令和7年12月26日(金曜日)13時00分~15時00分
WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式
【大坪主査】 定刻となりましたので、ただいまより中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会芸術ワーキンググループ、第4回を開催いたします。皆様、大変お忙しい中御出席くださり、誠にありがとうございます。
それではまず、事務局より委員の出席状況、配付資料の確認、その他留意事項があれば説明をお願いいたします。
【奈雲参事官補佐】 事務局から失礼いたします。
本日は新井委員が御欠席となっており、17名の委員の方に御出席いただいております。
資料について、議事次第に記載してありますとおり、資料1と参考資料がございます。そして、前回までと同様、対面会議でいうところの机上配付資料として、前回会議資料と、審議の御参考として学習指導要領本体や解説、関係する審議会の答申等をまとめた参考資料集を事前に別途お送りしてございます。
また、会議の運営に関して、1点お願いでございます。御発言の際は挙手ボタンを押していただき、ミュートを解除してからの御発言をお願いいたします。また、御発言が終わりましたら、再度ミュートにしていただきますよう、よろしくお願いいたします。
事務局からの説明は以上です。
【大坪主査】 それでは、続いて、事務局より議題について説明をお願いいたします。
【堀内学校芸術教育室長】 文化庁の学校芸術教育室長の堀内です。どうぞよろしくお願いいたします。資料1について御説明をさせていただきます。
今回の議題でございますけれども、芸術系教科・科目における高次の資質・能力の在り方・示し方について、論点を1-1と1-2の2つお示しをさせていただいております。
1つ目が、高次の資質・能力の示し方について、それから2つ目が、高次の資質・能力の内容について、この2点につきまして、本日は御意見をいただければと考えております。
資料の1ページ目のほう御覧いただければと思います。こちらは10月14日に開催されました総則・評価特別部会の資料の抜粋となっております。こちら左上のほうを御覧いただきますと、高次の資質・能力につきましては、表形式による内容の構造化の中で示していくこととなります。知識及び技能と思考力、判断力、表現力等と、これらのタテの関係によって深まりを可視化していくということ、それから知識及び技能と思考力、判断力、表現力等をヨコの関係として往還させてみることによって、一体的育成を可視化し資質・能力の関係性の理解に繋げていく。それらを一体的に育成する教師の単元づくりを助け、授業における深い学びを具現化するということを目指すものとしております。
次のペーパーを御覧いただきますと、2ページ目でございます。資質・能力の深まりと資質・能力の一体的育成の可視化による深い学びの具現化のポンチ絵となっております。知識及び技能につきまして、こちらの図に左側にございますように、個々の個別の知識や技能というものがそれぞれあるわけですけれども、その個別の知識や技能が相互に関連づけられて、一般化されながら統合的に理解された姿として、この上のところにございますが、知識及び技能に関する統合的な理解ということで、ここに高次の資質・能力を記述していくことが今回求められているところでございます。同様に、思考力、判断力、表現力等につきましても、個別の思考力、判断力、表現力等ということで、それぞれ事項がございますけれども、それらを複雑な課題の解決に向けて総合的に働かせられるように、概念的なところが分かるような形で、高次の資質・能力を整理していくことになります。この関係性を縦に見ていくことによって、資質・能力の深まりが可視化されること、それから横に見ていくことによりまして、資質・能力の一体的育成が可視化されるということが今回の構造化の狙いとしているところでございます。
次の3ページ目を御覧いただきますと、こちらも総則・評価特別部会の資料となっております。今回各ワーキンググループで高次の資質・能力を検討するに当たりまして、チェックポイントとして4点ほど示されております。まずAでございますけれども、目標の達成に資する上で重要であるとともに、各教科等の本質的意義の中核(見方・考え方)に照らして適切なものであるかどうかということで、高次な資質・能力も単独で存在するわけではなくて、目標でありますとか、見方・考え方と適切に関連をもたせるというところが示されております。それからBの資質・能力の深まりを示す観点というところでございますけれども、要素となる個別の資質・能力の深まりを示すことができているかどうかということで、具体的には、個別の資質・能力を要約した見出しとして高次の資質・能力に示すということではなくて、個別の資質・能力が関連づけられたもの、それらが統合的に示されたものという形で、高次の資質・能力の中では示していくことになるということが示されております。それからCの観点でありますけれども、こちらは教師の単元づくりの際に、知識及び技能の統合的な理解と、それにぶら下がる個別の知識・技能、それから思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮と、それにぶら下がる個別の思考力・判断力・表現力等について、これらが往還して参照されることによって、児童生徒にとって追究する本質的な問いというものが構想できるように、教師が単元構想時にそのようなところまで見通せるような形で示していくことが大切であるということが観点として示されております。最後にDでありますけれども、経験の浅い教師も含めまして、一人一人の教師にとって分かりやすく使いやすい、あるいは教科の面白さ、魅力が伝わる文言となっているかどうかという点、それから、学校種・学年等の発達段階に即して妥当なものかどうか、過度に抽象的になっていないかどうかといった点が、チェックポイントとして示されたというところであります。
以上が、総則・評価特別部会等の資料の抜粋でございます。
ここからは芸術・評価ワーキンググループの本日の論点に関わる資料となっております。
まず、論点の1-1でありますけれども、高次の資質・能力の示し方についてでございます。高次の資質・能力と個別の資質・能力の系統性、また、深まりというところを分かりやすく提示をするというところで、どのようなまとまりで示すことが適当と考えられるかというところを本日は御議論いただければというふうに考えております。その際、「例えば」というところで、まとまりについて幾つかの御提案をさせていただいております。
まず示し方の基本的なまとまりというところでございますけれども、小学校、中学校につきましては、学校段階ごとで小学校6年間、中学校3年間でまとまりを示していくということでございます。そして高等学校につきましては、生徒によって必履修科目の選択が異なってまいります。また、原則として履修順序がI、II、IIIの順序で履修していくこととなります。このため、各科目の系統、音楽、美術、工芸、書道、それぞれごとにI、II、IIIの科目をまとめた形で、高次の資質・能力を示してはどうかという点であります。そして芸術系教科・科目の特性でありますけれども、活動の実態を踏まえまして、表現と鑑賞に大別され、これまで整理がされてまいりました。このことも踏まえまして、「A表現」領域と、それから「B鑑賞」領域、この2つの領域による整理は引き続き維持した上で、それぞれの領域ごとに高次の資質・能力を示していくということを全ての芸術系教科では基本としてはどうかと考えているところでございます。
具体的に、その上で教科特性というものをもたせてはどうかでありますが、音楽に関しましては、資料の9ページのほう御覧いただけたらと思いますけれども、現行学習指導要領では、「歌唱」と「器楽」と「創作」、あるいは「音楽づくり」、この3分野に分けて示されているところでございますが、現状の課題といたしまして、小学校では歌唱と器楽で同一の曲を扱う場合におきまして、歌唱と器楽の事項を別々に位置づけ、教師の指導において焦点化した効果的な指導や評価が行われにくいといった状況がございます。このことも含めまして、小学校における示し方といたしましては、まず表現領域と鑑賞領域に分かれるわけですけれども、その上で区分といたしまして、「歌唱」と「器楽」を合わせた区分、それから「音楽づくり」の区分という形で、その中で思考力、判断力、表現力等と知識及び技能、それぞれの高次の資質・能力を示していくという形を取ってはどうかというところを提案させていただいております。それから中学校、高等学校に関しましては、小学校よりも専門性や系統性が高まってくるというところも考慮いたしまして、「歌唱」と「器楽」、それから「創作」、これら3つの区分によりまして、分けて高次の資質・能力を示してはどうかというところでございます。
それから図画工作、美術、工芸でございますけれども、この図画工作、美術、工芸、それぞれに共通している課題にも通じてくるところでございますが、表現や鑑賞の活動自体が目的となり、育成を目指す資質・能力が明確になっていないといった課題が見られるところでございます。このようなことも踏まえながら、教師にとって分かりやすく、使いやすくなるように、育成を目指す資質・能力を明確に示せるような区分を設定してはどうかということであります。米印のところに小さい字で記してございますけれども、例えば造形遊びをする活動を通して、造形的な活動について発想や構想をしたり、活動を工夫してつくったりするということに関わる区分、それから絵や立体、工作に表す活動を通して、表したいことについて発想や構想をしたり、表し方を工夫して表したりすることに関連する区分ということで、区分の名称は仮称でございますが、「造形遊びをする」という区分と、それから「絵や立体、工作に表す」という区分に分け、それぞれに資質・能力を示す形をしてはどうかというところでございます。
次に、中学校、高等学校の美術でございますけれども、改善のイメージといたしましては、こちらも小学校からつながってくるというところもございますが、対象や自己の内面を見つめて感じたことや考えたことを基に創造的に表現することということに関する区分、それから見る人や使う人の立場に立って目的や条件を基に創造的に表現することに関連する区分ということで、これらも、名称は中学校と高等学校で少し異なっておりますけれども、仮称ということで、中学校は「自分と美術」「身近な生活や社会と美術」という、例えばこのような形で区分を設けまして、それぞれ資質・能力ごとに高次の資質・能力を整理してはどうかということでございます。
それから工芸につきましても、基本的に同様の考え方でございますけれども、高等学校の工芸につきましては、現状「身近な生活と工芸」、それから「社会と工芸」という形で既に分野が区切られているところがございます。基本的にこの分野のくくりに従う形で、高次の資質・能力を示していくという形に整理してはどうかというところでございます。
