令和7年11月20日(木曜日)9時30分~12時00分
WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式
【大坪主査】 それでは、定刻となりましたので、ただいまより中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会芸術ワーキンググループ、第3回を開催いたします。皆様、大変お忙しい中、御出席くださり、誠にありがとうございます。
それではまず、事務局より委員の出席状況、配付資料の確認、その他留意事項があれば説明をお願いいたします。
【堀内学校芸術教育室長】 失礼いたします。委員の皆様、おはようございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
本日は道越委員が御欠席で17名の委員の方に御出席をいただいております。途中、藤井委員におかれましては、用務の都合上、10時25分頃に御退席ということで伺っております。
資料につきまして、議事次第にお示しをさせていただいておりますとおり、資料の1と、それから参考資料がございます。そして、委員の皆様にはいわゆる机上参考資料ということで、前回の会議の資料と、学習指導要領の本体、解説、関係する審議会の答申等をまとめた参考資料集を事前に別途お送りをさせていただいております。
また、会議の運営に関しまして、一点お願いがございます。御発言の際は挙手のボタンを押していただきまして、ミュートを解除してから御発言をお願いいたします。また、御発言が終わりましたら、再度ミュートにしていただきますよう、よろしくお願いいたします。
事務局からの説明は以上となります。
【大坪主査】 それでは、続きまして、事務局より議題についての説明をお願いいたします。
【堀内学校芸術教育室長】 よろしくお願いします。私もまず、見方・考え方について、総則・評価特別部会のほうの資料、今日いただいた1-1にあるような見方・考え方に含める要素として、まず、教科の本質を外していないかを教師が確かめられるものとなっているかという視点と、それから、経験の浅い教師が読んでも端的に理解可能な記述となっているかという点で、今回の修正案は分かりやすくなっているなと思いました。
そして、次に、8ページの改善の方向性のところなのですけれども、丸2番の表現したことをどのように形にできるかという部分に少し技能のことが含まれるのか、含まれないのか。要するに、目標の案に持っていくときに、知識及び技能のところの議論をもう少ししたほうがいいかなという感じがしています。表現したいことをどのような形にできるかというところに技能は関わってはくると思うのですよね。思いや意図を持つということはもちろんなのですけれども、それをどのように形にできるかというと、どうしても技能の問題が出てきます。
そこで、11ページの小学校音楽科の目標見直しの例を見てみると、表したい音楽表現をするためにというところ、現行と変わらないわけですけれども、ここのところは目標だけを見て、どのようなことをしてほしいか伝わるためには、例えば小学校の担任の先生にも伝わるためには、例えば、思考力、判断力、表現力等と関わらせて必要な技能を身につけるようにするということを入れるなど、少しもしかしたら改善の方向性が見えるのかもしれない。そこが今、8ページの改善の方向性のところに、知識及び技能のことが入っていないので、もう少し皆さんの御意見を伺いたいなと思ったところです。
そして、最後に、ごめんなさい、もう1回戻っていただいて、小学校の11ページの思考力、判断力、表現力等の案のところなのですけど、音楽表現の考えという言い回しなのですが、これ現行の指導要領ですと、ここの意味の解説を読むと、表現領域の思考力、判断力、表現力等に関する学習の目指す方向が同一であることを示しているという解説があり、ただ、今回、中学校のほうも同じ文言で案を出していただいているのですけども、中学校のところだと、冒頭の部分が、音楽を形づくっている要素という学習内容のことなのかなと思うのです。音楽表現を考えというところの解釈は、解説を読めば分かるのだと思うのですけれども、いろいろになってしまわないかなということを少し危惧しました。
小学校の図画工作の目標の案を見ると、そこのところに表現であっても、造形的なよさや美しさ、よさという言葉が入っていて、美しさ、表したいこと、表し方などについて考えと表現してあって、このような言い方ができないかなと少し考えました。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。
それでは、芸術系教科・科目における目標等の在り方について、委員の皆様に御議論いただければと思います。今回は、音楽、図画工作、美術、工芸、書道についての御意見をいただき、最後に芸術系教科全体についての御意見をいただきたいと考えております。途中11時頃をめどに、議論のきりのよいタイミングで一度休憩を挟む予定でおります。
初めに、音楽に関わり、育成する資質・能力の在り方、示し方について、委員の皆様の御専門、御所属などの見地から御発言いただければと思います。御意見のある方は挙手ボタンを押して御発言をお願いいたします。御発言は、お一人4分程度におまとめいただきましたら幸いです。よろしくお願いをいたします。
それでは、音楽につきまして、御意見のある委員の方、挙手をお願いいたします。
【齊藤主査代理】 齊藤ですけれども、よろしいでしょうか。
【大坪主査】 最初に、齊藤主査代理、お願いいたします。
【齊藤主査代理】 限られた時間ですので、音楽の関係で私のほうから最初に意見を述べさせていただきます。今いただきました資料では、主に9ページ以降のところで、音楽の小学校が出てくる11ページ、12ページで、音楽に関係するところで、私のほうで話をさせていただきます。
今、ちょうど見方・考え方のお話を最後にいただきましたので、そのところからお話をさせていただきたいのですけれども、見方・考え方につきましては、今お示しいただいているところが小学校の音楽ですよね。その前のところ、一応確認なのですが、7ページのところをもう一度確認でお願いします。そこのところに、ざっと見方・考え方の示し方についての黄色いところがあります。まず、「何々の対象を」というところ、見方・考え方の対象ということを示し、そして当該教科固有の物事を捉える視点、そこを示し、そして最後に当該教科固有の考え方や判断の仕方を示すということで、3段階であることを確認した上で、先ほどの小学校のところにまた戻っていただけますか。
ということで、小学校のところを確認させていただきます。そうしますと、最初に「音楽に対する感性を働かせ」というような、まず、前段の言葉を入れているのですけれども、ここのところが、「最初に感性を働かせ」というのは確かにそのとおりなのですけれども、そのところをもう少しすっきりさせれば良いかなと思います。何々を、つまり「音や音楽を」から書き出し、対象ですよね。音や音楽をと、最初に書きその後に当該教科固有の物事を捉える視点というのは、まさに芸術系教科というのは感性的な捉え、そして知性的な捉えというのが重要であるので、そこのところに「音や音楽を、芸術的な感性及び知性を働かせて捉え」というように入れるのはどうかなという一つの提案です。そうすると、芸術的な感性及び知性を働かせて捉えというのは、これからの時代において重要なキーワードになるような気がするのです。特に、これからのAIの時代とか、これからの将来の仕事等を考えるときに、芸術的な感性及び知性をという視点が非常に大事なところに結びついていくような気がするのです。芸術的な感性及び知性をというところをそこにずばりと入れることにより、子供たちが見ても、芸術教科を学ぶ意義は、芸術的な感性や知性を働かせて捉えることなのだと、こういうことが子供たちにもメッセージとして伝わるし、それが生涯にも通じてくるメッセージにもなります。ある意味で分かりやすさ、子供たちにも分かりやすくなると思います。もう一度整理しますと、音や音楽を芸術的な感性及び知性で働かせて捉え、生活や社会、伝統や文化などに関わらせて、自分や他者にとっての意味や価値を見いだすというような形になります。
最後に、自分や他者にとっての意味や価値を見いだすと入れていただいている点は非常に重要な点だと思っていて、これを実現できれば、見方・考え方として、大事な視点を押さえる形になるような気がいたします。ただ、今、私が提案したのは、これ、音楽にとどまらず、ほかの図画工作や美術、工芸、書道にも関わってくるのかなというようなことにもなってしまうので、あまりにもこれ、大きく変え過ぎでないかということであれば、また違う方法でということについても考えたいと思っております。
見方・考え方については以上で、あと、目標のほうに戻りまして、小学校のところを御覧ください。小学校のところの思考力、判断力、表現力等のところでは、今回、赤字で入っている特に鑑賞に関わるところで、曲や演奏のよさや楽しさということで、演奏が入っている点や、あと最後のところに音楽を聴き深めるというキーワード、これはとても大事な点だなと思って見させていただきました。そして、これが中学校に行くと、次のページをお願いします。中学校に行きますと、今、同じ部分を見ていますけれども、「曲や演奏のよさや美しさなどを評価しながら」となっています。この「評価しながら」という言葉が、やや、私のイメージなのですけど硬いかなと。客観的にこの曲を評価する、第三者的になり過ぎちゃうと、芸術というのは味わいながら思考・判断・表現を深めていくので、私が客観的に評価するというような言葉があまり前面出過ぎるよりも、小学校と同じような形でもいいのかなとは考えたりもします。つまり、見いだしながらということもあり得るかなと思って、これは私のイメージでありますけれども。
ということで、すみません、4分過ぎちゃったかな。ごめんなさい。今、大きな点では、見方・考え方と思考力、判断力、表現力等のところについてお話をさせていただきました。では、委員の皆様、音楽の皆様、続けてお願いします。ありがとうございます。
【大坪主査】 齊藤主査代理、ありがとうございました。
それでは、ほかに御意見ございましょうか。それでは、原委員、お願いいたします。
【原委員】 よろしくお願いいたします。今、齊藤委員に語っていただいた点について、まず、見方・考え方と目標について、一つずつお話しさせていただきたいと思います。
見方・考え方について、齊藤委員がおっしゃった「自分や他者にとっての意味や価値を見いだす」ということを付加するのが改善案として出されています。私もここは重要な点だなと思っているのですが、ただ、見方・考え方の概念規定というか、説明をどこまでするかということで、結局、今、価値を見いだすという点については、見方・考え方を働かせた結果、得られるものではないかなと思うのです。これまで関連づけるとか関わらせることということで、見方・考え方の説明は止まっていたと思うのですけれども、見方・考え方ということは関連づけることまでにして、あと働かせることによって価値を見いだすというような論調にしたほうがいいのではないかなと思ったところです。
