教育課程部会 国語ワーキンググループ(第8回) 議事録

1.日時

令和8年4月10日(金曜日)16時30分~19時00分

2.場所

WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式

3.議題

  1. 国語科におけるICT活用等について
  2. 高等学校国語科の現状と課題について
  3. その他

4.議事録

【島田主査】  定刻となりましたので、ただいまから第8回国語ワーキンググループを開催いたします。進行資料を共有いたします。ご覧いただいておりますとおり、本日の議題は議題の1、国語科におけるICT活用等について、議題の2、高等学校国語科の現状と課題について、以上の2つとなります。
 まず議題1について、事務局からの説明の後、本日はお2人の方にICTを活用した実践事例等についてご発表をいただきます。お1人目は中川一史委員。そしてお2人目は上田祥子先生になります。上田祥子先生は明蓬館高校、アットマーク国際高校理事長特別顧問、一般社団法人HASSADAI SOCIAL理事でいらっしゃいます。お2人のご発表の後に、事務局からの説明とお2人のご発表の内容について意見交換を行います。
 議題1の終了後、5分間の休憩を挟みまして、議題の2に移り、事務局からの説明の後、意見交換を行います。本日の流れのご説明は以上となります。
 それでは早速議題に移ってまいりたいと思います。議題の1、国語科におけるICT活用等について、まず事務局よりご説明をお願いいたします。
 【髙見 主任教育企画調整官】  主任教育企画調整課の髙見です。まずお手元の資料1の1ページをご覧ください。先ほど主査からもご発言あったとおり、本日の議題は議題1として「国語科におけるICT活用等について」、議題2として「高等学校国語科の現状と課題について」となります。
 3ページをご覧ください。本日ご議論いただく内容は、第1回国語ワーキンググループの資料1でお示しした検討事項4点のうち、ここに記載された事項となります。
 4ページをご覧ください。左側の現状と課題としては、1つ目のポツにあるとおり、論点整理ではデジタル学習基盤の活用が前提となっていないことが指摘されていること。2つ目のポツにあるとおり、1人1台端末の導入により、国語科においても文書や発表資料の作成、情報検索、動画視聴、撮影等で活用する実践が広がっている一方で、深い学びにつながっていない実践も散見されること。3つ目にあるとおり、ブラウザに生成AIが実装され、検索結果にAIの用語が表示されるようになっている状況において、内容を単純にコピーペーストしている実態も散見される中、収集する情報の妥当性を確認するとともに、自らの思考を経ていない成果物は通用しないような評価の工夫を行うことも喫緊の課題となっていること。4つ目にあるとおり、文字入力指導においては学校間、教師間の格差が広がっていることなどが課題として挙げられます。
 このようなことを踏まえまして、右側に改善イメージを示しております。まず1の基本的な考え方として、国語科においてもデジタル学習基盤を最大限活用して、1人1人の豊かな学びを充実させる視点が重要であり、効果的な活用を一層推進する必要があること。2つ目のポツにあるとおり、特に生成AIについては発達段階を考慮しつつ、学習指導要領に示す資質・能力の育成に寄与するか、教育活動の目的を達成するかという観点を踏まえた上で、効果的な利活用を進めるべきであることなどを踏まえまして、文字入力の習得を含む言語能力、情報活用能力の習得・活用・発展に向けて、デジタル学習基盤を学習過程に効果的に取り入れる方向で検討してはどうかと考えております。
 その上で具体的には、2の「改善の方向性」の1つ目のポツにあるとおり、国語科の学習において、誤情報に対応できる文章を読み解く力、物事を批判的に考察する力、根拠や論理の展開が妥当なものを見極める力等は、児童・生徒に主体的・対話的で深い学びを充実させるために重要であり、これらの観点も踏まえた資質・能力の見直しを行うこととしてはどうかと考えております。
 また、2つ目のポツにあるとおり、AIの活用については発達段階を踏まえつつ、最終的には児童・生徒が自ら考え、判断し、成果物の内容を自らの言葉で説明し、責任を持つという考えのもと、学習活動を展開するとともに、評価の改善を図ることとしてはどうかと考えております。その際、小さい字、米印のところに記載のとおりでございますけれども、さらなる技術の進展など、情報・技術の変動性や陳腐化の可能性も踏まえた対応を行う必要があることなどにも留意が必要と考えております。
 これらの具体的なイメージとして5ページをご覧ください。こちらの左側にあるとおりでございますけれども、国語科でデジタル学習基盤を活用する際の情報活用能力の育成イメージということで、発達段階に応じて必要な資質・能力を系統的に指導することとしてはどうかと考えているところでございます。
 4ページにお戻りください。先ほど右側の3つ目のポツにあるとおり、「学びに向かう力・人間性等」を含む観点からも、自己調整をしながら主体的に学習を進めていくため、端末等の効果的なイメージを国語科の学習過程に沿って整理してはどうかと考えており、こちら6ページにあるとおりでございますけれども、第4回ワーキングで示しました学習過程の整理に応じて、「構造と内容の理解・解釈」、「考えの形成」、「表現と推敲」といった学習過程に応じて、具体的なデジタルの活用事例を今後示していってはどうかと考えております。具体のイメージは7ページ以降も併せてご覧いただければと存じます。
 引き続き4ページにお戻りいただければと存じますけれども、右側の4つ目のポツにあるとおり、デジタル学習基盤を支える「コンピューターで文字を書くこと」の体験として、これは11から13ページで示している情報・技術ワーキングでの議論も踏まえまして、小学校2年生の段階から書くことの一環として、ローマ字入力に慣れる時間を確保することを内容の取り扱いに示す必要があるのではないかと考えております。
 事務局からの説明は以上となります。
【島田主査】  それでは続けて、お2人の先生方にお話を伺いたいと思います。まず中川委員より15分程度でご発表をお願いいたします。中川委員、よろしくお願いいたします。
【中川委員】  私のほうは今、事務局からお話がありました端末環境の話なんですけれども、令和3年度から1人1台端末の本格的な利活用が開始になったということ、それから今実態では1人1台が平均的には行き渡っているということ、あるいはこのICT機器をほぼ毎日週3回以上使う学校はかなりの割合になっているということが他のデータでも出ています。
 そんな中で、本日はこの国語科におけるデジタル活用を情報活用プロセスに着目して、いくつかお話をしていきたいと思います。
 まず課題の設定場面です。これは課題の設定といってもその入り口に当たる部分ですが、デジタル教科書の音声読み上げ機能は読みに困難のある児童にとって教材・テキストへのアクセスを保障する有効な手立てとなります。お示ししているものでは黄色いマーカーの箇所がそれに当たります。例えば説明的な文書教材を音声読み上げ機能を使用しながら内容を理解した後、自力で音読する活動を組み合わせることで、聞いてわかるから読んでわかるへの段階的な移行を支援できます。
 もう1つ、ルビ表示機能については、これまで漢字に対する抵抗感から読むことにあまり関心を示さなかった児童にも、ルビがあることでまずは読んでみようという行動につながり、語彙の広がりが期待されるということがあります。児童・生徒の個別の実態によって表示させたりさせなかったりできるところがデジタルの利点だと言えます。