それから書道に関しましてでございますけれども、現状、「漢字仮名交じりの書」「漢字の書」「仮名の書」としてそれぞれ分野示されているところでございます。実際に高次の資質・能力という形で示していく場合に、それぞれに共通する資質・能力の重なりが大きいところがございますので、これらをあえて区分に分けて複雑化するよりは、1つに示しておくことが分かりやすい示し方になるのではないかということで、芸術系教科の共通でございます領域区分の表現と鑑賞、この領域区分に従う形で、資質・能力の高次の資質・能力を整理していくという形を取ってはどうかということでございます。ただし、このそれぞれの3つの書につきましては、個別の資質・能力の中ではしっかりそこのところは書き分けていくという形で整理をしてはどうかというところでございます。
以上が、高次の資質・能力の示し方の部分でございます。
5ページ目に戻っていただきますと、高次の資質・能力の内容に関してでございます。芸術系教科・科目の学習過程をイメージした場合に、高次の資質・能力をどのように整理することができるかということでございます。例えば表現領域及び鑑賞領域における大まかなイメージといたしまして、音楽、美術、工芸、書道という形でお示しさせていただきますが、そのイメージを基に、目標や本質的な意義(見方・考え方)、あるいは個別の学習内容との関係性を踏まえまして、整理をしていくということが考えられるのではないかとさせていただいております。
まず、音楽の高次の資質・能力につきまして、どのような趣旨を踏まえて整理をしていいくのかという点でございます。まず、思考力、判断力、表現力等についてでございます。表現領域に関わる部分でございますけれども、1点目が曲の特徴を生かした表現に対する思いや意図をもって、自分や他者にとって表現がもつ意味や価値を考えること、2点目が、試行錯誤しながら、発想を得たり構成を工夫して思いや意図をもったりすること、そして3点目が、自分や他者にとって表現がもつ意味や価値を考え表現を深めることと、以上表現領域で、このような形で整理をしてみてはどうかということでございます。それから4点目が、表現と鑑賞、それぞれの領域に関わる部分といたしまして、深い学びに欠かせない音楽を形づくっている要素を思考・判断のよりどころとするといった趣旨を含めてはどうかというところでございます。
6ページ目に移らせていただきます。知識及び技能であります。表現領域として3つ並べさせていただいております。1点目が児童生徒の個別性を大切にし、実感を伴って理解するということ。2点目が思いや意図に合わせた表現をするために必要な身体の使い方などの技能。それから3点目が即興性を大切にして、音を音楽へと構成し創造するための技能でございます。また、領域共通に関しまして、音楽を形づくっている要素との関連が、現在共通事項として位置づけられておりますが、この趣旨につきましても、高次の資質・能力の中で反映できるようにしてはどうかというところでございます。
それから図画工作、美術、工芸でございます。思考力、判断力、表現力等に関しまして、表現領域に関しましては、形や色などを基に自分のイメージをもつこと、自己を深く見つめること、身近な生活や社会との関わりの視点に立って発想や構想をすること。それから鑑賞領域に関しまして、形や色などを基に自分のイメージをもつこと、作品などのよさや美しさ、表現の意図と工夫などについて考え、見方や感じ方を深めることでございます。
7ページ目に移らせていただきます。知識及び技能でございます。まず表現領域ですが、知識を活用しながら、材料や用具を使って表現方法や表し方を工夫して表すことができること、創造的に表現できることについて理解すること。それから鑑賞領域につきまして、知識を活用しながら作品などを自分の体を使うなどして工夫して見ること、作品などの造形的な情報を読み取ること、見方や感じ方を深めることができること、こうしたことについて理解すること。なお、観賞領域に関しましては、現状では技能に対応する事項というものは位置づけられてはございませんけれども、先ほど申しましたように、鑑賞の技能に関わることにつきましても、改訂において高次の資質・能力に含めてはどうかという御提案をさせていただいております。それから領域共通でありますけれども、共通事項に係る事項につきまして、高次の資質・能力の中にその趣旨を含めてはどうかということでございます。
それから書道でございます。思考力、判断力、表現力等に関しましては、歴史や文化、社会などとの関わりを通して、作品や書及びその美の意味や価値を考えるということについて、表現領域、鑑賞領域共通にその趣旨を含めてはどうか。それから、生徒が自ら新たな美を生み出すために、主体的に考えながら作品を構想したり、表現を工夫したりすること、こちらは表現領域でございます。
8ページ目に移らせていただきまして、知識及び技能でございます。表現領域に関しまして、書の美の構造やその働きなどについて捉えながら、書独自の特質と関わる用筆運筆などの要素を働かせて表す技能を身につけ、自らの意図に基づいて創造的、個性的に表現することについて、実感を伴って理解することを表現領域に含めてはどうか。観賞領域でございますけれども、我が国の書の伝統と文化を大切にする意義などを理解できるようにすること。それから、知識を活用しながら作品などから情報を読み取り、書の美を豊かに味わい捉えることにつなげられることについて理解する、このような趣旨を含めてはどうかというところでございます。書道に関しましても、鑑賞領域につきましては、現状で技能に関する事項が位置づけられていないところではございますけれども、鑑賞の学習を充実させるという観点から、作品などから情報を読み取ることの趣旨を含められるようにしてはどうかという点を御提案させていただいております。それから領域共通に関しまして、共通事項に係る内容を高次の資質・能力に含めてはどうかというところでございます。
以上のとおり、芸術系教科・科目のそれぞれの特性を踏まえまして、本日は御議論いただきたいというふうに考えておりますところでございますが、その際、検討に際しての2面性として、丸の1、芸術系教科・科目の目標、あるいはこれらから演繹的に導かれる側面、それから丸の2といたしまして、個別の学習内容をより深く習得するため帰納的に導かれる面、この2つの側面に関しましても御知見・御意見を頂戴できればと考えているところでございます。
非常に簡単ではございますけれども、私のほうからの説明は以上とさせていただきます。本日は御審議のほうでどうぞよろしくお願いいたします。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、芸術系教科・科目における高次の資質・能力の示し方、内容について、委員の皆様に御議論いただければと思います。前回同様、音楽、図画工作、美術、工芸、書道の順に、先生方の御専門、御所属などの見地から御意見をいただきたいと考えております。今回より、高次の資質・能力に関する意見交換を行うこととしております。教科の専門的・具体的な内容に関わることから、音楽に関わる意見交換の時間については、齊藤主査代理に進行をお願いできればと思います。
それでは、主査代理、よろしくお願いをいたします。
【齊藤主査代理】 それでは、音楽に関わる意見交換について、私のほうで進行を進めさせていただきます。
それでは、音楽に関わり、高次の資質・能力の示し方、内容について、委員の皆様の御専門、御所属などの見地から御発言をいただければと思います。
それで、今日は高次の資質・能力の示し方、内容ですけれども、今日の資料、今御説明いただいたところのさらに先のほうに参りますと、例えば小学校音楽ですと14ページのところから、ここには目標、あと見方・考え方も含めまして、高次の資質・能力というふうに示していただいておりますので、この辺りのところも関わりながら、もし御意見等もいただけたらと思います。
では、御意見のある委員の先生方におかれましては、挙手ボタンを押していただきまして、時間の関係もございますので、発言はお一人3分程度ということで、申し訳ございませんがお願いいたします。
それでは、音楽に参ります。限られた時間ですので、ぜひ御意見、積極的にお願いいたします。いかがでしょうか。
では水戸委員からお願いいたします。
【水戸委員】 よろしくお願いします。私のほうからは、知識及び技能の内容のところについて述べたいと思います。15ページから始まるところです。
ここの内容のところに、文章の最後のところでちょっと意見を申し上げたいのですが、「思いや意図を歌唱や器楽で表すことができることを、実感を伴って理解している」という、ここについて意見を述べさていただきたいと思います。ここでは、音楽科の知識及び技能について深く考えていく必要があると思うのですが、音楽の学習においては、分かること、できることというのが、いったいどういうことなのかということを、基本的なところからまず考えていかなくてはいけないかなと思いました。それはどうしてかといいますと、音楽科においては、獲得すべき知識及び技能の性質が他の教科と随分異なるところがあるので、当然ここの書き方についても、それを反映したものにならざるを得ないのではないかなと思います。
音楽科では、多くの知識及び技能が、手続的な知識と呼ばれるものに近いと私は思っています。例えば反復練習によって意識せずにできることとか、それから音楽活動に浸ることによって、意識的でなくても仕組みや構造を理解しているというようなことが含まれると思います。もちろんこれだけではないのですが、いわゆる言語化は難しいけれども行動に現れたりとか、説明はできなくても認知的には直感的に理解しているというようなものが、音楽科の知識及び技能の特徴の1つではないかと思います。なので、できるようになったことや理解していることが、必ずしも説明できなくてもよかったりすることがあると思います。また、そもそも言語的に説明することが無理な場合もあると思います。
このようなことから、ここの内容のところに書かれている「できることを、実感を伴って理解している」という表現が、音楽については課題が残るような気がします。これを全面的に否定するわけではないのですけれども、課題が残ると思います。もちろん自分ができることとか、分かっていることを理解しているということは、音楽科にとっても意義あることだと思います。なのでこれを否定するつもりはありません。先ほど述べましたように、音楽科においては、知識及び技能を無意識的にできるようになったりとか、直感的に理解していることが多いのですが、それを意図的に言語化して自分で何ができているのかを確認することは、高次の資質・能力の獲得に向けた重要な学習形態の1つではあると思います。しかし、「できることを、実感を伴って理解している」が内容に明記されることによって、自分の獲得している知識及び技能を説明することが学習の主要な目的となると、おのずとそれが評価の対象ともなってくるので、これによって言語化できないものとか、それから言語化をすることが必ずしも必要ないものとか、もっと言ってしまえば、言語化しないほうがよいようなものまで言語化するような学習活動とか授業が、主流となるとまでいかなくても、多くなってしまわないかを心配しています。