あと2つ、見方・考え方についてあるのですけれど、関連づけることの中に小学校にも伝統ということを入れていただいています。これは私とても大事なことだなと思っています。単なる音楽文化というよりも、その前に伝統ということが入ったのはいいなと思っているのですが、現行の学習指導要領では、自己のイメージや感情ということが入っていて、改善案ではここが削除されています。恐らく端的に示すということがあるので削除されているのかなと思うのですが、授業の中での子供たちの姿を見ていると、自分が音楽を聴いたり表現したりしながら、思い描いたイメージとか感情と、音楽を形づくっている要素を関連づけることは多々あるなと思っているのです。ですので、自己のイメージや感情ということを削除していいものかなあということは検討が必要かなと思っています。
それと、ささいなことにはなるのですが、助詞の使い方で、今、「伝統や文化に関わらせて」とあるのですけれども、「伝統や文化と」のほうが適切な表現になるのではないかなと思っています。
以上が見方・考え方についてです。
それから目標について、1点あります。先ほど齊藤委員のほうから、聴き深めるということで、ここはいいのではないかということが提起されました。私もそう思いますけれども、鑑賞ということを考えると、味わうという表現をここから外していいのかなというのは心配しているところがあって、鑑賞というのが深く味わって理解するとか、音楽を聴いて、その音楽が表現しようとするところを捉えて、そのよさを味わうということが鑑賞になるのでないかなと思うのです。見いだしながらということについては、中学校が評価よりも見いだしながらというほうがいいなと思っているのですが、聞き深めるの部分が、聞き味わうことができるようにするのほうが、もしかするといいのではないかなと考えているところでございます。
今のところ、以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、次に、稲委員、お願いいたします。
【稲委員】 よろしくお願いします。私もまず、見方・考え方について、総則・評価特別部会のほうの資料、今日いただいた1-1にあるような見方・考え方に含める要素として、まず、教科の本質を外していないかを教師が確かめられるものとなっているかという視点と、それから、経験の浅い教師が読んでも端的に理解可能な記述となっているかという点で、今回の修正案は分かりやすくなっているなと思いました。
そして、次に、8ページの改善の方向性のところなのですけれども、丸2番の表現したことをどのように形にできるかという部分に少し技能のことが含まれるのか、含まれないのか。要するに、目標の案に持っていくときに、知識及び技能のところの議論をもう少ししたほうがいいかなという感じがしています。表現したいことをどのような形にできるかというところに技能は関わってはくると思うのですよね。思いや意図を持つということはもちろんなのですけれども、それをどのように形にできるかというと、どうしても技能の問題が出てきます。
そこで、11ページの小学校音楽科の目標見直しの例を見てみると、表したい音楽表現をするために必要な技能を身に付けるようにする、というところ、現行と変わらないわけですけれども、ここのところは授業者に目標だけを見て、どのようなことをしてほしいか伝わるためには、例えば小学校の担任の先生にも伝わるためには、例えば、思考力、判断力、表現力等と関わらせて必要な技能を身につけるようにするということを入れるなどすると、少しもしかしたら改善の方向性が見えるのかもしれない。そこが今、8ページの改善の方向性のところに、知識及び技能のことが入っていないので、もう少し皆さんの御意見を伺いたいなと思ったところです。
そして、最後に、ごめんなさい、もう1回戻っていただいて、小学校の11ページの思考力、判断力、表現力等の案のところなのですけど、音楽表現を考えという言い回しなのですが、これ現行の指導要領ですと、ここの解説を読むと、表現領域の思考力、判断力、表現力等に関する学習の目指す方向が同一であることを示しているという解説があります。ただ、今回、中学校のほうも同じ文言で案を出していただいているのですけども、中学校のところだと、冒頭の部分が、音楽を形づくっている要素という学習内容のことなのかなと思うのです。音楽表現を考えというところの解釈は、解説を読めば分かるのだと思うのですけれども、いろいろになってしまわないかなということを少し危惧しました。
小学校の図画工作の目標の案を見ると、そこのところに表現であっても、造形的なよさや美しさ、よさという言葉が入っていて、美しさ、表したいこと、表し方などについて考えと表現してあって、このような言い方ができないかなと少し考えました。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、続きまして、水戸委員、お願いいたします。
【水戸委員】 よろしくお願いします。私は今回の目標のところに出てきた創造という言葉について、意見を述べさせていただきたいと思います。
今回、いわゆる創造的にというように使われているところが多いのですが、創造という言葉が入ってきたことというのは、とても大事なことだなと思っています。ただ、この言葉は、創造という言葉自体が様々な意味を持ちますし、それから使い方の文脈によっても様々な意味を持つので、非常に慎重にならなきゃいけないかなと思っています。さっきも、この言葉についてはさらに検討されるということでしたのですが、その点について述べたいと思います。
まずは、創造という言葉をどのように捉えるかというのを目標の中に書くわけではないのですけど、その意味を明確にしておいて、どういう文脈で使うのかというのを考えていかなければいけないかなと思いました。それで、そのためには、いわゆる能力としての言葉で、創造性というのが何なのかということをある程度明確にして、その土台に立って創造的と使う場合、どういう意味で使うのかということを考えていく必要があると思いました。
まず、創造性というと、創造的なものを生み出す能力、つまり、音楽の理解や技能、習得だけではなくて、自らが音を生み出して新しい表現を構築する力で、これは演奏でも創作でも両方当てはまる能力だと思います。なので、基本的には創造性で強調されるべき点は、新しいものをつくれる能力と、それに加えてオリジナリティのあるもの、人とは異なる独創性のあるものを自分なりにつくっていける能力と捉えるべきではないかと思います。それで、日本の指導要領では、創造性そのものを身につけるべき能力とか資質であるとかというようには位置づけてないですが、海外では、これがちゃんと身につける能力と冒頭の目標で示されているところもあります。
今回の案では、創造的と使われているので、その意味するところの解釈が少々分かれるのではないかと思いました。例えば中学校では、曲や音楽を創造的に表現するという書き方と、それから創造的に音楽や音楽文化に関わり、親しんでいく態度を養いというように使われているのですが、最初の曲や音楽を創造的に表現するというのは、今まで私が説明してきました創造性、いわゆるオリジナリティのあるもの、自分なりのものをつくろう、つくることができると解釈できると思います。一方で、いわゆる創造的に音楽や音楽文化と関わりというほうは、創作や演奏において創造的なものを生み出すというよりは、活動そのものというか、音楽との関わり方が創造的と言っているので、かなり広い意味になるのではないかと思います。
ということで、文脈によっていろいろ意味が変わってくるので、言葉の使い方というのは慎重にならなくてはいけないかなと思いました。私の個人的な考えでは、狭い意味にはなってしまうのですが、これまで述べてきた創造性という資質・能力にある程度、主軸を置いて考えるのも必要ではないかと思いました。もちろん創造性を、独自性のあるものを生み出す能力として、外部に成果が見える形の創作、演奏というように過度に偏る必要はないと思います。特に小学校の段階で創造性といった場合は、音楽を創作したり、演奏の表現を工夫していくという過程で、今まで自分の中になかったものへの気づきというものを創造性と呼んでもいいのではないかと思います。つまり、創造的な活動を創造性を伴った成果物が出せるということではなくて、学習者の中で生じる創造的な意味づけとして捉えるということができるのでないかと思います。いわゆる学びのプロセスにまで創造性ということを拡張して考えてもいいのではないかと思います。
結論としては、創造という言葉を使うときには、どのような資質・能力と関連するものであるのかというのがある程度ぶれないようにして、考えていく必要があるのではないかと思いました。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、次に、山内委員、お願いをいたします。
【山内委員】 ありがとうございます。それでは、私のほうから目標について1点、あとは、見方・考え方については、細かいところですが、2点お話しします。
まず、目標のほうについてですけれども、考え方になるのですけども、資料でいうと8ページを御覧いただいたほうがよろしいでしょうか。全部載っている、改善の方向性(案)のピンクで枠囲みされているところにいろいろ課題を整理いただいたと思うのですけども、芸術系教科のところで、この文言を全体的に見ると、どうしても言語活動とか思いや意図をもつ、いわゆる思考・判断・表現の部分がある意味、重点化されているような内容に見えてしまわないかと危惧したところでございます。
芸術科の特性としては、いわゆる言葉では言い表せないところを音楽であったり、絵であったり、書であったりというところで表現をしていく、先ほども出ていましたが、いわゆる芸術的な表出の仕方で表現をしていくことに一つ意味があるだろうと捉えているところですので、それについて、文言等がある程度、どのように整理をするかというのは難しいところかもしれませんけれども、そういう見え方ができるといいのかなと思っております。
あと、細かいところですが、10ページになりますけれども、今回、高等学校のところで、丸6、「豊かな情操を培う」ことを科目目標に明記をされるということで、これはとても大事だなと思っておりました。高校の現場でも、Ⅰを付した科目で終わる生徒がほとんどでございますので、これについてきちんと教科目標だけではなく、科目目標も入れていただいたほうがよろしいかと思っております。
続いて、見方・考え方についてですけども、11ページの小学校音楽のところでしょうか、先ほどもお話が出ていたのですが、私も現行の見方・考え方のところの2行目に、自己のイメージや感情が入っているのですけど、改善案のほうでは、これが抜けているというところで、音楽のところについても、やはり自己のイメージや感情という、いわゆる直感的に想起されるものについて、自分にとって意味や価値を見いだすためには必要なのではないかなと思っていて、特に楽しさとか美しさなどを自覚したり意識したりするためには、感情面と結びつくというのが非常に大事かなあと捉えているところでございます。このことについては、いわゆる学習のための学習にならないように、身についていく、生涯にわたって豊かな社会の創造や幸福な人生に繋げていくという観点からも、その文言がどこかに入るといいのではないか。これが見方・考え方なのか、目標なのか、あとは内容ベースにいくのか、これはどこかに入れていく必要があるのではないかなと考えているところです。
あと、もう1点、16ページのところでしょうか。高校芸術科音楽のところなのですが、これも見方・考え方で、小中高は全て同じような感じで、3つ目の一番下のところに、生活や社会云々で、後段、自分や他者にとっての意味や価値を見いだすと記載いただいているのですが、ここの他者のところで、とても他者は大事なのですが、もし可能であれば、例えば、ここは社会とかというように、高校の場合は少し広げて、対象を明確にしていくということも考えられるかなと思っています。その上にあります学びに向かう力・人間性等の表の中に、後段に豊かな生活や社会を築いていく態度を養いというところもございますので、ここについては、芸術科の音楽については、社会というように少し具体に示すということも一つあるのかなと考えてございます。
