令和7年12月17日(水曜日)17時30分~20時00分
WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式
【土井主査】 それでは定刻となりましたので、ただいまから第3回社会・地理歴史・公民ワーキンググループを開催いたします。本日は遅い時間からになりますが、お忙しい中、御参加いただき、ありがとうございます。
本日は、社会・地理歴史・公民における目標や見方・考え方、高次の資質・能力の在り方について、事務局より御説明をいただいた後に、意見交換を行いたいと考えております。
それでは、議題1について、事務局より説明をお願いいたします。
【髙見主任教育企画調整官】 主任教育企画調整官、髙見です。
本日は、目標や見方・考え方、高次の資質・能力の在り方について御審議いただければと存じます。
資料1の3ページ目を御覧ください。論点1の社会科等の目標の在り方についてです。まず、この目標を検討するに当たっての基本的考え方といたしまして、1ポツのところでございますけれども、各科目の背景にある学問的な知見に基づく社会的事象に関する概念を理解し、確かな情報に基づき適切かつ効果的に調べまとめる技能を身に付けるとともに、資料や概念に基づき、課題発見・解決できる力や自らの考えを客観的に捉え直す力を養うことで、民主的で持続可能な社会の創り手を育成することを掲げております。
その上で、2ポツの柱書といたしまして、1点目にあるとおり、骨格は引き続き小中高等学校を通じて共通のものとした上で、発達段階や教科の特性を踏まえたものとすること、また2点目にあるとおり、現行の「グローバル化する国際社会」という記載については、近年、所与の前提となっている一方で、将来社会を見据えた際に、地域社会から国際社会まで含めて、その持続可能な社会の形成がより一層求められていること、また、「主体的に生きる」ことについても、より多様な他者と「協働的に」生きることが求められること、教科の目標であるという位置付けを踏まえ、できるだけ端的な表現とすること、これらを踏まえて記載を見直すこととし、具体の修文案につきまして、3ページの中ほどの表に示しているところでございます。
また、一番下の米印のところにあるとおり、小学校の学年別目標につきましては、総則・評価特別部会の議論を踏まえ、提示しないこととし、中学校段階の分野別目標と、高等学校の科目別目標については、それぞれの特性を表すものとして引き続き記載することとしてはどうかと考えております。
続いて、4ページを御覧ください。3ポツの知識及び技能といたしまして、知識の概念としての習得や深い意味理解を促す観点から、社会的事象に関する概念の理解を重視する方向で見直すこと。ここで言う概念とは、米印のところにあるとおりでございますけれども、学習する知識を統合して到達する理解として、指導における単元の知識の獲得目標となるものと位置づけております。
また、多様な情報が行き交う社会において、小中学校では「確かな」情報に基づき、「適切かつ」効果的に調べまとめる技能を身に付け、高等学校では「妥当性を吟味する」観点も重視する方向で見直すこと、4ポツの思考力、判断力、表現力等として、社会科の教科目標では「課題を追究したり解決したりする活動」を通じて、資質・能力を育成することが明記されている中において、より一層深い学びを具現化する観点から、自らの考えを客観的に捉え直す力の観点を追記する方向で見直すこと、また、5ポツの学びに向かう力、人間性等について、論点整理で示された観点を踏まえ、「初発の思考や行動を起こす力・好奇心」、「他者との対話や協働」、「学びの主体的な調整」に関する観点を追記すること、これらの観点から記載の見直しを図ってはどうかと考えておりまして、下の表でございますけども、こちらにおきまして、小学校・中学校・高等学校の学校段階ごと、あるいは教科ごとの具体の記載のイメージを示しております。
続いて、5ページ目を御覧ください。こちらでは、中学校の地理的分野・歴史的分野・公民的分野のそれぞれの分野の目標の柱書と、知識及び技能、思考力、判断力、表現力等、学びに向かう力、人間性等の具体の記載イメージを示しておりますが、先ほどの教科の目標の見直し案を踏まえ、分野ごとの記載事項の見直しを行ってはどうかと考えております。
なお、次の6ページには現行の学習指導要領の記載事項を掲載しておりますので、併せて御参照いただければと存じます。
続いて、7ページ目を御覧ください。高等学校の地理歴史科においても、先ほど中学校と同様に、地理総合、地理探究、歴史総合、日本史探究、世界史探究の各科目において同様の見直しを行ってはどうかと考えておりまして、その見直し案について、この表のとおり記載しているところでございます。
続いて、9ページ目を御覧ください。同じく、高等学校の公民科におきましても、先ほどと同様の考え方でございますけれども、公共、倫理、政治・経済の各科目において同様の見直し案を提示しているところでございますので、こちらについても併せて御確認いただければと存じます。
続きまして、11ページを御覧ください。本日の論点の2つ目、社会科等の見方・考え方の在り方についてです。
まず、1ポツの前提に記載のとおり、見方・考え方については、これまで各教科等の学びの深まりを示す側面丸1と、各教科等を学ぶ本質的な意義の中核を示す側面である丸2の2側面から説明されてきたところです。
一方で、教育課程企画特別部会の論点整理においては、見方・考え方の側面丸1である「各教科等の学びの深まり」は、「中核的な概念等」、これは高次の資質・能力と表現は替わっておりますけれども、その構造化によって一層具体的に示すこととし、新たな見方・考え方は、側面丸2「各教科等を学ぶ本質的な意義の中核」に焦点化して端的に示していくこととする方向で検討すべきとされたところであります。
これを踏まえまして、社会科における新たな見方・考え方については、2ポツの方向性のところで記載のとおり、新たな見方・考え方は、側面丸2の「各教科等を学ぶ本質的な意義」という観点を踏まえ、各分野・科目の本質を示す事項に焦点化して端的に示すこと、従前の見方・考え方で示していた側面丸1の「各教科等の学びの深まり」を示す事項については、高次の資質・能力の中で内容に即して具体的に示すこと、新たな見方・考え方については、分野・科目の特性に応じて示すほうがより本質的な意義が明確になることから、分野・科目間の統一はしない一方で、教科目標において統一性を持たせることを踏まえ、必要に応じて、それぞれの見方・考え方を相互に参照することも併せて示すこと、こういった形で示してはどうかと考えているところでございます。
続いて、12ページを御覧ください。社会科等の見方・考え方の見直しのイメージを示したものとなっております。ここでは、左側に現行の記載、右側に見直し案を、そして地理と歴史を例示として記載しております。
まず左側、現行の見方・考え方は、地理の欄にあるとおり、位置や空間的な広がり、地域の環境条件や地域間の結び付きなどの地域という枠組みの中で、人間の営みと関連付けることが記載されています。
また、前回改訂時の答申では、社会的な見方・考え方を働かせたイメージ例として、点線の枠内でございますけれども、5つの視点、丸の部分でございますが、これが例示されております。今回の見直しに当たりましては、新たな見方・考え方としては、側面丸2「各教科等を学ぶ本質的な意義の中核」を示す観点として、分野の本質を示す事項に焦点化するとともに、側面丸1「各教科等の学びの深まりを示す事項」としては、高次の資質・能力において具体的に示すこととしてはどうかと考えております。
13ページを御覧ください。新たな見方・考え方の見直しのイメージとして、中央には現行の記載、右側には見直し案を示しております。例えば地理の新たな見方・考え方につきましては、オレンジの部分でございますけれども、ここに記載のとおり、「社会的事象やその言説を、位置や空間的な広がり、地域の環境、地域間のつながりなどに着目して捉え、よりよい社会の形成に向けて課題を考え、根拠に基づき公正に判断すること」としてはどうかと考えており、先ほどお示しした考え方を基に、小学校社会や歴史的分野・科目、公民的分野・科目においても、同様の考え方で、新たな見方・考え方の整理を行ってはどうかと考えております。
なお、ここで社会的事象やその言説としているのは、社会的事象とその事象についての多様な表現である言説は同次元ではないといったことを前提としつつも、現実社会では社会的事象を表象するものとして、言説も含む多様な情報が混然一体として存在するものであることから、このような整理としております。ここでの表象としての言説は、あくまでも思考の契機となるものであり、実際には社会的事象との関連の中で扱うべきものであることを、今後何らかの形で明らかに示していく必要があると考えているところでございます。
続きまして、17ページを御覧ください。論点の3つ目、高次の資質・能力、これは中核的な概念等と言っていたものでございますが、論点の3つ目は、高次の資質・能力についてです。
まず、1ポツの総則・評価特別部会での議論として、論点整理で示された中核的な概念等を高次の資質・能力と位置付けた上で、「知識及び技能の統合的な理解」と、「思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮」を示すことについては、「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」の深まりの可視化を通じて「深い学び」を実現する単元づくりのイメージを先生方が持てるようにする役割を担うものであること、高次の資質・能力の具体は各教科ワーキンググループで議論を行うこととされていますが、その際には、担保するチェックポイントとして、ここに掲げるAからDの視点が提示されているところでございます。
高次の資質・能力に関連する資料といたしましては、18ページと19ページにも関連する資料を掲げておりますので、併せて御確認いただければと存じます。
17ページの右上、2ポツの方向性に戻りますけども、こちらの方向性といたしまして、社会科等の高次の資質・能力を整理するに当たっては、目標や新たな見方・考え方から演繹的に導かれる側面と、個別の学習内容をより深く習得するために帰納的に導かれる側面の両面から検討を行うこと、深い学びを実現する単元づくりイメージを先生方が持てるようにするため、原則、各分野・科目の内容項目ごとに構成することとしてはどうかと考えております。
その上で、下の部分になりますけども、3ポツの社会科における指導の改善・充実に向けた高次の資質・能力の基本的な捉え方として、まず、知識及び技能に関する統合的な理解については、単元指導計画において、単元のねらいとなるものであり、思考・判断・表現に関わる学習の過程を通して集積・統合された概念的知識や概念的な枠組み、いわゆる内容的知識や一次概念と捉えてはどうかと考えております。
また、思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮については、基本的には現行の見方・考え方である社会的事象を捉える視点や方法を総合的に働かせた考察・構想の過程、形成される判断の基準、省察された表現を示したもの、いわゆる方法的知識や二次概念を活用する過程として捉えてはどうかと考えております。
続きまして、20ページを御覧ください。先ほどの基本的な捉え方に基づきまして、20ページ以降は、中学校社会科の地理的分野・歴史的分野・公民的分野特定の事項について、高次の資質・能力をどのように記載するかの例示を示しております。白の部分が現行の学習指導要領の内容部分、薄い青の網かけ部分が高次の資質・能力の事務局としてのたたき台として、知識及び技能に関する統合的な理解と、思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮の具体的な案としてお示しをしているところでございます。
例えば中学校地理のB、世界の様々な地域の(1)世界の各地の人々の生活と環境として、知識及び技能に関する統合的な理解としては、「世界の多様な地域を対象として、世界の人々の生活が環境からどのように影響を受け、どのように場所に影響を与えているかを理解する。」こととし、思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮は、「世界各地における人々の生活の特色やその変容の理由を、人間と自然環境との相互依存関係に関わる視点に着目して多面的・多角的に考察し、表現する。」こととしてはどうかと考えております。
続いて、21ページを御覧ください。こちらでは、中学校歴史のB、近世までの日本とアジアを示しておりますが、(1)古代までの日本では、知識及び技能に関する統合的な理解として、「列島周辺地域との関係を背景に、どのように日本列島に国家が形成され、特徴的な文化が育まれたかについて理解する。」こととし、思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮では、「時期や年代、展開や変化、共通点や相違点、背景や原因、結果や影響などの視点に着目して、古代までの日本を大観して、時代の特色を多面的・多角的に考察し、表現する。」こととしてはどうかと考えております。
続いて、22ページを御覧ください。中学校歴史でございますけども、こちらも先ほど同様に、高次の資質・能力の案を示しているところでございます。
続いて、23ページを御覧ください。中学校公民のうち、Cの私たちと政治の(1)人間の尊重と日本国憲法の基本的原則では、知識及び技能に関する統合的な理解として、「憲法の意義について、個人の尊重などの現代社会を捉える概念的な枠組みを用いて理解した上で、それと関連付けて、日本国憲法の基本原理について理解する。」こととし、思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮では、「対立と合意、効率と公正、個人の尊重と法の支配、民主主義などの現代社会を捉える概念的な枠組みに着目して、個人が尊重され協働の利益が確保される国家・社会を形成するために憲法が果たす意義について、具体的な事例を挙げて考察し、表現することができる」。こういった形で記載することとしてはどうかと考えております。
なお、背景を白で示した各項目の個別の知識及び技能あるいは思考力、判断力、表現力等につきましては、現時点では現行の学習指導の内容項目を示しているものでありまして、今後、本ワーキンググループにおいて、改めて後日、御審議いただく予定でございます。
最後に、2ページ目にお戻りいただければと存じます。改めて本日の論点の確認でございますが、ここに掲げる3点です。まず論点1、目標の在り方といたしまして、論点整理で示された考え方や、諸情勢の変化を踏まえ、社会科等の目標についてどのような見直しを行うべきか。そして、論点2、見方・考え方の在り方として、各科目・分野等の見方・考え方について、総則・評価特別部会で示された方針を踏まえ、その構成の在り方や内容についてどのような見直しを行うべきか。さらに、論点3、高次の資質・能力の在り方についてとして、各分野・科目における高次の資質・能力の在り方についてどのように考えるか、こういった点について御意見を賜れればと存じます。
