令和8年4月21日(火曜日)10時00分~12時00分
WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式
【隅田主査】 それでは定刻となりましたので、ただいまから中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会特異な才能のある児童生徒に係る特別の教育課程ワーキンググループ第8回を開催いたします。
これまでの議論では、特異な才能のある児童生徒について、学校外の機関とも連携し、特性等に応じた高度な内容を取り扱う場合等において、特別の教育課程を必要に応じて編成・実施を可能とする仕組みの創設に向け、制度構築の基本となる考え方、特別の教育課程の内容、対象となる児童生徒の考え方などを整理してきたところです。
本日はこれまでの議論を踏まえ、本ワーキンググループにおける取りまとめ骨子案のイメージについて御議論いただきます。進め方といたしまして、まず議題について事務局から説明をしたのち意見交換を行います。小林委員、藤田委員は本日御欠席でございます。
それでは議事に入ります。事務局より御説明お願いいたします。
【栗山教育課程企画室長】 失礼いたします。教育課程企画室長の栗山でございます。それでは私よりまず事務局資料について御説明を申し上げます。
本日は主査からもお話がございましたように、これまでのワーキンググループでの御議論を踏まえまして、取りまとめ骨子案を作成し、お示しをさせていただきました。これについてこれまでの議論を踏まえて、論点の部分にございますように、とりわけ今回新たにお示しをしている1ポツの基本的な考え方を中心といたしまして、足らざる点や更に加えるべき点、修正を要する点などについて御議論をいただければと考えております。
次のページが目次になります。目次を御覧いただきますと、1、2、3、4、5と5段落で構成されておりまして、1ポツが新たに記載いたしました基本的な考え方の部分でございます。ここに記載した要素については、これまでのワーキンググループの議論から出てきている部分も多々ございますけれども、改めてこれまでの議論を踏まえて体系的に整理を行ったものでございます。それが1ポツ。
そして、2、3、4については、これまでのワーキンググループでお示しをし、また御議論いただいてきた内容、基本的にはほぼそのまま記載をさせていただいているものでございます。それゆえ、今回初出ではない内容になりますので、御説明見出しのみ簡単に御説明をする形で進めさせていただきたいと思っております。
その上で、5のその他については、これまでの議論の内容もございますけれども、一部ここまで議論が進んできたゆえに整理を試みている部分もございますので、5番、その他についても御説明をさせていただければと思います。本日1、5を中心に御説明をし、全体として御議論いただくという形で進めることができればと考えている次第でございます。
それではまず1ポツ、基本的な考え方についてでございます。まず基本的な考え方の中でも括弧1にございますように、特異な才能のある児童生徒の支援の意義について、なぜ支援をすべきなのかということについて改めて言語化をしたものでございます。
本ワーキンググループでは、教育課程企画特別部会の論点整理で、特定分野に特異な才能のある児童生徒、今回、以下「特才児童生徒」と呼称をさせていただきたいと思いますが、こちらに係る特別の教育課程を編成・実施を可能とする制度を創設する方向性が示されたことを踏まえまして、その具体的な在り方について検討を進めてきたわけでございます。この過程で、特才児童生徒の多様な実態や状況についても議論が進みましたことから、制度の骨格の整理が進んできたこの段階で、改めて支援の意義を整理するものでございます。
まず丸1として、令和4年の有識者会議審議まとめとの関係であります。令和4年の「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議審議まとめ」、審議まとめとのみ呼称いたしますけれども、こちらでは多様な一人一人の子供たちに応じた個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実の一環として、特才児童生徒の支援を考えるという基本的な考え方が整理されたものであります。
その上で審議まとめでは、特才児童生徒が有する困難を解消し、才能を伸長する上で、それぞれに応じた多様な学びの機会を提供することが重要であるとし、これを受けて文部科学省では予算事業を実施してきたところでございます。また、この度の論点整理、あるいは本ワーキンググループでの審議も、こうした令和4年以降の議論や政策を踏まえて、その延長線上に検討してきたということを改めて確認をしているものであります。
丸2として、昨年9月の論点整理の基本的な考え方との関係であります。論点整理では、検討の基盤となる基本的な考え方の一つとして「多様性の包摂」を掲げております。「多様性の包摂」は、多様性を個人及び社会の力に変える観点から、多様な個性や特性・背景を有する一人一人の意欲が高まり、可能性が開花し、個性が輝く教育の実現を目指すものであり、すべての子供に最大限、資質・能力を育成することを目指すものであります。こうした考え方を踏まえまして、論点整理では柔軟な教育課程の実現を目指し、調整授業時数制度等による包摂的な通常の教育課程の仕組み、いわゆる1階でありますけれども、としてもなお十分に対応が困難であると考えられる子供たちについて、特別な教育課程の編成・実施を可能とする検討を行いました。
具体的には、通級指導や日本語指導を必要とする児童生徒、校内外教育支援センター等に通う児童生徒と並び、特才児童生徒についても特別の教育課程の仕組みを拡充・新設する、いわゆる2階、ここを拡充・新設といたしまして、2階建てによって複層的に包摂をすべきということが示されたわけであります。
これを踏まえて、丸3、特才児童生徒の支援の考え方でありますけれども、今申し上げたような考え方がある一方で、我が国の学校におきましては、「みんなで同じことを同じように」と過度に要求する側面も見られる中で、特才児童生徒への指導・支援の蓄積は不十分であり、不登校や通級指導、日本語指導が必要な児童生徒と比較した場合でも支援の必要性の認識が十分に浸透しているとは言い難い状況があると考えております。
先に御説明した丸1、丸2及びこれまでの議論を総合的に勘案いたしますと、今後の特才児童生徒の支援に関する考え方は、概ねこの隅括弧の1から3のように整理をできるのではないかと考えています。
まず1つ目、困難の軽減や克服の観点であります。特才児童生徒は、その才能や特性ゆえに学習上、生活上の困難を抱えることが非常に多くなっています。例えば、学習のレベルが常に統一で苦痛を感じていたり、誤解を招く言動があり、周囲の同級生や教師との人間関係構築が困難となったりして、学校に通い、学ぶ意義を見出せず不登校に陥ることもあり、適切な支援なしには才能の伸長が阻害されるばかりか、将来への意欲や希望を失う結果にも繋がりかねないと考えています。
この点、コメ(※)1で更に補足をしていますので、改めて確認をしたいと思います。特にこのコメ(※)1では補足的に申し上げると、本ワーキンググループにおける議論におきましても、例えば困難は知能が標準から離れていることから生まれるもので、標準から低い方に振れているだけではなく、高い方に振れている場合でも困難が発生するとの指摘がありました。
才能に伴う困難のみならず、発達障害などを併有することもあり、いわゆる2E、Twice-Exceptionalと言われるような子供たち、特才児童生徒の在り方は多様でありますが、困難に対する支援は共通して必要であると。なお、特才児童生徒の中には2Eである場合もありますが、才能ゆえの激しさや過興奮性を中心とした特性による行動が誤って障害の枠組みのみで捉えられ、不適切な対応がなされる場合があるとの指摘もございます。
このような困難の軽減や克服の観点を踏まえますと、すなわち、特才児童生徒は才能に恵まれているだけではなくて、困難を抱えやすい存在でもあり、「多様性の包摂」の趣旨を踏まえれば、学習上・生活上の困難の軽減や克服を支援し、育成すべき資質・能力が身につくように必要な支援を行う必要があるとさせていただいております。これが1点目でございます。
そして2点目が、「好き」(興味・関心)を育み「得意」を伸ばす観点等であります。今次改訂では、一人一人の好き、興味、関心を育み、得意を伸ばす教育を重視しております。この点、特定分野に特異な才能のある児童生徒は、まさに「好き」や「得意」が顕著であり、その伸長が不可欠であります。特才児童生徒への支援を充実し、その才能を伸長することは、論点整理でも申し上げました現在以上に独自の発想や視点に価値が置かれるようになる今後の社会において、本人の「自らの人生を舵取りする力」を最大限高めるとともに、我が国の学校現場が「正解主義」や「同調圧力」への偏りから脱却する観点からも重要であると考えています。
