教育課程部会 道徳ワーキンググループ(第1回) 議事録

1.日時

令和7年11月25日(火曜日)9時30分~11時30分

2.場所

WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式

3.議題

  1. 道徳教育に関する現状・課題と検討事項について
  2. その他

4.議事録

【堀川教育課程課学校教育官】  それでは、定刻となりましたので、ただいまから中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会道徳ワーキンググループを開催いたします。
 本日は、大変御多忙の中、御参加をいただき、誠にありがとうございます。
 開会に当たりまして、文部科学省初等中等教育局教育課程課長、武藤久慶より御挨拶を申し上げます。
【武藤教育課程課長】  教育課程課長の武藤でございます。皆様、おはようございます。本日、道徳ワーキンググループの第1回の開催となります。委員の先生方、大変御多忙の中御参加をいただきましたことに、まず心から感謝を申し上げたいと思います。
 御案内のとおり、2017年に改訂いたしました学習指導要領に基づきまして、現在、全国の学校で教育が行われているところでございます。本日は次期改訂、すなわち2027年の改訂に向けた御審議をお願いするためにお集まりいただいたところでございます。既に御説明申し上げましたけれども、9月末に改訂に向けた論点整理を教育課程企画特別部会でおまとめをいただいたところでございます。この方針を土台といたしまして、その上に道徳科の新しい学習指導要領という建物を築き上げていくことになります。
 この論点整理の中では幾つかとても重要なことを盛り込んでおりますけれども、そのうちの1つが、当事者意識を持って自分の意見を形成して対話と合意ができるような、そんな民主的で持続可能な社会の創り手の育成ということでございます。このことにつきまして道徳科、それから特別活動を中心に教育課程全体で改善を図ってまいりたいと、このように考えているところでございます。言うまでもなく、道徳教育で養われる道徳性は、多様な他者とともによりよく生きるための基盤となるものでございますし、とりわけ生成AIの時代にありまして、人間としての強みの土台こそ豊かな道徳性であると、こういうふうに考えているところでございます。ぜひ委員の皆様には活発な御議論を賜りまして、学校現場で質の高い、しかも多様な教育活動が創発されるような新しい学習指導要領を築いてまいりたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
【堀川教育課程課学校教育官】  それでは、議事に先立ちまして、本ワーキンググループの主査及び主査代理について御報告をいたします。資料5の初等中等教育分科会教育課程部会運営規則に基づきまして、本ワーキンググループは教育課程部会の決定により設置をされており、主査及び主査代理につきましては、奈須教育課程部会長に御相談の上、頼住光子委員を主査として、毛内嘉威委員を主査代理として指名し、御就任いただいておりますので御報告を申し上げます。なお、本ワーキンググループの委員の皆様につきましては、資料7として委員名簿を配付させていただいておりますので、御覧ください。
 それでは、議事に入ります前に、頼住主査から御挨拶をいただきますよう、よろしくお願いいたします。
【頼住主査】  私は、このたび座長を務めさせていただくことになりました駒澤大学の頼住光子という者でございます。もとより微力ではございますけれども、ワーキンググループの先生方の御議論が活発かつ実りあるものとなりますように努めてまいりたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 以上でございます。
【堀川教育課程課学校教育官】  ありがとうございました。
 それでは、本ワーキンググループの進行は、これより頼住主査にお願いをいたします。
【頼住主査】  それでは、これより議事に入ります。本日は、進行資料としてお配りしている流れに基づき議事を進めますので、委員の皆様におかれましては、適宜御参照ください。なお、本ワーキンググループの審議につきましては、資料5の教育課程部会運営規則第3条に基づき、原則公開により議事を進めさせていただくとともに、第6条に基づき、議事録を作成し、原則公開するものとして取り扱います。
 それでは、事務局より会議の留意事項を御説明願います。
【堀川教育課程課学校教育官】  本ワーキンググループは、ウェブ会議と対面を組み合わせた方式で開催をしております。御発言の際は挙手ボタンを押していただき、ミュートを解除してから御発言を願います。また、御発言が終わりましたら、再度ミュートにしていただきますよう、よろしくお願いいたします。
 事務局からの説明は以上です。
【頼住主査】  どうもありがとうございました。
 それでは、議題の(1)に移ります。道徳教育に関する現状・課題と検討事項について、事務局より御説明をお願いいたします。
【堀川教育課程課学校教育官】  事務局でございます。まず、資料3-1、論点整理を御覧ください。教育課程企画特別部会において令和7年9月25日に取りまとめられたものでございます。この論点整理は令和6年12月の文部科学大臣による諮問を受けまして、13回にわたり検討した結果を取りまとめて、今後の更なる検討の深化、そして各ワーキング等での検討の前提として整理をされたものでございます。このうち、特に道徳教育との関係では、先ほど武藤教育課程課長からも言及がございました第1章、次期学習指導要領に向けた基本的な考え方の部分が関係いたしますので、この部分について少し御説明をさせていただければと思います。
 3ページでございます。1番、「改訂論議を貫く三つの方向性」ということで、次期学習指導要領に向けた今後の検討の基盤となる基本的な考え方が記載されております。
 丸1、「主体的・対話的で深い学び」の実装につきましては、「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善を通じた資質・能力の育成について、一層の具現化・深化を図るものとして位置付けられております。
 丸2、「多様性の包摂」につきましては、多様な個性や特性、背景を有する子供が多くなっている実態、そして多様性を個人及び社会の力に変えるという観点から、一人一人の意欲が高まり、才能が開花し、個性が輝く教育の実現を目指すものとして示されているところでございます。
 また、丸3、「実現可能性の確保」でございますけれども、こちらにつきましては、第一・第二の方向性の両立を支え、実現可能とするという観点から、教科書、教材、指導書の改善、そうしたことも含めて総合的な勤務環境整備とも相まって審議全体に通底させるべき第三の方向性として、この三つの方向性が示されておるところでございます。
 また、大きな2番、自らの人生を舵取りする力と民主的な社会の創り手の育成というところで、諮問において「正解主義」や「同調圧力」への偏りからの脱却、民主的かつ公正な社会の基盤としての学校を機能させるそうした指摘、そして生成AIなどのデジタル技術の発展、主体的に学びに向き合えていない子供が多い予測困難な時代に、マルチステージの人生モデルへの転換、そうしたことが進んでいく中で、しなやかに「自らの人生を舵取りする力」が不可欠となりつつあり、また、人口の多様性、AIの負の側面、社会分断の可能性、こうしたことを踏まえまして「民主的な社会の創り手」の育成が喫緊の課題であると。こうしたことを踏まえまして、「好き」(興味・関心)を育み、「得意」を伸ばしながら、当事者意識を持って、自分の意見を形成し、多様な他者と対話や合意を図る取組、こうしたことを進めていく必要がある旨、示されているところでございます。
 以上のことを図でお示ししておりますのが5ページになりますけれども、1番、三つの方向性といたしまして、主体的・対話的で深い学びの実装、多様性の包摂、3番、実現可能性の確保、この三つの方向性を三位一体で具現化していくということ。そして、これらを端的に表現したものとして、多様な子供たちの「深い学び」を確かなものにというふうにした上で、生涯にわたって主体的に学び続け、多様な他者と協働しながら、自らの人生を舵取りすることができる民主的で持続可能な社会の創り手をみんなで育んでいくということとされております。
 その上で、6ページでございますけれども、先ほど申し上げました自らの人生を舵取りする力、そして民主的で持続可能な社会の創り手の育成に向けて今後の検討イメージということで、「好き」を育み、「得意」を伸ばす、当事者意識を持って、自分の意見を形成し、対話と合意ができる。こうしたことに向けて各教科等での検討イメージが示されておりまして、総合、各教科等、特別活動、道徳とございますけれども、特に道徳につきましては、「考え、議論する道徳」の徹底、その中で主体的な判断の重要性、知・徳・体の調和のとれた発達に向けた道徳的価値の対立を乗り越える必要性、そして道徳的実践の強調ということが示されているところでございます。
 その上で、資料1、道徳教育に関する現状・課題と検討事項でございます。2ページ、現行指導要領のポイントでございますけれども、現行指導要領上、道徳教育の位置付けといたしまして、総則の中で教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づきまして、自己の生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者とともによりよく生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とし、特別の教科である道徳を要として学校の教育活動全体を通じて行うこととされております。
 また、2番、「特別の教科」化でございますけれども、平成27年の指導要領の一部改訂により、「特別の教科 道徳」として新たに位置付けがなされ、その背景には、道徳教育が他教科等に比べて軽んじられ、他の教科等に振り替られているような事例が散見されるといった量的な課題、そして道徳の理念が十分に理解をされておらず指導にばらつきがあること、そして、登場人物の心情理解に偏った授業、分かり切った善悪やルールを言わせたり書かせたりする授業になりがちといった質的な課題、こうした両側面の課題を踏まえて、検定教科書を導入するとともに、目標について明確で理解しやすいものへと改善、内容について、いじめ問題への対応の充実、発達段階を踏まえた体系性の充実、問題解決的な学習や体験的な学習を取り入れるなどの指導方法の工夫、一人一人のよさを伸ばし成長を促す評価の充実、こうした改善が図られ、「答えが一つではない課題に子供たちが道徳的に向き合い、考え、議論する」道徳教育への転換を図ったところでございます。
 3番、教科化後の現状でございますけれども、道徳教育実施状況調査、令和3年度に実施したものでございますけれども、こちらにおいては、量的確保の面で確実な定着が見られましたほか、質的な転換の面でも以下の成果が見られておるところです。児童生徒の学習意欲が高まった、児童生徒同士の話合いや議論が活発になった、教師の意識が高まった、教科書があることで教材の選択・作成にかかる負担が減った、こうした結果が見られているところでございます。
