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第3章 義務教育費国庫負担制度の必要性

 以上のような義務教育制度の在り方、義務教育費負担制度の現状、沿革、国際比較などを踏まえて整理すると、義務教育費国庫負担制度の必要性は、概ね次の6つの観点から説明されよう。
  1 義務教育に対する国の責任
  2 義務教育無償制と完全就学の保障
  3 教職員の人材確保
  4 義務教育の地域間格差の是正
  5 義務教育水準の安定的な確保
  6 地方財政の健全化
 以下、これら6つの観点に沿って、義務教育費国庫負担制度の必要性についてより詳細に述べることとする。

1. 義務教育に対する国の責任
 義務教育は、国民として最低限必要な資質を培うものであり、国家・社会の基礎となる国民教育としての性格を有している。義務教育は、共通の言語、文化、規範意識などを一人一人の国民の身につけさせることにより、国民社会を一つの統合された社会として成立させる基盤となるとともに、すべての分野の職業生活や経済活動の基礎となる知識・能力を養うものであり、統一した国民経済の形成・発展に不可欠の基盤となるものであると言うことができる。
 したがって、義務教育においては、全国的に共通な最小限の教育内容が求められるとともに、いずれの地域においても最低限の教育水準が確保されなければならない。こうした国民教育としての義務教育の教育内容・教育水準を確保することは、各地方のみでなし得ることではなく、最終的には国が責任をもって行わなければならないことである。
 義務教育を経済学的な観点から人的資本形成として見た場合には、その効果は教育を受けた個人にとどまらず、社会全体に及ぶ外部経済性を持っていると言うことができる。また、その外部経済効果は、義務教育を行う市町村や都道府県という特定の地域に限定されるものではなく、国民経済の全体に寄与するものであると考えられる。我が国の急速な工業化や経済成長が、農村部から都市部への大量の人口移動を伴うものであったことは、その証しである。
 義務教育の無償制の必要性は、義務教育の持つ大きな外部経済性で説明できると考えられるが、義務教育に対する国による財源保障制度の必要性は、その外部経済性の波及する範囲が国民経済全体の広がりを持っていることで説明できる。すなわち、特定の市町村又は都道府県において、当該地域が享受する利益のみに対応して財政負担の規模を決定すると、その財政負担の規模は国民経済全体が享受する利益に比べて過少なものになってしまうであろう。
 諸外国においても、一般に義務教育に対しては国(連邦制国家においては州)が重要な責任を負っている。フランス、イタリアなどのヨーロッパ諸国や韓国、シンガポールなどの東アジア諸国では、教育課程の基準設定について国が責任を負うとともに、義務教育の教職員給与費を全額国庫負担する制度が採られている。学校教育に係る行財政について分権的な制度を採っているアメリカやイギリスにおいても、近年、教育水準の向上のため国が積極的な役割を果たすようになっており、中央政府や州政府が教育課程の基準を設定し、中央政府・州政府から地方への教育費支出も増加する傾向にある。
 また、国は義務教育のナショナルミニマム水準を維持するだけでなく、国家戦略としての義務教育政策を推進し、将来における国家・社会の発展を担う国民の資質・能力の向上を図るという責任を負っている。
 我が国の義務教育は、明治時代末期に6年間の義務教育への完全就学がほぼ達成されたが、このような基礎教育の普及が我が国の経済・社会の近代化の基礎となったことは、従来しばしば指摘されているところである。戦後さらに義務教育年限が9年に延長され、国民全体の教育水準の向上したことが、その後の高度経済成長における原動力となったことは広く認められている。
 今日における国家戦略としての義務教育政策の課題は、これまでの成長を支えてきた平均的な学力水準の高さを維持しつつ、新しい時代の担い手として、いかにして一人一人の個性や創造性を伸ばしていくかという点にある。基礎・基本の徹底を図りつつ、自ら問題を発見し解決していく力、生涯を通じた自己教育力、自ら学び、自ら考える力を培い、自らの力で新しい時代を切り拓いていけるような国民の育成を期さなければならない。そのために求められる教育内容・教育水準の在り方、それを支える教育条件整備や教育投資の在り方については、国の責任において不断の検証と改革を行っていくことが必要である。
 諸外国においても、たとえば知識主導型経済における国際競争力の強化を目指して教育水準の向上を図ろうとしているイギリスや子どもたちの学力不足を国際競争力の危機ととらえて学力向上対策を進めているドイツに見られるように、義務教育は国民経済の成長・発展の基礎をなすものとして、国家的課題とされている。
 我が国における義務教育費国庫負担制度は、国が義務教育の水準を維持するとともに、国家・社会の発展のために必要な教育投資を行う責任を果たすために設けられているものであって、この制度を廃止して地方にすべて委ねた場合には、国民社会・国民経済の健全な発展を支えるために必要な規模と内容の義務教育が提供されなくなり、国の責任放棄というべき事態となるおそれがある。