こうした危惧は、学習成果を長期的な視野に立って考えるということでも課題があるのではないかと思います。音楽の場合は、1回の単元で何かが論理的に分かって、それが即座に学習成果として明確に表れるということがなかなか難しい場合もあると思います。この点からも、理解していることを説明するということが授業の主目的となってしまうと、学習成果を短い単位で評価されてしまう懸念もあるのではないかと思います。なので、長期的な視野に立って深い知識及び技能を獲得していくという点からいうと、逆の方向に行ってしまいかねない危険性もあるのではないかと思います。
私の意見は以上となります。
【齊藤主査代理】 ありがとうございました。
では、続いて原委員、お願いします。
【原委員】 はい。よろしくお願いします。今、水戸委員がおっしゃったこととかなり重なっていると思います。やはり知識及び技能の統合的な理解というところについては、私たちが授業をつくってきた際に、これまで捉えていた知識や技能の捉え方と全く異なっているという点で、先生方が学校現場で授業をつくっていくときに混乱を招くだろうなということを感じています。現行の学習指導要領では、知識と、それから技能を別々の項目として、事項として挙げているのもそういった意味で、音楽科の特性というところからそのようにしていると思うのですけれども、例えばリコーダーを演奏するときに、タンギングの仕方が頭では分かった、説明を聞いたり、友達の演奏の仕方を見たりして頭では分かったけれども、実際にするとなるとなかなかできない。息の使い方、舌の使い方、やっぱり身体的なスキルというものが関わってきますので、これができないけれども、水戸委員がさっきおっしゃっていたように、繰り返していく中で、あっ、こういうふうにすればいいんだ、ああこれかというのが、音楽科でいう実感を伴って分かる、できるということになるのではないかと捉えています。ですので、歌唱や器楽で表すことができることを理解するということにするのであれば、相当な説明なり解説が必要になってくると思いますし、授業づくりの、今までやってきたこと、学習過程の流れ等も変わってくるだろうなと感じております。
ただ、思考力、判断力、表現力等の14ページに示していただいています、音楽を形づくっている要素をよりどころにして思考を巡らせ、よりどころにして考えるという点を入れていただいていることについては、現在音楽科の教員が授業づくりしていく上で、知覚、感受を大事にするというところで柱にしているところでもございますので、この点については、入れていただいて大変ありがたいなと思ったところでございます。
統合的な理解については、指導事項の表し方等で工夫すればいいのかもしれませんが、その点また考えたいなと思っています。知識として内容知と方法知と、どちらも混ざっている点を、音楽科の場合は、芸術科の場合は、身体を通して理解するという点も含まれてくるのではないかなと思いますので、また皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
以上です。
【齊藤主査代理】 ありがとうございました。
では、続いて山下委員、お願いします。
【山下委員】 山下でございます。どうぞよろしくお願いいたします。水戸委員、原委員の御意見と重複する部分もございますが、私からは本日の資料1について、意見を2点申し上げたいと思います。
まず1点目は、9ページに示されました論点1-1、高次の資質・能力の示し方についてです。小学校では領域A表現が、「歌唱・器楽」と「音楽づくり」の2つに区分されています。歌唱と器楽は異なる分野ではありますが、音楽の再創造という表現の本質は共通していることから、高次の資質・能力としてまとめて示すことに賛成です。これによって、限られた授業時間の中で声と楽器という垣根を越えた、新たな発想に基づく題材構想が実現することを期待しています。
2点目は論点1-2、高次の資質・能力の内容のイメージについてです。資料1の15ページには、小学校音楽の「知識及び技能に関する統合的な理解」の案が示されています。ここでは全ての区分で語尾が「理解している」で統一されており、例えば「歌唱・器楽」の区分では、「思いや意図を歌唱や器楽で表すことができることを、実感を伴って理解している」となっています。資質・能力としては知識と技能に分かれているものを、統合的な理解として1つにまとめることによって、一見整理されたようではあるのですが、他方で誤解を与えるのではないかという懸念も生じます。なぜならば、音楽科において理解という言葉は、これまで知識を意味するものとして使用されており、技能を含むものではなかったからです。技能は実際に身体を使っていろいろと試しながら、徐々に習得されていくものだと思います。頭では分かっていてもなかなか思うようにできないということは多く、音楽科ではその思いや意図が表せるようになるプロセスそのものを大切にしてきました。それに対して、今回の御提案ですと、「技能に関して知っている」状態が重視されており、「身体でできるようになっている」状態が軽んじられているという印象を与えてしまいかねないと危惧しております。この統合的な理解という言葉に、いわゆる身体知や暗黙知のようなものが含まれていると考えることは可能かもしれません。ただ、仮にそうだとしても、言葉を尽くしてかなり丁寧に説明をしないと、実際に授業づくりをされる先生方には理解していただきにくいと思います。
また、身体知や暗黙知を言語化することは容易ではなく、時間がかかるものですし、一般化するのに必ずしも言語化が必要なものでもないと思われます。それにもかかわらず、技能に関する理解の言語化を目指そうとするあまりに、実際に体を動かして試してみる技能習得のプロセスの時間が削られてしまうことのないよう、いま一度文言や枠組みについて御確認をいただければと考えます。
以上です。
【齊藤主査代理】 ありがとうございました。
では、続いて山内委員、お願いします。
【山内委員】 それでは、私のほうからも2つほどお話をさせていただきます。
まず1点目は、これまで御発言された委員の皆様と重複しますが、論点1-2の、ページでいうと15ページです。知識及び技能に関する個人の資質・能力の文末のところですけれども、こちらのほうの、「表すことができることを、実感を伴って理解している」というふうな表現については、やはりこれまでと異なる解釈になるだろうと思っておりまして、それに対して、かなり誤解されないかなという危惧を持っているところでございます。
特に中高につきましては、専門教科の免許を持っている教員なので、ある程度説明がつくのかなとも思いますけれども、小学校につきましては必ずしもそういう先生方ばかりではないというところもありますので、これについては、これまでの委員の皆様の御意見にかなり近いなと思っております。学校というところは様々な教科・領域を子供たち学習しておりまして、その中で、例えば国語は国語なり、算数・数学なら算数・数学なり、そういう中で、芸術科なりの音楽としてどういう資質・能力を身につけていくかといったときに、この文章表現をそろえることが本質的なことなのかというところは、私としては非常に、そこは大事にしたほうがいいのではないかなと思っています。子供たち、あとは社会に開かれた教育課程という意味からも、保護者の方、いろいろな方にこれを多分見ていただくことになるのだと思うのですけれども、それが音楽での学習のイメージと、それこそ実感を伴って理解をしていただけるような表現にしていく必要があるだろうと思いますので、内容レベルではこのような内容になるのだろうとは思いますが、きちんと伝わるような表現というのはできないのかなというふうなところを考えているところでございます。
2点目ですけれども、14ページに戻りますが、思考力、判断力、表現力等の部分でございます。それぞれの内容、項目ごとに見ていくと、例えば小学校の「歌唱・器楽」であると、実はこの文章の中に、いわゆる「表現」という文言が数か所出てまいります。例えば2行目真ん中「曲の特徴を生かした表現に対する」、3行目「歌唱や器楽による表現がもつ意味や価値について考え」、最後「表現を深めることができる」と。これが言葉としては同じ言葉を使っているのですが、意味内容が文脈によって変わってきているのかなという感じ、印象です。これがきちんと伝わるかどうかというところでございます。特に一番最後の「表現を深めることができる」という文言が、これはともすると、先ほどのと関連も出てくるかもしれませんが、表現領域については、技能面を含んだように見えないかというところが非常に懸念されるところであります。いわゆる表現を深めるということで、思考力、判断力、表現力等、思いや意図を持って表現したことを表して、それによってその表現が持つ意味や価値について考えるのであれば、そこまでが思考力、判断力、表現力等であろうというふうに捉えておりまして、その表現を深めるまでいってしまうと、それができないと駄目なのかということにちょっと繋がっていくのではないかな、そういうふうに読み取られないかなというふうなことを考えているところでございました。この辺り、さらに検討を進めていければなというふうに考えたところでございます。
以上です。
【齊藤主査代理】 ありがとうございます。
では、稲委員、お願いいたします。
【稲委員】 よろしくお願いします。私も15ページ以降の知識及び技能の「実感を伴って理解している」という表現については、今御発言なさった先生方と同じ意見です。これは題材を構想するために分かりやすくというような意図でつくられていると思っていますけれども、かなり解説が必要になってくる表現だなというふうに感じています。
解説が必要だなと思ったことについて、その高次の資質・能力という言い方と、それから、この14ページからの表の右側では、資質・能力と書いてございまして、共通事項というふうに振ってあるので、割とこれは分かりやすいのですけれども、もともとの図だと、個別の知識及び技能、個別の思考力、判断力、表現力等という表現になっておりまして、これだとどうしても、ちょっと順序性のようなものを感じてしまいます。もちろんチェックポイントのページを見ると、それぞれ往還するということも理解していますし、2ページの図の下には、重要性の軽重を示すものではないというふうにあるのですけれども、現行の指導要領で私たちが参考にしてきた音楽科の学習過程のイメージと比べると、どうしても順序性を感じてしまう、学習過程のように見えてしまうといったらいいのですか、かなり解説のほうで丁寧に説明が必要になってくるかなというふうに感じます。
それからもう1点、ちょっと別の視点として、3ページの高次の資質・能力を検討する上でのチェックポイントのBにある「それを広く社会において、いつ、どのような文脈で活用することができるのか、を教師がイメージしやすいものとなっているか」、これは音楽ではどんなことかなというのを考えました。見方・考え方のところにそれは少し表れているかなと思うのですけれども、それを高次の資質・能力に表現していくというのは難しいのですが、ちょっと代案がなくて申し訳ないのですけれども、ここのところも考えていく必要があるのか、それとも教科ごとになるのかというところは検討していきたいと思いました。
以上です。