 また、学習指導要領実施状況調査で、小学校は令和4年度、中学校は令和5年度に実施されたものでございますけれども、小学校におきましては、児童の81%がよりよく生きるために大切なことを自分の生活を見つめて考えている、いろいろな見方や立場で考えている、教師の90%が児童一人一人の学習状況、そして成長の様子を継続的に把握し指導に生かすように努めている、教師の98%が情報モラル、社会の持続可能な発展、いじめの防止等、社会的課題を自分との関係において考えられるように指導をしている。
 中学校において、生徒の86%が道徳の授業で学んだことがよりよく生きるために役立っている、教師の89%が一人一人の状況を継続的に把握し、指導に生かすように努めている、教師の81%が問題解決的な学習や道徳的行為に関する体験的な学習を適切に取り入れた授業を工夫している。こうした結果が、いずれも肯定的な回答の割合でございますけれども、見えているところでございます。
 その上で、2ページでございます。道徳教育の課題、全般的な課題といたしまして、61%の教育委員会が「教師の指導力」を課題として挙げております中、1つには、読み物教材の登場人物の心情理解に偏った授業になりがち、また、多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深めるために考え、議論するということが十分にできていないということ。また、教科書の発問例に頼った授業など、型にはまった予定調和的な授業になりがちであるなど、「考え、議論する道徳」への質的転換が道半ばであるとの指摘がございます。
 また、論点整理では、次期指導要領に向けた検討の基盤となる考え方として「深い学びの実装」を掲げるとともに、今後の検討のイメージとして、「当事者意識を持って自分の意見を形成し、対話と合意ができる」ことなどを掲げております。その上で、道徳については、主体的な判断の重要性、知・徳・体の調和のとれた発達に向けた、道徳的価値の対立を乗り越える必要性や道徳的実践の強調が指摘されておるところでございます。
 こうしたことを踏まえた検討の方向性といたしまして、平成27年の「特別の教科」化に係る指導要領の一部改正から10年が経過し、また、生成AI時代に「人間として生きること」とは何か、また、「価値判断と責任」、こうしたことがとりわけ重要となっている中にあって、自己を見つめ、生き方についての考えを深める道徳教育が一層重要になっているところでございます。
 このような中、次期指導要領に向けましては、論点整理、そしてこれまでの道徳教育の成果や課題、こうしたことを十分に踏まえつつ、「『考え、議論する道徳』への転換」のフェーズから「『考え、議論する道徳』の実装」のフェーズに移行するものとして、道徳教育の質の向上の在り方を中心に検討することとしてはどうかという御提案でございます。
 次ページ、3ページでございます。個別の課題といたしまして幾つか挙げさせていただいております。発達の段階につきましては、小学校1年生から中学校3年生で発達の段階が大きく異なるという中にあって、この発達の段階が必ずしも道徳科の授業の在り方に反映されていないとの指摘。
 学びの在り方といたしましては、異なる意見や価値観を持つ他者との議論を通じて多面的・多角的に考え、道徳的価値について議論を深めるというところまでなかなか至っていない事例が散見されるとの御指摘。
 次に、実社会での道徳的な課題には複数の価値が絡み合っているという一方で、それぞれの授業の中では、それぞれの対立、関連、そうした可能性が十分に扱われていない側面があるということ。
 また、教科化に伴って「問題解決的な学習」「道徳的行為に関する体験的な学習」が規定されました。このことについて、考え方が必ずしも明確に整理されていないことも相まって、取組が広く行われていない、そして優れた実践のこれまでの蓄積、こうしたものを踏まえて在り方を明確化する余地がある。
 また、デジタル学習基盤の活用について、道徳教育の目標を踏まえた効果的な活用の在り方についての共通理解が弱く、十分に活用されていない。
 指導の在り方について、教材の吟味や授業構想のための時間の確保が難しいという声がある中、例えば学校の実情等に応じて、教師が交代で学年を回って授業を行うような工夫、こうしたことも取り組まれておりますけれども、指導要領上、その位置付けが必ずしも明確となっていない。
 教科書・教材の在り方として、教科書に35時間分の読み物教材があることで、量と質の確保、そして教師の負担感の軽減、こうしたことに寄与している一方で、登場人物の心情理解に時間がかかり、自己の生き方との関係で考えを深めるということが難しいとの指摘。
 高校においては「特別の教科」ではなく、学校の教育活動全体を通して道徳教育を行うという立てつけとなっております中、取組に大きな差が生じている。小中の道徳教育を高校でどのように発展をさせていくのかの考え方が必ずしも明確とは言えない。
 また、生成AIをはじめとする社会の変化、現代的諸課題との関係では、いじめ、不登校、自殺の件数が過去最多を更新するなど、深刻な課題となっているほか、いわゆる闇バイトについて社会問題となっているような状況がございます。
 また、生成AIによるフェイクニュースをはじめとする膨大な情報に日々、日常的に触れる中にあって、フィルターバブルやエコーチェンバーによる価値観への影響、そうしたデジタル技術の進展に伴う新たな道徳的課題が生じているところもございます。
 そんな中で、検討事項・論点として、2ページ御準備をさせていただいております。こちら、ワーキングの審議全体を通じて御議論いただきたい論点として御準備をさせていただいているものでございます。
 1番、教育課程企画特別部会の議論を踏まえた検討事項といたしまして、(1)育成する資質・能力の在り方・示し方として、「学びに向かう力・人間性等」や「見方・考え方」の新しい整理等を踏まえた目標の示し方、また、内容の一層の構造化や、必要に応じた精選の在り方、また、道徳科の特質を踏まえた表形式を活用した目標・内容の分かりやすい示し方。
 (2)として、指導と評価の改善・充実の在り方といたしまして、道徳科の特質を踏まえたデジタル学習基盤の活用や、情報活用能力の育成強化を前提とした「主体的・対話的で深い学び」の一層の充実を図るための方策、効果的かつ過度な負担が生じにくい道徳科の評価の在り方。
 (3)といたしまして、柔軟な教育課程の在り方といたしまして、義務教育における調整授業時数制度、また、高等学校における科目の柔軟な組み替え、こうした仕組みを前提とした場合の工夫の在り方や生じる課題と、それを防ぐための運用の在り方。
 右側、2番でございますけれども、固有の検討事項といたしまして、道徳教育の位置付け、在り方、こちらは教育課程における道徳教育の位置付けといたしまして、総合的な学習の時間や特別活動との関係性、そして道徳教育の要としての位置付けを含めました道徳科と各教科との関係性、そして、小学校から高等学校の発達の段階に応じた道徳教育の在り方。
 (2)といたしまして、道徳科の学びの在り方として、考え、議論するとともに実装を図っていく上での学びの在り方といたしまして、3点ございます。「読み物教材の登場人物の心情理解に偏った授業になりがち」「教科書の発問例に頼った授業など、型にはまった予定調和的な授業になりがち」、こうした指摘を踏まえた学びの在り方、実社会での道徳的課題に対立や葛藤を含めた複数の価値が絡まっているということを踏まえました複数の内容項目を関連付けた学びの在り方。
 3点目として、問題解決的な学習、体験的な学習のこれまでの実践を踏まえた考え方や示し方。
 (3)といたしまして、指導の在り方でございます。学校の実態に応じた重点的指導の在り方、学校の実情等に応じて、教師が交代で学年を回って授業を行う方策の在り方や留意点についての考え方、教材の吟味や授業構想のための時間の確保が難しいといった課題を踏まえた指導力の向上の在り方。
 (4)教科書・教材の在り方として、道徳教育の量と質の確保等に大きな役割を果たしている一方で、登場人物の心情理解に時間がかかり、自己の生き方との関係で考えを深めることが難しい、そうした指摘も踏まえました「考え、議論する道徳」の実装に向けた教科書の在り方、学校や地域の実態に応じた地域教材の位置付けや活用方策についての考え方。
 (5)高校における道徳教育といたしまして、教科・科目の役割や関係性の考え方、小中学校と高校の道徳教育の接続の在り方。
 最後、(6)生成AIをはじめとする社会の変化、現代的諸課題との関係といたしまして、いじめ、不登校、自殺の件数が過去最多となっているほか、いわゆる闇バイトが社会問題化している中で、道徳教育が果たすべき役割や在り方。
 右側、生成AIをはじめとする技術革新により、フェイクニュースを含む膨大な情報があふれる中にあって、正しい情報と誤情報を見分けること自体が困難になっていると言われているという状況。また、フィルターバブルやエコーチェンバーにより、自己と価値観の近い価値の影響を受けやすい、そうした価値観への偏りが生じやすい状況、デジタル技術の民主化を通じて高度な技術が身近になることで、思いや願いの具現化が容易になる一方、SNS上の発信をはじめ、他者を傷つけることもまたより容易になる側面があること。こうしたことを含めましたデジタル技術の進展に伴う新たな道徳的課題の扱い方や向き合い方、こうしたことについて御議論をいただければと思っております。
 なお、6ページ以降でございますけれども、道徳教育に関する参考資料といたしまして、道徳教育に関するこれまでの経緯、道徳の「特別の教科」化と指導要領における位置付けについての資料、道徳の教科書、教材について、資質・能力等について、評価について、関連する法令について、各種調査結果、その他ということで参考資料も御準備させていただいておりますので、併せて御参照いただければ幸いでございます。
 事務局からの説明は以上でございます。
【頼住主査】  ありがとうございました。
 それでは、本日は第1回目でございますので、初めての顔合わせでもあります。委員の皆様お一人ずつから御発言をいただきたいと思います。名簿順に私から御指名をさせていただきますので、お一人ずつ、おおむね5分程度で御発言をお願いいたします。なお、発言の際に、事務局から説明があった資料に触れる場合には、どの資料の何ページかを明示いただければ、事務局による画面投影も可能となりますので、御協力をどうぞよろしくお願いいたします。
 それでは、まず、岡﨑秋世委員より御発言をお願いします。
【岡﨑委員】  こんにちは。私は、埼玉県所沢市立東所沢小学校で校長をしております岡﨑秋世と申します。平成20年度に、埼玉県の長期研修教員としてお茶の水女子大学で頼住先生に非常にお世話になりまして、今日、頼住先生にお会いできたというだけでも非常にうれしく思っております。私は初任の頃からずっと埼玉県で小学校の教員をしております。今、このメンバーの先生方を見て、トップバッターということで非常に緊張しております。
 現行の学習指導要領が全面実施されて、次の改訂までにもう折り返し地点を過ぎようとしており、月日が流れるのは早いと感じております。私は専門的な研究をしているわけではなく一介の校長ですので、こういった場でどこまでお役に立てるかは分かりませんが、行政職に就いていた頃も一番教員の近くにいる部署でしたので、道徳の教科化の折には、教師が何に関心を持って、何に悩んでいたかということは比較的よく見てきたのではないかなと思っています。