 続きましてAの2ですが、デジタル教科書と連動した教材である本文抜き出し機能やデジタルカードを活用することで、教科書本文をもとに問いを作ることができる例です。お示ししているのは説明的な文書教材、「アップとルーズで伝える」の場面ですが、デジタル教科書の文章に書かれていることを線で結びつけている1場面です。紙の場合は教科書紙面が汚れてしまうため、自信のない子供や慎重派の子供はすぐに書き込みをせずに他の子供の動きを待つ傾向があります。また、デジタル教科書と連動した教材である本文抜き出し機能を使用する場合、アップとルーズの分かること、分からないことを対比的に読み取る際に、それぞれの分かること、分からないことの叙述を取り出して整理することで、分かることの一方が分からないことに対応していることが視覚的に気づくことができるというような例です。
 続きまして情報の収集ですが、児童・生徒がイメージしにくい対象に向けてデジタル教材の写真や動画のワークを活用するという例です。例えば、児童の経験から随筆や和歌のようにイメージしにくい題材において、「をかし」を感じる四季の映像を視聴したり、「ごんぎつね」における秋の里山の映像を視聴したりすることで、児童が本文中の情景描写と登場人物の心情を結びつけやすくなることがあります。また右側ですけれども、これ説明的な文章教材でデジタルワークを活用して、「ちりじりに」という言葉を動作化することで実感を持って理解をしているような場面です。
 続きましてBの2ですが、インターネット等で検索したり生成AIを活用したりして集めた情報から目的や意図、相手に応じて用いる情報を選択し、自分の伝えやすいことがより明確に伝わるように工夫するということです。例えば、生成AIを壁打ち相手とすることで根拠の弱さを自覚し、説得力を高める情報を精査することが考えられます。ただし、生成AIの活用は自分で考えさせたいという教師側の思いもあって、使用するまでに至ってない学校も多いですし、教師が間に入る形を取っている学校もあります。いずれにしても生成AIと自分の考え、書く力とのバランスをどのようにしていくかは今後の課題だと思います。
 Bの3です。漢字練習や書写において、各自の情報端末でデジタル教材やデジタルドリルを活用することで、正確な書き順や動画のお手本などで理解を深め、注意すべき箇所を見つけることができるということです。それぞれが必要に応じてお手本動画をスロー再生や繰り返し再生を繰り返しながら活用しながら、自分が書いたものと見比べ、注意すべき箇所を見つけて印を書き込んだりすることができます。
 続きましてCですが、情報の整理・分析です。ここでは学習者用デジタル教科書に連動しているデジタル教材、本文抜き出し機能を活用した事例です。授業者によりますと、児童Aは本文全体を概観した後、キーワード、問いかけ、理由、例え、現状などの観点を自ら設定し、それらに基づいて内容を分類整理しています。この書き込みは文章の構造を意識的に捉え直し、情報を網羅的に再編成しようとするものであり、テキストベースの形成が行われていると考えられます。児童Bはイギリスに固有種がいないのはなぜか、日本は世界の中で固有種の数は何なのかといった問いを自ら書き加え、その答えを探る形で読み進めています。このような書き込みには教材内容に対する疑問とそれに対する応答が繰り返されており、自分、教材との対話を通した意味生成の過程が見られます。児童Cですけれども、図表、資料と本文中の叙述とを線で結び、両者を対応させながら読み進めています。図表に示された情報と本文の説明とを関連づけることで理解を深めており、統合の過程と捉えられます。児童Aは文章構造の整理を中心とした読み、児童Bは自問自答を通した生成的な読み、児童Cは図表と本文の関係づけを通した統合的な読みになっていると言えるんじゃないかなと思います。
 続きましてCの2ですが、デジタルを活用することで試行錯誤が容易にできるようになり、文章構造や内容の把握や理解の促進に繋がる。例えば文学的な文書教材で言うと、なぜこの順番で場面を構成したのかを考えることで、構造イコール作者の意図であることに気づきます。紙では情報をバラバラにして再構成することはなかなか困難ですけれども、デジタルであれば枠を作ったりカード化したりして、自在に動かしながら考えることがしやすいと言えます。
ここは写真がなくてすみません。間に合いませんでした。例えば、生成AIの案と自分の初稿を左右に比べて、AIのほうが伝わりやすい表現と、AIでは自分のシーンが消えてしまった表現を色分けして分析します。AIの表現はきれいだが、私の体験の重みが消えたとか、この接続詞の使い方は参考になるとか、何度も生成AIに条件を変えて改装させながら自分なりの最適解を探ります。また、文章作成ソフトの変更履歴やコメント機能を使い、どこをなぜ修正したのかという理由を書き添えることもあります。最終的な文章だけでなく、AI案のここを採用して、ここは自分の言葉に戻したという修正のプロセスそのものを入力して提出します。教師は最終制作物だけではなく、この推敲のプロセスを評価することで、児童がいかに言葉による試行錯誤を行ったのか評価できます。
 続いてCの4ですが、本文を抜き出したり、それを配置したりしたカードを学習支援ソフトで共有することで、自分と同じ考えの児童・生徒を発見したり、違った考えに触れたりして、交流の目的に合った児童・生徒を選ぶ参考にしたり、自分の考えを深く掘り下げたり、考えを広げたりすることに役立てたりすることができます。その際、提出された考えの一覧を色分けするなどして、分類整理したものを分かりやすく児童・生徒に提示することで、さらに誰と交流すればいいのか、どの考えを参考にすればよいかなど一目瞭然となり、交流の活性化につなげることができるのではないかと思います。
 続いてD、情報の発信・共有です。スピーチの動画・資料を個別に情報端末で止めたり戻したりしながら視聴し、スピーチの構成や表現の工夫について自分と比較し、気づいたことをノートにメモするなどして、技術向上を図るということです。
 続いてDの2です。これについては、例えば児童・生徒が書いた一文を生成AIに入力して、あるいは教師に入力してもらい、もっと悲しい気持ちを強調した表現に、より知的な印象の言葉にと指示して、複数の言い換えを提示させます。その中から文脈に最も合う語を選び取ることで、語彙の選択肢を広げることなどが考えられます。語彙の豊かさは知識の量だけでなく、文脈に応じて使い分ける力であることを実感することにもなります。
 Dの3です。発信や交流することで自分の表現の不明確さに気づき、再考する際にデジタルのしやすさを利用して、一度消したものを復活させたり、テキストや写真や図表、グラフなどを取り出したりして、自分の考えを吟味するという例です。
 それからDの4です。マルチメディアを扱えるスライド作成ソフトや動画編集ソフトを活用するということです。児童・生徒に過度な負担をかけることなく、段落の入れ替え・組み替えを容易に試みることができます。こうした活動によって目的や相手を意識しながら、構成を吟味する推敲の力を育てることが可能となると考えます。それだけでなく、文字と視覚資料などの複数の表現手段を組み合わせる方法を理解することにもなります。このマルチモーダル表現に関しては、新たな情報の扱い方に関する事項にも組み入れていただきたく思います。
 最後に振り返り・改善です。議論の様子を情報端末のカメラ機能で録画する。後で再生しながら話をつないでいるか、相手の意見を否定せずに反応できているかなどについて、文字起こし機能と併用して分析するということです。
