令和7年11月17日(月曜日)9時30分~12時00分
WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式
【酒井主査】 おはようございます。定刻となりましたので、ただいまから第3回外国語ワーキンググループを開催いたします。
本日は、「外国語の『目標』、『学びに向かう力・人間性等』について」を主な議題として審議を行います。
それでは、議題に移ります。まず、本議題に関する論点資料について、事務局より説明をお願いしたいと思います。その後、意見交換の時間に移りますが、取り扱うテーマが複数ございますので、テーマごとに区切って実施したいと思います。本日も皆様全員に御発言いただきたいと思いますので、御協力のほどよろしくお願いいたします。
それでは、事務局より御説明をお願いします。
【田井外国語教育推進室長】 外国語教育推進室長の田井でございます。資料について御説明をいたします。
今回は前回に引き続き、外国語を学ぶ「本質的意義」、「見方・考え方」について御議論いただくとともに、新たに外国語の「目標」、特に「学びに向かう力・人間性等」について御議論いただく予定でございます。
前回の御意見を踏まえまして、「本質的意義」について再整理させていただきました。御意見を反映した部分を中心に御説明をさせていただきます。
まず、1ポツ、言葉、文化、コミュニケーションへの深い理解を育むことの1つ目の丸、異なる言語・文化への理解を促すの1つ目の矢羽根の部分でございます。他者の理解・共感・受容の趣旨を加えるべきという御意見を踏まえ、その趣旨を加えております。
次に、3つ目の丸、コミュニケーションへの深い理解を促すの1つ目の矢羽根でございます。相手の言葉をどう受け止めるべきか、自分の言葉が相手にどう受け止められるかを考えることが大事という御意見を踏まえ、相手の言葉や意図の受け止め方への意識向上を加えております。
次に、2つ目の矢羽根の部分でございます。先ほどの御意見や、コミュニケーションを行う目的や場面、状況に応じて表現することが重要との御意見を踏まえ、その趣旨を加えております。
次に、3つ目の矢羽根の部分でございます。面倒なコミュニケーションから逃げず、コミュニケーションがうまくいかなかったときに諦めず、対応できる力を育成することが重要、伝わらないもどかしさを感じながら、伝わったときの自信に繋げることが重要との御意見を踏まえ、その趣旨を加えております。
その下の矢印部分でございます。自分の言葉で言語を発する身体性が重要という御意見を踏まえ、生身の体を有する人間同士のリアルなコミュニケーションという言葉に反映をさせております。
次に、2ポツ、自分の考えが磨かれて思考が深まる、人間関係が豊かになることの2つ目の丸、人間関係の質・量が豊かになり、得られる情報も増えるの1つ目の矢羽根でございます。外国語を使うことによって、心を通わせ人間関係を築く、人間関係の質が深まる、自分と世界との繋がりを意識する、安心感や信頼関係といった情意的な価値が重要であるとの御意見を踏まえ、世界中の様々な人々と直接繋がり、信頼関係の構築が可能となるという言葉で表現をしております。
次に、その下の囲みの中、2つ目の米印でございます。AIの可能性を現時点で限定的に考えるのはよくない、人間に任せたくない、人間が残したい部分を重視すべきとの御意見を踏まえ、その趣旨を反映しております。
また、前回御欠席のバトラー委員より会議後に御意見をいただき、外国語を学ぶ意義を普遍的なものと、AI時代だからこそ重要性が高まるものに分けて記述したほうが分かりやすいとの御指摘をいただきました。あわせて、AI時代だからこそ動機づけの維持がますます重要になること、特に感情面に留意した人間同士のコミュニケーションを、あえて人間が集まる学校教育の中で大切にすることが重要との御指摘をいただいたことを踏まえ、そのようなAI時代ならではの視点に下線を引いてお示ししております。
次に、左下のよりよい社会の1つ目の丸でございます。内なる国際化による国内の多様性の視点が重要との御意見を踏まえ、国内外での多様な他者という表現にしております。
次に、右側の幸福な人生の1つ目の丸でございます。先ほどと同様、国内外の多様な他者と表現するとともに、言葉が通じることによる安心感が重要との御意見を踏まえ、その趣旨を追加しております。
本日は、さらに足りない点、修正すべき点がございましたら、御指摘いただけますと幸いです。なお、本資料については、今後も議論を踏まえ、必要に応じて更新する予定でございます。
次に、「見方・考え方」のイメージでございます。こちらも前回の御議論を踏まえ、修正をしております。前回の案は、矢印の下の部分に小さくお示しをしております。
まず、前回案で「主体的に自分の意見等を形成し」としていた部分について、強い個人が自分の意見を積極的に発信するというイメージに偏らないようにすべきとの御意見を踏まえ、主体的という言葉を削除し、「意見を考え」に修正いたしました。また、多様な他者との相互理解が重要との御意見を踏まえ、その点を強調すべく、末尾に移動しております。また、発信だけではなく、受容の趣旨も入れるべきとの御意見については、相互理解を図るためには他者の考え等を受容する必要があることから、相互理解を図るために自分の考え等を形成するという部分に、その趣旨も含まれると整理いたしました。
また、前回案では、「社会、文化の違いや相手との関わりに着目して捉え」としていた部分について、社会については、場面や状況に応じて社会的に適切な表現を使用するという趣旨であることから、社会の違いではなく、社会との関わりに着目するといたしました。本日はこちらの修正案につきまして、御意見をいただければと思います。
また、指導要領の解説は、先ほどの「本質的な意義」で整理しました要素を踏まえて記載する予定でございます。なお、本「見方・考え方」については、各ワーキングで検討された案を、来年2月中をめどに総則・評価部会、企画特別部会において議論し、調整するプロセスが予定されております。それを踏まえて、ワーキングで再度議論する可能性がございますことを申し添えます。
続いてこちらは、整理いただきました「本質的意義」の要素、「見方・考え方」、「目標」、「内容」、それぞれどの部分に反映させるべきか整理したものを参考でお示ししております。
次に、2つ目の議題、「学びに向かう力・人間性等」の整理を踏まえた目標の示し方についてでございます。
現状と課題、まず「目標」についてでございます。現行の外国語の目標は、小・中・高で一貫した目標を定め、資質・能力の段階的な高度化を示す役割を担っていること、企画特別部会で示された各教科共通の課題として、柱書が冗長で分かりにくいという指摘があること、総則・評価部会で示された方向性を踏まえ、育成すべき資質・能力等を端的に示す必要があることを挙げております。
次に、「学びに向かう力・人間性等」について、論点整理では4つの要素に整理する方向性が示されていること、「学びに向かう力・人間性等」については、学習指導要領の「内容」に記載がなく、「目標」のみに記載されるため、学習評価は「目標」を基に行うことを踏まえる必要があることを挙げております。
次に、方向性と具体的論点、まず「目標」についてでございます。論点整理や、整理いただいた本質的意義の要素等を踏まえて、見直すべき点を検討するべきではないか。その際、学校種による段階的な高度化を示す役割は、引き続き維持すべきではないか。現行の記載をベースとして、見直すべき要素を検討し、今後の「高次の資質・能力」や内容の構造化の検討を踏まえ、目標の案を調整してはどうかという点を挙げております。
次に、「学びに向かう力・人間性等」については、外国語の観点から4つの要素を整理するとともに、学校段階に応じて書きぶりを検討すべきではないかという点を挙げております。
こちらは総則・評価部会の資料でございます。右上の赤枠のとおり、目標の書きぶりについて方針が示されております。柱書においては、丸々する資質・能力について、丸々することなどを通して、次のとおり育成することを目指すとし、知識及び技能、思考力、判断力、表現力等、学びに向かう力・人間性等の3つの資質・能力を示すこととしております。
こちらは、現行の外国語の「目標」を先ほどの方針に沿って改善するイメージをお示ししたものでございます。次のスライドより、それぞれのパーツに分けて御説明いたします。
まず、目標の柱書でございます。上の部分に見直しの考え方を記載しております。まず、学校種の段階的な高度化は、主に3つの資質・能力の記載で示し、柱書は端的に記載してはどうかとしております。上が現行の柱書、下が改善イメージでございます。
まず、参考でお示ししております記載の方針に沿って語順を変更しております。
次に、緑色の部分、資質・能力の記載については、現行は学校種で書き分けられていたところ、端的に示す観点から、外国語によるコミュニケーションを図る資質・能力に統一してはどうかとしております。
また、青色の部分、学習過程の書きぶりについては、上の2ポツ目のとおり、今後、5領域の活動を通した指導の在り方を議論する中で、併せて検討することとしてはどうかとしております。
次に、「知識及び技能」についてです。まず、端的に表現する観点から、赤字部分の小学校外国語活動・外国語における日本語と外国語の違いの部分、小・中・高における4技能に関する記述は、目標からは省略してはどうかとしております。
次に、中・高においては、小学校との接続の観点から、特に中学校で文構造を意識した指導がなされるよう、これまでなどに含まれていた文構造を明示してはどうかとしております。
また、高校においては、赤字部分の「目的や場面、状況などに応じて」の趣旨は「実際のコミュニケーションにおいて」という言葉に含まれていること、明示することで思考力、判断力、表現力等との違いが分かりにくいとの指摘があることから、目標からは省略してはどうかとしております。
続いて、「思考力、判断力、表現力等」についてです。まず、上の2つのポツは、本質的意義の要素との関係で記載をしております。必要な要素は、現状の文言でもある程度示せているのではないかと考えております。
次に、小学校外国語において赤字の部分、読んだり書いたりする際に意識すべき事項については、端的にする観点から、目標からは省略してはどうかとしております。
また、中・高の話題については、日常的、社会的に限定せず、様々な話題、幅広い話題としてはどうかとしております。
次に、「学びに向かう力・人間性等」についてです。こちらは総則・評価部会の資料でございます。左側の図のように、初発の思考や行動を起こす力・好奇心、他者との対話や協働、学びの主体的な調整、学びを方向づける人間性という4つの要素に整理し、下の3つのような、よりよい知の獲得に向けた力だけでなく、上の部分、学習したことを踏まえて人生や社会に向かう情意面も重視し、これらをバランスよく含めることとしております。
また、左側の3、4ポツ目でございますが、学習評価においては個人内評価を基本とし、思考・判断・表現の過程で特に表出した場合には丸をつける方向で検討することとされております。
次に、先ほどの4要素を外国語に当てはめた場合の例を整理しております。1の初発の思考や行動を起こす力・好奇心は、外国語によるコミュニケーション等への興味・関心、自分の考えを持ち、伝えようとすること。2の他者との対話や協働は、他者との違いを知り、相互理解する。対話や協働を通じて自らの考えを広げ、深めること。3の学びの主体的な調整は、外国語を使う自己イメージを持ち、現実とのギャップを埋めようとする。相手に配慮し、修正する。自らのコミュニケーションを省察し、よりよい表現を考える。母語による思考の癖などに気づき、修正すること。4の学びを方向づける人間性は、学習に継続して取り組む。多様性の包摂。人間同士のコミュニケーションへの意欲を高める。多様な他者との信頼関係を構築する。新たな価値を創造し、課題を解決することなどを例示しております。
これらを踏まえて、外国語における4つの要素を言葉にしております。1、外国語によるコミュニケーションなどへの興味・関心、伝えたい考え等の形成。2、他者との対話・協働を通して考えを広げ、深めようとする態度。3、自己イメージを持ちながら自らの学習を調整する態度。4、他者との相互理解を深めようとする心情です。
これらを踏まえて、矢印の下に中学校のイメージをお示ししております。外国語によるコミュニケーションなどに興味・関心を持ち、学習を自ら調整し、対話・協働を通して考えを広げたり深めたりするとともに、他者との相互理解を深めようとする態度を養うとしております。
続いて、先ほどの案を踏まえた校種ごとのイメージでございます。小学校では、他者との相互理解を深めるではなく、図ろうとするとしております。高校では、卒業段階であることを踏まえ、外国語の習得に継続して取り組もうとするを入れております。小学校外国語では、粘り強く自分の考えや気持ちを伝えるとともに、相手を理解しようとするとしております。
なお、今回は大変恐縮ながら、内容の議論をする前に目標のみ御議論いただく形となっております。このため、今回は現行の目標をベースに、足りない要素や整理が必要な要素等について御意見をいただき、今後、内容について議論いただく中で、目標についても併せて整理をしていきたいと考えております。
なお、見方・考え方と同様、目標についても、企画特別部会において各ワーキングの案を議論し、調整するプロセスが予定されております。
スライド17から21は、先ほどの改善イメージを校種ごとにお示ししたものでございます。
続いて、前回御議論いただきました社会全体の課題と学校教育における対応の方向に関する資料につきましても、御意見を踏まえ、修正をしております。黄色の部分が主な追記部分でございます。キャリア教育との連携、心理的安全性の確保、他教科との連携、教育委員会と首長部局との連携の要素を追記しております。こちらの資料も今後、必要に応じて更新をしていきたいと考えております。
最後に、参考資料・データでございます。今回新たに追記した資料について御説明をいたします。
こちらは、小学校3年生から5年生の授業での意欲や、英語を学ぶ意欲についてのデータでございます。
こちらは、小学校6年生の授業での意欲、英語の学習が役立つと考えている割合についてのデータでございます。
こちらも小学校6年生の、「聞く」「話す」「読む」「書く」ことが今後必要、もっとできるようになりたいと考えている割合のデータでございます。いずれも高い割合となっております。
こちらは中学生について、英語の学習が役立つと考えている割合、英語を学ぶ意欲に関するデータでございます。役立つと考えている割合は前回調査より上昇し、学年ごとに上昇しております。英語を学ぶ意欲も、前回調査と比べ上昇しております。
こちらは中学生について、言語活動に対する意欲に関するデータでございます。全体的に、前回調査よりも上昇しております。
こちらは高校生についてのデータでございます。高校生においても、英語の学習が大切、役立つと考える生徒は、前回調査時より増加しております。