そして3点目、個人のウェルビーイングと社会のウェルビーイングの観点であります。論点整理では、多様性を個人のみならず社会の力にも変える方向性を打ち出しています。このことを踏まえれば、特才児童生徒への支援の充実は、本人の困難の軽減や自己実現を支えることを目的とするものの、社会全体の活力や創造性の向上にもつながるものであり、結果として我が国の経済社会の発展にも資する側面を有するものと考えております。この1から3のように支援の意義について整理ができるのではないかと考えているところであります。
その上で、これを踏まえて括弧2、本制度の基本的な考え方であります。括弧1に述べた支援の意義を踏まえて、特別の教育課程の制度設計の基本的な考え方を以下のように整理するとしています。
丸1、特別の教育課程の創設の考え方であります。括弧1の考え方を踏まえれば、すべての特才児童生徒を特別の教育課程の対象と考えるのではなく、まずは今回の改訂で創設しようとしている調整授業時数制度で生み出した「裁量的な時間」等の活用を含めて、他の児童生徒とともに学ぶ通常の教育課程、1階部分における支援の可能性を検討した上で、通常の教育課程のみでは支援が十分できない児童生徒を対象とすべきと考えています。
また、我が国の義務教育段階では、特才児童生徒への支援の取組は緒についたばかりであり、事例、知見の蓄積や相談支援体制の整備も途上であるため、実現可能性や持続可能性、過度な負担を避ける観点からも、本制度による支援を直ちにすべての学校に求めることは現実的ではないと。さらに、特別の教育課程における教育活動の設計等に関して、学校や教育委員会等に対し、大学等の専門的な知見からの支援が必要であるとともに、教員養成や研修の在り方も併せて検討する必要がございます。
以上を踏まえれば、当分の間は、各学校や地域において必要かつ実施可能な場合の選択肢を提供することを趣旨として、国として制度的基盤を整備するとともに、国の積極的な支援の下で学校や教育委員会での知見や経験を蓄積し、我が国にふさわしい支援の枠組みを漸進的かつ確実に構築することが適当であると考えております。
その上で、丸2、特別の教育課程の性質であります。特才児童生徒への支援は、通常の教育課程においてAI等のデジタル技術も活用しながら異なる課題を与える等の学習指導上の工夫を講じることで大きな効果を発揮することも多いとの指摘がございます。このため、丸1では、他の児童生徒とともに学ぶ通常の教育課程における支援の可能性を検討し、その上で、それのみでは支援が十分できない児童生徒を対象とすべきとしたところでございますが、これは多様な個性や特性・背景を有する子供たち同士ができるだけ通常の教育課程でともに学び合えるようにするなど、学校の包摂性を高めることが重要であるという考え方によるものであります。
こうした考え方に基づき、特別の教育課程で実施する特性等に応じた高度な内容に係る部分以外は、通常の教育課程で他の児童生徒と一緒に学ぶことを前提とすべきものであり、特別の教育課程が適用される場合であっても、本来の学年に在籍するということを前提としているということ、これもワーキンググループで御議論いただいた部分でございます。
従いまして、本制度は飛び級や飛び入学などの本来の学年よりも上位の学年、学校に在籍するいわゆる「完全早修」ではなく、通常の教育課程でのいわゆる「拡充」を重視しつつ、いわゆる「部分早修」を取り入れて支援を行おうとするものであるという考え方に整理ができるかと思います。なお、こうした考え方についてコメ(※)2の部分で解説をしておりますので、また御参照いただければと思います。
次のページ、丸3であります。こうした考え方を踏まえて、特別の教育課程の対象とすることの趣旨であります。令和4年の審議まとめでは、何らかの特定の基準や数値によって才能を定義し、定義に当てはまる児童生徒のみを「特異な才能のある児童生徒」と取り扱うことはしないとされたところでございます。これは特定の基準のみにより選抜された子供に対して特定のプログラム等を提供することは、特定の子供をラベル付けすることになりかねず、その結果、選抜のための過度な競争を発生させたり、入学者選抜への活用などの狭い範囲のみで才能が捉えられることとなる等の弊害が生じる恐れを踏まえたものであります。
加えて、審議まとめでは一定の定義による線引きは、特才児童生徒が同級生等から異質な存在として捉えられかねない懸念も生じ、学校現場が分断され、差別の対象とならないよう留意が必要であるとも指摘し、周囲の大人が才能を伸ばすことのみに注力し、本人に過度な期待や背負い、負担を与えることも避けるべきとされておりました。これは本制度の対象を考えるに当たっても踏まえるべき考え方であるとともに、前述の通常の教育課程での対応を重視する観点からも、特別の教育課程の対象児童生徒のみが対象児童生徒であるという理解とならないことが重要でもございます。
また、諸外国では特才児童生徒の定義が存在する場合もございます。御参考として右側のコメ(※)3の部分であります。右下の部分でありますが、才能に関する定義については、先行的に取組が進められている諸外国には様々なものが見られますが、概ねの傾向としてIQなどによる一律の基準を設けるのではなく、大綱的な定義を置いていることが多い状況になっています。
また、その中には才能を科学技術、芸術、スポーツなどの多様な領域における領域固有なものとして捉えている例もございますが、例えば上2つを御紹介しますと、米国では連邦法において才能のある児童生徒を「知能、創造性、芸術、リーダーシップ、特定の学問分野の能力のいずれかの特性が並外れて優れた者」と規定し、また全米才能教育学会の定義におきましては、「同じ年齢、経験、環境の他の児童生徒と比べて1つ以上の領域でより高いレベルにある、または発揮する能力を有する児童生徒」であると定義をしています。
こういったものがある場合もございますけれども、元の文書に戻りますと、一方で特定の児童生徒が該当するかを一律に定められるものでもないといったものでもございます。こうしたことを踏まえますと、我が国におきまして、定義による線引きを過度に模索し、上記の懸念を顕在化させてしまうよりは、各学校や教育委員会が本制度の対象児童生徒を判断するプロセスを丁寧に整理することが合理的であると考えております。
言い換えれば、特別の教育課程の対象児童生徒とすることは、学校や教育委員会として「特異な才能がある」ということを診断し、ラベル付けするというものではなく、特別の教育課程により困難や才能の実態に応じた支援を提供することが適切であると判断するもの、と位置付けることが適当であると考えております。
最後に、丸4、実現可能性の確保でございます。1点目として、本制度におきましては、前述いたしましたけれども、教師・学校・教育委員会の負担や負担感に十分配慮しつつ、実現可能かつ持続可能な仕組みとして創設すべきものであります。このため、まずは一定数の事例を創出し、その上で運用上の成果・課題を踏まえて随時制度を改善し、徐々に事例を増やしていくこととすると。なお、こうした考え方は論点整理で検討の基盤となる基本的な考え方の一つとしている「実現可能性の確保」とも整合するものでございます。
そして2点目、また前述でも指導・支援の蓄積が不十分な現状を踏まえて、特才児童生徒の理解や教育活動の設計等に関し、学校や教育委員会等に対して大学等の専門的な知見からの支援が不可欠といたしました。このため、本制度の創設にあたりましては、文部科学省事業による相談支援体制における実証研究を踏まえつつ、知見を有する複数の大学等によって構成する相談支援プラットフォームといった相談支援体制の構築が極めて重要であり、この点、国としての支援もすべきではないかとさせていただいております。詳細はまた後述をさせていただいているところでございます。以上が括弧2でございます。
最後に括弧3でありますけれども、諸外国の状況を踏まえた我が国の方向性であります。まず、諸外国の取組をいくつか概観したいと思います。まずアメリカ合衆国でありますが、従来、STEM人材育成を主眼として比較的「取り出し型」に軸足を置いた取組が中心でございましたが、近年では学習者一人一人の学習ニーズに応じて通常の学校教育の中で行う取組も増えてきております。州、学区、学校により状況は異なるものの、アドバンスト・プレイスメントや上位学校種への早期入学、飛び級などの「早修」や、通常学級での柔軟化(ディファレンシエーション)、サマープログラム、各種コンテスト、放課後スクール、学校全体で行う拡充のモデルなど「拡充」も行われているところでございます。