 最後にEの2。自分や他の児童・生徒の発表や説明の様子を録画したり、再生したりすることを通して、相互評価を行い、伝えたいことが明確になるように、自分の表現を何度も見直すということです。
 今日はざっと紹介しましたが、他にもオンラインの活用とか、教育データの活用とか、様々選択肢はあるのではないかと思います。いろいろとお示ししてきましたが、端末活用というのは端末活用しなければ授業が成り立たないかというと、そんなことはもちろんありません。ただし、しやすいことはいっぱいあって、ここに7掛ける2でお示ししていますが、このしやすさが洗練されることで、ツールとしてさらに自分に最適なものとなっていくと思いますし、慣れていないとどうしても時間がかかってしまうということはありますので、このしやすさにどう持っていくかということが一つポイントだと思います。
 これは中教審が国研の資料として引き合いに出したもので、主体的・対話的で深い学びの視点から授業改善を進めて、課題の解決に取り組む学習活動を行っている学校ほど、ICT機器を活用している傾向があるということ、先ほど言った慣れに関係しているんじゃないかと思います。ただし、これまでの取組と方向を異にすることでは、デジタル学習基盤というものはないということも、このデジタル学習基盤特別委員会では押さえております。
 さらに、今日ちょうどこの会議の直前に、デジタルな形態を含む教科書の発行・採択等の指針に関する検討会議の第1回が始まりました。ご存知のように4月7日、今週閣議決定され、国会提出になっていると、今後この動画や音声などのこれまでの教材の部分も教科書になる検討が行われ始めたということで、そういう説明の資料です。教科書の形態も紙媒体のみのもの、デジタル媒体のみのもの、ハイブリッドな形態の教科書、こういうような選択肢がこれから増えていく。ハイブリッドについては、これからの詳細がどう考えられるのかということも含めて、今後検討が行われると思っています。
 さらには、今日は学びにおけるデジタルの活用について主にお話をしてきましたけれども、デジタル、ICTの活用ということでは、校務DXのための環境がいろいろと今各自治体等で進められている状況でもあるということで、この資料を1枚挟ませていただきました。
 最後にいろいろとお話をしてきましたが、これは二項対立ではないということです。デジタルか紙かという0か100かの議論ではなくて、どちらのメリットも生かしながらデジタルと紙を適切に組み合わせて活用していくということが、先ほどのデジタル教科書の議論でも同じようなことが出ています。というか、私が発言しました。
 それから、情報活用能力の育成、発信源の確認、デジタルと紙の適切な使い分けなどの情報活用、それから先ほどから事例としてお示ししています生成AIとの関わり方、この活用や適切な取り扱いの力をどう育んでいくかということが重要だということが2点目。
 さらには、マルチモーダルな理解と表現ということで、文字・図表、写真や動画、音声等を組み合わせた表現についても、国語科において視野に入れて、これからさらに検討していくことが重要ではないかと思っています。資料の作成においては、本当に事務局に多大なご尽力をいただきましたので、合わせてお礼を申し上げたいと思います。以上でございます。
【島田主査】  中川委員、ありがとうございました。学習過程の各場面におけるデジタルの活用、実践例を交えて分かりやすくお話しいただきました。また、デジタルな形態を含む新たな教科書の在り方につきましても、ちょうど議論が始まったところということで、最新の情報を交えてお話しいただきました。
 それでは次に、上田祥子先生より15分程度でご発表をお願いいたします。上田先生、ご準備よろしいでしょうか。よろしくお願いいたします。
【上田先生】  私のほうからはデジタル実践の現在ということで、現場代表というと少しおこがましいんですけれども、お話をさせていただきたいと思っております。改めまして上田祥子と申します。埼玉県の教員として勤務いたしまして、行政・現場ともに経験しております。現在は通信制高校である明蓬館高校、アットマーク国際高校にて、理事長特別顧問として実際行っております。実際、ソーシャルラーニング・アーキテクトと名乗りまして、共創・共贈の学びの実装を目指して活動をしております。本日は、言語活動の実装がデジタルやICTの活用によってどのように拡張されうるのか、メリット・デメリットも含めてお話をさせていただきたいと思います。
 本日はこのような流れでお話をいたします。まず現在の状況ですが、先ほど中川委員からもありましたとおり、GIGAスクール構想以降、1人1台端末の整備を前提に教育DXが推進されています。デジタル庁、総務省、文部科学省、経済産業省による教育DXロードマップでも、個別最適な学びや協働的な学びの実現に向けて、ICT活用の高度化が示されております。
 デジタル活用はもうすでに導入段階ではなく、推進・高度化のフェーズに入っていると捉えておるのですが、学校現場にはいくつかの深刻な分断が生じているように感じています。まず一つは活用の格差です。私もデジタルに関しては苦手なところもありますし、テクノロジーの進化についていけてはいません。そして二つ目として、活用している中でも、効率化や時短を目的としているのか、思考や対話の進化を目的としているのかによって、意識の分断が生まれているようにも感じます。さらに三つ目としてAIの登場です。これはデジタル活用とは異なる新たな分断を生みうるのではないかと感じております。
 ソクラテスが文字を使わなかったという逸話も知られておりますが、古来から新しいテクノロジー登場の際には、評価の揺れや認識の違いが生まれてくるのは常でございます。その意味でもAIもその連続性の中にあると捉えられるんですけれども、一方でAIは言葉の生成や意味の生成に直接関わる点で、これまでのテクノロジーとは位相が大幅に異なるように感じています。特に国語科は言葉を通して思考し、意味を作ることを扱う教科なので、とりわけ中でも扱いが難しいと考えています。だからこそ、子供たちの未来に資する活用について、現場も含めて対話を深めていくべきと心から強く感じておる次第です。
 そんな中で、本日このようなデジタル実践のテーマでお話をする機会をいただいたときに、果たしてどんな切り口が最適なのかと考えたのですが、本日はまずアナログな言語活動の実践を出発点にして、それがデジタルやAIとの関係の中でどのように意味を変え、学びを拡張しうるのかという切り口で、デジタル実践についてお話をさせていただこうと思っております。
 まず実践例の前になんですけれども、そもそも私は国語の教員として言葉の力を、具体と抽象の往還力×語彙力と捉えています。具体とは体験や例、共感できるもの、抽象とは概念や構造、意味づけのことです。そしてその往還を支える素材となるのが語彙です。いわゆる高次の資質・能力っぽく言語化するとこんな感じかなというところなんですけれども、また両者を両輪として育てることが大切なので、関数という言葉を比喩的に用いています。私はどんなシチュエーションでも言葉の学びの場の設計の際には、これらの考え方を意識して作っておるという大前提を共有させていただいた上で、先ほど申し上げたとおり、アナログな実践例を紹介します。
 具体的な教材に依拠しますと、私は高校の教員なので高校に偏ってしまいますので、本日は小中高を通じて実践しうる形、かつAI時代に私自身が大切だと考えている身体性を重視して設計した、言語化と対話と祝福のプラクティスを2つご紹介させていただきたいと思います。一つがワードハント、もう一つがpitchトークという実践です。ここからはこの2つの実践がアナログからデジタル、そしてAIと結びついていくことで、どのように変容しうるのかをご紹介させていただきます。