2. 義務教育無償制と完全就学の保障
 明治20年代から30年代にかけての義務教育費負担制度の歴史に照らしてみると、全ての国民の義務教育への完全就学を実現するためには、義務教育の無償制の実施が必要であり、無償制を実施するためには確実な財源保障が必要であったことがわかる。義務教育の無償制は、旧憲法には規定されていなかったが、新憲法の下では教育を受ける権利を保障するための重要な原則として明記されている。
 義務教育においては、このような憲法の要求に従い、全ての国民を就学させるために必要な規模の学校が、原則として全額公費により維持されなければならないことから、その実施に当たっては必要な財源が確実に用意されている必要がある。この点において、設置者の裁量により収容規模を決めることができ、その経費負担を受益者負担に求めることができる高等学校教育とは、教育財政上の位置づけが全く異なる。義務教育は、財源保障の必要性が極めて高い分野であるということができる。
 このような義務教育に対する財源保障の責任を最終的に果たすことができるのは国だけである。現行の義務教育費国庫負担法第1条が、まず「義務教育無償の原則に則り」と定めているのは、そのような国の責任を示すものである。
 戦後、6・3制の実施により義務教育の年限延長が行われたが、国も地方も国民全体も疲弊しきっていたその当時において、数多くの困難に直面しつつも、必要な財源を確保しつつ、この6・3制がなんとか実施できたのは、その時点ですでに昭和15(1940)年制定の義務教育費国庫負担法が存在し、義務教育に対する国による財源保障の仕組みができていたからであるといえる。
 しかしながら、義務教育費国庫負担制度があるとはいえ、この制度は基本的に教員の給与に係るものである。授業料がかからないといっても、教科書、教材、図書等の購入費など学校教育を受けるためには様々な経費が必要となってくる。
 そのため、義務教育無償制と完全就学を実現するための理念から、教材・教具の整備については昭和28(1953)年に義務教育費国庫負担法により教材費の一部に国庫補助を適用し、29(1954)年からは「理科教育振興法」及び「学校図書館法」の制定により理科設備、図書等の充実を図った。そのほか教育の機会均等を保障し義務教育を充実させるため、経済的条件により就学困難な児童生徒に対する就学援助、昭和29(1954)年制定の「へき地教育振興法」による地域的条件によるハンディキャップを補完するための措置等の施策を講じた。また、教科書に関しても昭和38(1963)年に「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」を制定し、無償給付を開始した。
 しかしながら、このような施策を講じても、保護者の税外負担の問題が生じ、昭和31(1956)年には文部省として各都道府県に、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律等の施行について」の通知において「教材の使用にあたっては保護者の負担等の点も考慮する」よう求めた。さらに、昭和35(1960)年には地方財政法の改正(昭和36(1961)年4月施行)にあわせ、「教育費に対する住民の税外負担の解消について」の通知を出している。しかし、このような対応をとっても保護者負担の問題は解消は困難であったため、文部科学省は保護者負担の最たるものとされていた教材に関して、その整備計画を昭和42(1967)年以降4次にわたって行ってきている。もし義務教育費国庫負担制度が廃止されて義務教育費がすべて一般財源化されることになれば、現下の財政状況のあおりを受けて、教材費等の学校予算が縮減され、保護者にそのしわ寄せがいく事態も予想される。
 義務教育費国庫負担制度は、このように義務教育の無償制を支える制度であり、この制度を廃止することになれば、義務教育に必要な公費支出に支障が生じ、学校経費の安易な保護者への転嫁など、憲法が求める無償制の原則に反する事態を招くおそれがある。

