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第6章 全額一般財源化論の検討

 平成15(2003)年6月27日の閣議決定「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」(いわゆる「骨太の方針第3弾」)では、国庫補助負担金等整理合理化方針の中で、義務教育費国庫負担金について「平成18年度末までに国庫負担金全額の一般財源化について所要の検討を行う。」とされている。
 義務教育費国庫負担金の全額一般財源化は、きわめて重大な問題であり、当作業部会としても、その当否について見解を表明しておく必要があると考える。

1. 全額一般財源化の問題点
 税源移譲による場合であれ、地方交付税交付金による場合であれ、義務教育費国庫負担金を一般財源化する場合には、これまで義務教育の教職員給与費に充てることとされていた財源が、どのような経費に充ててもよい財源になる。すなわち、義務教育教職員給与費のための財源保障が無くなることを意味する。
 このような一般財源化は、都道府県の財政上の自由度を高めることにはなるが、それは結局のところ義務教育費を減らす自由でしかない。したがって、一般財源化は、必ず義務教育の水準を下げる方向に作用するであろう。特に現在都道府県が膨大な地方債残高を抱え、歳出予算に占める公債費の比率が年々増加している現状において、義務教育費国庫負担金の一般財源化は、結果として義務教育費の減額によって公債費を賄うということになる可能性が高い。他の分野の補助金削減による税源移譲が進まない場合には、その危険性はさらに高まるであろう。(教育費、公債費の割合等について、図3参照(PDF:19KB))
 また、地方財政の深刻の度は都道府県ごとに大きく異なるから、一般財源化した場合には、都道府県間で義務教育の水準に大きな格差が生じる危険性も高い。
 先にも述べたとおり、シャウプ勧告による義務教育費国庫負担金の地方財政平衡交付金への吸収から昭和28(1953)年の制度復活に至る歴史は、地方間の一般的な財源調整制度によっては義務教育費を確保することが困難であり、義務教育の水準確保と地域間の機会均等を保障するためには義務教育費に目的を特定した国による財源保障制度が必要であったという事実を示している。
 義務教育費国庫負担制度は、地方財政の状況の如何を問わず、義務教育のための安定した財源を制度的に保障することを目的とする制度である。地方の財政状況が深刻の度を増している今日こそ、過去の教訓に十分学ぶ必要があるであろう。

 一般財源化を、税源移譲と地方交付税交付金に分けて検討した場合、それぞれ以下のような問題があると考えられる。

税源移譲の問題点
 仮に義務教育費国庫負担金の全額(平成15(2003)年度予算で2兆8千億円)を廃止し、同額の所得税を個人住民税に振り替えた場合、現在の個人住民税の都道府県ごとの税収額をもとに試算すると、税源の偏在のため都道府県間で著しい格差が生じ、47都道府県中38道県では、得られる税収が失われる国庫負担金を下回る。最も財源が減少するのは沖縄県で、国庫負担金の44%の税収しか得られない。財源不足になる道県では、義務教育費を削減せざるを得なくなるであろう。(仮に義務教育費国庫負担金を廃止し、全額税源移譲した場合について、表2参照

地方交付税交付金の問題点
 税源移譲によって生じる義務教育費財源の減少分は地方交付税交付金によって保障されるとの主張がある。しかし、地方交付税交付金は都道府県のすべての財政需要を基準財政需要額として算定し、その総額に対して一括して交付されるものであるから、義務教育費が確保できるという制度的な保障は無い。
 他方、地方交付税交付金については、地方の財政需要の総額に対する財源保障機能があるために地方の財政的な自立を妨げているとの批判があり、政府が進めている「三位一体の改革」においても、地方交付税の財源保障機能は縮小することとされている。義務教育の財源保障を全面的に地方交付税に委ねた場合、全体に縮小する財源の中で義務教育費だけは従前どおり確保されるというのは、非現実的な想定であり、むしろ全体の縮小の中で義務教育費も縮小を余儀なくされると想定するほうが自然であろう。

  義務教育は、1すべての国民にひとしく提供されなければならないこと、2無償でなければならないことから、生活保護などとならんで財源保障の必要性がきわめて高い分野である。明治以来義務教育費に対する国の財源保障制度を改善充実を図りながら構築してきた沿革から見ても、義務教育の教職員給与費に対する財源保障制度は、地方間の財源調整制度とは別に設けられる必要があったことが分かる。また、多くの先進諸国においても、義務教育の教職員給与費は全額国庫負担あるいは義務教育費に充てるための教育目的税といった特定財源によって支えられている。それは、義務教育については確実な財源保障の必要性があるからである。
 義務教育費に対する財源保障は、義務教育費に充てるための特定財源で行うべきであり、地方交付税交付金のような一般財源による財源保障は、事業の継続・廃止、拡大・縮小について地方の裁量の余地の広い分野に向けられるべきであろう。