また、米国では特定の定義や線引きによって才能児を認識しているわけではなく、支援・指導の対象となる児童生徒の割合は各州・地域固有の識別方法や実施する取組のキャパシティ次第で異なっている実態もございます。
フィンランドは多様性の尊重を基盤として、児童生徒の個のニーズに応じた教育の一環として才能のある児童生徒も含め、基本的には取り出しではなく、通常の学校教育課程の中で柔軟なクラス編成や「拡充」プログラムの提供などを中心に行われております。対応は、個々の教師若しくは各学校の取組に任されている部分が多く、対象の定義や判断基準も設定されておらず、体系的な才能教育が実施されている状況にはないということでございます。
また、韓国については、石川委員からも既にワーキングで御報告をいただいたところでございますけれども、科学技術人材の育成という社会的要請を主な背景とし、国家、社会の発展に寄与する人材の育成という目的の下、才能教育のための法律に基づき才能のある子供を選抜し、科学高校や英才学校、英才教育院、英才学級などの才能教育機関において才能教育が進められてきております。例えば、非正規課程での教育や科学技術人材育成に特化した特別の学校の正規課程などにおいて才能教育が行われている実態がございます。
こういったいくつかの諸外国の取組を踏まえつつ、丸2、我が国の方向性についてでございます。特才児童生徒への支援についての諸外国の動向を踏まえますと、それぞれの社会、文化的背景や教育制度の在り方を踏まえつつ、多様な目的や手法の下で取組が進められてきておりますけれども、概ね以下の視点で幅が見られるのではないかと考えておりまして、1点目は支援の目的であります。産業界や政府が主体となった特定の領域における人材育成や国家の指導者育成を目的としたものか、児童生徒等が主体となった特別な教育ニーズへの対応、困難の軽減・克服や才能の伸長といったことを目的としたものか、といったような幅であります。
2つ目は支援の手法であります。通常の学級以外の取り出しを中心に実施する取組か、あるいは通常学級での調整により実施する取組か、といったような幅であります。これらの取組では一定の成果が見られる一方で、運用上の課題や社会的な受け止めを巡る議論も生じており、各国ともそれぞれの文脈の中で成果と課題の両面を踏まえつつ、模索を重ねながら対応を進めている状況にございます。
この点、我が国では先ほど御説明した支援の意義の1から3を踏まえますと、以下の考え方が整理されていると言えるかと思います。まず、支援の目的については、特才児童生徒への支援の意義について、特才児童生徒の困難の軽減・克服とともに、「好き」(興味・関心)を育み、「得意」を伸ばす意味での才能の伸長の両方を重視し、本人の成長や自己実現を支えることを目的としつつ、支援は多様性を個人のみならず社会の力にも変え、結果として我が国の経済社会の発展にも資する側面も有するということでございます。
支援の手法については、まずは他の児童生徒とともに学ぶ通常の教育課程における支援の可能性を検討し、その上で、それのみでは支援が十分できない児童生徒を本制度の対象とするということであります。この意味で我が国の方向性について整理をしてみますと、1、2、いずれの視点で捉えた際にも「多様性の包摂」の考え方の下、二項対立に陥ることなく支援の方向性を整理したものと整理ができると考えておりまして、このように我が国の考え方について整理をしているものでございます。
ここまで1ポツの基本的な考え方について御説明を申し上げました。ここから2ポツ、対象となる教育活動等の在り方でありますけれども、これまで御議論いただいた内容でございますので、概観するのみで進めたいと思います。まず括弧1は対象活動の考え方についてでありました。その後、対象活動で実施する教育活動のイメージ、そしてその教育活動、括弧3として対象活動の実施方法で、どのように実施するのかということについて御議論をいただいてきたわけでございます。それをイメージにしたものがこちらの補足イメージ、丸1でありました。
そしてその次、括弧4として対象活動の実施機関等の考え方についても既に整理をいただいてきておりました。基本的な要件やその主体について具体的に御議論いただいておりました。そして次のページ括弧5、対象活動を実施する場所等の考え方、オンラインの活用や在籍校以外での大学等での活動についても整理をしてきたわけでございます。そして括弧6、実施機関の指導者の考え方についても既に御議論をいただいてきたわけでございます。これが2ポツでありました。
そして3ポツが指導計画・学習評価等の考え方についてであります。これについてはまず、この考慮すべき視点について丸1から丸3の観点を踏まえて検討するということを確認いただいた上で、次のページ括弧2として指導計画に盛り込むべき要素についても前回までで御議論を進めてきていただいたわけであります。
その上で、括弧3指導計画の作成・運用・管理の在り方、クラウド活用の在り方。また、次のページにありますように、他の特例との関係の整理も含めた指導計画の運用の在り方についてもお示しをし、このようにいわゆる「2階シート(仮称)」という形で、具体的な在り方についてもご提案をしたところでございます。
その上で、既に申し上げた大学等による相談支援体制の構築の在り方についても議論をいただいてきました。そして、括弧4学習評価の在り方についても、実施機関からの情報共有、連携の在り方としての丸1。そして丸2として指導要録等の評価の扱い。そして丸3、対象活動での成果を踏まえた指導要録等の評価の運用といったこと。そして次のページ、丸4、対象活動にかかるフィードバックの在り方。そして最後に丸5として指導要録や調査書における取扱い等についても、手厚く御議論をいただいてきたわけであります。
そして4ポツ、対象となる児童生徒の考え方についても、括弧1として対象となる児童生徒の基本的な考え方。これは本日申し上げた1ポツも踏まえての整理ということにもなっているかと思いますし、それを踏まえて括弧2対象となる児童生徒を判断するプロセスのイメージについても整理をさせていただきました。それを補足イメージで申し上げれば、このように具体的な事例のイメージでアセスメントと、そのアセスメントを踏まえた対象児童生徒の判断のフローといったものもイメージをお示しして御議論をいただいたところでございます。
そして指導計画の作成等にかかる連携の参考イメージとして、学校、実施機関、市区町村、教育委員会、そして相談支援体制の関係性についても、このように整理をしたイメージをお示ししてきたところでございます。具体的な制度の設計の在り方としては、先ほど申し上げた1ポツの基本的な考え方の上に立って、このような制度設計があるということかと思います。
その上で最後に5ポツ、その他についてであります。この点も序盤申し上げたように、新たに整理をさせていただきました。まず丸1、運用の手引きについてであります。運用の手引きについてはこれまで何度も登場したものでございます。改めてでありますが、本ワーキンググループにおいて本制度における基本的な考え方、制度設計について一定の方向性をお示しいたしました。これを踏まえ、教師、学校、教育委員会、大学等の実施機関、相談支援機関等の関係者が過度な負担や負担感なく必要な場合に制度を活用して指導、支援に繋げられるよう、制度の詳細や具体的な手続きのイメージ、実務に係る事項について「運用の手引き」を作成して整理をすることといたしたいと思います。そしてこの「運用の手引き」は、実際の運用を通じて得られる成果・課題を踏まえて随時改善を図ることとしたいと考えているところであります。
そして丸2、教員の養成や研修の充実についてであります。本特例の実施に当たっては、特異な才能のある児童生徒の才能の伸長と困難の軽減に向けた支援の特徴や在り方について、教育委員会、学校における理解の浸透が非常に重要である一方、その取組は緒についたばかりということで整理をいたしております。
今後の教職課程や教員免許制度の在り方を議論している中教審教員養成部会教職課程・免許・大学院課程ワーキンググループの中間まとめにおきましては、すべての教職課程で学ぶべき内容として教育における「多様性の包摂」が追加されるとともに、学生が選択する強み、専門性にかかる内容の例として「特異な才能のある児童生徒の才能の伸長と困難の軽減」が挙げられていること、前回も御紹介をしたところでございます。今後、こうした中教審における議論の動向も踏まえつつ、現職教員に向けた研修の充実についても国や教育委員会において検討が必要ではないかと考えております。