こちらは高校生の、英語を身につけたい程度についての調査結果でございます。日常会話を楽しめるくらいが最多となっております。
次に、目標・目的を持って授業に取り組むようにしているという回答の割合でございます。高1・高2では否定的な回答が増加、一方、高3では肯定的な回答が増加しております。
次に、積極的に英語を話すようにしているという回答の割合でございます。全学年で増加傾向にございます。
次に、英語を学習する上で悩んでいることです。高2・高3では、計画を実行できない、または長続きしないが最多、どの学年でも、学習の方法が分からないが一定割合存在しております。
こちらは、英語を使う自己イメージの明確化と学びの自己調整の循環プロセスを、書籍や論文等を参考にお示ししているものでございます。英語を使う自己イメージが明確化し、現在の自己とのギャップを認識することにより、学びの主体的な調整が行われ、肯定的な感情や英語力の向上に繋がり、さらに自己イメージが明確化していくという循環プロセスをお示ししております。
スライド47から53は、現行の解説における関連する記載の抜粋を参考でお示ししております。
資料の御説明は以上になります。どうぞよろしくお願いいたします。
【酒井主査】 ありがとうございました。
それでは、意見交換の時間といたします。まずは前回御審議いただきました「AI時代に外国語を学ぶ意義の再定義と、外国語の『見方・考え方』の見直し」について、事務局より修正案を御提示いただきました。この部分について御意見等がございましたらお願いいたします。意見交換の時間は、予定では45分ほど予定をしております。いかがでしょうか。
日向端委員、お願いします。
【日向端委員】 御指名ありがとうございます。
見方・考え方のところ、前回、受容の話をして、今回3ページのところですかね、本質的意義の再整理のところに共感とか受容という言葉を入れていただいたということで、よかったなと思っております。
4ページのほうに行くと、実際に見方・考え方の改善イメージという下の部分、4ページにはありますよね。ピンクになっているところ。そこを見たときに、今のところは考え方のところで、「表現等を工夫して発信し」とあって、その後に「相互理解を図る」といって、受容の考えが相互理解のところに含まれているという御説明だったかと思うんですけれども、やはり受容という言葉、この発信という言葉があると、どうしても受容という言葉も入れたいなと考えていました。
もちろん、日本人の課題として、自分の考えを発信する力を高めなければならないということは十分理解できるんですけれども、実際コミュニケーションの場面を考えたときに、発信ももちろん行われていますが、結構受容というものも大事な要素として、コミュニケーション場面では行われているんじゃないかなと。あるいは、むしろ受容のほうが大事になっている場面もあったりするのかなとも考えていました。
また、英語の4技能という意味からも、発信という言葉と受容という言葉はやはり併記しておきたいなという意見でございます。皆さんいかがでしょうか。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございました。今、日向端委員からは、見方・考え方のところに関して、受信、受容の要素について、改めて重視したいという御意見だったかと思います。いかがでしょうか。
それでは、米野委員、お願いします。
【米野委員】 ありがとうございます。今の日向端委員の御意見について、改善イメージの考え方のところで、自分の考え等を形成するというところに受容の意味合いが含まれているので、簡潔に分かりやすく示すということを重視することを考えれば、現状でもいいのかなと私は理解したところでございます。
それから、今回事務局で修正していただいたスライドの3ページ目、バージョンの2のところについてですが、人間関係の件についても、前回の会議を踏まえて適切に修正していただきまして、ありがたいなと思ったところです。それで、ここについて2つコメントしたいことがあります。一つ目は2ポツの一つ目の黒丸の矢羽根の1つ目のところですが、「外国語を通じて流通する多様な主張や価値観、感性への接触・受容」については、翻訳ツールを使って母語でもできるんじゃないかという反論がありそうですので、これについてどのように説明するかという準備は必要ではないかなと考えます。
それから、下のほうの点線枠のところなのですけれども、米印が3つありますが、3つ目の件については、もっとその重要性を前面に出してもよいのではないかなと考えます。つまり、出力の正確性・適切性を一定程度判断するというところなのですけれども、例えばプログラミングの世界では、ソースコードを記述するコーディングというのに生成AIが活用されているようですが、プログラミングの知識がなくても、生成AIを使ってソースコーディングできるという状況になっていますけれども、そのプログラムが動いたとしても、設計書どおりのものなのかは人間が確認する必要があるわけで、動いていても、必ずしも設計書どおりでないということもあるということです。必要に応じて、その場合は修正をしたり、加筆したりする必要があるわけです。
これは外国語について考えた場合も同じで、どれだけ通訳・翻訳技術が進んだとしても、伝えたい意図やニュアンスが適切に伝わっているか自分でモニターして、必要に応じて修正や補足をする必要があるのではないかと考えます。そういう意味では、外国語を理解する力も表現する力も、やはり身につける必要があるということだと思います。
昨年12月に文部科学省の初等中等教育段階における生成AIのガイドライン、バージョン2が公表されましたが、基本的な考え方として大きく2つのキーワード、1つが人間中心というキーワード、それから情報活用能力の育成があるわけですが、これは、どれだけAIが進化しても不変のものと考えます。人間中心の利活用を基本としようということについては、出力されたものを参考の一つとして人間が判断するということ。そして、学習指導要領に定める資質・能力の育成に果たしてAIが寄与するのか。それから、教育活動を行う際、目的を達成する観点から果たして効果的であるか。こういったところを吟味した上で利活用するというガイドラインになっているわけですが、そういった意味でも、この枠内の3つ目の米印、これはもっと強調されてもいいのではないかなと考えるところです。
以上でございます。
【酒井主査】 ありがとうございました。
見方・考え方、特に考え方のところですけれども、端的に表すことが求められている一方で、分かりやすい表記ということも求められているかなと思います。外国語の中で、この考え方がよいと。つまり、理解したり発信したりする際に、表現を工夫するということが外国語の考え方であり、また、多様な他者との相互理解を図るというところが最終的には外国語の考え方に繋がるということですけれども、今、米野委員としては、考え等を形成するというところに理解をするという要素は当然含んで、自分の考えが形成されるということではないかという御意見もありました。
また、そのほか、本質的意義の再整理について2点、御指摘ありました。またこれらの点について、ほかの点について、御意見を伺いたいと思っております。
藤田委員、お願いします。
【藤田委員】 ありがとうございます。
先ほどの受容と発信の部分ですけれども、これが実際問題、本来的にこれは別々のものなのかどうかというところも実はあると思うんですね。その意味で、今も御指摘あったような相互理解というところに関して、当然、自分が発信して言いっ放しで終わりではなく、相手のものをきちんと受容する。そこの相互作用というものが生まれることによって、初めて本質的な理解という部分は進むのかなと考えていますので、この書きぶりの相互理解を図るという中に包括できるのではないかなと、個人的には私は感じました。
特に相互理解というか、やり取りの部分ですよね。これは本質的な意義の再整理の部分のところで、外国語を介して自分の意見とかが整理されて、そして相手の信頼関係なんかも構築できるという形になってはいるんですけれども、と同時に、これはあくまでうまくいった場合はということであって、実を言うと、コミュニケーションを取ることによって、特に外国語でやり取りをしている場合においては、やり取りをしているからこそ生まれる誤解であったりとか、あるいはコミュニケーションの失敗といったものというのが生じる。
これは逆に言うと、母語で話しているときではあまり生じないようなことであるかもしれない。だからこそ、逆に言うと外国語において、そういった失敗ではないですけれども、そのような齟齬みたいなものを体験する。そして、そこで終わるのではなくて、やり取りを通じて、そごとかコミュニケーション・ブレークダウンみたいな問題点を解決していくという、そこのプロセスを身につけていくということこそが、ある意味、日本語でやれる他教科でもこうやって思考を深めるということはできるかもしれないんだけれども、外国語であえてやる。特に外国語という科目の性質上、コミュニケーションそのものを対象として学ぶことができるという、これは多分、ほかの母語で行っている他教科ではなかなかできない部分でもあったりする。そういう意味でこそ、外国語で学ぶということの意義にも繋がってくるのかなと思います。
あと、ちょっと長くなって申し訳ないですけれども、ついでに言っておくと、やり取りをしていくというのは、言語習得の観点から見ても、例えばヴィゴツキーのZPDの拡大といった考え方、そこは、ただ単に一方的に受け取っているだけではやはり駄目で、相互作用があって初めて、言語の使用範囲みたいなものも広がっていくということ。そういった観点からも、ここのやり取りをしていくということを重視していくということは不可欠なのではないか。
それはひょっとすると言語だけでは限らず、今回の後半の部分の中にも関連するかもしれないですけれども、例えばこれまでの一般的な話題から社会的な話題へと、これを今回は様々なという形で言い換えるという形になっていますが、そのような形で話題の拡大というのを、やはりそういったやり取りを通しながら、先ほどのZPDみたいな、発達の最近接領域みたいなものを広げていくという、そのプロセスを経ていかないと、話題の拡大というところにも繋がらないのかなと思いますので、もうちょっと逆に言うと、ここの中でみんな、今ここで提示していただいているものって、割と成功するというイメージだけですけれども、逆にそこの失敗の修復をどうするのかという、そこら辺の要素なんかがここの中に少し加えられるといいのではないかと思いました。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
ちょっと順番を変えまして、退室予定ですので、内田委員より先に御意見いただければと思います。よろしくお願いします。
【内田委員】 すいません。ありがとうございます。
先ほど米野委員から御指摘があったところ、3ポツ、米印の3個目のところですね。私もここは非常に重要だなと考えておりまして、ぜひ本質的意義の中にとは思ったんですが、ただ、なかなか内容自体がもう1個ジェネラルなレベルなのかなという気もしていまして、AIの産出したものを正しく判断できる。先ほど米野委員が挙げられたプログラミングの例もそうですけれども、結局我々はAIが出したものをうまく判断しなければいけないといったときに、それを外国語の科目として養成すべきところなのかどうかというところは、少し考える必要があるのかなと思います。
一つはAIとの協働といいますか、コミュニケーションの補助ツールとして使っていくというところなので、恐らく協働する力というか、人間以外、AIとのコミュニケーションですよね。外国語コミュニケーションの科目だとして、人間とのコミュニケーション、またAIとのコミュニケーション、さらにそれを協働して一つのコミュニケーションに生かしていくというところなのかなと思いますので、AIの出力を判断する力をどう入れるか、ぜひ入れたいと思いますが、そこを外国語と絡めるときに、もう少し考える必要があるかなということと、あとAIとのコミュニケーションの仕方というところも、もしかしたら外国語を通じて形成すべき観点の一つになり得るのかなとも思いました。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
臼倉委員、お願いします。
【臼倉委員】 ありがとうございます。
今までの委員の皆様にちょっと絡めてという感じでコメントなんですが、まず、日向端委員と、あと藤田委員、内田委員がおっしゃっていたことに私も賛成というのが1つ目で、まず日向端委員から、受容の能力の大切さもという、発信だけじゃなくて受容のということを、分かりやすく明記したほうがいいという御意見があって、私もそれには賛成で、スライドの御指摘があった4枚目の改善イメージのところの考え方の表記だと、発信ありきではないか、発信のほうが目立ってしまうんじゃないか。
それに対して米野委員からは、考え方等を形成するという中に受容が含まれるんじゃないかというお話があったんですけれども、個人的にはちょっとそれは難しいかなと。より一般の人が考えると思うと、形成するというところが受容を基にして考えを形成するということなんですけれども、ちょっと伝わらない部分があるかなと思ったので、何かもう少し明記ができる形になったらいいかなというのがあります。
あとは藤田委員がおっしゃっていた、コミュニケーションを失敗してしまったときに乗り越える、修復する力というのも明記するべきかというところも、私もぜひそうしたいかなと思っています。
すいません。2つあるんですが、2つ目が、米野委員がおっしゃっていて、内田委員もおっしゃっていたんですが、3枚目のスライドの「本質的意義」の再整理の、右下の四角の中の米の3つ目のところをもう少し強調してもというところに私も賛成で、どのように書いたらいいのかなというのを短い時間、ちょっと考えていたんですが、粗削りですけれども、例えばAI時代だから、AIに基づく様々なツールを適切に活用するために必要となる言語的な運用能力とか、言語的な知識とかという文言が入るといいのかなと。これは言語運用能力に結構寄った書き方になるので、もしかしたら「本質的意義」の再整理で書いてあることは、どっちかというと言語運用能力に特化して強調した書き方になっていないので、どこに載せるかというところは検討が必要かと思うんですが、そんな書き方ができるのではないかと、書いたほうがいいなと思いました。
最後に、先ほど田井さんから、バトラー委員が前回の委員会を受けてコメントがなんてお話があったところで、私の理解が間違っているかもしれないんですが、賛成だなと思ったことに関連することを申し上げたいんですけれども、この「本質的意義」の再整理のところなのか、その後ろの「見方・考え方」のところに書くのかは分からないんですが、外国語教育の目的として、実用的な言語能力を身につけるという、4技能とか5領域の実際の言語能力を身につけるという話と、もう少し広い、外国語を学ぶことで思考が深まるとか、視野が広がるとかという、どっちかというと母語を使ってやることの範疇なんですかね、そういう部分というのを分けて記載するということが必要かなと思っています。