 今回の論点整理を拝見したときに私の中で一番心に残った文言は、「自らの人生を舵取りする力を育成していく」という部分になります。コロナ禍を越えて多くの人が本当に未曽有の状況に陥ることがあると実感しましたけれども、これからはもっと刺激的なことが起こるのではないかと私は思っています。そういった中で、子供たちが自分で判断して、自分の選んだ道をしっかりと踏みしめながら、自分も、そしてみんなも幸せな人生をつくっていくという力がこれまでより一層大切になっていくのではないかと感じています。そのためには、「考え、議論する道徳」は非常に重要な役割を持っています。
 現場の教員の実践を見ていますと、まず、教科書を活用して計画的に授業実践をするという、いわゆる量的確保について、それから道徳科の授業の中で対話的な学習を重視しているということについては、やはり教科化してから顕著に見られるようになってきたと実感しています。しかしながら、一方で、教師自身の思いにとらわれ過ぎて、登場人物の心情理解からなかなか抜け出せなかったり、行為や行動の選択に終始して対話の面白さを感じるだけになってしまったりしているというような授業も散見されると感じております。
 小学校学習指導要領実施状況調査の結果、道徳的価値について自己を見つめる学習について、児童と教師で若干のずれがありました。どちらも肯定的な回答が多かったのですけれども資料1の42ページにもありますが、自己を見つめるというところについて、教師と児童で若干のずれがありました。教師のほうはやっているつもりだけれども、子供たちはそうでもないという回答が多かったのかと思います。ここは分析委員でも、教師が明確な指導の意図を持った上で授業構想することに課題があるのではないかといったような分析もありました。
 今回の改訂では、「考え、議論する道徳」の実装ということです。この「実装」を辞書で調べたら、「すぐに使えるように組み込む」と書いてありました。ということは、より一層充実させるということなのではないかと感じました。「考え、議論する道徳」の実装ということで、子供たちが道徳的価値についてしっかりと今の自分を見つめて、対話をしながらもっともっと真剣に考えていく授業を行って、そして、これからも考え続けるための活力を与えられるような授業にしていくことが自らの人生を舵取りする力には必要なのではないかなと私は感じています。そのために、道徳科で養うこと、道徳教育で養うこと、また、それをカリキュラムマネジメントの中でどう実現していくかということを現場の教員が十分に理解して、納得、実感して進められるような示し方が重要ではないかと思っています。
 長くなりましたが以上でございます。よろしくお願いいたします。
【頼住主査】  岡﨑先生、どうもありがとうございました。
 それでは、続いて佐藤和紀委員より御発言をお願いいたします。
【佐藤委員】  皆様、おはようございます。ご紹介にあずかりました信州大学の佐藤でございます。私は10年ほど東京都の小学校で勤務をしていた者でございます。研究領域は教育工学でございます。特に情報教育やメディアリテラシー教育について、実践研究に取り組んでまいりました。そういった立場から2点、意見を述べさせていただきます。
まず、事務局からご提案がありました「転換のフェーズから実装のフェーズへ」という方向性については賛同いたします。如何に授業の質を高めて実質化していくかという段階に来ていると私も認識をしております。
その上で、1点目でございます。まず、現代社会における道徳的課題についてでございますが、GIGAスクール構想によって子供たちの手元には端末が行き渡りました。一方でスマホの所持率を見ますと、こども家庭庁や総務省の調査によれば、小学生だと約半数、それから中学生だと約8割、特に中3になると約9割になるようです。そして、高校生は98%が所持していると読み取れ、ほぼ全員が利用している状況でございます。こうした子供を取り巻く情報環境というのは、私たちが想像する以上に過酷で、かつ複雑なものになっていると考えております。特に、資料にもございますが、生成AIやアルゴリズムの進化によって、フィルターバブルやエコーチェンバーといった現象を加速させているように考えております。
また、自分にとって心地のいい情報であったり、自分の考えに近い意見ばかりが自動的に集まってくるというような状況でございます。こうした状況ですと、異なる価値観に触れるという機会は自然に失われていく、あるいは奪われていくと考えております。その結果、価値観の先鋭化であったり分断が起きて、それが民主主義の根幹を揺るがす事態にすらなっているように思われます。
さらに、こういった状況の中で子供たちの直面するリスクですが、ソーシャルネットワーク上では真偽不明のフェイクニュース、特に生成AI以降に出てきております。それから、闇バイトのような情報もあふれていて、報道でも取り上げられているところです。加えて、ネット上でのいじめ、自殺をほのめかすようなコミュニティーへの接続なども、テクノロジーの進化によってスピードが速まっている側面は否定できません。こうした時代だからこそ、道徳の役割がかつてないほど重要だと捉えております。
テクノロジーがどれだけ進化しようとも、それをどう使ってどう判断していくのかというのは、最終的には人に委ねられていくわけですが、テクノロジーの仕組みを知らないと道徳的な判断が難しいというフェーズです。次期改訂に向けての議論において、小学校総合的な学習の時間で「情報の領域」(仮称)、中学校で「情報技術科」(仮称)が検討されているということ、これを踏まえていけばテクノロジーの仕組みの理解が進むということが想定できます。したがって、道徳でも積極的に生成AIやSNSの題材を取り上げていくことを通して、より理解や判断が促進されるのではないかと捉えております。
デジタル学習基盤をどう使っていくかということが2点目でございます。事務局からの説明にもございましたように、いわゆる予定調和的な授業になりがちだという点で、子供たちは先生が求めている正解のようなものを察知して、本音ではない発言をして終わっていくというようなことが起きるわけですが、これだと現代的課題には太刀打ちできていかないのではないかと捉えております。状況を打開していく上では、デジタル学習基盤を活用しながら、先生が一人一人を見取って考える価値を可視化していくようなこと、口頭では発言しづらい迷いや葛藤も見えてくるように思っております。こうした授業はGIGAスクール構想前から既に取り組まれている先生も数多くいらっしゃると捉えております。デジタルだからこそできることと、道徳が大事にしてきたことが対立することなく、その関係性がうまく構築されていく必要があるのではないかというふうに考えております。
私からは以上となります。よろしくお願いいたします。
【頼住主査】  どうもありがとうございました。
 続いて、中島栄治委員より御発言をお願いいたします。
【中島委員】  熊本県の合志市というところで教育長をしております中島といいます。私は、38年間中学校に勤めておりまして、その後、今教育長に就任して7年目なんですけども、今から30年ぐらい前に道徳教育につかまり始めまして、当時調査官だった横山先生としっかりいろんな勉強をさせていただいたおかげで今の自分があるんですけど、その後は、熊本県の道徳教育研究会の会長を務めましたり、九州、そして全国でも理事を務めさせていただいて、道徳教育に私なりには取り組んできたんですけども、今回こういったお仕事をお受けするに至って、本当にまだまだ勉強不足、力不足というのはあります。ですけど、一番現場にいた実感というのもあります。
 今回の資料にもありましたけども、教育委員会が教師の指導力を課題として挙げているというのが2ページの資料にあったんですけれども、今、例えば教育委員会としていろんな学校をずっと回っていてとても感じるのは、確かに教師の個人差というものは大きいものがあります。これは実際にベテランの先生方がどんどん退職をされて、新大卒の先生方が入っていらっしゃっている。一つ違いがありますのは、30年ぐらい前は主に私たちの世代です。自分はあまり道徳の授業を受けていなかったと。道徳の授業について記憶がない。全く別のものに変えられていたり、ほとんどお説教の時間であったりする世代が教師をして道徳教育をしてきた時代と、今の先生方というのは、量的なところでは授業を受けてきているというところは大きな違いだと思っています。ですけど、じゃあ、何が記憶に残っているかと。そして、自分の人生、生き方とどう関わりがあるんだろうかということはちょっと弱くなっていってしまっている。
 実際に先生方に聞くんです。なぜ道徳教育をする必要があると思いますか、それから道徳の時間で先生が本当にしたいことは何ですかといったときに、常に本質的な柱が分からなくなってきている。いろんな仕事や、こんなことをしなくちゃいけない、あんなことをしなくちゃいけないということで。そして、「考え、議論する道徳」という言葉も、その先生なりの解釈になっていってしまいますけど、子供たちの意見を言わせればいいんだというような一面的な捉え方になっていってしまったりするところがあります。
 実際、今、学校現場をそうやって見ていったときに一番の課題は、私は道徳教育そのものがその学校教育におけるどんな柱になっているか。一番最初の、別の資料でしたけど、「学習指導要領について」という資料の2ページです。法令上定められている教育の目的について、本来の教育の目的というのが、人格の完成を目指すという、例えば人格の完成というものを先生方がどう捉えているか。例えば、道徳教育が充実していったときに、じゃあ一体、どんな10年後、20年後に現象が起こるかといったら、私は人格の完成をされた人間が増えているとしたら、数字としてもしこだわるならば、ちゃんと皆さん選挙に行っていただいているかどうか。そして、就労、納税、働くこと、それから税を納めること、公共の福祉というものをどれくらい大切にしている国民性であるか。もっと言うなら、扶養の義務があります。結婚をします、家族を持ちます。そういった中で、自分の子供であったり、または自分の親であったり、自分に繋がる家族をどれだけ大切にして生きていくか。そして、その生きていくことに喜びを感じて幸せを感じていけるかというような根本的な柱が道徳教育を進めていく成果としてあることをぜひ認識していただきたいなというふうに思っているわけです。
 ですけど、学校現場に行きますと、今教科書がありました。これもありがたいことです。以前はこの教科書すらありませんでしたので、私たちは文科省のほうで作っていただきました読み物資料とか、それから、一度作っていただいていました道徳ノート、そういったものをしっかり活用することに取り組んではいたんですけども、今は教科書がありますので、この教科書をただ取り扱うことで道徳の時間を何とか先生方がやっている。でも、そもそも道徳教育って何だったんだろうというところから出来上がっていない。
