令和7年11月17日(月曜日)13時00分~15時00分
WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式
【恒吉主査】 定刻となりましたので、ただいまから、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会特別活動ワーキンググループを開催いたします。
本日は、大変御多忙の中、御参加いただきまして、誠にありがとうございます。
本日は、進行資料としてお配りしている流れに基づき議事を進めますので、委員の皆様におかれましては、適宜御参照ください。
それでは、事務局より、会議の留意事項を御説明願います。
【堀川学校教育官】 事務局でございます。本ワーキンググループは、WEB会議と対面を組み合わせた方式で開催をしております。御発言の際は、挙手ボタンを押していただき、ミュートを解除してから御発言を願います。また、御発言が終わりましたら、再度、ミュートにしていただきますよう、よろしくお願い申し上げます。
事務局からの説明は、以上でございます。
【恒吉主査】 ありがとうございました。
では、議題に入る前に、前回、10月20日の第1回の本ワーキンググループにおいて、冒頭、参加をいただいきましたけれども、公務の御都合で中座され、御挨拶をいただけないままとなってしまいました、兵庫県芦屋市長の髙島崚輔委員より、御挨拶も兼ねて御発言いただきたいと思いますので、髙島委員、どうぞよろしくお願いいたします。
【髙島委員】 こんにちは。芦屋市長の髙島です。お時間いただきまして、ありがとうございます。今回、教育課程企画特別部会にも参加をしていましたので、議論の背景も踏まえて、発言できればと思います。
今回の学習指導要領改訂のメインテーマの一つは、間違いなく特別活動のアップデートではないかなと思います。史上初めて生成AIが普通にある時代の学びを考える学習指導要領の改訂を行う上で、私たちは改めて、学校って何のためにあるのかを真剣に議論しなきゃいけないと考えています。ともすれば、知識や技能を身につけるだけならAIと家で1人で勉強したほうが早いんじゃないのという感覚は少しずつ広がっているように感じます。
今回、新しい学習指導要領改訂の大きな方向性は、「生涯にわたって主体的に学び続け、多様な他者と協働しながら、自らの人生を舵取りすることができる、民主的で持続可能な社会の創り手を「みんな」で育む」ということです。ここで注目したいのは、「民主的で持続可能な社会の創り手」という部分だと、私は考えています。改めて、学校は何のためにあるのか。私は、学校は、学び合うということに大きな価値があり、そして、民主主義を実践的に学ぶ場であることに価値があるんじゃないかと考えます。何が言いたいかというと、多様な子供が学び合う場、特に公立の学校の場合、似たような場所に住んでいるというだけで共に学ぶという場だからこそ、対話を通じて他者との違いを認め合い、学び合う場であってほしいということです。こう考えると、特別活動の意義は極めて極めて大きいんじゃないかと考えます。論点整理の冒頭でも、大きな方向性を実現するためには、「「好き」を育み、「得意」を伸ばす」こと、「当事者意識を持って、自分の意見を形成し、対話と合意ができる」ことの二つが重要だと示されました。どちらも特別活動に深く関わるものです。ともすれば、特別活動って、何しているか、よく分からん。子供にとっては、一休みの時間のように思われていた向きもあるかもしれません。でも、学校という最も身近な社会で過ごす時間だからこそ育むことのできる力は、特別活動を中核とすることによって、より一層高まると確信をします。
ちなみに、第1回の冒頭の説明で、投票率の議論がありました。ルール決めに関わった経験がある場合、ふだんから投票に行っている割合が高いということですが、そりゃそうですよね。余談ですが、私は、投票に行こうというキャンペーンは、あんまり意味がないと思っています。若者は忙しい。忙しい中、わざわざ時間を作って、行ったことがない場所に行って知らない人の名前を書くって、合理的に考えると、やろうと思わないと考えるからです。だからこそ、成功体験がとても大事なんじゃないかと思います。声を上げれば、行動を起こせば、社会は変わるんだという成功体験があって初めて、投票に行く意味も体得できるんじゃないかと思うんです。そう考えると、学校という一番身近な社会の役割はとても大きいはずです。特別活動を実施する上では、教育委員会や学校に閉じることなく、首長部局や市民を巻き込むことがとても大事だと思います。なぜなら、社会は学校の外にも広がっているからです。学校を身近な社会として位置付けるからこそ、大きな社会も巻き込んでほしい。
私が市長として教育に力を入れているのは、学校が変わると社会全体が変わると期待しているからです。学校で変化を起こすためにも、そして、起きた変化を学校の外に広げるためにも、閉じずに、首長部局や市民を巻き込めるような、特別活動や学校運営協議会をはじめとする主体的な社会参画に係る教育を実現できればと思っています。改めて、特別活動の価値が上がるということは、学校の価値が上がるということに直結すると考えます。一人一人がよりよく生きることに繋がるように、そして、よりよい社会をつくることにも繋がるように、そんな議論ができればと思っています。よろしくお願いします。
【恒吉主査】 髙島委員、ありがとうございました。
それでは、議題(1)に移ります。特別活動に関する目標・内容の構造化等について、事務局より説明をお願いいたします。
【堀川学校教育官】 事務局でございます。資料1、特別活動に関する目標・内容の構造化等について、御説明を申し上げます。
まず、1ページでございます。検討の前提でございます。第1回ワーキングからのものをベースとして、記載をさせていただいております。
まず、一番上、特別活動に関する全般的課題でございます。我が国の学校教育の長所である協調性の涵養や規律の確保が、ともすれば集団性の過度な強調に陥り、子供たちにとって意義が不明確な校則や学級ルールなどの存在とも相まって、「同調圧力」への偏りを生んでいる側面があるとの指摘がある。また、中高で校則見直しなどの取組が進む一方、子供の関わりが十分ではない例が見られるほか、小学校では発達段階もあり教師主導の学級・学校運営になりがちな側面もありますが、子供の主体的な参画の余地が大きいということ。また、校種を通じてGIGAスクールで整備をされたクラウド環境の活用が進んでいないといった課題が指摘をされております。
そのような中にあって、特別活動全体として、当事者意識を持って、自分の意見を形成し、対話と合意ができる力を育んでいく、そうした学校教育の実現に向け、子供たちにとっての身近な社会である学級・学校をフィールドにして、意見表明、合意形成、参画の機会をより充実させていく余地がある。
また、第1回の場で恒吉主査のほうからプレゼンテーションもいただきました。我が国の特別活動が注目されている背景に、とりわけ西欧諸国において個人主義の過度な強調による弊害が生じているとの指摘もある中にあって、集団性や規律と個性の尊重との間でバランスが取れた議論が必要であるということも、重要なポイントであろうかというふうに思います。
そのような中、本日の検討事項・論点でございます。一つ目、「特別活動を通じて育成する資質・能力のあり方・示し方」ということで、論点整理の中で「身近な社会である学級・学校で、多様な個性や特性、背景を持つ他者との対話や協働により、児童生徒が主体となってルールの形成や学校生活の改善、学校行事など様々な活動に参画することにより、「生成AI時代の主権者」として、確かな民主主義の担い手を育み、共生社会を実現する基盤を提供する領域として、特別活動の位置付けを明確化すべき」とされたことを踏まえ、以下の3点について示しております。目標の示し方、内容の一層の構造化や精選の在り方、表形式を活用した目標・内容の分かりやすい示し方でございます。
二つ目、「特別活動の指導と評価の改善・充実のあり方」ということで、デジタル学習基盤の活用や情報活用能力の育成強化、こうしたことを前提といたしまして、「当事者意識を持って自分の意見を形成し、他者の意見に耳を傾けつつ、対話に基づくよりよい合意形成を図る取組の充実方策」ということで、論点整理で示された方向性、すなわち、「子供が主体的・実践的に取り組む活動という特別活動の特質を踏まえ、学習評価の質を向上させるための合理化を踏まえた、効果的かつ過度な負担が生じにくい評価のあり方」。
三つ目、「特別活動の位置付けやあり方」ということで、特別活動の位置付けの整理や、2点挙げておりますが、「総合」や「特別の教科 道徳」との関係性、各教科との関係性、そして、見直すことが必要な用語の整理、こうしたことを論点として挙げさせていただいております。
学習評価を含めて一部の論点は、次回、第3回の会議になりますけれども、こうした課題設定の下で御議論を進めていただければというふうに考えております。
1番、「教育課程全体における特別活動の位置付けやあり方について」ということで、まず、検討項目の丸1として、「教育課程における特別活動の位置付け」について、御議論をいただければと考えております。
4ページでございます。「教育課程における特別活動の位置付け」の(1)教育課程全体の中で「道徳」・「総合」・「特活」の果たす役割ということで、補足イメージ1を準備させていただいておりますので、資料の6ページを御覧ください。
教育課程全体の中で「道徳」・「総合」・「特活」が果たす役割について。米印で書かせていただいておりますけれども、関係ワーキング、すなわち生活・総合ワーキングや道徳ワーキングでの議論を踏まえて修正をしていくということが前提の資料でございます。
「我が国の学校教育における道徳科、総合的な学習・探究の時間、特別活動による学びは…」ということで、以下、大きく2点書かせていただいております。
1点目、まず、グレーの図の部分ですけれども、内なる国際化、デジタル化の負の側面の影響による社会分断の可能性といった、多様化・デジタル化、労働市場の流動化やマルチステージの人生モデルへの転換など、予測困難な時代、そして、AI時代にとりわけ重要となる「人間として生きること」や「価値判断と責任」、そうしたことが重要となってくる中にあって、「よりよく生きる基盤としての道徳性を養うとともに、「自らの人生を舵取りすることができる力」や「民主的で持続可能な社会の創り手」の育成に向けて、「好き」や「得意」、社会を形成する当事者としての在りようを含む、「自己の生き方・在り方」と向き合い、思索をしていく機会を公教育として保障していく役割」、そのような役割を「道徳」「総合」「特括」は担っているのではないか、そのように整理できるのではないかということが、1点目でございます。
2点目は、「また、」以下でございますけれども、「知識の系統性を特徴とする各教科とは異なる「自己の生き方・在り方」の思索という特質は、どのように社会や世界と関わり、よりよい人生を送るかに関わる「学びに向かう力・人間性等」と密接な関わりを有していることから、各教科の学びを通じて「学びに向かう力・人間性等」を育む基盤としての役割」を「道徳」「総合」「特括」が担うものというふうに整理ができるのではないかという御提案でございます。
1ページ後ろに論点整理の抜粋を示させていただいております。「学びに向かう力、人間性等の今後の整理イメージ」ということで、左側、現行の記述の中で、「「どのように社会や世界と関わり、よりよい人生を送るか」に関わる「学びに向かう力、人間性等」は、ほかの二つの柱をどのような方向性で働かせていくかを決定付ける重要な要素である」とした上で、現行では様々な要素が羅列されていたところを、今後の整理イメージとして、四つの要素に整理をされているところでございます。この四つの要素を踏まえまして、前のページに戻らせていただきます。
例えば、下の「特別の教科 道徳」においては、答えが一つではない道徳的な課題を自分自身の問題として捉え、向き合う中で、「学びを方向付ける人間性」、先ほどの三角形の上の部分を育んでいく基盤として、左側の「総合的な学習・探究の時間」につきましては、自己の興味・関心等に関わる課題と向き合っていくという特質に鑑み、「初発の思考や行動を起こす力・好奇心」、先ほどの三角形の左下を育んでいく基盤として、右側の「特別活動」につきましては、学級・学校や自己の生活等に関わる課題と向き合っていくという特殊性に鑑みまして、「他者との対話や協働」、先ほどの図でいけば、右下の要素を育んでいく基盤としての役割を担うこととして整理してはどうかとの御提案でございます。