私からの説明は以上でございます。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、意見交換に入りたいと思いますが、その前に、最初に私から、本日の意見交換の進め方等について、2点ほど御提案をさせていただければと思います。まず最初に、本日の意見交換の目標についてでございますが、これまでも2回のワーキンググループやメール等で各委員の基本的なお考えについてはお示ししていただいていますし、年明けのある段階で、社会科等に関する目標、見方・考え方及び高次の資質・能力について、ワーキンググループとして素案をまとめて、教科間での調整を経る必要が出てきそうであるということのようでございます。
そこで、本日の審議につきましては、第一に、教科等の目標と見方・考え方につきましては、できればその基本的な内容について共通理解を得たいと考えております。第二に、高次の資質・能力については、その基本的方向性、記載の仕方等について御議論をいただいて、具体的な検討作業を進めていただけるところまで持っていくことを目指したいと考えておりますが、そのような形でお願いさせていただいてよろしゅうございますでしょうか。
ありがとうございます。そこで、事前にお願いしていることと異なることになり誠に恐縮でございますが、今の点から、御議論の論点が拡散し過ぎないように、本日は審議を大きく3つに分けさせていただきたいと思います。第一に教科等の目標について、第二に見方・考え方について、そして第三に高次の資質・能力について、それぞれ40分から50分程度をめどに御議論をさせていただきたいと考えております。
その際、本日も多くの委員に御参加いただいておりますので、全員に御発言の機会があるよう、各委員の御発言については、3つの論点について、合わせて全体で3分以内で収まるよう御配慮いただければと思います。
なお、時間が足りなくなってしまった場合につきましては、会議後、御発言いただく予定であった内容を事務局までメールにてお送りいただいた上で、後日、議事録掲載という取扱いにさせていただければと思います。
このような進め方でよろしゅうございますでしょうか。
ありがとうございます。それでは最初に、教科等の目標について御審議をお願いしたいと思います。御意見や御質問のある方は挙手ボタンを押していただき、私から指名をさせていただきます。発言時はミュートを解除してお話しください。それでは、よろしくお願いいたします。いかがでしょうか。
桑原委員、お願いいたします。
【桑原委員】 失礼します。御説明ありがとうございました。私は、御提案いただいた目標については異存ございません。この方向性でよいかなと思っています。
ただ、一つ、高等学校のほうで知識及び技能のところに「妥当性を吟味しながら」という言葉を付け加えていただきましたが、それについて、これを加えたことについては特に反対というわけではないんですけれども、ただ、何の妥当性をどういうふうに吟味するのかといったところがやや曖昧で、これまで妥当性を吟味するということが実際の授業の中で行われてきたことは少なかったかなと思いますので、この辺りの説明を丁寧にしていかないと、なかなかこの「妥当性を吟味しながら」ということについての意図が伝わらないのではないかと思いました。
今後の議論の中でその中身を詰めていければと思いますけれども、ぜひ御検討いただけたらと思います。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、山内委員、お願いいたします。
【山内委員】 よろしくお願いいたします。ありがとうございました。
私からは資料の4枚目になりますけれども、映していただけますでしょうか。ありがとうございます。今回、変更点ということで、自らの考えを客観的に捉え直すということが出てきたかと思うんですけれども、これは具体的に何を指す、何を客観的に捉え直すのか、何をどうするのか。例えば確かさというところと関わってくるのか、あるいは、他者の見解に基づくということでの擦り合わせたり練り直したりとかするということなのか、例えばですね、何を指すのかということについて具体的に共通理解できると、授業にも生かせるのではないかなと思うんですけど、この辺のお考えをお聞かせいただけたらと思います。よろしくお願いいたします。
【土井主査】 この点、事務局、お願いできますか。
【髙見主任教育企画調整官】 ありがとうございます。こちらにつきまして、思考・判断・表現等のところで、一連の過程といたしまして、ここに書いているとおりでございますけども、資料や概念などを活用して多角的・多面的に考察して、また、選択・判断して、それを表現する、そこまでが現行の規定でございますけれども、一旦、自分の考えを客観的に捉え直していく、この一連の過程の中での客観的な捉えという位置付けで、このような記載を今回追加しているところでございます。
【山内委員】 一連ということは位置付けるんですね。
【髙見主任教育企画調整官】 はい。
【山内委員】 ありがとうございます。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、黒田委員、お願いいたします。
【黒田委員】 よろしくお願いします。まず3ページの目標について、学年別目標を設けないという方針には、私は賛同できかねるなと思っております。現場の授業づくりは、教科の目標と学年目標を基盤に構築されます。教科目標のみでは、射程が広過ぎて、単元のゴールが不明確となって、授業設計に支障を来すのではないかなという危惧をしております。
また、先ほどの山内委員と同じなんですけど、自らの考え方を客観的に捉え直す力というのが具体的にどのような力を指すのかというのが不明確だなと思って、学びに向かう力、人間性等の主体的な調整との違いは何なのかということが非常に疑問に思いました。
この力を導入することによって、自己調整力の育成に過度に傾いて、これまで根づいてきた考察・構想の思考の研究が停滞しないかということを懸念しています。恐らく現場では、この新しい力に飛びついた突飛な実践が散見されるんじゃないかなということを心配しております。
また、思考力・判断力・表現力とはまた別の、第四の力として捉えられかねないんじゃないかなというふうにも思っております。現状、子供たちは、自分の考えを説明したり図や文で表現すること自体が課題という中で、さらにそれを捉え直して客観化することは非常に難しいのではないかなと思っています。
最後に、知識で、小学校だけ概念というのがないんですけど、ここまで概念を重視していく方向性の中で、小学校の知識に概念というのがないのが私としては疑問で、概念を小学校でも入れるべきだと考えております。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
学年別の件については、趣旨を御説明いただけますか。
【髙見主任教育企画調整官】 学年別の件につきましては、これは先ほど説明したとおり、総則・評価特別部会の中でも議論されている内容でございますけども、高次の資質・能力、小学校については本日お示しできていないですが、そちらと併せて御覧いただく中で、学年別目標をどう位置づけていくのかということは、また今後、御議論いただければと考えているところでございます。ありがとうございます。
【土井主査】 ありがとうございます。今御指摘いただいた点のうちの新しい力の部分と概念については、また委員のほうで続けて御議論いただければと思います。
それでは、鈴木委員、お願いいたします。
【鈴木委員】 ここまでの皆さんの発言に沿って話したいと思います。資料4ページの4、思考力、判断力、表現力等の説明のところですが、自らの考えを客観的に捉え直す力という点については、ここまでの話と同じです。けれども、これは学習指導要領の解説のレベルになるかもしれませんが、具体的な学習活動として事例を示せるとイメージが繋がると思います。この部会の中でどこまで触れるかは今後の議論かと思いますが、ぜひ学習活動の事例がどこかに示されると良いと思いました。
もう1点、関連したところで、もう一つ上の項目3、知識及び技能のところです。妥当性を吟味するということが内容に追加されましたけれども、この考え方については中学校も似た部分があると思います。ただし、同じことをそのまま中学校の内容に入れるのは違うと思います。効果的に調べまとめる技能というところについて、これは代案というわけではないですが、考え方として、例えば中学生ぐらいであれば、資料の出典を明らかにして調べまとめるとか、資料の出どころをしっかり示して扱うことを示すことで、授業のつくり方も変わってくると思いました。
それから、効果的に調べまとめる技能の「効果的」という言葉のイメージについてしっかり定まっていないと思います。学習活動でよく見受けられる風景としては、調べてまとめる時、例えば中学生がプレゼンの画面をつくるときに、画面の表現にばかり力を入れて、時間と手間をかけて凝ったものをつくろうとすることが多くあります。本質的な社会科の学習内容の扱いが充実しないというケースもあるので、見た目の表現に注力し過ぎないように、この言葉の意味をしっかりと定めておいたほうが良いと思いました。
それから同じところで、もう一つ上の項目になりますが、3の1つ目の黒ポツの部分にある米印で、「概念の理解とは」という注釈がついています。その後半部分に「すなわち、指導における単元(内容のまとまり)の知識の獲得目標となるもの」という説明があります。ずっと後のほうにある見方・考え方の資料の中にも出てきます。そこではっきりとイメージできるようになるので、「指導における単元の知識の獲得目標となるもの」というこの部分は、米印ではなく、しっかりと一般の方が見ても分かるようにしておくと、誤解がないうえに、概念という言葉に関する理解もはっきりすると思いました。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、升野委員、お願いいたします。
【升野委員】 よろしくお願いします。皆様と同じところに私もとても引っかかっているんですけれども、客観的にという言葉、客観的に捉え直すという観点のところが、そもそも自分のことを客観的に見ることは不可能だと思っておりますので、せめて中学校段階であれば、例えば自分の考え方になかったもの、見落としていたところ、つまり、多面的・多角的に考察して、自分の立ち位置を確認するぐらいでいいのではないかと思っていますし、そもそも客観的という言葉が非常に危ういのではないかと思っています。
ほかの先生方は、客観的という言葉に注釈を入れればいいとお考えの方もいらっしゃるようですけれども、やはり客観性というものが非常に曖昧である以上、先ほど出てきた見落としていた観点とか視点、多面的・多角的の言い換えになりますけれども、という形で書いておいていただいたほうがよいのかなと。要は、自分の思考過程を可視化するということで十分かなと思っております。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
では、唐木委員、お願いいたします。
【唐木委員】 よろしくお願いします。私は1点だけですけれども、3ページのスライドを見せていただいて、高等学校公民科のところの最後に青字で「現代の諸課題」と入っているのが気になるということが私の一番言いたいことです。恐らくここは、「発達段階や教科の特性」の「教科の特性」を反映させて言っているのかなと思っています。発達段階というのは青字のところかと思っていますけど、課題の前に「現代の諸課題」と付くと、そのほかと少々異なる課題解決的な学習になってくるので、系統性とか体系性ということを重視するならば、ここのところはそろえたほうがいいだろうと思います。つまり、小学校、中学校、高校・地歴と同じように、課題を追究したり解決したりとしたほうがいいのかなというのが意見です。
次の4ページを見せていただけますか。思考力、判断力、表現力のところには「社会に見られる課題」、それは小学校、中学校、高校・地歴まで「社会に見られる課題」で、高校・公民は「現代の諸課題」というふうに、課題解決的な学習とは異なる課題についてはここで触れられているので、高校・公民科が置かれた特殊な事情というのもある程度承知しているつもりですけれども、やはり課題解決的な学習の目標のところはそろえるべきではないかと。そちらのほうがすっきりして、現代の諸課題に公民科が注目する意味も十分に分かるんじゃないかなというのが私の意見です。よろしくお願いします。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、韮塚委員、お願いいたします。
【韮塚委員】 よろしくお願いします。私も4ページ、先ほど来話題になっている思考力、判断力、表現力の中の、新たに加わった部分の記述について疑問を持ちました。自らの考えを客観的に捉え直すという観点については、資質・能力として捉えるよりは、むしろ、例えば12ページに、今回、新しい見方・考え方として、当該分野の本質を示す事項に焦点化したような表現が加わっています。例えば地理の分野で見れば、新しい見方・考え方として、位置や空間的な広がり、地域の環境、地域間の繋がりなど、それから、よりよい社会の形成に向けて課題を考え、根拠に基づき公正に判断することとなっているんですが、先ほどの自らの考えを客観的に捉え直す観点というのは、こういった新しい見方・考え方に含めたほうが、資質・能力よりも妥当なものではないかと感じました。
以上になります。よろしくお願いします。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、頼住委員、お願いいたします。
【頼住委員】 頼住でございます。私も先ほどの「客観的」という点について意見を申し上げたいと思います。私はむしろ、これは非常に大切な力であり、客観的という形で位置付けることには十分な意味があるのではないかと考えております。と申しますのも、主観的と客観的と区別において、要するに自分の独りよがりに陥らないということが重要であり、先ほど「思考過程を可視化する」という言葉で御説明くださった先生もいらっしゃいましたが、そうした点も含めて客観的に捉え直す、自己相対化できるということがここで言われているのだと思います。また、基本的な考え方として、普遍主義的に一つの正しさを押し出して判断する力というよりも、文脈依存的に自己を相対化しながら合意形成を図っていく、そうした力こそが現代において求められているのではないでしょうか。価値観が非常に多様化している状況の中で、「これが正しい」と一方的に表現するのではなく、文脈に応じて判断し、自分を相対化していく、ある意味では、外からの目で自分を見ること、これが客観化ということだと理解しております。そうした点を含めて、私は、これは現代にとって非常に重要な考え方であり、言葉遣いについては若干の調整の余地はあるかもしれませんが、ここに入れておく意味は大変大きいのではないかと私自身は考えました。