 当然、教科書会社が重点化されているのがあります。重点化されたのは年に2回、または2時間取扱いをしたりして、しっかり子供たちに取り組ませるということでしているとは思いますけど、それぞれの先生方が本当にそういった学年における重点化であったり、学校における重点化、今の子供たちの現状を考えたときに道徳の授業での重点化が図れているか。計画の見直しからぜひしていただきたいなと。それがないまま進めていただいてもらっても、特に今回、情報関係がありますから、例えば情報モラル教育に関すること、それからいじめに関すること、そして自死予防であったり、そういったものに関するものの重点化が年間計画の中で図られているかどうか。そこが一つのチェックでありますし、それに関して先生方が意識を持って授業に取り組んでいただいているかどうかということに関わってくると思います。
 ですから、そういう経験がこれまでずっとある先生方が実際に道徳の授業に取り組むことが必要なのかなと。いろんな授業研究会やら、勉強会あたりを先生方が参考にされると、とても子供たちと信頼関係が出来上がっている指導力のある先生の授業を見るわけです。そして、子供たちもそこでは育っています。ですから、そういう先生の授業を受けていますから、とてもすばらしい授業が展開されるんですけども、なかなか現実に自分が毎日向かい合っている子供とそれをやるとなると難しい。ですから、そこには困難さというものを感じていらっしゃる先生が多いのではないかな。
 ですから、私などは恥ずかしい話なんですけども、この年になりまして、先々週でしたかね、小学校に行って、道徳の授業に飛び込みで入りました。ものすごく高度なことをするんじゃなくて、しっかりと資料を子供たちと向かい合って一緒に読んで、子供たちからいろんな意見を聞きながらというような授業をやったんですけども、そこにものすごい感動があるとか、そしてものすごい打ち上げ花火とまではいきませんけど、そこで刺激をものすごく受けて、子供たちの道徳的心情、判断力、実践、態度、意欲と言いますけど、そういったものまで全部上げたかというとそうではないんですが、ちょっとだけ自分のことを振り返る時間になってくれたらいいなと。そういう、ある意味レベルのちょっと低い授業ではあったんですけども、それも見ていただいて積み重ねでいきましょうと。そして、35回の積み重ね、いろんな出会いを私たちはコーディネートする時間ですよというようなことで、複数の先生がそのクラスで授業をすることは私はとても大切だと思っています。
 本市におきましては、小学校の高学年、それから中学校もそうですけど、主に複数の先生方がチームを組んで道徳の時間も指導に当たるというような取組をしております。その中で、若い先生方が経験のある先生方の指導に当たって、なかなかカリスマ的なすばらしいことをすることは多分自分はできない。でも、自分にできることは、その授業から得られるものは何だろうということを見つけていただく。そして、次の道徳の時間がその先生にとって楽しみになる。そういったことが必要じゃないのかなと。そのためには、とてもすばらしい授業だけではなく、普通の日常的な指導、例えば、ふだんの生活や何かにも道徳的な場面ってたくさんあるんですけども、そういった場面も生かしている先生であったり、それから資料の本当の特質を見抜いて、その資料を上手に使っていらっしゃる先生であったり、様々な創意工夫、そしてその中で自分ができる創意工夫を発見して取り組んでいただくことがこれから先の道徳の時間が、本来、道徳の時間にするべきであった深化、補充、統合という意味、それを理解していただいて、好きになっていただくことがとても大事かな。
 今、教員不足でなかなか先生に成り手がないというようなこともありますけど、その中にはやはり道徳の授業あたりに関しての苦手意識とか、それから特別活動、学級経営、子供たちとコミュニケーションを持って、そして指導していく。そういったことに困難を感じている先生方も、道徳を通して自分のお話を、失敗談を子供たちと話して、子供たちから先生のことを理解していただく。例えば、生徒理解というような捉え方にしましても、子供のことを理解するだけではなく、教師が自分のことを子供たちに話していって、自分のことを理解してもらう。そういったものが実際の人間関係、信頼関係の形成あたりにも私は効果があるというふうに思っておりますので、これからも地道な取組ではありますけども、頑張っていきたいと思っております。
 今回、こういったメンバーに選んでいただきまして、勉強の機会だと思っています。よろしくお願いします。ありがとうございました。
【頼住主査】  どうもありがとうございました。
 それでは続きまして、古屋真宏委員より御発言をお願いいたします。
【古屋委員】  おはようございます。東京都国分寺市教育委員会の古屋でございます。よろしくお願いをいたします。私も小学校の教員をさせていただきまして、その後、教育行政にも就かせていただいて、その中で道徳教育について勉強させていただいたところでございます。今回、貴重な機会をいただきまして、どうもありがとうございます。
 本市は、人口約13万人、小中学校合わせて15校、児童生徒約8,800人というような自治体でございます。全国的には珍しく、まだ人口増加、児童生徒数が増加しているというような自治体でございます。本市の道徳教育の実施、推進状況等も含めて、学校現場の立場から、実態も含めて私の考えをお話しさせていただけたらと思っているところでございます。
 道徳の時間が「特別の教科 道徳」となって、各学校では確実に授業が実施され、また、子供たちが生き生きと自分の考えを表現する姿、また、意見交換をする姿が数多く見られるようになりました。このような教科化による大きな成果、先ほども道徳教育実施状況調査などでもそれが確認されたと思いますが、その成果を基にこれからの道徳教育、そして「特別の教科 道徳」について皆さんと議論していきたいと思っているところでございます。
 先ほどからお話に出ていますが、「特別の教科 道徳」になって、本市も含めてどういう状況なのかということを少しお話をさせていただきたいと思っております。道徳の時間の課題でありました道徳の授業が避けられたり、また軽んじられたりというような状況は大きく改善されたというふうに感じております。小中学校ともに、各学校の年間指導計画に基づいて、教科書を主たる教材として年間35時間以上、確実に当たり前のように授業がされている。量的な確保ということでございます。
 先日訪問した学校でも、第何回道徳科授業ということが板書にも示されて、計画的にやられているんだなということが確認できたところでございます。授業の実施だけではなくて、その内容についても本当に子供たちが伸び伸びと発言したり表現したりする姿、また、ICTを活用したりする様子も見ることが多くなってまいりました。
 中学校では、学年の教員が一体となって道徳科の授業を進めようと学級の枠を超えて指導する、そんな取組も増えてまいりましたし、その中には管理職も含めて授業をするというような学校も数多く見られるようになったところでございます。また、道徳の授業について職員室で話題になる、こんな機会も増えてきた、そういうふうに先生方から伺っております。特に若手の教員が指導方法について先輩の教員に相談する姿も数多く見られるようになったというふうに伺っているところでございます。
 ただ、課題としては、先ほど教員の指導力というお話が出てきたように、本市でも同様の状況で、特に若手教員が増えてきましたので、若手の先生方の不安というものも大きくなっているように感じております。ただ、否定的であるということではなくて、もっと学びたいというような姿勢が若手の先生方にも数多く見られます。悩んでいることをお伺いしますと、教科書を主たる教材として活用して、指導書を参考にして授業展開するんだけれども、どうしても定型的な授業になってしまい、盛り上がることがなかなかできない。そんな不安をおっしゃる先生もいらっしゃいます。また、教材の解釈を中心とした展開になってしまって、なかなか多面的・多角的に考えて自分の生き方について考える、そこまではたどり着けないというようなお話もございます。
 また、1つの内容項目に基づいて授業の狙いに迫るということで、どうしても子供たちの多様な考えを無理やりまとめてしまうような、教師としてそれでいいんだろうか。そんなことに悩んでいるお話も伺ったところでございます。やはり先生方にはもっと幅広く、柔軟な授業展開ということを提示することが必要かなと思いますし、また、若い先生方にとって学習指導要領は大切なものでありますので、まずは見やすく、分かりやすく、そして使いやすい、そういったものができていけばいいのかなと思っております。
 先生方の指導力を高めるということでは、やはり校内体制、また研修体制の確立といったものをつくり上げていかなくてはいけません。こういう点から見ると、道徳教育推進教師の位置付けというものはもっともっと強化すべきであろう。中には、若い先生にこの推進教師を担っていただいている、そんな学校も数多く見られます。それではなかなか推進できないと思います。東京都の場合には、主幹教諭と同格の指導教諭という職層を位置付けていて、そこには道徳の担当者もいるわけで、その指導教諭が公開授業ですとか模範授業などをして、多くの先生方に情報を提供するというような役割も担っております。また、ICTが進展してまいりましたので、道徳科の授業について、データベースなどもより一層充実していく必要があるかなと思っています。
 さて、これから目指していく「考え、議論する道徳」の実装化というところでありますが、深い学びを実現する道徳科というような意味合いだろうなと思っております。そういった意味では、先ほどの課題を受け止めながら考えますと、発達段階に応じてより柔軟な授業を拡大していく必要があろうかと思っています。現行の学習指導要領で示されている問題解決的な学習とか体験的な活動、これをより一層推し進めていくということが必要ではないかなと思っていますが、ただ、多くの様々な工夫をされている先生方からお伺いすると、工夫をすればするほど、小学校45分、中学校50分の1単位時間ではなかなか入り切らないというようなお話もいただいているところでございます。2時間扱いにするとか、関連する内容項目を融合した形で複数時間で取り扱うとか、あるいは体験的な活動を行う総合的な学習の時間や特別活動と関連させた授業などなど、様々な授業改善の視点を示していく必要があろうかと思っています。
 そのほかにも、現代的な課題について議論し合うというような場面も、より一層道徳科においては必要になってくるでしょう。SDGsは当然のこと、ウェルビーイングについて、また多様性ですとか、脱炭素社会への取組などなどについても必要ではないか、そんなふうに思っているところでございます。
 先ほど佐藤委員からもお話があったように、AI時代の道徳というものをより一層考えていかなくちゃいけないと思いますし、ただ、AI時代だからこそ、よりよく生きるための基盤となる道徳性の育成というのは極めて重要であって、人と人との関わりということの重要性や、また、対話することの重要性ということは強調すべきではないかな、こんなふうに思っております。
 一方で、デジタル学習基盤の活用ということで、先ほどもお話しいただいたような子供たちの記録についてしっかりととどめながら、そのことについてまた教員も把握して授業に生かしていくということも必要でしょうし、また、直接授業に様々な形でデジタルを活用していくということも必要でしょう。思考ツールですとか表現ツールですとか、様々活用ができるのかなと思っています。