【齊藤主査代理】 ありがとうございました。音楽に関わって、委員の皆様から御意見等をいただいておりますけれども、全体的な流れとしましては、現行の学習指導要領の、枠組みから考えたときに、今御提案いただいている方向性だと、現場の先生方にちょっと理解しにくい部分が出てくるのではないかなというようなこともあります。特に音楽でいう技能とは何ぞやと。これは教科によって、例えば数学とか、国語とか、そういう技能と異なる音楽の技能だと思うのですが、その辺りをどう理解して、どのようにここで表していくかというところが大事な視点になるような気がいたします。
まだ少し時間があるので、音楽の関係の先生方に限らずでもいいです、ぜひ音楽以外の先生方からも、もしお気づきの点などありましたらお出しいただけたらと思います。そしてまた音楽の先生も、もし、これはもうちょっとということがあれば、お出しいただけたらと思います。いかがでしょうか。
原委員、お願いします。
【原委員】 すみません。2回目になりますが、失礼します。
山内委員がおっしゃったことは私も感じていて、表現という言葉がいろいろなところで出てきます。現行の学習指導要領では、音楽での表現の場合は音楽表現という表記の仕方をしています。なぜならば、思考力、判断力、表現力等のその表現力ということと、音楽表現とを区別、分かりやすいようにということで、そのようにしていたと思うので、表記の仕方として、音楽表現という言葉が使えればいいなと思ったのが1点です。
もう1点は、15ページのところにも、17ページにも関わるところでありますが、「思いや意図を歌唱や器楽で表す」という表記の仕方が3行目ほどにあります。高次の資質・能力の。思いや意図をそのまま表現するという捉え方ではなく、本来ならば思いや意図にふさわしい表現をするとか、思いや意図に合う歌唱や器楽で表現するとかということになるのではないかと思いました。思いや意図をそのまま歌唱や器楽で表すのだという、少し偏ったといいますか、誤解を招くようなことになってしまわないかなというふうに感じています。
以上です。2回目発言させていただいてありがとうございました。
【齊藤主査代理】 どうもありがとうございます。もう少し時間ありそうです。いかがでしょうか。よろしいですかね。
それでは、音楽関係のところで、私のほうから若干ですけれども。今14、15ページの辺り、特に音楽の小学校のところで御覧いただきながら、御発言いただくことが多かったようです。この枠組み等についても御意見いただいたりして、方向性としては、枠組み、このように考えるということはいいと思うのですが、その中の高次の資質・能力の表し方について、文言等についてさらに検討が必要だということが出されています。
そして今日の本来の検討テーマではないのですが、今日この14、15ページのところには、見方・考え方についても、1つの案としてですが、出されています。「感性や想像力を働かせ、対象や事物を、音や音楽、文化の視点で捉え、意味や価値を見いだすこと」ということで、現行の学習指導要領の音楽とは違う形で、ある意味でさらに広く事物や対象、いわゆる生活や社会の中にある音や音楽という、認知に至る前の広い生活や社会の中のもの、または自然界にある音に注目してみるとか事物や対象という非常に広いところから音楽を捉えていくというように、とても大事な視点で御提案いただいています。よい方向で出していただいていると思います。
したがいまして、この見方・考え方、そして今日、あまり目標については論点ではなかったのですけれども、目標から見たときに、この高次の資質や能力はどうあるべきかというふうに考えていく必要性もあるかと思います。例えば私のほうから1つですけれども、思考力、判断力、表現力等のところ、14ページですが、そこの高次の資質・能力の全体的なイメージなのですが、パッと、これ初めて見られた方が、高次の資質・能力なので、高次という言葉そのものが、上の次元というイメージが思い浮かぶのですよね。上の次元でというイメージもあるかもしれないですが、これはある意味で子供たちが実際の生活や社会において、そしてまた学校を卒業して、将来的にも繋がっていく音楽の学びとして、非常に大事な資質・能力をどこに持っていったらよいかということにも繋がっていくと思います。それを考えたときに、どちらかというと論理的な思考で音楽をまとめて考えていくというようなイメージがまだ若干強いような気がします。なので、これまでの論議の中でもありましたが、いわゆる芸術の教育である直感とか、また、見方・考え方の最初にある感性や想像力というもっと大きなところで捉えたことも含めて、音楽を形づくっている要素というようなこともニュアンスとして含んでくると、ああ、これは将来的にも子供たちが自分の学びとして生きていきそうだなというふうに繋がっていくといいかなと思って。なので、言葉として最終的に調整していくときに、あまり高次ってすごいことなのだぞというようなものだけじゃなくて、もうちょっと近いところにある言葉が入り込んでくると、何々を豊かにするとか、何々を楽しみながらとか美しさとか、そういう、いわゆる感覚的なものも少しここに入ってきたほうがいいのかなという私の感想を補足させていただきました。
それでは、そろそろ時間にはなるのですが、これだけはというのがあればお出しいただいて、いかがでしょう。大丈夫ですか。では、最後にもしありましたら、またお出しいただけたらと思いますので、これで、一旦音楽のほうの時間を終了させていただきます。
それでは、進行のほう大坪主査に戻したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
【大坪主査】 齊藤主査代理、ありがとうございました。ここからは私のほうで進行を務めさせていただきます。
続きまして、図画工作、美術、工芸に関わり、高次の資質・能力の示し方、内容について、委員の皆様の御専門、御所属などの見地から御発言をいただければと思います。
それでは、御意見のある方は挙手ボタンを押して、お一人3分程度を目安に御発言をお願いいたします。
早速挙がっておるようですが、廣田委員、お願いいたします。
【廣田委員】 それでは、私のほうは、図画工作科に絞って、2点話をさせていただければと思います。
まず資料の19ページのところになります。知識及び技能のところ、ここで2点話をさせていただければと思います。
まず1点目ですが、今回の検討の中で演繹的にというところがありますので、そこを考えたときに、まず目標、知識及び技能の目標の最後の後半の部分が、「創造的につくったり見たりすることができるようにする」と書かれています。一方、高次の資質・能力は、「創造的に表現できることを、実感を伴って理解している」、ここが演繹的に対応できているのかなというのが少し疑問を感じました。ここの言葉の使い方といったところを、誤解を生まないように検討していかなければいけないのではないかと感じました。
2点目は、こちらは先ほど音楽の先生方がお話しされていた内容に重なる部分が非常に大きいかなと思いますが、高次の資質・能力の知識及び技能の部分でございますが、1つは、最後の「実感を伴って理解している」というところです。図画工作科も、この文章の中に1行目は知識の部分、共通事項の部分、2行目の部分は技能の部分、そして最後、創造的に表現できることを実感を伴って理解しているというようなことになっていますが、技能を理解するというような誤解を招きかねないのではないかなというふうに感じています。また、知識が最初の文章に来て、その後技能が来てというところですが、こちらは往還的に技能を発揮させながら、知識も理解していく往還関係にあるのかなというふうに考えているのですけれども、ここの、何か順序があるように思われてしまわないかというところも、1つ大丈夫かなというふうに感じました。
さらにもう1点は知識の部分で、資質・能力の概略のほうでは、こちら理解するという言葉になっていますが、高次の資質・能力のほうでは捉えるという言葉を使っていて、そこについても、こちらは帰納的な部分としてどうなのか、ここも誤解を生むことがないのかなというところも感じました。私自身現場におりますので、授業をされる先生方が誤解のないように、高次の資質・能力を発揮している児童の姿というのがこういうものだという、先生方が皆同じようなイメージを持てるような内容、文言にしていかなければいけないのかなというふうに感じたところでございます。
私からは以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございました。
それでは、次に藤井委員、お願いをいたします。
【藤井委員】 よろしくお願いいたします。
まず図画工作のところですが、今回の変更点での1つであります、高次の資質・能力の示し方の区分につきまして、図画工作や美術、工芸に取り入れられた示し方ですが、これはよいなと思いました。ただ、図画工作の区分の示し方につきましては、現在は「造形遊びをする」、それから「絵や立体、工作に表す」が、仮ということで入れられていますが、例にとると音楽や美術のように、もう少し抽象的な表現にしてもよいのではないかと思いました。
また、資料の論点1-2高次の資質・能力の内容のイメージ(5)に示されている図画工作の思考力、判断力、表現力等のところで、表現と鑑賞のところの、区分それぞれに、最後の文末のところの「楽しく豊かに発想や構想をすることができる」というような、楽しく豊かにという表現が入っていますが、楽しくというのがとても大事だとは思っています。この高次の資質・能力というところに入ってくるというところにおいては、私のほうではそのイメージは、どちらかというともう少し高次の資質・能力の前段階にあるベーシックなところにあるように感じました。ですので、楽しくというのはいいと思いましたが、この場所に入れることについては、少し工夫もできるのかなと思った次第です。
それから、図画工作においては、資料のほうの31、32ページのところですが、「各学校段階における目標の検討素案一覧」のなかの図画工作、美術、工芸というところなのですが小学校では創造的につくったり見たりする技能という、見たりする技能というのが新たに入れられておりますが、創造的に見るという表現が少しどうかなと少し違和感を感じるところがありました。創造に至るプロセスを考慮しますと、見るということと、創造と技能というのはもちろん繋がるのですけれども、そうではないところもあるのではないかと思っております。趣旨としましては、創造的に見るというところに少し補足というか、例えば創造的な視点を持って見るというような感じで文言を加えたほうが、教師には理解しやすく、また、評価もしやすくなるのではないかというふうに考えます。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。
それでは、次に小池委員、お願いをいたします。
【小池委員】 ありがとうございます。