なお、右下に米印で書かせていただいておりますけれども、「道徳」「総合」「特括」の特質として関わる学びに向かう力・人間性等の要素を明示しておりますが、実際には、教科や領域で育む要素はこれにとどまらず、各要素が往還しながら育まれていくことに留意が必要であるということ。また、先ほどの総合的な学習・探究の時間も「民主的で持続可能な社会の創り手の育成」、特別活動も「自らの人生を舵取りする力の育成」に繋がっていくという側面があることにも留意が必要ということで、補足を付記させていただいているところでございます。
続いて、4ページに戻らせていただきまして、(2)でございます。「道徳」・「総合」・「特活」の関係についてでございます。「「道徳」「総合」「特括」の三者の関係と、「総合」と「特活」の両者の境目が曖昧となり、それぞれの特質を踏まえた教育活動が必ずしも行われていないといった課題がある中で、相互の関係性について、以下のとおり整理をしてはどうか」。詳しくは今後の関係ワーキングで検討するとした上で、補足イメージ2を御準備させていただいておりますので、そちらを御覧ください。
8ページでございます。まず、この中で右上の米印でございますけれども、こちらも道徳ワーキングや生活・総合ワーキングといった関係ワーキングでも議論をしていくものになりますので、それらの議論を踏まえて修正することが前提の資料でございます。
青い四角で2点書かせていただいております。1点目、下の図で言うところの青と緑、そして、青と黄色との関係につきましては、「「総合」と「特活」は、自己の興味・関心に関わる課題や学級・学校や自己の生活に関わる課題、すなわち「生きた課題」に取り組む特質を有していることから、よりよく生きるための基盤としての道徳性の発揮が期待される、道徳教育の「実践の場」と整理できるのではないか」との提案でございます。2点目、緑と黄色との関係性、「総合」と「特活」との関係性についてでございます。「「総合」と「特活」双方の特質を有する取組は、現行学習指導要領でも想定をされているものの、「総合の時間が安易に行事に使われている」との指摘もある中、分かりやすい整理を行うべきではないか」という御提案でございます。詳しくは今後のワーキングで検討とさせていただいております。
また戻らせていただきまして、5ページでございます。(3)各活動・行事の構造化と、「特活」に求められる役割についてでございます。「特活の内容は、「学級活動・ホームルーム活動」、「児童会・生徒会活動」、「クラブ活動」、「学校行事」で構成されておりますが、これらの内容は、子供たち自身に関わる領域から、身近な社会である学級・学校、更には、その学校外に広がる社会との関係性を含むものである。特活は、こうした様々な活動を通じて、多様な個性や特性、背景を持つ他者との対話や協働により、実生活に関わる様々な課題の解決に当事者として取り組むこと等を通じて、児童生徒の主体的な社会参画や自己実現に繋げていく領域であることを重視しつつ、以下丸1から丸4のように全体像を整理してはどうか」ということで、丸1から丸4を挙げさせていただいております。
丸1、「「個人」を中心とした領域を対象とし、コミュニティや社会との関係での自己の生き方・在り方の思索に関わる取組」ということで、学級活動(2)の生徒指導・健康安全、学級活動(3)のキャリア教育。米印で記載させていただいておりますけれども、あくまでも主な機能でございますので、相互に関係していることに留意が必要とした上で、示させていただいております。
丸2、「「学級」を中心とした領域を対象とし、小さなコミュニティの運営や参画に関わる取組」ということで、学級活動(1)の生活づくり、こちらも米印で、学級の枠を越えた規模の活動に向けた話合いを含んでいることを付記させていただいております。
丸3、「「学校」を中心とした領域において、大きなコミュニティの運営・参画に関わる取組」ということで、児童会・生徒会活動。
丸4、「「学級」「学校」「社会」それぞれの間の領域において、協働による具体的な活動を通じた価値の創造を行う取組」ということで、学校行事とクラブ活動を挙げさせていただいております。
「その上で、特別活動全体として、学習過程において、自己の意見の形成や対話、納得解を形成しようとすることを含む合意形成を一層重視していくこと等を通じて、教育課程上、確かな民主主義の担い手を育み、共生社会を実現する基盤としての役割を担うものとして、また人間関係形成を通じて、各教科の学びに向かう学習コミュニティを形成する役割を担うものとして整理してはどうか」とさせていただいております。こちらは補足イメージ3を御準備させていただいておりますので、9ページを御覧ください。
こちらは、特別活動の内容につきまして、「子供たち自身に関わる領域から、身近な社会である学級・学校、更にはその学校外に広がる社会との関係性を含むもの」として、内容を図的に整理させていただいたものでございます。その中で、オレンジとなっておりますけれども、社会参画や自己実現の視点を通じて、確かな民主主義の担い手を育み、共生社会を実現する基盤としての役割を果たしていくということ。また、人間関係形成の視点を通じて、各教科の学びに向かう学習コミュニティを形成する役割、これは学級経営とも深く関わるものでありますけれども、それを果たしていくという整理をさせていただいているところでございます。
戻っていただきまして、5ページ、右上の米書きの部分でございます。「なお、」ということで、「左記の特質を有する特別活動は、OECDがまとめた「各国共通で時代を経ても変わらないカリキュラムデザインをガイドする原則」12項目のうち、丸7、真正性、丸10、参画、丸11、生徒エージェンシーの要素を含むものとして整理できるのではないか」ということで、補足イメージ4を御準備させていただいております。
10ページでございます。丸7の真正性については、実社会との繋がりや交流の機会をつくり出す。そして、自身を取り巻く環境やニーズに関連する、現実的で適切な課題の探究が行える学びを経験していくということ。丸10の参画については、カリキュラムの開発段階において、子供たちが積極的に参画をしていくということは、責任を引き受ける意識を確実にしていくために極めて重要であるということ。また、学習に対して積極的な態度を育んだり、自分をより深く理解したいと望んだりする場合に、参画というのは必要不可欠な要素であるということが示されております。また、丸11の生徒エージェンシーにつきましても、学びに対するオーナーシップを感じられるようにすること。子供は、権限を与えられ、エージェンシーを認められるときに、将来に向けて意味のある力を身につけていくということが記されております。こちらは、5月22日の企画特別部会において、総合的な学習の時間、質の高い探究的な学びについて御議論いただいた際に、総合についても整理をされておりまして、その中では、丸7の真正性、丸11の生徒エージェンシーに加えて、教科横断性というものをピックアップして、整理がされているところでございます。こうした中で、特別活動と総合的な学習の時間の共通性と、それぞれの特質が見えてくる側面もあるのかなというふうに考えております。
資料、戻っていただきまして、5ページの(4)特別活動及び主たる活動の英語訳についてでございます。現行の学習指導要領には特別活動に関する内容の英語の定訳が存在をしていない中にあって、五つの理由から、以下のとおり英語の定訳を定めてはどうかということで、お示しをさせていただいております。
1点目は、いわゆる令和答申、令和3年度の中央教育審議会の答申にもございます、「学校教育の本質的な役割の一つである「社会の形成者としての全人的(wholistic)な発達・成長の保障」に大きな役割を果たす特別活動が他国からも注目をされる中で、適切な共通理解を図る必要性が高まっていること」。2点目、「外国人児童生徒等の増加を含む教室内の多様性が顕在化する中での特別活動の役割を明確化する必要があること」。3点目、「論点整理において、主体的・実践的に社会参画する力を育むことができるよう、特別活動を中核として見直しを図るとされていること」。4点目、「社会参画と自己実現を通じて、確かな民主主義の担い手を育み、共生社会を実現する基盤としての役割を果たすことが特別活動に求められていること」。5点目、「平成30年改訂高等学校指導要領要領 教科・科目名英訳版において「Tokkatsu(Student-Led Activities)」とされていることを踏まえ、以下のとおり英語の定訳を定めたらどうか」ということで、特別活動については、Tokkatsuとした上で、括弧を開いてStudent-Led Activities for Civic and Personal Developmentということで、Civicで社会参画、Personalの部分で自己実現の要素を含む形としております。2点目、学級活動については、Class Activities、児童会・生徒会活動については、Student-Council Activities、クラブ活動については、Club Activities、学校行事については、School Eventsということで、案をお示しさせていただいているところでございます。
ここまでが検討項目の丸1でございまして、続いて、検討項目の丸2、「特別活動に関する用語の整理」でございます。
12ページでございます。特別活動に関する用語の整理といたしまして、左側、我が国の学校教育の長所である協調性の涵養や規律の確保が、ともすれば集団性の過度な強調に陥り、「同調圧力」への偏りを生んでいる側面があるとの指摘や、こうした同調圧力や正解主義への偏りからの脱却の必要性も踏まえ、用語の整理が検討課題となっているほか、類似の用語が使われており、違いが分かりにくいといった用語についても、分かりやすく使いやすい指導要領を目指す観点からも、改めて考え方を整理することが必要であるということ。なお、関連いたしまして、前回の改訂のときに、「望ましい集団活動」「望ましい人間関係」という表現について、あらかじめ望ましい集団があることが前提となっているかのような誤解を与えるとの指摘もありまして、見直しを行ったという経緯がございます。
こちらは、(1)(2)(3)でそれぞれ、「集団」「主体的」「自主的」「自発的」「適応」という用語を挙げさせていただいておりますけれども、詳しい資料を補足イメージで御準備させていただいておりますので、そちらで御説明をさせていただきます。
13ページ、「集団」についてでございます。同調圧力や正解主義への偏りからの脱却の必要性も踏まえ、見直すことが必要な用語の整理が検討課題となっている中にあって、特別活動の本則において「集団」という語句が22か所で記載をされているということについて、集団性の過度の強調が同調圧力への偏りに繋がっているとの指摘もあると。一方で、「集団」の中にも、「同調的集団」もあれば、相互作用を通じて「多様性を生かす集団」もあるといった指摘もあり、また、我が国の特別活動が注目される背景に、とりわけ西欧諸国において個人主義の過度な強調による弊害が生じているといった指摘もある中で、集団性や規律と個性の尊重との間でバランスが取れた議論が必要であることに鑑みれば、「集団」という言葉を機械的に修正するといった見直しについては、誤ったメッセージとなりかねないことにも留意が必要である。そうした上で、現行の記載では、具体的な語句の使用のされ方について、つぶさに見ていった際に、個人に対してのグループとしての意味にとどまる場合と、何らかの具体的な対象が想定し得る場合、例えば、「学級」「学年」「協働」「コラボレーション」といった、具体的な意味・対象が想定し得る場合が混在していることも踏まえて、分かりやすい学習指導要領とする観点から、必要に応じて具体的に意味する内容に書き下す等の表現の見直しを行うこととしてはどうかとの御提案でございます。