 まずはワードハントです。辞書を調べるための道具から言葉と出会うツールへとリフレーミングしまして、偶然の出会いを起点に自分の関心や問いを芽吹かせる言語活動です。内容・効果は記載のとおりです。少しテキストでは分かりづらいので画像を用意したんですけれども、辞書を適当に調べるためではなくって、ただ辞書を開いて言葉に出会って、その中から気に入ったものを記載して、辞書に残していきます。そしてその出会った言葉について対話をする。「こんな言葉に出会ったの、すごいいいね」「その言葉素敵だね」みたいな、対話を通して言葉との出会いを祝福するような時間、これがワードハントです。
 プロセスノートはその蓄積した言葉をノートに写しまして、出会った言葉のアルバムのようなものなんですけれども、お気に入りの言葉を25個のうちの1つ選んで、なぜ惹かれたのか言語化し、それをみんなで対話しようという、ザ・アナログな実践なんですけれども、こちらがデジタル、AIと結びついたときにどういうふうになるかと申しますと、例えばデジタルを使いますと、フォームによって共有して、それが蓄積するとそのクラスの素敵な辞書が出来上がる、素敵な言葉一覧が生まれたりもします。タブレット等を使って可視化すると、他の人がこんな言葉に惹かれて振り返ったんだなということを知ることで、言葉に対する興味・関心が深まります。また、ノートをスクショして提出することで、プロセス評価の向上も見られます。つまり、デジタル化によって個人の出会いは共有され、対話され、評価される学びへと変わると言えるかと思います。
 そしてAIを結びつけると、もう可能性の話です。私自身もこれを実際にやったというよりは、これはできるなというところであるんですけれども、出会った言葉を深掘りすることができますし、出会った言葉を分析することによって、自己理解やキャリア形成に役立てるようなことも可能性としてあるかと思います。実際、これは私もやってみてできるなと思ったんですけれども、ノートをスクショしてOCRで読み込んで、もう一度それを意味を一覧にして形にすると、たまたま出会った言葉の私だけの辞典ができるということがありまして、それによってたまたま出会った言葉が本質的な語彙に変換していくということがあり得ると思います。もちろん推論も含まれるのですが、特に私自身、AIの実装については結構慎重なところもあるのですが、できることというのは本当に無限大だなというところをお示しさせていただきました。
 実践例二つ目、pitchトークというものです。これは90秒の語りと、対話の往還によって思考を言葉にして、他者との関係の中で深めていく言語活動です。こちらは少しお話をさせていただきたいんですけれども、まず方法のところですが、テーマに基づき90秒でピッチ、プレゼンテーションを構成します。その際、具体と抽象をきちっと往還すること、話し言葉なのでパワーワードを用いること、プレゼンテーションなのでプレゼント、贈与を意識して語ることというお約束をしています。そして、少人数でこのピッチを共有し、それを共感と問いによる対話で深めていき、その中から代表者を選んで、その代表者が全体の前でピッチをするという流れになっていまして、効果としては記載のものが挙げられるかと思います。
 こちらは非常にありがたいことに、実現可能性が非常に高く、誰でもできるもので、全国で実践してくださっている学校も多いですし、学校として教育課程の中心に位置づけてくださっている学校もあります。少し宣伝になってしまうんですけれども、ただいまこのpitchトークに関しましては執筆中で、全国の先生たちの実践例をまとめた本が7月に出版される予定なので、ご興味あれば見ていただければと思います。
 というような、こちらもザ・アナログな実践なんですけれども、こちらがデジタルと結びつくと、当然ながらZoomやメタバース上で同時多発的に多様な他者と出会う包摂的な学びが実現されます。また、一つのテーマで何十人もピッチするんですけれども、そちらのテーマをGoogleスライドで一覧にすることによって、同じテーマで人がどんな視点で考えているのかということが共有され、比較による学びの進化が起こります。録画、蓄積、共有することで振り返りの高度化もできますし、例えば先輩がこのテーマのピッチを残しているよと後輩に見せると、それだけでも深まっていくところがあります。
 具体的な活動として、全国読書体験を90秒で語った声の動画を全国の学校で実践して共有活動を今始めております。Book pitch 90、BP90という活動を始めているんですけれども、これこそデジタルのなせる技と感じております。つまり、デジタル化は語る活動をその場限りから記録され、共有され、振り返られる学びへと拡張します。
 また、そこにAIというところを見てみると、先ほど中川委員のお話でも出てきたんですけれども、自分の90秒の原稿をAIと見ることによって最適化された文章と、自分の文章の差異をしっかり理解することで、主体的判断の形成能力がつくであろう。または、自分のピッチを検討してもらいながら、批判的に見てもらったり、別の見方があるよということを教えてもらう、吟味思考、多角的思考の促進にもなります。これは実際に大宮高校の職員研修でやられたという話を聞いて、Pitchトークに使えると思ったんですけれども、グループワークの際にAIで対話を文字起こしし、それを分析してその対話がどのように成立していったかという評価をAIでできるというお話を聞きまして、そういったこともできるのだろうなと感じ入った次第です。ということで、AIを活用することで、表現する場から思考を再生成したり、再構築する場へ転換することが可能になると言えるかと思います。
 2例、アナログな実践をデジタル、AIの視点で考えてきたんですけれども、最後に一言、現場からの示唆というところで、最初のスライドに戻るんですが、やはりこのGIGAスクール構想、デジタル、AI、全て進めていくべき要素が多いですし、可能性は無限大です。それでもやっぱり怖いなというところはあります。私自身もメタ認知ができるようになった大人になってAIと出会っておりますが、発達途中である子供たちに使わせるというのはやはり位相が異なるとも思いますし、日々更新される常識についていくことができないという意味で、いろいろ課題はあると感じております。そんな中で、だからこそ感じているものを、あくまで私見ですが2点申し上げさせていただきます。
 まずは目標の捉え方です。社会科では、平和で民主的な国家および社会の形成者としての資質・能力が目標で明確に示されています。一方で国語科は言語活動の充実は示されておりますが、その先にある社会との接続がやや見えにくい構造になっているように感じます。すでにご議論が進んでいるところかと思いますが、何らかの手立てで国語科の上位目標の目線合わせをすることが特に今大事になってくるんじゃないかと感じています。
 2つ目は教科特性の明確化です。羅生門を学ぶのではなくて、羅生門で何を学ぶのか、つまり個別の教材という具体とその背後にある資質・能力という抽象を往還する構造、もちろん今までも示されているんですけれども、より意識的かつ現場の先生方にとって分かりやすく見える化していく必要があるのではないかと感じております。そこを明確にすることで、デジタルやAIは現場の分断を超えて手段ではなく、本質的な学びを支える位置になるのではないかと考えます。