では、私からは、主に中学校美術について述べます。今回高次の資質・能力については、いずれも仮称ですが、ページですと21ページ、中学校では「自分と美術」「身近な生活や社会と美術」というふうに分けられて示されています。これについては、現行学習指導要領でも感じ取ったことや考えたこと、目的や機能などを考えたことのように、分けられて示されている面もありまして、授業においてもかなり定着している印象を受けています。その流れの中で、今回、高次の資質・能力の段階から分けて示すことは、授業する現場の先生方にとっても分かりやすい示し方になると考えます。また、生徒にとっても、どのような力を身につけたいのかについて、はっきりと理解できるような学習ができるようになるのではないかと思っております。あくまでも仮称の段階ですけれども、中学校段階で「身近な生活や社会と美術」、それから高校美術で「社会と美術」というふうに示されていることは、小学校から高校の流れを考えた上でも自然だと考えられます。中学校の身近なという言葉は、学習者にとって身近であり、関連性があるという意味と思っています。つまり、現行学習指導要領でも、二、三年生では社会との関わりがあるとおり、かなり広い意味で学習を捉えることも可能になっていると考えられますから、身近という意味については、広く捉えることがあってもよいのかなと思っております。
さらにこの区分について、表現と鑑賞の区分の文言をそろえたことにより、より一層表現と鑑賞の関連性が図られるのではないかなと思っています。区分の名称については、現場の先生が混乱しないよう、丁寧にこれからも議論を重ねていくことが大切だと考えています。
次に、中高美術の、例えば21ページの中学校美術の知識及び技能の高次の資質・能力の文言についてですが、「美術の働き、美術文化について捉えながら」云々、「実感を伴って理解している」となっておりますけれども、この辺のところは先ほどの音楽の先生からも幾つか御意見があったと思いますが、そのようになっていると思いますけれども、統合的な理解として、知識及び技能について理解しているというようなことだと私としては思っています。ただ、芸術教科、美術科においては、何かをつくり出していく、創造する教科であるため、他教科とはどうしても技能ということについては捉え方がずれる可能性があると思います。その点については、慎重に考えていく必要があると考えております。
そして中学校美術で知識及び技能で鑑賞が示されているということについては、芸術教科全体を考えながら、今後一層議論を重ねていく必要があると考えておりますが、私としては、例えば、中学校の現行学習指導要領の共通事項の内容の取扱いに示されている、例えば色彩、材料の性質や質感等を捉えて造形の言語を理解し、活用して作品等を読み解いていくということは、鑑賞における技能と考えてもよいのかなと思っております。
私からは以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。
それでは、次に道越委員、お願いをいたします。
【道越委員】 お願いいたします。私からは、2点お話をさせていただきます。
まず1点目です。中学校美術の区分のところなのですけれども、私も小池先生と同じように、とても分かりやすく示されているなと思います。私たちは、授業を行うときに、子供が主題を生み出すことというのをとても重視しております。授業の中でも、何を基にどのような過程で子供が主題を生み出していけるのか、つまり思考をするのかということをとても大事にして授業をしています。そう考えると、この「自分と美術」と「身近な生活や社会と美術」という言葉ですが、その違い、考える方向性の違いが明確に伝わるのではないかと思います。自分自身と向き合って生み出される表現なのか、それとも、使うとか、伝えるなどの目的や機能がある表現なのかという違い、そこがこのように示されていることによって、子供の思考の過程を教師がイメージしながら授業をつくりやすいと思います。何を基に主題を生み出すのか、何を基に考えるのかということが明確になればなるほど、資質・能力を子供が発揮しやすくなると思いますし、教師にとっては、授業改善の方向性が今以上に焦点化されてくるのではないかと考えました。A表現、B鑑賞、共に同じ区分となっておりますので、表現と鑑賞の一体化を進める上でも、単元を通じて本質的な問いになるのか、子供がどのような方向で考えればよいのかという点においても、大変分かりやすいと思いました。本日の資料でいうと、3ページの視点、Cのところで考えてみたところです。
2点目ですが、論点の今日1-2のほうで、皆さんもちょっとおっしゃっていましたけれども、22ページ、中学校美術の知識及び理解のところに、美術の働き、美術の文化について、イメージで捉えるという言葉でやっぱり終わるということが、自分としては捉えるでいいのかなというふうに、少しちょっと教えていただきたいなと思いました。学校では〔共通事項〕を知識、として授業で扱っていますけれども、ただ単純に「全体のイメージはこんな感じです」と捉えただけでは終わらないよ、ということなのかな、と思います。繰り返して考え、自身の学びを子供が理解していくということなのかなというふうに自分としては考えてみたのですけれども、子供自身が何のために美術を学ぶのかという学びの実感ですとか、学ぶことの意義を理解するということで、高次の資質・能力というふうになっているのであれば、こういう高いレベルでこんなことができるようになるのだということで、自分自身としては理解いたしましたが、その辺りは皆さんに教えていただきたいと思います。
以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございました。
それでは、次に大泉委員、お願いをいたします。
【大泉委員】 よろしくお願いいたします。私からは、まず19ページ以降に示されております、鑑賞する際の技能を位置づけることについて考えを申し上げたいと思います。このことは書道にも共通することでありますが、ここでは図画工作、美術の立場から御意見を申し上げたいと思います。
鑑賞が表現に付随する活動ではなくて、重要な役割を果たす学習として重視されてきた経緯があることから、表現と同様に技能を位置づけることは有意義かと思います。ただし、その際には幾つか課題があると考えています。図画工作、美術科では、かねてから技能を創造的技能というフレーズで称しまして、子供自らが体得、会得していくという意味を大事にしてきました。ですから、その考え方は、鑑賞に技能を位置づける際にも必要ではないかと考えています。すなわち、技能ではなくて、技術、テクニックと受け取られないようにしなければいけないということです。そのためにも、今お示しいただいている19ページの小学校図画工作に示されていますように、「自分の体を使うなどして」というフレーズは必要と思われます。しかしながら、ここで体、体という体でよいのか、むしろ身体という心の動きを伴った意味のほうがふさわしいような気もしています。ところがこれですと、思考力、判断力、表現力等と重複するかもしれないということで、悩ましいところです。あるいは、先ほど申し上げたような技能と思考力、判断力、表現力等の関連を示す意味でも、身体のほうがよいのかもしれないというふうにも考えられます。ちなみに音楽の知識及び技能では、身体を使っているようです。
さらに、これは非常に大事だと思っているのですけれども、1人の子供が工夫して見ることで感じ取ったり味わったりしたことを、他者と、さらにはみんなと共有することが、学校ではもちろん、社会でも大事な資質・能力なのではないかというふうに考えます。そのためには、自分が感じたり味わったりしたことを他者に伝え、共有するための技能というものも、鑑賞の中に必要なのかもしれないと考えています。
もう一つあるのですけれども、足早に申し上げます。20ページ以降に示されている中学校・高等学校美術の区分でございます。この区分については、先ほど来お話が出ているように、発揮されるべき資質・能力による整理でありますので、非常に適切というふうに考えています。また、芸術・美術分野においても、このジャンルというものが曖昧になっていますので、非常に妥当と思われます。ただし、ここにも注意が必要で、1つは小学校図画工作科との繋がりでございます。御存じのとおり、図画工作科の「絵や立体、工作に表す」という項目は、かつて「絵」と「立体」と「工作」でしたが、それらがまとめ上げられてきました。平成20年の改訂までは、低中学年の「工作」は「つくりたいものをつくる」という名称でした。こうした経緯から、特に小学生にとっての工作は、絵や立体と同様に、自分との関わりを持つものであるということが分かります。つまり、自分を抜きに生活や社会を捉えることはないのだということです。さらに、最近のデザイン論においては、かつては社会要請に応えるデザインワークに終始してきた省察を踏まえて、なぜデザインするのかという、自分というものを位置づける傾向が非常に強くなっています。そうしたデザイン概念の動向変化を踏まえると、デザインする子供、つまり自分が位置づいていくということを忘れてはいけないと思っています。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。
それでは、次に岡本委員、お願いをいたします。
【岡本委員】 岡本です。私からはPの11、美術に関して中学校、高校の、この区分というところのお話をさせていただきたいと思います。
先ほどから何人かの先生たちに関して、区分に関しては適切じゃないかという御発言もあったのですけれども、私は逆に、この「自分と美術」、それから「社会と美術」、特に高校ですか、に関して非常に逆に違和感を持ったのです。アート作品をつくるという試み、営みというのが、単に自己表現にとどまらず、自分の内面を丁寧に丁寧に見つめようとすればするほど、そこには必ず家族とか、地域とか、文化とか、社会の影響が折り重なっているということは、自分を考えるということは常に社会を読み解く行為ということになるかと思います。逆に社会の課題を理解するというのは、その社会の、複雑な社会の中から自分はどう感じるか、どこが引っかかるかという個人の感性というものが非常に重要になりますので、アート作品をつくる、またはそれを教育するということは、この自己と社会を行き来する力を育てるということだと思っています。なので、こうやって分けることによって、非常にこの行き来のところの回路を断つことになるのではという違和感を私自身は感じました。ただ、現場の先生たちに教えやすいという問題とはまた別かもしれません。
ただ、このカテゴリーからすると、「自分と美術」「社会と美術」というカテゴリーで思考力、判断力、表現力等と知識及び技能と、これ8つのカテゴリーに分かれるのです。それで、例えばそれの例示として示されている、24、25のページの高校美術とかの例もありますし、20、21が中学美術の例がありますけれども、そういったところだと、もうこの、何ですか、この8つのカテゴリー、自分と美術、社会と美術というところに関して、ほとんど内容的にはそんなに変わらないじゃないかと。自分と社会の文言をうまく分けて書いてはありますけれども、ほぼ同じことを言っていることが8回繰り返されているみたいな印象を持ってしまうので、現場の煩雑さからすると、ここのカテゴリーは本当に要るのだろうかという疑問を持ちました。ただ、いろいろな御意見があると思いますので、取りあえず岡本自身の意見です。