それから、先ほど唐木委員からご指摘のあった「現代の諸課題」についてですが、私もその点は気になっておりまして、やはり全体として桁をそろえたほうがよいのではないかと思います。例えば高校・公民の中には倫理も含まれておりますが、倫理の中では、現代の諸課題に限らず、人類にとって普遍的な問題や課題も扱っております。そうして点を踏まえますと、「現代の諸課題」のみに焦点を当てることは、他との関係もありますけれども、ややそぐわないのではないかと思いました。
以上でございます。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、石井正広委員、お願いいたします。
【石井(正)委員】 ありがとうございます。私は小学校籍ですので、4ページの小学校の思考力、判断力、表現力を見て考えたことをお話しさせていただきます。
ここは「自分の考えを振り返り」という文言が入っていたように思うのですけど、それが「自らの考えを客観的に捉え直す力」に替わっています。こちらは、私は分かりやすくなったと考えています。
この文面を見ると、子供たちが深く学ぶプロセスを描いていると捉えました。個人で考えて終わるのではなく、考えたことをさらに集団で表現したり議論したりすることを通して自分の考えも再構築していく。独りよがりの考えにならないような、そういう力をここでは付けさせたいという主張というように私は捉えました。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、中山委員、お願いいたします。
【中山委員】 よろしくお願いいたします。3ページのところですけれども、「グローバル化する国際社会」という記述が消えたことによって、ここに示されている「近年の状況を踏まえれば、所与の前提となっている」ということは十分理解できますが、全部消えていくということで、内向きになったなという印象が拭えないわけです。
どうしても次世代のことを考えると、内向きであってほしくないので、社会科の目標から外しても、学びに向かう力、人間性のところで、例えば地域社会の一員及びグローバル社会の一員とするとか、ちょっと言葉のニュアンスを残しつつ、改訂が内向きに走っているわけじゃないぞというニュアンスは残したいなと思います。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、山田委員、お願いいたします。
【山田(圭)委員】 ありがとうございます。情報の妥当性を吟味するという新しく入ったところに関して、今、皆さんのお話を聞いていて、やっぱりちょっと曖昧だなと思ってきたのは、私、国語の教科書も書いているんですが、事実と意見を区別するというのを割と重視していて、その点で言うと、情報と言ったときに、事実のことを言っているのか、意見のことを言っているのかというのはちょっと曖昧だと思うんですね。
事実について述べたことを、それが本当に確かなのかどうかというほうで言うと多分、情報の信頼性を吟味するみたいなほうが恐らく分かりやすい話かなと思うんですけど、あえて吟味するという言葉を使っているときに、何かもうちょっと考えみたいな、意見とかそういうものも含めてここで言いたいということなのかどうかというのがちょっと曖昧だなと思うところで、逆に、事実についての話だけで限定すると、確かな情報に基づいて調べるという話と、情報の信頼性を吟味するという話がちょっとかぶっている気もするんですよね。
だから、ここでの妥当性というのが、事実の話なのか意見の話なのかというのは少し整理したほうがいいのかなと思ったのと、先ほどから皆さんが議論されていた、自分の考えを客観的に捉え直すというのも、こっちのほうは多分考えなので、意見を含んでいるんだと思うんですね。どうするべきかみたいな価値判断を含んでいるほうの話だと思うので、こちらのほうで、自らの考えを吟味する、自らの考えの妥当性を吟味するというのであれば、そっちのほうがむしろ妥当性を吟味するという言い方ですっきりする気がするんですが、情報の信頼性を吟味するという話と考えの妥当性を吟味するという話がちょっとごっちゃになっている気がするので、そこは少し整理したほうがいいかもしれないと思いました。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、小林委員、お願いいたします。
【小林委員】 どうもありがとうございます。私は、目標の在り方について、内容ではなく、表現方法について意見があります。もともと学習指導要領の書きぶりというのは非常に分かりづらさがあって、学校の現場の先生方にとってみると、結構難解な文章になっていると思います。
特に今回、7ページなんですけれども、高等学校になってまいりますと、一文が長くなっているんですね。これは現場の先生方にとって、分かりづらさとか使いにくさというのがあると思います。
これはできるところとできないところがあると思うんですけども、表現方法として、できれば箇条書を取り入れてほしいと思っています。ただ、学びに向かう力、人間性等の後半の部分はなかなか箇条書にできないと思うのですが、箇条書にできるところは箇条書にしていただいて、見やすさ・分かりやすさというものを考えていただければと思います。
以上でございます。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、石井英真委員、お願いいたします。
【石井(英)委員】 それでは、手短にというところですけども、まず全体の議論としては、どういう社会科をつくっていきたいのかというところの大きな見通しですよね。ただ、ずばり言ってしまえば、小学校は活動主義で、前々から言っていますけど、中学校・高校は網羅主義と。それをどう転換していけばいいのかというところが大きな筋かと思います。
そのときに、先ほど黒田委員からもあったように、小学校社会科における良質な遺産、ポイント、実践ということで申しますと、見方、社会を捉える枠組み、そういったものを基にしながら多面的・多角的に考えるというか、そうした良質な実践があるわけですよね。やっぱりそういったものを励ましていくと。そういうことによって、中身のある小学校の社会科をつくっていくということが一つあろうかと思います。
そういった観点からしますと、確かに小学校において、対象とする、分析するのは社会事象一般というか、社会生活とか身近なところかと思うんですけども、しかし、やっぱり概念を意識しながらというところは、それはあったほうがいいのかなと。そうでなかったら小学校において何を結局学んでいるのか分からないという状況を克服する上では、そういった概念に関する記述が小学校にあったほうがいいのかなと思ったりもしました。
逆に、中学校においてはもっとダイナミックにというところですよね。中高に関しては。ここは、その後の高次の資質・能力の示し方みたいな部分とも関係するかなと思いますけれども、それから一つ、概念という言葉に関して説明があるんですけども、概念としての習得といった場合に、概念という言葉が、理解の様態というんですかね、だから、年号でも学び方によっては概念になるんだよみたいな、そういうことではないと思うんです。ですから、この辺り、概念ということは知識のタイプであるということをまず標準に据えて考えていくことが重要かなと。
ですから、それで言うと、「ここでの概念の理解とは」と書いてあるので、概念とはじゃないんですよね。この辺を説明する場合に、注意が必要かなと思います。そうすると、その上の「概念としての習得や」とかという、そことちょっとそごがあるわけですけども、この辺、説明において一貫させていくことが大事かなと。
あともう一つ、自らの考えを客観的に捉え直す云々ですけれども、それこそこれまでの実践の良質なものを促進していくという観点からすると、まさに多面的・多角的に考えるとか、今回、全体からすると、現代社会、特に真偽がどうか分からないということにおいて、思慮深く考えていくということが何より重要なんだろうと思います。
そこで確かな情報とか、あるいは妥当性を吟味する、つまり批判的に思考するということがかなり打ち出されているわけですよね。まさに多面的・多角的に考えていくということは、自分の思考とか立場を自覚して相対化するというニュアンスかと思います。
ですから、前のときは振り返りということで、かなりメタ認知のニュアンスが強くて、今回も客観的ということで、社会科固有ということにちょっと寄ってきたかなと思っているんですけども、さらに客観性と言ったときの客観的をどういうふうに社会科固有ということで捉え直すかといえば、先ほどもあったように、何なら俯瞰的とかですね。俯瞰的に自分の考えを見ると。あるいは先ほどの相対化するとかという、もう少し多面的・多角的みたいなことのニュアンス、批判的に思考するということのニュアンスに寄せたような形で捉えていくということはあるのかなと思いました。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、井柳委員、お願いいたします。
【井柳委員】 2点、簡単に。1つは、皆さんが仰っている4ページの自らの考えを客観的に捉え直す力ということについてですが、頼住委員がこれは重要じゃないかということで、石井委員もそういった方向の議論だったと思いますけれども、私もそちらの側の意見に賛成で、これは今の時代にやはり必要な能力かと思うので、ネットの時代の中で、似たような意見の人たちで集まって、そういった意見の中で周りが見えてこなくなってくるという、先ほど独りよがりの考えという言い方がありましたけども、それに対して、それを捉え直すということは必要だと思います。ただ、客観的という言葉を使うのか使わないのか、多角的という言葉ではいけないのか、俯瞰的なのか、どの表現が適切なのかということは慎重に考えて、先生方に伝わる言葉にしたほうがいいかなと。最初に理解しにくい言葉だなとは思いました。
もう1点、その前の3ページ目ですが、グローバル化する国際社会という言葉を抜くと内向きではないかという話があったんですが、現時点でむしろ「グローバル化する国際社会」という言葉のほうが突出しているので、国家と地域とグローバルというのはバランスよく入れていくということがあれば十分ではないかなと思っているので、この方向は、私は基本的に賛成しています。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、額田委員、お願いいたします。
【額田委員】 今、何人もの先生が言われた、自らの考えを客観的に捉え直すという点ですが、石井先生がおっしゃっていましたけど、自分の考えを対話であるとか議論であるとか、いろいろな情報を振り返って吟味し直すということは非常に重要なところと思いますが、やっぱり客観的というところにすごく引っかかっています。これを読んだときに、客観的というのは何なんだろうと。まるで正解があるかのような、一つの物差しのような印象を受けましたので、やっぱり言葉としては、相対化であったりとか、俯瞰であったりとか、自分の考えをもう少し違う視点から見られるというところで、それは客観的とは違うのかなと思いました。
それからもう一つは、これも先ほど小林先生がおっしゃったんですけど、やっぱり一文が長過ぎますので、もう少し端的に伝わるような形になったほうがいいのではないかなと思いました。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、山田育穂委員、お願いいたします。
【山田(育)委員】 ありがとうございます。山田でございます。
私も2点、気にかかったことがあって、1つ目は既に指摘されている、公民の「現代の諸課題」という部分は、やはりほかから随分と浮いて見えるということで、それがどうしても必要ということであればあれなんですが、そこだけが違う目的を持っているように見えてしまうのは、印象として少し違うのかなということを思いました。
もう一つは、「グローバル化する国際社会」の代わりに入った「持続可能な社会の形成に向けて」という部分なんですが、これは科目の目標なんだろうかということが少し気にかかりました。つまり、何かを学んで、その上で最終的に持続可能な社会の形成に向けていこうと、子供たちが学んだ結果としてそう思っていくというのはあると思うんですが、例えば国際社会がグローバル化しているとか、個々人は地域社会とか国際社会の一員として生きているんだとか、そういうことは事実なんですが、グローバル社会の形成に向けてというのは、意思というか、個々人が持つべき目的であって、それは科目の目的なんだろうかというところが少し気にかかりました。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、新保委員、お願いいたします。
【新保委員】 3点でございます。3ページの目標でございますけども、私、小学校ですが、すっきりして分かりやすいなと。よくなったなと思っております。
前も申し上げましたけども、参画意識がなかなか高まっていないというところが社会科の大きな問題ということだったと思いますが、まず、特に私は北海道におりますけども、本当に人口減少が大変な中で、自分がまず参画すべき社会ということで、グローバルのほうはもちろん大事なんですが、そこはちょっと弱めて、まず自分の社会に対する参画ということで、こういう表現でよろしいのかなと思います。
2つ目は、4ページでございますけども、先ほど来出ている自らの考えを客観的にというのは、私はこれでもいいのかなと思います。いずれにしても、一人の思い込みとか独りよがりじゃいけないんだよということ、これは小学校でも大事なことかなと思います。
3点目ですが、これは先ほど最初のほうでどなたかがおっしゃっていたかと思いますけども、概念という言葉が小学校のところだけ抜けておりますが、私の理解では、社会科は細切れの知識であっては、それを覚えるだけでは駄目なのであって、もっと概念的にということだと思うんですが、小学校こそ、そういう性格があるんじゃないかなと思いまして、小学校にも概念という言葉を知識・技能の中に入れてもいいのかなと思いました。
以上でございます。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、梅津委員、お願いいたします。
【梅津主査代理】 失礼いたします。私は、冒頭発言されました桑原委員の指摘について、つまり、「その妥当性を吟味しながら」というのを知識・技能における技能と捉えて、高等学校において特段に使うという、そのことに関わって意見を述べたいと思います。