以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、次に山下委員、お願いいたします。
【山下委員】 お願いいたします。音楽科の見方・考え方について、先ほど齊藤委員より、当該教科で扱う事象や対象から始まる新しい文言の御提案をいただきました。「音や音楽を芸術的な感性及び知性を働かせて捉え」というのは、音楽科教育で長く大切にされてきた感性に加えて、知性の働き、そして両者の融合が大切であるというメッセージになりますし、〔共通事項〕の位置づけも明確になりますので、とてもよい御提案だと思いました。
ただ、もしも「感性を働かせ」を文頭に置く現行のパターンを採用するのだとすると、私は「感性や知性」よりも、「感性や想像力を働かせ」としたほうがより適切なのではないかと考えます。なぜかと申しますと、文の構造上、冒頭に置かれた言葉が「生活や社会、伝統や文化などに関わらせて、自分や他者にとっての意味や価値を見いだす」というフレーズにもかかることになるからです。前回のワーキングで申し上げたことの繰り返しになって恐縮ですけれども、想像力は学んだことを異なる文脈や他の領域に移し替えて考える上で必要不可欠なものだと思っております。
続いて、目標についてです。3つの柱については、中高の知識及び技能と、それから小中高の学びに向かう力、人間性等に創造的という言葉が入ったことによって、前回、大坪主査がおっしゃった芸術教科・科目の意義や使命のようなものが明確に打ち出されていると思いました。ただし、先ほど水戸委員もおっしゃいましたが、創造的に音楽と関わることというのは、小学生にとって難しい内容を含むような気がしております。
そして、思考力、判断力、表現力等には新たに「聴き深める」という言葉が登場しています。深めるという言葉によって、学習の向かうべき方向性が示されているのはとてもよいことだと感じております。ただ、先ほど原委員もおっしゃいましたが、これまで用いられてきた「味わって聴く」というフレーズ、特に味わうという言葉には、音楽に浸るとか全身体で聴くというようなニュアンスが含まれていると思っております。授業の中で音や音楽と直観的に出会い、音楽を形づくっている要素とその働きの視点で分析的に聴いた後、最後にまた直観的に音楽全体を鑑賞するというような学習の流れの目的地を表す言葉として、私自身、味わうという言葉をよく使用してきたこともありまして、それが消えてしまうのは少し残念な気がしております。
話が変わりますけれども、本日の資料1の15ページに、高等学校芸術科の目標見直し案をお示しいただいているかと思います。ここでの見方・考え方が各科目のキーワードをつなぎ合わせた形になっているのが少し気になりました。現行もそのようになっていますので、それを踏襲されたものと思いますけれども、キーワードを抽象化するなどして、もう少し短く端的に示すことができればよいと思っております。僭越ではございますが、今後、ワーキングのどこかで、他教科・科目の先生方からも御意見を伺う時間がありましたらありがたく存じます。よろしくお願い申し上げます。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。一応音楽系の委員の皆様から全員御意見いただきましたので、また後ほど補足等ございましたら、最後のところで芸術科領域全体についての御意見のところで、また改めていただければと思います。それでは、次に図画工作、美術、工芸に関わり、育成する資質・能力の在り方、示し方について委員の皆様の御専門、ご所属などの見地から御発言をいただければと思いますが、先ほど御紹介ございましたように、藤井委員が途中退席の御予定でございますので、最初に藤井委員のほうから御発言をお願いいたします。
【藤井委員】 藤井です。ありがとうございます。本日の資料の10ページ、目標及び見方・考え方などの改善の方向性というところの丸3、後段のほうに、見方・考え方の主な改善の方向性というところがございますが、そこと目標について関連した意見を述べさせていただきたいと思います。
図画工作では、生活や社会、文化と関わり、自分のイメージを持ちながら意味や価値をつくりだす、美術、工芸では、生活や社会、文化と関わり自分としての意味や価値をつくりだすという教科固有の考え方や判断の仕方というのが示されています。今回、新たに「生活や社会、文化と関わり」という言葉が入りましたことは有意義であると思います。その理由としまして、生活、社会、文化という視点を見方・考え方に取り入れることによって、作品や美術館、博物館、文化財などを先生が授業に取り入れる必然性が生まれると考えるからです。過去、現在、未来という時間軸を、子供たちの中に自然に意識づけできると考えます。
また、作品を見ること、作品をつくることの前後関係や背景について考えることが授業の中に取り入れやすくなり、鑑賞することの意義がより伝わるのではないかと思います。作品を通して、その時代背景や歴史、材料科学などの側面についても考えることで、各教科が自然に繋がってくることが期待できると思います。加えて授業内容と生活や社会、地域との繋がりがより密接になり、子供自身が図画工作、美術、工芸を学ぶことの意義を実感することにつながると思います。見方・考え方の中に、このように生活や社会、文化との関わりという視点が入ることで、目標のところに現在、方向性として示されている造形の働き、美術の働き、工芸の働きがより理解しやすいのではないかと思います。
今後、先ほど稲委員からもございましたけれども、考え方や判断の仕方と、知識と技能面を関連させた議論がより重要になってくるのではないかと思います。生活や社会、地域、文化との関わりというところが入ったのはとても有意義だと思いました。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、次に、廣田委員、お願いをいたします。
【廣田委員】 失礼いたします。すみません、カメラの調子が悪くて映像がないのですが、御容赦いただければと思います。
私のほうからは、図画工作科の目標に絞って、2点、話をさせていただければと思います。まず、初めに、「学びに向かう力・人間性等に明記されました主体的、協働的に、楽しく創造活動に取り組み」の部分についてです。この部分については、楽しさを感じながら創造活動に取り組むことの大切さを改めて打ち出していくことになると私自身考えており、大変重要な視点だと感じています。
現行の学習指導要領の図画工作科の第1学年及び第2学年の目標にも、楽しく表現したり鑑賞したりする活動に取り組みという文言があります。子供たちが楽しく書いたり、つくったり、見たりすることが教科の重要な根幹だと考えています。ふだんの授業を見ていますと、子供たちは図画工作科の時間の中で、目を輝かせながらこうしたいとか、こう表したいとか、そういった自分の思いを持ってそれを形にしていく中で、時には失敗しながら、それを乗り越えてつくりだす喜びを味わうとともに、感性を育んでいると私は感じております。楽しく表現したり、鑑賞したりする活動に取り組むことは、感性や創造性、豊かな情操を培うために重要なことではないかと考えております。
また、前半の主体的、協働的にという部分についても、第1回の会議でも申し上げさせていただきましたが、教師が指導することと子供が考えることのバランスを考え、子供たち自身が考えることができるようにしていくことに繋がっていく部分だと思いますので、大変重要な視点ではないかと考えております。
次に、知識及び技能の造形の働きの部分についてです。子供たちは自分や友達の作品であったり、また、美術作品であったり、また、それだけではなくて、生活の中の造形といった様々な造形がもたらす作用や役割を理解することは、図画工作科を学ぶ意義に繋がると私自身、考えております。これは芸術が生活や社会に役立つものであるということだけではなく、子供たち自身にもたらす役割も大きいと考えています。自分と造形との関わりというものを考えることで、自分に与える造形の働きを理解することも重要なことかと考えていますので、この造形の働きという言葉も非常に大切な視点ではないかと今、私のほうでは考えております。
以上なのですけども、最後、一つ確認なのですが、小学校図画工作科の見方・考え方のほうの3つ目のところが、当該教科固有の物事を捉える視点となっているのですが、これは考え方や判断の仕方の間違いでよろしいでしょうか。そこだけ確認でございます。
私からは以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございました。今、よろしいですか。
【堀内学校芸術教育室長】 大変失礼いたしました。記載の誤りでございますので、訂正させていただきます。失礼いたしました。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、次に大泉委員、お願いをいたします。
【大泉委員】 失礼いたします。初めに、先ほど音楽科のほうから、見方・考え方に書いてある感性を働かせの語順について御意見があったかと思うのですが、そのことに関して、図画工作、美術、工芸の視点から意見を述べさせていただきます。
山下委員もおっしゃっていたことと重なるかもしれないのですが、図画工作、美術、工芸の見方・考え方においては、「感性を働かせ」が文頭に来ているのには重要な意味があります。それは感性や想像力は、造形的な視点で物事を捉える際にも、さらに同時に、意味や価値をつくりだす際のいずれにも働かせているということ。そういう意味で文頭に来ているということが、これまでの学習指導要領でも意味づけられてきたという経緯がございます。ですから、その語順を変えることには慎重である必要があるのではないか、という感想を持ちました。
続いて、私のほうから3つほど述べたいと思います。恐らく10ページに該当するかと思うのですが、小中高全ての学校種段階の見方・考え方に位置づいている文化に関して、でございます。その中で、とりわけ子供と文化の関わりについて考えたことを述べさせていただきます。もしかしたら芸術教科全体にも関わるかもしれないことを御容赦ください。
まず、子供たちにとって文化の意味には、恐らく継承と創造という2つの意味を持つと思われます。一つは、今の子供たちに継承されている、あるいは継承されるべき文化、子供たちはこの文化に日々触れている、あるいは触れるよう導かれている、そんな文化かと思います。もう一つが子供たちが創造する文化、これは図画工作、美術の中で位置づけられている子供たちが意味や価値をつくりだす中に文化が含まれるということになります。ですので、文化が持っているこうした意味を踏まえて、子供の発達の段階に応じた文化の位置づけを考えていく必要があると考えています。そうした子供と文化の関わりを今後考えていくことが必要だと思うのですが、私はかつて小中学校、そして保育園でも造形指導に当たってきたという経験から事例的に述べさせていただくならば、中学生であるとか、小学校高学年の子供たちは物事を対象化して捉えることができるので、例えば知的好奇心であるとか批評力を伴わせながら、先ほど申し上げたような継承されている文化との関わりを学習することが可能と思います。その際には、他教科や修学旅行などの学校行事と関連を持たせることも有意義だと考えられます。