14ページ、「主体的」「自主的」「自発的」の用語の整理でございます。特別活動においては、「主体的」「自主的」「自発的」と、こちらは『広辞苑』からの意味を示させていただいておりますけれども、一見すると差異が明確でない用語がそれぞれ使用されており、違いが分かりにくいとの指摘もある中にあって、現行指導要領上、「主体的」は、「主体的・対話的で深い学び」をはじめとして、各教科にも通底する語句として使用されている一方で、「自主的」「自発的」は、特別活動を含めた、限られた文脈でのみ使用されているという実態がございます。箇所数のところを見ていただきますと、例えば、「主体的」は各教科等で33か所で使われている一方で、「自主的」や「自発的」といった用語は特別活動を中心として使われているという実態がございます。加えて、次期指導要領においては、特別活動が「子供のより主体的な社会参画」を実現するための中核と位置付けられること、そして、「分かりやすく使いやすい」指導要領を目指す観点からも、「主体的」を統一的な表現とし、「自主的」「自発的」という語句について、必要な見直しを図ることとしてはどうかとの御提案でございます。
一番右の「備考、対応方針」のところを見ていただきますと、特別活動においては、「主体的な社会参画」という大きな役割の観点から、「主体的」という語句を最も重視すべきではないか。「自主的」の部分については、分かりやすさをより重視をするために、原則として「主体的」に統一することとしてはどうか。「自発的」の部分については、特別活動そのものが子供の「主体的」な活動を前提としているということを踏まえて、単に「自発的・自治的な活動」として記載をされているところについては、単に「自治的な活動」というふうに表記をして、全体として、「主体的」という言葉と「自治的」という言葉で用語を整理していくということとしてはどうかというのが、こちらの御提案でございます。
15ページ、「適応」でございます。こちらにつきましては、特別活動の本則において「適用」という語句が3か所で記載をされているところで、いわゆる「社会モデル」の重要性が企画特別部会の中でも指摘されている中にあって、多様な子供たちを学校という社会に「対応させる」ことを強いるニュアンスがあるということで、学校の息苦しさにも繋がっているという指摘もございます。そういった中で、否定的・矯正的なイメージが伴う場合があった「適応指導教室」について、その役割や機能に照らして、「教育支援センター」という名称を国として用いることとしていること。また、論点整理において、特別活動が共生社会を実現する基盤を提供する領域として位置付けを明確化すべきとされていること、こうしたことを踏まえて、「対応させる」という意味で「適応」の語句を使用しているケースについて、必要な見直しを図ることとしてはどうかという御提案でございます。
次に、大きな二つ目の論点、「目標・内容の構造化について」でございます。こちらは、検討すべき論点として、第2回総則・評価特別部会で示された構造化・表形式化のイメージを左側でお示しさせていただいております。この中で、本日御議論いただきたい点については青字で、そして、次回の論点については、予定でございますけれども、赤字で記載をさせていただいております。本日の検討項目丸1、目標の柱書ということで、特別活動の資質・能力の趣旨や学習過程について、目標にどのように記載をするべきか。そして、検討項目丸2、見方・考え方として、後ほど詳しく御説明させていただきますけれども、総則・評価部会の整理を踏まえて、どのように考えていくかということ。そして、次回になりますけれども、検討項目として、資質・能力の柱ごとの目標や、内容の表形式化の具体的な形式、高次の資質・能力、そして、評価も併せて御議論いただければというふうに考えております。
まず、検討項目丸1、「目標の柱書」についてでございます。こちらは第2回の総則・評価特別部会の資料1の1の抜粋でございますけれども、現行の各教科等の「目標の柱書」の課題といたしまして、資料、左側の中ほどでございますが、現在、各教科等の目標の柱書には、見方・考え方、教科に特徴的な活動、資質・能力の趣旨が記載をされておりますけれども、冗長で分かりにくいとの指摘があること。特に「見方・考え方」の具体は解説に落とされていて、併せて読まないと分からないといった課題があることを踏まえ、論点整理において、「見方・考え方」を、解説ではなく、本体に位置付ける方向性が示されております。その上で、ブルーの三角の下でございますけれども、分かりやすく、使いやすい指導要領を目指す上で、育成したい資質・能力の趣旨等を端的に示す目標の柱書に、見方・考え方まで含めて書き下すと焦点が定まらなくなるということも踏まえて、柱書については、「育成したい資質・能力の趣旨や固有の学習過程を端的に示すべきであり、見方・考え方は、目標直下に別途欄を設けて記載してはどうか」という整理をされているところでございます。
これを踏まえた御提案が、20ページになります。目標の柱書について、目標にどのように具体的に記載すべきかということで、左側に現行学習指導要領の記載や解説における用語の解説を記載しております。それを踏まえて、改善に関わる要素として、論点整理では、「主体的・実践的に社会参画する力を育むことができるよう、特別活動を中核として見直しを図る」とされていること、「身近な社会である学級・学校をフィールドにして、意見表明の機会、合意形成の機会、参画の機会をより充実させる必要がある」ということ、「確かな民主主義の担い手を育み、共生社会を実現する基盤を提供する領域として、特別活動の位置付けを明確化すべき」とされていること、これらを踏まえまして、改善イメージでございます。
1番、資質・能力の趣旨の部分については、「よりよい社会の形成に向けて参画しようとする資質・能力について」とすることで、社会参画する力を育むことを特別活動として育む資質・能力の趣旨として明確化をしてはどうか。2番、学習過程の部分については、「自己の生活や身近な社会を主体的・実践的に創造する活動を通して、次のとおり育成することを目指」すとした上で、「自己の生活や身近な社会を」というところで、個人から社会にかけての両面、グラデーションでもございますけれども、両面を対象とすることを明確化してはどうかということ。「主体的・実践的」にというところで、社会参加に繋がる主体性と、実践を通して学ぶという特別活動の特質を明確化してはどうかということ。そして、「創造する活動」という部分を通じて、学習活動が自己や社会にとっての新たな価値を生み出すプロセスであることを明確化してはどうかということで、御提案をさせていただいております。
次に、「見方・考え方」でございます。こちらは、改善のイメージということで、論点整理の資料を抜粋させていただいております。これまで、丸1の「各教科等の学びの深まり」と丸2の「各教科等を学ぶ本質的な意義の中核」という二つの側面があった中で、下の米書きにございます、「見方・考え方が資質・能力の一部と誤解される遠因となっていたことから改善を図り、見方・考え方は、資質・能力の育成を的確な方向性に導くとともに、よりよい社会や幸福な人生に繋げていける学びの本質的な意義として整理をする」ということが整理をされているところでございます。
その上で、総則・評価特別部会において、23ページの右側でございますけれども、以下のような要素を含めることを基本に検討してはどうかということで、扱う事象や対象、物事を捉える視点、考え方や判断の仕方、これらの要素を示すことにより、教師が児童生徒の学習・指導を構想する際に「本質を外していないか」を確かめられものとなっているかという視点。そして、共通する留意事項として、各教科等との深まりの鍵については、中核的な概念、高次の資質・能力とも今は言われておりますけれども、そのことを通じて示すこととして、新たな「見方・考え方」の書きぶりについては、現在よりも短く、端的に示すことを基本としてはどうかということ。そして、経験の浅い教師が読んでも端的に理解可能な記述となっているかどうかという視点を重視して、示し方を検討してはどうかということが示されております。
こちらを踏まえて、24ページが御提案でございます。現行の「見方・考え方」、そして、そのことに関する解説をお示しした上で、先ほどとも少し重複をいたしますけれども、改善に関わる要素として、論点整理の記載、そして、総則・評価特別部会での議論を踏まえた上で、改善のイメージでございます。青の丸で示させていただいているところでございますけれども、「自己の生活や身近な社会における課題を」として、個人の生活から身近な社会である学級や学校における課題を対象とすることを明確化したらどうか。「社会参画、自己実現及びそれらの基盤としての人間関係形成の視点から捉え」ということで、前回改訂時に整理をいたしました三つの視点の関係性を整理した上で示すこととしてはどうかということが2点目。3点目として、「社会を形成する当事者として多様な他者と協働し、自他のよりよい人生や社会生活につなげること」として、社会参画の前提として重要となる当事者性、民主主義や共生社会の実現に向けて不可欠な、自己とは異なる価値観等を有する多様な他者との協働、自己実現や社会参画に繋がっていく、自己と他者の現在と将来の社会生活に繋げていくということを明確化してはどうかということで、お示しをさせていただいております。なお、「総合的に活用」の要素については、現行の「見方・考え方」には含められているところでございますけれども、実際、その観点については存在をしていますが、本質的意義の中核と向き合い、端的に表現するという観点から、今回の「見方・考え方」の要素には含めないこととしてはどうかということで、お示しをさせていただいております。
今し方の説明の中ほどでございますけれども、「社会参画、自己実現及びそれらの基盤としての人間関係形成」について、補足イメージを御準備させていただきます。25ページでございます。この「三つの視点」の関係性については、「見方・考え方」のベースとなっているものでございますけれども、これまで各要素が並列で整理をされてきましたが、これを、人間関係形成が基盤となって社会参画や自己実現に繋がっていくこと、そして、社会参画と自己実現は往還しながら高まっていくということを改めて整理し直してはどうかという御提案でございます。
これを踏まえまして、こちらの「見方・考え方」の中でも、「社会参画、自己実現及びそれらの基盤としての人間関係形成の視点」ということで、記述をさせていただいているところでございます。
説明は以上でございます。参考資料といたしまして、これまでの特別活動の目標や、中学校の目標の柱書の一覧、「見方・考え方」の中学校の例、また、「三つの視点」の関係性等についてお示しをしておりますので、適宜、御参照いただければと思います。
長くなり申し訳ございません。事務局の説明は、以上でございます。
【恒吉主査】 ありがとうございました。
それでは、本日御出席の各委員から、今の事務局説明について御意見をいただきたいと考えております。御発言がある委員は挙手ボタンを押していただきたいと思いますが、できるだけ多くの委員に御意見を頂戴したいと考えておりますので、お一人、5分程度で御発言をお願いしたいと思います。
では、よろしくお願いします。御発言、ございますでしょうか。御意見、コメント、ぜひ挙手ボタンを押していただければと思います。
では、野村委員、よろしくお願いします。
【野村委員】 本日も、資料の準備、お忙しい中、整えていただきまして、ありがとうございました。また、今の説明も分かりやすく、「書いてあることはこういうことである」
というところまで触れていただけたので、とても理解しやすかったと思います。私は、前回も申し上げたとおり、学校に勤務している立場として、学校でどのように実践していくか、また、教員がどう捉えて、子供たちにどのように指導していくかということを見通して、伺っておりました。また、資料も拝読いたしました。そこで、以下の四つの点について、申し上げたいと思います。
まず、検討項目丸1に関わりますが、4ページ、6ページ、8ページにある「道徳」「総合」「特活」の役割、その関係については、とても分かりやすいので、三者がこのように役割を整理しているというところが確認できたところは、今後、それを意識した教育活動が各学校でさらに展開をされていくのではないかなと思っております。