私の問題意識は、消してあります「適切かつ効果的に調べまとめる技能を」という言葉に替えて、あえて「妥当性を吟味しながら」という言葉を使う根拠、それから、「その妥当性を吟味する」というのは、私の捉えではスキルなのか、技能なのか、それは思考力のかなり中核に当たる能力ではないかという思いがあるものですから、その文脈で発言させていただくんですが、理解する具体的な対象としては、このたびの改訂されるべき学習指導要領では「概念」という言葉に収れんしていくようになっているわけですけども、授業レベルでは当然のことながら概念というのを言葉で子供たちに教え込んでも意味がないわけでありまして、これの習得の順序は、一般的に申し上げますと、帰納的な思考プロセスを通して得た概念を、別の事象に応用するという形で演繹的な思考プロセスに展開していくというのが、概念探究学習の基本的な形だろうと思っています。
だとするならば、資料は何のために使うかというと、概念を形成するための根拠、あるいは帰納的な思考により、資料から事実をつかみ、さらには解釈を形成し、解釈をさらに概括して、概念に向かっていくという、これは概念探究の学習過程として一連のシリーズになると思うわけです。
そういうことから考えますと、妥当性を吟味するというのが、どこまでのものに関わる言葉なのかというのが非常に微妙かつ難しい問題を提起すると思っていまして、例えば歴史総合を例に挙げて、お隣の思考力、判断力、表現力のところを見ますと、「近現代の歴史の変化に関わる事象の意味や意義、特色などを理解する対象とし」、これが基本的には概念と連動していくということになると思うんですけども、妥当性を吟味するところに関わって、意義や特色、こういったものも吟味の対象になるということまで及ぶんじゃないかと思いまして、そうすると、それこそ知識の脱構築論じゃないですけども、あらゆる知識が解体されていくという方向に道を開く危険性はないのかと思えまして、この妥当性の吟味というのは、スキルというよりも思考の本質というふうに私は捉え、かつ、「適切かつ効果的に調べまとめ」というのが、意味としてはそんなに違和感のない言葉であったとするならば、高等学校だから、発達段階を踏まえるから「妥当性の吟味」という言葉を置くというのは、今言った意味において危惧を覚えるということです。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、時間の関係で最後になりますが、宇津川委員、お願いいたします。
【宇津川委員】 ありがとうございます。冒頭、ちょっと遅れましたので、もしずれた発言になりましたら申し訳ありません。2点です。
まず1つは「持続可能な社会の形成に向けて」、3ページのところですか、先ほど山田委員からも御発言あったところで、同意見です。科目目標として柱書で書かれると思うのですが、もともと「グローバル化する国際社会」という文言もあったと思います。これは社会科だから「〇〇な社会」みたいな形容詞的に表現が必要なのか、冗談か分かりませんけれども、こうしたことを社会科の目標として書くことが本当に必要なのかなというのは以前からも思っておりました。「持続可能な社会の発展」という表現もたしかあったと思うのですが、ここの表現は本当に必要なのかどうかが気になるところです。
もう一つは、小林委員ほかの御発言がありましたけれども、やはりもう少し分かりやすい表記、思い切った表記というのを考えてみてはいかがでしょうか。3ページ目、4ページ目と、基本的にざっと小中高とまとめられているからかもしれませんが、やはり読みにくいといいますか、分かりにくいと思います。一文が長いというのもどうかなと思いますので、もっと思い切った表現、この場合は表記でしょうか、別の案も見てみたいなと思いました。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、委員の先生方から一通り、目標については御意見をいただきました。
多くの委員から御指摘いただいた点としまして、「思考力、判断力、表現力等」のところの「自らの考えを客観的に捉え直す力」という、ここの部分をどうするかという御意見が多くございました。
私が伺った限りでは、自分の独りよがりで思考したり判断したりするとか、独断的な考え方を押し通そうとするとか、そういうこと自体はやはり適切ではなく、委員の先生方から御提案のあったように、俯瞰するとか、多角的とか、批判的とか、あるいは反省的という言葉を使ってもいいのかもしれませんが、自分の考え方をある程度相対化して再度見直すという、そういう力自体は必要なんじゃないかという意見が多かったように思います。
ただ、御指摘のように、客観的という言葉にはいろいろなニュアンスもございますので、言葉遣いをどうするのかという点については少し検討していただくのがよいのではないかと思っております。
次に、「グローバル化する国際社会に」という部分につきましては、もともとあったものを消すということになると、少し内向きのイメージを与えるのではないかという御指摘もありましたが、「グローバル化する国際社会」だけを強調するというのもいかがなものかという御指摘も、両方あったと思います。
もし再度検討して、原案のように、「グローバル化する国際社会」の部分を消すとしても、どの段階で行うかという問題はあろうかと思いますが、それが決して内向きにならないような形で工夫をするという方向がよいのではないかと思います。
それから最後に、妥当性を評価するという部分でございますが、ここのところ、既に何人かの委員、梅津委員からもございましたし、山田委員からもあったと思いますが、その対象をどうするのかという点は少し整理させていただきたいと考えております。資料そのものの信憑性とか、それが確かなものなのかどうか、あるいは出典の問題を御指摘いただいた委員もおられましたけれど、そういう問題なのか、それとも判断の内容が適切なものかどうかという問題なのか、その対象をどうするかによって、技能に整理するのか、それとも思考力、判断力に整理するのかの問題が出てくるというのは、御指摘のとおりだと思います。そこを明確にした上で、適切な言葉が何なのかということについて、少しまた検討させていただければと思います。
最後に、記載を分かりやすくしろというのは御指摘のとおりでございますが、これは全体との調整の問題もございますので、どのような形にしていくのが分かりやすい表記になるかについては、全体と協議しながら進めさせていただければと思います。
最後になりましたが、ワーディングをどうするのかという点について多く御意見いただいておりますので、今日は短時間でございましたので、もしここの部分はこういうワーディングのほうがいいという御意見がございましたら、事務局にメール等でお寄せいただきますと助かります。それを参考にして検討を進めさせていただければと思いますので、よろしくお願いいたします。
それでは引き続きまして、見方・考え方の部分について議論を進めたいと思います。
資料では11ページ以降の部分になりますが、この点について委員から御意見あるいは御質問等があればお出しいただければと思いますが、いかがでしょうか。
それでは、井田委員、お願いいたします。
【井田委員】 よろしくお願いいたします。見方・考え方については今回目標から外れたんですけども、それに伴って一番の心配事は、見方・考え方が意義の中核として独立して扱われるんじゃないかという危惧がちょっとあります。
前回までの見方・考え方は、見方・考え方を通しながら知識を得たりなんかしていくという繋がりがあったんですけども、今回それがなくなるとすると、見方・考え方が独立したものになって、結局のところは扱われなくなるんじゃないかという危惧が一つあります。
そういう意味では、見方・考え方をどういうふうに繋げていくのかということが重要な感じになっていると思うんですけども、ちょっと先へ進んで申し訳ないんですが、20ページにありますけど、世界の各地の人々の生活と環境、例えばそこをやりますと、知識及び技能に関する統合的な理解というところで「世界の人々の生活が環境からどのように影響を受け」という文言がありますけど、これというのは、思考力、判断力の、ここで言うと人間と自然環境とに関わることで、結局は見方・考え方を踏まえて理解に繋がるというようなところがあるので、そういう意味では、そこを分断しちゃうことによって、今まで分断しないで見方・考え方ができることによって地理的な見方だとか歴史的な見方ができたのが、そこが分断されてしまうのではないかという危惧があるので、そこを繋げるような工夫が必要かなと思いました。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、大村委員、お願いいたします。
【大村委員】 失礼いたします。見方・考え方と、それから高次の資質・能力も少し連動してくるんですが、意見を述べさせていただきます。
見方・考え方と高次の資質・能力の関係について、非常に悩まれたんだろうなと、その中でつくられたんだろうなということが伝わってきて大変敬意を表しますが、例えば13ページの地理の見方・考え方のところなんですが、中学校の地理の見方・考え方、地理的分野のところでは、社会的事象やその言説を、位置や空間的な広がりに着目して捉え、公正に判断すると表現されているんですが、社会的事象を見る眼鏡として、つまり前半部分の見方は分かるとして、後半は、どう考えるかというよりも、何について考えるかということの表記になっているように感じます。
それで行くならそれで行くということなのかもしれないんですが、ちょっとやっぱり疑問を感じました。なぜそうなるのかなと、そうされたのかなと考えたときに、そもそも見方・考え方というのは、「方」がついている以上、道具的・方法的な表現のはずなんだけれども、学ぶ意義の本質として記述しなければならないというところが、このような齟齬を来してしまっているのかなと思いました。
改訂以前というか、現行の記載では、後半の部分は、人間の営みと関連付けて考えると書かれていますが、そちらのほうがまだ考え方っぽいなと思います。今回のご提案で書かれていることが社会科の学びとしておかしいとは思わないんだけれど、「方」とついているのであれば、何について考えるかじゃなくて、「考え方」を書かないといけないのかなというふうに、その辺り、これが考え方になっているのかなという疑問を覚えました。
ただ一方で、高次の資質・能力のほうの「思考力・判断力・表現力等の総合的な発揮」のところに見方・考え方の十分に発揮された姿みたいなものが書かれているので、そこと区分けする意味でこう書いたのかなとも思うので、何が言いたいかというと、表記を何となく私たちは理解することはできるんだけれど、やっぱり分かりやすさとか現場の先生方の理解のしやすさということを重視しないといけないと思いますので、見方・考え方というふうに「方」と付けているのであれば、やっぱり方法論とか道具的な表現をすべきではないかということと、高次の資質・能力のほうでは、それが発揮された表現の仕方ということを検討する必要があるのかなと思いました。
以上になります。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、板倉委員、お願いいたします。
【板倉委員】 よろしくお願いいたします。今の大村委員の考えに関連するのですが、私も見方・考え方について、いただいた資料の11ページや16ページを見ると、やはり物事を捉える視点と、考え判断する方法という2つが前提だと考えたときに、12ページの見直し案を見ますと、見方に関する部分というのは明確に示されているのですが、考え方に関する部分というのは、「よりよい社会の形成に向けて課題を考え…」という文言が共通で用いられていますけれども、やはりこれは、先ほど大村委員からもお話がありましたが、考える方向性や対象であって、どのように考えるかという方法的な部分が見えにくくなっているのではないかと感じます。
これについては、13ページにあります小学校の現行の記載と見直し案の記載を見比べると分かりやすいのですが、ほぼ同じ文章量にも関わらず、考え方に該当する部分に関して言うと、抽象的になっているだけで、これは経験が浅い教師が読んでも分かるようにするという点も重要とのことでしたので、そう考えると、端的に示したということにはなっていないような気がします。小学校においてはむしろ現行の記載のほうが端的に示されていて、浸透するのではないかと感じます。
また、見方の部分については、小学校から中高にかけて豊かに働くような表現になっているのですが、考え方の部分については、高校の公民を除いては同じ文言になっているので、先ほど申しました前提というのを踏まえますと、見方と考え方の双方のバランスという点からも、この表記でいいのかというのは気になりました。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、桑原委員、お願いいたします。
【桑原委員】 失礼します。見方・考え方について、先ほど前の学習指導要領で、物を見る眼鏡という表現が使われていたことについて言及された委員がいらっしゃいましたけれども、まさに見方・考え方というのは、本来的にはそういう捉え方なんだろうと思います。ですから、前の指導要領のときに「働かせ」という言葉が目標の冒頭についていたわけで、眼鏡を使って物事を見るんだということで、非常に明確であったかと思います。私、これまでの会議でも言ってきたことなんですけれども、それがなくなったことで、やっぱり見方・考え方の意味合いが、受け止められ方が変わってくるだろうと思います。
今回見直しのイメージというところで示されたものを見ると、「何々すること」という表現で書かれているところが多くて、見方・考え方がかなり方法的な概念に偏ってしまっているなという印象を受けます。印象というか、そういうふうに捉えられるだろうと思います。
ですから、知識があって、見方・考え方という方法があってというふうになってしまいますので、そもそも物の捉え方というか、そういう概念であったものから、かなり変わって受け止められかねない。そして一方で高次の資質・能力というのが別にできましたので、さらに見方・考え方というのは方法なんだと。方法概念だと捉えられかねないなというのを危惧しております。
この点、その方向性で行くのか、前回の指導要領から定着してきた見方・考え方を、やっぱりよい部分を引き継いでいくのかといったことについては、もう一度よく考える必要があるのかなと私は考えております。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、升野委員、お願いいたします。
【升野委員】 よろしくお願いします。先ほどから見直し案の「公正に判断すること」というところが大変気になっているんですけれども、例えば教える側、教師が、生徒が考えてきたことに対して「君の意見は公正なんじゃない?」とか「公正に判断できていないんじゃない?」ということはそもそも判断できない、評価できないのではないかと思うんですね。
現行は、選択・判断の根拠となることを関連付けて思考していればよいという形で来たわけだけれども、何が公正であるかということは非常に難しいものであって、それを教員は判断できない。そもそもそういうことを目標として学校が教育を行って評価していくということ自体に非常に無理があるのではないかと思うので、やはりこの「公正に判断」というところが私自身は大変気になっている次第です。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、黒田委員、お願いいたします。