小学校の低中学年の子供たちにとっての継承されている文化とは生活と一体化しているものであると考えられます。そこでは作品だけではなくて、生活の中での所作であるとか振る舞いというものも含んでいると思われます。例えば焼き物で器をつくって生活の中で使うなどすることは、食生活や生活様式や習慣を捉える機会であると同時に、それらをつくりだす機会でもあるということです。さらに、幼児にとっては、自然に行う遊びや表現活動そのものの充実が文化創造の芽であると考えられます。以上のように、発達の段階に応じた子供との関係から見方・考え方に文化を位置づけていくことが重要と考えています。そうした意味で、お示しいただいた見方・考え方の文章で、小学校の図画工作科では関わりの後が「自分のイメージ」となっていて、中学校高校美術では「自分としての」となっていることで差異を持たせることが重要かなと思っております。
2つ目です。目標の知識に続いている造形美術の働きについてです。恐らく9ページになるかと思います。廣田委員もおっしゃっていましたが、学んだことを生活や社会に生かすことができるようにするために、造形美術の働きを位置づけることには賛成でございます。その上で、造形の働きが向かう先には次のような対象があるということを申し添えておきたいと思います。まず、自分に対して、これは廣田委員がおっしゃっていました。そして他者に対して、あるいは自他の関係性に対して、さらには地域、社会、さらにもっと広く文化に対してというような広がりがあるということ、このことを踏まえることが大事と思っています。とりわけ、これらのうちの後半に申し上げた地域、社会、文化に対しての働きは、とかく役に立つという狭い意味の捉えに直結しがちなのですけれども、特に小学校図画工作科の学習では、自分に対する働きがあってこそ、後半のそれらの働きが成立するものであるということを大切にしたいと思っております。つまり、自分にとっての意味や価値を欠かさず大事にすることが必要と思います。
3つ目です。目標の学びに向かう力・人間性等に楽しく創造活動に取り組む、と「楽しく」が位置づいたことについてです。図画工作の学習は創造活動でありますので、「楽しく」というこれから行う学習に対する情意的な、言わば心づもりが絶対に不可欠と思います。ですので、「楽しく」を入れようとする意図は理解できます。このことも先ほど廣田委員もおっしゃっていました。ただし、「楽しく」とか「楽しい」という言葉でその意図が通じるのかということ、学習に対する子供の情意的な心づもりと申し上げましたが、それを完全に言い表せているのかというと、少々自信がなくなるということがございます。「楽しい」というと、どうしても表面的な感情を想起させると思います。
【大坪主査】 すみません、大泉委員、まとめていただけますか。
【大泉委員】 すみません。「楽しく」の意図には、恐らく心を動かすとか期待感のようなものがあると思うのですが、そうした言葉の意図を「楽しく」に当てはめて考えることができるかということになると、少しアイデアが必要かなと考えております。
すみません、長くなりました。以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、次に新井委員、お願いいたします。
【新井委員】 新井です。よろしくお願いします。私からは14ページのほうをお願いしたいのですけれども、今回の御提案、14ページの中で課題かなと感じたところは、目標のレベルが造形的な使われ方に限定されていて、卒業後、創造性そのものを社会や生活の中で活用するというところまで、3観点のそれぞれで十分示されているのかなという点なのです。それを示せて、ようやく美術科の場合は、現場の先生の教育観がコンピテンシーベースに変わるきっかけになると考えているのです。美術の形や色などの学びというのは、言語や数に比べて多少使う場面が限定的かなと考えていまして、むしろ、形や色を学んでいく過程で活用して身につけられる多様で総合的な考え方、あるいは図やレイヤーとして把握できるというような把握の仕方などが他の学習場面でも一層活用できる資質・能力なのではないかなと考えているからです。
全ての教科に通底する創造の土壌となる資質・能力と考えた場合に、造形的な観点にとらわれ過ぎると、造形的な見方・考え方の種をまくという教育にはなるのかもしれませんけれども、どんな種をまいても創造性が発揮されるといった土壌を耕すという教育に果たしてなるのかと。創造の土壌を耕すためには、一度造形的な観点から離れる必要があるのかなと思っていまして、資料8ページの左下にも創造性のベクトルは社会との関わりにおいて外に向かうことが重要と御意見が出されています。
また、14ページにお願いしたいのですけれども、14ページを例に取って具体的にお話しすると、目標の知識及び技能では、後段で見たりするという提案がされていますけれども、これは観賞の技能を入れるということになると思うのです。それについては賛同するのですが、見たりするが創造的にかかっている点については疑問だなと思っています。鑑賞することは、必ずしも創造的に見たりするのではなくて、そこに表されていることを中心に比較したり分析したり重ね合わせたり、根拠を持って表現、意図を推測していくなどの多様な見方・考え方を駆使していくんです。ここでは、知識及び技能の対象をすっきりと表現と鑑賞にして、次に取り組み方を様々な課題に工夫をもって取り組むなどの多様な取り組み方として、最後に目標達成のレベルを造形的な観点から、さらにそれを離れて、生活や社会の中でも活用できるようにするところまで意識させる必要があるかなと思っています。
また、同様に思考力、判断力、表現力等では、表記上は「美術に対する見方・考え方を深めたりすることで何々ができるようにする」、例えば「何々ができるように」の部分は「多元的、創造的な思考・判断・表現ができるようにする」などとしたほうが学習の目標が分かりやすいかなと考えました。また、学びに向かう力・人間性等では、主体的、協働的に美術の創造活動に取り組みというのが入った点はとてもいいなと思っているのですけれども、後段の「心豊かな生活を」の「生活」の前に「社会」を入れてはどうかと考えています。
最後に、見方・考え方なのですけれども、「感性や想像力を働かせ」の「想像力」をイマジネーションの想像力からクリエイティビティの創造力へと変更してはどうかと考えました。イマジネーションでは考え方の範囲が限定的で、「感性」がまずアンカーとなって根拠を持った見方を示していますから、その対として、伸び伸びとイメージを広げ、かつクリエーティブに表現、意図を展開させる考え方として、クリエイティビティの創造力ではどうでしょうか。
また、最後の一行の生活や社会、文化と関わり云々の部分については賛同しますけれども、藤井先生がおっしゃったように、学習の中で音楽、美術館や博物館と関わる必然性が増すことにはなりますけれども、創造性が学習の結果、生活や社会の豊かさに繋がるという意味合いにはならないので、その意味合いについては、3観点のほうで明記するということが改めて重要かなと考えた次第です。
私から以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、次に佐藤委員、お願いいたします。
【佐藤委員】 よろしくお願いいたします。私からは、今日の資料の8ページの改善の方向性の丸1、捉えたり、感じたりしたことを要素、特徴や背景にある文化との関わりで理解したり思考・判断・表現したりすることに関わって、2つ重要だと思っていることをお話しできればと思います。
美術文化と豊かに関わる資質・能力の育成についてなのですが、1つ目は、子供たちが作品と出会い、自分自身の目でよく見ることを出発点にして、自身の現在の生活やこれまでの経験などを基に、自分自身の感覚に引き寄せて思考し、美術の働きや美術文化のよさを楽しみ、味わえるということです。例えば、屏風や掛け軸といった古いものであっても、教師が一方的にその価値を教えるのではなく、子供たちの生活や子供たち自身の文化に引き寄せて感じ取り、伝え合うことを通して気づき、楽しみ、味わうことが大切だと思っています。
2つ目なのですが、これは教師からの働きかけが強くという課題のほうの丸の2つ目にも関わってくると思うのですけれども、適切なタイミングで理解がさらに深まったり、新たな気づきが生まれたりするような情報を提供するということです。美術の働きや美術文化を理解するための知識は、よく見るということの中で自然にたどり着けるものばかりではないです。ですので、良いタイミングで知識を入れるということは不可欠だと思っています。どのタイミングでどんな学びを、先ほど発達段階のことも出てきていましたが、どのような知識を伝えていけばいいのかという視点がまだまだ現場でも弱いのではないかなと思っています。例えば、吉祥を表す画題があるということや、それから屏風の右石と左石の対比と繋がり、あるいは、これも屏風なのですが、時間の流れは基本的には右から左であること。あるいは、春夏秋冬の生き物や草花が描かれたときに、それは一つのユートピアを示しているということ、こういった知識を身につけるということが、次の作品を見たときに生きて働く力になるのではないかと思っています。
そして、それまでの子供たち自身の気づきを価値づけられることになるとともに、鑑賞を深めて、それから作品を深く味わう力に繋がっていくものだと考えます。美術館でたくさんの子供たちと日々鑑賞しているのですけれども、適切なタイミングでの情報提供というのがうまくいったときには、子供たちが目を輝かせてもっと考えよう、さっき自分が考えたことはこういったことだったのかという確信を持って物を見るということに繋がっているように感じています。
先日、墨で描かれた屏風を鑑賞していたときに、子供たちから「奈良墨ですか」という言葉が出ました。奈良墨という言葉がどんなことから出てきたのか聞いてみると、4年生の国語の教科書の下巻に工芸を味わうという文章があり、学習したとのことでした。教科書の文章には、過去、現在と続いてきた日本の文化や芸術を未来につないでくれる工芸作品として、なら墨が1000年以上前から文字や絵を書くために使われてきたということが書かれていて、そのおかげで、当時の文化を私たちが享受できているということが紹介されていました。そのことを子供たちは目の前にある作品と結び付けて思い出し、目を輝かせて、奈良墨ですかと発言していました。私たちは今、図画工作の教科、あるいは音楽の教科、書道の教科ということで話し合っているわけですけれども、他教科との関連の中で広く捉えて、子供たちの知識とか思考どう促していくのかを考えていくべきなのだろうと感じました。
私からは以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、続きまして、小池委員、お願いをいたします。
【小池委員】 お願いいたします。私からは、ページ数では14ページです、中学校美術のところを主にお話ししたいと思います。
まず、知識及び技能なのですけれども、そこに美術の働きや美術文化を知識として記すということについては、おおむね賛成です。美術が持つ意味とか、あと美術文化について学ぶことは、美術という教科にとっては重要なことだと考えています。これは鑑賞の中で行うだけではなく、表現活動でも行うことによって、美術文化を実感として捉えることができると考えています。ただ1点、注意しなければいけないなと思っていることは、現行の学習指導要領の創造的な視点についての理解と同様に、実感を伴いながら理解を深めたりするというようなこというのが非常に重要で、現場で表面的な学習にならないように、学校現場に説明していく必要があると考えております。