 それから、社会に開かれた教育課程というのが現行の学習指導要領でも言われていますが、道徳教育においてはさらに社会に開いていく必要があろうかと思っています。コミュニティ・スクール化が数多くの学校で進められております。そんな中で、地域とともに進める道徳教育というものの視点も必要かなと思います。教材として地域の人物を活用したり、地域の歴史や文化、環境なども活用していく、そんなこともこれから必要になってくるのかなと思っております。
 評価についてもまだまだ充実が必要かと思っております。私も文部科学省の評価の専門家会議に参加させていただきましたけれども、その趣旨がまだまだ十分に現場に生かされているかというと課題が残っている、そんな気がいたしますので、またそのことについても考えていけたらと思っております。子供たちのためにこれからの道徳教育をしっかり考えていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
 私からは以上です。
【頼住主査】  どうもありがとうございました。
 それでは続いて、山﨑真理委員より御発言をお願いいたします。
【山﨑委員】  山﨑です。どうぞよろしくお願いいたします。私は、今年3月まで相模原市立小山中学校の校長をしておりました。3月で退職をしました後、現在は北相中学校で家庭科の教員として非常勤をしております。また、大沢中学校では、初任の家庭科の先生のサポートという形で、こちらも非常勤でやっております。それから、この9月から、元おりました小山中学校のほうで家庭科の職員が産休に入りました関係で、非常勤で勤務をしている次第です。私は、令和3年度、4年度に神奈川県の道徳研究会の会長をさせていただきました。また、4年度、5年度は関東甲信越の研究会のほうの会長をさせていただきました。実際に道徳を本格的に勉強させていただいたのは令和に入ってからというような状況です。先生方におかれましては、大変長い期間、道徳に関わってこられる先生方がたくさんいらっしゃるということで、たくさん勉強させていただきたいという思いで参加をさせていただいております。よろしくお願いいたします。
 まず、検討事項・論点の4ページのところにあります評価についてですけれども、神奈川県は、私が中学生ぐらいの頃にはもう既に県版資料というのがありまして、「きらめき」という神奈川県版の教科書のようなものがあって、長年それを使ってきていました 。そんな形の中から、特に相模原で大きく話題になったのは、教科書というよりも評価についてが非常に議論になりました。そういう中でいろいろな工夫をし研修をする中で今、評価が大分いい形でできるようになってきているのかなと思っています。ここにありますように、評価について過度な職員に対する負担が生じにくい評価の在り方というようなことがこれからやはり課題であるとは思っていますが、間違ってもこれが評価を形骸化していくというようなことがないようにしていかないといけないと思っています。方法として、例えば教師も子供も、振り返りとして3年間使えるようなものにしていくということが必要なのかなというふうにも思っています。
 また、教科書の読み物資料が心情理解に偏るというようなことは、やはり物によっては私も実感があります。少し読むところが長いかなとか、また、登場人物が多いかなというようなものになると、やはり心情理解とか、登場人物の整理とかというようなところで時間がかかってしまうというのも現状であると思っています。同じ中学生でも、同じ年齢の子供たちでも発達段階にはかなり差がありますので、そういう中で理解をさせて、その次に語り合っていくということになると、この理解の部分は除くことができないというようなこともあるので、やはり量的なことは、そういうことも教科書の段階で検討していく必要があると思っています。
 また、自分事にするという方向性は、間違え気味になりそうな言葉だと私は思っております。例えば自分事にしていくということを、「あなたならどうする?」と発問をしてしまうような授業を幾つか見させていただく場面がありました。せっかく読み物資料を使って自分とは切り離されたところで話題を提供していけるにもかかわらず、「あなたならどうする?」と聞いてしまうと、正論しか答えられなくなってしまうのではないかというようなことで、読み物資料自体を自分事にするということではなくて、自分事にするというのは、後でじんわり自分だったらどうするのかなと考えられれば良いことなので、「あなたならどうする?」というのは禁句かなというようなことをいろんな場面でお話をさせていただいています。なかなか伝わっていないところがたくさんあるので、「考え、議論する道徳」の実装ということで今回取り組んでいく中で、具体的なことが、整理されてくるととてもよいことだと思っています。
 同じように、体験的な学習についての理解もまだまだされていないところであると思います。その辺りも具体的にどのような形のものが体験的なものなのかというようなことが議論されていくとよいと思っています。
 道徳の位置付けについては、先ほども初任から2年目、3年目の方が道徳教育推進教師として出てくるなどという話もありましたけれども、相模原の現状もそうです。そうやって考えていくと、やはり教育課程全般を学校規模できちっと整頓していくためには、管理職の学校経営であったり、学校運営の部分が大変必要だと思いますので、道徳をどのように学校運営に位置付けるかということが理解がされることが必要だと思っています。
 例えば、小さいことかもしれませんけれども、各教科の別葉がありますけれども、その別葉の中で教科の内容とは別に、例えば休みの生徒のプリントの扱いであるとか、それからお昼を食べるときに、また班になるときに、お休みの子供の机を一緒に合わせるであるとか、そういうふうなことというのが一つ一つ、道徳的な心の育てなのではないかなというふうに思っているので、そういうことを1人の先生が、個人の先生が頑張っていくということではなくて、学校としてここは心がけていこうねとか、そういうふうな学校全体で取り組んでいくということが非常に大事なのかなと思っています。
 実はコロナ禍に、ちょうど神奈川県の中で公開授業のお話がありまして、相模原で1校公開をすることになっていました。ただ、なかなかコロナ禍で研究会等も開催されていない中だったのですが小山中学校の職員に話をしたところ、ぜひ小山中で受けましょうよ、全クラス公開でやりましょうよと担当が言ってくれまして、令和4年度の県の研究大会をお受けしました。コロナ禍で本当に久しぶりに対面での道徳の公開をさせていただき、その次の年、令和5年には関東ブロック栃木大会で小山中の職員が話をさせていただきました。その柱として、ローテーション道徳を取り上げさせていただきましたが、小山中学校のローテーション道徳というのは、ある意味、教員の資質向上のためのローテーションでした。職員が負担を減らすということでは全然なくて、学年の中で3つぐらいの、グループに分かれて資料を検討します。1人の職員が授業をやる日にはほかの2人は参観に行くというようなことで、授業改善を図りながらやっていくローテーション道徳をやってきました。現在もその形が学期に1回、ローテーション道徳を組み込むというような形で取り組み続けられています。
 やはり先生方の資質を上げていくためには、それなりの研修などの取り組みが必要であると思っています。ただ、そこには時間が必要であると。時間の生み出し方というようなことで、令和4年度からのときも現在も、その時間の生み出し方についてはまだまだ悩み多きところかなと思っております。
 そのようなことで、今まだ何となく現場にいることになっている私ですけれども、ここでまたたくさん勉強させていただいたことを現場に少しでも還元できるようなことがあると思っています。どうぞ、この後も御指導よろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。よろしくお願いいたします。
【頼住主査】  どうもありがとうございました。
 それでは、渡邊範道委員より御発言をお願いいたします。
【渡邊(範)委員】  皆さん、おはようございます。東京都立上野高等学校の渡邊範道と申します。よろしくお願いいたします。私、今の上野高校を含めて校長3校、それから東京都教育庁での課長職も入れまして校長職は10年目になります。ただ、私は公民科、「政治・経済」の担当で、小中での授業経験は1回もありません。ということは、道徳の授業をした経験がないということで、この場では学ぶことしかないと思っております。ただ、若い時代にお世話になった先生の流れで、東京都の高等学校公民科の「倫理」、「現代社会」、今は「公共」ですけども、その「倫理」「公共」研究会の会長を務めているということや、二十数年前教員だった頃に、文科省の倫理の教科調査官にいろいろお世話になった経験をさせていただきました。少しでも恩返しができるよう頑張ろうと思っております。どうかよろしくお願い申し上げます。
 授業の経験がないことから、連携している中学校の道徳の地区公開講座を見に行ったり、遠い昔、子供の授業参観が「道徳」であった場合は必ず見に行ったりと、「道徳」を意識しながら教員生活を送ってまいりましたが、もう二十数年授業自体やっていない私にとっては大変遠い存在になっております。とはいえ、今回の学習指導要領でも、恐らく次の指導要領でも公民科の「公共」や「倫理」、それから特別活動が人間の在り方、生き方についての考えを深める高等学校の道徳教育の中核的な指導の場面と位置付けられております。その責任を踏まえながら、小中の道徳教育を今後どのように発展させ検討事項の資料3ページにもございますけれども、「考え、議論する道徳」の実装や、高等学校の道徳教育は今後どうあるべきなのか。生徒のウェルビーイングの向上に向けて様々な課題がある現代において、どう進めていくのかということを私なりに考えていきたいと考えているところです。
 先生方からも様々御紹介ありましたので、私からも、今の東京都の高等学校の道徳教育の現状について幾つか御紹介しながら述べさせていただきたいと思っています。東京都には独自の教科「人間と社会」があります。これは道徳とキャリア教育を融合させたもので、もう十数年の歴史がある教科であります。全ての都立高校で1単位必履修で、全校でこの「人間と社会」を実施するために、各校では全体計画や年間指導計画をつくることとなっております。東京都の高等学校の道徳教育はこれが中核的な役割を果たしているものと考えています。
 しかし、指導要領が改訂される中で、「総合的な探究の時間」との代替が認められたことから非常に探究色が強くなり、本校も前任校も、1年生は「総合的な探究の時間」に代替して行っています。多面的・多角的な視点を踏まえて新しい課題を設定し、主体的・協働的に行動するということで、新しい課題を設定するというところから見ても、現在は探究の色が強くなっているというのが現状です。自己理解を深めた上で他者を理解し、自己の行動を変容させるというステージに到達させるというのが目的・目標になっておりますので、非常に道徳的な、実践まで高めるということを求めている取組なのかなと考えております。