そして丸3、大学等での対象活動の実施に向けた留意点についてであります。大学等の機関が実施機関として対象活動を実施するにあたりましては、大学等が教育委員会、学校との適切な連携を図る観点からコーディネート機能の重要性が指摘されております。これは大島委員の本ワーキングでのプレゼンでも御指摘を賜ったところでございますけれども、こうしたことも踏まえて丸1の運用の手引きにおいて大学等との連携に向けた留意点についても整理をすべきではないかと考えているところでございます。
そして丸4であります。制度の対象となる学校種の考え方についてでありますが、本ワーキンググループでは高等学校段階の扱いについては、単位制の大幅な柔軟化の全体の検討状況も踏まえて本特例の適用の要否を検討することとしておりました。ですので、これまで義務教育段階を念頭に検討を進めてきたところでございますが、高等学校段階では改めて考えますと、現行制度でも学校外における学修の単位認定が認められており、大学や高等専門学校等の科目等履修生としての学修や公開講座などにおける学修などを、その他の学校外学修と合わせて最大36単位まで、必要単位数の半分程度まで校長の判断により自校の科目の履修とみなし、対応する科目の一部又は全部の単位の修得を認めることができるという仕組みになっている状況でございます。
これに加えて、総則・評価特別部会におきまして、単位制の大幅な柔軟化の一環として外国語や数学を念頭に置きつつ、特定の必履修教科、科目の内容を十分に修得していると判断できる場合に、一定の要件の下で当該教科、科目の履修免除を可能とし、振替科目等の履修によって資質・能力の発展的な育成に繋げる仕組みを整える方向性で検討が進められております。例えば数学であれば、必修の数学Iと比較した場合、例えば数検などの検定等において既に非常に高い資格を持っている場合に、数学Iを免除してかなり発展的な学び、科目を履修できるようにするといったことを検討する方向で議論が進められております。
こうした高等学校における仕組みの現状を踏まえれば、高等学校段階については、通常の教育課程の中でこうした仕組みを活用することで困難の軽減、克服と才能の伸長に向けた取組が可能であると考えられますことから、当面、本特例の対象は義務教育段階、具体的には小、中、中は中等教育学校前期課程を含む、義務教育学校として、本制度の運用上の成果・課題を踏まえて必要に応じて、高等学校段階の扱いについて検討することとしてはどうかと考えております。
最後に丸5、得られた知見の幼児教育段階への活用についてであります。丸4のとおり、本特例自体は教育課程の仕組みの観点から義務教育段階への適用を想定するものでございますけれども、本制度の実施によって得られる知見は幼児教育段階での取組の充実にも資するものと考えています。幼児期におきましては、才能のある子供の才能や才能に伴う困難が一層適切に理解されづらく、小学校入学時に適切な子供理解に基づく引継ぎがなされない場合があるとの指摘も踏まえまして、小学校段階との接続の観点からも幼児教育に関わる関係者の理解促進も重要ではないかと考えております。
こうしたことを踏まえまして、例えば相談支援により蓄積された知見など、本特例の実施によって得られた知見を幼児教育段階での取組の充実や保育者を含む関係者の理解促進にも活用する方向で検討してはどうかと考えているところでございます。
長くなりましたが、本日の取りまとめ骨子案、1と5を重点的に御説明して以上でございまして、全体について御議論いただければと考えております。事務局からは以上でございます。
【隅田主査】 改めまして、これまで7回のワーキンググループを開催しておりまして、初めて設立されたワーキングでございましたが、委員の先生方の多方面にわたる自由闊達な議論のおかげで、ここまで構築できている形になってきたことを本当に改めてお礼を申し上げます。
困難の軽減、克服と「好き」を育み、「得意」を伸ばす才能、伸長がうまくブレンドされていて、トップダウンではなくてボトムアップ型でプロセス重視の才能教育、才能伸長のモデルになっていて、個人と社会のウェルビーイングにつながるというあたりも非常に現代的で有意義なモデルができつつあるのではないかと思っております。
それでは質疑応答、意見交換の時間といたします。コメントをいただく際には、まずは1の基本的な考え方の部分を中心に、全体的な受け止めや大きな方向性、大枠の整理についての御意見をいただいた上で、必要に応じまして個別の論点について御意見を賜われば幸いでございます。御意見や御質問ございます方は挙手ボタンを押していただきまして、私のほうから指名させていただきます。御発言は5分程度でおまとめいただければと思います。それではどなたからでも結構です。よろしくお願いいたします。
伊藤委員お願いいたします。
【伊藤委員】 まず全体のところにつきまして、第1回から先ほど隅田主査からもありましたけれども、今日に至るまで事務局の皆さんをはじめ、委員の皆さんが丁寧に積み上げてきた議論が取りまとめ骨子案という形で結実しつつあることをまず本当に御礼申し上げたいと思っております。せっかく7回目ということで、これまでのところも踏まえまして、基本的な考え方について私から2点コメントさせていただきます。
まず1点目、PDFで言うと3ページ目、通し番号で言うと2ページ目のところでございますけれども、骨子案のところのカッコ2「好き」を育み「得意」を伸ばす観点の記述について、骨子案では特才児童生徒への支援を充実し、その才能を伸長することは不可欠であるという表現がございます。私自身も好きや得意を大切にするという方向性そのものには全面的に賛同しているところですが、伸長が不可欠という表現については慎重に考えたほうがいいのではないかと思っています。
この点を申し上げる前に、左側のほうに記載いただいています、令和4年の有識者会議の審議のまとめでは、本体を読みますとこう明記されています。「困難を感じるがゆえに特異な才能に応じた学習の機会が十分に得られていない状況については改善していく必要がある。その困難さを解消していくことを第一に考える必要がある」と。その才能の伸長については、こうした取組は結果として当該児童生徒の特異な才能そのものを伸ばすことにも繋がっていくものと考えるとされていたわけです。
私の中では非常に重要なことで、困難の解消が第一であり、才能の伸長はその結果としてついてくるものと整理されていたはずです。ここでは並列しているというところでもあります。今回の骨子案を読むと、才能の伸長が不可欠という表現が前面に出てきていて、この変化をこの制度が本来何のためにあるのかという問いに関わる重要なずれではないかと思っています。
というのも、前回紹介させていただきましたけれども、私も民間団体や今の京都教育大学での相談支援を通じて、結構な人数の御家庭と向き合ってきたかと思うんですけれども、例えばその中で学校に行けなくなったお子さんとか御家庭と話すときに、シンプルに言えば才能を伸ばしてもらえなかったから学校に行けなくなったというケースは、大げさではなく一例もないです、今のところ。
ではどういうことを言うのかというと、例えば授業中に発言を遮られた、積極的に手を挙げたのに当ててもらえなかった。若しくは支援を求めたときにIQが高いんだから大丈夫でしょうと言われて配慮を断られる。そういうことが圧倒的に多いんですよね。もちろん相談の入り口は才能の伸ばし方を知りたいという申し出もありますけれども、よくよく話を聞いてみると、才能を伸ばせないことを憂いているのではないというケースばかりです。
これは何を意味するのかというと、子供たちが求めているのは才能を伸ばしてもらうことなのかということよりも、私としては才能も困難も含めて丸ごと尊重してもらうことなのではないかと思います。偶然言葉は近いですけれども、才能の伸長と才能の尊重というものは似ているようで、私は全く異なるものだと思っています。この制度が本来目指すべきところは、才能の伸長ではなくて、私は才能の尊重なのではないかと思っています。この尊重、いわゆるリスペクトと言われるものだと思いますけれども、特才の子供たちも含めた多様性の包摂の基盤となるものだと考えています。
既に特別部会で議論していただいているように、次期学習指導要領が打ち出している「多様性の包摂」という方針をこの制度が真に推進するものになるためには、才能の尊重こそが出発点でなければならないのではないかと思います。その尊重が土台として根付いたときに、結果として才能が伸びていく子供たちが生まれてくる。それがこの制度の本来あるべき姿ではないかと思っています。