続きまして、その下の、見たりするということについてですけれども、これは鑑賞の技能と捉えることができると考えております。これは自分たちの作品、美術作品、あと文化遺産等の鑑賞について、教科固有の言葉で学び、それらの言葉を活用して語っていく方法、批評する方法、コミュニケーションをとる方法を学んでいくことは鑑賞の技能と捉えてもよいのではないかと思っています。これらの技能を身につけていくことで、美術についての関わりはより深くなり、また、鑑賞の活動の仕方という面でも道筋を示せていけるのではないかなと考えております。
続きまして、学びに向かう力・人間性等ですけれども、おおむねこの案でよいのかなと思っておりますが、ここに美術の創造活動に取り組むと出ているのですけれども、これだけ今日の議論でも創造性、創造活動、創造という言葉が何度も出てきています。例えば、創造活動を柱書きのところに持っていって、表現及び鑑賞の幅広い創造活動を通してという、一つ前の指導要領ですか、そこに戻しても良いのかなと考えております。主体的・協働的な学びについては、主体的・協働的な学びということでここに記すのは非常にいいことかなと思っております。
続きまして、造形的な見方・考え方についてですけれども、先ほど新井委員からもお話ありましたとおり、クリエイティビティ、創造性ということなのですが、私としては,感性や想像力つまりイマジネーションの方ですが、想像力についても文言のどこかにあってもよいかと思うのですけれども、どこか前面に創造性、クリエティビティという言葉はあってよろしいかなと思うのですけれども、どこか前面に創造性、クリエイティビティということを入れても良いのかなと考えております。
あと、造形的な視点とありますが、美術でということであれば、ここでは造形的な視点でなるのかなとも思います。世の中を捉える一つのレンズとしての役割、視点ということだと思うのですけれども、そういった意味で使っていけるのかなと思いますが、ただ、造形的な視点について、どういうことなのかということをもう一度再確認していく必要はあるのかなというのが考えられます。
あと、生活や社会、文化と関わりということで、文化を入れるのは非常によろしいかなと思っております。ただ、文化においても多様な文化、それぞれの場所や時代の文化と関わっていくことが今後ますます重要になっていくと思います。
あと、自分としての意味や価値をつくりだすということですけれども、ここも広く社会に向かってというようなことが考えられるかと思います。個人や社会の視点から意味や価値をつくりだすというようなスタンスをとってもいいのかなと思っております。例えば、個人の視点や文化的な視点からというような文言になってもよろしいのかなと、これはまた考えていかなければならないと思いますけれども、そんなイメージを持ちました。
私からは以上です。
【大坪主査】 ありがとうございます。それでは、次に岡本委員、お願いをいたします。
【岡本委員】 岡本です。私はどの分野に入るのかというところはあるのですけれども、映像研究科というところにおりますので、映像的な立場からお話をさせていただきたいと思います。各論ですけれども、それが全体に敷衍できればいいなと考える次第です。
まず、目標のほうからお話をさせていただきます。目標も3点の観点から論じるようにというお話が、最初に事務局のほうからあったのですが、まず、1点目の知識及び技能というところです。知識に関しては、こちらの様々な資料にもあるように、それぞれの表現というものが、特に私のところの映像がどのようにつくられているのかというところに関しての知識が必要かと思いますので、これは事務局側が用意されたことで十分書いてあるのではないかと思います。映像の場合は、作品というのは映像と音から成り立っているとか、光の原則からできているとか、1個1個のフレームが分かれているとか、細かくはいろいろ専門知識が必要なのですけれども、自分が表現しようとするものがどのようにつくられているのか、そこについての知識は必要かと思います。また、もう一方、少しこの分野特有かもしれませんが、基本的に届けるもの、メディアと呼ばれるものがあって、初めて人々の目に触れるものですので、昨今、情報リテラシーなども騒がれておりますが、どのようにそれが届けられているかというところに関しては、知識及び技能としては必要かなと思います。そういうメディアによって表現も違ってきますので、2番目の観点、どのように届けられているかについては、今、事務局側が用意されたところにあまり、そんなに強調されていなかったので、欠けている観点かなと感じました。
目標の2番目、思考力、判断力、表現力等ですけれども、思考力、思いや考えを言語化して伝えるということは十分書かれていると思います。ただ、もう一つ強調してほしいのは、イメージ力です。恐らく思いや考え、先ほど山内委員からのほうのお話もありましたが、言葉では考えず、頭の中で想像するというイメージ力というものが芸術及び映像もそうなのですけれども、原点かと思われますので、そこを少し強調してほしいなと。今、イメージという言葉は、美術分野、芸術分野、図画工作分野のほうには出ているのですけれども、ほかの分野に分かれていないというところがあります。ただ、イメージといってもビジュアルイメージだけを考える方もいると思うので、適切な言葉がほかにあれば、いわゆる想像という言葉かもしれませんが、そちらを使うのもあり得るかと思います。
それから学びに向かう力・人間性等のところですが、チームワークとかグループワークとかということが書かれています。もう一つ大事なことは、相手がいて、相手がどういう感性で受け入れるか、どういう考えで自分の作品を受け入れるかという、そこの相手の受け取り方への需要というところ、それが恐らく多様性を尊重すること、社会に繋がっていくだと思うので、そこは少し強調してもいいかなという感じがしました。
それから、時間がないので、駆け足で行きます。見方・考え方のほうです。見方に関しては、作品を見るときにつくり手側に思いをはせるという見方というのはすごく重要かと思います。それから、もう一つは鑑賞教育において自分がどう考えたかという自分が自分自身を観察するみたいな、自分の感じ方を見るみたいな、自分の内面の反応を言語化していくということは非常に重要かなと思います。
それから、これも時間がないので短く言いますが、考え方についてです。基本的には、根拠のある感想というものは持つべきだと思うのですけど、もう一つ考えたいのは、イメージ力というものです。イメージするにはどうしたらいいかという話です。私はよく仮定法を未来で考えようと、もし何何したらどうなるかなみたいな、恐らくイメージしてみるということ自体を育てるということは必要かなと思います。それがポジティブな未来を、社会を、ウェルビーイングな社会を構築するためにこうしてみたらどうなるかなみたいな考え方というものがすごく必要なのでないかなと、思う次第です。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、次に森委員、お願いをいたします。
【森委員】 では、私のほうからは美術教育の目標、それから見方・考え方について、先生方、資料の文言レベルで詳細に議論を提案されていますけども、私のほうでは大ざっぱではありますけれども、次のような提案をさせていただきたいと思います。
まず、美術教育の目標に関しまして、これは私の製作者としての実感や、教育に携わってきた実感としまして、創造的な取組を通じて主体的に世界を経験し、探究することがベースにあると思います。これはいわゆる美術そのものが目標なのではなくて、創造的な取組が世界を経験するための手段、あるいは媒体だと、そういうような位置づけです。そして、創造的な取組なのですけども、創造的取組の内容が、現在の資料では、どちらかというと色や形、素材などに関わる造形性が中心にあるように感じます。明らかに明示されているわけではありませんけども、20世紀前半の近代美術とかモダンデザインにおける造形的な物の見方や感じ方、考え方が基盤となっているように感じます。
一方で、こうした造形性だけで収まらない20世紀後半以降の現代美術については、現在のところ、十分に美術教育に組み入れられていないのではないかと感じる次第です。現代美術に関しては、御存じのように多くの人たちや、あるいは社会にとって重要な問いを投げかける、そして発想の転換を促す、考えるための装置だと思います。例えば、マルセル・デュシャンは既製品の便器を展覧会に出品することで、美とは何か、あるいは作品とは何かという根本的な問いを投げかけたわけですよね。誰もが当たり前だと思われていた既成の、あるいは既存の制度や習慣が実は当たり前でないのだということを作品を通じて提示する。そのことによって、思考の前提となっている既存の価値観を批判し、発想の転換を促したわけですけれども、こういう考え方、デュシャン以降の現代美術において多くの人たちが、造形だけ、造形は非常に重要ですけども、造形だけに頼らずに例えば文字やテキスト、オブジェ、パフォーマンス、イベント、写真、映像、サウンド、インスタレーションなどなど、多様な形式を駆使して作品を提示してきたわけです。これらの試みの多くに通底するのは、作品自体が批判的な思考に基づく問いそのものであって、発想の転換を促すものだと考えます。現在、イノベーションが非常に強く求められている時代において、こういう新しい物の見方や考え方を提供する現代美術のポテンシャルというのは極めて意義のあるものではないかと考えます。
この審議会でも度々話題になっています、STEAM教育のA、すなわちアート、実はこういう規制のフレームにとらわれず、自由に発想することを促す見方・考え方への期待が込められているのではないかと思います。
一方、現代社会ではスマートフォンが日常化する中で、SNSだとかAIだとか、様々な課題が浮き彫りになっています。批判的な思考が必要ではないかと感じるわけですけれども、短時間で強い感情を喚起させるコンテンツに依存したりとか正義に基づく攻撃的な言動に賛同したりとか、偽の情報とか陰謀論など審議の判断ができないままつくられる分断的な不寛容など、現代特有のメディアによる感情のコントロールが、今までになかった形で蔓延しているわけです。加えて、生成AIがどんどん進化して依存してしまう、自分で考えずに想像もしない、主体性の喪失にも繋がるような事態が日常化しているわけです。精神的にも知的にも無防備な児童や生徒がこうしたメディア環境にさらされて、日々強い影響を受けていることを顧みるならば、これまで以上に自らを取り巻く社会環境に対する批判的な思考が育まれるべきではないかと感じます。主体的に世界を経験して探究することとは正反対の事態が今、加速する中で、カウンターとして今自分自身に何が起こっているのか、とりわけ自分の感情をメタ認知して、どうしてそういう感情が起こるのかということを問い直す、問題提起としての創作、創造が有効かと考えます。現代のメディア環境に翻弄されずに主体性を獲得するために、また、未来に向けてよりよい社会を創造するために、社会の矛盾を創造活動を通して、批判的な見方や考え方を育むべきべきではないかというふうに感じています。