 もう一つは、学習指導要領にも高等学校でも定めるということが示されております道徳教育推進教師ですが、先ほどの東京都の高等学校の「倫理」「公共」研究会で令和元年、今からもう6年も前になりますが、この道徳の在り方についても今後考えを深めることも踏まえてアンケートを取りました。当時186校あったところで、道徳を進める公民の教員はもとより、校長先生にもアンケートを取って、約半数の109校から回答をいただきました。、道徳教育推進教師、当時は新しく決めるということで様々な戸惑いもあったのですが、どんな人が当たっているかといいますと、生活指導主任が約3割、今お話ししました「人間と社会」の担当者が約1割、倫理や政経を担当する公民科の教員が約2割、その他、教務主任や、中には中学校で道徳の指導を経験した教員などでしたが多くは生活指導の担当の教員と公民科の教員が担当している実態が分かりました。
 実際、授業は、「人間と社会」を中心としながらも、例えば今、東京都ではいじめを防止する授業を年3回行うこととされていたり、生活指導主任が中心となってセーフティー教室、いわゆる安全教育ですが、交通安全とか災害安全、避難訓練等や、先ほど来話題になっておりますSNSをめぐる闇バイトなどの犯罪に関わること、情報モラルに関することなどが行われています。私も生活指導主任を道徳教育推進教師に充てておりまして、生活指導の場面においてこういった道徳的なモラルや行動について生活指導主任から話をすることが多くなっております。
 それから、高等学校の道徳は教育活動全体で行うということになっておりまして、例えば地球環境問題などは理科、保健体育科ではスポーツのルールなど、「情報」では情報モラル、家庭科や公民科では消費者教育など、それから人権教育の全体計画も求められておりますので、全教科で人権教育に関わる内容も高等学校では行われている現状があります。
 指導内容や方法についてですが、総則に示されている体験活動の重視、それからボランティアなどを中心とした地域行事への参加などは非常に積極的に進められていますし、大きな成果も見えているところです。特に「人間と社会」でもそうですけども、例えば、家庭科や公民科では障害者体験とか様々な体験活動の重視については大きく広がっていると思っております。しかしながら、高等学校の道徳教育はまだまだ課題もあるということで、最後に、課題についても私が今考えているものを幾つか触れさせていただければと思っています。
 1点目は、小中は「特別な教科 道徳」があり、教科書もできました。高等学校にはこうした場や教材がないというのがやはり大きな課題なのかなと思っております。ですから、教員もノウハウやスキルといった経験がなかなか身につかず、先ほどの道徳教育推進教師に頼っているような現状があるということです。
 2点目の課題としては、生徒の発達段階です。これは小中学校の先生が考える発達段階というのとは認識がちょっと違っておりまして、生徒の成長段階ということも当然、高等学校の1年生と3年生では違うので、あるのですが、中学を卒業して高等学校に入った15歳、16歳、17、8歳、もう主権者になる、成人になる年頃の生徒に道徳的な価値を読み物などの教材で示したとしても、なかなか興味を持ったり、または心情理解に寄り添ったりということがなかなか難しいという状況があります。ですから、例えば「政治・経済」でいえば、「法は最小限の道徳である」といったことわざの意味を考えさせるところからスタートするなど、法と一緒に理解させるなどの工夫が必要になってくると考えております。
 それから3点目として小中学校と大きく違う点として、各校の生徒の状況が学校によって大きく違うという状況があります。こういった中で、各校共通で行う道徳教育ということを定めたとしても、なかなか状況にマッチするのは大変であると考えます。
 大きな課題の4つ目としては、教育活動全体で行うということでありますが、それぞれが取り組んでいるとしても、意図的・計画的に進められているのかとういうことがあります。教科等のそれぞれの教育活動で行われている道徳教育が、連携を取って進めていくというのは現状ではなかなか難しいところがあると思います。
 その他にも道徳教育の活動などの情報公開、家庭や地域との協力や共通理解もまだまだというところでありますし、小中学校の道徳教育を踏まえるということではありますが、なかなか知る機会もないということも含め、小中と高校の道徳教育の接続の在り方、各教科の科目の役割や関係性を考えるという大きな課題に向かうまでに素地としてできていない部分もあると思っているところです。
 これらの課題への対応の解決策、今、私がすぐ持ち合わせているわけではございません。このワーキンググループでの議論を踏まえながら私なりに考えたり、先生方からのいろんな御示唆をいただきながら、高等学校の道徳教育について考える機会となればと思っております。
 私からは以上です。ありがとうございました。
【頼住主査】  どうもありがとうございました。
 それでは続いて、渡邉真魚委員より御発言をお願いいたします。
【渡邉(真)委員】   日本大学、渡邉真魚と申します。私は公立小学校、中学校への勤務経験があり、現職に至ります。このたびはこのような学びの機会をいただき、ありがとうございます。
 日頃は学校教育現場で道徳の授業を参観させていただいたり、事後研究会等で授業者の先生方とともに授業の振り返りを行う中で、私自身は「考え、議論する道徳」が浸透しつつあること、それから子供たちは考えることが大好きで、自分の意見を話したり、友達の意見を聞いたりする時間として生き生きと取り組んでいる姿を見ることが増えた印象がございます。ただ、本当にこの学びが深い学びに至っているのか、この点が授業者の先生方にとっても大変悩ましいところと認識しております。
 配付資料の「学びの在り方等に関する子供への意見聴取、報告資料」の中で、資料2の343ページにも、「がっかりした授業」に、「自分で考えることのない授業」であるとか、「学習内容が深まっていない授業」として、道徳科も残念なことに挙げられており、「ありきたりな内容で、授業をしている側が求めている答えが明らかなため、どれだけ上手な作文を振り返りシートに書くかに重点があるように感じられた」など、子供の声を真摯に受け止めなければと改めて考えさせられているところでございます。
 今回の論点整理にもありますように、多様な子供たちの深い学びを確かなものにするためにも、深い学びの実装、多様性の包摂、実現可能性の確保の三位一体で具現化に向かうことに期待しているところです。そこで、ワーキンググループにおける検討事項・論点の中から本日は2点ほど、2番の道徳教育に関する課題を踏まえた固有の検討事項の(2)道徳科の学びの在り方、(3)指導の在り方について、現段階で考えていることをお伝えしていきたいと思います。
 初めに、道徳科の学びの在り方でございます。現行学習指導要領で「考え、議論する道徳」の質的転換を求められたことにより、押しつけにならないように教えるといいますか、ここから考える、考えさせる授業が増えたと受け止めております。しかしながら、まだまだ心情理解に偏ったり、発問例に頼ったりする型にはまった授業は課題として挙げられており、散見されるところでございます。授業者の先生方が子供たちに、あるいは子供とともに考えさせ始めているというところは私自身としても実感しているところですが、今後、その道徳科の学びの在り方の中でも、ぜひ、現代的な諸課題を含め、実社会で道徳的課題に複数の価値が絡み合っていることを踏まえた複数の内容項目を関連づけた学びの在り方を検討してまいりたいと思っております。
 というのも、例えば、読み物資料の中で描かれる登場人物を通して、差別という事実に向き合うその人物の生き方を考えながら、子供たちはその登場人物の生き方に学び、自分との関わりで意味づけする時間とその過程で生まれてくる新たな問い、それではなぜ差別はなくならないんだろうかが、こうした学習過程がせっかく教室の中で生まれた問いにもかかわらず、45分や50分では時間が足りないという状況が生じているからでございます。
 古屋委員も言及されておりましたが、1つの内容項目を複数時間で行う実践であるとか、1つの教材を複数時間で扱う実践であるとか、あるいは1つの教材でも複数の内容項目を関連させて扱う実践であるとか、あらゆる仕掛けで子供たちに考え、議論する学びを通して、私たちが生きる社会にこそ考え、議論する視点を見いだせる子供、変化が激しく不確実な時代だからこそ、相互に関連づけて考えさせ教室での学びが社会で生きる学びになるよう、粘り強く考え続けることができる子供を育成したいと考えている次第です。
 しかしながら、もちろん全ての授業にとは申しません。例えば小学校低学年の子供たちには、すがすがしいという言葉と、その言葉の意味が経験として実感がなければなかなか道徳科の授業になりにくい、そういう場合もあるかと思っております。1時間で1つの内容項目をしっかり学ぶことも大切ですし、発達段階に合わせた学びのデザインで段階的に相互に関連づけて考え続ける子供の育成も必要なのではないかと考えている次第です。具体的には、年間35時間から内容項目数の差し引いた時間を各学校の重点内容項目に充てて、内容項目の複数時間として位置付けるだけでなく、この時間に自由度を上げた授業展開は可能かどうかをこの会議で検討していけたらと考えております。
 次に、指導の在り方でございます。学校の実情に応じて教師が交代で学年を回って授業を行う方策の在り方や留意点についての考え方ですが、担任以外の先生方も授業者になるローテーション道徳のことと認識しております。山﨑委員も言及されておりましたが、私自身はポジティブに捉えておりまして、1教材を複数回実施する過程で授業者の強みも生かせますし、授業の質的改善に資する運用も可能かと考えますが、一番の成果はその学級の子供理解に資することと実感しております。
 例えば、中学生の発達段階として認識するだけではなく、1組には1組の、2組、3組と学びへの向き合い方を知る機会となり、学年であるいは校内で子供の学びを、道徳科の学びを道徳教育に接続させることが、学び方を学ぶことを話題にすることによって可能になるのではないか。そしてまた、複数の視点で客観的な評価に資するきっかけになるのではないかと考えるからでございます。とはいえ、学校の実態や学年の学級数もあろうことかと思います。今後、方策の在り方や留意点についての考え方等を踏まえながら皆様と検討していけたらと考えております。
 私からは以上です。
【頼住主査】  どうもありがとうございました。
 それでは続いて、渡辺弥生委員より御発言をお願いいたします。
【渡辺(弥)委員】  皆さん、おはようございます。道徳教育を本当に、ある意味「考え、議論する」メンバーに入りまして、勉強していきたいと思います。
 私自身は今、法政大学の文学部の心理学科にいるんですけれども、ずっと筑波大学、それから静岡大学教育学部のほうにおりまして、大学院のときからずっとある意味、しつこく思いやりの発達について勉強してきました。それは1970年代ぐらいは、何で人はこんなに人を攻撃するのかという研究が主流だったのですが、80年代ぐらいになると、人を思いやって自己犠牲までする人も存在するということに関心が寄せられるようになりました。そこで、思いやりに関心を持ち、赤ちゃんからこの思いやりがどのように育っていくのかなというところに自分自身、関心を持つようになりました。思いやりとか、ずるいとかずるくないとか公平感といった道徳感情が今の大人の世界の諍いにも影響があると思いますけれども、こうした気持ちがどういうふうに発達していくのかというのをずっと勉強してきました。