また、これも私何回目かのところで申し上げたと思うんですけれども、才能の伸長が不可欠と考えてしまうと、裏を返せば才能が伸びなかったこの子供というものは、この制度を受けたところの成果としては失敗になるのかという話になる。要は評価軸というものを生みかねない。別に政策や施策を評価することは私は大事だと思っているんですけれども、この制度を通じて困難が軽減されて学校に来られるようになった子供たちがいたとすれば、たとえそれが測定可能な形で才能が伸びていなかったとしても、それは十分に意味のある成果なのではないかと思います。
第5回以来申し上げておりますけれども、例えば特別の教育課程から途中で離脱するということになったとしても、それは失敗ではなくて、その子にとって必要な変化であったかもしれないということも考えなければいけません。こういう柔軟さを制度に持たせるためにも、成果の軸を才能の伸長に置くことは、私は慎重にあるべきではないかと思います。例えば才能の伸長が不可欠という表現を才能の尊重を軸に、結果として伸長につながることを目指す。6ページ目あたりにはそういったところもあるのかなと思ったんですけれども、改めてここ一番前に出てきているところですので、修正を御検討いただければと思います。
2点目はもう制度全体の構造に関わるところですけれども、私1回目から一貫して申し上げてきたとおり、この制度の真価というものは、本来2階そのものではなくて、2階の取組を通じて1階の包摂性が高まっていくということにあると思っています。1階で得られた知見や実践が通常の教育課程である1階にフィードバックされて、結果として特別の教育課程を必要とする子供が少しずつ減っていく。そうした方向性がこの基本的な考えの中に示されることが重要ではないかと思います。
前回、私が相談支援の実践として御紹介させていただきましたけれども、相談支援を通じて先生方のマインドが変わって、通常の学級での関わり方が変わる。それが結果として困難が解消していくというケースは少なくありません。先生がこの子の話をちょっとしっかり聞いてみようと気づくだけで、その子が学校に来られるようになることがある。これはまさに1階の変容であって、2階の制度を使う前の話のところかと思います。この制度が特別の教育課程を必要とする子のための仕組みとして閉じてしまうのではなくて、この制度が入り口として学校教育全体の多様性の包摂が広がっていく、そういう構造として設計されることが大事なことかと思っています。
骨子案でも我が国の学校現場が正解主義、同調圧力への偏りから脱却する観点からも重要という記述がありますし、これはまさに私はそのとおりだと思うんですけれども、是非これを2階の文脈の中だけで語られるのではなくて、1階の変革と変容ですかね、2階の活用が車の両輪であるという構造を是非この中に明確に打ち出していただきたいと思います。
特別の教育課程に適用された子供の学びの様子が学校全体にフィードバックされて、通常の学級が変わっていく、そういう往還の仕組みこそが、この制度を単なる特別な制度ではなくて、日本の学校教育が多様な子供たちを真に包摂していくための試金石にするものだと私は思っています。この2点、基本的な考え方への追記・修正、御検討いただければと思い、全体的な議論でしたら最初に手挙げさせていただきました。
【隅田主査】 1点目は、資料番号5のところでは支援の目的で両方を重視と書かれてはいるけれども、2のところはちょっと表現が強いのではないかという御意見。2点目は、1階部分についてももう少し言及があってもいいのではないかという御意見だったかと思います。
続きまして野口委員お願いいたします。
【野口委員】 今の伊藤委員のところとちょっと重なるかと思うので発言したいと思います。
細かい文言の話にもなってしまうんですが、やはりこの新しい制度にどういう思いが含まれているのかという意味では、どういう表現をするかが重要かと思いますので、そういった点も含めて少しお話しさせていただきます。
今のページの1、右側の「困難の軽減や克服の観点」と記載があります。「特才児童生徒はその才能や特性ゆえに学習上、生活上の困難を抱えることが非常に多い」とありますが、学習上や生活上の困難を抱える要因は、才能や特性ゆえにではないですよね。今の既存の学校や授業のつくりがそういう子供がいることを前提とした環境になっていないから障壁が生じているんですよね。やはり今の記述だと、その子に特別な才能があるから、その子に特性があるから困難が生じているんだという、いわゆる個人モデル的な表現になっているなと思います。
今の記述のままだと、この才能や特性があるからこの子は今の場では支援ができない、別の場に行くべきだ、所属すべきではないといった特別支援教育でもよく陥っているような、排除に繋がっていく可能性というのがあるのではないのかなと思います。あるいは、その子が別の場に行って、その子の特異な才能を別の場で伸ばせば、通常の学級においても困難がなくなるといった誤解にもつながるのではないのかなと思います。
困難が生じているのはその子の才能のせいだけではないですよね。あくまでも環境との相互作用の中で、今それが生じてしまっているという点を強調すべきではないかと思います。
また、困難の改善や克服という言葉、特に克服という言葉ですね、特別支援教育でも自立活動で使われていて、私もこれ何度も指摘しているんですけれども、この文言はやはりどうしても本人が困難さを軽減すべきとか克服すべきという、そういうふうに捉えられると思います。特に克服といった言葉は、一般的には困難さを克服した障害のある人みたいな、本人が努力で克服しましたみたいな、本人の努力のみで克服するみたいな印象がすごくあるので、あくまでも環境の側の障壁を除去していくという社会モデルの視点を強調すべきだと思います。
二つ目、その次の項目のカッコ2の好きを育み得意を伸ばすという観点。伊藤委員の指摘と重なるかもしれないのですが、「特才のある子供は好きや得意が顕著であり、その伸長が不可欠である」という文言は、特才の子が特別他の子と比べたときに、その才能を伸長することが重要であるというふうに読み取れてしまうなと思います。
全体を読むとそうではないのですし、そうではないということは、私は議論に参加しているのでわかりますが。今回あくまでも1階部分において、すべての子供の好きを育み、得意を伸ばすということがまず前提としてありますよね。その中で、今の環境や資源だとニーズに応えられない場合があり、そのときに特別の教育課程の対象を検討するというプロセスなので、そこがもっと伝わるような記述にしていただけたらなと思います。
もう一点なのですが、対象活動の項目のほうに本人・保護者の意向についての記述がありますが、やはり本人の意思について、基本的な考え方のところに私は入れるべきだと思います。本人・保護者と括られると、保護者の意向のみが尊重されがちです。例えば保護者も含む周りが、この子は特別の教育課程の対象がいいかもしれないと思ったとしても、本人が嫌なときってありますよね。
そういうとき、やはり本人の意向を尊重すべきであるということは、私は明確に書くべきだと思います。また、1回特別の教育課程を編成して、この対象活動というのをやったとしても、本人がやるとやっぱりちょっと違うなとか、そこはちょっと自分じゃないなみたいな、そういうこともあると思うんですよね。そういうことも含めて、本人の意思を尊重すべきということを基本的な考え方のところに書くべきではないかと思います。
もう一点、その他のところの話をしたいんですが、これは後でのほうがいいですかね、隅田先生。
【隅田主査】 今で結構ですよ。大丈夫です。
【野口委員】 24ページのその他のところなんですが、制度の対象となる校種について、これ特別支援学校をどう考えているのかなというところを確認したいなと思いました。
今回、別にIQとかそういったものではなくって、特定分野に特異な、あくまでも総合的に特定分野に特異な才能のある子供というふうに、かつ今の学校の環境だと、その子のニーズに応じることが難しいという場合に対象とするという話なので、これ特別支援学校も全然該当するのではないのかなと私は捉えました。2階シートについて特別支援学級も入れていただいているので、おそらく支援学級の子は対象になるという前提を共有できているのかなと思うんですが、支援学校の子供で、例えばそれこそアートだったり音楽とかにすごく才能のある子供も全然いるわけで、そういう子たちについても、今既に特別の教育課程を組んでいますが、例えば外部の支援機関と連携をして対象活動を学ぶみたいなことも全然可能性としてはあるのかなと思うんですが、そういったこともちょっと検討していけるといいのかなと思いました。