これまで長きにわたってたくさんの学生を大学に受け入れてきたわけですけども、残念なことに、大学に入る前に現代美術に親しんでいる、あるいは、興味を持っているという学生はほとんどいませんでした。多くの学生はよく分からないとか、難解という言葉で切り捨てて、ほぼ無関心でした。それが現実です。現代美術は人間とか社会、世界について共に考えるきっかけへとなる表現であるにもかかわらず、教育の現場で有効に活用されていないように感じます。幸い最近、近年は日本の各地で現代美術に関わる国際展が多数開催されています。世界の様々
【大坪主査】 森委員、そろそろおまとめをお願いします。
【森委員】 な国から多様な価値観を示す作品を鑑賞することができる状況です。こうした国際展の活況と呼応する形で、美術教育においても現代美術のポテンシャルを取り入れて、批判的な思考や問いとしての創作を促す機会を探りたいと考えます。
以上です。長くなりました、すみません。
【大坪主査】 ありがとうございます。では、ここで、5分間休憩を取りたいと思いますが、本日御欠席の道越委員から御意見がペーパーで届いておりますので、これを休憩後、事務局のほうから御紹介いただいて、その後、書道に関する御意見をいただきたいと思っております。
それでは、現在4分ぐらいだと思いますので、9分ぐらいまで休憩を取りたいと思います。よろしくお願いいたします。
( 休 憩 )
【大坪主査】 それでは、再開をしたいと思います。
まず最初に、本日御欠席の道越委員から届いております御意見につきまして、事務局のほうから御紹介をお願いいたします。
【堀内学校芸術教育室長】 事務局のほうから失礼いたします。本日御欠席の道越洋美委員のほうから美術に関連いたしまして、書面にて御意見をいただいておりますので、紹介させていただきます。
お話ししたいことといたしまして、目標の知識及び技能の中に示された美術文化の重要性についてということで、3点挙げていただいております。
まず、1点目であります。美術文化の実感的な理解の重要性ということに関連いたしまして、今回、美術の働きや美術文化の理解が知識の中に入ったことは、これからの美術の授業がさらに大きく変わるチャンスであると捉えました。美術文化の理解と申しますと、どうしても鑑賞の活動の中で見ることを通して学ぶというイメージを持つ教員もまだ多いかもしれません。しかし、実際に現行の学習指導要領に基づいて、全国で行われている実践には、例えば和菓子をデザインしてつくるとか、ミニ屏風を実際に描いてみるなどの表現の授業での実践が数多く見られます。こういった伝統文化を体験する授業こそ、見ることとつくること、その両方通して、造形的な見方・考え方を働かせ、文化というものが身近な生活の中にあり、歴史の中で受け継がれてきたものであるという実感的な理解に繋がっているのだと思っております。
2点目でございます。身体の諸感覚を働かせて、文化を実用的に理解できるのが芸術教科の本質ということに関連しまして、前回の会議でも話題に挙げさせていただきましたが、子供が身体の諸感覚を働かせ、見たり聞いたり感じたりすることは、子供の感性にじかに響いてくる大事な活動ですし、芸術教育の役割でもあると思っています。幼少時代からスマホとともに生きる子供たちは、検索すればすぐに答えにたどり着きます。もちろんそれは大事なことだとは思います。しかし、それが逆に想像することや、新しいものをつくりだすこと、そして何よりなぜだろうという問いを立てることといった人間本来の大切な能力を働かせる時間を削ってしまっているのではないかと思うのです。タブレット端末での鑑賞は見ることの技能を高めることができても、実際に屏風と対峙をする、目の前に屏風が立つ、その空間を肌で感じることはできません。できないからこそ、本物を見てみたい。なぜ屛風が必要だったのだろうと、新たな価値をつくりだす第一歩になるのかもしれません。タブレット端末の使用も子供にとって答えを見つける道具ではなく、問いを生み出す道具でありたいなと考えています。
そして、最後、3点目であります。見ること、つくること、そして使うことまで授業で実体験する芸術教科ということに関連いたしまして、私はこれまで日本美術の鑑賞や日本の伝統文化を柱にして、表現と鑑賞の一体化を図りながら、幾つかの題材をつくってまいりました。例えば、静岡には、駿河竹千筋細工という伝統工芸があるのですが、竹という素材に着目して、題材を通して子供たちがなぜ竹という素材なのかから始まり、竹を削って食器をつくる、その食器で実際に食べてみる、飾ってみる、そして伝統工芸品である千筋細工の花卉に花を生けてみるといった授業を行ったことがあります。当然見ること、つくること、そして使うことを繰り返しながら、文化が生まれたり、受け継がれたりすることを追体験できたと思います。さらに素材に着目したときに、昔は竹でつくられていたが、現代社会ではそれがプラスチックであったり、ステンレスであったりする。それもまた、人が生み出した文化になっていく。中学校美術では、表現領域に工芸がありますけれども、使うという活動も芸術教科にとって大切であると改めて思っております。美術だけでなく、書道も音楽も使うという活動が重要視されているのだと思います。
非常に具体的な事例ばかりを申し上げて大変申し訳ないのですが、私はそういった地域の文化や美術教育を子供に教えるのではなく、子供と一緒に教員も学ぶことを通して、地域の方や先人たちから日本人としての美しい生き方、豊かな生き方を理解できたと思っております。理解、文化の理解という言葉を誤解して受け取る教員も、もしかするといるかもしれません。そうなってしまわないためにも、ぜひ知識の中に位置づけるのであれば、美術の働きや美術文化を理解するという文に、実感的に理解をするという文言を入れていただければありがたいです。
以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございました。
それでは、次に書道に関わり、育成する資質・能力の在り方、示し方について、委員の皆様の御専門、御所属などの見地から御発言をいただければと思います。御意見のある方は挙手ボタンを押して、お一人4分程度を目安に御発言をお願いいたします。
それでは、加藤泰弘委員、お願いいたします。
【加藤(泰)委員】 よろしくお願いいたします。19ページが書道の目標の見直しの案になっておりますけども、この内容につきましては、今日的な課題や、これまでの議論を踏まえて、よく整理された内容でなっておりますけれども、若干の意見を申し上げたいと思います。
中央の思考力、判断力、表現力等のところでございますけれども、左側の現行では味わうとなっているのですが、ここのところが、改善案は感じ取りとなっている部分があるかと思います。今回、書道、最後に発言をさせていただきましたけれども、音楽の多くの委員や美術の委員からも「味わう」ということについてよく指摘をしていただいているのかなと思います。味わうという言葉は良い言葉かなと感じております。楽しみながらじっくりとかみしめながらというか、そういう深みのある言葉であるのかなと思っております。「感じ取り」とすると、ややすっきりしすぎるような感じがしている次第でございます。
それで、15ページの芸術科の目標のページを開けていただきますと、こちらの思考力、判断力、表現力等の芸術科のほうでは、芸術のよさや美しさを深く味わったりすることができるようにすると、こちらでは味わったりということを残していただいているので、これについては、書道においても味わうということはどうなのかということで、一旦これは検討の余地があるのではないかと思っているところでございます。
また、19ページに戻っていただきますと、書道は高等学校から始まる芸術科目でございますけれども、小中学校はここが書写であり、その学びの発展性上に位置づけられておりますけれども、今の「感じ取り」の前には書の美という言い方をしております。私の考えといたしましては、小中学校ではよさや美しさという用語はとても良い用語だと思っておりますし、あるいは、高等学校段階におきましても、いわゆる児童生徒が生み出すかけがえのない作品に対して、よさや美しさという言い方が非常に良いとは思っているのですが、高等学校段階においては歴史的な芸術作品、あるいは現代などについては、美という用語、書道では美というのを使っているのですけども、美ということについて考え、理解するということも重要ではないかなと考えている次第でございます。各教科の特性がありますので、それは難しいということもあるかと思いますので、例えば芸術科全体の目標であるとか見方・考え方、あるいは、そこが難しいということであれば、今後検討の中で芸術科共通の学びとして、美というものが位置づけられないかなということを考えているところでございます。
また、書道の見方・考え方についてですが、たくさんの要素を示していただいていて、現行よりも端的に短く示すということが言われておりまして、非常に難しいなあと思っているところでございます。今回、文字や書ということで、文字を入れていただいたというところがありますけれども、これは書写で文字文化を取り扱うことになっていますので、手書き文字を中心に据えながらも、活字を含めた多様な文字文化が示されており、芸術科、書道においても、生活や社会へと繋げる点を明確にするのではないかと思っております。
また、当該固有の考え方として4つが示されておりますけれども、書は言葉ということが非常に重要だと思っておりまして、そこにある要素をどうしていったらいいのかなということを考えているところでございます。また、自分や他者のというのは、これは高等学校卒業後も見据え、生活や実社会の中で生きて働く資質・能力という点からも非常に良い案であると感じているところでございます。
以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございます。それでは、続きまして、加藤眞太朗委員、お願いいたします。
【加藤(眞)委員】 よろしくお願いいたします。私のほうからも、今、加藤泰弘委員のほうから指摘のありました思考力、判断力、表現力等の「感じ取り」という部分についてお話をさせていただこうと思っておりました。
書の作品を鑑賞する際には、書かれた言葉を読み取って理解する。それを踏まえて、自己と向き合いながら、また、再度作品と対峙していくというような時間があると思っています。ですので、時間をかけたり、あるいは何度も繰り返し鑑賞することによって、書のよさや美しさというものが理解できるものではないかと考えております。そういった点において、「感じ取り」と表現をしてしまうと、冒頭にある「書のよさや美しさを感受し」という意味内容と大変似通ってしまうのではないかと思っております。
そして、美術のほうでも話題になりました言葉の意味内容を理解するということについては、他教科との関わりということも想定され得ると思っています。そうした総合的な知識や、あるいは技能、資質・能力を活用しながら鑑賞していくということの意味内容を含めた言葉が「味わう」という言葉ではないかなと理解しております。その点において、思考力、判断力、表現力等を鑑賞の視点から見たときに、「感受し」、「考え」て、「味わう」という、こういう生徒が思考し、判断する活動の流れが、動詞によって理解できるという表記が望ましいのではないかなと考えております。