それから2番目なのですけれども、これは簡単にいきます。Pの6、7辺りの下のほうの考え方のところなのですが、これ特に高校美術以降だと思うのですけれども、つくって終わり、表現して終わりではなくて、むしろさらに求められていくのは、展示とか、上映とか、配信も含めて、いかに発表して自分のメッセージを伝えるというところまで責任を持っていくかというところが、高度なものとしては求められているのではないかと。国際社会として生きていく上にも、その発表、プレゼンテーションというものは教えなきゃいけないのではないかと思っております。ですので、表現し伝える、それから伝えるための方法についての理解を深める、そういったところも入れ込んでいくのがよいのではないかというふうに考えました。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。
それでは、森委員、お願いをいたします。
【森委員】 森です。よろしくお願いいたします。私のほうからは、前回同様に今回の提示いただいた文言について詳細指摘させていただくということではなくて、大きな観点から提案をさせていただきたいと思っております。
今回議題となっています高次の資質・能力の内容に関しまして、そもそも美術における創造的な取組ということ自体が、非常に多様な資質や能力を総合して行われる活動であり、総合化という意味ではそもそも高次であるというふうに感じています。多くの美術科以外、芸術科以外の教科の学習プロセスにおいては、様々な資質・能力を個別、あるいは順番に養っていって、その後それらの資質・能力を統合したり、総合して、高次の資質・能力へと応用するということが一般的ではないかと思うのですけれども、美術におきましては、作品を企画し構想する段階から制作や発表に至るまで、そのプロセス全体が創造的な取組だと思います。思考力、判断力、表現力等、知識及び技能など、多様な能力を総合する高次の活動だと言えるわけですけれども、これはすなわち、作品を創作すること自体の中に、高次の資質・能力を含む、育む契機と、個別の多様な資質・能力を育む契機が内在しているというふうに考えてもよいのではないかと思っています。こうした構造は恐らく美術に特有の構造であり、他の教科とは異なる特色として明示され、かつ認知されるべきではないかというふうに感じます。
加えて、このような創造的な営みを繰り返し経験することは、創造的な問題解決能力を身につけることに繋がると思います。さらに言えば、前回提案をさせていただいた現代美術の批評的な観点、クリティカルな理念とか、方法を取り入れることができれば、創造的な活動を通じて問題発見をする、同時に問題提起をすると、そういう能力の育成にも繋げることができるのではないかというふうに感じています。
現代、非常に変化が激しくて、不確実で複雑で、かつ曖昧で先が読めないというこの社会、今後もその社会が続くと思いますけれども、こういう時代にあって、問題解決の能力だけではなくて、何が問題なのかを発見する能力だとか、あるいはその問題を提起する能力の育成がますます重要になるかと思います。そういう意味では、クリティカルな思考も含めて、高次の資質・能力として位置づけていくべきではないかというふうに考えます。
ひとまず私のほうからは以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございました。
佐藤委員、いかがでしょうか。聞こえていますでしょうか。
【佐藤委員】 聞こえます。失礼いたしました。
【大坪主査】 ではお願いいたします。
【佐藤委員】 ありがとうございます。私からは、資料の1の21ページの中学校美術、知識及び技能の鑑賞の部分についてお話ししたいと思います。
この鑑賞の2つの区分の後半部分の文言は、美術作品などの造形的な情報を読み取ることによって、自分の見方や感じ方の深まりに繋げられることを実感を伴って理解しているとなっています。先ほどから、このことが現場の先生方にどんなふうな伝わり方をするのかというのが話題になっていますが、子供たちの学校での姿に、どんなふうにこれが表れるのかというのを考えてみることも必要なのではないかと感じておりまして、先日鑑賞の授業の中で、その後日の感想で子供たちが言葉にしていることがありますので、これを2つ御紹介させていただければと思います。中学校3年生の授業のために、当館のコレクションを8点ほど持ち込みまして、学校の武道館に展示し、本物の作品をしっかり見て、それから友達と対話をするということを通して鑑賞を深めていった事例です。その中で子供たちがどんなふうにそれを捉えていたのかということが、感想の中に表れていると思います。
読みます。今日の鑑賞授業を通して、1つの作品にも様々な感じ方や想像が数えられないほど出てくることが分かりました。「旅立ちの歌」という作品は、僕たちの班では、黒い背景などを基に、地獄に落ちているように感じていましたが、作品名を知ってからもう一度見直すと、旅立ちにも見えました。いろいろな視点から見ることができる作品、美術の面白さを改めて知ることができました。身近なデザインなどにも目を向けていきたいです。これが1つ目です。
2つ目は、みんな1つの作品から感じることは違ったけれども、それを共感し合ったり、異なる意見をすり合わせたりすることで、作品を最初に見たときとは違う感じ方ができると感じられるのが面白かったです。最初はのり玉みたいに見えた作品も、これは版画の作品で、単純化した緑や黄色や黒の色や形が風景を表している作品だったのですが、最初はのり玉みたいに見えた作品も、全体を落ち着いてみたり、細かいところを見たりすると、どんどん形が見えてくる感覚が非日常の感覚でよかったというふうに書いています。
それで、2つの感想は感じたままをとても素朴な言葉で書いているので、拙いところも感じる部分もあるのですが、でも1人目の生徒は鑑賞を通して美術の面白さを再確認して、身近なデザイン、生活の中の美術にも目を向けたいということを言っています。それから2人目の生徒は、全体を落ち着いてみたり、細部をよく見たりするとということで、言い換えると、造形的な情報をいろいろな方法で読み取ろうとするとどんどん形が見えてくる。これも言い換えると、見え方の精度がどんどん高まっていくということを実感を伴って感じているということが文章から分かります。非日常の感覚でよかったという言葉には、美術だからこそ感じ取れる感覚がある、それがとてもよかったのだ、面白かったのだということが含まれているように思います。
ですので、この高次の資質・能力のところに書かれている文言というのは、決して難しいことではなくて、子供たち自身が何かそれを体感しているのではないかと私は感じていて、その高次のというのが、もっと高尚なというか、そういう意味ではないとしたら、その子供たちの姿にどんなふうに表れるのかというところの受け取り方の部分で、先生方に細やかに伝えていくと、誤解は生まれないのではないかなというふうに感じました。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございます。ほかにいかがでしょうか。
それでは、本日御欠席の新井委員より、御意見をペーパーで頂いておりますので、事務局のほうから御紹介をお願いいたします。
【奈雲参事官補佐】 失礼いたします。新井委員から、欠席のため書面をもって意見を申し上げますとして言づかっておりますので、私のほうから代読させていただきます。
6ページの示し方について、図画工作、美術、工芸の中の「身近な生活や社会との関わりの視点に立って、発想や構想する」の文言は、創造性育成の観点から見て重要なキーワードです。その点で、18ページ以降の図画工作、美術の思考力、判断力、表現力等には、冒頭部分に、生活や社会との関わりに該当する、「対象や事象を基に」などの文言を入れるほうが適切と考えます。
以下、理由です。第1回目のワーキング会合の資料の中で、即興性の強い学びが、ほかの2つと並んで今後の方向性として示されました。美術の表現は広く生活や社会の総合的なフィールドの中から表現動機を見つけ、表現としてまとめていくことが特徴で、そこに汎用的な創造性育成に繋がる鍵があります。冒頭に生活や社会の中にある対象や事象を入れることで、総合的フィールドから即興的に造形的なよさ、美しさ、表したいことなど、取り出す意味合いが加わります。美術科の持つ教科特性はより伝わりやすくなります。「対象や事象を基に」は知識及び技能の冒頭にも示されていますが、むしろ即興性は創造性の大本となる思考、判断です。思考力、判断力、表現力等の目標として、生活や社会の中にある対象や事象を入れることは、即興性の働きから見て妥当だと考えます。
2つ目として、20ページ以降の内容に、区分を中学校美術では「自分と美術」「身近な生活や社会と美術」、高等学校美術では「社会と美術」が提案されている点ですが、現行学習指導要領から資質・能力ベースになったことから、従来の絵画・彫刻等から変更することは妥当な判断と考えています。ただし、今回改訂の大きな目玉となることから、時間をかけて協議すべきです。
3つ目として、いわゆる中1ギャップの解消に向けて、その方策が目標や内容に入らないかと考えます。案の中には対応できるところもありますが、一方で不足するものとして、捉え方の仕組みのメタ的理解が挙げられます。小学校と中学校の繋がりを大切に考えていくことが重要だと思います。
以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございました。
それでは、現在図画工作、美術、工芸の御専門の先生方から御意見をいただいておりますが、もし音楽、書道を御専門となさる先生方からも、御質問なり、御意見がいただきたいと思うのですけれども、ありましたら、一、二分程度簡潔にいただければと思うのですが、いかがでしょうか。
そうしましたら、図画工作、美術の先生方のほうから、何か補足や追加の御意見等ございましたらお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。
藤井委員、お願いをいたします。
【藤井委員】 ありがとうございます。私から高校美術、それから工芸、美術のところで、少し検討できるかなというところでちょっと意見を述べさせていただけたらと思います。
資料では20、24ページ、26ぐらいかなと思うのですけれども、表現と鑑賞ということで、思考力、判断力、表現力等のところ、示してくださっておりますが、「社会的な視点に立って」という表現が高校美術の思考力、判断力、表現力等、そして工芸の思考力、判断力、表現力等のところに入ってきていると思います。今後の教科横断的な学習の展開ですとか、STEAMという言葉も前回ありましたけれども、そういったことを考慮しますと、「社会的な視点に立って」というだけではちょっと足りないところがあるのではないかと思いました。高次の資質・能力という点で考えますと、もっと広く学びが深まっていく、充実していくという観点で、例えば科学的な視点、産業の観点、また美的な観点など、社会的な視点というのに含まれるところはあると思いますけれども、もう少し視点を増やしていったほうが、学校現場では具体的な授業づくりがしやすいのではないかと思いました。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。ほかにいかがでしょうか。御専門外の先生からでも、御専門の先生からでも結構でございますが。