続きまして、9ページの「特活」の構成について。これも、現行の各活動・行事が踏まえられていて、それが改訂後の取組の充実に繋がるということが分かるようなイメージになっているのがいいなと思いました。よく拝見すると、クラブ活動については点線になっているというところも、他のものとはちょっと、扱いとか位置付けの難しさがあるのかなと想像いたしましたが、ただ、クラブ活動を楽しみにしている子供たちの思いがあるので、今後はぜひ実線になったらいいなと思っております。
また、右下に、今、画面では見づらいところではあるのですが、「学級経営とも深く関わる」と記されているところ、ここも拝見いたしました。これはまさにそのとおりだなと思っております。これまでの学習指導要領の中にもそのような、「学級経営に資する」という記載はありましたが、これは、「特活」の継続的な取組、また、取組の充実により、教師が「特活」的な考え方になるということが一番大きいと私は思っています。子供の思いを聞こうとする、枠組みを示す、どこまでできていて次にどういうことを取り組めばよいか子供と一緒に共通理解を図って進めていく、できたことを一緒に喜ぶ等、そういったものが、日常的に雰囲気として、また基盤として、定着するようになるからこそ学級経営の充実に繋がるんだろうなと思っています。本校でも、「特活」に力を入れて取り組んでいる教員の学級は、落ち着いていたり、子供の居場所になっていたりというところが実際の様子として見られるので、今後もぜひその記載をお願いしたいなと思います。
あと、12ページの用語のところで、「集団」「主体的」「適応」、の表し方について触れられていました。私は身近なところでは指導・助言をすることが多いのですが、捉え方とか解釈が様々で、自分で話をしていても、正直なところ、それぞれの持つ意味合いまで踏まえて、使い分けることができていなかったな、と思います。書いてあるからそれを好意的に、プラスの意味合いで解釈して用いていたということが正直なところです。なので、このような整理は、とてもいいな、ありがたいなと思います。また、この見直しに当たっても、「これまでこういったものを使っていたけど、それはなしにするではなく、こういうよさはあるので、こういうふうに発展的に…」といったことが原案作成の様子からすごく感じられるので、とてもうれしいなと思っております。
それから、「目標の柱書」のところと「見方・考え方」のところですが、どちらもとても分かりやすい書き方で、現在取り組んでいるものがより整理された表現で記されていると感じました。
次に、25ページの「三つの視点」の関係性の再整理というところなのですが、私自身は、この三つは並列でということで、これまでも実践をしたり、指導・助言で伝えてきたりというのをしました。ただ、どうしても人間関係形成にとどまってしまう実践ということも少なからず見られていて、そこが課題ではあるんだろうなあと思いながらも、社会参画や自己実現まで繋がらないところもありました。ですから、このような位置付けを示していただくことで、人間関係形成はそのようにしていく。その上で、この活動では特にこういったところをということを意識した取組・指導に繋がるので、これも分かりやすいなあと思いました。ただ、自分自身は、「自己実現」という言葉が出てくると、どうしてもマズローの5段階の欲求のところに頭が繋がってしまいます。この三つの視点の中で自己実現がもっと次元が高いもののように感じてしまうので、何かよい表現があれば、自己実現というものは他のものに代わってもいいのかなと感じております。
長々と話してしまい、すみませんでした。本日もありがとうございました。
以上です。
【恒吉主査】 貴重な意見、ありがとうございます。
ほかに、コメント、意見、挙手していただければと思います。
京免委員、どうぞよろしくお願いします。
【京免委員】 京免でございます。これからの特別活動を展望する、新しい提案をいただいたと感じているところです。その上で、感想と、幾つか御提案のほうをお話しさせていただけたらと思っています。
まず、1点目のところです。特別活動の英訳について御提案をいただきまして、大変大事なことだと思っています。今、特別活動が発信されていく中で、特別活動の在り方は、国内だけではなく、いろんな人と協働しながら考えていく時代に入っていると思います。実際、教師の交流等も進んでいる中で、これが特別活動なんだということを海外に向けて示すことは非常に重要なことで、そういった意味では、Tokkatsuという今通用している言葉というものを出していただいて、ただ、Tokkatsuだけでは十分に意味が伝わりませんので、その中を開いていただくということで、「自己実現」、「市民を育てていく活動」、そして、「生徒主体」ということを英訳としてもきちんと打ち出してあるということで、非常に大事なことだなあと思っているところです。
小さなことですけれども、学級活動がClass Activitiesになっていまして、もしかしたらこれは、ホームルームの活動もあって、roomというのを取ってClassにされたのかなと思うところもあるのですが、classと言うと授業も入ってしまうところがあって、Classroomのほうがより明確なのかなあと感じた次第です。私自身、かつてはClass Activitiesを使っていて、近年はClassroomというほうをずっと使っておりますので、御検討いただけたらと思っております。
続いて、2点目になります。2点目は、用語の整理のところです。こちらも御提案のとおりかなと思います。まず、「集団」に関しては、特別活動としては、集団活動、個ではなく集団でもってみんなでやっていくということは大事なところなので、そこは残す。一方で、そういったグループの意味ではなく、コミュニティとして意味しているところに関しては、より具体的な形で書き下していくということについては、必要なことかなと思っています。
また、「主体的」「自主的」「自発的」に関しても、先生目線で見たとき、なかなか分かりにくいということがこれまであったかと思いますので、「自治」と「主体」という言葉があれば十分説明できると思います。説明できないのであれば新たな用語が必要なところですけれども、むやみやたらに似たようなものを増やす必要はないと思いますので、二本柱で整理されるということについて、非常にいい提案だなあと思っているところです。
また、「適応」というところに関しましても、恐らくこれは、子供たちが新しい場に移って、そこでまた新しい生活をつくり上げていくということだと思いますので、「向上」だとか、「充実」だとか、そういった言葉に書き換えていくのが適切かなあと思ったところです。
続いて、目標のところです。20ページのところになります。全体としては非常にすばらしい御提案をいただいたなと感じているところなんですけれども、何点か、少し提案をしてみたいなと思っているところがあります。
まず、1点目なんですけれども、学習過程のところで「主体的・実践的に」という言葉が使われています。もちろんこれでもいいかなとは思うんですけれども、「主体的」という意味は、いろんな意味があると思っています。自分で自分のことをするというのも一つの「主体性」ですし、あるいは、「主体的・対話的で深い学び」というような意味で使われているときは、割と見通しを持って振り返りをしてという感じで「主体性」というのが使われていると思っています。ただ、ここで言うところの「主体性」というのは恐らく、社会の一員として、もっと言えば行動する市民として役割を果たしていくということです。そういった意味を含めたら、もしかしたら「自治的」という言葉を使うということもあり得るのではないのかということを、少し検討いただけたらと思っています。そういった市民としての主体性ということが、まさに「自治」という言葉かなと感じているところです。過去を見てみますと、昭和33年の特別教育活動の指導要領のところでは「自発的」「自主的」という言葉が使われていますので、そういった経緯を踏まえても、可能性としてはあり得るかなと。「主体的」というところを、特別活動の主体というのを具体的に明確にするために、「自治」という言葉をあえて使ってはどうだろうかという提案になります。
あと、もう一つは、これまでの学習指導要領の目標のところは個と集団とのバランスというところにすごく気を遣って作ってきたというのが、これまでの経緯からも読み取れるところです。今回で言うと、個とか多様性というところが入っていなくて、かつてあった「互いのよさや可能性を発揮しながら」というところがなくなっていることが少し気にはなるところではあるんですけれども、ただ、目標というのはなるべくシンプルである必要があると私は思っていますので、もし、社会参画ということを打ち出して、前面に出して、そこを意識してもらうということであれば、そこはあえて外して、ただ、もちろん多様性や個への配慮も必要ですので、それは解説等のほうで示していくということでもいいのかなと思っています。何から何まで入れ過ぎてしまって、どんどん長くなっていくということは、現場の先生目線で見ると避けたいところかなというところです。
最後になります。もう一つなんですけれども、「社会の形成」という言葉が何度も出てきていて、もちろんこれは一番コアになるところなんですが、問われているのは、「どんな社会を形成していくのか」ということではないかと思っています。そう考えたときに必要なのは、民主的な社会、あるいは、教育基本法の言葉を借りるのであれば、平和で民主的な社会、そういったところまで少し盛り込めないだろうかということも、提案させていただきたいと思います。これだけ価値観の分断が進んで、ともすれば排他主義がはびこってしまいがちな中で、どんな社会でもいいからつくればいいということではないと思うんですね。あえて民主主義という価値を出して、そこを特別活動が担うんだということを示す方向もあり得るのかなと思っています。例えば、今、目標の柱書のところで、「よりよい社会の形成に向けて」としているところを、「民主的な社会の形成に向けて」とするというのもあり得るかもしれません。一方で、子供たちがよりよい社会というのは何なのかということを考えてつくっていくことも大事かなと思っているところなので、ここについては、このままでもいいのかなと思うところもあります。
あるいは、24ページになりますけれども、「見方・考え方」のところにも「社会を形成する当事者として」という言葉が出てまいりますので、そこのところに、例えば、「民主的な社会」とか、「平和で民主的な社会」とか、そういったことを加えることによって、特別活動は民主主義の学習なんだということを先生方に意識していただけるといいのではないかなということを思っています。それは、大きな社会だけではなく、小さな社会としての学校、あるいは学級も平和で民主的なものである必要があると思ったので、提案をさせていただきました。
すみません。少し長くなりました。ありがとうございました。
【恒吉主査】 ありがとうございました。
では、八並委員、お願いいたします。
【八並委員】 日本生徒指導学会会長の八並です。まず、今回、非常に緻密な資料作成をしていただいて、ありがとうございました。
私からは、皆さんと異なって、生徒指導の観点から少し、議論の課題と要望を述べさせていただければと思います。
第1番目に、「特活」の議論をする際に、現状の子供や学校教職員の置かれている状況を、私たちがどういうふうに認識しているか、つまり、現状認識が非常に重要だと思います。今回御提示いただいた1ページの「特別活動に関する全般的課題」においては、「同調圧力」への偏りや、教師主導の学級・学校経営、GIGAスクール下のクラウド環境での活用不足等が指摘されていますが、果たしてこれが主な課題なのでしょうか。
先月末に文部科学省から、毎年公表される生徒指導上の諸課題に関する調査が出ました。そこでは、いじめ、不登校、暴力行為、自殺は、過去最高でした。この課題というのは、子供たちの人権、命、未来に関わります。また、先ほど京免先生が言われたような、民主的で平等で安全な学校教育、あるいは日本の未来に関わるものです。繰り返しになりますが、子供たちや学校・教育委員会が置かれている状況は、非常に厳しいものです。したがって、そのような現実を、私たちがどう認識し、現状分析をするのか。さらに、それを裏づけるエビデンスなどを検討する必要があるのではないかと思っています。
