの不在」,それから,3つ目に「社会的なフィードバックが機能不全」と書いてあります。それで学士課程教育を論じる場合に,その中の大学間や学問分野別などに見られるいろんな差を論じるということは大事なのですが,学士課程答申そのものが今日ご説明ありましたように,入り口,つまり高校からどういう人が入ってきて,それを大学でどう教育していって,どう社会に出していくかという,こういう大きな枠組みで論じられています。それをやはり今回の検討を進める場合にも,論じる中心がまず今指摘されているような学習方法とか学習時間,それでも構わないのですが,問題を考える基本的枠組みとしてそういう大きな入り口と出口がつながっているということは,やはり押さえておく必要があると思います。そういう意味で,社会的なフィードバックが機能不全であるという指摘,ここはとても大事なことをおっしゃっていると思うのです。
 それで,資料2-2を見ますと一番最後の「そのほかの課題」に例として出ていまして,グローバル化やFD・SD,それから,一番最後に「初中教育との情報の共有の必要性。また,産業界を含む社会との関わり」と出ているのですが,この最後のものは「その他」に置くには少し重過ぎる課題ではないかと思います。今日の金子委員のご指摘も踏まえれば,むしろこの中心とするテーマのイメージの枠づけのところにこういうのはきちんと置いておく方が望ましい。先ほど高等学校も入り口から育てているという話がありました。日本学術会議で取り組んでいる参照基準も学ぶことの透明化を,学内にも学外にも向けてやる,産業界にもわかりやすくしていくということですので,何かそういう枠づけみたいなことも同時に置いておく必要があるのではないかと思うのです。それによって学士課程の中身の問題を論じることが,こういう入り口から来る人たちをこういう出口に育てていくという,こういう枠組みの中で論じているということを明確にする必要が,やはりあるのではないかと私は思います。

【鈴木委員】 金子委員のこの資料は非常に重要で「ない,ない,ない」というのが副題で3つついていまして,ないということを強調されている。それで,先生がこの間,私立大学情報教育協会での話などは,私はあれをくっつけるともっともっと先生がおっしゃるところが非常にはっきりしてくるだろうと思って感銘を受けております。やはり私は,今,高祖委員もあるいは濱名委員もおっしゃいましたが,構造化,体系化ということが,分野にかかわらず体系化されているということがどうしても必要だということですので,それをもう少し具体的に言えば,先ほど北原教授に一般教育あるいは専門基礎,それから,専門科目,これはやはりどういうふうに関連して構造化されているのかということを,打ち出していただきたいということを申し上げましたが,その構造化と,それから,私は科目の番号化ということが非常に重要だと思うのですが,この2つはどの分野であっても学士課程として必要だという,そのフレームワークから議論を始める必要があるのではないかと思います。
 それから,こういう金子委員が言う「ない,ない,ない」ということを,「ある,ある,ある」というようにするにはどうしたらよろしいかということですが,これやはり3番目の革新が生じないというところは非常に深刻な問題でして,かといって,文部科学省がやれば革新生じるかというと,これも問題だと私は思います。それで,納谷委員がいらっしゃるんですが,大学基準協会の会長さんですのでいろいろお考えだと思いますが,やはり大学の団体とか,あるいは,認証評価の機関がその役目をどうしても負わないといけないのではないかと思うのですが,その辺の議論をなお続けていく必要があるのではないかと思います。

【田中委員】 先ほど理念的なことを申し上げたので,少し同じことで具体的なことを申し上げたいのですが,黒田副部会長がおっしゃっていたことで,すなわち勉強する時間が足りない。なぜかというのは,結局,教員の時間がないからです。1人8コマも教えていては丁寧に教えることはできないので勉強させられない。やはり勉強させるには課題を多く与えて,読ませて,クイズもやり,レポートも出して,それをきちんとコメントをつけなければならない,その時間がないのです。なぜないかというのは,何人もの,例えば5人の教員が現代政治分析を教えているときに,あの人と私は6割は同じ内容だけれど,4割は違うからこれは絶対にいじりませんということを言っているからないわけです。それを5人が7割から75%同じなので同じ科目だといえば,それは3年に一遍教えればよくなって,交代で教えられるようになるわけですね。要するに科目の体系化ということと,教員の価値観の共有ということは非常に重要なのです。体系的内容を共有することによって教員の負担が減る。ということは,学生の負担が増える,学生がより勉強するようになるということだと思います。
 最終的に今後何が必要かということですが,資料2-2の最後にあります認証評価を,今後の大学の活動状況に関する把握ということですが,把握するときに,先ほどもお話しありましたが,15週間プラス1週間でやっているかということだけではなくて,どのくらい体系化について教員たちがコミュニケーションをとっているかとか,ガバナンスはそういう意味だと私は思っていて,教員たちが学生のために教育をどうしようとするか,自分たちの教育のコマの負担を減らして,学生の負担を増やすような努力をしているかという視点から,やはり現状把握が必要なのではないかと思っているのです。少し実質的な現状把握に入っていかないと,やはりもう形式的な把握はもうかなり進んできているのですが,もっと内容に入らないと日本の学部教育というものは,よくならないのではないかと思っております。

【納谷委員】 私としては,いろいろ意見が出てきているが,もうそろそろ問題を絞ってもらって,年度内に仕上げるようにしないといけないと思います。そういうことを少し徹底して事務局のほうでしてください。今日の出てきたのも1つの論点かもしれませんが,私,見た限りでは資料2-1の下の欄のところに絞って,これからどうするかという方向に審議を寄せていく中で,資料2-2にあるようなポイントで,やはりある程度の目安をつけるべきだと思います。もう少し前に引っ張っていくような部分で意見をまとめて持っていくということをしないといけないと思います。やはり,この時期では多少は実務的にそういう方向へ向けてのスケジュールを,次回までに事務局のほうでまとめておいていただければありがたいと考えております。

(4)文部科学省から資料3~資料4について説明があった。

(5)今後の日程について,事務局から資料5の説明があった。

 

―― 了 ――

お問合せ先

高等教育局高等教育企画課高等教育政策室

-- 登録:平成23年09月 --