【黒田委員】 見方・考え方については、現場は本次改訂からずっと丸1の捉えを浸透させて、プロセスの中で働かせて鍛えてきました。これを、構造化によって具体化する、高次の資質・能力での記載事項という言葉で置くことは理解するんですけど、じゃあ、今まで使ってきた見方・考え方というのはどういう言葉で置かれるのか。言葉がないので、実際、現場ではこれからもうそのプロセスでの見方・考え方というのは使われなくなっていくんじゃないかなということを心配しています。
ですから、新しい看板というか名前が必要なんじゃないかなと思っていて、例えば視点・方法というふうに置き換える。新しい見方・考え方と、視点・方法というふうに置く必要があるんじゃないかなと思っていますし、そもそもやっぱり私はなぜこの枠組み2に置き換える必要が、10年間やってきたものを、まだ10年たっていませんけど、それを今また変える必要があるのかというのはいまだに理由が不明なんですが、むしろ丸2の見方・考え方、新しい見方・考え方というものの名称を変える必要があるんじゃないかなと思っていて、概念的な眼鏡とか、社会生活の捉え方とか、そういうふうに改めていくと、今の見方・考え方というのは現行のままで生きるんじゃないかなと思っています。
あと、12ページにおける見方・考え方、新しい見方・考え方と高次の資質・能力での記載事項の違いが不明確で、恐らく現場の先生はどのように区別して実践すべきかというのは迷うのではないかなと思っています。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
今の点なんですけれども、教育課程企画特別部会の御議論になると思いますが、もう一度、資料の11ページの真ん中の丸1から丸2に移った理由と、それからもう一つ、今後、見方・考え方というネーミングといいますか、表現は残すのか、それとも高次の資質・能力に一元化するのか、その辺りの見通しはどうなっているかについて、分かる点があれば、おっしゃっていただけますでしょうか。
【髙見主任教育企画調整官】 まず、見方・考え方を見直した理由につきましては、資料の14ページのところでございます。こちらの左側の部分でございますが、ここの黒丸の3つ目になりますが、見方・考え方というのは、このような定義の中で、2つの側面で整理されているのが左側の部分で説明した内容でございます。
そこの中で、右のほうに移っていただきますとおり、今回、中核的な概念、高次の資質・能力ということを整理することにいたしました。そういった中で、従来示していた各教科等の学びの深まりを示す側面丸1の部分については、今回の中核的な概念によって重なりが、重複が出てしまうと。そういったことがある中で、今回、新たな見方・考え方というのは、右下のところでございますけども、側面丸2の各教科等を学ぶ本質的な意義の中核に焦点化して端的に示していくこととする方向で検討すべきということとされたところでございます。
そういった中で、考え方としては、次の15ページにございますけども、こちらの中にあるとおり、左の絵でございますが、各教科等の学びの深まりに当たる部分、こちらについては中核的な概念等の中で整理をしていく。そして丸2の部分でございますが、各教科等を学ぶ本質的な意義の中核については、今回、ここに灯台の絵も書いておりますけども、米印のところに書いているように、資質・能力の育成を導くものという位置づけの中で、今回整理をされているところでございます。
名称につきましては、今の段階では、新たな見方・考え方というのは、丸2の学びの意義の中核を指すものということで引き続き審議が進んでいくものと承知しております。
【土井主査】 ありがとうございます。
そのほか、委員のほうで御意見あるいは御質問はございますでしょうか。
山田圭一委員、お願いいたします。
【山田(圭)委員】 ありがとうございます。私も基本的に皆さんと同じで、見方・考え方を働かせるという部分が抜け落ちてしまうというのに危惧を抱いているんですけども、今していただいた説明を聞いても、やっぱり私まだあまりよく分かっていなくて、何で学びの意義の中核というのが見方・考え方なのかというのは、そもそもカテゴリーミステイク、カテゴリーが違うものを言い換えているように思われるんですね。
学びの意義がどういうところにあるのかという話と、どういう見方を教科固有の仕方で働かせて社会的事象を捉えるのかという話は、別の話ですよね。
既にほかの方が言われたように、見方・考え方というより、もともと考えられてきた概念のほうが、全然違うほうの、学びの意義の中核と言われるものを表すものに割り当てられるというのは、まずカテゴリーが違うものが並んでいる気がするというのがあるんですけども、じゃあ、見方・考え方という言い方を変えればいいかというと、やっぱりそれはすごく重要なものが抜け落ちてしまうような気がするので、まさにこれまで、多分、学びが深まるという、各教科の学びの深まりという過程の中で働かせるべきものとして、各教科固有の見方・考え方があるという話として私は理解していたんですけど、その意味では、高次の資質・能力を身に付けるためにも、まさにそこで働かせなければいけないものこそが見方とか考え方という話だったんじゃないのかなという気がするので、そこが分離してしまうというのが、そもそもすごく大事なものが抜け落ちてしまっているんじゃないかという危惧はどうしても抱いてしまうというというところです。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、梅津委員、お願いいたします。
【梅津主査代理】 失礼します。私は、事務局から示していただいている見方・考え方を、画面にありますように、学びの深まりを示す側面と、教科等の本質的な意義を表す側面に一旦分けて、使い方を授業のレベルでどう考えるかという方向で議論を進めていこうという、そういう方向性というのは一旦受け入れるといいますか、賛同する方向で発言をさせていただきたいんですね。
見方・考え方を働かせて、内容的な側面に関する概念を習得・活用していくということについては、井田委員がおっしゃったように、一つの流れとしてはよくできていると思われます。今次のものについて。
今提案されているアイデアに関して、教科・分野・科目を学ぶ本質的な意義の部分を見方・考え方として示す、つまり新しい見方・考え方として示す。一方、学びの深まりのところについては、中核的な概念、高次の資質・能力に落とし込んでいくというこのことの、私が捉える意義を挙げるとするならば、「見方・考え方を働かせる」ことを方法知として教育内容化できるということです。「見方・考え方を働かせる」ということが、私が徳島県の中学校の先生方と関わりながら、様々な授業研究にも参画させていただいたその経験から言いますと、必ずしも「見方・考え方を働かせる」というのが教育内容化されていないという認識を持っているんですね。
つまり、例えば比較する、相違点と類似点を見つけ出していくと言っても、比較するって具体的にはどうすることなのか、なぜそうすることが必要なのかという比較することの意味や意義を一つの教育内容としてしっかりどこかで教える、あるいは考え合うような場面がなければ、見方・考え方というのは、働かせるという名の下に、全てそうとは言えないかもしれませんけど、今次の要領においては所与のものとして、分かったものとして捉え使われるということがなかったのかということなんです。
井田委員おっしゃるように、見方・考え方の新しい考え方により、それは教科等の意義なんだと言えば、授業づくりにおける機能は低減すると思います。そうだとしても、逆に何を得るかというと、学びの深まり方に関わって、内容的概念と見方・考え方を働かせることに関わる方法的概念というのを両者相合わせて教育内容化できるということ、ここは非常に大きな意義だと私は思いまして、高次の資質・能力を育成する授業づくりを前進させることになるんじゃないかと思うんですね。
道具として知識を使うというのは、言葉はいいんだけど、そのことを子供たちが自己の能力として内在化し、実質的にできるようになるためには、方法知というものをきちんと教育内容化して教える場面を用意しなければいけないんじゃないかと思いまして、その観点から、私自身は今回の見方・考え方をあえて2つに分け、1つは教科等を学ぶ意義に位置づけた上で、学びの深まりに関わるところを中核的な概念の中に入れ込んでいくという対応は、むしろ授業の改善に繋がるのではないかと思われまして、私自身は支持する立場で述べさせていただきたいと思います。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
ほかに委員のほうで御意見、御質問等ございますでしょうか。よろしゅうございますでしょうか。
今回は、資料13ページの右側の見直し案の前半といいますか、真ん中辺りに出てくる、もともと見方・考え方として呼んでいた部分を取り出した部分と、後半部分の繋がりをどう考えるかという点について多く御意見いただいたと思います。
旧来の見方・考え方という部分にフォーカスすると、例えば中学校の地理的分野で位置や空間の広がり、地域の環境、地域環境の繋がりなどに着目すること、あるいは以前の言い方ですと働かせることという、そこの部分になるのであって、後ろに来ているのは、それを使ってどうするのかということであるのだから、見方・考え方としては前半の部分ではないのかというご意見ではないかと思います。
私もそういう感じかなと思うところはございますが、以前から少し御意見も出ていたかと思いますが、見方・考え方だけを示すことには問題があるのではないか、今まで「働かせ」と言っていたところに意義があったんじゃないかという御意見もいただいたかと思います。それを考えると、後半の部分の「よりよい社会の形成に向けて課題を考え、根拠に基づき公正に判断すること」というところも、ワーディングの問題はありますが、今後、各科目を学んだ上で社会に出ていってどういうことをしてほしいかという部分が書いてあります。そこに位置や空間の広がり、地域の環境、地域の繋がりなどを働かせて、社会的事象や言説を捉えて判断することを記載しているのですから、これ全体が、見方・考え方という、ワーディングがいいのかどうかはありますが、旧来言われていた見方・考え方をどうするのかということを含めて記載する、一つの仕方なんじゃないかという気がします。ちょっと説明の仕方を考えないといけないところですが、これはあり得る考え方かなと思います。
以前も申し上げましたけれども、目標のところに社会科等の教科全体でどういう力を身に付けるのかを記載する、基本的には公民としての資質・能力を身に付けていくんだというところが、社会科等にとってはやはり一番重要なところですので、それを目標のところで維持をするという形になります。その上で、全体との調整で、最初の見方・考え方を働かせという箇所は目標から外すという方向性に従うとしますと、新しく書いている見方・考え方のところにその趣旨が分かるように改めて記載をするというのが、社会科等にとってはよいのではないかと私自身は考えているところです。
この点、御意見もあろうかと思いますし、それはそうだとしても、ワーディングはこのほうがいいだろうという御意見もあろうと思いますので、まだもう少し時間がありますので、何か追加で御発言があればおっしゃっていただければと思いますが、いかがでしょうか。よろしゅうございますでしょうか。
どうぞ、唐木委員、お願いいたします。
【唐木委員】 誰も指摘されないので、「言説」という言葉は気にならないのかなというのがあるんですが、社会科学、人文諸科学、例えば歴史学とか、社会学とか、政治学とか、言説という言葉はいろいろな意味があって、誤解も生みやすい言葉かなと思っています。例えば「国家」とか「民主主義」という言説が、国によってこういうふうに捉えられているとか、時代によってこういうふうに捉えられているというのは、情報とか資料という言葉も出てきていますけど、単に情報・資料以上の意味を社会科の中だと持ってしまうんじゃないかという、誤解を生むこのワーディングは気になります。この辺りというのはどうなんだろうという、これは素朴な疑問です。
もちろん趣旨は分かるので、事象だけでなくて、それを表現したもろもろの資料や情報、そういったものというのは当然分かるんですけれども、ただ、「言説」という言葉が、社会科の中に位置づけると意味が変わってくるんじゃないかというところの危うさみたいなものは感じるんですけども、どうでしょうか、という意見です。
【土井主査】 ありがとうございます。
今の点、何かほかに御意見ございますでしょうか。いかがでしょうか。
唐木委員のご指摘は、ある種の言説、とりわけ言説分析のような一つの学問的な立場を想定すると、我々の趣旨と異なる理解がなされる可能性があるのではないかという点で、確かにそういう面があるとは思います。
ただ、今回表現を工夫していただいて、「社会的事象やその言説を」という形でひとまとまりに書いていただいたのは、言説だけを取り出しますと、例えば言説の位置や空間的な広がりとか、言説の時系列や推移という話になりかねません。そうしますと、事象の推移ではなくて、言説の推移という話になり、学説史みたいな話が入ってきたり、あるいは言説そのものを言説として捉えて理解するというような話になってくる懸念がありましたので、あくまで社会的事象やそれに関する言説という形にして、時系列や推移はあくまで社会的事象について考えていくことに整理しました。社会的事象に関していろいろな言説がありますが、そのような言説が本当に信憑性のある言説なのか、あるいはその言説が適切なのかを考えるという方向がよいと私も思いましたので、社会的事象と言説をまとめさせていただいていて、それをひとまとまりにして「捉え」というところで知識・理解に、それからその後ろのほうで「判断する」というところもありますので、思考、判断のところで社会的事象本体とそれに関する言説について吟味をするという、そういう形で理解すべきものだと思います。
この点、こういう形で見方・考え方を示す際には、簡潔にといいますか、それなりに読みやすい形で記さないといけませんのでこういう形にはなっていますが、もう少しここのところ、ワーディングを工夫する必要があるかもしれませんし、さらに解説等で詳しく、誤解がないような形で理解されるようにしたいと思っております。
この点、ほかの先生方、いかがでしょうか。よろしゅうございますでしょうか。
唐木委員の御指摘の点はそのとおりだと思いますので、我々の趣旨に従って理解していただけるように、いろいろと工夫をしていきたいと思います。ありがとうございます。
そのほかの点でいかがでしょうか。
升野委員、お願いします。
【升野委員】 先ほども申したんですけれども、公正に判断することを教師が確認していくわけですけれども、その点について、ほかの先生方はどのようなお考えを持っていらっしゃるのか、もしよろしければ教えていただきたいと思っております。よろしくお願いします。