例えば、道徳教育や「特活」で、人権、命の大切さ、非暴力、法や規律の遵守を学んでも、今、サイバー空間上やSNS上では真逆の無法状態が展開されています。しかも、ネットが接続できれば、誰でも、いつでも、どこでも、何でも見たり、情報を得たりすることができるわけです。性の問題にしても、あるいは、オーバードーズのような薬物乱用、自殺、殺人などについても、合法・違法の雑多な情報が、文字、画像、動画などであふれかえっています。学校で学んだこととサイバー空間上での情報が大きく乖離し、混乱した状態になっています。本当にカオスの状態です。
また、教職員は、学習指導だけではなく、いじめ・不登校等の生徒指導上の課題対応や、配慮を要する子供たちや保護者への対応をしつつ、日々、苦戦を強いられています。そういう意味で、私たちが、子供を取り巻いている家庭・学校・社会状況をどのように捉えるのか。さらには、教職員自体の多様化、働き方改革をどう捉えるのか。それらに対して、何が「特活」にとって必要なのか、認識を深める必要があると思います。
第2番目は、第1番目と関連しますが、私は、前回もお話ししたように、生徒指導という立場から、「特活」の持つプロアクティブで発達支持的な生徒指導の推進機能を記載していただけないかなと思っています。現行の「特活」では、指導要領の第5章の第3の1の(3)で、「いじめの未然防止等を含めた生徒指導との関連を図る」と記載されています。また、道徳では、総則の第6の道徳教育に関する配慮事項の3で、「いじめの防止や安全の確保等に資すること」と記載されています。どちらもいじめの未然防止の文脈で生徒指導が書かれていますが、私は、単にいじめの未然防止機能の促進に限定した記載というのは、非常に皮相的だと思います。令和4年に、生徒指導の基本書である、『生徒指導提要』を文部科学省が刊行しました。特に、その中の重層的支援構造の土台として、プロアクティブ生徒指導、発達支持的生徒指導が位置付けられました。その観点から、特に「特活」「道徳」「総合」に関しては、プロアクティブで発達支持的な生徒指導との関連性が非常に深いと言えます。
ちなみに、今回の資料1においては、生徒指導という用語は2回、学級活動の記載で見られます。『生徒指導提要』は、ゼロ回。いじめ・不登校・暴力行為・自殺は、ゼロ回。人権・児童の権利は、ゼロ回です。命は、特別の教科道徳と関連して1回です。今回も、道徳や特活のいじめ防止効果については、総括的評価もなされず、議論の俎上にも登らないということに違和感を持っています。
生徒指導とは、児童生徒が、社会の中で自分らしく生きることができる存在へと、自発的・主体的に成長や発達する過程を支える教育活動のことであり、生徒指導は、児童生徒一人一人の個性の発見とよさや可能性の伸長と社会的資質・能力の発達を支えると同時に、自己の幸福追求と社会に受け入れられる自己実現を支えることを目的としています。したがって、「道徳」・「総合」・「特活」の果たす役割のひとつは、プロアクティブで、発達支持的生徒指導の推進にあると思います。
この点から第1回目で発言したように、「特活」というのは発達支持的な生徒指導の実践の要だと言えるのではないでしょうか。
以上です。
【恒吉主査】 八並委員、どうもありがとうございました。
二木委員、お願いいたします。
【二木委員】 失礼いたします。二木です。高校の立場から、現場の様子も含めて、皆さんにお伝えしたいと思います。私の経験した学校が全てではないとは思うんですけれども、多分、多くの学校がそうではないかなあと思いつつ、話をしたいと思っております。
高校の現場では、「道徳」というものが、教科・科目、週時程の中に入っていないというところがありまして、「道徳」を先生方がどのように捉えるかというところは、義務教育段階の先生方・学校の様子とはちょっと違うかもしれないと思っています。そういった中で、高校の場合は総合的な学習の時間が探究という言葉に切り替わって数年たって、学校現場では、探究をどのように学校で回していくか、教科・科目でどのように扱っていくかということは、ある程度、共通認識ができてきたかなあと思っています。そういった中で、新たに「道徳」の三つどもえというところが先生方にどう受け入れられるかというところは、心配なところがあります。
それと、総合的な学習・探究の時間と「特活」の時間というものがそれぞれ設けられているのですが、どうしても校内の行事等の時間調整に使われてしまうというような部分がまだ少なからず見られると思っています。2時間続きの何かの行事をそこで使ってしまうとか、そういうようなこともある中で、そこを明確に先生方に示していくというところは、大切なことだと思っています。
それから、岡山県で言えば、県教育委員会等、国からの指導もあるかと思うのですけれども、学校で行わないといけない様々な教育、例えば、交通安全、薬物依存防止、ネットの正しい知識であるとか、自殺予防等をどのように学校の中で行っていくかというときに、どうしても講演会を開いてしまうというところがあると思います。それを一方的に聞いて感想を書くというところで終わってしまうというような、そういった使い方があると思うんですけれども、これはもったいないなあと私は常々思っていて、講演会というものはYouTube等で、学校じゃなくても、どこの場面でも受けることができるので、学級活動でしかできないこと、例えば、教師の指導が必ず入った中でのホームルーム活動というものがそれぞれできないか、これが教師の指導力のアップに繋がるのではないか、そういった回し方ができないかなあということは、常々思っています。
それから、文化祭のシーズンなども、文化祭の当日はいいんですけれども、それまでの準備の段階で言わば時間を、教師が教室等に行かずに、生徒の自主性と称して教室で自由な活動をさせてしまっているというところも、もったいないなあという場面によく遭います。そこで必ず一緒に何かをするということではないんですけれども、生徒とたわいもない話をしながら生徒の日頃の活動を見守っていくというようなことも、必ず必要ではないかなあと思っています。教室で何かに教師が関わるということができないかなというところは思っています。全てを否定するものではなく、そういった時間も必ずあっていいと思っておりますけれども、そういったような活動ができればいいかなあというところを思っています。
そういった中で、用語の中で「集団」というところ、私は今まで、これを「同調圧力」というふうに思ったことはないんですけれども、確かに、そういうふうに整理をされると、先生方には受け入れられやすいかなあということだと思っております。
それと、「見方・考え方」に関しては、私は、今言ったように、高校の現場では「道徳」という考え方が先生方にはなかなか受け入れ難い部分がもしかしたらあるかもしれないと思っています。ですから、「世の中の事象を基にした見方・考え方」というような、そういった言葉がうまく入ればいいかなあと思っています。もしかしたら、世の中という事象の中には、いいことも悪いこともあるかと思います。そういったことを、例えば事前学習等で当日持ち寄りながら、様々な意見を交わせる場面を教師がつくっていく、そういったような授業づくりができればいいかなあと。その中には、道徳的な考え方があったり、もしくは社会科の公共という授業の中で学んだことがうまく特別活動と絡んで、カリキュラム・マネジメントだと思いますけれども、教科の横断というものがそこで実現できたりということを期待したいと思っています。
簡単ですけど、以上です。
【恒吉主査】 二木委員、ありがとうございました。
ほかに、コメント、御意見、ぜひ挙手をしていただければと思います。
白松委員、よろしくお願いします。
【白松委員】 お世話になります。
事務局のほうで取りまとめていただいた資料が、とてもよくできているというか、かなり整理されていて、大変な作業を担っていただいたことに対して、まず、お礼を申し上げたいと思います。
その上で、私自身が感じていることを今までの委員の先生方がおっしゃられたことと絡めながら話していきたいんですけれども、まず、京免委員がおっしゃられたように、特別活動というのは民主的な実践の場というのは、世界に対してもものすごく発信力のあるものであるということは、私もすごく感じています。最近、世界の教育学とかのほうではデモグラティックエデュケーションに対する議論が深まっているんですけど、その中で大きく議論されているのは、民主主義を教える、民主主義の仕方を教えていくことで民主的な人が育つという考え方は間違っているという考え方が今は一般的で、そうではなくて、むしろ、民主主義とは何かを考えながら、みんなで一緒に実践するというのがとても大事というのが、恐らく最近の議論の共通点に至っているところかと思います。そう考えたときに、まず、民主的という用語が、いわゆる柱書のところか、「見方・考え方」のところに言葉としては入れたいというのは一つ思っていますし、もし可能であれば、英訳も思い切ってStudent Democratic Activitiesというような書き方をしてみると、生徒が民主的に社会参画する実践であるということが明確に打ち出せるかなという印象を持っています。こういうデモクラティックな場であるカリキュラムというのを持っている国というのはほとんどありませんので、そういう意味では非常に発信力が強くなるかなということをちょっと考えさせていただいていたということです。
2点目は、「主体的」という言葉への統一に関しては、私は賛成です。というのも、基本的には、民主教育の三つの要素は、有能化、社会化、主体化というキーワードがビースタによって述べられているわけですけど、その上で、社会化というのが今まで強過ぎたというのが、「同調圧力」の問題だったと思います。要は、子供たちを包摂するために社会で適応する能力を身に付けさせていくという社会化は、実際には生徒を客体化してしまうという問題があると。そこにおいて主体化するということを明確に打ち出すという意味でも、「主体的」という言葉は非常にいいかなというふうに思いました。ただ、私も京免先生と全く同じ印象で見ていたところは、柱書の20ページの「主体的・実践的」という言葉なんですけれども、特別活動の「自治的」という言葉というのが伝統的に重要な部分を考えれば、「主体的・自治的に実践する活動」という置き方もありかなと思いながら、ちょっと見させていただいていたということです。「主体的」「実践的」「創造的」という言葉が並んでしまうと、全部、能動的に何かやりましょうというのはすごく伝わってくるんですけれども、そういう置き方をして、「自治的」という強みというのをここに盛り込むことができるかどうかということは、ちょっと考えたいなというふうに思っておりました。これに関しては、私も京免先生と同じ感想だったということです。
3番目は、「総合」と特別活動の整理についてというところは、「総合」に関しては内容規定がないので、この違いをどのように表現するかはなかなか難しいところはあると思うんですけど、私自身は、「総合」に関しては、概念を通じて社会で生きる力を身に付けているというふうに思っています。それは、例えば、環境であるとか、国際理解であるとか、キャリアであるとか、そういった概念を通じて生きる力を身に付ける科目であるのが強みで、それに対して特別活動は、他者との関わりを通じて社会で生きる力。いわゆる社会事象を表すのに「モノ」「コト」「ヒト」という三つの言葉をよく使われますけど、「モノ」「コト」が「総合」の強みであるのに対して、「ヒト」というのは特別活動の強みであるというところは、もっと表現できるところがあればいいなあと思いながら、見させていただいていました。