2番目のほうの思考力自体を育てるとか、視野を広げるというのは、外国語に特化したものではなく、全ての教科を通じてやることだということ。特化したところというと、やはり外国語なので、外国語の運用能力のところという形。両方とも外国語を学ぶ意義に含めるべきだと思うので、ただ、書き方を分けるようにすると、外国語ならではの部分と、全教科共通の部分というので、理解が深まるかなと思いました。
長くなりました。以上です。お願いいたします。
【酒井主査】 ありがとうございます。
バトラー委員、お願いします。
【バトラー委員】 私のほうから2点ほどコメントさせていただきたいと思います。
今まで皆さんがおっしゃっていた受容と、それから発信の件で、私も受容の部分というのは、やはり明記したほうがいいのではないかと思います。昨今は情報過多の時代で、いろいろなフェイクの情報もあります。ですから情報をどういうソースから来ているのかなどで吟味し、きちんと取捨選択する能力というのは、これはもちろん母語で養成していくという議論もあるかと思うんですが、私は外国語でも、そこを強調していくべきだと考えます。皆さんがおっしゃるように、受容の部分は必要かなと思います。
それからもう一つ、発信に関してなんですけれども、今のコミュニケーションの状態を考えると、マルチモーダルでコミュニケーションをするということが多くなってきていますので、言語だけに限らず、非言語的なツールも使いつつ発信していくという、何かマルチモーダルのような言葉が入ったほうが現実に即しているのかなと考えました。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
鈴木委員、お願いします。
【鈴木委員】 いろいろなことをたくさん言うと話が拡散しちゃうので、今、バトラー先生がおっしゃったように、受容と発信に関して私も、確かに形成の中に受容は含まれていると思うんですけれども、段階としては違うのかなと。例えば言語の習得で言えば、受容から発信へと行くと思いますし、また、評価の観点とかも、受容の評価と発信の評価は分けて考えられると思うので、形成の中に全部受容が入っちゃうと、少しごちゃごちゃするかなとは思ったところです。
取りあえずその観点だけ発言させていただきます。
【酒井主査】 ありがとうございます。
早い時間に退室予定の亘理委員、もし御意見あれば、今の段階で伺えればと思うんですけれども、いかがでしょうか。
【亘理委員】 私はどちらかというと、学びに向かう力・人間性のほうでコメントしたくて、この点はいいかなと思っていたんですけれども、振っていただいたのでコメントすると、今まで各委員の先生方が発言されたことに賛成する部分は、「自分の考え等を形成」は結果ですよね。「多様な他者との相互理解」も結果ですよね。多分、結果だけではなく、受容したり発信したりするプロセスの中に考え方が表れると各先生が思われているので、受容のほうも入ったほうがいいという御意見なのかなと。物すごく単純にしてしまえば、「自分の考え等を形成し、多様な他者との相互理解を図る」でも、僕はいいような気もしていたんだけれども、委員の先生方のお話を聞いていると、結果だけを表したような書きぶりにしちゃうと、途中のプロセスの部分で働くはずの考え方が見えづらくなるという御意見かなと思って、個人的には藤田委員がおっしゃっていたように、相互理解を図ろうとすれば、その過程で受容も当然あり発信も当然あり、うまくいくとは限らないので、相互理解を図ろうとした「後」のほうが僕は関心があるなと思いながら、委員の先生方の言うことはもっともだなと思って、この点については聞いていました。
すいません。もう一回、この後でチャンスを下さい。人間性の部分でコメントしたいので、工藤委員の後に。
【酒井主査】 ありがとうございます。最初の話題が途中かもしれませんけれども、亘理委員、出られる前に、退室される前にもう一回手を挙げて、後半部分の話題について意見を述べてから退室をお願いします。
それでは、工藤委員、お願いします。
【工藤委員】 皆さん、おはようございます。
皆さんがおっしゃっていることは、そうだなと思いながら聞いていたんですけれども、まず一つ、ずっと現行から気になっていたことなんですが、考え等を形成するという形成って、文字どおり捉えると、形成という言葉は、今までになかった考えを自分でつくるみたいなイメージですよね。外国語を使うときになって初めて新しい考えをつくらなきゃいけないというのは、やや酷だなというか、まずゼロから、考えから形成するというのは酷だなというのがあって、ふだん日本語で思っていることをまず伝えるというのが基本なのかなと思うので、ただ、外国語で伝えるときに整理しなきゃいけないので、考えを整理して、必要な場合は新しく形成するみたいな流れのほうが、ふだん考えていないことを、外国語をやるからいきなり英語で考えを新しくつくりなさいというのは、ややハードルが高いというか、基本はふだん思っていることを伝えましょう。
もちろん外国語だから、相手のことを考えなきゃいけなかったり、新しく情報を得たので、新しく形成するというプロセスはもちろんあっていいんだけれども、基本は多分、考えそれ自体がふだんのいろいろな生活、学校の生活でも普通の暮らしの中でも考えているものを発信するというベースがあるので、考えを形成の前に、考えを整理したり形成したりのほうが、私は自然かなと思っていますが、なるべくここは簡潔に短くなので、最終的な形成のところに落ち着くという理解はするんですが、ベースは多分、ふだん考えていることを言うというところがあるかなと思っています。
あともう一つは、これはバトラー委員もおっしゃったことですが、今の情報時代なので、そもそも生成AIだけではなくて、ほかの人が言ったものとか、誰かが文字として書いたものの吟味をしっかりする、理解した上で吟味するということが必要で、その一環の中、そのプロセスの中に、生成AIのこともちゃんと吟味しようということだと思うので、生成AIだけを批判して疑うのではなくて、いろいろな人が言ったこと、あるいは考えたことをまず理解した上で、それを自分の中で、自分の価値の中で、必要だと思ったら取り入れるし、そうじゃないと思ったら、排除という言葉は変ですけれども、その考え等は今の時点では受け入れないみたいなことは当然あってもいいので、受容の部分とそこは連動するので、考え方のところに受容というのを入れたほうがいいという御意見が何人かあったと思うんですけれども、そういう意味で、生成AIを含めた他者の考えや情報を理解した上で吟味するみたいなところは、考え方のところに入ってもいいかなと思います。
ただ、今、89文字で、形成のところに整理を入れたり、今のことを入れたら、現状の101文字も超えていくので、どこを削るかってまた考えなきゃいけないけれども、意味としてはそういうことは入ったほうがいいかなと個人的には思いました。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
今、委員の皆さんで、考え方の4ページですね、受信の部分というものの位置づけについて御意見があったかと思うんですけれども、私も考えていて、自分の考え等を形成する、これは自分の考えを整理するというのがいいのかどうかというのは議論の余地があるかもしれないんですけれども、考えを形成するだけでは、実は考え方を示していないと思うんですね。ただ単に考えているというだけだと思うんですけれども。自分の考えを形成する際に、多様な他者との相互理解に繋がるような考えを形成するということが求められるんだというところが重要だと思います。
当然、多様な他者との相互理解を図るための考えを形成するためには、その手前には、受信の要素というんですかね、情報を整理したり吟味したり、相手の主張をしっかり受け取った上で、自分の考え等を形成することが必要です。そういう意味合いかなと思いましたので、どちらかというと藤田委員が述べたような考え方を持っていたわけですけれども、場合によると、そこはしっかり明記していくというか、説明を加えていく、ないしは意義のところの理解をしていく部分との関連で、この考え方というのを位置づけていくということはさらに必要で、その上で、受信の要素が必要かどうかということの検討になるのかなと、伺っていて思いました。
また、AIの出力の点ですけれども、出力を判断するという点ですが、いわゆる正確性、適切性をある程度判断するというところですが、ある意味ここも、母語でやろうと思えば母語でできる部分と。特に内容的な真偽の確認みたいなところは母語でできるというと、臼倉委員も、言語能力に落とし込んだときにどうなのかという御意見あったかと思うんですけれども、ほかの教科ではなくて外国語でこのAIというものを捉えたときに、どういう力が必要かというところで検討したときに、今の書き方以上のことができるのかどうかということは、ちょっと疑問に思いましたので、もし委員の皆さんに、またこの点について御意見いただければと思いました。
皆さん、いかがでしょうか。
バトラー委員、お願いします。
【バトラー委員】 私は先ほども申し上げましたけれども、やはり外国語でもやっていくべきだと考えております。例えば、今の高校生を見ていましても、ライティングをやるときにAIを使っているというのがもう現状になりつつあります。もちろん個人差もあると思いますが、多くの生徒たちが使うようになってきています。
そのときに、英語で出力された部分をそのまま受け入れるのではなくて、本当にこれが正しいのかという判断をするためには、まずその文章をちゃんと理解する必要があって、これはやはり外国語でやっていくべきものです。日本語に訳して、それで審議をするのかというと、必ずしもそうではないし、その翻訳が正しいかどうかという審議もやっていかなくちゃいけないということで、結局、両方の言語での力が必要となります。もちろん母語でやるというのは前提ですけれども、私は基本的には、外国語でもこの力を身につけていくべきだと考えています。
【酒井主査】 バトラー委員、ありがとうございました。確かに、ここの枠の中では通訳・翻訳ということに限っていますけれども、それ以外に内容を生成して英語で読む、受信する、それを活用するという場面も多々あるかと思うんですよね。そうすると、今、バトラー委員が言われたような、いわゆる判断力というか、そういうのは、なお求められてくるかなとは確かに同感に思います。ありがとうございます。
髙木委員、お願いします。
【髙木委員】 ありがとうございます。
今、バトラー委員がおっしゃったことも非常に同意なんですけれども、例えば今、中高生でAIを使って学習している子たちで、すごく大きな課題だなと感じているのは、AIが出力してきたものを、そのまま鵜呑みにしてしまうということです。それを鵜呑みにしてしまう要因というのは、例えば彼らの、まず英語的な能力の未発達な部分というのもあると思うんですけれども、それ以上に、出されてきたものに対して自分で批判的に検討するという力が、すごく、これからの時代にさらに必要になってくると思うんです。
例えば、AIによって手軽に通訳・翻訳というのが可能になるときに、それぞれの言語を往還しながら自分の言っていることを整理していくというプロセスが非常に大事なことになっていくと思うので、日本語で考えていることを他言語で表現したときにどのように表現されるのか、そしてそれが、それを見ることによって、日本語で自分が表現していたことをさらに整理することにも繋がっていくと思いますので、3つ目の米印のところに関しては、そのような要素というのをもうちょっと強調してもいいのかなと思いました。
以上です。
【酒井主査】 確かにそうですね。日本語、母語と英語を行き来しながら、批判的に検討していく力というのは、母語だけでももちろん必要な力だと思いますけれども、それをもう一つの言語を持つことで、またさらに、よりメタ的に検討できるというところは、まさに3ページ目の左側ですかね、メタ的な言語認知、コミュニケーション認知に繋がるところかなと思いながら聞かせていただきました。ありがとうございます。
続けていかがでしょうか。髙島委員、お願いします。
【髙島委員】 おはようございます。よろしくお願いします。ここまで議論されていなかった違う観点でも大丈夫ですかね、話したいと思います。
まさに今回、AI時代に外国語を学ぶ本質的意義ということで、まさに2030年代の学習指導要領を考える上で、予測がつかないというのが本当に難しいなというのを、3回参加して感じています。ちょうど2030年代というと、通信でも6Gになるんじゃないかみたいな話もされている中で、超低遅延で多数同時接続ということなんですけれども、また超と多数が出てきて、どういう時代になるのか、多分正直、想像できない人が多いと思うんですね。そういう意味では、常に我々の議論がAI・技術革新を過小評価しているんじゃないかなと恐れながら、だからこそAIに代替されるべきではないとか、人間に残したいというのを考えるべきなんじゃないかなと思います。そういう面でも、3ページに米印の2つ目(「AI技術が今後も予想を超える速さで進歩することを踏まえると、AIに代替されるべきではない、人間に残したい部分は何かを重視する必要」)を入れていただきまして、ありがとうございます。
今後議論を進める上で、もし可能であれば、例えばそういうAIや6Gを含めたいろいろな技術者による最新の知見、情報を踏まえて議論できる機会は、どこかで取っていただけたらと思いますし、これは多分、英語だけの話じゃないと思うので、何かしら議論できる機会があればいいなと思います。
その上で3点あるんですが、1つ目が、まずこのページの左側、「コミュニケーションへの深い理解を促す」というところで、最後のところ、「翻訳ツール等によるやり取りを超えた、生身の身体を有する人間同士のリアルなコミュニケーションへの関心・意欲を促す」というのは、イメージは分かるんですが。たとえば今、この会議ってリアルなコミュニケーションなんですかね。Zoomはリアルじゃないのかな。対面の価値というのはよく分かるんですけれども、例えば今、私がもし仮に英語で全部しゃべっていて、自動翻訳されていたら、多分誰も分からないと思うし、気づかないですよね。モバイルデバイスを身につけて、常に相互コミュニケーションできるみたいな、6Gみたいな時代になったときに、ここの意義って残るのかなと。残りそうな気もするけれども、説明は難しいなみたいなことを思いました。
2つ目が右の部分なんですが、右の部分のほうがより難しいなと思って、これは単に英語ができるから外国人とも話せるよねとか、人脈が広がるよねとか、役に立つよねみたいな話程度ではない内容を入れなきゃいけないんじゃないかなと思います。そういう意味で、今回、文言の修正が結構あって、そこはいいなと思いました。例えば、「得られる情報・人脈が格段に広がり、理解・思考が深まる」から、「人間関係の質・量が豊かになり、得られる情報も増える」に。これは多分、そういうところを踏まえていただいたのかなと思います。