 最後になりますが、AI時代において日本語が母語であるということ、日本語で世界を見て考える視点を持っているということは、国際社会において大きな価値を持つものだと感じております。だからこそ、国語という教科の価値を改めて共有し直すことができれば、より良い国語教育の実現につながっていくのではないかと思います。現場の先生方のライトハウス、灯台のような学習指導要領が実現することで、先生方の力が結集し、子供たちの未来に資する国語教育が実現していくことを心から願っておりますし、今、委員の先生方のみならず、YouTubeライブでご覧になっている教育関係者の皆様と実現していけたらと心から祈っております。本日はどうもありがとうございました。以上となります。
【島田主査】  上田先生どうもありがとうございました。2つのご実践を通して、最後には貴重なご示唆をいただいたかと思います。2つのご実践、ワードハント、ピッチトーク、それぞれに非常に興味深く、ワードハントにおける対話と祝福というワードや、ピッチトークにおけるプレゼントの意識など、たいへん印象に残りました。
 というわけで、お二人の先生にご発表いただきました。お二人の先生方、生成AIにもご言及いただいておりましたけれども、どちらも生成AIの作った表現をスタート地点として、そこから自分なりの考えを深めていくんだ、推敲していくんだという過程が含まれていたところが示唆的だったかなと考えました。
 それでは意見交換に移ります。時間は18時までとさせていただきます。先ほどの事務局からの説明と、お二人のご発表の内容についてご意見、ご質問のある方は挙手ボタンでお知らせください。指名させていただきます。ご発言はお一人3分以内でおまとめください。なお、ご発言の際はどの資料のどのページに関するご発言であるかお示しいただけると幸いでございます。それではご意見のある方、挙手をお願いいたします。
 藤森委員お願いいたします。
【藤森委員】  中川先生と、それから上田先生、ありがとうございました。どのページということではないんですけれども、事務局のお話とお二人のお話を伺っていて、このデジタルをこれからどう考えていったらいいのかということについて、3つの方向性があるのだなと感じましたので、申し上げさせていただきたいと思います。
 それぞれのお話を伺っていると、デジタル、それからAIを今後取り入れていく際に3つの方向性がある。1つは利便性。例えば、通常の教科書では読めなかった画面を、弱視の子供でも読めたり、ADHDの子供でも画面の工夫によって見えたりといった利便性は、1つの大きな方向性だろうと思いました。
 もう1つは創造性であります。特に中川委員がおっしゃったマルチモーダルの視点ですとか、先ほどの上田先生のご発表にあるアナログからデジタルAIへの発展の中で、このデジタルAIでなければできない、従来できなかった学び、これが大きく関与してくると思います。その際に、言葉の学びなのだけれども、今現在世界はもうマルチモーダルで動いてますので、映像とか音声といったものが複合されていくということを真正面から捉えていく意味で重要な方向性だろうと思いました。
 そして3つ目は、従来の困難の補完性であります。最も大きいのは、音声言語を伴う表現の活動をどう展開し評価するのか、そこにどうパートナーとして寄り添っていくのかというときに、特にここで有用性を持っていると思われるのが生成AIの働きではないかと思われますし、実際にいくつかの学校現場では、すでに生成AIでプロンプトを上手に作ってこれを実現しているところもあります。
 利便性と創造性と補完性、これらを視野に入れて、どの座標で国語科の学習指導要領のほうに位置づけていくのか、そういった視点が求められると感じました。
【島田主査】 藤森委員、ありがとうございました。3つの方向性、利便性、創造性、補完性ということでお話しいただきました。渡邉委員、お願いいたします。
【渡邉委員】  大変示唆に富むご発表ありがとうございました。まずお二人の発表に対して感想を述べさせていただきまして、簡単に3点コメントしたいと思います。
 まず中川委員のご発表に関してですが、デジタル教科書にルビを振ることの意義は、日本語を母語としない子供たちのみならず、あらゆる子供たちに有益であると思いました。ただいま大学生でも漢字の読み方を間違えて覚えている場面が多々観察されておりますし、生成AIが作った動画では特に漢字の誤読が氾濫していて、またAIが繰り返し起こす間違いの癖のようなものもあるために、その定着を防ぐ意味でも非常に意味がある取組だと思いました。それから、中川委員が紹介された読みのプロセスを可視化させること、文章構成から作者の意図を探ること、生成AIと自己の作品を比較し取捨選択することなどは、読む・書く技術の向上に非常に役立つということがよくわかりました。
 また、上田先生からは、デジタル活用は効率化なのか、あるいは思考と対話の深化を目指しているかの目標の持ち方の違いによって意識の分断が起こるという点、またAIは考えを深める機能を持つというICTの異なる側面を指摘されたのは、まさに目から鱗でありました。けれども、AIの提案を退けて、「私はこれを選ばない」という判断を高校生ができるようになるためには何が必要かについて、最適解と自己表現の分離の認識には、やはり教師の足場掛けが必要になると思われます。それから、国語科に社会と関わる言葉の力という上位目標が内包されるという考えにも同意いたします。けれども、これは明らかに実用文と呼ばれるような様式を学ぶというこれまでの方向ではなくて、上田先生が指摘されたように、情報を集めて現状認識を作って、そこから問題意識を持つこと、そこから解決すべき問題を見つける、説明して対話し問題解決を図ったりするという方向になるのではないかと思いました。それから最後に、日本語をベースにしたAIの可能性について、日本語の特性を生かした可能性と創造性については、日本社会の特質や文化的な遺産ともつながっています。若者が作ったYouTubeが今たくさん出ておりまして、国内外で高い視聴率を上げております。中高生もそうした可能性について身近に考える機会があると思われますので、これについては全く新しい視点でありましたけれども、国語科として今後考えていくべき点になり得るのではないかと思いました。
 コメントの1点目は、ローマ字を使った文字入力を小学校から教えるというのは賛成です。検索したり書いたりすることを圧倒的に容易にします。それからコンピューターを使うときにも必須の技術になりますけれども、小学校2年生が適切な時期なのかということに関しては、現場の先生方、それから専門家の意見に委ねたいと思います。ちなみにアメリカでは、小学校4年でブラインドタッチができるような訓練も10年前に行っていましたけれども、おそらくこれはもう今もっと早い時期に行われていると考えられます。
 それからもう1つ。2015年にアメリカの中学校のICT活用の授業を見せてもらったときに、Googleドキュメントのアプリを使って生徒の書いたものを教師がスクリーン上で推敲して見せて、文章を推敲するということはどういうことなのかを示していたのは非常に印象に残りました。どうすれば文章は分かりやすくなるのか、つまりこの具体的な文章では何が分かりにくさを生んでいるのかということを指摘するのは有用だと思われます。そのときに全員のものを推敲するというよりは、学ぶべき点が明確なモデルケースを選んで推敲を示すということも非常に大事だと思います。特にこれは中学校以降の段階では必要な技術指導になっていくと思われます。
【島田主査】  渡邉委員ありがとうございました。続きまして庭井委員お願いいたします。