それに関連するのが24ページのところで、「自己の生活や身近な社会における課題」といったときに、「身近な社会における課題」というのは「総合」とクロスオーバーしないかというのが、すごく気になっております。恐らく、「総合」の立場の先生方でいけば、多分、近隣の環境を調べるとか、そういったことが身近な社会だと考えられる先生も結構多いかなというふうに思っておりまして、これはどういう書きぶりにするかという問題だと思うのですが、「自己の生活や学校の生活づくりに関する課題」のような書きぶりだと「総合」との違いというのが明確になりやすいかなあと、ちょっと感じさせていただいたという点です。というのも、学校生活の課題そのものを子供に話し合わせるということはかなりリスクがありまして、例えば、クラスでいじめがある、じゃあどうすればいいとかっていう話というのは、ある一部の断罪になるリスクというのは非常に強いわけですけれども、そういうことではなくて、自分たちが生活づくりをしていく中で浮かび上がってくる課題について自分たちが考えていくということになるのが「特別活動」のいわゆる特徴だと思いますので、そういう点がもうちょっとクローズアップされればいいかなあというふうに思います。
あと、八並委員がおっしゃられたような、いわゆる生徒指導との絡みというのをどこで強調していくかということなんですけど、先ほど言われていたデータ、エビデンスという表現があったと思うのですが、「道徳」と「特活」によって、いじめの抑止にどれぐらい繋がっているかという、リジッドなデータ分析でちょっと難しいと思うんですけれども、今回の学習指導要領の実施状況調査の小学校の「道徳」のほうでは、インターネットの決まりについて考えている子供たちというのは特別活動を通じたいじめの抑止ができるというふうに考えているというデータが挙がっているのと、「特別活動」のほうでは、学級活動の活動内容が、いわゆる自治的な活動内容をやっているクラスでよさや可能性を生徒たちが気づくという、まさにそういう発達支持的な生徒指導の基盤としての「道徳」と「特活」の関わりというのは、一部、データが示されてきているかなあと思いますので、そういったところの強みというのを打ち出していくというのは一つあり得るかなあというふうに思いながら、聞かせていただきました。
以上、皆さんのお話を聞きながら、私が感じた点になります。
【恒吉主査】 白松委員、ありがとうございました。 望月委員、お願いします。
【望月委員】 幾つか意見と質問をさせてください。
まず、私が一番気になった点は、【資料1】の「補足イメージ」1と2です。御説明いただきましたように、関係ワーキンググループでの議論を踏まえて修正することが前提かと思います。進め方としては、それぞれのワーキンググループで意見交換をし、それを事務局のほうで引き取っていただいて、それを踏まえたものを各ワーキンググループにまた落としていただいてというのを、時間の制限はあるかと思いますが、何回か繰り返すと想定しての発言になりますけれども、先ほど八並委員も御発言をされていましたが、今回の議論に関しては、「学校現場の状況という観点をおろそかにしてはいけない、すべきではない」と考えております。教育課程全体の中で、「道徳」「総合」「特活」の役割だったり関係性を整理することはとても大事だと思う一方で、関係性を整理するだけではなく、今、学校現場で非常に困難を抱えている生徒指導との接点であったり、提要での内容や言葉との共通性について、共通言語のようなものでつないでいくこと、つまり、教育課程と生徒指導が分断されているものではないということを、現場では当然のことですけれども、改めて中教審の議論でも意識しておくことが大事ではないかと思います。
そして、「補足イメージ」1のグレーで囲まれている部分が青で囲まれている領域と強く関連しているように見えるのですが、そういう意図があってそこに配置をしているのでしょうか。例えば、特別活動であれば、その下にグレーで「多様化・デジタル化」の説明がなされています。ここが強く関連するという意図があっての示し方であるのか、たまたまここに配置されているのか。また、米印で付記されている内容が二つあります。とても重要な内容だと思うのですが、これを小さな字の付記という形でいいのか、図の中にそれが分かるように入れ込んでいくのかは検討いただきたいです。
そして、「補足イメージ」2では関係性について整理していただいていますが、研究者としても、現場の先生方からお伺いしていても、そのすみ分けがきれいにできるものではない中で、「結局、何かをやればこっちはやらなくていいのではないか」という誤解がされているようにも思います。また、先ほど二木委員が少し触れられていましたけれども、「特別の教科 道徳」と明示することによって、高等学校ではどうするのだろうか。道徳のワーキンググループで議論されると思いますが、少し気になりました。ほか、私の専門の立場から言うと、「キャリア教育」をピンク色の枠組みの中の例示で入れていただいていますが、現行の学習指導要領では、特別活動を「キャリア教育の要」として取り組むことが明示されております。こうした中で、この双方の特質を有する取組の例と位置付けることによって、現場が混乱したりしないだろうかと懸念しています。
あと、これは質問ですが、最初のほうで具体的論点の案として出していただきました、(3)各活動・行事の構造化と、「特活」に求められる役割という中の、二つ目の黒ポツ丸1のところですが、「「個人」を中心とした領域を」ということで、学級活動(2)、学級活動(3)の下の米印に、「主な機能を示したものであり、相互に関連していることに留意」という付記がなされています。ちょっとここの意味が分かりにくいということと、「相互に」というのは何と何が相互になのかが、腑に落ちないところがあります。この部分について、もう少しご説明いただければと思います。
以上です。ありがとうございます。
【恒吉主査】 望月委員、ありがとうございました。
今村委員の手が挙がっていらっしゃるんですけれども、もし事務局から一言お願いできれば。
【堀川学校教育官】 事務局でございます。御質問いただきまして、ありがとうございます。望月委員からの御質問にお答えをさせていただきます。
2点ほど御質問があったかと思うのですが、まず、1点目、補足イメージ1のグレーの部分が関連しているように見えるけれども、そのことは意図的に位置付けられているのかということについてでございます。答えとしては、意図的に位置付けているものでございまして、「多様化・デジタル化」の下に書かせていただいている、デジタル化の負の側面の影響による社会分断の可能性、「正解主義」や「同調圧力」への偏りというのは、特別活動の文脈で企画特別部会でもかなり御議論をいただいたところでございます。また、左側の「予測困難な時代」というところで申し上げますと、労働市場の流動化やマルチステージの人生モデルの転換、こうしたことは「自らの人生を舵取りしていく力の育成」というところとの関係で御議論をいただいてきた部分もあるのかなと思います。いずれにせよ、先ほどいただいたとおり、米印にもございますが、これだけということではなくて、相互に関わり合っているということが前提にはなりますけれども、その中で位置付けというものを少し強調する意味合いも含めて、意図的に配置をさせていただいているものでございます。
もう1点は、具体的論点の中の学級活動(2)や(3)の部分の説明書きについてでございます。ここの部分の生徒指導・健康安全やキャリア教育というものは、あくまでも機能面での話であって、内容について、「これがキャリア教育の内容です」ということではなくて、教育課程を通じて発揮することが期待される機能ということで、(2)をやっていく中でキャリア教育に資していくこともあれば、(3)をやっていく中で生徒指導や健康安全に資していく部分もあるということでの、相互の影響についてもあるという趣旨でございます。
事務局からの説明は、以上でございます。
【恒吉主査】 ありがとうございました。
お待たせいたしました。今村委員、お願いいたします。
【今村委員】 ありがとうございます。
まず、私も、皆さんおっしゃっていましたけれども、今回整理していただいた資料については、特に「特活」「総合」「道徳」がきちんと3領域として打ち出されたこと、こうやって教科の関係性と、学習指導要領の今回の本丸の目的である「自らの人生を舵取りする力」と「民主的で持続可能な社会の創り手」を育成するというところに繋がる3点の教科という整理をきちんとこのように位置付けられたことは、とても重要な提案をいただいたというふうに思っています。
その上で、8ページのところの「自らの人生を舵取りする力」と「民主的で持続可能な社会の創り手の育成」、これは今回の指導要領全体の改訂で育成する子供の重要な育成指針の柱となる言葉だと思うんですけれども、6ページでは、「特活」が「民主的で持続可能な社会の創り手」を育成する教科で、「総合」が「自らの人生を舵取りする力」を育成する教科で、「道徳」が「よりよく生きる基盤としての道徳性」を養う教科というふうな整理のすみ分けを、あえての絵の中では示されているように感じていまして、私は、これは本来伝えたかったことと違うんじゃないかなというふうに思っています。特に、「自己の生き方・在り方」という言葉は、「自らの人生を舵取りする力」の育成と繋がるような、自己を起点にした言葉として置かれているんですけれども、先ほどから委員の方々がおっしゃっているとおり、今、非常に、学校現場の中で、学校の先生方も苦しい思いをされている生徒指導的観点や、大人たちが、どういう状況になっているのか、全く実態をつかめぬままここまで来てしまっている、子供たちのネット上でのコミュニケーション、また、そこから起因する様々な事件や、巻き込まれている社会の大きな変化の構造の中で、子供たちが学校教育の中で、自分の生き方を、自分最適で生きていく在り方ではなくて、他者に共感力を持って、弱い立場の人たちがどう思うか、また、何かをしでかしているというか、行っている人たちはどういう意図を持ってそれをしているのか、そんなリアルに触れるということが、学校教育から外へ子供たちを出していく、とても重要な役割なのではないかと思っていまして、その意味でも、「民主的で持続可能な社会の創り手」の育成というところの言葉を最上位に近いところに持っていく、この3点の教科の共通した育成項目に置くような見せ方のほうがいいのではないかと思っています。その意味で、ここに男の人と女の人がいるんですけど、そこの下のところに、「民主的で持続可能な社会の創り手」の育成に類するような、特に「民主的」という言葉をきちんと置いたほうがいいのではないか。特に「総合的な学習・探究の時間」「道徳」からも、そこに繋がるような学びを届けていくということがはっきりと示されたほうがいいのではないかと思っています。
現状、例えば私たちの組織では、学校の校則を子供たちと一緒に見直すというような取組を長くやってきているんですけれども、この議論の中ですぐに陥りやすいのは、子供が、自分にとってよい制服の在り方とか、靴下は白のほうがいいとか、そういう自分にとってよいルールというのを主張するということを民主的なルール改変というふうに扱われることが時にあります。これは、学校の先生方にとっても、何らか子供の意見表明を受けたということを表しやすいので、そういうようなことをやってしまうというか、それがブラック校則改訂みたいな言葉の流れ、苦しんできた先生方にとっても、苦しい思いをしながら何とか子供の意見表明を学校の中で受け止めてきた一つの表れだと思うんですけど、大事なのはそこではなくて、子供たちが自治をしていく中で、自分にとってもよい、相手にとってもよい、地域にとってもよい、教員にとってもよい、今回、「集団」という言葉は使わないということですが、多くの人たちとの共生社会の中でどのようなルールがよいとするのかということをみんなで折り合っていくという学びが、校則やルール、一番近くのルールを見直す価値だと思っていまして、その意味でも、「自己の」というところだけが前に来る勘違い、多くの人はこの資料をしっかり読まないと思うので、「自己の生き方・在り方だけじゃないんだ」、「みんなにとってよいということを学ぶんだ」ということも前にもっと出したほうがよいというふうに思いますので、そこだけ発言させていただきます。
以上です。
【恒吉主査】 ありがとうございました。
では、川本委員と髙島委員が手を挙げていらっしゃいますので、その順番でコメントをよろしくお願いいたします。
【川本委員】 川本でございます。本日も、各資料の準備と分かりやすい説明をいただきまして、本当にありがとうございました。