静岡大学の教育学部では現場に行く機会も増えたので、そこでいじめや不登校とか、いろんな問題を抱えている子供たちと会ったり、適応指導教室に行ったりということで、どうしてこういしたいじめの問題を抱える子たちが増えてくるのか真剣に予防したいと思っています。いまだに全て右肩上がりで増えており、予防ができていないという現実で、今から10年の間には、どうにしかして予防できるように先生方と協力して何かやってみたいと思います。実際に、具体的な実践や教材をいろいろ開発することもやっています。
 私自身は、今度のワーキンググループにおける検討事項・論点のどこに一番お役に立てるのかというのはちょっとまとまっておりませんが、2点ほど考えています。
まず、価値観って何だろうというところをおさえたいとも思います。価値観を伝えているのに、先生からすれば授業を通してどこか子供の心に響いてないと話される方々もいます。例えばいじめとかみんな、小学校低学年でも、いじめはするべきでないと分かっています。それでもいじめちゃう行動は増えているわけです。分かっていてもできないみたいなところで、子供たち自身が困っているわけです。授業に積極的に参加して議論できている子供はいますが、大抵私がお会いする子供たちに、何に困っているかと聞いても、「もやもや」するとか、「やばい」とかそうした表現で終わり、深く互いの感情を認識できていないと感じています。自分や他人の気持ちがなかなかわからない、表現できないというところでとどまっている子供たちが多くいると思います。
そういうことでは、2点提案したいことがあります。
 まず1つ目は、「考えて議論する」ことを推し進めていくためには、私たちはまず感じているということです。これずるいんじゃないとか、おかしいんじゃないとか、嫌だ、この人嫌い、この登場人物の人を好きとか嫌いとか、とめどもなく感情がわいてきています。その感情をまず受け止め、その感情がなぜなのかを認識できると、考えることにつながってきます。そして、それを言い過ぎないとか、少しちゃんと勇気出してしゃべらなきゃみたいな行動にできてこそ、議論ができるようになります。これは感情リテラシーといいます。感情リテラシーはいろいろな力から構成されますが、悲しいけど、でも悔しい気持ちも混ざっているみたいな、入り混じった感情を理解する力も必要です。感情的になることはよくないですが、この状態は、自分の気持ちをしっかり理解していないことから生じます。感情を抑えた方がよいと考えがちですが、感情というものは、意識した時点ですでに感情は表出されているわけなので、抑え込んでも意味がないと思います。
人間は感情の動物なので、その感情を抑え込むんじゃなくて、適切な方法で表出する方法を学ぶことが大切かと思います。「自分はさっきから怒っている気持ちがあるんですけど」みたいに、自暴自棄にならずにそれをうまく伝えることが必要です。ということで、「考え、議論する」という目標を効果的に道徳で求めるにしても、その前提に感情のリテラシーを教育することができるのと思います。
 しかも価値というのは、何を大切にしたいかということが社会や文化の中で体系的になっていく心の基準だと考えると、考える、議論するだけじゃなくてどう感じるかということと、それでどうやって行動するかというところまで含めたものであってほしいというところがあります。不公平だなという判断をするときには怒りがあったり、慈悲の心があったり、うそをつくという場合には罪悪感が出たり、後悔したりとか、「感情」と「考える」とは切っても切れないような関係にあると思います。まずそういうところにも気づいていない子供がいるので、気づかせたいなというところがあります。
 さらに、こうしたことを教えるときに発達段階に応じて教えることが大切です。先ほどから他の先生方もおっしゃっているように、ワーキンググループの検討事項にも、発達段階というエビデンスがあまり取り込まれていないと思います。すでに心理学のテキストには思いやりの発達段階について、周知のこととして紹介されているんですけれども、あまりそのエビデンスが教育のほうに取り入れられていない気がしています。小学校、中学校、高校というふうに年を取っていくということが発達段階ではなくて、思いやりの発達段階は年齢とは違う発達段階が明らかになっています。年をとれば思いやれるようになるわけではありません。現に、大人でも思いやりの発達段階が低い人がいると思われるんですよね。
 ですから、年齢とはまた別に、学校種の違いもありますが、思いやりという心がどうやって発達していくかという基本的な特徴があるので、それに応じた教え方というのを考えた方がよいと思います。例えば、小学校1年生の教材に10人ぐらいの登場人物が出てくるような話は到底、6、7歳ではそんな多くの人の立場や視点を考える力というのはないので、理解が深まりません。一方的に自分の好きな人の気持ちだけ考えてしまうみたいなことが起きちゃうんですね。高校生ぐらいになるとまた思春期なりの自己中心性が出てきて、自分の失恋の苦しみはほかの人は理解できないぐらいの苦しみだぐらいの自意識過剰(個人寓話)なところがあります。こうした発達段階を踏まえた上での教材が提供できると、子供はこの教材を読んでよかったとか、これを読んで今日は気持ちがすっきりしたみたいな心境になるように思います。
 2点目は、先ほど言いましたように、議論しただけで日常生活の行動に結びつかないという点です。自分もいろんな教育実践をやってきて、その授業の中ではみんなすごく学んでくれるわけですが、その後1か月、2か月どうでしたかといったら、また元に戻っちゃった場合があるわけです。大事なことは、日常生活の行動に学んだことが一般化というか活用されることです。先ほどどなたか先生がおっしゃられたように、最終的に幸せを感じるとか、幸せと思う行動をするみたいなところまで持っていくようにするためにはすごい工夫が必要だなというところは実感しています。
自分もいろいろやってきて、なかなか日常生活の行動を変容させるところまで教えるのは難しいと思っています。けれども、国外の道徳教育学会だとか、学校心理学会、いろんなところに参加して、いろいろなやり方は学んできていますので、何とか体験的な学習とか、実装というかプロセス立てたいと思います。道徳科があることでいじめも減ってきた、不登校の背景にある対人関係も減ってきた、自分を大切にして自死も減ってきたという効果が明らかになるように、いろんな実践法を導入できるといいんじゃないかなと考えています。
 まとめますと、自分自身が何かお役に立てるとしたら、発達段階のエビデンスを元に考えること、感情リテラシーについて取り入れること、それによって「考え、議論する」ことの効果を大きくできたらと思います。さらには、日常生活の行動に結びつけていけるような何か工夫、アイデアを考えていければなと思っています。私も勉強途中ですので、先生方からいろいろなことを学びながら、頑張ってやっていきたいと思います。よろしくお願いします。
【頼住主査】  どうもありがとうございました。
 それでは続いて、鈴木由美子委員より御発言をお願いいたします。
【鈴木委員】  広島大学で、理事・副学長をしております鈴木と申します。かつては東広島市教育委員会の教育委員、それから広島市の教育委員会の教育委員をしておりまして、教育行政のほうでもいろいろと仕事をさせていただいてきました。また、広島県教育委員会、広島市教育委員会と協力して、道徳教育プログラムや規範性を育む教育プログラムを開発してきましたので、そういった経験を生かすことができたらと思っています。そういう経験から3つのことについてお話をさせていただこうと思います。
 1つ目は、検討事項・論点の1番の1に内容の構造化というところがあったかと思います。私は学校現場の先生方と一緒に道徳授業の研究を20年以上してきたのですが、そうした中で理論に基づいて授業をしないとなかなか授業力が向上しないということが分かりましたので、心情曲線による道徳教材分析という手法を開発して、それを使って道徳の教材を分析し、どこに焦点を当てれば価値が深まるかといった研究をしてきました。教材の中には複数の価値内容が含まれていますし、さきほど渡辺弥生先生がおっしゃったように発達段階があります。教材の価値内容を単純に捉える時期もありますけども、複雑に捉える年齢というのもあり、そういう複雑に捉える年齢の生徒さんの発言や意見を、教材の中にある価値内容を構造化しながら見ていく、考えていくということが大事だと思うようになりました。
 これまでの課題として、一つの考え方に予定調和的にまとめる傾向があるということを言われましたけども、予定調和的になる場合もあるかもしれませんけども、大体価値内容についての意見は複雑に出てきます。そのときに一つの答えを与えるのではなくて、なぜそう考えたのか、あなたの考える根拠は何なのかということを併せて考えさせることで、それぞれの意見に根拠があることが分かります。その根拠を比較しながら考えさせることで、なぜその生徒がそれを選んだのか、教材の主人公はなぜそれを選んだのか、深く考えることになります。そうすると、私たちの人間の生き方としてよい方向、正しい方向って何なのか考える力がつくように思っています。そういう点で今回、資質・能力、あるいはそれに向かっての価値内容の構造化ということをきちんと示すことは、先生方が授業の中で何を大切にすればよいかが分かることにつながるので、皆様と協議しながら進めていきたいと思っています。
 2点目は、道徳2の(1)「道徳教育の位置付けや在り方」のところです。さきほど道徳教育プログラムと言いましたが、先生の側から見ると道徳教育プログラム、子供の側からは道徳学習プログラムというように、子供の学びの視点を入れたプログラムを先生方と一緒につくってきました。これは教科の学習と道徳科と体験活動を1か月ぐらいの短いスパンで組み合わせたプログラムのことです。最近は多様な時代になってきましたので、子供たちには共有の体験というのがあまりありません。共有体験がないことは共通の言葉がないことにつながり、同じ言葉を言っていても全く違う考えで話していたりします。そうすると、話し合いに深まりがでないことがあります。共通の体験として学ぶ教科や、行事等みんなで行う体験活動を使いながら、道徳について深く考えるようなプログラムを考えてきました。
 簡単に例を言いますと、例えば社会科でどこかの工場などに社会見学で行くということを学びます。それに関連させて道徳科の時間に、電車の中でのルールやマナーというのを学びます。道徳科で学んだことが社会見学で生かされたとしてもそこで終わらずに、もう一つ、地域での清掃活動などを組み合わせます。そうすると、道徳科で習ったけども、そのときは腑に落ちなかったけども、確かに地域の人たちもルールやマナーを守っている。みんなが守ることで社会の生活が成り立っているんだなというところにまで落としていくというようなプログラムをつくり、それで道徳的行動を促すといったことをしてきました。道徳科の授業の中で子供たちはいいことを言うのに、実際にはやらないというような悩みを先生方は持たれることがあると思いますが、学校に閉じず、習ったことがいろいろな場面で行動化できるチャンスをつくっていくことで、子供の姿を広く長く見ることができるようになります。こういう短いスパンのプログラムをつくりますと、教科と道徳科の関係も分かりやすくなりますので、そういったことを考えていけたらと思っています。