3. 教職員の人材確保
 義務教育を実施するうえで、教職員の配置は教育の成否を左右する最も重要な教育条件であり、財政負担の上でも教職員の人件費は義務教育費の4分の3というきわめて高い割合を占めるものである。
 優れた資質能力を有する教職員を、児童生徒に行き届いた教育が行える人数だけ確保するためには、教職員給与費の財源として必要な額が安定的に確保されていなければならない。諸外国の制度を見ても、義務教育費のうち教職員給与費を国が負担する例が多いのはそのためであり、我が国における明治以来の義務教育費への財源保障制度の発展が、教職員給与費を対象としてきたのも、そのためである。
 義務教育費の財源確保の中心的な問題は、明治以来常に教職員給与費の財源問題であり、教職員の人材確保の問題と表裏一体であった。
 明治以来、教員の待遇は決して良くなかった。明治時代、教員は「羽織袴で銭ないものは学校教員」などと皮肉られ、大正時代には「髭を生やして洋服着ていても懐は淋しかろう」と揶揄されていたといわれる。明治中期、「小学教師、続々依願免本官の辞令書を頂戴し、得々然と巡査、役場書記・・・などの職業に鞍替えをなす」という記録に見られるように、教員の転職率はきわめて高かった。大正6(1931)年に設けられた臨時教育会議では、「このままで放っておいたならば、教育社会には人士が欠乏して、・・・ほかで働けないからして学校へでも行ってやろうとか、あるいは最も融通の利かないぼんやりした人間という者が小学校の方にだんだん集まってくる結果になると私は信ずる」という委員の発言が記録されている。
 教職員の給与費は地方財政の中で経常的経費の大きな部分を占めるため、財政状況の影響を受けやすい性質を持っている。財政状況が悪化したときには、必ずといってよいほど教職員給与費の抑制・減額が財政上の課題とされる傾向がある。そのようなことが繰り返されると、教職員の給与水準は時間とともに他の職に比べて相対的に低下していくことになる。教職員に人材を得るためには、このような事情を考え、教職員の給与水準と給与費の財源を支えるための意図的な努力が必要になる。明治以来の教職員給与費に対する財源保障制度の発展はこのような要請に由来するものであったといえる。
 諸外国に目を転じると、アメリカやイギリスなど諸外国においては、教員の給与水準の低さが教員の人材不足の原因であるという問題意識の下、現在、教員の給与改善に取り組んでいるところである。イギリスでは、ブレア首相の主導の下、2002年に教員の給与を前年比3.5%の増を図るなど、教員給与の改善を目指して国と地方の教育予算の増額計画を進めている。アメリカでは、無資格教員が多く、また、5年間で半数の教員が離職するといわれるなど、教員の人材確保が大きな課題となっており、カリフォルニア州で2001年に教員の平均給与を10%引き上げ、ニューヨーク市も2002年の採用者について初任給を20%引き上げるなど、各地で教員の待遇改善の取組が行われている。このように教職員の人材確保は各国共通の課題である。
 公立学校教員の給与については、平成16(2004)年度から、公立学校教員の給与に関する「国立学校準拠制」が廃止され、その負担者である自治体ごとに定めるものとされたところであるが、人材確保法により、義務教育の教員に優れた人材を確保するため、教員の給与水準については、一般の公務員に比較して必要な優遇措置が講じられなければならないものとされている。
 公立義務教育諸学校に配置すべき教職員の数については、義務標準法により各都道府県ごとの標準定数が算定されている。この標準定数は、全ての公立小・中学校において、40人を上限とする学級編制が行われることを前提として、教科に応じた習熟度別の少人数指導やティームティーチングなどのきめ細かい指導を行うとともに、いじめ・不登校などの問題にも対応できるよう、各都道府県ごとに最低限必要とされる教職員数を示すものである。
 義務教育費国庫負担制度は、教職員の質と数を全国的に確保するため、公立義務教育諸学校の教職員給与費の負担者である都道府県が、人材確保法と義務標準法の下で必要とする給与費の財源を、確実に保障するための制度である。この制度を廃止することになれば、給与費財源の不足をきたし、教職員の人材確保が困難になる結果、教職員の資質の低下が生じるとともに、教職員の定数を確保できなくなることにより、少人数学級の実現が困難になり、少人数指導・習熟度別指導、自主的・自律的な学校運営、食の指導など、これまで教職員の配置を改善することによって進められてきた施策が後退することになると考えられる。