 【庭井委員】 よろしくお願いします。お二人のご発表を拝聴していて、新しい学習指導要領において、1人1台端末とか情報技術の進歩を生かした学びが実現していくと思うんですけれども、その中に学校図書館の役割も明確に位置づけることが重要だと考えました。
 国語科と学校図書館のつながりというのは、紙の本を読むということについてはこれまでもいろいろと記述されているんですけれども、それに限るのではなくて、ICTの活用にも強く結びつけていく必要があるという立場から、大きく3つコメントを申し上げたいと思います。
 1つ目は、中川委員の資料の最後にありました脱二項対立という問題と環境格差についてのことです。脱二項対立、すなわちデジタルと紙を適切に組み合わせて活用していくことの重要性をお話しいただいたんですけれども、この二項対立の解消を実践の場で支えているのが学校図書館だと考えます。ただ、現状の指導要領等では、「インターネットや学校図書館」というふうに両者が並立で記述されていることが課題だと思っております。また学校図書館の環境には、現在大きな地域格差と学校間格差が存在します。デジタルとアナログをシームレスにつなぐための書籍の充実にも格差があるという現状を踏まえながら、情報環境の基盤として学校図書館をきちんと位置づけていく必要があると考えます。
 2点目は、専門職の連携による情報リテラシーの育成についてです。お二人のご発表にありましたように、情報収集にAIが関わってくるというのが不可避な中で、得られた結果をきちんとした情報源で確認するという習慣をつけることが大切になると思います。そのためにはどういう資料をどういうふうに使えばいいかということを、情報や資料の専門家である司書教諭とか学校司書が指導あるいは支援することができると思います。中川委員や上田先生がご紹介くださった事例の中でも、辞書とか様々なメディア、教科書以外の資料が学びを下支えしたり、豊かにしたりしていることが想像されます。具体的に図書館という語が出てくるわけではないんですけれども、ご紹介いただいたような事例が全国で実現するためにも、国語の授業と学校図書館の結びつきというものを指導要領でしっかりと示すことが大切じゃないかと思いました。
 最後3点目ですけれども、情報の利用における振り返りと自己調整の支援についてです。中川委員のご発表の中で、情報の整理においてICTの活用が触れられていましたけれども、加えて自分が参照した情報を記録して振り返ることにもICTは非常に重要な役割を果たすと思います。これまで学校図書館では読書指導という場で、読んだ本の記録をつけて振り返るという取組が積み重ねられてきているんですけれども、中川委員のお話を聞いて、情報収集においても様々なメディアをどう利用しているかということを児童・生徒が自分で記録して振り返って、そして自己調整することを学校図書館が支援できるんじゃないかと考えました。教科書以外の多様な資料、情報を利用する機会が増える中で、自分の情報利用を客観視する学習活動を取り入れること、学校図書館がその支援を行うと明示することが必要かと思います。
 全体として、これからの国語科においてICTと学校図書館は一体となって、学習基盤をなすものとして位置づけていただきたいと考えておりまして、お二人がご紹介くださった取組を実現するためには、アナログとデジタルの環境が両方整った学校図書館の活用が必須ではないかと考えてコメントをさせていただきました。
【島田主査】  庭井委員ありがとうございました。学校図書館の明確な位置づけ、それから国語科との結びつきといったあたり、より明確に指導要領中に示すべきであるという形でご意見いただきました。続きまして犬塚委員お願いいたします。
【犬塚委員】  お二人の委員の先生から大変勉強になるお話ありがとうございました。うまく資料と対応づけられるかわからないんですけれども、私からは大きく3点申し上げたいということと、全体を通してやはり発達段階とそれに応じて身につけさせたい、国語科において身につけさせたい資質・能力ということをよく検討する必要があるのではないかという印象を持ちました。全部載せて最初から2年生から、低学年からというふうにやっていくことが、国語科として望ましいとはあまり思えない部分もあろうかと思います。そのあたり考えたい。
 例えば、庭井委員のお話の中でも出てきたような多様なメディアとの対応ですとか、批判的な読解というのは大変重要なテーマではありますが、何年生ぐらいでとか、どこまで国語科でというのはとても大きな問題だと思いますし、事務局のご提案の中にあったようなローマ字の入力については、私はこれは本当に低学年でやらせて大丈夫なのかというのは大変心配に思います。日本語の文字を書くことで1年生は精一杯で、2年生になって急に違うタイプの文字、違うタイプのシステムの書字ということを前提としたトレーニングをすることが、国語科の教育の中でどういう意味を持つかとか、どのぐらいの負担に子供にとってなるのかということは、丁寧に検討しなくてはいけないのではないかと考えています。技術的な問題で言えば、例えば音声入力などでかなりできるところはありますし、子供たちは幼少期からひらがなのフリック入力だったら簡単にできたりします。もしも使うこと、利用することだけが目的なのであればそれで十分な段階というのもあるかもしれません。4年生でブラインドタッチができるというのもすごいなって思ったんですが、そもそも文字が異なる、書字の法則も異なるということをできるようにするのは、現行の3年生でも結構厳しいと思います。これを2年生でできるようにということを国語科教育の前提とするのは難しいし、あまりいいことがないんじゃないかなという危惧を私は持ちます。この点について私はあまりエビデンスを存じませんので、印象によるところですが、少し気になったので申し上げました。
 一方で、中川先生がご指摘くださったようなデジタルの活用の中で、6ページでしょうか、Aの1というところでお示しくださったように、読みの初歩とか書きの初歩というところでデジタルが活用される場面というのが実はかなりある。この部分はエビデンスも豊富にあるところです。読みの流暢性の支援をするとか、まだ文字がうまく書けないとか、考えて文字にするということが難しい段階の子供たちが音声入力をする、そこを手がかりにして自分の作文にするというようなことは、かなり研究でもありますし、そうした支援が有効であるということもよく言われているかと思います。一方で、そうした支援が特別支援の話だとして取り入れられなかったり、できない子にはタブレットを渡せばいいんだというふうにされたりして、効果的にデジタルを活用して読みの初歩、書きの初歩を支えるというような実践例というのが、現在は少ないのではないかという問題意識を持っています。より積極的に指導の中にどんなふうにこのデジタルの活用の良さということが、特にその初歩の段階でできるかというところは、例えば教科書の工夫などにも反映されると良いなと思いますし、何らかの形でこういうところでうまく使えるんだよということが先生方にも伝わるといいなと思っています。私からは以上です。よろしくお願いします。
【島田主査】  犬塚委員ありがとうございました。ローマ字入力の指導等に関しまして、発達段階という観点からご危惧のご指摘もいただきました。
 続きまして、竹内委員お願いいたします。
【竹内委員】  先生方お話ありがとうございました。大変深いお話でございました。