【隅田主査】 1点目の本人というよりは、環境とのマッチングの問題だというのは、これはもう前提かなと。最初のやはり才能をどう捉えるかのところで、現在は環境との相互作用であることは間違いないので、それがより丁寧にというところかと思います。
2点目のところは、スライド2の左側に書かれている、いわゆる1階部分で包摂的な通常の教育課程で対応しても、まだなお困難と思われる子供たちが対象だという部分をもう少し入れて修正してはいいんじゃないかという御意見かと思います。
3点目の本人の意思が必要だというのは、これはもう間違いないので、こちらも保護者と本人の意見が話し合ってきちんと一致していれば一番いいんですが、必ずしもそうではないケースもあるかと思いますので、承りました。
4点目の特別支援が学校に入るかどうかと。24ページはおそらく学齢段階だけのことなので、学校種は他の、例えば工業高校とか商業高校とか、高校改革の例なんかでいきますと、普通科だけではありませんので、そういう意味では多様な校種は入るかなと思いますが、事務局から何かもしありましたらお願いいたします。
【栗山教育課程企画室長】 御指摘について、この仕組みの趣旨が特別支援学校に在籍する子供たちも含めてすべての子供に妥当する、これは変わることはないと思っておりまして、その上で今回高等学校について、やりたいことができるので、仕組みの制度の対象にはしないと確認をしたように、改めて特別支援学校についてもどうするかということ、関係部署とも整理の上、次回にお示しできるように整理をしていただきたいと思います。
【隅田主査】 それでは他の委員の方々、先生方いかがでしょうか。角谷主査代理お願いいたします。
【角谷主査代理】 御説明いただきました骨子案は、立ち上がるに十分な力強さがあり、根が張っていると感じました。特才の児童生徒すべてが特別の教育課程の対象ではないということが明示された点は、ギフテッドプログラム受講者=ギフテッドと理解されがちな諸外国に多く見られる問題点を回避する意味でも非常に意義があると思いました。
その上で、学校の先生方にこの案を御理解いただくために補強するという意味合いで2点コメントさせていただきます。
1点目は、スライド2の右側、丸3、特才の児童生徒への支援の考え方について、伊藤委員からも先ほど御意見がございましたが、ちょうど重なる部分についてです。2の「好き」を育み、「得意」を伸ばす観点等にございます、特定分野に特異な才能のある児童生徒は、好きや得意が顕著であり、その伸長が不可欠であるにつきまして、常々私も伸ばすのではなく満たすというようなことを申し上げておりまして、伊藤委員の尊重という観点は、私もそちらに近い立場です。
ただ、今回これが指導要領全体を貫く観点であるということとか、才能というものではなくて、好きや得意という概念に落とし込んで記述されていること、また、この背後にはやはり苦手克服という、その子の苦手部分に注目したものではなくという方向性も含まれていると理解いたしまして、「好き」を育み、「得意」を伸ばすという文言は活用してもいいのではないかとも思っております。
その上ですが、好きや得意がどの分野かを含め、この「特定分野に」というところに括弧がついているので思ったのですが、どの分野かを含め、必ずしも見えやすいものとは限らないという点が、何らかの文言で明示されると良いかと思いました。つまり、伸長や伸ばす前に、それらに気づくという段階があり、そこに一山あるということです。気づいてしまえば顕著であるのに、様々な原因からなかなか気づけないということが往々にして起こっています。
例えば先生方が、特才の子供の支援は自分の学校には関係ないという感覚を抱かれる場合も割と珍しくなくて、これはやはり気づいていないことを示しているのだと理解できます。また、周囲が気づけないというだけでなくて、本人も自分の好きや得意は当たり前すぎてしまっていて、デフォルトになってしまっているがゆえに、その価値も含めて全く気づいていないということが多々あります。ですので、気づき、伸ばすこととか、気づきと伸長といったように、伸長の前に気づきの概念が入ると良いかと思いました。
2点目は、スライド24の5、その他に触れられている幼児教育段階への活用についてです。ここで記されていることは、決して幼児期での早期英才教育のようなものに着手するということではないという点を明示すると、幼児教育分野で大切にされていることと矛盾するのではないかという懸念を生まずに済むだろうと思いました。そうすることで、ここに書かれていることが、その特性ゆえに誤解されがちな子供たちについての的確な気づき、理解、支援が幼児教育段階でも必要で、それを小学校との接続に役立てていただくことが大切だと言っていると、理解していただきやすくなるだろうと思いました。
【隅田主査】 1点目の才能、好きや得意に気づいて伸ばすという2段階という考え方ですね。それは、先ほどの野口委員の御意見、近くて、本来1階があって、そこで対応ができない子がこちらでどうするかという部分で、おそらくセットなんだろうなとは思いました。
2点目の幼児期が入ったことによって、様々なアプローチをされているところがある中で、日本の幼児教育の伝統のいい部分を含めるというか、幼児からの英才教育を進めるわけではないということは、わかるようにしておいたほうがいいのではないかという御指摘だったと思います。
坂本委員お願いいたします。
【坂本委員】 今回骨子案という形でまとめていただいて、本当に今回新たに加えられた部分であっても、これまで議論してきたことが根底にあって、全体としてとてもいいものができつつあるなと感じています。本当に事務局の皆さんありがとうございます。
その後で細かい言葉や考え方のところで、今各委員から御指摘、御意見あったところ、そこも私もとても同意するところだなと感じています。私自身、このワーキンググループに参加して、今回の特別の教育課程を検討する中で、やはり特異な才能を持った子供たちの支援に関する課題というのは、特別の教育課程作ればいいという問題ではないと感じています。
社会全体がこの子たちが抱えている困難をまず理解して、適切に支援する環境を作れるかというところが大事だと思っていますし、もっと言うと、野口委員もおっしゃっていたように、そもそも支援する必要がない、こういった子供たちが困難を抱える必要がない、そういった環境をいかに作れるかがとても大事だなと感じています。
そういった意味で、今回の骨子案、そこにつながっていく一歩目として、とても力強いものになってきているのではないかと考えています。今回のこの特別の教育課程ができる意義、多様性の包摂に、学校として社会として本気で取り組んでいくという、そういったメッセージになるのかなと思っています。
今回の骨子案の中で対象となりうる生徒でも、まずは1階部分の支援をというところが、今までもずっと議論してきたことですし、今回も強調されていると感じています。次期指導要領が柱の一つとして掲げる多様性の包摂というところに取り組んでいく決意ですね。
多くの子供たちは次の学習指導要領の1階部分で支援可能になっていくと感じています。やはりこの特別の教育課程、2階部分適用していくということは、学校にとって負担が少なくなるよう様々配慮はされてはきているますが、やはり一定の負担が生じるということは事実です。
1階における支援を充実させることで、実際に2階の特例を適用するというのは、ごく一部の子供たちにとどめることができるというとこも大事なのかなと思っています。これは制度自体のスモールスタートにもつながっていくと考えています。
それを実現するために、まず制度の実践の具体的な運用方法などは運用の手引きにまとめるということが、今回記述されており、この運用の手引きがこれからとても重要になると感じています。支援に繋げるプロセスや、具体的な対象活動等、可能な限り具体的に例示していただいて、あとはイラスト等も多用しながら親しみやすいものに、先生たちが手に取りやすいものに是非してほしいなと思います。
大事なのが、この運用の手引きが実際に特別の教育課程を適用する場合の手引きにとどまるのではなく、1階部分の支援に対して実践例として充実できるといいと考えています。
その上で、この運用の手引き自体は結構なボリュームになりそうなので、より多くの人、多くの教員に見てもらえるようなリーフレットのようなものも併せて作成して、このリーフレットがあることで、まずはこういった特異な才能を持っているけれども、同時に困難を抱えているという、そういった子供たちの存在を知るということにつながったり、自分の教室にも、例えばあの子はこれに当てはまるかもなと気づけるようなきっかけになると思っています。そういった子供たちを支援する特別の教育課程ができたということを知って、更に1階部分でどんなふうに支援していけばいいのかというようなことがリーフレットからであったり、リーフレットからQRコード等で詳細な情報にアプローチできると良いのではと思っています。