4. 義務教育の地域間格差の是正
 義務教育においては、全国どの地域においても一定の水準が確保されることによって、教育の機会均等が保障されなければならないが、財政力に大きな格差のある各地方公共団体に全ての負担を負わせてしまうと、財政力の格差がそのまま義務教育費の支出水準の格差に反映され、その結果地域間で義務教育の教育水準の格差が生じる事態となる。特に児童生徒一人当たりの経費がかさむへき地・離島の学校においては、教育水準の著しい低下をきたすおそれがある。
 昭和25(1950)年度にシャウプ勧告を受けて義務教育費国庫負担制度が廃止されたのち、児童一人当たりの教育費で、東京都と茨城県の間で100対53という格差が生じたと記録されている。このような状態を是正するために、昭和28(1953)年度から改めて現行の義務教育費国庫負担法が制定された経緯がある。
 米国の義務教育費負担制度は、主たる責任を学校設置者である学区に負わせているが、学区間には著しい財政力の格差があるため、教育水準の均等化を図る上で州からの補助金が重要な役割を果たしている。しかし、依然として学区間の格差は大きく、また州間の義務教育費支出水準の格差もあるため、学区間・州間で義務教育水準の格差が生じている。このような義務教育水準の格差が、学力水準のばらつきに反映されているとの見方があることは、前述のとおりである。
 義務教育費国庫負担制度は、地方公共団体間の財政力格差がそのまま地域間の義務教育水準の格差に転化されてしまわないよう、義務教育費財源を地方公共団体間で平準化することにより、義務教育の機会均等を確保する役割を果たしており、この制度を廃止することになれば、地域間において義務教育水準の著しい格差が生じることになると考えられる。

5. 義務教育水準の安定的な確保
 地方財政は景気変動などに左右されやすく、年々の財政状況には大きな変動が起こり得るが、財政状況の変動が義務教育費支出に直接反映されてしまうと、財政の悪化とともに義務教育支出も落ち込むことになり、義務教育の水準が安定的に確保されなくなる。義務教育費においては、教職員の人件費など経常的な経費が大部分を占めているが、このような経費は急な増減が困難な性質のものである。これを無理に削減しようとすると、給与の欠配・遅配、あるいは強引な人員整理などの事態が生じるが、そのような事態は、明治以来各地で幾度となく起きている。
 そのような事態を回避し、地方財政の変動にかかわらず、義務教育の妥当な水準を安定的に確保するためには、義務教育費に充てるべき安定した財源が必要である。
 義務教育費国庫負担制度は、地方財政の時間的な変動がそのまま義務教育水準の不安定化に転化されることがないよう、義務教育費財源を安定化することにより、義務教育の水準を安定的に確保する役割を果たしており、この制度を廃止することになれば、義務教育の水準が不安定化することになると考えられる。

6. 地方財政の健全化
 すべての国民にひとしく無償の義務教育を提供するため、市町村には小・中学校の設置義務が課されている。したがって、小・中学校教育は市町村の自治事務とされているが、同時に市町村にとっては義務的事業であり、その事業規模の決定についての市町村の裁量の余地はきわめて小さい。これに要する財政負担の大部分は、毎年度一定額が必要となる教職員給与費であり、その額はきわめて大きい。そのため、義務教育の経費をすべて設置者である市町村に負わせてしまうと、市町村の財政を著しく圧迫することになる。
 大正年間における町村長たちの義務教育費国庫負担増額運動は、義務教育費の重圧から町村財政を解放し、町村財政の健全化によって真の自治の発展を期したものであったが、戦後今日に至るまでの市町村財政の状況の中においても、地方財政の健全化という観点からの義務教育費国庫負担制度の意義はいささかも後退していないといえよう。
 義務教育費国庫負担制度は、義務的経費である義務教育費によって地方財政が圧迫されないよう、国が義務教育のための財源保障を行うことにより、地方財政の健全な状態を維持する役割を果たしており、この制度を廃止することになれば、地方が一般財源から支出する義務的経費の比率が高まる結果、一般財源を他の政策的な支出に充てる余地が縮小し、財政の硬直化を招きやすくなる。


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