次は、見方・考え方についてです。見方・考え方には、文字や書という表現にこのたび変更されています。書が題材とする言葉を成立させるものとして文字が存在するのは当然のことですけれども、「文字や書」というように別々に取り上げることで、逆に文字と書が別なものであるかのような印象を感じてしまいます。ここでいう文字とは、漢字や平仮名以外の文字も指し示すことになるのか、あるいは、文字を扱わない書が存在し、それも高等学校芸術科、書道として扱うのかといったような印象を与えかねないのではないかという懸念を持っています。もちろん、文字を書くことによって書は成立するという意図であるということは理解しますけれども、昨今のデジタル化によって筆で文字を書くという手段以外の方法というのも考えられる中で、文字や書がどのようなものを指し示しているのかということについて、混乱を招くおそれがあるのではないかという心配を持っています。
もう一つは、伝統と文化についてです。書は長い歴史と、その中で育まれてきた伝統と文化に立脚した芸術だと考えています。その点において、目標及びその資質・能力について、「書の伝統文化」という言葉が使われていることには大変賛同いたします。しかし、この見方・考え方のほうでは、この言葉が出てきておりません。見方・考え方の中に、「伝統と文化」という言葉を入れなくていいかどうかということについても、今後検討しなければいけないと考えております。
私のほうからは以上になります。
【大坪主査】 ありがとうございました。
それでは、最後でございますけども、芸術系教科全体に関わり、御専門の教科以外を含め、残り時間で意見交換をしたいと思っております。御意見のある方は挙手ボタンを押して、お一人4分程度を目安に御発言をお願いします。時間の関係から全員の委員の方の御発言が可能になるか分かりませんけども、ぜひ今までお話しになった各教科・科目のお立場から、さらに芸術科全体を見通してでも結構でございますし、先ほどの御意見の補足でも結構でございます。よろしくお願いいたします。
それでは、最初に新井委員、お願いをいたします。
【新井委員】 私、10ページの部分で、「豊かな情操を培う」というのを全ての教科に入れたと。これはとてもいいことだと思うのです。私、個人的な体験になりますけれども、東日本大震災を福島で体験した者として、あのとき暴走したのは、人の感性だとか想像力まで暴走してしまったと考えているのです。そういう意味で、情操という言葉は、一見、美しいものに接して感動する、心が動くというイメージのほうを強くお持ちの人が多いのではないかなと思うのですけども、私、情操というのは、心が動いても元に戻る、復元する、そうやって復元することで安定させて、その人の心身のいろんな働きをフルに活用させられる能力としても情操を捉えているのです。そういう意味でいうと、情操についてはふわふわした概念ではなくて、とてもたくましい概念であって、鍛える必要もあるかなとずっと考えていました。ですので、「豊かな情操を培う」ということについては、説明書きにでも、そういった内容、「気持ちを安定させる」ということも含んでいるのだということを説明していただけるととてもいいかなと考えた次第です。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございます。それでは、次に齊藤主査代理、お願いをいたします。
【齊藤主査代理】 お願いいたします。8ページをお願いしたいと思います。最初に確認したところではありますけれども、ここの丸1番のところの書き出しのところですけれども、「捉えたり感じたりしたことを」という「捉えたり」という言葉が、このまま、このページだけをぱっと見たときに、捉えるというのは知的に分析して捉えるというイメージもあったりするので、感覚的に捉えたり感じたりしたことをというようにしたほうが正確に伝わるのかなと思っております。
あと、丸4番のところは、表現及び鑑賞の学習において工夫したことや感じたことを伝え合うなどの言語活動等を通してということで、芸術教育において言語活動のみというようなイメージが強過ぎると、芸術教育としてもったいないですので、「等を通して」とか「など」という言葉が入ったことによって、可能性が広がるかなと思って、いい方向だなと思っております。
もう1点は、確認をさせていただきたいところで、図画工作のところ、また、美術でもいいのですが、13ページのところです。これはお尋ねしたいことであるわけですけれども、図画工作のところの知識及び技能の最後のところです。「見ることができる」という言葉が入っています。これが入ることにより、目標に入るということは評価にも関わってくると思うのですが、つまり、B鑑賞です。音楽もB鑑賞としているところは、その評価については、思考力、判断力、表現力等ということで考えているのですけれども、図画工作、美術の考え方としては、今回はB鑑賞の技能に当たると考えていく方向性であるかどうか、それをどなたかにお教えいただきたいなと思って、質問であります。その辺り、音楽にも関係してくるところもあるかもしれませんので、どなたか、すみませんが、お願いいたします。
【堀内学校芸術教育室長】 失礼いたします。Bを鑑賞の技能として捉えるかどうかということにつきましては次回以降、高次の資質・能力の中で具体的に、内容との位置づけとの関わりで検討させていただきたいと考えておりますので、今の時点ではこのような形で、仮に示させていただいているというところでございます。
【齊藤主査代理】 ありがとうございました。私からは以上です。
【大坪主査】 ありがとうございました。それでは、次に、加藤泰弘委員、お願いいたします。
【加藤(泰)委員】 失礼いたします。7ページのところですけど、目標・内容の構造化のイメージがそこに示されているかと思いますが、ここでは内容について、現行の芸術系教科の解説を踏まえて、並行パターンが示されているかと思います。その注意書きのところにも、今後どちらにするかは検討するというようなことがあるわけですけれども、並行パターンは、高等学校芸術科では、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの学習全体を通した資質・能力の深まりが一見して捉えやすいという特徴があるのかなと思っております。
一方、高等学校の芸術科の各教科は、ⅠからⅢまで学習して完結するのですけれども、実際はⅠ科目だけで終了するというような場面も多く見受けられるわけでございます。そういった場合に、思考力、判断力、表現力等の統合的な発揮と、知識及び技能の統合的な理解の関係性を捉える上では捉えにくいのではないかなと考えております。小中高全体の芸術教科で並行パターンを統一していくという方法も考えられますが、例えば、そうなった場合なのですけれども、高等学校はⅠを付した科目が必履修科目であるということを踏まえれば、高等学校芸術科においては、全体を並列パターンで示していく方向性も検討の余地があるのかなと思っているところでございます。
芸術系教科全体を並行パターンで示し、確かに義務教育はこれでよいのかとも思いますけれども、高等学校のⅠを付した科目については、並行パターンというのが追記するような柔軟な対応もあっても良いのかなと感じるところでございます。もし検討の余地があるようであれば、お願いできればと思っております。
以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございます。それでは、次に大泉委員、お願いいたします。
【大泉委員】 失礼します。非常に細かいことで恐縮なのですが、10ページの丸6です。ここに、芸術教科全てに生活、社会、文化、あるいは伝統というものも含めてなのですけれども、それらとの関わりが示されています。もちろん文言精査はこれからということは重々承知しているのですけれども、それぞれの教科で、その「関わり」の意味が若干ニュアンスが異なるように見えるので、確認をしておきたいと思います。
例えば、音楽は、「生活や社会、伝統や文化などに関わらせて」となっております。この場合だと主語は教師になっているように見えます。一方で、図画工作、美術は「文化と関わる」、これは主語は子供であると受け止められる。書道は「文化などとの関わりから」ということで、これは子供、教師双方が主語となり得る形だなと受け止められるのです。ですから、今回はまだ要素の検討段階であるということは重々承知はしているのですけれども、それがゆえに今の段階で、生活、社会、文化と、学習あるいは子供との関わりについて、どのように考えるのかということについて、御検討しておいていただきたいなと思います。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございます。それでは、岡本委員、お願いをいたします。
【岡本委員】 私のほうからは、どちらかというと質問になるのですけれど、先ほど映像の立場で、どのようにつくられているかと並んで、どのように届けられているかというところが大切だとお話しさせていただいたのですが、どのようにつくったものを発信するか、発信されているかというところという理解って今後、新しい時代には必要なのでないかなと思います。私の映像だけではなくて、音楽でも今、かなり配信というものが欠かせないものになっているかと思いますし、また、美術及びパフォーマンスなどの分野でも非常に、どうやって届けるかというところのデザイン自体がすごく重要になるのでないかなと思います。
そういったところに関して、もちろんそれはかなり高度な教育内容になってきますので、ある意味、発達段階に応じた教育は必要なのですけれども、そういうメディアというのか、情報リテラシーというのか、そういう発信分野みたいなところというのは、今、事務局がお示しされていた改善の方向性の中にどこか、本当に小さくてもいいので入れるべきではないかなと思うのですけれども、これは芸術分野の検討の中に、まず、入るのでしょうか。御意見お伺いさせていただければと思って質問させていただきました。
【大坪主査】 いかがでしょうか。微妙な御質問ですが。
【堀内学校芸術教育室長】 失礼いたします。他教科等でどのように扱うかというところも別途あろうかと思いますけれども、芸術系教科としまして、映像メディアに関することが、現在、美術科には含まれているかと思いますけれども、その辺りからどのように考えていけるかということが、今後の議論としてはあり得ると思いますし、目標でありますとか、内容でありますとかというところでどのように考えていくのかということも、議論することはあり得ると思っておりますので、岡本先生の方から芸術科として、メディア芸術をこうした方向性で扱ってはというようなところを、お考えをもしお示しいただけましたら、そういったことも今後の検討の材料にはなるのかなとは考えております。
以上でございます。
【大坪主査】 引き続きお願いいたします。どうぞ。
【小野参事官】 少し補足をさせていただきます。今の岡本先生の御趣旨は映像に限らずということというように受け止めました。音に関しても、美術に関しても、それを受け手にどう届けるかというところも検討に入らないかということで承ったかなと思います。
メディアという形で取り上げるのか、あるいは今回、文化というところで捉えると、あるいは生活というところで捉えるという視点もありますので、場合によっては、そこと絡めた形で取り上げるということもあろうかと思いますので、その辺りも含めて、また先生方から御提案いただけたらと思いますので、よろしくお願いいたします。
【岡本委員】 分かりました。ありがとうございます。むしろ、できたものをどう発表するかみたいなところのつもりで、ほかの分野にも共通するものではないかなと考えた発言でございました。ありがとうございました。