あと、今回教員の研修の必要性にも触れていただいていて、とても重要だなと思っているところですが、全員がしっかりとして研修を受けるとなると、また負担感がということにもなっています。先ほどから述べている、まずリーフレットで基礎的な知識を知るというところをつなげていてですね、自分のクラスにそういった子がいるなというような必要な場面に応じて、既に愛媛大学のホームページ上にあるような何かオンラインでの研修とかに繋げられるといいのではと考えています。
とにかく今回のこの特別の教育課程が制度としてできることで、これまで見過ごされることが多かったこういった子供たちの本来の支援を、実際に特別の教育課程を適用するのは一部であったとしても、学校として社会全体として理解が進んで、今まで以上に支援することができるのではと考えています。
【隅田主査】 全体として学習指導要領の次の改訂へ向けた多様性の包摂に関わる流れの中で、この特才が、最初の事例は少なくても、それを一歩強めて他の児童生徒への影響もありますし、社会全体を良くするためのですね、貢献ができるのではないかという御意見をいただいたのではないかと思います。
同時に、やはり制度ができただけではやはり動かなくて、初めてのことですから、運用の手引きが非常に重要になるだろうと。最後24ページに書かれていること、このワーキンググループ、まだまだ終わりませんというかですね、運用の手引きを作るまで頑張ってきちんとしたもの、しかもそれが不可欠な内容だけではなくて、イラストを多用したりとかリーフレットとか、先生方に手に取っていただきやすいようなものを作る必要があるだろうという御意見。
あと、才能と困難の1階部分というのは、これは他の委員からの御意見でも出てきたところでございますが、本日資料でいくとスライド8ページ目、私たちがこれまでの議論で出してきた、やはりこれは1階の通常課程に同じようなことができて、それが教育課程上のですね、調整から始まってと、こういうところは丁寧に繰り返し説明していく必要があるのかなと改めて思いました。
あと、教員研修の場合もですね、おそらく全員がある程度そのリーフレットで知っておいてほしいところとか、今度は自分のクラスにそうした傾向のある子供がいる先生にもう少し深く知ってほしいこととか、あともっと言えば教育課程の柔軟化とかですね、それに関わる管理職の方がですね、判断をするために知っておいてほしいこととか、いくつか種類があるんだろうなとは思いますが、そういうのも整理しながらですね、やはり丁寧に説明していく必要があるのかなと思いました。
続きまして石川委員お願いいたします。
【石川委員】 まず1ポツの基本的な考え方についてなんですけれども、論点整理とか審議まとめとの関係性、本ワーキングでの議論等を踏まえて的確にまとめられていると感じました。
その中でも特に私が素晴らしいと感じたのは、基本的な考え方の内容が我が国における教育課程に関わる既存の制度とか、あるいは政策の方向性、及びそれらを支える我が国の学校教育の基本理念とぴったり整合性を持って提示されている点です。特異な才能のある児童生徒への支援というと、ややもすればこれまでの学校教育の方向性を転換して何か全く新しい試みをしようとしているという印象を持たれるかもしれませんが、実はこの取組の内容というのは資料を見てもわかりますとおり、これまでの我が国の学校教育が目指してきた方向性の延長線上にあるものであるということがよく表れていると思います。
学校教育の本丸、核心部分は他の委員もおっしゃっているとおり、また資料にも表れているとおり、これは1階部分であることは間違いないわけです。ただ、その現時点での1階部分で十分にカバーできない部分だけオプションとして2階部分で対応していこうという二段構えの制度設計になっている。これは特才児童生徒への指導・支援に限らず、教育課程制度全体を通じて共通した設計思想になっているというふうに見ることができます。
通級指導や日本語指導が必要な児童生徒や不登校の児童生徒への支援と同様に、特才児童生徒への支援としての特別の教育課程も、何か一部の児童生徒のみ特別扱いしようという設計思想から出た制度ではなくて、1階プラス2階という共通した複層的支援体制のうち、現時点での1階部分からはみ出した部分について、それぞれ特別のニーズに対する支援に対応した名称と内容で表れているにすぎないということがよくわかります。ただし、我が国では特才児童生徒の1階部分をはみ出した部分については、これまで等閑視されてきた。そこをしっかりと特別のニーズとして認識し、他の特別のニーズと同様に処遇していこうということなのだというふうに理解いたしました。
また、比較教育学研究者として大変興味深く感じるのが5ページの諸外国との比較です。多国間比較をした場合の我が国の方向性の特徴がうまく浮かび上がっていると感じました。例えば、私の専門である韓国では英才という存在を仮定して、その英才を対象とする教育を英才教育というふうに定義し制度設計をしておりまして、第1回で隅田主査が御報告された才能教育の3つのパラダイムで言うと、「ギフテッド児」パラダイムに近いのかなというように思います。また、韓国では資料にも示されておりますとおり、一般の学校教育制度とは別途に科学技術分野の人材育成に重点を置いた才能教育制度を構築しております。
一方で、我が国の場合、もちろん制度的には児童生徒という存在を支援の対象としているわけですが、実際に教育活動あるいは支援活動を通じてアプローチしているのは児童生徒が抱える困難であったり、あるいは才能であったりするというふうに捉えることができます。その意味で、先ほどの才能教育の3つのパラダイムで言うと、「タレント伸長」パラダイムや「ディファレンシエーション」パラダイムに近いという印象を持ちました。韓国とは異なり、一般の学校教育制度と別途の制度を作らず、一般の学校教育制度の柔軟性、包括性を高めつつ、1階をベースに2階部分というオプションを設けることで特別のニーズに対応していこう、体系的に対応していこうという点も韓国と比較した場合、我が国の特徴と言えると思いました。
今後の課題としては、こうした設計思想に基づく制度をどう実質化していくかということだと思います。その道筋は事務局の資料にも示されていると思うんですが、まずはこの基本的な考え方の趣旨というものを正しく理解してもらうために、粘り強く社会に発信していくこと、また様々なステークホルダーの声を参考にしつつ運用の手引きとか、あるいは相談支援体制を含む運用体制を一足飛びではなく一歩一歩整えていくことが大事だと思います。
最後にで、伊藤委員、野口委員から指摘があったことは非常に重要だと私も感じました。まず、困難と才能、これらを並列に置くのか、並列に置く場合でもどちらを先に持っていくのかとか、あるいはどちらか一方を主とし他方を従として、例えば困難の解消を第一義とし、その結果としての才能の伸長を目指すのかという部分ですね。私個人の捉え方としては、今提示されている内容で制度・政策の一貫性が今取れているので、この問題はやはり1階部分を含めて考えないといけないんじゃないかなと思います。つまり、制度・政策の方向性の一貫性を考えた場合に、困難の解消だけを目的としていいのか、それだけを見てていいのかと感じます。私個人の捉え方としては、やはり才能の伸長にも困難に注目するのと同時に目を配るべきではないか、どちらが先に持ってくるかは置いておいても、少なくとも困難と並列に置くべきではないかというふうに感じます。
それというのも、1階部分では「才能」という言葉は使われていないものの、やはり資質・能力の伸長とか育成というのは当然困難の解消と同列に並べて、両方とも日本の学校教育が目指すものとして位置づけられていると思うんですね。そうなると、やはり1階部分にプラスされる2階部分としても、困難と才能の両方を見ていく必要があるんじゃないかと思います。
その上で付け加えると、伊藤委員のおっしゃった「才能の尊重」という言葉はとてもいいと思いますし、また、「才能の伸長が不可欠である」といった趣旨の言葉には確かに表現が強すぎる部分もあるのかなと思います。例えば、「好き」や「得意」が顕著であり、現時点の1階部分だけでは、その「好き」や「得意」に十分対応するのが難しいケースが多いくらいの表現が妥当かも知れませんね。野口委員が指摘されていたように、その子供に特別な才能があるから困難が生じているんだというスタンスじゃなくて、あくまで子供の才能に十分対応できない環境のほうに問題があるというスタンスが重要だと思います。1階部分だけの環境では特才児童生徒の「好き」や「得意」に十分に対応できないので、他の特別のニーズへの支援と同じ制度設計の思想に基づき、2階部分をオプションとして追加することで特才児童生徒の「好き」や「得意」に対応できる環境を作っていきましょうという位置づけになるのかなと思います。