 3点目は、AI時代のところです。生成AIの飛躍的な発展による社会の変化というのは大変大きなものがあって、現在、産業革命に匹敵するような大きな変化が起きているわけです。こうした中で、AIリテラシーというようなリテラシーに関心が向く傾向がありますが、それだけではなくて、先ほどから話題になっている感情の問題、人間として直感的にこれおかしいとか、これはいいとか思えるような感性を育てていくということが、根本的なものとして必要じゃないかというふうに思っています。
 心情教材だと心情理解で終わりがちだという批判はありますが、私は心情教材をしっかり読んで、やっぱり人間はいいなとか、こういうときに優しくするのはいいな、美しいなと思える、人間がもともと持っているよさというものを引き出していく、美しさに感動する心を育てていくということが根本的な解決になるのではないかと思っています。そういう意味では心情教材も大事ではないかと思っています。先生方のほうも心情教材を子供たちに伝えながら子供たちの純粋な声を聞いて、心が洗われるというところもあろうかと思います。人間としてのよさとか、正しさとか、美しさに感動する心というものをしっかり育てる。これが、道徳教育ができることですし、道徳教育にとって非常に大切なことになるのではないかと思っています。自分の経験を踏まえながら、これから子供たちが育っていく世界をしっかりと見据えて、皆様方といろいろと協議しながら進めていけたらと思っています。よろしくお願いいたします。
【頼住主査】  どうもありがとうございました。
 それでは続いて、毛内嘉威副主査より御発言をお願いいたしたいと思います。
【毛内主査代理】  本ワーキングの主査代理を務めさせていただくことになりました毛内です。座長である頼住主査をお支えして、議事の円滑な運営、そして学校現場の実態を踏まえた論点整理に向けて努めてまいりたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
 本日は事務局からの説明資料、そして委員の皆様の御発言を踏まえ、2点申し上げます。まずは1点目、全体のコンセプト、検討の方向性についてです。「「考え、議論する道徳」への転換」から「「考え、議論する道徳」の実装」という検討の方向性については、私は2つの理由から賛同したいと考えています。
 1つには、指導要領の改訂全体との関係です。論点整理では、全体のコンセプトとして、深い学びの実装が大きな柱となっています。また、多様な子供たちの深い学びを確かなものにと述べられています。ここから「考え、議論する道徳」の実装とは、「考え、議論する道徳」からこれまでの実践の積み重ねを踏まえ、より確かなものに徹底していくことを意味していると受け止めています。
 事務局からも説明がありましたが、特別の教科化以降、道徳科は質と量ともに大きな前進が見られました。もちろん課題がまだ残っているのも事実です。そういう意味では、現在の道徳の置かれた状況は親部会の論点整理とも合致しており、確かなものにしていくということこそが今道徳に求められていることだと考えています。
 もう一つには、道徳の教科化の全面実施から7年がたったこの時点で、学校現場が試行錯誤しながら取り組んできた「考え、議論する」理念自体を根本的に見直す必要はないと考えています。理念を変える段階ではなくて、積み重ねを前提にして「考え、議論する道徳」の実装を図っていく。ということは、理念の実現のためにさらなる高みを目指していく道徳教育をより確かなものに徹底していく方向性は、現場の実態に合致していると思います。
 全面実施から7年を経た今、現場の努力の蓄積を生かし、質的ステージを上げていくことだと思います。例えば、評価における中教審全体の動向を見ても、より本質的な学びを重視する方向が明確になっています。これまで「特別の教科 道徳」では、大きな議論を経て仕組みをつくり、そして個人内評価と授業改善が中心の評価に教育現場が取り組んできました。中教審における評価の動向は、特別の教科である道徳のこれまでの議論と一致すると考えます。もちろん課題はまだまだあります。だからこそ、「考え、議論する道徳」の実装とは、よりよいものにしていくために、現場の課題感を踏まえながら、よりよい道徳教育に向けて一層の充実を徹底していくということが今、道徳に求められていると思います。
 2点目です。道徳科の具体的な改善についてです。ワーキングの親会議に当たる企画特別部会の議論の中に、レス・イズ・モアというキーワードがありました。これは建築やデザインでも用いられる用語でありますが、ここでは精選された本質的な内容を深く学ぶことで、結果として多く学ぶ、豊かな学びにつながるといった意味で使われていると思います。
 では、道徳にとってのレス・イズ・モアとは何かといえば、具体的に思い浮かぶのは教科書ではないかと思っています。「考え、議論する道徳」の実装という方向性には賛成だと申し上げましたが、直視しなければならないのは、質的改善がまだ道半ばであるということです。資料のほうにも出ておりましたけども、事務局資料では、教科書に30時間分の読み物教材がもたらす様々な利点があるとそう認めつつ、課題としては、先ほど委員の方からもお話があったことと、それから教科書の発問例に頼った授業など型にはまった予定調和的な授業になりがちなど、深める時間の確保が難しいといった課題が示されました。
 今日はこの点について、委員の御発言の中では、複数の時間をかけて1つの教材をより深めていくとか、また複数時間かけて1つの内容項目、または内容項目の関連性など提案がありました。このことについては、現行学習指導要領にも、1つの内容項目を複数の時間で扱う指導と記載されている考え方で、これまで議論されてきたものです。かつて、1教材複数時間の実践が盛んに言われていた時期もありましたが、1時間でできることを2時間で扱ってしまい、結局深まらないといった例もあり、実際に様々な批判もありました。当然、単純に時間を増やせば深まるわけではないことは押さえておく必要があります。学校現場が混乱しないこともまた重要です。
 一方、現在は特別の教科として教科書が整備され、しっかりとした教材があります。現場任せではなく、確かな教材基盤の上で質的深化が図れる点がかつてとは大きく異なります。こうした環境の下であれば、道徳科におけるレス・イズ・モアの検討は、まさに実装を進める上での重要な論点になるのではと考えています。
 2点、少し早口で意見を申し上げましたが、いずれにせよ、本ワーキングの主査代理として頼住主査をお支えしていきたいと思っていますので、引き続きよろしくお願いしたいと思います。
【頼住主査】  どうもありがとうございました。
 それでは最後に、私から簡単に発言をさせていただきたいと思います。自己紹介をさせていただきますと、私はこれまで倫理学、日本倫理思想史を研究してまいりました。道徳教育についてもこれまで興味を持ちまして、大学院生時代から30年間以上、日本道徳教育学会に関与させていただいております。そういう立場から今回、このワーキングに関わらせていただいております。
 私も「考え、議論する道徳」というこの方向性、大変賛成をしておりました。そして今回は、さらにそれを実装化して効果的にしていくことが求められています。特に、多元的な価値観というものが、今後、生徒たちが生きていく社会の中では非常に大事になると思いますので、議論の中で、また自分自身が考えを深めていく中で、多元的な価値観というものを育成していくことが重要ではないかと思います。要するに様々な価値観に触れ、自分の持っている価値観を相対化する視点を常に確保するということが大事だと思っています。
 今日の先生方のお話の中でも、予定調和的にならない授業というのが重要なのだということが出てきていたかと思いますけれども、私もそれに共感しておりまして、最後は、オープンエンドでいいのではないかと思っております。何か結論が出て、みんなでいいことを確認して、それで授業が終わるというのではなくて、オープンエンドで最後に問いが残る、自分の中に問いが残るという形で終わるということが、むしろその問いを考え続けていくことになるのではないでしょうか。先ほど、日常生活の中に落とし込めないと意味がないのだという、そういう御発言をいただきまして、私も本当に共感したところでございますけれども。やはり、自分の中に問いがなく、答えが出てしまっているともうそれ以上考えなくなると思います。ですから、問いが残っていくということが重要なのではないかと思っております。
 また、多元的な価値観の育成ということで言いますと、やはりモラルジレンマであるとか、価値の衝突であるとか、このような葛藤対立に注目していくことも大切なのではないかと思っております。先ほどからフィルターバブル、エコーチェンバーの問題が出ておりまして、同質なものだけで固まりがちな風潮が児童生徒の中にもあるのではないかと思います。そういう中で違う価値観に触れる、自分の価値観というものを見直していくということ、それを実現できるような道徳教育の在り方を考えていければいいと思っております。
 さらに、私自身は、先ほども申し上げましたように、日本倫理思想史という学問分野をこれまで研究してまいりました。先ほど自己の価値観を相対化していく必要があるということを申し上げましたが、やはり日本の道徳の歴史とか、思想の歴史というものを見ていくと、複数の倫理感というものが常に社会の中で錯綜しているという、そういう状況があるわけです。それを踏まえた上でこれからの教育を考えていくということを私自身としては考えてまいりたいと思いますし、また、そういう複数性に着目することで、自分の文化とか社会というものを相対化していく目が養われるのではないかと思っております。
 特に日本の思想とか道徳観の中でよく言われることですが、関係性の重視、また、自然との調和の重視などが言われておりますし、また、様々な現代の調査においても、もちろん、例外はありますが、日本人が何か物を考えたり判断したりするときの特性として、関係性を重視するとか、先ほども出てまいりましたけれども、感性とか感情を重視するということがしばしば言われております。感情とか繋がりとか感性とか、これらの重視が、諸外国の調査結果と比べた場合ということで出ております。このような日本人の特性というものを踏まえて、さらに道徳性の深化にそれがどう寄与するのかも考えながら私自身としては取り組んでまいりたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
 それでは、そろそろ予定の時間のほうも参りましたので、本日の議事は以上とさせていただきます。
 最後に、次回以降の予定につきまして、事務局よりよろしくお願いいたします。
【堀川教育課程課学校教育官】  事務局でございます。次回は12月25日木曜日、16時からを予定しておりますが、正式には後日御連絡をいたします。
【頼住主査】  それでは、以上をもちまして閉会といたします。ありがとうございました。

 

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