2. 義務教育と高校教育の違い
 全額一般財源化論の論拠として、公立高校に係る経費については全額一般財源に依っているのであるから、義務教育費を全額一般財源化しても支障は生じないはずだとの主張がある。しかし、これは義務教育の本質をわきまえない議論である。
 義務教育と高校教育との間には、憲法に由来する次のような決定的な違いがある。
  1  義務教育はすべての国民に与えられなければならない
 高校は、基本的に能力と意欲のある者を受け入れる教育機関であって、義務教育のようにすべての国民に保障しなければならない教育ではない。したがって、義務教育の学校とは異なり、地方自治体には設置義務が課されておらず、公立高校を設置するかしないか、設置する場合どの程度の収容規模を確保するかは、各自治体の裁量に委ねられている。高校進学率をどの程度に見込むか、私立と公立との収容力の比率をどの程度に設定するかなど、各都道府県の政策的な判断の問題である。県立高校を全廃して、高校教育をすべて私学に委ねることも、憲法上、法律上は可能である。この点が、憲法の要請に基づき、6歳から15歳までの全ての国民を確実に受け入れなければならない義務教育と決定的に異なる第1点である。
  2  義務教育は無償でなければならない
 高校教育は授業料を徴収する有償教育であり、受益者負担の原理が働く世界である。公立高校に必要な経費のうち、どの程度を授業料による受益者負担に求め、どの程度を税金による公費負担に求めるかは、設置者である地方自治体が自らの裁量により判断すべきことである。必要な経費の全額を受益者負担に求めることも、憲法上、法律上は可能である。この点が、憲法の要請に基づき、無償で行わなければならず、受益者負担に転嫁することが許されない義務教育と決定的に異なる第2点である。
 これら2点における義務教育と高校教育との違いは、もし高校を義務教育化したらどれだけの財源が必要になるか考えてみるとよく分かるであろう。まず、無償にしなければならないから、現在の授業料収入分の財源はすべて税金で賄わなければならなくなる。あえて有償の私立高校を選択する生徒以外はすべて公立高校で受け入れなければならないから、その分の公立高校を増設しなければならなくなる。増設した高校の人件費や施設設備費などもすべて税金で賄うことになる。地方財政全体で数兆円の新たな財源が必要になるだろう。
 したがって、高校教育が地方の一般財源だけで行えるのだから義務教育も同様に一般財源だけで支障なく行えるという議論は、すべての国民に無償で提供されなければならないがゆえに確実な財源保障が必要になるという義務教育の本質を理解しない、的外れの議論であるといわねばならない。

3. 義務教育費国庫負担金を一般財源化したらどうなるか
 これまでの検討から導かれる結論として、義務教育費国庫負担金を一般財源化した場合には、次のような重大な問題が生じるだろうと考えられる。
  1  義務教育において、国家・社会の健全な発展を支える国民教育として必要な内容と水準を、国の責任において確保することができなくなり、国の責任放棄というべき事態となるおそれがある。
  2  義務教育の無償制を財源面から下支えする制度が廃止されることになり、義務教育に必要な公費支出に支障が生じ、学校経費の安易な保護者への転嫁など、憲法が求める義務教育の無償制に反する事態を招くおそれがある。
  3  義務教育費を安定的に確保する制度が廃止されることにより、教職員の給与費に充てる財源の不足をきたし、教職員の給与水準の低下や教職員の人員削減などが起こり、教育水準を維持するために必要な教職員の確保が困難になると考えられる。その結果、これまで充実・改善が図られてきた少人数指導や習熟度別指導、障害児教育や児童生徒の問題行動への対応、地域に開かれた学校運営、食の指導などが後退を余儀なくされ、40人学級を維持することも困難になるおそれがある。
  4  義務教育水準の地域間格差を是正し、義務教育の機会均等を確保していた制度が廃止されることになり、財政力の格差がそのまま地域間の義務教育水準に転化されるなど、地域間における義務教育水準に著しい格差が生じることになると考えられる。特に、へき地・離島など小規模学校を多く抱える地域の義務教育水準が著しく低下するおそれがある。
  5  地方財政において義務教育費を安定的に確保することができなくなり、義務教育の水準が、地方の財政状況の変動の直接の影響を受けて不安定化するおそれがある。
  6  義務教育のための財源保障により地方財政の健全な状態を維持する制度が廃止されることになり、地方が一般財源から支出する義務的経費の比率が高まる結果、地方財政を著しく圧迫し、財政の硬直化を招くおそれがある。
 以上のような理由から、義務教育費国庫負担金は一般財源化すべきでなく、義務教育費国庫負担制度の根幹は今後とも堅持していく必要があるというのが、当作業部会としての結論である。


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