 中川先生の情報活用ですね、探究学習のサイクルにも沿って国語科のデジタル活用を整理してくださっていた点は非常にわかりやすくて、今、現場ではこのサイクルに沿って理解しようという機運があるかと思いますので、国語科もこれに沿ってというのがとてもわかりやすいのではないかと思いました。問いの立て方の事例というのもわかりやすかったです。
 マルチモーダルな理解と表現については、総合と情報との連携を示しておられましたけれども、その他、例えば図工や算数などとも連携できないかなということを、拝聴しながら感じました。
 上田先生のお話は、デジタルやAIのお話でありながら、根っこに言葉の力と、確か藤森先生も前回セレブレーションとおっしゃってましたけれども、祝福が置かれていたのがとても印象的でした。AIを単なる表現の効率化ではなくて、思考の再生成、再構築をする場として捉えておられる点というのにも共感をいたしました。
 その上で、事務局案を含めて3点ほどコメントございます。
 1点目、今、犬塚委員のお話もあったローマ字入力の件、3ページ、13ページなんですが、私は全国回る中でですね、資料には地域や学校間の格差がICTに関してはあるというふうにおっしゃってますけれども、さらに学年合同で授業をすると学級間、学級内でも差があると感じてまして、小学校3年生でもほぼ全員ブラインドタッチをしているクラスもあれば、フリックや文字認識が中心の学級もあって、そうしますとできる活動の量や質に大きな差が出ている、と。全国学調のMEXCBT化も踏まえると、私はこれは文字を書く、もう最低限の学習機会の保障という観点から、早めに行うことの意義は大きいと感じています。
 2点目のコメントとしては、4ページ、6ページ、資料作り自体が目的化しないように、効果的な活用、学習過程に沿って整理というのに非常に心強く感じたんですけれども、であればですね、このStuDX Styleの事例ですね、これが7ページが例えばややスキル寄りのお話に寄ってしまっていたりするので、ここで「考えの形成」も見えるような事例になるとさらに良いのでは、と。8ページも同じように投影資料の写真が掲載されているんですが、掲示資料、配布資料、それぞれ違いがどこにあって、どの学びと位置づくのかというところがさらに付け加えられると、事例としてより良い、現場に優しいものになるかなと思いました。
 そして、生成AIの活用についてなんですけれども、最終的に子供自身が考えて自分の言葉で説明し、責任を持つという考え方、おっしゃる通りだと思いました。この議論の中で、生成AIそのものに直接働きかけるという使い方、それから中川先生がおっしゃるように、教員が間に入る場面、で、さらにAIを組み込んだ学習支援の仕組みを使う場面と、国語でもこれは分けて考えて整理した方が良いのかなと思いました。いずれの場合もプロンプトの工夫や完成物作りというよりは、事例で出していただいたように、思考を深める壁打ちですとか、発話後の振り返りを支える方向での活用が見えてくると良いと思いました。以上3点コメント申し上げました。
【島田主査】  竹内委員ありがとうございました。StuDX Styleのですね、参考資料の示し方にもご意見いただきました。また、生成AIの考え方ですね、場面分けをしっかりすべきということでご意見いただきました。
 石井委員、続けてお願いいたします。
【石井委員】  非常に興味深く発表も聞かせていただきましたけれども、改めてやっぱり、ここで議論になっていることでもそうなんですけども、やっぱり国語科であるとか言葉の学びをどういうふうに定義していくのかというふうなことかなと思って聞いておりました。
 かつて、確か国分一太郎というですね、生活綴方とかで有名な教育実践家が、実践者がいますけども、彼が言ったことだったと思いますが、読み書き、話す、聞くというか基礎学力というのはですね、人類文化の宝庫への鍵とかね、そういうふうな言い方をしていたかと思うんですね。すなわち、それを通じて、要は様々なですね、人類が蓄積してきたその文化といったものに、外国記憶に当たりますけども、そこにどうアクセスするかと。
 そうしたときに結局、このローマ字入力の話はそこと非常に強く関係するわけですよね。それで言うと、ある種マルチモーダルということを前提にしたときに、そこでリテラシーの在り方をどう考えていくのか。だから、これが今ですね、議論するべきところなのかなというふうに思ったりします。
 そのときですね、最終的にこの、それで言うと、そのテクストっていったものの幅っていうのも、いわゆる狭い意味でのこの文字テキストっていうふうなことだけではなくってっていう、そういう議論をここまでもある程度してきているところがあるかなと思います。
 それとともにですね、やはりある種このICT活用とかAIとの、ICT活用に関してはこのスイッチの発想っていうんですかね。だから、いざとなれば、そのアナログとデジタルをスイッチできるというふうなこと、ここが一つポイントであると。
 あとはもう一つ、言語能力と情報活用能力との関係で言うと、言語能力っていったものがある種基盤を形成し、人間的な能力の基盤を形成し、それで情報活用能力はその増幅で、あるいは拡張。それで今回ですね、上田先生の方からあったことからすると、やっぱりその、思考の再構成とかですね、そういったところが一つポイントになってくるかなと思うんですけども、その基本線を踏まえた上で、先ほど犬塚委員からお話あったところと、私も若干似たような懸念がありまして、そのスイッチするためにはですね、両方にちゃんと習熟しておく必要があるんですよね。すなわち、アナログなですね、いわゆる狭い意味での書字と、それからデジタルをベースにした新しい書字、この2つに習熟することが必要であると。
 そのときにアナログなですね、この狭い意味での書字というのは、一定の実は手間がかかるということが一つポイントかと思います。先ほども中川委員からありましたように、基本的にデジタルとかICTというのはですね、利便性を追求するというのがこれが常でありまして、ですからしやすいというふうな方向に行くんですよね。そうすると、言葉の学びにおいて結局しやすい方に、アクセスしやすい方におそらく流れると。
 利便性、だからそれで言うとですね、意識的に逆に言うと学校教育においては、その入り口をどういうふうに考えるかっていうふうなことからすると、むしろ手間のかかるところにもう少ししっかり手厚くした方がいいんじゃないかってことで言うと、狭い意味での書字ですね。ここを手放してはいけないと。
 だから、今回どちらかというとICTのあの部分が出てきてますけど、これ中川委員のお話にもありましたけど、これ前提としてはやはりその言葉の力のね、そのアナログなところがちゃんとあった上でということもそうですし、先ほどの上田先生のですね、お話で非常に象徴的だったのは、確かにこのワードハントっていったものをデジタルとかAIとやったら増幅することもでき、収集、豊かにできる。しかし、大元に何があるかというと、辞書、ものですね。
 さらに言うと、デジタルっていうのは、これ最終的にですね、手元に残しきれるかどうか、これは結構怪しいところがあります。すなわち、そのデータ、最終的に卒業したらですね、持ち越せるかどうか問題とか結構あるんですよね。
 だから、それで言うと、やはりこの順序からしますと、やっぱりこのアナログな言語能力みたいなもの、それの完成というふうなことと、それから情報活用能力による拡張。それで言うと、ブラインドタッチの問題も、これもまとまったテクストを書いて推敲するということにおいては非常に力になってくる。だから、大人になったらですね、ブラインドタッチできなかった、要は思考のスピードに書字が追いつかなくなると、ここなんですよね。