【土井主査】 ほかの委員で、この点、公正という言葉について、何かお考えがあれば御発言いただければと思いますが、いかがでしょうか。よろしいでしょうか。
公正という言葉自体は既に公民では使っている言葉で、公正とはどういうことかということ自体を考えるという話になっています。その意味では、正義という言葉も公正という言葉も公民で使ってはいるんですけれども、これが正義なんだ、公正なんだということを押し付けるというような指導はしないということで了解しています。公正に判断するためにはどのようなことをしないといけないか、例えば相手の意見を聞かないといけないとか、十分な根拠を示さないといけないとか、そういうことが重要な点だと理解しています。
そのように用いている限りでは、偏った指導とか、生徒の皆さんたちの自主的な考え方を否定して、一定の方向に持っていくというような指導を求めているわけではないと思います。
それともう1点、ここで記している「社会の形成に向けて課題を考え、根拠に基づき公正に判断する」ことは、もちろん学校教育の中でもやっていただかないといけないんですけれども、この教科を学んで最終的にこういうことができるようになるということを示すものでもあり、それは先ほど来御説明がありましたように、教育課程企画特別部会のほうでも、学ぶ意義、将来どういう力を身に付けてほしいかという点を含んで理解することになっていますので、一人一人の生徒の皆さん、あるいは児童の皆さんの考え方が公正かどうかを先生方に評価することを求めるという趣旨ではないと思っております。
ただ、ここのところ、誤解を招かないようにしたほうがいいという御意見はもっともかと思いますので、それらの点を踏まえて、これを残すかどうかを検討させていただきたいと思っております。
では、井柳委員、お願いいたします。
【井柳委員】 今のところに関して、まず言説というのが分かりにくいのではないかという唐木先生の御意見は、私もそう思うところはあって、これで通じるのかというのが1点と、公正ということについては、私が最初にこれを読んだときに思ったのは、根拠に基づき公正に判断することが社会科系の科目にとって意味があるのは、色々な立場の人がいるので、やはりそういったことを考えて公平に考えるということと理解したのですけれど、そうすると、よりよい社会の形成に向けてと同じ意味になる、よりよいということと同じなのか違うのか。重複しているならいらないし、重複していない別の意味だったらいるのかもしれないと最初思いました。
あと、この3つの公共、倫理、政治・経済を1つにまとめたことで、これで意味が通じたのか、というのが分かりにくいと思ったのは、人間としての在り方とよりよい社会の形成に向けてという2つの話があって、人間の在り方についての自覚を深めるのは、基本的には倫理の分野のもので、公共もそこに少し関わっていて、よりよい社会を目指すのはどちらかというと政治・経済と、公共もそこに関わっているということで、これがまとまっていることによって、政治・経済とか公共とか倫理でそれぞれ求めているものが、かえってぼやけてしまわないかと。まとめるのはよいのかもしれないですけども、政治・経済のところで、人間としての自覚を深めるというのは、左の現行記載にはないところに、見直し案には入っているので、それぞれの目的が混ざったことによって、ちょっとぼやけてしまっているのではないかというところが、これでよいんだろうかということについては少し疑問を持っています。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、永田委員、お願いいたします。
【永田委員】 今、公正の話のところで、私、さっきの目標のところもなんですけど、例えば今の見方・考え方の文末の「根拠に基づき公正に判断する」ことは、私、ほかの教科の議論も見ていたんですが、やっぱり社会科で言ったときの見方・考え方の文末がこうなるということはそれこそ公正だなと思ったりするんですけど、例えばこれを、社会科らしさも大事にしながらも、ほかの教科との関わりで言ったときに、私、今日ちょっと言ってみたいと思ったのが、公正という言葉はやっぱり大事だと思うんですけど、社会科のこういう見方・考え方の文末に、「批判的」という言葉を入れることはできないのかというのを少し考えたところです。
それは先ほどの目標のところにも関わってくると思うんですけど、「客観的」という言葉がさっきの目標のところにあったんですが、「自らの考えを客観的に捉え直す力」、例えばあそこの「客観的」を、「自らの考えを批判的に捉え直す力」というような書き方をして、どうしても今までの社会科の指導要領の中に「批判的思考」という言葉を、日本の場合にはなかなか入れられてきていないんですけど、今、私、理科と数学・算数のところもちょっと横目で見ているんですが、例えば理科とか算数・数学で当たり前に入っている「批判的」とか「批判的思考」というのを、社会科の中にもそろそろ入れて、日本も社会科らしさをもうちょっと、公正も大事なんですけど、批判的に見る大事さというのもこの機会に検討できないかなというのを、今、議論を聞きながら思っていたところです。
ほかの国の社会科に近いところでは、ヨーロッパとかアメリカにしても、「批判的」というのは社会系教科の場合にも当たり前に入っているんですけど、日本はなかなかそれが入れにくい状態が続いているので、今の議論を聞いていて思ったのは、例えばそういうふうな、今の議論の打開策の中に、他教科、今、理科・数学で入っている当たり前のものを社会科に入れて見てみると、少し見えてくるものが変わってくるんじゃないかなというのを、ちょっと勝手な言い方をしているかもしれませんけど、今、議論を伺っていて、そういうことを思った次第でした。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、時間の関係で、石井委員、森本委員の順序で一度締めさせていただきたいと思います。
それでは、石井英真委員、お願いいたします。
【石井(英)委員】 先ほどからの見方・考え方になりますけども、なかなか悩ましいところでもありますが、現状、見方・考え方の概念がどのような形で機能しているかということで申せば、これは手段であり、かつ目的でもあるというところだと思うんです。
特に社会科においては、地理的な空間とか相互作用とかに着眼して見るということを繰り返すからこそ、そういったものについての、物事の、社会事象の理解が深まり、しかも、そういうふうに見ていくこと自体が思考、判断、表現の育ちそのものでもあるということだと思うんですよね。
それで言えば、この手段、言ったら、学習活動が本質を外しているかどうかということを見極める上で、この見方・考え方概念を働かせるということでいうと、そこで機能してきたということだと思うんです。
だから、その活動、社会科ですかというところの見極めですよね。その見極めをした上で、実際、繰り返しそういった活動をしていく中で育っていくところがあると。だから、そこの部分を今回表現していくということになるんじゃないかなと思うんですよね。ですから、ある種、これまでの蓄積の上に、より自覚的にそういった見方・考え方を働かせるということを繰り返す中で、どう深まっていくのかと。
ただ、そのときに、今までここで懸念というか、どうなるんだろうということで出てきているところでいうと、やはり見方・考え方というところと、その後の高次の資質・能力の記載とか、あるいは教科目標とか、その辺りの部分がそれぞれに連結が十分うまくいってないということだと思うんです。
だから、そこがしっかりと確かに、見方・考え方ということでいうと、要は社会科って何ですかと聞かれたときに、一言で答えられると。それで、授業を見たときに、最低、ここはこういったものが、こういう着眼点で見ているということでいうと、確かに地理の学習だなということが、そこが判断できる程度のものが示されていた上で、実際、どういうふうにそれが深まっていくんですかということの深まりの部分が、次の高次の資質・能力というところで十分表現し切れていないということが多分ポイントなんだろうなと思うんですね。
さらに言うと、先ほど黒田委員がおっしゃったように、そうしたら、これまで自分たちが授業づくりで、頭の中で考えて授業をつくるときに想定していたこの思考をどの言葉で当てはめていったらいいのという、そこの言葉がないというのは確かにあると思うんです。ですから、今、実際どういうふうに先生方が、良質な実践を積み重ねておられる先生方が、特に社会科においてはこの見方・考え方ってすごく大きいところがあるので、でも、もともと見方・考え方概念は、社会科においては目標概念として結構使われてきたところがあると思うんですよね。
逆に言うと、それで言うと、働かせるということ自体がイレギュラーであったと私は思うわけですけれども、だからそれで改めて、今、そういう形で働かせるということでやってきたところで、積み上げられてきたその実践を、そこをさらに積み上げ直していくときに、先ほど視点とか方法とかとありましたけども、うまい具合に高次の資質・能力ということの記載とも関連付けながら、そこを整理していくということが重要かなと思います。
あとは、まさに公正に判断するということは、これは社会科学一般そうですが、現実世界ってやっぱり論点ですよね、結局。だから、そこが理科とか数学とは違うところだと思います。やっぱり論点。論点があって、それに対して自分なりに、まさに釣合いを、アウフヘーベンするじゃないですけども、正反合ではないですが、そこでしっかりと自分なりの軸をつくっていくということが社会科として重要なところだろうと思います。ですから、それで言うと、この公正にということの意味を私なりに解釈するならば、論点をしっかり踏まえながら自分なりの軸をどういうふうにつくっていけばいいのかと。
ですから、そう考えますと、実は先ほどの客観的な解釈とも関連してくるところなんですよね。ですから、両論併記ではないですけども、様々な考え方ということがある中で、自分の立ち位置はこうなんだということを、そこをやはり自覚するというようなこともありますし、俯瞰的に見るからこそ、自分と考えの違う人も、あなたの考えは、私は賛同しないけども、理解はするというところ、ここがやっぱり対話の基本だと思うんですよね。
だから、先ほどの客観的ということの解釈とも連動させながら、この公正にと。その中身を社会科としてしっかりと明確にしていくということが大事かなと思ったのと、連動ということで申しますと、先ほどの吟味の話も、高校において吟味といったものが技能に来るというのは、逆に系統性を考えれば、小中学校においてはそれは技能化していないと。つまり、思考の中でかなり育てていかなきゃいけないところであって、それが高校ぐらいになっていくと、もちろん吟味するということはずっと大事なわけですけども、ある種、技能化するじゃないですけども、そういった形で、知識・技能と思考、判断、表現といったものをぐるぐる回っていきながら展開していくような、そういった全体の構想をしっかりとイメージしながら考えていくことが重要かなと思いました。
すみません、以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは最後になりますが、森本委員、お願いいたします。
【森本委員】 ありがとうございます。すみません、今日、途中からの参加で、議論になかなか追いつけていないところがあるんですけれども、先ほど議論になっていました公正というところが私もちょっと気になっていまして、今、石井委員の中にもあったんですが、公正の中身といいますか、それからよりよい社会と言ったときの、公正も社会もすごく曖昧な言葉なので、そこをまず教えなきゃいけない、理解しなきゃいけないんじゃないかなという気がします。
現状だと私がすごく不安になったのは、社会的事象というのは、現象が起こっているその社会を見ればいいんですけれども、それを表す言説を踏まえた上で、それに着目した、捉えた上で、よりよい社会の形成といったときに、誰のための社会なのかというのが、社会的事象の社会というのとよりよい社会の社会というのは恐らく違って捉えられると思うんですね。
前者のほうはもう少し個別具体的な社会的事象でいいんですけれども、それが起こるよりよい社会、もっと広い社会といったときに、誰が主体なのかによって公正という軸も変わってくるし、よさというのも変わってきて、もしかすると非常に排他的な思考に陥る可能性もあるんじゃないかなという懸念がありました。
それで先ほどの永田委員の意見に賛同するんですけれども、以前も少しお話ししたことがあると思うんですが、批判的に考えるというようなほうがいいのかなという気がいたしています。人によって公正の軸というのは違うんですけど、なぜ違うのかといったその背景にある多様な社会というのをまず理解し、お互いの公正性というのを批判的に検討していく必要があるのかなというような気がしました。
ちょっとまとまらないで申し訳ないんですけど、以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、公正については、ワーディングの問題という面もありますので、また御意見をお寄せください。今、森本委員におっしゃっていただいたことは、今日の全内容に関わる部分ですので、それをここの見方・考え方のところで一言で表せというのはなかなか難しい話にはなりますので、ここにどういう言葉で表すのかという問題と、それを教科あるいは科目としてどのように具体化をして授業を構成していくかという問題を整理して、少し考えさせていただければと思います。ありがとうございます。
それでは、見方、考え方の部分は一通り御意見をいただいたということにして、最後、社会科等の高次の資質・能力の在り方について、論点3ということで、資料17ページ以下について御意見をいただければと思います。いかがでしょうか。
石井正広委員、お願いいたします。
【石井(正)委員】 では、よろしくお願いします。13ページの見方・考え方の整理を踏まえて、20ページの高次の資質・能力を見たときに、例えば見方・考え方の丸1の学びの深まりは、理解のところに繋がっていくという解釈を私はしています。
もう1個、教科の意義については、思考、判断、表現のところに繋がっていくのではないかと考えています。というのは、見方・考え方の整理した文と、ここに書いてある思考、判断、表現の文の形は非常に似ていると思います。
なので、新しい見方・考え方は、思考、判断、表現のところに落とし込んだのかを確認したいと思いました。そういう意図があるのかというのが1点目です。
2点目は、統合的な理解の、特に知識及び技能の文を見ていったときに、知識のことは書いてあるのですが、技能のことは書いていないです。これは、中学校は小学校の技能を基に学習するので記載していない、現行でもそういう表記をしていると教えていただいたのですが、本当になくていいのかというのが自分の心配事です。
小学校は少なくともここに技能も表現するべきだと思いますし、学習活動を現場で考えるときに、技能を発揮してどんな学習活動を通してこの技能が獲得できるのかというのを見えるようにしてあげたほうが、現場の先生は分かるのではないか、そう考えたときに、ここの技能の扱いはどうしていったほうがいいのかというところを考えていたところです。