今日、参考資料の中に、役に立つと答えた子供の数が増えているというか、そういうデータがありましたけれども、役に立っていいねという話ではあるんですが、逆に言うと、役に立たなくなったら学ばなくていいみたいになりかねないかなと思いますので、役に立つ、立たない以上の価値みたいなものを、どう示せるか。今回ここに記述されている内容が、役に立つという話だけじゃないよねというのをどう伝えるか、これはすごく難しいと思いますが、とても大事かなと思います。
3つ目なんですが、「外国語を介して、自分の考え・意見の形成・整理が促進される」というところがありますけれども、なぜ日本語じゃできなくて外国語じゃできるのかというところがぴんとこない可能性って結構あるんじゃないかなと思います。委員の議論を伺っていて、ちょっとずつ私も理解しつつあるんですが、ただ、これを現場の先生が子供に伝えるとか、保護者が子供に伝えるって相当難しいと思うんですよね。何で英語じゃなきゃいけないのとか、何で外国語じゃなきゃいけないのと言われたときにどう答えるかというのは、これはしっかりと発信すべきだと思いますし、ここはきちんと学校現場に伝える、学校現場で伝わる、これが大事かなと思います。
これからこの本質的意義に基づいていろいろな議論をしていくんですが、中身の話もしていくと思うんですけれども、我々はここまで本質的意義について考えているわけなので、ある意味、ゼロベースの議論をするということを考えなきゃいけないかなと思います。今までの英語の授業があって、英語の時間数があって、これをやらなきゃいけないよね、これを守ろうみたいになるんじゃなくて、場合によってはもしかするとがらっと変わるかもしれませんけれども、本質的意義についてここで再整理しているというのは、そういうためだと思いますので、本質的議論ができればと思っております。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございました。
亘理委員、お願いします。
【亘理委員】 髙島委員が本当に私が話しやすい流れをくれて、ありがたいんですけれども、先が読めないということで言うと、今日の議論で、今の本質的意義もそうだし、学びに向かう力・人間性等もそうなんですけれども、2030年代の日本の言語環境がどうなっているかということも読めないですよね。そう考えると、今、学びに向かう力・人間性等のところにあるような話って、我々が価値として、社会学的な価値、つまり望ましいものとして、複言語的な、複文化的な価値を提示しようとしているんだけれども、同時に、38ページの資料にあるとおり、高校生の現状って、英語で日常会話ができるようになりたいというのが、まだまだ目的としては1位なんですよね。
そうすると、これって一番大きいところでは言語政策のようなことも関わってきて、この外国語ワーキンググループだけで議論できる問題ではないと思うのですけれども、教科として何を担うかと考えると、自分とか自分を取り巻く社会にとって外国語がどういう意味を持つかということを、絶えず問い返さないといけないと思うんですよね。というか、そういう時代に子供たちは、少なくとも今以上に生きることになるので、今この14ページの資料のところに、外国語をそもそも自分にとってどういうものなのか、あるいは自分を取り巻くコミュニティーにとってどういうものなのかということを、批判的に問うていくという部分があるといいなと思っているんです。
そのときに、上位のところでは、外国語を増やすほうがいいのか、モノリンガルでもいいのかということは、社会の構造で決まるから、ここの中で全部個人で完結すべきとはしないほうがいいというか、置かれた社会構造と自分との関係を見ていくというふうに、学びに向かう力・人間性等なんだけれども、あまり個人に責任を全部求めるようにしたくないなというのが一つ。でも同時に、髙島委員がおっしゃっていたようなことも、アイデンティティーの形成なんですよね。
そうすると、この手の議論でアイデンティティーって、継続的・積極的につくり上げていくものという議論は、よく外国語教育の文脈でもするので、そうすると、外国語や英語の社会的位置を批判的に捉えながら学んでいくということも重要だと思っています。複言語的・複文化的な価値はもちろん私も持っていて子供たちに伝えたいと思っているんですけれども、同時に多くの子供が、いわゆる実用的な、経済学的な価値に引きずられているということは蓋をしてもしようがなくて、そこを持っているような個人が多くいる状況で、我々は公教育を通じて、社会学的な価値も同時に伝えていく。
子供たちの中に、自分にとっての外国語がどういう存在かという、あるいは別の言い方をすると、一つの言葉を話すだけの人間でいいのか、それとも複数の言語を持っている人間でいたいのかみたいなことを、自分なりに形成していくという部分が、14ページの丸3の「自己イメージを持ち」というところに若干入っているようでありながら、さっき髙島委員か、その前の議論でちょっと出た、AIが言うことを鵜呑みにしてはいけないという話は、英語についても言えると思うんですよね。「英語話者が言うことを鵜呑みにしてはいけない」ということも言えると思うので、パラレルで考えると、今現在、英語が社会的・文化的に置かれている位置みたいなことを批判的に捉え返すという部分が、ここに入ってくるといいなと思っています。
もう一つだけ、すいません、大分先取りした話になっちゃうんですが、目標に関する議論のところで、知識・技能と思考・判断・表現と、横並びに並べると、すごくよくできているとは思う一方で、先ほどの目的論とも絡んで、目的・場面・状況などに応じてというのを高校から取ってしまうというのは、言語活動が充実してきた、意識も高まってきた一方で、またこれを取ってしまうことで、知識を詰め込むというイメージをまた呼び戻してしまわないかということの懸念を持っています。その点では、自分が言葉を使う意味を、外国語を使う意味を批判的に捉えていくときの目的・場面・状況などに応じてなんだよというのは、先生方へのメッセージとしても、私は残したいなと。
この話は先生方も、外国語が子供にとってどういう意味を持っているのかということを、絶えず批判的に捉え返しながらやっていく必要があるということを、14ページ、15ページの辺りの議論では入れたいなと思った次第です。
すいません。ちょっと長くなりました。
【酒井主査】 ありがとうございました。後半の話題にも触れていただきましたが、この時間は前半の話題に限ってということで、この後、議論をお願いします。また後半のところで、亘理委員の御指摘を受けてというところで御意見いただければと思います。
それでは、𫝆井委員、お願いします。
【𫝆井主査代理】 よろしくお願いします。
髙島委員がおっしゃった、役に立つという価値がなくなったときの外国語教育って何なんでしょうねというところですとか、いわゆる実用的価値がなくなったときにどうなるのかということですよね。そしてまた、それがゆえに、複数の言語を学ぶことの本質はというところの中で、亘理先生が先に、私が言おうとしていたことをおっしゃってくださった上に、さらにより深くおっしゃっていたんですけれども、本質的な意義というものを、今日の資料で言えば5ページのところにもあったと思うんですが、人間関係、いわゆる新しい自分を発見するであるとか、そういった形で視野を広げていくというような、亘理先生がおっしゃったところの自己のアイデンティティーですよね。こういった変容というのが、身体を持って学ぶ、そして、母語は大事だからこそ、他者の母語を学ぶことが必要なんだ、他者を本当に理解しようと思ったら、他者の母語というのを学ぶことが必要なんだということを踏まえていくのは、大事なことではないかと思います。
ちょっと話が抽象的なようですけれども、見方・考え方の前半部分の、受容と発信のバランスがあまりよくないのではないかという御指摘というのは、ある意味当たっていると思いますが、そこの部分での表現を相互理解という言葉でもし置き換えることができる、それでまとめることができるのであれば、それを前半に置いた上で、先ほど申し上げたような自己変容であるとか、コミュニケーションを複数の言語で行うことの意義というのを見方・考え方に入れていくのも、一つの方法ではないかなと思ったところです。
こういったことを言う理由というのは、2030年、40年にはまだ届かない話ではありますけれども、昨今においても、いろいろな日本の状況においてでさえ、日本語を話せない外国人の人たちに対して、例えばストレスを感じたりですとか、あえて日本語を話している外国人の日本語の伝わりにくさに正直いらいらしたりですとか、そういった共感性が乏しいような社会にあっては、今後日本は立ち行かないと思うと、そういう共感力を育むですとか、物事に対しては複眼的に物を見ていくとか、そういった価値というのをしっかりと伝えるような見方・考え方の言葉に何か足すというのも、一つの方法かなと思います。
私、この会議に入る前は、現状で十分だなと思っていたんですけれども、そういった意味では、多様な他者との相互理解を図り、例えば柔軟で包摂的な自己や社会をつくるとか、亘理委員が最初の発言の中でおっしゃった相互理解の結果とか、その先にあるものというのを示すのも一つの手段かなと思った次第です。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
臼倉委員、お願いします。
【臼倉委員】 お願いします。
ちょっと今までの議論から外れちゃったら申し訳ないんですけれども、スライドの4枚目とかの「本質的意義」の再整理というのを改めて見ながら、皆さんのお話を聞いていたんですが、ちょっと気をつけたほうがいいかなと思ったことが一つあって、大きな話だけをし過ぎないようにするというか、現場の先生方とかが、例えばスライドとかを見たときのファーストインプレッションとして、すごく大きい話だなみたいな、実際に現場で授業をするとなったときに、普通に常識的に考えたときに、言語を学ぶということは、その言語を自分で使えるようになることだという理解というのは、多分まだ崩れないというか、つまり言語を学ぶということが、自分が自分の口を使って話したり、耳を使って聞いたりするという能力を習得することだということを否定するということはないのかなと、まず思ったので、ちょっと訳が分からないことを言うかもしれないんですけれども、そう考えると、学校で言語を教えるということは、つまりはその言語を使えるようにさせることだというのが揺らがないのだとすると、AIができたから、AIを使うことができるから、言語を学ばなくていいんだという話に直結しないというんですかね。
科目として英語が設定されている以上は、現場の先生たちは当然使えるようにさせるということに主眼を置くんだろうなと思ったときに、今私たちがしているこの話という中に欠けているなと思ったのが、要は言語を使えるようにさせることみたいな話が、この4枚目のスライドに入っていないというのがちょっと気になって、ただ、いろいろぐちゃぐちゃ考えたときに、本質的な意義を考えるということであると、言語を使えるようにさせるというのは本質的な意義ではない部分の話だから、今ここに出ていないのかなとか、本質的な意義に対して「本質的な」が取れて、外国語を学ぶ意義だけになったら、使うということが復活するのかなとか、自分でもまとまっていないんですが、要は何が言いたいかというと、何となく現場の先生方の感覚から離れて、高尚な話になり過ぎてしまっていると、結局は現場の先生方に伝わらないようになってしまうというのを思ったので、すいません、まとまらないんですが、コメントだけしました。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございました。
関谷委員、お願いします。
【関谷委員】 臼倉委員、ありがとうございます。私も現場のほうに伝えていくに当たり、先生たちにいかに分かりやすく、このメッセージが伝わっていくのか。このたび学習指導要領の電子化という話も出ていると伺っていまして、今話し合われている英語を学ぶ意義や外国語科の目標、他校種との連携といった全体像を見ていくことが、なかなか捉える機会が減っていくのかな。例えば、指導案をつくるときに初めて学習指導要領を読まれる先生たちがいて、そのときに、部分的に自分が見たいところだけ見ていくというものになっていきそうだなと感じています。そうなってくると、全体像をいかに分かりやすく、メッセージを伝えていくのかということが重要だと考えています。
ですので、先ほど以来話が出ている、非常に聞けば聞くほどなるほどなと思うところがたくさんあるんですけれども、受容と発信の部分ですとか、そういったことを言葉として残しておいたほうが、現場の先生には伝わりやすいのではないかなと思います。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
布村委員、お願いします。
【布村委員】 ありがとうございます。
すいません。先生方のたくさんいろいろな意見を受けながら、どのように見方・考え方をつくっていけばいいのかなと考えていたんですけれども、私は相互理解をしてから発信をするという、受容という話もありましたけれども、ここのワードで言えば、相互理解が先に来てから、その後、その中でまた自分の考えを整理しながら、また発信をしてという、行ったり来たりみたいな部分がうまくここの短いワードの中に入るといいのかなと考えたときに、相互理解が先に来てもいいのかなとちょっと思っていました。
あともう一つ、ここの見方のところで、文化の違い、社会、相手の関わりと3つ入っているところに、例えば指導要領になって、その後、多分教科書が出来上がると思うんですけれども、3つここにあることで、文化と社会と相手の関わり、この3つが入らないと教科書は成り立ちませんと捉えられてしまうと、社会問題とかが、例えば小学校とかの教科書に今のように入ってきてしまうというところの懸念、難し過ぎるとか、社会っていろいろな社会があるんですけれども、この社会を社会問題と捉えられて、教科書とかが出来上がってしまうことを懸念しました。なので、ここのところの社会って多分、相手との関わりというところも小さな社会だったりすると思うので、そういったところの解説というのも、もしかしたら必要になってきてしまうのかなということを漠然と考えました。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございました。