私も幾つか意見を述べさせていただきます。まず、今回、「自らの人生を舵取りする力」や「民主的で持続可能な社会の創り手」という視点が重要な軸として提起されていますが、白松委員もおっしゃったとおり、「民主的な」と「民主主義的な」という観点は、特別活動が果たすべき極めて重要な役割だと考えております。そのため、教育課程における特別活動の位置付けを検討する際には、この民主性の視点を中心に据えていくことが、今後ますます重要になるのではないかと考えております。
この点は、前回(第1回)でも意見として挙がっていたところですが、現在でも管理型の学級が非常に多いことが問題として指摘できると考えております。管理型の学級では、教師が意思決定の中心に位置付けられるために、「学活」そのものが “邪魔なもの”として扱われてしまう場合があります。これは、子供が自ら考え、話合い、決めていくという活動自体が、既存の管理構造を揺るがすものとして受け止められてしまうためです。しかし、本来の「学活」は、子供が課題を見いだし、対話し、合意し、行動するという、民主的なプロセスを学ぶ場であるはずです。ところが、管理型の学級では、教師が目的・方法・答えを決め、子供にはそれに従うことが求められるという状況が生じやすく、学活の本来的な価値が十分に発揮されないという問題を生んでいます。
そのように考えると、自立と対話を促す仕組みが、管理型の学級においては“管理の逆機能”を果たしてしまうことになります。つまり、表面上は民主的に見えていても、実態としては疑似民主主義的な状況に陥りやすいのではないかと考えております。形式的な話合いや、見せかけの合意、あるいは同調圧力が支配する空間ではなく、「言っていい」、「違っていい」、「自分たちで決めていい」という場になってこそ、はじめて「学活」は、生きた学びになるのではないでしょうか。その意味で、教師が設定した課題ではなく、子供自身が課題を見いだすことを大事にするのであれば、やはり、民主主義・民主的な考え方を教育課程の中で前面に押し出していく必要性があると考えております。
続いて、目標・内容の構造化の点について申し上げます。まず、21ページ以降に示されている「見方・考え方」についてですが、これまで「見方・考え方」は “育てるものではない”というように説明されてきた側面があったかと思います。しかし、「特活の見方・考え方」を考える際には、どうしても段階的に発達していく性質をもつのではないかと考えております。その発達的な側面を、どのように表現するかが必要になるのではないかと感じています。具体的には、一段階として、低学年のうちに「集団というのは人が集まった状態である」という基礎的な理解を身につけることが挙げられます。これは幼児教育からの、自然な接続としても重要です。さらに、小学校中学年以降になると、「集団とは協働や関係で繋がる場である」という理解へと発展していきます。つまり、「協力してできる」、「友達と助け合う」といった、関係性を基盤とした見方が形成されていく段階です。
さらに、小学校高学年から中学生、高校生へと発達していく段階では、集団を「よりよい関係や目的を創り出す場」として理解していくようになります。すなわち、異なる人が存在するからこそ、よりよいものが生まれるという、価値的な理解に至る段階です。このように、事実的理解、関係的理解、価値的理解へと発展していくこと自体が、「特活」における「見方・考え方」の大きな特色であると考えています。そして、この価値的な理解に到達したときにはじめて、民主的な集団理解や、協働的な主体性の成熟が可能になるのだと捉えています。また、このような段階的な発達を経る中で、「社会参画」は必然的な帰結として位置付くのではないかと考えております。その意味で、人間関係形成は、目指すべきゴールであると同時に、学びの過程で絶えず生成され続ける関係性そのものとして捉えることが重要だと考えています。
続いて、18ページ以降の点について申し上げます。これまでさまざまに指摘されてきたところではありますが、現行の目標の課題を改めて考えたときに、まず集団活動が「組織への参加」にとどまり、社会変革の視点が弱いという点が挙げられるのではないかと考えております。また、「互いのよさを発揮する」という表現が多く見られる一方で、関係の調和に重点が置かれすぎ、葛藤や対立を学ぶ契機が十分に設定されてこなかったという問題もあったのではないかと思っています。
もう一つ自己実現についてですが、先ほどもご意見がありましたとおり、現行では個人の充実や目標達成といった側面に偏りがちであると感じています。むしろ、社会の一員としての自己形成、すなわち社会的自己実現へと論点をシフトしていく必要があるのではないかと考えております。整理して申し上げますと、一つの方向性として、集団観の転換が挙げられます。単に集団に参加するのではなく、関係をつくり出すことに重点を置くことです。いわば、集団を「共同体」、あるいは「共創的な関係の場」として再定義していくことが重要になるのではないかと考えています。
次に、社会観の転換についてです。社会とは、制度や秩序だけでなく、多様な人々が共創的に関わるネットワークであると捉える必要があると思っています。社会参画を、単なるルール遵守として位置付けるのではなく、新しい価値の共創として理解することが重要だと考えています。そのため、参画という概念には、対話・協働・価値創出という三つの段階を含んでいることが、より見やすく整理されるとよいのではないかと感じています。
続いて、自己観の転換です。外的な成功ではなくて、自分の内側に意味や納得を感じるというような到達感、いわゆる社会的自己形成を重視するということが、先ほどから議論されている「自己実現」の考え方を、より分かりやすく表記する上でも重要になるのではないかと思っています。
次に、各活動の構造化と「特活」に求められる役割について述べたいと思います。まず、9ページに示されている学級活動の(1)(2)(3)の関連性が、もう少し見やすく整理されると良いのではないかと感じています。特に(2)については、やや軽視されている印象がありますが、本来ここには極めて重要な意味があると考えています。(2)というのは、単にしつけ的な内容を教える場ではなく、民主主義の個人レベルにおける原点を育てる活動であり、自己が選び、判断し、納得して行動する力を培う基盤になります。
そうした個の民主主義の基盤が形成されていくことで、(1)の「みんなの民主主義」、すなわち公共をつくり合う力へと繋がっていきます。そして、そこで培われた力が、(3)のキャリア的な民主主義、すなわち社会と関わりながら、自分の人生を主体的に形づくっていく力として発揮されていきます。このように、(2)で育つ個の民主主義が(1)へと広がり、最終的には(3)として社会との協働的な関わりに結びついていくという連続性が、より明確に示されると良いのではないかと考えています。
最後に、「道徳」と「総合」の関係性についてですが、「特活」における民主的な関係づくりと、「総合」における社会課題の探究とのつながりが、やや分かりづらくなっているように感じています。そこで、一つ鍵となる視点として、「特活」では共創や参画といった “共につくること・関わること” を基盤に据え、その営みの中で関係や公共性を育んでいく。一方で、「総合」、では、そこで育まれた姿勢を往還させながら、持続可能な未来づくりや社会的課題の探究へとつないでいくという構造がもう少し明確に示されると良いのではないかと考えています。
少し長くなりましたが、以上が私からの意見です。ありがとうございました。
【恒吉主査】 川本委員、ありがとうございました。
次に髙島委員、その次に青木委員、お願いいたします。
【髙島委員】 再び失礼します。大きく分けて、三つです。
まずは、6ページを開いていただいてもいいですか。この「道徳」「総合」「特活」の関係の図は、大変分かりやすくなったなと思いました。私は今回、特別活動のワーキンググループに参加させていただくに当たって、「道徳」と「総合」「探究」の違いって結局何なんだろうというのがずっともやもやしていたので、こういう形で、まず一手目として整理いただいたのはすごくいいなあと思いました。まさに様々、生徒指導の話とかもあると思うので、ここからブラッシュアップしていけばいいと思うのですが、まず、これが出たというのは、すごくいいなと思っています。いじめなどの課題にクラスルームの中でどう向き合うかとか、これは、委員もおっしゃっていたように、単に講演会を学級で開こうとか、聞こうとかではない学びが生まれるということをまさに期待したいなと思います。多分、これらの違いを明快に説明できる、教育委員会、指導主事、現場の人たちはほとんどいなかったのではないかなと思うので、もし、現行の指導要領上でもこういう感じの整理と言っていいのだったら、早めに広がったらいいなと思います。全くこのとおりで出せるかどうかは分かりませんけれども、ぜひ、ここはうまく広げていただければなと思います。
25ページに行っていただいてもいいですか。「三つの視点」の関係性の再整理というところで、これは野村委員もおっしゃっていましたけれども、自己実現は、ちょっと違和感があるな、もやもやするなあと思っています。「人間関係形成」を基盤にというのは理解できるんですけど、「社会参画」と「自己実現」って同じレイヤーの言葉なのかなと。「社会参画」が手段で、「自己実現」が目的とかだったらすっきり分かるんですけど、何か、ちょっとレイヤーがずれる印象を受けます。「特活」の英語訳の中でCivic and Personal Developmentとか、個人と社会のウエルビーイングの実現とか、様々な文言がありました。多分、そういうところに関わっているから社会・個人的な話だと思うんですが、もう少し良い文言があればなと思いました。2時間考えたんですが、浮かばなかったので、これは皆さんに期待したいと思います。
最後、三つ目は、文言の話が今日はたくさん出たので、そこの話をして終わりたいと思います。文言に着目したのは、すごくいいなと思いました。英語の定訳の話、用語の整理、大切だと思います。12ページなんですけれども、まず、「集団」に関して言うと、これは論点整理の中でも出ましたが、「子供にとって意義が不明確な校則や学級ルールなどの存在とも相まって」って、ここまで書いたのは、よく書いたなと思います。校則というのを、子供にとって一番身近な社会のルールの一つとして、みんなでどう変えていくか、どうよくしていくのか。そのままでやろうとなるんだったら、それでもいいんですけれども、みんなで考えていくというのは大きな一歩だと思いますので、ここの記述がうまく広がるといいなと思っています。
「主体的」「自主的」「自発的」というのは、今日、この瞬間から全国で意識されたらいいなあと思います。指導要領上の文言としてどうっていう話だけじゃなくて、多分、日常生活でたくさん出てくると思うんですね。ここはこういうふうに整理をしようということになるのであれば、ぜひ、これは改訂を待たずに広がるといいなあと思っております。
「適応」についても、本当にそうだなと思っていまして、この流れでいくと、今回、直接的に関係ないですけれども、「不登校」とかいう言葉もそろそろ変わらないかなって、思ったりしています。
今回の見直しの中に出てこなかったんですが、5ページのところなんですけれども、クラブ活動という言葉は、私は変わったらいいんじゃないかなと思うんですね。というのも、いわゆる中学校や高校における部活動との違いが、音も似ていますし、よく分からない。部活動を英語で言うとClub Activitiesのような気もしまして、Extracurricularかもしれませんけれども、この言葉によって変な誤解みたいなものを招いている可能性はあるんじゃないかなと思っています。ちょうど部活の地域展開というのが議論されている中ですので、ここはちょっと変えたほうがいいんじゃないか。例えば、子供主体や自治が形骸化しているという指摘もあったので、もしこの活動をやり続けるのであれば、単にスポーツや文化に親しむだけではない、本質的な意義が伝わるようなネーミングに日本語のほうも変えたほうがいいんじゃないかなあと思っております。