以上、2点です。よろしくお願いします。
【土井主査】 ありがとうございます。
1つ目の御質問で、新しい見方・考え方に関する部分を、高次の資質・能力については右側の思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮のほうに結び付ける形でこの案ができているのかという点は、いかがでしょうか。
【髙見主任教育企画調整官】 事務局でございます。先ほどの先生の質問でございますが、記載ぶりが少し似通っているという話は、そういった御感想を持たれるかもしれませんけども、実際に見方・考え方というのは、先ほど御説明した資料で申し上げますと、15ページですね、画面投影いたしますけれども、こちらで学びの意義、本質的な意義ということになりますので、実際にはここで、今回の高次の資質・能力で示している知識及び技能の総合的な理解、あるいは思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮、そういったことの実際の学校での習得、学校で得たものを通じて、最終的にそういった学びの意義として見方・考え方という形で発揮されるというものでございますので、それは同一のものとかそういった、これが直接下りてきたものという位置付けではないという形でございます。
それからもう1点は技能の話でございますが、こちら、今例示しているところに技能に関する部分が入っておりませんけれども、実際、個別の内容をまた細かく見ていきますと、技能に関わる部分というのは当然内容項目で出てきますので、そういったところについては、また知識及び技能に関する統合的な理解の中で技能に関する記載も追記していくといったイメージで考えているところでございます。
【土井主査】 機器の操作が慣れないものですから、変な間が空いて申し訳ございません。
それでは、池委員、お願いいたします。
【池委員】 17ページなんですけれども、17ページに高次の資質・能力の在り方について、2の方向性というのがありまして、そこで中項目ごとに高次の資質・能力の内容について示すというのは、私は現場で資質・能力を育成できるような授業をしていただくためには非常に重要だと思うんです。
ただ、先ほど映していただいた20ページなんですけれども、ここで具体的な内容が例示されているわけなんですが、例えば一番右上のところ、思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮というのがありますが、そこに例えば「世界各地における人々の生活の特色やその変容の理由を、人間と自然環境との相互依存関係」、これは12ページに示してある高次の資質・能力の5つの重要な概念のうちの1つなんですが、それを入れていただいているんですけれども、この「人間と自然環境との相互依存関係」は何となくイメージするのが容易だと思うんですが、例えば右下のところに「空間的相互依存作用や地域などに着目して」とあるんですが、5つの概念の中で場所とか地域とあるんですけれども、場所とか地域というのは一般にも使われる用語なので、これを読んだ方がすぐにこれがさっきの5つの概念のうちの1つに相当するのかというのは、なかなかイメージできないんじゃないかと思います。
なので、各論に入る前の段階で、5つの概念が具体的にどういうものかというのをある程度説明しないと、恐らくこれを読んだ方は理解できないんじゃないかなと思います。
その点について今後どのようなことをお考えなのか、ぜひお聞きしてみたいと思いますので、よろしくお願いします。
【土井主査】 ありがとうございます。
では、先に唐木委員、お願いできますか。
【唐木委員】 12ページの図を見させていただいて、見方・考え方のところにかなり抽象度を上げた文章が入ってきて、その具体的なもの、例えば地理であれば位置や分布とか場所という、こういう具体的なものは高次の資質・能力のほうで活用しようというふうに役割分担ができているということを見たときに、前回は、資質・能力の部分と見方・考え方の書き分けが云々とかという話をしましたけど、結構分かりやすいなと思いました。それを前提に、20ページのまず地理から見たときに、ここに地理と歴史と公民がずっと並んでいるんですが、先ほど言った具体的な見方・考え方みたいなものの溶け込ませ方が、分野によって随分と違うなというのが気になって、これを教科特性とみなすのか、ある程度統一を図るのかというところが結構重要かなと思っているんですね。
例えば地理だと、先ほど池委員からお話しいただきましたけど、右側の思考力のところには「人間と自然環境との相互依存関係に関わる視点」と書いてあるんですが、これを働かせて、左側の知識及び技能に関する理解のところでは、「生活が環境からどのように影響を受け、どのように」云々という理解に行っているのかなということで、1つだけ視点に触れているんですね。次の歴史に行くと、先ほどの具体的なものがてんこ盛りでみんな載ってきて、思考力のところには時期や年代云々って全部載ってくるということですよね。これを反映させて、左側の理解が育っているようには見えるというぐらいかなというふうに、地理ほど関係性は強くないように見えてしまいます。さらに公民に行くと、最後の23ページですか、概念的な枠組みが左にも右にも出てきて、右側の思考力のところには対立と合意云々って全部書いてあるんだけれども、左側のほうには個人の尊重しか書いてないみたいな。こういう地・歴・公の書き分け、溶け込ませ方というのがちょっと違うのかなというところを、教科の特性、科目の特性と捉えるのか、あるいは統一を図るのかというのが肝になるかなというのがまず1点目です。2点目は、現状、見せていただいているのはずっと地理と歴史と公民という中高のことなんですけど、小学校を前提に考えたときに、この枠組みで書けるんだろうかというのがすごく気になっていいます。例えば小学校で書こうとするならば、思考力、判断力のところには、いわゆる地理的なもの、歴史的なもの、公民的なものを全部書いて、左側のほうにも全部書くのか、あるいは、どれか1つを選んでその理解みたいなものを書くのか。地・歴・公、中高だと何となくイメージできるんですけど、小学校でどういうふうに書くんだろうかというのが、私、十分にイメージできないので、ぜひ次はそういったものを見せていただきたいなと思ったということです。
私からは2点です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、桑原委員、お願いいたします。
【桑原委員】 失礼します。これも前から言っていることではあるんですけれども、高次の資質・能力といって、ここで書かれているものをかなりレベルの高いものとして位置付けたがために、これは全員の子供ができるというよりは、本当に一部のレベルの高いところに到達した子供たちにとっての学力みたいな捉え方をされかねないなというのが私の懸念としてあります。
ただ、先ほど唐木委員が指摘された中学校の地・歴・公の部分で見てみると、確かに地・歴・公でレベルの違いみたいなものが感じられて、これは私自身が公民が専門だからそう見えるのかもしれませんけれども、公民の部分なんかは割と公民を勉強した子供たちには全員身に付けてほしいレベルのものが書かれているように私は感じるんですね。関連付けて、憲法の基本原理について理解するであるとか、これは個別の憲法の条文を理解することではなくて、やっぱり憲法を理解するというのはこういうふうに捉えてほしいというのがあって、これは高次のというふうに名はついているけれども、やっぱり公民の学習の基本だし、これは全員の子供に身に付けてほしいものであると思います。
ですから、本来、高次の資質・能力というのはこういうものでなければならないのかなという意味合いで意味を考えると、あまり高次のというふうに、はるかかなたにあるようなもののような位置付けというのはどうかなと改めて思いました。
それに対して、歴史なんかで示されている例は、これはかなりレベルが、どうなんでしょうか、歴史の専門家の方から見たときに、通常の歴史の学習でやっていて、ここまで中学校で求められるのかなというのも思ったりはするんですけれども、その辺り、地・歴・公のレベルの差と、そして、そもそもこれは全員が同じように身に付けるべきものなのかということの統一感というものも検討する必要があるかなと思っております。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、黒田委員、お願いいたします。
【黒田委員】 まず、「高次の資質・能力」という言葉なんですけど、従来の「資質・能力を育成する」の「資質・能力」との関係というのが、いきなり出されたときに、分からないだろうなというのがあります。高次というと、今までの資質・能力よりももっと上の資質・能力が出てきているんじゃないかなと思います。恐らく資質・能力の中の高次の資質・能力だと思うんですけど、その辺りの言葉が分からなかったので、これならば、僕は、中核的な概念のほうが教科としてはしっくりくるんじゃないかなと思いました。
2点目が、なぜ小学校の例がないのかというのが私はすごく疑問で、高次の資質・能力において小学校の例を示していただきたかったなと、小学校の立場としては議論したかったなと思っております。
3つ目が、20ページの(1)の高次の資質・能力の書きぶりなんですけど、どのようにという問いのようなものがあるんですが、私の中核的な概念というか高次の資質・能力の捉えとしては、どのようにというよりも、現行の、下の白いところの(ア)ですけど、「〇〇は〇〇である」という、「〇〇は〇〇であること」ということのほうがむしろ中核的な概念を示すよい例なんじゃないかなと思いました。
最後は疑問なんですけど、先ほど石井正広委員もおっしゃいましたが、ちょっと回答が私はしっくり来なかったんですけど、思考力を見ると、現行の見方・考え方そのものではないかなと思っています。つまり、高次の資質・能力と現行の見方・考え方というのは同じもので、「働かせて」とか「鍛えて」といったものを、今後これを現場で評価していく対象になるのかということをどういうふうにお考えになっているのか、お尋ねしたいなと思いました。お願いいたします。
【土井主査】 ありがとうございます。
1点、私から申し上げておいたほうが良いと思うのですが、先ほども小学校については案を出さないのかという御意見がありましたけれど、今日は最初に私からも申し上げましたように、高次の資質・能力をどのように理解して、どういう形で表現するのかを御議論いただいて、その方向性を共有した上で、次の作業として、各学校段階の教科・科目について中項目ごとに作成するという作業に入っていただくことになります。したがって、次回以降、小学校の分についても当然案が出てくると御理解いただければと思います。
最後の点、もう一度お願いできますか。
【髙見主任教育企画調整官】 事務局です。先ほど私の説明が少しまずかったのかもしれませんけれども、12ページの絵を御覧いただければと存じます。冒頭の説明でもちょっと申し上げたとおりでございますが、現行の見方・考え方、すみません、先ほど私、新しい見方・考え方のほうに頭があったのでちょっと説明が違ったかもしれませんけども、現行の見方・考え方にある、ここにあるような記載につきまして、今回、新しい見方・考え方のほうは教科の本質を示す事項に焦点化をしつつ、高次の資質・能力のほうに、基本的にはこちらのほうに置いていくと。そういった大きな考え方ということで、学びの深まりを示す事項ということで、例えば地理で申し上げますと5点ですね、こちらに書いているような事項を今回、高次の資質・能力のほうに書いていくと。こういったイメージで今捉えているというところでございます。
その中で、評価に活用するのかどうかということでございますけれども、これもまたこれから全体の議論の中で、評価の在り方も含めて御審議されると思っているところでございます。
それからもう一つ、先ほど高次の資質・能力という言葉のお話がございました。本日、説明を割愛してしまったのですが、18ページを御覧いただければと存じます。論点整理の中でお示しした内容を、これまでの議論等を踏まえまして、より分かりやすく整理し直したものでございまして、真ん中辺りに知識及び技能に関する統合的な理解、あるいは思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮の考え方をお示ししているところでございますが、一番下のところですね、米印に書いてございますけども、高次の資質・能力については、個別の資質・能力が深まることに至る統合的な理解や総合的な発揮を指し示すものであって、個別の資質・能力の関係で、重要性の軽重を意味するものではないということで、高次という言葉が少し軽重をイメージするように捉えられるかもしれませんけども、そういった意図ではないということは御承知いただければと存じます。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、𠮷水委員、お願いいたします。
【𠮷水委員】 𠮷水です。よろしくお願いします。資料の17ページのところで、3ポツなんですけれども、社会科における指導の改善云々というところの知識及び技能に関する統合的な理解のところでは、今日の会議の冒頭で御説明いただいたときには、ここはいわゆる一次概念のようなものという御説明があったかと思います。それから一方で、思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮のところでは、いわゆる二次概念的なものという御説明が冒頭であったかなと記憶しております。
そのことと、先ほど池委員からも御発言があったんですけれども、20ページのところに地理の例が出ていますが、例えば1つ目の(1)のところでいくと、「人間と自然環境との相互依存関係」とあって、(2)のところでは「地域」という言葉が入っていると。「空間的相互依存作用や地域」。
人間と自然環境との相互依存関係とか空間的相互依存作用というのは、一次概念なんだろうけれども、二次概念的にもというか、二次概念と一次概念の中間的にも捉えられるので、この辺りは書きぶりとして割としっくり来るんですが、地域というのはどちらかというとやっぱり一次概念に近いところがあるので、ここではあまりしっくり来ないというような感覚を持たれたのかなと思っておりました。
その辺り、やはり知識及び技能のほうは一次概念、思考力、判断力、表現力のほうは二次概念と捉えるという捉え方でいいのかどうかということですね。歴史なんかは割とこれまでも二次概念的なものが出てきてたわけなので、思考力、判断力、表現力のところは割としっくり来ているかなという感じがするんですけども、この辺りをどの程度まで、分野間とかで調整するのかということが一つ疑問にあります。