皆さんの御意見を伺っていて、私も、AIに取って代わられるときという言い方でいいのか、あるいはAI時代で、いわゆる実用的な意義について、必要ないのではないかと思う子供たち、あるいはいろいろな人たちがいる中で、改めて、そうであっても、外国語を使ってコミュニケーションすることで、人と信頼関係をつなぐことができるという側面、これは依然としてAIを活用しながらもできますし、AIがあっても必要になってくる部分であるという認識があるんですけれども、もう1点、3ページ目の左側、言葉、文化、コミュニケーションへの深い理解を育むことの中で、先ほど何名かの委員からも出たと思うんですが、批判的に物事を捉えていくということですね。特に髙木委員が言われたと思うんです。国語と英語、別の言語を行き来することによって、いわゆるメタ言語的な意識を高め、そして、どのような意図性があるのかということを批判的に捉えていく側面というのは、まさに外国語を学ぶことで得られていく。コミュニケーションのほうもそうですね。どういうコミュニケーションかということを、日本語のコミュニケーション、外国語のコミュニケーションと捉えることで批判的に捉えていく。
それは2つ目の丸の中では、母語や自国の文化のメタ認知って、自国とか母語のほうだけ書いてあると思うんですけれども、これは英語を読むとき、聞くときについても同じことが言えるだろうと思ったときに、コミュニケーションへの深い理解を促すの中のところで、聞く・読むに関連して、今、ミスコミュニケーション等を通じたということが書いてあるんですけれども、ここもどこかの要素に、批判的に捉える力が高まるとか、コミュニケーションを批判的に見る力が高まるというところ、ここがまさに外国語を学ぶときの他教科とは違う意義になってくるのかなと思いました。
もちろん、それが自分の中で出てくると、下のよりよい社会、あるいは幸福な人生で、外国語を学ぶことによって、いろいろ社会的な可能性も広がるという側面も出てくるのかなと思いましたので、またちょっと検討していただければと思います。
先ほど髙島委員から、AIのことについて今後議論する機会がないのかという話でしたけれども、これについて事務局から御説明いただけますか。
【田井外国語教育推進室長】 ありがとうございます。今後、議論していく上で、AI活用の具体的な在り方というところも検討課題に上っているところですので、そういったことを議論する会の中で、AIの知見の深い方もお呼びしてということは検討させていただきたいと思います。
以上でございます。
【酒井主査】 ありがとうございます。また議論する機会があるということ、また意見を伺える機会があるということで、そこでも検討できればと思っております。
最初の話題ですけれども、川﨑委員が手を挙げられていますので、川﨑委員に御発言いただいて、その後、次のトピックに移りたいと思います。川﨑委員、お願いします。
【川﨑委員】 ありがとうございます。
考え方の部分に関しては、一言私からは、受容という言葉があったほうが恐らく先生としても、評価で受容の部分と発信の部分を分けたりということもあると思うので、そこは明記されてあるほうがやりやすいかなというのは感じました。
また、AIに関しては、今まで、批判的に見る視点が必要であるなども出てきたところですが、私が実際、多くの社会人の方々に教えることが多い中で気づいたことですが、そもそもAIに何と言えば自分が欲しいものが出てくるかの、自分の意見の組み立て方が分からなかったりですとか、あと、そもそも出てきたものが自分の英語力とかなりかけ離れていたときに、それをどう使えればいいのか、レベルを落とす方法など、そもそも自己調整力ですとか、これは先生に対して例えば質問するときと同じように、AIにも自分は今こう感じていて、こういうものが欲しいというコミュニケーション能力というところは、そもそもまだAIとのコミュニケーションでも必要になってくるのかなというところを感じました。
今回のスライドに入れてほしいというわけではないんですけれども、これまでの話に出てきた批判的な付き合い方だけではなく、AIとコミュニケーションを取るというところが、そもそも前提として課題になっている方も現状では多いのかなというところがありましたので、その点も今後大切になってくるかと思い意見としてお伝えできればと思いました。
【酒井主査】 ありがとうございました。
鈴木委員、手を挙げられていますが、この最初の話題ですか。鈴木委員、よろしくお願いします。
【鈴木委員】 ごめんなさい。ちょうど切るところで申し訳なかったんですけれども、私は3ページの、AI時代に外国語を必修とする「本質的意義」の再整理の2のところなんですが、基本的に2の思考に関することがどうしても私は気になっていて、このページの2のところは、外国語を学ぶことで思考が多様になると。日本語で学ぶよりも多様になる、柔軟になるということが、少し強調され過ぎているかなと思って見ていました。
私の勉強不足で申し訳ないんですけれども、近年の研究だと必ずしも支持されていないかなと思っています。支持されている部分は、多分外国語を学ぶことで、メタ言語的意識がつくと。つまり、言語について気づく、言語について考える、そういう意識は高まる可能性が示唆されていると思うんですけれども、一方で、多様な思考が身につく、クリエーティブな思考になる、フレキシブルな思考になるとなると、研究成果はまちまちかなと思うので、書き方に気をつけたいなと個人的には思っています。
以上です。すいません。
【酒井主査】 ありがとうございました。また多分、修正案が出て再検討ということになるかと思いますので、また検討いただければと思います。ありがとうございます。
それでは続いて、「学びに向かう力・人間性等」の整理等を踏まえた目標の示し方について、事務局より案をいただいています。御意見がありましたら、お願いしたいと思います。いかがでしょう。
日向端委員、お願いします。
【日向端委員】 ありがとうございます。私からは、目標のところです。まず、柱書のイメージのところですけれども、10ページになりますかね。こちらの下の改善イメージを見ると、小学校の外国語と中学校と同じ柱書でというところで、その趣旨は上に書いてあるとおりで理解はできるんですけれども、まず、分かりやすく現場の先生方に伝えるといったときに、これをぱっと見たときに、小学校のレベルが上がるようなイメージを持たれないかなという懸念を持っていました。
そうじゃないんだよということをあえて言わないと説明がつかないようであれば、逆にシンプルにする意味がないのかなと思っていまして、どこが変わっているかというと、現行であれば、基礎となるというものが小学校外国語科には入っていて、そこが中学校との違いではあったんですが、そこが消えることのリスクは大きいかなと。特に、小学校の外国語の授業と中学校の外国語の授業はしっかりと接続をしていくというのは非常に大事な考え方ではあるものの、特に読み書きの部分で、小学校の部分はレベルが違うということをはっきりしておかないといけないかなと思いますので、ここの小学校と中学校を一緒にするのは、ちょっと私は危険かなと思っていました。
同様に、知識・技能とか思考・判断のところもシンプルにすることによって、ちょっと文言が消えている部分もあるので、ちょっとだけそこも指摘をしたいなと思っていまして、次の11ページ、知識・技能のところですけれども、ここもシンプルにしたことで、「読むこと、書くことに慣れ親しみ」という言葉は消えているわけですよねというところも、あえて読み書きについては普通の知識・技能のレベル、小学校は違うんだよということをやるために、慣れ親しみという言葉を入れた経緯があったんじゃないかなと思って、そこが消えることで、レベルが上がった感を出してしまうと嫌だなというのが一つ。
また、12ページの「思考力、判断力、表現力等」のほうでも、読んだり書いたりする際の意識すべき事項は省略してはどうかという提案で書いていますけれども、ここも実際、小学生、思考・判断・表現として実際に読んでいるとは言えないレベルですので、それを言葉だけ見ると、実際に読んでいるように、音声で十分に慣れ親しんだ語彙や基本的な表現を読んだり書いたりするという表現になっちゃうと、実際に読んだり書いたりしているように誤解を生む可能性があるかなと思って、レベルが違うということはやはり残しておいてほしいなと思います。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございました。
髙木委員、お願いします。
【髙木委員】 ありがとうございます。私からは、7ページの「目標」のところなんですけれども、ポツの2つ目の小さい点2つ目のところなんですが、今後の「高次の資質・能力」や内容の構造化の検討を踏まえてというところで、何をもって高次と示すのかというのは、現場の先生は結構、恐らく混乱しているのではないかなと思っていまして、恐らく現行の学習指導要領って改訂版のブルーム・タキソノミーが多分に意識されていると思うんですけれども、どういう活動が高次の活動なのかとか、いわゆる低次の思考というのがどんなものなのかというのを分かるような形で書けるといいのかな、伝わりやすいのかなということを考えておりました。
すいません。あともう一つが、8ページ目のスライドの2番、1を踏まえた書きぶりのところなんですが、知識・技能のところで、特に、先ほど受容という話がありましたけれども、受容も発信も全部ごっちゃになって書かれていると、よく分かりにくいなというのは現場の教員としては思いまして、その2点というのを分けて書かれていたほうが分かりやすいのではないかなということを感じています。
以上です。ありがとうございます。
【酒井主査】 ありがとうございます。
関谷委員、お願いします。
【関谷委員】 ありがとうございます。
小・中・高の連携が必要ということで、私たちも高校の学習指導要領に、今回の現行のほうが載っていた小・中・高の学習指導要領の目標を並べて見せることが多いんですけれども、それに当たっても、先ほど日向端委員から出たとおり、それぞれ段階的にこう上っていくんだということが分かるようにしたほうがいいのではないかと思っています。スライド10の小学校外国語と中学校を同じに示すことによって、小学校の先生たちの読むこと、書くことに関する意識ですとか、そういったところで一旦混乱がかなりありそうだなと思っていますので、ここは工夫をしたほうがいいかなと思っています。
それからもう1点、すみません。12ページの中学校・高校の話題の取扱いですけれども、今回御提案いただきました様々な話題、そして幅広い話題ということで、こちらについても、具体的にどういうものなのかが分かりづらいなというところ。それから、現行の学習指導要領で中学校に社会的な話題が入ったことによって、かなり先生たちも苦労しましたけれども、教科としての広がりは見えてきたんじゃないかなと思っているので、この辺りは、すいません、代案というか、思いつかないんですけれども、ここはもう少し工夫をしていきたいということ。
それから、もう1点追加なんですけれども、中学校でちょっと困っていたのは、小学校で自分のこと、個人的なこと、個人的な話題、そして高校で社会的な話題となったときに、そこをつないでいくメタ認知的な個人ではない一般的なという視点がなかなか落ちていかない。一般のweとかtheyの考え方も含めて、そこももう少し明示的に表せないかなと思っています。案が思いつかないんですが、一旦、御指摘だけさせていただきます。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
すいません。髙木委員、先ほど御発言いただいた形ですかね。挙手がまだ継続してありますが、よろしいでしょうか。ありがとうございます。
江原委員、お願いします。
【江原委員】 よろしくお願いいたします。
私からは高等学校の、スライドで言うと、目標における知識・技能のイメージのところなんですけれども、先ほど前半の議論のところで亘理委員がおっしゃったことに関連して、そのときに発言する機会がなくなったものですから。亘理委員がいらっしゃらなくなって申し訳ないんですけれども、目的・場面・状況というところを知技の目標のところから削除してあると。それによって現場の先生が、今までどおり教えればいいんじゃないかとなってしまう危険性があるとおっしゃっていました。私が第1回のときに少し申し上げたことに、目標が決まると、それに応じて評価の規準というのが、これに応じて決められるわけですよね。そうしたときに、前回の改訂のときに高校の目標に目的・場面・状況が入ったときに、思考・判断・表現との違いをどうするのかなという議論も実はあったんですね。
私は当然、知識・技能のところも、目的・場面・状況に応じて教えなければいけないと思っているんです。ただ、評価のところの区分けがはっきりしていたほうが、例えばテストをするときに、これは知技ではかろうとか、これは思考・判断・表現だというところで分かりやすいので、あまり知技が重くなってしまうと、逆にそういうところだけテストすればいいということに、思考・判断・表現は何でテストするのという状況になってしまいがちなんですね。
ちょっと長くなって申し訳ないんですけれども、知識・技能のところというのは当然、目的・場面・状況に応じてできなきゃいけないと思うんです。ただ、目的・場面・状況に応じてということを考えたときに、普通、先生方は、CEFR関係のタスクにあるような、上に3行、ただし書があるようなものを想定されると思うんですね。知識・技能を教えるときに、一つ一つそういうことをやるのかということになると、そうではない。私の考えは、使うことで無意識に学ぶという点と、使うことで学んだ内容について気づいたり、改めて深く理解したりといった側面があり、知識・技能というのはそういう気づきを促すための仕込みの部分なんじゃないかなと思うんですね。
なので、もし目的・場面・状況を考えるとしても、知技の場合はどちらかというと、スポンテニアスにぱっと出てくるレベルを想定しているんじゃないかと思うんですね。思考・判断・表現というのは、ちょっと考える時間があって、プランニングとか、それによって、あるいはパーティーの場に立ったら、こういうところではこういう言葉を使わなきゃいけないという判断があって、そこで工夫した表現が出てくると思うんですね。知技というのは、宣言的知識が手続的知識に変わるまでが知技なのかなと。そういう区分けが、評価に落とし込まれたときにははっきりしたほうが、先生方は指導にも落とし込みやすいんじゃないかなと思って、結論的にはこれでも、改訂案でいいかなと思いました。
長くなりましたけれども、以上です。
【酒井主査】 ありがとうございました。今、江原委員が言われたことでいうと、11ページの知識・技能ですね。実際のコミュニケーションにおいて活用できる技能という書き方をしていて、ここの部分が生きて働く知識・技能というところが意識されていると。まさに知っているだけでは駄目で、実際に使えないといけないでしょうという側面かなと思いますし、ただ一方で、今、気づいていく部分のところでいくと、実は小学校のほうでは、今までのところに音声の違い等に気づくと。外国語のほうでいくと、気づいて理解していくんだと。これがまさに、コミュニケーションしながら言葉を学んでいく過程の話をしていたかなと思うと、ここの部分が落ちていることというのは、もしかしたらもう一度検討したほうがいいのかなということは、江原委員の話を伺いながらちょっと考えました。ありがとうございます。