最後に繰り返しになりますが、特才児童生徒への支援においては、困難と才能の両方へのアプローチというのがやはり必要だと思います。
【隅田主査】 これまでの石川委員の御専門、韓国の事例も含めて、特才児童生徒に関わる議論というのは、フォーマルとノンフォーマル、あるいはインフォーマルが対立、あるいはその並列というか、バラバラに行きがちなところを今回繋げるモデルを出しているというのが、日本の独自性があって、良いのではないかという御意見から始まって、その仕組みにはこの複層的な多層的なグラデーションのようにやっぱりなっているところが肝なんだろうなという御指摘があったかと思います。
一方、初めて聞く人もいらっしゃいますので、実質化していくためにはやはり粘り強い発信と研修と相談窓口のようなところがどんどん広がっていく必要があるんだろうなということも御意見でいただいたと思います。
それと、これももう先ほどからの議論に随分近いわけですが、困難の部分と才能の部分はやはり併記は必要だろうと。それはやはり1階があって、そこでやはり環境として十分できない場合に何か特別な教育活動をするわけなので、やはりその部分が消えないようにということ。それと、特才という子供が今回対象となる子だけではなくって、もっと広い子供が対象にあるということもですね、資料の中に書かれていますので、そういう部分も誤解がないようにと思います。
五味委員お願いいたします。
【五味委員】 骨子案で、この特別の教育課程は必要な場合に無理がない形で選択して活用できる仕組みとして整理されているように思います。それを踏まえた上で、学校の実態を考えると学校は一度始めたことをやめるのが苦手であると思います。私も教員時代そういうところあったと思いますし、今学校を訪問した際にもそのように思うので、こうした新しい制度に対して慎重に考える傾向があるように思います。
そのため、実際に導入に至るまでには、骨子案やここで語られているような仕組みに込められた思いの理解が大切になってくると思っています。
例えば令和7年度、長野県の協力校から上がってきた声として、教頭先生の方から保護者や地域への説明をする場面で、どのように答えたらいいか悩みましたというような感想があったり、保護者や地域の方だけではなく、学校の先生方全体に理解を広めるのにも工夫が必要になってくるということが、見えてきています。そのような実態から丁寧に言葉にしていく必要があると感じていたところです。
そのような現場の状況を考えると、骨子案で意義や考え方というものが冒頭で体系的に整理されているということは、非常に大きな意味を持っていると感じています。
目線があった上で言葉として共有できるということは、学校や教育委員会が校内外で説明をする際の拠り所になると思いますし、どのように実施するかだけではなく、どのように伝えるのか、学校全体としてどう理解してみんなで一体になって進めていくのかというところを同時に考えていく必要があると思うので、手引きの作成の際にも大事にしたいところと感じております。
骨子案に基本的な考え方がしっかり言語化されているということ、また、更にここで議論が積み上げられていることは、この特別の教育課程の実現に向けて重要な土台になると感じているところであります。
【隅田主査】 長野県で令和7年度から取り組まれている実態に基づいて、これからの浸透、理解を広げて実施していく上での御懸念点なども紹介していただいたと思います。
その際に、今回ですね、この骨子のまとめ案で、この取組の新しい制度の意義や目的が言語化されて、この委員会としてワーキングとしてある程度共通の方向性が得られつつあるということは、五味委員がおっしゃられたように本当に嬉しくて、ありがたいと言いますかですね、やはりいろんな立場とか考え方がある中で、バランスと言いますか、うまくブレンドさせながら、日本の教育文化、そして方向性に沿った形で、まとまりつつあるということは、本当に事務局を含めですね、皆さんのお力添えに感謝するとともに、これからもですね、より良いものになるように、あとまだ最後のまとめが出るまで、力添えをいただければと思います。
ここまで、骨子に関しまして、委員の方々、本日も多方面から、そしてかなり本質的なところも、御意見いただいたかと思います。それでは、事務局に、一度ちょっと振ってみたいと思います。いかがでしょうか。
【栗山教育課程企画室長】 教育課程企画室長の栗山でございます。
先生方から本当に取りまとめの骨子案について、まずもって貴重な御意見を多々いただけたことについて御礼を申し上げます。
率直に申し上げれば、本分野については、他の分野と比べますと、まさに委員からも御指摘あったように、その支援の意義などについては国として十分な言語化の蓄積があるわけではない中で、このワーキングでの議論を踏まえて言語化をさせていただきました。また、今日まさに議論がたくさんあったように、才能と困難の関係性ということをどう捉えた上で、我が国の今の指導要領改訂全体の方向性の中で位置づけて表現していくかということについて、悩ましさが大変あったことも率直に申し上げて事実でございます。
しかしながら、まさに委員からも御示唆があったように、ともすると2階の子供たちの中でも、その支援に対する意義の理解というものが十分に浸透していない、特異な才能のある子供たちに対する支援の意義を形にするからこそですね、今回の改訂というものが転じて我が国のこれからの教育というものが何を本当に目指しているのかということを本当にソリッドに御議論いただく、非常に貴重な機会になっているのではないかというふうに思います。
私ども事務局として今日の議論の御意見をいただいた上で、とりわけ今日議論が特に集中したのが、この表示である2ページの丸3の部分かと思いますけれども、ここの文言を本日いただいた御意見も踏まえて更に研ぎ澄ましてみたいと思います。
その上で次回、更にご提示をさせていただいて御議論いただきたいと思いますし、また五味委員からも御指摘がありましたけれども、その言葉がやはり先生方、教育委員会に届く言葉にしたいという気持ちが強くございます。非常に悩ましい部分ではあるんですけれども、どのように全体の考え方の中で、この1、2、3の要素を丁寧に整理しながらお届けできるかということについて考えてみたいと思っております。
あとは個別の御指摘についてでありますけれども、伊藤委員から1階と2階の関係性についてご示唆があったと思いますけれども、これは総則・評価特別部会におきましても、1階は2階から学ぶといったようなですね、御趣旨の御意見は多々いただいておりました。
今回この1階と2階という言葉で、教育課程の在り方を全体的に複層的かつ包摂的に捉えていくという概念化を試みているわけでありますけれども、この特異な才能の切り口からもそのことが描かれることが非常に重要であり、まさに今、徐々に審議のまとめにだんだんと向かっていっている中にあって、1階と2階の間もそうですし、様々な要素間の関係性が言語化されることが非常に重要な局面だと思っておりますので、そういったことも受け止めさせていただきたいと思ったところでございます。
その他、個別については一旦それぐらいかなと思いますが、いずれにせよ、また改めてこの取りまとめ骨子について、骨格ベースでは御了解をいただけたかなと思いつつ、更に研ぎ澄ました案をお示しできるように準備を進めたいというふうに考えております。私からは以上でございます。
【隅田主査】 今回のワーキングで、基本的な考え方、これまでの議論を土台にした考え方が整理されましたが、委員の方々から概ね御賛同いただいたということで、更にですね、やはり短期的な目の前のことではなくて、学習指導要領が変わって少なくとも10年保証というかですね、10年間ぐらい大きなこういう関連する実践や研究と言いますか、様々な取組が今広がりつつあるところですが、太く根を張ってですね、10年間ぐらい経ったときに、この方向性が間違っていなかったというか、更に成長できるようなものになればと思いますので、最後までどうか御協力いただければと思っております。
それでは少し時間は早いのですが、概ね本日議題につきまして御意見いただきましたので、本日の議事につきましては以上といたします。
最後に次回のスケジュールについて事務局よりお願いいたします。
【越田教育課程課専門官】 本日はありがとうございました。次回の日程につきましては後日御連絡させていただきます。
【隅田主査】 それでは以上をもちまして閉会といたします。ありがとうございました。
―― 了 ――
電話番号:03-5253-4111(代表)