それと、先ほど唐木委員からもありましたけども、資質・能力の概念のレベルみたいなものを、分野間とかでどの辺りまで調整するのかということ、これについてもちょっと気になりました。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、石井英真委員、お願いいたします。
【石井(英)委員】 まず、高次という言葉に関しては、これはブルームの目標分類学とかをやっていますと、ハイヤーオーダーシンキングとかと言うんですけども、結局、今の一次概念、二次概念の区別とかと一緒なんですよね。高次というのは、必ずしも高度ではないというところなんですね。ですから、高次ということ、例えばドリブルとかシュートの練習みたいなものは、これは低次ではないですけども、機械的なもの。それに対して、実際にそれを使いこなしながら試合するということはより高次であるというふうに大体捉えることができるかと思います。
ですから、単に概念を習得して終わりじゃなくて、それを基に現実の事象といったものを判断する。機械的な学習じゃなくて、より人間的な学習じゃないですかね、そこを目指すということが高次という言葉に込められている意味であるということなんですね。高次精神機能なんていう言葉がありますけど、まさに脳機能を考えてみれば分かるということかと思います。
その上で、とは言え、高次の資質・能力というのは、資質・能力をさらに高度化するんだみたいなニュアンスに捉えられかねないところも確かにあるので、そこら辺はしっかりとした説明も必要かなと思いますけれども、むしろ社会科ということで言いますと、頭でっかち社会科だったらば、しんどい子ほどしんどいと。じゃなくて、世の中を社会科の眼鏡で見ていくということが重要かと思うんですね。ですから、そういうことを大事にする学習ということ、それが一次概念に対して二次概念ということの意味だと思うんです。まさに眼鏡となり得る知識とは何ぞやと。
だから、まさに先ほど𠮷水委員がおっしゃったように、知識・技能のところと思考、判断、表現のこの辺の切り分けのところというのは、これは知識のタイプということもさることながら、具体的に目標の記述ということで申しますと、事象、概念、それから思考を表す動詞、この3つの組合せをどうするかだと思うんですね。
要は、概念の理解が目的なのかどうかということです。つまり、知識・技能ということで申しますと、事象とか問題の解決を通してある概念を理解するという事象概念、それから思考、理解するという形になると思うんですけども、それに対して、総合的な発揮ということは、学んだことを生かしながらというニュアンスからしますと、ある概念を眼鏡にして事象・問題を考察し、判断するという、あるいは問題解決するというふうに、名詞の組合せが違うわけですね。だから、知識といったものが名詞2つと動詞の3つの組合せの中のどこに入ってくるのかということによって、ニュアンスが違ってくるかなと思います。
ですから、そういうことで申しますと、地理は割と相互依存関係ということを視点にしながら事象を読み解くみたいな形で、そういう展開になって、その先に、さらにこっちの概念の統合的な理解みたいなものに繋がるかなみたいなところも見えたりもするのかなと思いますけれども、歴史に関しては完全に、大観した結果、歴史の知識を習得するじゃないですが、知識を理解するみたいな形で、歴史の流れの理解みたいなものに落とし込まれていくような学習な気がするんですね。
そうではなくて、むしろ総合的な発揮ということで言うと、歴史的なことを学んだ先に、さらにもう一歩というところがより出てくるといいんじゃないかと。だから、まさに大観するということでいうと、もっと大きく大観する。だから、近代とは何ぞやとかということもそうですよね。というような、もうちょっとダイナミックさみたいなものが、特に中学校、高校に関しては、特にこれは中学校ですから、もっとそこのところの総合的な発揮といったものは、これは知識の概念の理解の手段ではないという、それだけではなくてという、そこのダイナミックさが表現できるというのかなと思っております。
それで申しますと、公民も、これは区別が難しいんですけども、これはちょっとしたワードの選び方で違うと思うんですね。例えば憲法の意義について理解すると。それと似たようなことは横に書いてあるんですけども、具体的な事例を挙げてとあるんですが、事例を挙げてとなりますと、これは具体的な事例を、だから、事例で右側の概念を理解するみたいな。だから、概念の、三権分立だったら三権分立の例はこれですよみたいな形でね。
だから、理解するための例示じゃなくて、むしろ概念として学んだことを生かしてということで言うと、具体的な事例を取り上げて考察し表現するということになりますと全然違いますよね。だから、学んだことを基に、さらにほかの国はどうだろうかみたいな形で、これを「挙げて」じゃなくて「取り上げて」みたいな形にしていくと、全然このプロセスが変わってくるかと思います。
ですから、習得のためのではなく、習得に閉じる。概念を発見する学習なのか、概念を踏まえた上で問題解決に向かう学習なのか、ここら辺でいうと、後者の部分をより、もともと社会科はそれを大事にしてきたと思うんですが、歴史とか暗記教科を抜けていくということでいうと、この総合的な発揮に関しては、概念を踏まえて、それをに基づいて、それで判断するとか問題解決するという、そのプロセスがしっかりと描かれることが重要かなと思います。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、時間の関係もございますので、今挙手ボタンを押していただいている4人の委員で取りあえず限らせていただきます。
では、板倉委員、お願いいたします。
【板倉委員】 よろしくお願いいたします。先ほど主査の土井委員から、これから各学校段階で中項目ごとの作業が進むということでしたので、それに関連するのですが、資料19ページの総則・評価特別部会のチェックポイントのBの観点から、検討が必要だと感じたことがあります。
20ページの中学校地理的分野における高次の資質・能力を見ていただければ分かると思うのですが、例えば(1)、(2)の知識・技能や、(2)の思考・判断・表現のように、複数の事項や地域で構成されている場合にはその深まりを表現しやすいのかと思うのですが、(1)の思考・判断・表現のように、身に付ける事項が1つの場合、高次の資質・能力と、そこにぶら下がっている個別の資質・能力とを比べても、果たして深まりが可視化されたことになっているのか、読んでいる方としては判断が難しいように感じました。
先ほど御説明のあった18ページの図では、複数ある個別の資質・能力を総合的に働かせるようなイメージで記されているのですが、中項目の中で身に付けるべき事項が1つの場合に、高次の資質・能力と個別の資質・能力との関係性をどう整理して文章化するのか。そして今後、全ての内容を表形式化したときに、その関係性にばらつきが出ないように、各学校段階で中項目ごとの整理が必要だと感じました。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
今、板倉委員から御指摘いただいた点なんですけれども、白枠のところは現在のものを貼り付けているだけで、青枠のところを新たに入れた場合に、白枠に書かれている部分をどれぐらいパラフレーズするのか、あるいは複数に分けるのかという点は、これから議論が始まると御理解ください。
したがって、今この段階で青枠のところと白枠のところを見て抽象度を細かく調整することは、まだできない段階だと御理解いただいたほうがよいかと思います。白枠については、改訂案をすぐに出せるものではございませんので、参考までに現行のものを記載して、それを踏まえて総合的な発揮とか統合的な理解を書くとすればこういう書き方だというお示しの仕方になっております。その点は御理解いただければと思います。
【土井主査】 では、大村委員、お願いいたします。
【大村委員】 失礼いたします。高次の資質・能力というそれ自体の話にもなってきますが、そもそも見方・考え方は、その教科ならではの原理とか着眼点とか方法論、もちろんそれは働かせるものでもあるし、働かせることを通してそれ自体を育む、鍛えることがその教科の目的でもあったと思います。
高次の資質・能力になる前というか、中核的な概念という表現をされていたときは、そのような見方・考え方、つまり、原理とか着眼点とか方法論で社会的事象を追究することで獲得する統合的な内容知、あるいは、それがまた見方・考え方にも影響して、質が高い追究になっていくという関係だと思っていて、ある程度しっくり来ていたところがあるんですけれども、中核的な概念を高次の資質・能力という、資質・能力のレベルアップ版のような表現をしたことによって、見方・考え方と高次のほうの思考・判断・表現がうまく整理できなくなっているというのが実際のところなんだと思います。これは表記を見ていてもそのように感じます。
ただ、高次の資質・能力を知識・技能と思考・判断・表現の2つで表現していかなければならないという枠組みはもう先にあるということなんだろうと思うので、そうせざるを得ないということはあるのだろうと思います。
いずれにしても、学術的・研究的にどうだとか意味があるとかということではなくて、学校の先生方が混迷しないかということを非常に危惧しています。見方・考え方、高次の資質・能力の、特に思考・判断・表現との関係を今後明確にするためにも、自分も考えていきたいなと思っていますが、非常に整理が難しいけれど、していかないと必ず混迷が起こるのではないかと感じました。
以上になります。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、最後、井田委員、お願いいたします。
【井田委員】 すみません、最後、簡単にお話しさせていただきます。高次の資質・能力についてなんですが、社会科全体の目標は、資質・能力の基礎を育成するという一番最初の目標がありますよね。それに対してここで高次の資質・能力ということを使ってしまうと、その基礎よりも高いものを求めているのかというようなことにならないかというのが一つ、懸念です。ですから、全体の目標と高次の資質・能力という用語をどういうふうにうまく組み合わせるか。同じ「資質・能力」を使っているので、そこをどういうふうに使い分けるのかというのが今回の課題なのかなと感じました。
それから、先ほどの説明を受けて、いろいろな個別の知識があって、その知識において、ここで言う統合的な理解というのは、言葉を替えれば、理念であったり、概念であったり、一般性であったり、普遍性であったりというようなところが高次なのかなと思いますけども、今、大村委員からあったように、思考力、判断力、表現力というほうに対しては、どういう基礎的なものがあって、それが、ここで言うと理論とか概念とかになるんでしょうけども、そういうふうになっていくのかなというのがちょっと見えにくいなというのがあるような気がします。
ただ、それができれば、最初の客観的な云々というのが目標にありましたけど、客観的に判断できるというところと繋がるので、そういう意味では繋がってくるのかなと思いますけど、そこの辺りがうまく繋がるといいなと思いました。
以上です。
【土井主査】 ありがとうございます。
それでは、一通り御意見をいただきました。多くご意見をいただいたのは、高次の資質・能力というワーディングの問題から来る影響が、やはりあるんじゃないかという点かと思います。ただ、これ自体はワーキンググループでということではなく、特別部会のほうで御審議になることですので、それに従ってやっていくことになろうかと思います。ただ、実際に内容をつくっていく上では、知識及び技能に関する統合的な理解、思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮ということのほうがイメージしやすいのだろうと思います。
途中、石井英真委員がおっしゃったように、知識・技能のほうを個別的なものとして羅列していくと、それをただひたすら記憶するとかそれを理解するということに努めることになり、そうなってしまうと、全体をまとめて理解して、そのまとめた理解を用いて使うということができなくなるんじゃないかという御懸念がありますので、そこのところをうまく、児童生徒のほうからすれば理解するために、先生方のほうからすると理解させるために、どういうまとまりのあるものとして、あるいはどのように総合的なものとしてそれぞれの能力を見ていくかということを記していくことになります。当然、その際に見方・考え方は発揮することになりますけれども、見方・考え方はどうしても抽象的な言い方になりますので、それを具体化する方向でまとめていくことになるのではないかと思っています。
例えば23ページのところに日本国憲法、政治のところがありますけれど、右側から見ていただきますとか、概念的な枠組みに着目してというところがあるんですが、その次から、個人が尊重され協働の利益が確保される国家・社会を形成するためになぜ憲法が必要かということについて、具体的な事例を挙げて、まず考えてもらう。そうすることによって、憲法が果たす意義が理解できれば、左側のところにありますけれども、白枠に具体的に示されている日本国憲法の基本原理をばらばらに理解するのではなく、なぜ憲法が必要なのかというところから、そういう憲法で何を定めなければならないのかを考えて、理解しなければなりません。何とかの原則があります、何とかの原則がありますというだけでは、それは知っているかもしれないけれども、本当に理解していることにもならないし、使うこともできないということになってしまいますので、そういう辺りをしっかり青枠のほうでそれぞれの分野で書けていけば、それは見方・考え方と知識・技能、あるいは思考力、判断力、表現力等の白箱の部分をつなぐ形でできるのではないかというイメージを持っているというところです。
また、科目間の書きぶりとか調整の仕方も御指摘のとおりですが、そういった点、今後、具体的にさらに各学校段階の科目等について準備していただくときには、十分気を付けて作業をしていただきたいと思っておりますので、しっかりとお伝えしていきたいと思っております。
それでは、時間が参りましたので、本日の議事は以上とさせていただきますが、会議の冒頭でも申し上げましたが、時間の制約上、御発言を御遠慮いただいた方もおられると思いますので、その点につきましては事務局までメールでお送りいただければと思います。
また、ワーディングの問題につきましては、なかなか多数の会議のところでは詰めた議論ができませんので、それぞれの委員のほうでこれがいいんじゃないかというアイデアがありましたら、こちらもメールで事務局に送っていただければ、それを踏まえて御検討をお願いできればと思っております。
それでは最後に、次回以降の予定について、事務局よりお願いいたします。
【嶋田教育課程課学校教育官】 それでは、次回の日程について御連絡させていただきます。次回の日程につきましては、後日、事務局より改めて御連絡させていただきます。
【土井主査】 それでは以上をもちまして閉会といたします。
遅い時間まで、大変ありがとうございました。
―― 了 ――