米野委員、お願いします。
【米野委員】 失礼します。今、江原委員からあった件については、本当に私も同感でございまして、評価の際に観点別評価を行う際に、目的や場面、状況に応じてとあることで、現場で理解がなかなか難しい、紛らわしいという状況がありますので、全く同感でございます。
それから、まず、このように段階で表示をするということについては、その役割というのは大きくて、現行の学習指導要領解説でも後ろのほうについている段階表を配付して説明をしたり、あるいは参照したりという場面がありますので、簡便に他の学校種の目標を参照し、違いをイメージしやすいので、この考え方は非常によろしいと思います。
また、先ほど関谷委員だったでしょうか、話題の件がありましたが、12ページですかね。中学校と高校のところの「様々な話題」とか「幅広い話題」、この件ですけれども、高校のほうが幅広い話題とすることで、果たしてより高度化しているのかどうなのかというところがちょっと曖昧。実際には解説で、より具体を記載することになると思うのですけれども、現行の「日常的な話題」や「社会的な話題」のほうが、あらゆるステークホルダーにとって分かりやすいのではないかなと個人的には思います。
あと、ついでにお話しさせていただくと、スライドの14ページについてですが、「学びに向かう力・人間性等」の4要素の例のところです。右上のところの丸4なのですが、ウェルビーイングなどに関係するような部分だと思うんですけれども、第4期の教育振興基本計画が示しているウェルビーイングを向上させる5つの基本方針の1つ目のところに、「グローバル化する社会の持続的な発展に向けて学び続ける人材の育成」というのがありますが、外国語を学び続けることで、将来グローバル化がますます進んでいく社会の持続的な発展に貢献する、貢献にチャレンジするといった要素も例として加えてはどうかと考えたところです。
続いて最後になりますが、スライドの16ページについてですが、目標における「学びに向かう力・人間性等」のイメージ案のところで、現行では「主体的」とか、「主体的に」という文言があるのですが、改善イメージではそれがないわけですけれども、ここについては、果たして妥当なのかというのは正直、個人的には疑問に思うところです。
理由としましては、学校教育法の第30条の第2項で、「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう」、「主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない」と規定されていて、主体的に取り組む態度とか、学び続けることの重要性が学校教育法でうたわれているわけです。これは小・中・高問わないものですので、下の改善イメージを見ると、「外国語の習得に継続して取り組もうとする」という文言があるんですけれども、高校にだけその文言があるのはどうなのか、よくないのではないかなと。かつては「積極的にコミュニケーションを図る」という文言もあったわけですけれども、「主体的に」という文言がなくなるところについては、大丈夫なのかなというのは個人的に感じるところです。
以上でございます。
【酒井主査】 ありがとうございます。
バトラー委員、お願いします。
【バトラー委員】 先ほど日向端委員からコメントがありましたが、私も、小学校と中学校の目標を一つにするのではなく、別々に表記すべきではないかと思います。
もう一歩さらに言いますと、小学校においては、私は音声言語を中心としたという文言をあえて入れたいなと思っています。現状の小学校で行われている書くこと、それから読むことは、中学校でやっていることとはちょっと性質が違いますので、これは一緒に表記しないほうがよいと思います。むしろ、読むこと、書くことという言葉をあえて使わないほうがよいのではないかと思ったりしています。
次の13番だと思うんですけれども、思考力、判断力、表現力のところで、音声で十分に慣れ親しんだ外国語の語彙や基本的な表現を読んだり書いたりするということが、現行の指導要領には書かれているわけですが、今、実際何が起こっているかというと、音声で十分慣れ親しむ前に、読む活動、書く活動というのが始まってしまっている。それに対して非常に抵抗感を抱く子供たちが少なからずいて、それが恐らく中学校でのアンケートの中で、英語が嫌いな理由に、英語を書いたり、スペルが大変であるとか、文法が大変であるという、そのようなコメントが出てきてしまっている原因ではないかと私は危惧しています。
ですから、小学校の段階では、やはり音声を十分に聞かせてあげる、音声言語を中心とした活動をするというところを、あえて強調するような表記のほうがいいのではないかと考えています。
【酒井主査】 ありがとうございます。
続いて、布村委員、お願いします。
【布村委員】 ありがとうございます。小学校は専門ではないんですけれども、私も大学で小・中・高というのを並べて見せているときに、小学校って読む・書くをやっていいんだっけみたいな、そんな違和感をちょっと感じたりしたところはありましたので、音に慣れ親しんでというところで小学校はとどめておいたほうがいいのではないかなと、高校のほうから見ても思ったりした次第です。
私からは知識・技能の目標のところの懸念点をお話しさせていただければと思うんですけれども、先ほどの高等学校の目的・場面・状況の文言ですが、こちらは思判表のほうに入っているので、知識・技能にあえて高校だけ入ってしまっているということ自体がちょっと違和感がありましたので、ここを外すことはありなんじゃないかなと思っています。それよりも、聞くこと、読むこと、話すこと、書くことという4技能の文言が消えることによって、残っているものが音声、語彙、表現、文構造、文法、言語の働きと、ここの文言が残るということで、シンプルにすることは非常に賛成なんですけれども、残っているものがより強調されて見えてしまうので、これって文法をやっていいということだよねというようなメッセージになってしまわないかということが懸念点です。
これをどうすればいいんだろうと思ったとき、どうしてこの語彙、表現、文構造、文法とかが強調されて見えてしまうのかなと考えたときに、実はこの後に来ている「理解するとともに」とか「理解を深める」、この理解という言葉自体のワードが、知識を教えて児童・生徒に理解させるという活動を連想させてしまうところが、やっぱり文法を教えなきゃいけないよねというニュアンスに捉えられてしまうんじゃないかなと感じました。
あと、理解するとともにという「とともに」というワードも、恐らく知識と活用の両輪が同時に回っているイメージを「とともに」で表したんだろうとは思うんですけれども、もしかしたら現場の先生方にはこのニュアンスが伝わっていないのかなという気がしています。
なので、どうすればいいんだろうなと考えていたんですけれども、単純に知識を使うというか、活用というワードもそうなんですが、恐らく得た知識をコミュニケーションの中で使うという、ここのイメージが言語化できると、知識・技能のところはいいのかなと考えました。そこが、まず何が知識の部分を指しているのか、何が技能なのかというところで結局解釈が必要になってしまうので、もしかしたら活用というワードを使わないといけないとか、いろいろあるのかもしれないんですけれども、単純に私がふとこれを見て思ったときに、言語の素地をコミュニケーションの中で使えばいいんだなと、そんなニュアンスがちゃんとシンプルに、読んだ先生方に伝わるといいんじゃないかなと思いました。
ここに4技能の要素も入れておいたほうが、先ほど評価の話もありましたけれども、結局こちらは目標と評価が一体化しているということを考えたときに、目標にあるものと、今度、4技能とどのように絡んでいるのかというところを、単純にここで明記しておいたほうが、知識・技能でも4技能、この後に思判表がありますけれども、思判表の中にも4技能が入っていてくれたほうが、知識・技能と思判表と両方4技能があって、思判表の表現のところには、もう少しまとまりのあった表現というような、で、ここに目場状が入っていますので、こちらで評価するのは目場状を意識して、そしてまとまりのある表現というものをさせるという内容が思判表に入っていくと、すみ分けというか、知識・技能と思判表のすみ分けというのができるのかなと思いました。
すいません。以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
臼倉委員、お願いします。
【臼倉委員】 ありがとうございます。今までの先生方の御発言への賛同のコメントと、あと自分の意見が一つあるんですけれども、まず、スライド10ページの目標の柱書のところで皆さんおっしゃっているんですが、小・中を合わせて書くというのは分かりにくい、誤解を招くかなと私も思うので、小と中で何が同じで何が違うかということをちゃんと分かるようにするためにも、柱書のところから分かち書きをしたほうがいいなと賛同いたします。
あとは今、布村委員がおっしゃっていたんですが、私も、スライドでいくと11ページのお話をされていたかと思うんですが、現行版でも改善イメージでも両方そうなんですが、語彙、表現、文構造、文法、言語の働きを理解するとともに何とかという書き方だと、知識と技能を分けて書かなきゃいけないからということで、今こうなっていると思うんですが、一つの考え方としては、知識と技能も分けないという、知識・技能という言葉は残すとしても、ここまでが知識、ここからが技能と分かれるものではないので、知識・技能と一くくりにしてしまって、音声や文字、語彙、何とか何とかを、実際のコミュニケーションにおいて活用できるみたいに、例えばシンプルにしてしまったとしても、活用できるということは、知識がなければ活用できないので、内包するみたいな考え方で、少し表現を大きくしてもいいのかなと思いました。
最後、自分の意見なんですが、スライドで言うと11ページ、12ページに大きく関わるんですが、小・中・高の改善イメージというのを見たときに、どのように小・中・高で段階アップをする表現をしているかというのを見ると、例えば11ページだと、改善イメージの小学校外国語というところを見ると、何々、実際のコミュニケーションにおいて活用できる基礎的な技能とあって、中学校になると「基礎的な」が取れる。高校になると「適切な」という言葉が加わるという形で、今、段階表示をしているかと思うんですが、私はこのように文言を取ったり使われたりすると、新たなものが加わるという印象を持つ方が多いのではないかと。
それは一理あるんですが、大事なのは、例えば小学校でやっていた同じことを中学校で、よりスムーズにできるようになる。中学校で勉強してゆっくりできるようになったこと、高校に入って同じことがよりスムーズにできるようになるという、新たなものを付け加えるという考え方ではなくて、既にできているものをさらに円滑にできるようになるという考え方をぜひ目標に入れたいなと思っているので、例えば一案なんですけれども、高等学校でいくと、知技の11ページのところの高等学校の改善イメージのところでいくと、外国語の何とか何とか、これらの知識を実際のコミュニケーションにおいて適切にではなくて、よりスムーズにとか、より円滑に活用できるみたいにすることで、中学校でできたことをさらに、より円滑にできるようにするんだというイメージが伝わってくるのかなと思ったので、具体的なところまではまだ落とし込めていませんが、ぜひそういうイメージを加えるような文言にしたいなと思っています。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
鈴木委員、お願いします。
【鈴木委員】 1点目は、日向端先生やバトラー先生と同様の意見で、スライドで言うと10ページ、11ページ、17ページ等に書かれている、全体目標と3観点の目標の見え方なんですけれども、見え方の問題なんですが、現行の学習指導要領では、小学校の目標はあくまで音声中心で、読み書きについては慣れ親しみでした。一方、中学校は4技能のバランスのよい能力の習得を目指してきたと思います。ですから、今回の改善例で、小学校外国語と中学校外国語の目標が一致して見えてしまうことで、小学校が今の学習指導要領よりも、より高いレベルを目指しているのではないかと誤解されてしまうんじゃないかなと心配しています。次期学習指導要領においても、英語に関心を持って、自分のことや身近な簡単なことについて、自信を持って話したり聞いたりすることができる能力を身につけていってほしいなと思っています。
その1点と、もう1点が、臼倉先生が、私も100%臼倉先生の意義が理解できなかったかもしれないんですけれども、知識と技能を分ける必要がなく、統合的に扱うようなこともおっしゃっていたと思うんですが、何となく理念的には理解できるんですけれども、そもそも知識と技能が2項対立じゃなくて、どちらかというと一体的には分かるんですが、知識と技能で分かれることで、第二言語習得研究上は意味があるかなと思います。同じエラーをしても、知識の状態でのエラーなのか、技能の状態でのエラーなのかということがきちんと分かることで、先生方の指導と評価に生きてくると思うので、知識と技能を分けることには、ある一定度の意味はあるのかなと思いました。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
藤田委員、お願いします。
【藤田委員】 ありがとうございます。私も知識・技能の部分の書きぶりのところなんですけれども、先ほど布村委員なんかがおっしゃっていたような形に多少賛同する部分でもあるんですが、1点細かなところを言うと、例えば今回、中学校・高等学校で文構造という部分が文法にさらに追加という形で、これが併記されていると。すると、ひょっとすると、細かな言い方をすると、例えば文構造はシンタックスを表していて、文法は例えばプラグマティクスその他の部分をということなのかもしれないんですけれども、ぱっと見で言うと同じようなものがここに2つ並列するということで、よりここへの強調みたいな部分が感じられてしまうかなと。そうなってくると、やはり文法学習みたいなもの、従来型の学習というものへの揺り戻しの力というものが、下手すると強まってしまう可能性があるかなということを若干危惧するということです。
ただ、ここで本当に文法等を身につけるといっても、これも先ほどの江原委員の言葉でも使われていたような、いわゆる宣言的な知識よりは、ここのところで子供たちに身につけてもらいたいのは、あくまで手続的な知識、文法の知識ということではというところを、もうちょっと含意がここのところでできないかな。ですので、あくまでこれらの知識というのは、それが先にありきでコミュニケーションが次に出てくると、昔ながらのPPPの考え方ではなくて、むしろそこのところを、コミュニケーションを行っていく身につけたい力を支えるものであると。そこを下支えしているものであるという、そこの書きぶりとして、見せ方がもう少し工夫できるといいかなと、ここに関しては考えております。