【大坪主査】 ありがとうございます。現在、この後は原委員、小池委員、水戸委員から挙手が挙がっておりますが、ほかにございますでしょうか。もうお一方ぐらいで締めたいと思います。山内委員から挙がりました。では、今、挙手をされています4名の方に引き続き、御意見をお願いいたします。
まず最初に、原委員、お願いをいたします。
【原委員】 では、失礼します。時間もないので端的に申し上げたいと思いますが、8ページにお示しいただいている改善の方向性案の3番の児童生徒一人一人の在りようが尊重されること、または、6番の意味や価値を見いだしたり、つくりだしたりするなどという点で、今、改善案の見方・考え方の一番最後の文末にある、先ほどもお話しさせてもらった自分や他者にとっての意味や価値を見いだすという部分を、アピールというか主張していく必要があるかなと思うので、目標のどこかに位置づけられないかなあというように先ほどからずっと考えているのですが、代案がなかなか思いつかないのですけれども、学びに向かう力・人間性等の部分に価値を見いだすというところが入るかなと思います。ただ、知識の部分にも関わってくるところかなと思いますので、また検討が必要かなと思いますけれども、どうにか価値を見いだすという部分が目標に位置づくといいなと考えたところです。
図画工作で言えば、つくりだすということになっているかなと思います。目標に位置づけられることが難しければ、高次の資質・能力として、知識及び技能に関する統合的な理解の部分にそれが当たるのかもしれないなと先ほどから考えていたところでございます。
以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございます。では、次に小池委員、お願いをいたします。
【小池委員】 文化ということなのですが、例えば中学校美術の柱書きだと、美術や美術文化、それから中学音楽だと、音楽文化という言葉になると思うのですけれども、これはどうかという御意見もあると思うのですけれども、例えば美術や文化と豊かに関わる資質・能力としても良いのかなというように考えています。それは、芸術教科は文化を広く根底から捉えられる教科であり、芸術がそれぞれ相互に関連していると考えられるからです。このようにしても、教科の意義が薄まることはないと考えていますので、そのようなことを考えました。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございます。それでは、次に水戸委員、お願いをいたします。
【水戸委員】 よろしくお願いします。私は先ほど大泉委員から出ました、楽しく取り組むと、そういう文言、目標の中に入っている文言について考えたのですが、これに関する言葉が音楽、それから美術にも結構出てきていて、ただ、使い方が微妙に違って、音楽では楽しさを味わうとかという、そこで、あと楽しくではないのですけど、喜びを味わうとか愛好するとかという、この辺の言葉をもう1回、教科の特性から考え直す必要があるなと私も思いました。
特に、ほかの教科と違って楽しさを味わうとか、それから、喜びを味わうとか愛好するというのは、音楽、美術、書道にとっては、ほかの教科以上に大切なことである一方で、学校で教科としてやるということに関して言えば、学びに向かう力・人間性等として、どういう表現がいいのかというのは、きっちり精査する必要があるのではないかと思います。例えば、いわゆる達成感を味わうとか、内発的な動機づけが高まるとかというようなことに関連するような言葉も含めて、これらの言葉がいいのかということをもう1回、見詰めていくことが必要かなと思いました。
以上です。
【大坪主査】 ありがとうございます。それでは、次に山内委員、お願いをいたします。
【山内委員】 私も今、水戸委員のお話と被るところがあるのですけども、芸術系教科の特性を生かすという観点から、今、教室の中に様々な子供たちがいて、学びや生活に困難さを抱えている子供たちも増えているということから、実はそういう子供たちにとっても、芸術系の教科の学びというのは非常に重要な学びの一つであろうと認識しているところです。
多様性の包摂にも関わるところですが、実はその中で、今日の資料にはないのかもしれませんが、論点整理の5ページに、主体的・対話的で深い学びの実装の例示が細かいところであるのですが、その中に、好きを育み、得意を伸ばすという例示があります。これについて、楽しさ、例えば、図画工作や中学校美術であれば、創造する喜びを味わうであるとか、楽しく創作活動に取り組むということが、今、水戸委員のおっしゃった芸術系教科の特性を考えたときに、そこといわゆる深い学びの実装にも、学びに向かう力・人間性等のみならず、非常に大きく関わってくるのではないかなというところを考えています。
そういうところから、少しその辺りも今後、頭に置きながら議論が進められればいいのではないかなという感想を持ったところでございます。
以上でございます。
【大坪主査】 ありがとうございます。今の山内委員で一応御発言を一旦切ったのですが、皆さん方、非常に時間を気にしてコンパクトにお話しいただきましたので、もう少し時間がございます。改めてここで何か御発言を希望される方いらっしゃいませんでしょうか。補足でも結構ですが、いかがでしょうか。
それでは、最後に私のほうから一言申し上げさせていただきます。今回、目標及び見方・考え方のたたき台が示されまして、委員の皆様から各専門領域を中心とした御意見を多数いただきまして、大変ありがたく思っております。その中で、特に私としては創造性という言葉が多様に使われていて、それがどのような使い方が適切であり、また、どのようにそれを定義すべきかについての議論が必要だというところの見解が非常に多かったように思います。私も全くそこは同感でございます。教育課程全体を見渡してみても、各教科の学びの中における創造性を通底する創造性を育むのが我々の芸術系の教科・科目であるということは、ここでもう一度確認をしておきたいと思っております。
そういった中で、見方・考え方が、現在のたたき台では、末尾が、意味は価値をつくりだすというように一応、統一をして、今回はたたき台が出ております。その前の部分が、自分にとってとか、自分や他者にとってという形で様々でございますけども、ここの、仮に意味や価値を見いだす、つくりだすということが芸術系の教科・科目を通底した見方・考え方の最後になってくるとするならば、ますます、私は創造性という言葉の意味、価値を今まで以上に教育における重要な思考方法の一つとして位置づけていく必要があると思っております。
それから、もう1件、当然のことながら、文化に関します御意見が様々に出ました。ただ、今の意味や価値を見いだす、あるいはつくりだすというような視点からいきますと、文化を継承する、発展するという二面性で見ていきますと、継承するのはもちろん大事であって、これは継承しなければ発展もあり得ないのですが、子供たちが向かうべきは継承し、そこで終わってはいけないので発展させなければいけないということです。発展させていけるような志向性を子供たちに植え付けるために創造力や、あるいは意味や価値を見いだすというような教育方法が働いていくべきであろうと思います。要するに、これからの未来社会をつくっていく子供たちが文化を発展させていくのはあなたたちですという意識、それが、我々が大切にしなきゃいけない分野ではないかと思っております。
そこを考えますと、実は先ほど、どなたか委員が指摘されましたけども、高等学校芸術科の全体としての目標、それから見方・考え方のところが、現行は特にそうなっているのですけども、音楽、美術、工芸、書道のそれぞれの要素を組み合わせた形で提示されております。そこのところを、今回は教育課程全体の中における芸術科は何をやるところだというところをはっきりさせていく必要があると思っております。恐らく、芸術論をするわけでもなく、子供たちが学習として出会う芸術の中では何を学び、どういう方向に向かうのかを示した上で、音楽はこうです、美術はこうです、工芸はこうです、書道はこうですとなっていかなければいけないということは、改めて確認しておきたいと思っておりますし、我々の芸術ワーキンググループがいつも念頭に置いて議論をすべき内容だと思っております。ぜひ委員の方々にも、そこ辺りを視点として持っていただけるとありがたいと思っております。
それから、先ほど感性を働かせのところで、それが現在のたたき台では最初に出てきているところを中に入れるというような御意見もありましたし、そこは慎重にという御意見もございました。私としては、見方・考え方に関しては、芸術系の教科科目になるべく共通した書きぶりといいますか、表現といいますか、言葉遣いがあってふさわしいと思っておりますので、そう考えますと、ほかの教科・科目、教育課程全体から見て感性という言葉が、創造性もそうですけど、それを裏づける感性というのが、我々の領域を代表する言葉の一つであろうと考えます。そのときに知識及び技能もそうですし、思考力、判断力、表現力等も全て感性が関わると言えます。全ての学習活動の中で土台になる感性だというような位置づけで、最初に感性が来るということはあり得ると思うのです。もちろん反対意見もあると思いますので、これからの議論の中でぜひ深めていただければと思っております。
それと連動いたしまして、何人かの委員からも出ましたけども、知識及び技能が我々、芸術系の教科・科目において一体何なのかということは、改めて問い直す必要があると考えます。今回、文化や、そういったものが知識に位置づけられる可能性も出てきておりますけども、果たして鑑賞における技能が成立するのかも含めまして、改めて考えていくべきだろうと思います。ただ、多くの美術館などで盛んに、大きな展覧会がありますと、多くの方がイヤホンでの解説を聞きながら美術館で鑑賞なさっている方がたくさん増えておりますが、私自身は、あれを1回借りて聞きましたところ、あの解説でしか作品が見えなくなってしまうというところがありました。これは確かに、全くその世界を知らない方にとっては導入として非常に有効なのかもしれませんけども、果たしてそれは、多くの方が自分の意味や価値を見いだして、新たな文化を創造していくということになるのかどうかについては、いささか、美術教育を担当している人間としては疑問に思ったところでございます。
そこあたりも含めまして、ぜひ教育課程の中で我々が何を果たすべきかについて、改めて御議論をお願いしたいところでございます。
以上、一言申し上げて終わりにしたいと思います。
それでは、次に、本日は限られた時間の中で、本当に委員の先生方、皆さん時間を十分念頭に置いて御発言をしていただいておりますので、順調に会議が進んでおりますけども、会議中に言えなかったことや追加の御意見などございましたら、11月27日、木曜日頃までに、事務局までメールにてお送りいただければと存じます。よろしくお願いいたします。
それでは、最後に次の予定について事務局よりお願いいたします。
【堀内学校芸術教育室長】 失礼いたします。次回は12月26日金曜日、13時からの開催を予定しておりますが、正式には後日、改めて事務局より御連絡をいたします。
【大坪主査】 ありがとうございます。いつもこのワーキンググループは、いつも早めに終了しておりますので、時間がもったいないような気もしておりますけども、これからますます具体的な内容に入っていくに従って、委員の先生方の御意見も多様に、また、たくさんの意見が出てくるかと思っております。これからもぜひよろしくお願いいたします。
それでは、以上をもちまして、本日の芸術ワーキンググループを閉会といたします。ありがとうございました。
―― 了 ――
電話番号:03-5253-4111(代表)