それでは、私のほうから、高校工芸の立場から少しだけ意見を言わせていただきます。
高校工芸は、現行学習指導要領以前の段階から区分を設定しております。高校美術と大きく違いますのは、高校美術が絵画や彫刻、それからデザイン、映像メディア表現というふうに、表現のジャンル分けを構成の要素としているのに対して、工芸のほうは早くから、この区分で学習の方向性を示しております。先ほど岡本委員のほうから区分を設けることに対する違和感があるというお話もありましたが、工芸の場合は、技法そのものが多様にあります。一番広くやられているのは陶芸ですけれども、陶芸、木工、金工、プラスチック、ガラス、様々な材料、技法がございます。それらを学習指導要領の中に示すことは、不可能に近いと言えます。そうなってきますと、もうかなり前の段階から、工芸は学びの方向性で区分をしていくということが伝統的に続いてきており、私としてはそれが成功していると思っております。
この区分につきましては、やはりスタートは、岡本先生も述べられたように、自分自身がなければこの区分が存在しません。全ての、音楽にしろ、書道にしろ、美術にしろ、工芸にしろ、学習のスタートは自分自身であると言えます。ただ、その学習が目指す方向が、今回こういう区分によってよりはっきりと示そうという動きになってきたというふうに私は理解しております。高校工芸の成功例を1つ、私としてはここで意見として述べておきたいと思っております。
ほかに、もう少し時間ございますけれども、いかがでしょうか。よろしいでしょうか。
森先生の手が挙がったようです。森先生、お願いいたします。
【森委員】 ちょっと外側からの意見になるかもしれませんが、やっぱり「自分と美術」「社会と美術」という区分について、なかなか面白いなと私は思って聞いていたのですけれども、この点に関して少し意見述べさせてもらってよろしいですか。
この区分というのは、そもそも近代から現代に至る美術史の流れから見ても、非常に的を射たものだという感じがしています。特に表現する主体としての自己が、自己を軸として自分の内面を表現するとか、自分が感じ取った外の世界を表現するだとか、こうした自己と美術が深く関係する表現というのは、当然近代美術の主たる方法として位置づけられていると思うのですけれども、一方で、社会と美術といったときに、デザインはちょっと話としては別なのですが、現代美術が取り組んできた表現にやはり合致すると思うのです。1960年代以降の現代美術は、ジェンダーとか、マイノリティーだとか、地域の課題とか、環境問題とか、社会に関わる多様な問題をテーマとして、造形的表現のみならず、パフォーマンスとか、ビデオとか、インスタレーションなど、自由で多様な形式を用いて作品化してきました。
加えて、この最近ですけれども、2010年ぐらいの頃からだと思いますが、ソーシャリー・エンゲイジド・アートだとか、ソーシャル・プラクティスと呼ばれるアート活動が実践されています。より直接的に社会と関係を結ぶ活動で、アーティストと観客が区別なく参加したりとか、コミュニティーを構築したりとか、共同作業や対話を行ったり、討論や教育まで行うと。様々な実践が行われていますけれども、絵画とか彫刻などとは違う、従来の美術とは違う表現であり、斬新ではありますが、社会的な課題の発見とか、社会に関わる問題意識の醸成という点において、非常に意義深いアプローチです。こうした理念を教育の現場に取り入れて、実際にもう進められている高校の先生もいらっしゃると聞いています。そういう観点から、現代美術における社会への関与に関して、そういう理念とか方法を取り入れて、社会と美術という区分をより強固なものにしていっていいのではないかと。その意味で非常に的を射たカテゴリーとして、私は位置づけられるのではないかというふうに感じています。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。
それでは、ここで一応図画工作、美術、工芸に関します意見交換を終わりにして、次に書道に関わり、高次の資質・能力の示し方、内容について、委員の皆様の御専門、御所属などの見地から、御発言いただければと思います。
御意見のある方は挙手ボタンを押して、お一人3分程度を目安に御発言をお願いいたします。いかがでしょうか。
まず加藤眞太朗委員、お願いをいたします。
【加藤(眞)委員】 よろしくお願いいたします。私からは2点お話をさせていただきます。
1点目は、4ページにあります示し方の基本的なまとまりの中に、高等学校については、各教科、各科目の系統ごとに、I、II、IIIのまとまりで高次の資質・能力を示すとあることを踏まえてのものです。28ページになりますが、現在検討中のイメージ図では、上段の科目目標に書道Iとありますけれども、下の内容の右側の欄になりますが、資質・能力(概略)では、書道I、II、IIIを網羅した内容が示されていると思います。しかし、ここでは1から3の個別の資質・能力を並べて示した上で、I、II、IIIの展開を踏まえて、初めて高次の資質・能力というものが検討できるのだろうというふうに考えています。つまり、I、II、IIIと展開する中で見えてくる学びの深まり、これに照らして、高次の資質・能力が適正であるかどうかが判断できるのではないかということです。これは今後の会議資料として準備されているのかもしれませんし、現在示されている個人の資質・能力については特段の異論もないところですけれども、個人の資質・能力を検討するに当たっては、学びの深まりと照らし合わせることが必要だと考えています。恐らくそれが学習指導要領を表形式に変換していくことの利点であるとも思いますし、高次の資質・能力を新たに示すことの意味なのだろうと思いますが、いかがでしょうかというところです。また、冒頭で触れました目標についても、高次の資質・能力の適否を判断するに当たり、やはり書道I、II、IIIを示していただく必要があるように思います。ぜひ早急に御検討いただければと思っています。
2点目です。評価と評定についてです。先ほど音楽の水戸委員も評価について触れられていましたけれども、現在学校現場では、学習指導要領に示された資質・能力を基に目標を作成し、評価し、それらを総括し、評定として生徒に示しています。今後、高次の資質・能力と個別の資質・能力が併記された形で示された場合に、まず学校現場では、各単元で個別の資質・能力を基に目標や評価基準を作成し、その成果を評価していくことが想定されます。これは現状の評価方法と同じになります。その際、この高次の資質・能力が評価にどのように関わっていくのかということが、私も気になるところですし、学校現場からも、まずそのような声が最初に上がるのではないかなと思っています。
例えば、各単元で個別の資質・能力に基づいて評価したものを高次の資質・能力として総括して評価するのか、あるいは、高次の資質・能力は評価の対象ではないのかなど、教育現場の視点からすると、ちょっと明らかに不明な点が多いように見受けられます。今回新たに示されることになる高次の資質・能力がどのように評価に反映されるのか、あるいはされないのか、また、生徒へフィードバックする際にどのような扱いになるのかが、恐らく学校現場ではまず第一に気になるところだろうと思います。高次の資質・能力を新たに示すに当たり、現段階でどのようなお考えがあるのかということについては、ぜひどこかでお示しいただきたいと思いますし、また、このことは29ページにある知識及び技能についても同様になります。
私からは以上になります。
【大坪主査】 ありがとうございます。
それでは、加藤泰弘委員、お願いいたします。
【加藤(泰)委員】 まず、13ページに示されている高次の資質・能力の示し方の部分でございますけれども、ここに高次の資質・能力の構成のイメージが示されているわけですが、これにつきましては、芸術科(書道)については、いわゆる分野の区分を設けず、分野を貫くものとして高次の資質・能力を示す構成として案が示されているところです。これは他の芸術系教科・科目とはちょっと異なる構成となっておりますけれども、現段階では、この示し方が芸術科(書道)にとっては適切ではないかと思っているところでございます。このほうが現場の教員にとっても分かりやすいのではないかと考えているところでございます。
その上で、資料28ページ、29ページで示されている書道の高次の資質・能力の内容のイメージについて、2点ほど申し上げたいと思います。
現段階で示されている内容そのものについては、特段、ここを修正したらいいのだというような意見はございません。しかしながら、まず1点目となりますけれども、先ほど加藤眞太朗委員の意見とこれも同様となりますが、右上の点線囲みのところに高次の資質・能力についてということが示されていて、(1)として、目標や見方・考え方から演繹的に導くという側面、(2)といたしまして、個別の学習内容をより深く習得するために帰納的に導かれる側面ということが示されているわけです。そうならば、やはり高次の資質・能力の内容を考える上で、科目の目標については現在、I科目しか示されていませんので、やっぱりI、II、IIIの案が示された上でのほうが、演繹的に導くことが可能になっていくのではないかなと思います。また、資質・能力の概略につきましても、先ほどありましたけれども、同様に内容をI、II、IIIと段階的に示していただいたほうが、学びの深まりというのを見てとれるわけですので、そこから帰納的に導かれることが可能になっていくのではないかと思います。現段階では、内容のイメージとしてはこれでよいと考えておりますが、さらに今後検討を進める上では、I、II、III全体を示していただいた上で再検討する機会があるといいかなというふうに考えているところでございます。
2点目ですけれども、これは先ほど多くの委員からも出てきていて、音楽、図画工作、美術、工芸、共通だろうと思うのですが、30ページの知識及び技能に関する統合的な理解についてです。例えば表現の領域ですと、前半が捉えるというふうになっていて、これは知識で、後半が表すということで技能を示すということになっています。文末で実感を伴って理解していると、こう結んでいるわけですけれども、これはメタ認知的に、客観的に知識と技能を一体的に理解しているという形で整理されているということになりますので、一定程度の同意は得られるところではあります。これがあらゆる教科・科目を貫く共通の方向性ということなのでしょうけれども、やはり多くの委員からありましたように、技能を理解するということについては、書道においては様々な古典を通して、学んで手につくというか、身体性というか、体が、身体が記憶するというような側面がやっぱりありますので、こういった意味では現行では技能というのは身につける、知識は理解する、表現の思考力、判断力、表現力等は構想し工夫する、鑑賞の思考力、判断力、表現力等は味わい捉えるというような整理をしてきていますので、やや現場が混乱するのではないかというふうに感じられます。高次の資質・能力と右側の概略で、また文末の表現が理解するとなっていますので、資質・能力の概略では。そういったところをもう一度、やはり同じように整理をしていく必要があるのではないかと思っております。