あともう1点、「学びに向かう力・人間性等」のところで、先ほどこれは米野委員が御指摘していた部分ですけれども、継続して、要するに高校を卒業した後も学び続ける力をという、これに関して、これがここでしか出てきていないと。この部分に関しても、これは小・中・高を通して、自ら学ぶ力、学びを学んでいく力という部分を育てていくということが、やはり必要かなと。全て先生に教えてもらって初めて学べるのではなくて、自ら学んでいく力、これがこれまででも多分、CAN-DO評価であったり、そういったところで自分の学びの進捗みたいなのを確認しながら学んでいくというところで、既に行われてきているとは思いますけれども、そこの部分が高校になって急に出てきたという見え方に、ひょっとしたらならないほうがいいかなと思いました。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
川﨑委員、お願いします。
【川﨑委員】 ありがとうございます。私も藤田委員が今お話しされたことと同意見で、11ページを見ていくと、音声や語彙、表現の後にコミュニケーションと記載があると、現場の先生方は、先に知識を身につけさせて、時間に余力があればコミュニケーションを少しとらせようという意見になってしまうかと思います。授業中に時間がないと、単語と文法と構造を教えて、大体終わってしまいますという意見をよく聞きます。そうではなくて、コミュニケーションのための土台として知識が必要なので、そこの接続を最初から逆算的に先生方が考えた結果、知識を今入れているんだよという姿勢を促すためには、例えば書きぶりとして、コミュニケーションで活用するために、外国語の音声や語彙、表現などを理解する、といった書きぶりをもしかしたら検討してもいいのかなというのも、現実的ではないのかもしれませんが、感じました。
あともう1点は、小学校と中学校の連携に関しては、私自身もまだもう少し調査していかないといけないんですけれども、よくSNSなどで、小学校では全く書いたことも読んだこともほとんどなかったのに、中学生になったら、先生が、小学校でもう書いてきたでしょう、読んできたでしょうという前提で、聞いたら分かる単語でもいきなり書かされて全然書けなくて、子供の自己肯定感が下がってしまったということを共感系の投稿のバズりとしてSNSで流れています。それは日本の現状で今、あり得ていることなのかなと思いました。
なので、小学校と中学校で実際どこまでやっていくかというのを、さらに整理も含めつつ、こちらの書きぶりを整え、先生方が、小学校ではここまでやっているんだね、中学校ではここまでやっているんだねというのがもうすこし明確に分かっていくと、生徒さんの負担が減っていくのかなというのを感じました。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
工藤委員、お願いします。
【工藤委員】 今のページ、知技のところでお願いします。
まず、亘理委員が言って出られたところですけれども、高校のほうに目場状に応じてがついていたほうがいいと多分彼はおっしゃっていたかなと思うんですが、原案は取るということなんですけれども、現状、ついていますよね。現状これなので、これを基に我々は教員研修とかいろいろ、今、高校だけについている意義をここのところずっと考えてやってきて、それなりに意味があるかなと思うところがあって、高校は一番上に理解を深めるとあって、深めると連動しているのがこれなのかなって解釈ができて、高校になると、ほぼ高校の途中から、新しい言語材料というのは、単語はもちろんそうですけれども、文法に関してはもう出てこなくなるので、そうすると、いろいろなのを習った後に、どれが一番適切かみたいな話になってくるわけですね。
そうすると、何が適切かを考えるときに、文法的には正しいけれども、この場面とか目的に応じたこっちがより適切だと出てくるので、その意味では、高校にこれがついている意味というのはあったのかなと思うんですね。それがちゃんと現場に届いていて、あるいは評価のときにちょっと足かせになったりする部分はあるけれども、評価をちょっと置いておいて考えると、知技の中にある意味はあったのかなと個人的には思っています。
ただ、評価もここからダイレクトにつくっていくことになると、実際の定期試験で、知技の問題に目場状をつけるのかみたいなところで、やや複雑なプロセスが必要になるので、仮にこれを取ったときに、これがなくなったというところで高校の高校らしさが出せるかみたいなところをちゃんと考えなきゃいけなくて、臼倉委員がさっき小・中・高のグラデーションのところでおっしゃっていた、新しいものを増やしていくという学びと、これまで学んだものをよりスムーズに、流暢にやっていくという2つの学びのプロセスが、ある程度の段階から必要ですけれども、高校はよりそれが必要だとすると、さっき臼倉委員がおっしゃっていたのは、より迅速にとかおっしゃっていましたか、よりスムーズにと言ったときに、「より」と言っているということは比較しているわけだから、前と比べてということが出てくると、教科書上だったり学びの中で、繰り返し出てくるということが前提になるわけですよね。
そうすると、繰り返し出すようなことを推奨するような目標の設定とか、あるいは教科書づくりとかを考えると、例えば文法の配置とか、校種とか、単語の数とかまで影響が及ぶかなと思うので、迅速にとか、よりスムーズに、私も入れたいんですが、ここだけではなかなかそれが入れにくいというか、内容の部分を今日は議論しないということでここまで来ていますけれども、かなり内容のところに踏み込まないと、そこの細かいところの調整って難しいかなと思っています。理念的には、臼倉委員がおっしゃったようにグラデーションをつけていって、新しいものを増やすだけではなくて、より精度を上げるみたいなところはぜひ出したいけれども、内容のところと少し関係するのかなと思います。
もう一つお話をさせていただきたいのは、技能統合の話が全体のところで高校だけに出てくる話についてお話をしたいと思います。これも高校らしさはらしさでもあるけれども、小・中は要らないのかというと、どっちかというと小・中の学びのほうが技能統合をたくさんやっているイメージがあって、多分、質が違うんだと思うんですね。小・中・高での技能統合の質が。
行ったり来たりで申し訳ないです。思判表の目標を見ると、中学校のところを見ていただくと、「コミュニケーションを行う目的や場面、状況などに応じて、様々な話題について、外国語で簡単な情報や考えなどを理解したり、これらを」と言っていますよね。この「これら」というのは直前の、外国語で理解した情報や考えだから、結局、リスニングとかリーディングで得た情報を、次にそれを使って表現し合おうとなっているので、まさしくこれは技能統合のことを言っているわけですよね。なので、結局やっているんですよね。
なので、高校のところだけ出すと、高校だけの専売特許みたいに見られないようにしたほうがいいかなと思うので、小・中のところで、それぞれの中での多分、技能統合のらしさというのがあって、例えば英検の試験がちょっと前からライティングに技能統合の出題を入れましたよね。上位のほうはようやくサマリーライティングを入れて、下位のほうのライティングには返信型のeメールライティングを入れて、両方とも技能統合ですよね。
なので、上位のほうは情報を再構築するような、整理するような技能統合をしなきゃいけなくて、初めての技能統合はどっちかというと、ある聞いたこと一つに対して何か反応するみたいな、あまり再構成が要らないような技能統合だと思うので、せっかく技能統合って出すなら、その辺をうまく目標にも入れてもいいかなと個人的には思いました。細かい今のプロセシングみたいなところは、ここではないんだけれども、技能統合というのは高校だけのものではないという見せ方がうまくできればいいかなと思いました。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
髙島委員、お願いします。
【髙島委員】 「学びに向かう力・人間性等」のところを少し話したいと思います。16ページにしていただけますか。
今回、論点整理の中で、改めて今回の指導要領の大きなテーマに、「生涯にわたって主体的に学び続け、多様な他者と協働しながら、自らの人生を舵取りすることができる、民主的で持続可能な社会の創り手をみんなで育む」ということを掲げました。今回、特別部会で結構こだわって議論されていたのが、この「学びに向かう力・人間性等」のところかなと思います。先ほどの「主体的に学び続け」みたいなところは冒頭に入っているよねということを考えると、先ほど皆さんいろいろ議論ありました、継続して取り組もうとする姿勢の部分は、あまねくあってもいいんじゃないかなというのは私も思いました。
2つ戻っていただいてもいいですか。14ページの図が結構、こだわって特別部会で議論されていたなと思います。これまでの「学びに向かう力・人間性等」というのは、とりわけ粘り強さとか、自己調整みたいなところがクローズアップされていたかなと。だからこそ、そこだけじゃないよねというところで4つに整理し直したというのが議論の中でありました。
その上で、2つ話したいと思います。1つ目が左下の、初発の思考や行動を起こす力・好奇心のところです。これは前回の議論でAI時代における英語の意義みたいなところで、第二言語を学ぶという価値は残り続けるんじゃないかみたいな話があったと思います。具体的に言うと、言葉が通じないという状況にみんなが一度は立たされるというのは、まさに留学で言うところのマイノリティーになる経験みたいな、そんなところになるんじゃないかという話です。
こう考えると、初発の思考や行動を起こす力・好奇心って、めちゃくちゃ大事なんじゃないかなと思うんですね。ともすれば完璧に話さなきゃいけないんじゃないかとか、100点満点の発音をしなきゃいけないんじゃないかとか、ちょっと間違えると変にやゆされるとか、逆に英語の発音がある程度上手にできるところをやゆされるとか、いろいろなことがあると思うんです。この初発の思考や行動を起こす力・好奇心を、ある意味、どう保てるか、回復できるかというところはとても大事なんじゃないかと思うので、ここはどうかぜひ、現場の先生方は聞いていらっしゃると思うので、こだわっていただけたらと思いますし、ここがまさにAI時代に学ぶ意義にも大きく繋がるんじゃないかなと思っています。
もう一つが、これは上の丸3、主体的な調整のところです。ここの3つ目、自らのコミュニケーションを省察して、次に向けて準備をするって、小さなサイクルを回すというのは結構イメージしやすいかなと思うんですが、一番上の自己イメージの話は結構難しいなと思うんですね。
46ページの図って見せていただけますか。これは非常に分かりやすい図ではあるんですが、今の自己、外国の人と話せないよね。英語を使ってなりたい自己イメージって、話せるようになった、うれしい、これはそうだと思うんですけれども、この図って意外とミスリーディングなんじゃないかと思うんですね。何が言いたいかといいますと、まさに自動翻訳ツールがあったら、これって別にギャップがあっても、デバイスが出れば終わるんじゃないかという話になりかねないんじゃないかな、と。せっかく今日は、AIの時代の中でどのような意義があるかという議論ができたので、ここの図がそれに合わせてアップデートされると、よりいいのではないかなと思います。
今回、指導要領の改訂の中で、結構、図とかイメージとかが出てくることが増えて、これはすごくいいことだと思うんですね。分かりやすくなる、現場に伝わるという意味では、いいことだなと思うので、ここがもう少し今回の議論に即した形でアップデートされるといいのではないかなと思います。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
江原委員、お願いします。
【江原委員】 よろしくお願いします。先ほどの工藤委員の御発言に対して、ちょっとだけ一言。私も高校ならでは、ということで、なぜ知技のところに目的・場面・状況とか適切さがあるかということで、強調しながら先生方にお話ししていましたので、とても大事だと思っています。
今回はその評価を区分けするために、あえて取ったということで、でも適切さは残っているということだと思います。中学校の場合に知技は入っていないんですよね、適切さというのは。高校に適切さが入っている。これは何かというと、高校に入ると、一つ一つの表現が豊かになるわけですよね。例えば、何が欲しいですかというときに、中学ではもしかしたら小学校と同じで、「What do you want?」になるかもしれませんけれども、高校ではそうではなかったり、そういう短文レベルでも少し違ってくるわけですよね。
難しいのは、高校の現場の先生は、まず文法を知識として教えてしまいがちだと。でも、適切に、こういうときはこう言うんだよという、短文で文法をやるときにも、こういうときに使えるよねって一言あるだけで違うわけですよね。そういうところのメッセージを出したい。プラス、思判表に目的・場面・状況を持ってきたことよって、思判表の少しまとまったテキストとか、そういうのを書いたり話したりさせたい。ということを考えると、そういった面の指導も評価もしてほしいというのもあって、移動したという経緯があったのかなと思っています。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
𫝆井委員、お願いします。
【𫝆井主査代理】 工藤委員、それから江原委員のお二人のお話に関連するところ、目的・場面・状況についてなんですけれども、今回、実際のコミュニケーションにおいてという言葉で、目的・場面・状況を内包するといいますか、取っていますけれども、なくなったわけではないというところは共有できたらなと私は思っています。
全ての発話においては、それなりに場面・状況ですとか、多くの場合、目的というのはあるものですので、ただこれを、先ほどからの御指摘にもあったように、より高度になっていけば、目的・場面・状況によって表現が変わるですとか、その選択をしなくてはいけないという状況がより複雑になっていく。だから、言ってしまえば、目場状、目的・場面・状況が高等学校ではより顕在化すると捉える捉え方がよいのではないかと思います。
実際のところ、中学校での指導においても、それが知識・技能の指導においても、やはり場面・状況ですとか目的というのは、多かれ少なかれ設定されてはいるという現状もありますので、実際のコミュニケーションにおいてという言葉を共有することによって、知識・技能は目場状関係なしで教えるということじゃないんだよということを、暗にといいますか、このレベルではこういう形で示して、さらにその後の学習指導要領の詳細を書いていく上で、目的・場面・状況というのをしっかりと位置づけていくということも、一つ必要なのではないかなと思いました。説明になったでしょうか。