ついでにもう少し踏み込んだ話をすると、「特別活動」という名前がよくないんじゃないかなと思うんですね。「特活」というのが広まっているっていうのは、それはそうだと思いますし、日本が大事にしていたネーミングというのはよく分かるんですが、特別な活動って、何をしているかよく分からないとか、子供にとっては一休みの時間のように思われている向きがあるかもしれないって、今日、冒頭にお話ししたんですが、これは名前によるものも結構あるのではないかと思うんですね。英語訳だと、Student-Led Activities、生徒主体っていうところと、for Civic and Personal Development、何のためにやるのかと両方入っているので、副題でもいいんですけれども、日本語でもそういうような、ちゃんと意義が伝わるようなネーミングになるといいなあと思います。京免委員や白松委員から民主主義とか民主的という言葉を「見方・考え方」の中に入れていこうみたいな話もありましたが、教科名を民主主義にするとちょっとやり過ぎかもしれませんが、このネーミングはちょっと考えられてもいいかなと思いました。
最後に、今回大切なのは、現場にきちんと分かりやすく議論の過程も含めて示すことだと思うのですが、同時に、現場の先生方が民主的で持続可能な社会の創り手の一員として主体的に考えて、「特別活動」を子供たちとつくり上げていくということが何より大切なのではないかなと思いました。100点満点の理想の授業は多分ないと思うので、子供たちと一緒に、みんなでよい活動をどうつくっていくか、プロセスが重要だというのがうまく伝わるといいなあと思っております。
以上です。
【恒吉主査】 ありがとうございました。
時間が大分押してまいりましたけれども、青木委員の後に、秦委員、ぜひ一言、よろしくお願いいたします。
では、青木委員、よろしくお願いいたします。
【青木委員】 よろしくお願いします。こんにちは。
まず、資料作成、本当にありがとうございました。
目的や内容の構造化に当たってということで、まず、大きな一つ目は、非常にいろいろなものを整理していただいたなというように思っています。教科と違って、実感として、一般の人だとか教師の間でも内容を十分に理解されていない領域というように感じてきているわけですけれども、そのうちの一つとして、「道徳」「総合」「特別活動」の役割と関係が非常に整理されているというように感じました。皆さんもおっしゃっていたとおりです。現場では、先ほど高校の先生もおっしゃっていましたけれども、例えば行事の準備などに追われてしまう現状があり、その活動が教育課程のどんなような位置付けで、どこで位置付いてやられているのかというのが曖昧な部分が少なくない。これは理解が十分されていないということにも起因するのではないかなというように感じています。そこを再整理していただいたということが大きいところかなあというように思います。確かに、行事の準備等に時間を費やさざるを得ない部分もあるんですけれども、小学校、中学校、高等学校と、発達段階に即した、積み重ねた学習活動になるようになっていけばいいなあというように思っています。
併せて、分かりやすさということでは、用語の整理、本当にこれは大事だなと思っておりまして、現行でも、私自身も説明を求められて苦しかったこともありまして、そういう意味では、自主的とか、実践的とか、主体的とか、解説に説明や注釈があればいいと思うこともあるほどでしたので、そういったものがシンプルに整理されると、皆さん、先生方にとっても、もっと身近になるのではないかなというように思っております。
あと、分かりやすさの一つとして、英訳はすごく大事な視点で、最初に拝見したとき、ちょっと違和感みたいなものもあったのですが、前回も申し上げたように、小平市に昨年はアラブ首長国連合の方々がいらして、今年は9月にタイ王国の方がいらして、実際に日本型教育活動というのがすごく評価されている中で、掃除や給食イコール「特活」ではないという、こちらの意見もあるんですけれども、そういう中で私が感じたのは、評価される中で、改めて、子供たちにとって、「特活」の何が有益なのか、それが日本の教育者に分かりやすく伝わるということがすごく大事なのではないかなあというように思った次第です。そういう一歩として、英訳というのが大切なのではないかなというように思いました。
それから、大きな二つ目としては、「三つの視点」を整理していただきまして、前回の改訂から、「人間関係形成」「社会参画」「自己実現」というのを特別活動の特徴的なものとして私たちもずっと大事にしてきたんですけれども、私も強く主張するつもりはないんですが、人間関係が基盤かどうかというと、御理解いただく方も多いかもしれないですけど、私はやや違和感があって、「自己実現」と「社会参画」も、どなたかもおっしゃっていましたが、これが横並びというのも違和感がありまして、例えば、「社会参画」ということを狙った、そういう視点での「特別活動」の活動、学習活動を通して「人間関係形成」ができるというような考え方もあるし、だから、基盤となるのか、そこはもっともっと考えていかなければならない。この三つがそういう基盤にあって、往還となる二つがあるのかというと、私はやや違和感があります。とはいえ、強く主張するつもりはありませんけれども、でも、もしそうだとしても、どうしてこういう形になったのかというようなことが丁寧に説明されないと、ここ10年間ずっとこういうことをやられてきた先生たちにも違和感が残るのかなあというように思いました。
「自らの人生を舵取りする力」「民主的で持続可能な社会の創り手」は、まさに「特活」が中心となる今後になるのではないかなあと大きな期待を持っているわけですけれども、せっかくこうやって一つのグループで小中高とやっているので、この表記も学級活動となっていますが、高等学校はホームルーム活動となります。そういうようなこともちょっと配慮しながら資料を作成されるといいのかなと思います。最後に、申し上げたんですが、学習指導要領を十分読み込んで熱心に取り組んでいる先生方とか、ほとんど読まないでいらっしゃる先生方も、実際にはいると思うんです。分かりやすいということに持っていくのはすごく重要なことだと思うんですけれども、これまでやってきたことが大きく変わって、これまで積み重ねてきた先生が混乱するというようなことがないように、その辺りは十分に配慮しながら進めていけるといいのかなあと思っております。また、これから私も頑張ります。ありがとうございました。
【恒吉主査】 ありがとうございました。よろしくお願いします。
最後に、秦委員、一言、お願いいたします。
【秦委員】 最後にふさわしいほど、すばらしい話はできないと思うんですが、資料を見させていただいて感じたことを幾つか述べさせていただきたいと思います。
6ページにあったとおり、「道徳」「総合「特括」を一体的に考えていこうという方向性は、本当に大変すばらしいというか、大賛成です。「総合」が入る前は「道徳」と「特活」だけでしたし、「総合」が入ってきて、教科と対するというものでもないかもしれませんが、教科、教科外というような捉えを学校現場がすることがあったときに、学校の指導を学習指導と生活指導・生徒指導の二つに分けた場合、教科外のこの三つのものというのが生徒指導と生活指導にすごく直結していくことが多いということからも考える。それから、情意面とか非認知能力を育成する教育課程であるというようなことからも、この三つの関連性をこういうふうに整理していただけたというのは、中身の精査というか、いろいろ書きぶりは変えていかないといけないところはあると思うんですが、こういう見方をそれぞれのグループでやっていくというのはいいことだなと思いました。
それから、その続きとしまして、7ページにありますような、「道徳」と「特活」がそれぞれ主な役割を持って、学びに向かう力とか、人間性等を育成していくということをそれぞれの領域がやっていくということを7ページで書いていただいたのも、現場は分かりやすいのではないかな、学習指導要領に明記もしやすいのではないかなあと思いました。
続いて、次の補足イメージ2の真ん中のピンク色のところですけれども、「総合」と「特括」の双方の特質を有する取組を、今後、分かりやすい形で整理をしていくということも、学校現場にとってはありがたいかなと思います。特に、この後、「総合」「特活」の双方の特質を有する取組の、最終的には評価ですね。評価をどうしていくのかというとこも整理していただけると、私も校長として困ったのは、そういう両方の特質を有する取組の、最終的に年度末に指導要録を書くときに行事そのもののところで育てる場面、要するに、子供たちにこれを記録として残してあげたいなという部分と、それの事前学習・事後学習としての「総合」の時間の取組のところで、「総合」の部分はきちんと文章で記述するところが指導要録はあるんですけれども、学校行事としてはなかなか特出しで、最後の所見を書くところに学校行事で顕著な活動をしていたことなどを記録すればいいのかもしれませんが、その辺りの書きぶりをというか、書き方をどう記録するといいのかというところは現場としても非常に困っていた部分で、本当に若い先生方が、行事そのものの様子なのに「総合」の所見に書いていたりするということも、私が点検したときにあったりして、その辺りの評価の部分というのも、学校現場は正直、具体的にこうしていくといいよというような道筋をつけていただけると、本当に若い先生方が、こういう場面、子供たちがこういう活動ぶりをして、これを記録に残しておいてあげたいなと思ったときに、どういう形で記録として指導要録に残すのかというところ辺りの方向性も示していただけると、学校現場はありがたいなあと思います。
それから、用語についてですけれども、12ページの「集団」という用語の一番最後のところで「学級」「学年」「学校」「地域」と書き下すというような表現にしていくといいのではないかという話もありましたが、ただ、「集団」については、特に学校行事などは縦割り集団で取り組む活動も特別活動の中には多いのかなと思います。例えば、体育大会とか体育祭なんかは、多くの学校が縦割りの色別の集団をつくってやっているのではないか。そういうところも非常にあると思うし、あと、児童会・生徒会の委員会活動であったりとか、クラブ活動というのも、完全に異年齢の集団です。でも、異年齢の集団で育つ部分というのもとても多い、そういう子供たちが育っていくという部分もあると思うので、9ページですけれども、これはなぜ児童会・生徒会だけ立方体と繋がってないのかなと思ったのですが、クラブ活動の点線の立方体以外に、児童会・生徒会も異年齢集団でやることが多いので、その辺の書きぶりというのも何か入れていただけると、異年齢集団ならではの学びというのも子供たちの中にはあると思うので、その辺りが何か書けるといいのかなあと思いました。
それから、もう一つ、「自発的」とかの言葉の問題ですけれども、14ページにありますね。一つ違和感を持ったのは、小学校低学年において、例えば、学級にこんな係があるといいよというようなことを提案することがあると思うんですが、これを「自治的」という言葉まで高めていいのか。「自発的」という言葉のほうが小学校低学年の子供たちにはぴったりくるのかなあというような感想を私自身は持ちました。
以上です。ありがとうございました。
【恒吉主査】 ありがとうございました。
いろいろな御意見をいただいて、非常に貴重な会議になったと思います。海外の方々が、特別活動を「Tokkatsu」と言うことが多いんですけれども、興味を持つ方が多くて、あちらで実践されようとしたときに、やはり、状況が違いますし、文脈も違いますし、いろいろなところが変わっていくわけですよね。そういうときに、何が変わると、あるいは何が欠けると「Tokkatsu」ではないのかというのをすごく考えさせられます。今日は多分、その大きなところに触れるような議論が多かったのではないかと思います。この後、それを受けて発展していくといいと思います。
それでは、本日の議事は以上とさせていただきます。
最後に、次回以降の予定について、事務局よりお願いいたします。
【堀川学校教育官】 次回は、12月15日、月曜日、13時からを予定しておりますが、正式には後日連絡をいたします。
また、本日の資料の中で、関係ワーキングで議論をすると申し上げた資料につきましては、関係ワーキングで本日の資料で御議論をいただいて、その上で、各ワーキングの主査と、今後の取扱いについては御相談をしてまいりたいと思っております。
以上でございます。
【恒吉主査】 では、以上をもちまして、閉会とさせていただきたいと思います。ありがとうございました。
―― 了 ――
電話番号:03-5253-4111(代表)