また、今回鑑賞の技能を位置づけたことにつきましては、いわゆる読み取り、読み取る、精査するというような用語も別にあったかと思いますが、美に関する情報を読み取って解釈しているというか、読み解くというか、そういったことを書道において位置づけるというのは、私としては賛成をしているところでございます。
以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございました。
加藤眞太朗委員は追加等の御意見ございませんでしょうか。よろしいですか。
【加藤(眞)委員】 はい。特にございません。
【大坪主査】 ありがとうございます。
それでは、書道に関しまして、御専門の先生以外から、何か御意見や御質問ございましたらお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。よろしいでしょうか。
それでは、最後に全体を通しまして、追加の御意見や各教科の時間枠の中で御発言がかなわなかった内容などございましたら、お一人2分程度で御発言をしていただければと思います。教科科目等関係ございませんので、どうぞ御発言を御自由にお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。
大泉委員、お願いをいたします。
【大泉委員】 よろしくお願いいたします。今日の会議を通じてによるところだと思うのですが、全体に通じるところでございます。ちょっと矢継ぎ早に4つほど申し上げたいと思います。
まず冒頭、音楽のタームでも議論されていました、知識及び技能の高次の資質・能力における実感を伴って理解しているというフレーズに対する戸惑い、これについては私も同感ではあります。ここのときに考えるべきことは、ここでいう理解というのは何を指すのかということ、それは多分言語化できるということじゃないと思うのです。では理解って何なのかということ、ここを精査することが非常に重要ということと、あと一番大事なのは、実感を伴って理解しているということではなくて、例えば図画工作であるならば、そのフレーズの直前にある創造的に表現できるように子供がなるということだと思うのです。その辺りがちゃんと伝わるかというところが非常に分水嶺だと思いました。
それと繰り返し、これもお話が出てきたのですが、高次の資質・能力のイメージについてです。やっぱりこの高次という言葉が一体何を指しているのかということについて、精査が必要かと思います。自分自身は勝手な読み解きで、機能面から理解する上では、僕はこう考えていたのです。それはどういうことかというと、経験の浅い先生にとって便利な、教科で目指す子供の姿がプレビューできるという、そういう文章というふうに捉えていたのです。それが高次なのかどうかということ、多分高次なのだと思うのですけれども、非常に難しい作業なのだろうということだと思います。高次というと、何か難解なものとか、複雑なものって考えがちなのだけれども、多分シンプルがゆえに難しいということだと思います。シンプルがゆえに高次なのだろうと思います。
それともう一つ、今回僕も見させていただいて悩ましかったのは、やっぱり高次の資質・能力と子供の発達の関係についてです。例えば小学校って6年間あるのです。その6年間を包括して、1つのフレーズで教科の本質を述べるというのは非常にチャレンジングなことであります。そのことを我々は自覚しなきゃいけないということです。解決策がなくて申し訳ないのですが、もしかしたら現場の先生方に、そういう意味での高次の資質・能力というフレーズなのだということを説明していくことは最低限必要かと思いますし、場合によっては、小学校はもう3つぐらいに分けたほうがいいかなと思ったりしています。
最後に、やはり表形式の限界というものがあったのではないかなと思います。話にも出てきていました高次の資質・能力の区分が妥当なのか、あるいは区分で分けられているけれども、本当は往還的・一体的なのではないかということに通じるのですが、それが1本の線でやっぱり区切られているということの表現、我々の専門である表現の限界だと思うのです。ですので、点線で示すとかということも考えられるのですけれども、そうとは言っていられないと思うのですが、少なくともその表形式で示すということの分かりやすさと、我々が捉えている直感的・包括的・総合的な表現の在り方をどういうふうに調定していくかということは非常に難しい問題だろうとは思っています。
あとは区分って一体何なのかということです。区分を定義する必要があるなというふうに感じました。大坪主査は学習の方向性という言葉を使っていらっしゃいました。それ何かいいなと思いましたけれども、以上感想で申し訳ありませんが、今日の会議を通じて思ったことです。
以上です。すみません、長くなりました。
【大坪主査】 ありがとうございました。ほかにいかがでしょうか。
山内委員、お願いをいたします。
【山内委員】 はい、ありがとうございます。今日の論点ではないのかもしれないのですけれども、目標のところについて、今後の検討についてぜひお伺いいただきたいというところがございました。高等学校のほうになります。ページでいいますと、23ページを御覧いただければいいのかなと思っています。高等学校芸術科(音楽)のところで、教科目標(芸術科)ということで、一番上に知識及び技能でございます。「芸術に関する各科目の特質について理解するとともに」というところであるのですが、この部分について、これまで主査のほうからもお話を何回かいただいていますが、やはり高等学校の芸術科として、知識及び技能として身につける観点を盛り込んでいけるといいなというふうに感じています。現行ですと「各科目の特質について」という形でくくられているのですが、例えば22ページ、こちら思考力、判断力、表現力等の教科目標もございますが、こちらは各科目の特質みたいなのは書いていないわけです。なので、やはりそれぞれを往還させて考えていくということで今後捉えていくということであれば、知識及び技能のところについても、ある程度、小学校、中学校のところも踏まえて検討していく必要がありますし、また、今回見方・考え方をそれぞれの科目で大分整理をしていただいているので、そういうこともベースにしながら、高等学校の芸術科における知識及び技能の目標は考えていけるといいのかなと思っておりますので、今後の検討課題という形でお願いしたいと思います。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございます。ほかにいかがでしょうか。
原委員、お願いをいたします。
【原委員】 何度も申し訳ありません。2点気がついていること、気になっていることを申し上げます。
1点は、音楽科の思考力、判断力、表現力等の目標の部分で、前回話題になったと思うのですけれども、鑑賞の面で聴き深めることができるようにという目標が、目標の中でそういう鑑賞の領域の事項が示してあるのですが、「味わう」という文言はやっぱり入れられないのかなということを、ちょっとこだわりがありますが、そこが気になったのが1点です。
それから、図画工作科の18ページのところになりますが、今回「造形遊び」と、それから「絵や立体、工作に表す」について、学級担任が授業をつくっていくことを考えると、これは大変分かりやすい内容のまとまりで示していただいておりありがたいなと思いました目標を見ますと、目標の中に「作品などに対する自分の見方や感じ方」という文言がありまして、右側の見方や考え方の見方という言葉が重なっているので、ここはレベルが違うし、内容も違うと思うのですけれども、そこは授業づくりをする立場からいくと混同してしまわないかなというところ危惧されます。
簡単ですけれども、以上2点、気になっているところを申し上げました。失礼しました。
【大坪主査】 ありがとうございました。
そろそろ時間になっておりますが、齊藤主査代理、いかがでしょうか。よろしいですか。
【齊藤主査代理】 はい。
【大坪主査】 最後ですが、本当に委員の先生方、ございませんか。よろしいですか。
それでは、ありがとうございました。最後に私より一言、全体を通じまして述べさせていただきたいと思います。
今回こうやって具体的に高次の資質・能力の示し方、内容が示される段階に入りまして、やはり教科科目としての音楽、図画工作、美術、工芸、書道のそれぞれの違いも見えてはっきりしてきましたし、また、ある程度の統一感も、委員の先生方の御発言を聞いていますと、意識をして御発言いただいているなというふうに感じました。ただ、まだ見方・考え方のところの最後が、意味や価値を見いだすとつくり出すとかいうふうに、ちょっと微妙に違ったりもしていますし、そういったことを考えますと、私はこれから先議論を進めて、ある程度フィックスしていく段階においては、見方・考え方、目標、高次の資質・能力、ここの3つの関係性をもう少しはっきりしていかないと、その次の段階の内容に入り切れないなというふうに、今日の御議論を通じて感じました。特に高等学校の場合は、芸術の目標があって、さらに科目の目標ございますので、考え方の整理がここで必要かなというふうに感じております。
それから、今回議論がかなり多く出ました高次の資質・能力における知識及び技能の統合というところで、理解するという形で文末が終わることに関しましての御意見がかなり多くございました。私自身は、今回の資料の2ページにあります、教育課程企画特別部会の論点整理の表の中で、個別の知識や技能が相互に関連づけられて一般化されながら統合的に理解されるという説明の図で、各知識や機能が、並列し並んでいます。それはちょっと、特に芸術科の場合にはあり得ないと考えます。階層差があると。1つの知識をベースにして次の知識があり、1つの技能があって次の技能があるということがありますし、今日の御意見の中にも、身体性だとか、そういったベースのものもあるのだというお話がございました。そこ辺りを取り上げますと、何か束になった、一くくりにされた知識というのでは決してない、階層差があるというところあたりはぜひ事務局のほうにも御理解をいただいて、ここの芸術領域の示し方としてはどうあるのが一番ふさわしいか、ぜひ進めていただければありがたいなと思いました。
私のほうからは以上でございます。
それでは、本日予定されていた時間もそろそろ迫ってまいりました。限られた時間での御発言となりましたので、会議中に言い尽くせなかったことや追加の御意見などございましたら、年明け、1月9日金曜日頃までに、事務局までメールにてお送りいただければと存じます。よろしくお願いいたします。
それでは、最後に次回の予定について、事務局よりお願いいたします。
【奈雲参事官補佐】 失礼いたします。次回は1月26日月曜日16時からを予定しておりますが、正式には後日改めて事務局より御連絡いたします。
【大坪主査】 ありがとうございます。
それでは、まだちょっと5分ほどございますけれども、以上をもちまして、本日の芸術ワーキンググループを閉会といたします。どうか皆様、よいお年をお迎えくださいませ。ありがとうございました。
―― 了 ――
電話番号:03-5253-4111(代表)