同じことが技能統合にも言えて、確かに高等学校にだけ出てくると、そこの専売特許のようにというのは、これは改善の余地があるなといいますか、技能統合という言葉を使う対象というのは高校にとどまらないというところは、我々の理解共有として同意できることではないかなと私は思います。賛成ですという意味です。
あと、学びに向かう力・人間性についてなんですけれども、外国語教育の場合、この4つの丸でそれを語ることの、難しさと言ったら言い過ぎかもしれませんが、他者との対話や協働というのは、それを英語を通してやっていくとなると、学ぶ目標でもあり、学び方でもあるというか、その区別が非常に難しいゆえに、学びに向かう力・人間性を外国語科について書くときに、興味・関心の対象はコミュニケーションでいいと思いますし、対話・協調の対象も、ほぼほぼおおよそコミュニケーションであって、何か特定の学習法でなくてよいと思うんですけれども、14ページなんかの事例だと、その辺りが混在するのかなと思ったりもしました。
方向づけする人間性、一番上の部分も、これも他者との相互理解でありコミュニケーションだというので、この4つの丸がそれぞれ対象にしていることは、全部コミュニケーションを対象として考えていくという書きっぷりでいくと私は理解したんですけれども、そのときに少しだけ引っかかるのは、対話・協調を通して考えを広げたり深めたりするとともに、相互理解を深めようとする態度というのが、若干重複感があるのかなとは思ったところで、ここの工夫はもしかしたら少しできるかと思ったところです。
以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
工藤委員、お願いします。
【工藤委員】 態度のところ、今、𫝆井先生がちょうどお話しされたところの話です。
今度の評価では、主体的に学習に取り組む態度は、この資料だとどこになるかな。13ページ、この前のページですね。左下に、論点整理の中ではまだ検討段階ではあるけれども、思考・判断・表現の過程で特に表出した場合には丸をつけるということが、一応、今の案として出ていて、仮に思考・判断・表現の過程で見取れるものみたいなことを考えたときに、目標のほうも思考・判断・表現とある程度連動していなきゃいけない部分が出てくる可能性があったときに、現行は連動し過ぎているぐらい連動しているところがありますけれども、この新しい案だと、外国語のコミュニケーションの部分がちょっと弱くなっているイメージがします。主体的に学習に取り組む態度の外国語の案ですね。16ページです。申し訳ないです。
16ページは、外国語によるコミュニケーションを具体化したのがそれぞれのいろいろな要素なのかもしれないんですが、コミュニケーションに興味・関心を持ちとは言っているんだけれども、学習を調整する、対話・協働を通してとかって書いてはあるんですが、現行は最後のところが、外国語を用いてコミュニケーションを図るんだというところがメインに来ているんだけれども、今の新しい原案は、ちょっとそこが弱くなっているイメージが私はして、思考・判断・表現のほうは、クラスルームの中では、基本的には相手は友達かもしれないですが、あるいは先生かもしれないけれども、コミュニケーションを図ろうとするというところが思考・判断・表現のほうには書いてあるけれども、それと連動しようと思ったら、コミュニケーションをしようとしているところを見取るというのが多分ポイントになってくるんじゃないかなと思うんですが、ここはそのプロセスの部分とか、あるいはそれによって得たプロダクトの部分が非常に強く出ているイメージがあるかなと思うので、そこら辺の調整をどうするかというのがポイントなのかなと思います。
私があまりちゃんと整理して言えていないんですけれども、現行のほうが思考・判断・表現と連動しているかなと思うんですが、改善イメージのほうが見取ろうとしたときに、実際にパフォーマンステストなんかをやっているときは、英語を使ってコミュニケーションをしようとしているところなので、そこではなくて、そのプロセスだったり、あるいはコミュニケーションを取って相互理解を得るみたいなところを見ようとしているのが今の改善になっていて、そこの連動性が弱くなっているので、評価のときにこれだと大変だなというのが私の今の第一印象です。
ちゃんと伝えられているか分かりませんが、以上です。
【酒井主査】 ありがとうございます。
今、皆さんの意見を伺いながら、一つは、髙島委員が言われた自己イメージの中身ですね。今日の本質的意義も踏まえて、ただ単に使える、使ってコミュニケーションするというイメージではなくて、もっと人生を豊かにするとか、外国語あるいはコミュニケーションを学ぶ、豊かになった自分という、そういうところが加わってくるような自己イメージでないと、本質的意義を反映できていないのではないかなと思いました。本当にそのとおりだなと思いました。
役立つアンケートだけでは危険もあるということも、そうかなと思うんですけれども、今までは我々は実用主義か教養主義かで議論をしてきて、どちらかというと実用主義ということでかじを取ってきたわけですけれども、改めて本質的意義の再定義ということで、実用だけではない意義、価値を認めていくという議論をしているかなと思いますので、そういうところも踏まえていくということが大事かなと思いました。
あわせて、最後、工藤委員が言われたところ、𫝆井委員も言われましたが、今までのいわゆる外国語教育における学びとは、コミュニケーションに従事すること、コミュニケーションを行うこと、図ること、これが学びだったわけです。なので、主体的に学習に取り組む態度といったときには、主体的にコミュニケーションを図る態度と言い換えてきたんですけれども、その要素が見えづらくなっていると同時に、逆にコミュニケーションだけを学びと捉えていいのかということですね。新たな本質的意義を考えたときに、外国語の学習というものはどういうものなのかというのは継続して議論が必要だなと、伺っていて思いました。
それから、知識・技能のところで臼倉委員が言われたことですけれども、実は今までの指導要領の中で、流暢さ、いわゆる自動化の側面というのは、あまり記述されてこなかった側面があるかと思います。その意味で、知識・技能の技能といったときに、言語習得の考え方を取ってみても、自動化の側面、つまり円滑に迅速に効率的に言葉を使えているという側面を、今回の指導要領の中で取り入れるのか、取り入れないのか、あるいは、今の適切に活用するという高校の「適切に」のところが、表現の選択、あるいは文法の選択だけではなくて、迅速に使っている、効率化されている言語使用というものも含まれるのかということは、また改めて検討が必要だなと思いました。
多くの委員から言われましたけれども、小学校、中学校、高等学校の段階性ですね。基本的にはコミュニケーション能力、コミュニケーションを図る資質・能力を育成するという大きい目標はあるんだと思うんですけれども、小学校でどこまでなのか、中学校でどこまでなのか、行き過ぎないようにするというか、そういうところが小学校だけでなく、実は中学校のほうも同様のことは言えるのかなと思いました。その意味で、領域統合の議論が工藤委員から出されましたけれども、それを入れることで、難しくなり過ぎてしまうという要素もあるかもしれないと思ったときに、反映のさせ方というのは議論が今後また必要になってくるのかなと思いました。ありがとうございます。
時間もちょうどいいところですので、一旦、ここでこの議論は終了させていただきたいんですけれども、少し時間がありますので、事務局から、先ほども関谷委員からちょっと言及がありましたデジタル学習指導要領について、紹介をしていただければと、説明していただければと思いますけれども、よろしいでしょうか。
【岩岡学校教育官】 主査、お時間ありがとうございます。教育課程企画室の岩岡でございます。
現在、総則・評価特別部会におきまして、学習指導要領の一層の構造化と併せまして、デジタル化の在り方についても検討しているところでございまして、先生方がこれから目標・内容、見方・考え方、それぞれを一体的に現場が活用していくイメージを具体的に持ちながら御議論いただくお助けになろうかと思いましたので、総則・評価部会で御紹介差し上げたデジタル学習指導要領のデモといいますか、イメージを、少しだけお時間を賜りまして御紹介差し上げられればと思ってございます。
今、画面共有をしてございますけれども、こちらはあくまでこれまでの総則・評価特別部会での議論の様子を踏まえまして、現在の学習指導要領の記載を機械的に当てはめたものですので、まだまだ内容自体も変わっていきますし、また、実際の画面は一層シンプルなものにしていくということを想定にしながら、事務局でつくらせていただいたイメージとなります。
幾つかのマシンを御用意してございますけれども、これは、ただ見やすくなるということ自体が目的といいますよりも、デジタル技術を活用した学習指導要領との関わり、ユーザーインターフェースを抜本的に改善していくということを通じて、先生方が資質・能力の理解に基づく豊かな授業づくりをしていただいたり、単元を構想しながら、長いスパンで授業をつくっていくということの助けになればという目的でつくっていくものだということを、改めて記載させていただいております。
ここからが実際のシーンでございますが、ここが学習指導要領のトップページのようなイメージでつくってございます。基本的な機能といたしまして、例えば教科・理科を選択し、小学校3年という選択をして検索ボタンを押しますと、このように目標、見方・考え方、そして内容が一覧できるということは基本だと考えてございます。また、詳細ボタンというところをマウスオーバーいたしますと、解説等が見られますよという表示がありまして、実際にクリックをすると、学習指導要領の内容、そして内容の取扱い、また、国研が作成している評価基準例や解説といったものが一体で確認できるということをイメージしてございます。
どうしてもそれぞれがばらばらで、複数のものを一体的に確認するコストが高い、非常に負担がかかるということから、このような機能があったらいいんじゃないかという議論がされているところでございます。
また、学校種をまたいだ検索ということで、今、学校別に学習指導要領を作成しておりますので、前の学校種のもの、また、先の学校種の学習指導要領をお持ちでない先生も多いと思いますけれども、例えば小6と中1という形で選択をして検索をいたしますと、小6の内容と中1の内容が横に並んで見られるということができれば、学校間の連続性、横断性というものも確認しやすいかなと考えてございますし、また、教科ごとの違いというものも把握しやすくなればいいと考えてございまして、算数・理科の3年ということで選択をして検索をしますと、算数と理科が並んで見られることによりまして、複数の科目間、教科間での効果的な学習指導も構想しやすくなるかと考えております。
また、キーワード検索ということも考えてございまして、例えば季節という形で検索をしますと、各学習内容が教科や領域等で一覧して見られるという形を想定してございます。今、PDFしか提供してございませんので、一言一言検索していくという非常に手間があったわけですが、このような一覧性があるといいのではないかということ。
また本日も、デジタル学習指導要領になると、要素しか見てくれないんじゃないかという御懸念の声もいただきましたが、各教科の系統表のようなものを御準備しまして、例えば理科でしたら、学習指導要領の解説にこのように系統表を御準備しているわけですが、ここの例えば風とゴムの力の働きというところを押しますと、具体の中身に入っていけるという形で、こちらも全体から部分に内容を移り変わっていけるような機能として御準備ができたら、具体から全体に戻ったり、全体から具体に戻ったりという行き来がしやすくなるんじゃないかと考えております。
またさらには、先生方が授業づくりでふだん使われているのは、学習指導要領そのものといいますよりも、教科書やその赤刷り本、指導書だと考えておりますが、例えば教科書会社に御協力いただきまして、指導書内にこのようなQRコードを入れていただきましたら、ここから端末で読み取っていただいて、学習指導要領のトップページにコードが入った状態で遷移いたしまして、そこからワンクリックで具体の内容が見られるということも想定されるところでございまして、教材から資質・能力を直接確認できるような仕組みともなってくるのではないかと考えております。
さらには、各内容のコードをコピーいたしまして、そのコードを関連サイトということで、例えば公益性の高いウェブサイトの例といたしまして、NHK for Schoolを挙げてございますが、ここに飛んでいただいて、コードを入れて検索をすれば、関連する動画が見られるようなこともつくっていければいいのではないかと考えてございます。現在まだNHK for Schoolの検索窓から学習指導要領コードで検索することはできませんし、実際にはNHKと交渉中でございますけれども、このような使い方もできれば便利なのではないかという議論がございます。
最後となりますけれども、このような学習指導要領がウェブサイト化していくと、生データがばらばらと要素に分かれて使いにくいということも考えられますので、こうした学習指導要領のデータを、例えば表計算ソフト、エクセル等でそのまま出力できるような機能もあればよいのではないかということで議論されておりまして、例えばここの空きの行・列のところに、単元計画とのリンクを貼ったりとか、見つけた教材とのリンクを貼ったり、進捗や振り返りを記載していくという形で、マイ学習指導要領のような形で先生方にお使いいただけないかということも考えているところでございます。
雑駁ではございますけれども、このようなデジタル学習指導要領というものの在り方を、現在、総則・評価特別部会でも御議論しているところでございますので、先生方がこれから目標・内容、見方・考え方、高次の資質・能力といったもののすみ分けを御検討いただく際には、こうしたもので一体的に確認ができるということを前提に御議論いただければ、非常に解像度の高い議論になるのではないかと考えてございます。
私からは以上でございます。
【酒井主査】 ありがとうございました。
それでは、時間も参りましたので、本日の議事は以上とさせていただきます。
最後に、次回以降の予定について事務局よりお願いします。
【田井外国語教育推進室長】 次回は、12月1日月曜日、9時半から12時を予定しております。正式には後日、御連絡させていただきます。
以上でございます。
【酒井主査】 それでは、長時間ありがとうございました。以上をもちまして閉会といたします。お疲れさまです。ありがとうございます。
―― 了 ――
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