 だから、そういう面からするとブラインドタッチは絶対必要だし、逆に言うと低学年において私心配なのは、ブラインドタッチも何もせずに、指で書くとか、それはまさにその初歩の補強というふうな、補助という面によっては大事なんですけども、それによって逆にですね、書字から離れてしまうところもあるのかなと思います。
 ですから、そこをですね、しっかりと現状を踏まえてですね、この書字の完成をどう考えていくのかということを発達段階も含めて、きっちり系統的に整理していく、これ非常に重要な議論なのじゃないかなというふうに思っております。
【島田主査】  石井委員ありがとうございました。アナログとデジタルのスイッチというところで、アナログによる手間を手放さないようにという重要なご指摘いただいたかと思います。
 小松委員お願いいたします。
【小松委員】  2人の先生のご発表、大変興味深く、また刺激を受けてお話伺わせていただきました。その上でですね、私は事務局からのですね、資料の4ページを中心にですね、考えたことを申し上げたいと思います。
 先ほどから出ておりますキーボード入力についてはですね、私も発達的な、ちょっと私の今の発達の知識で申し訳ないんですけれども、具体的にいつがとは申せませんけれども、かなりいろんなその条件とか要因を考慮しながら、慎重に検討することは必要かなと思いました。
 その上で私が申し上げたい2点目はですね、2番の改善の方向性と書いてあるところでございます。誤情報に対応できるということが書かれてるんですけども、ちょっとここ文章がよくわからないのは、文章を読み解く力というところに誤情報に対応できるのがかかっているのか、その後の物事を批判的にとか根拠の論理のっていうところも、これも誤情報にかかっているのかっていうのは、ちょっと私どちらでも取れるような気がいたしまして、どちらでも話は作れるような気がいたしまして、ちょっとよくわかりませんでした。ここをどういうふうに理解したいのかということですけれども、いずれにしてもですね、文章を読み解くとなぜ誤情報に対応できるのかっていうことについて、すいません、私ちょっと遅れまして、この説明、ご説明伺っておりませんけれども、ちょっとよくわからなかったということを申し上げたく思います。
 その上で、これと関連しますけれども、その後にあるAI活用のことです。で、児童生徒が自ら考え、判断し、説明し、責任を持つというようなことで書かれております。具体的に申しましたら、これはAIがパパッと答え、まとめのようなものを出してきましたというときにですね、それに対して自ら考え、判断しということなんだと思いますが、それって具体的にどういうことなのかということです。
 上に書かれたですね、批判的思考とかとも関係するわけですけれども、参考資料としてですね、例えば高校のところ、9ページですね。ここでですね、その誤情報については、もう初めに注意してやということを言っているということで、具体的にどんな誤情報が出てくるのかみたいなことは書かれていないわけです。で、これは個人的なこと、一つの事例だけでものを言っていいのかどうかわかりませんけど、私、先日ある著名な絵本についてですね、もともと海外で出版されたものですけれども、資料を集めようと思いまして、AIにも聞いてみたんですけれども、ところが裏を取ってみるとですね、イメージで言いますと8割ぐらい誤りというような経験をいたしました。
 これだけで、プロンプトが悪いのであろうとかですね、いろいろものははっきり言えないわけですけれども、AIはそういう中で自信を持って何ページに書いてあるみたいなことまで言ってまいります。かつですね、ネット上にあるものを中心に出してきますので、非常に偏りを感じるところがありました。そうしますと何が言いたいかと言いますと、現物資料で裏を取らないと最終正確なことがわからないということが、本当にその有名な絵本について調べただけでも出てくると。で、裏を取るのは非常にそのAIの手軽さ、数秒、数十秒で出てくるのに比べますとはるかに手間がかかって大変でございます。
 AIを使ってアクセスできる資料は増えるのに、それに対して手間をかけてですね、裏を取る、証拠を具体的に集めていくという作業が追いつかないということが起きてくるというふうに思います。こういう活動のその評価をする、先生方が評価をするってなったときに、じゃあその先生方はその裏を取れたか、その具体的な資料を本当に自分でも見て評価していくのか、ある種子供たちがしたことをそのまま、あ、そうか、ということで評価していくのか、この辺について評価ということを含めてどう考えるのかっていうのはちょっとよくわかりませんでした。ぜひこの辺についてもう少し詳しく教えていただけたらと思います。
【島田主査】  資料4ページのですね、改善の方向性の上の黒丸2つについてご質問いただきました。誤情報に対応できる文章を読み解く力というところですが、これは誤情報を見極めつつ文章を的確に読み解く力といったようなことかなと思いますけれども、事務局、補足ありますか。
【髙見 主任教育企画調整官】  まさに先ほど主査がおっしゃっていただいたような観点で考えておりますし、また、この誤情報に対応できるという言葉自体は、今はこの文章で読み解く力っていうところにかけて作成をしております。ただ、こういった記載ぶりがいいのかどうかっていうことについては、引き続きご意見賜ればと思います。
 それから2つ目の評価の改善っていうところでございますが、こちらについては、非常に発達段階を踏まえつつというところにはなってくると思っておりますけども、やはりこの生成AIが進展していく中で、例えばその生成AIで得た情報をですね、そのまま成果物としてまとめてしまって、それを先生が気づかずに評価をしてしまうと、こういったことはやっぱり避けなきゃいけないということになりますので、ここに少し書いているところでありますけども、例えばその成果物の内容を自らの言葉で説明してもらうと、そうするとやっぱり子供たちが考えていたことがしっかり理解できて、それをもとに評価ができるということになりますので、そういった意味では、学習活動の展開とともに評価の改善を図っていくことが必要ではないか、そういった視点でこのような記載をしているところでございます。
【島田主査】  ありがとうございました。小松委員よろしいですか。
【小松委員】  はい、よろしくお願いいたします。引き続きご検討よろしくお願いいたします。
【島田主査】  そうですね、原典に当たる、裏を取るというのは本当に大変な作業になろうかと思いますけれども、そのあたりどう評価に生かしていくのか十分な検討が必要かと思います。
 石黒委員お願いいたします。
【石黒主査代理】  よろしくお願いいたします。本当に今回勉強になりました。具体的にはですね、中川委員の29ページのところが私特に印象に残りまして、脱二項対立っておっしゃっていて、上田先生も両方大事というか、まさにアナログとデジタルの架け橋みたいなお話してくださったわけですけど、やっぱり両方どう組み合わせていくのがいいのかなっていうところで思いました。
 特にその中川委員の方からですと、しやすさっていうところが論じられていて、非常にそれは確かにメリットだと思いますし、またここで言うと、マルチモーダルな理解っていうのが同じ終わりの下のところにありますけども、これも本当にデジタルのメリットなんだろうなと思いました。特にその音声っていうことの使用ってことに関しては、本当に私たち読む書くという文字に偏ってきましたので、やっぱり音声の活用ができるってことが本当に可能性の一つだなというふうに思いました。
 一方でなんですけれども、確かに図表とか映像とかあると良いし、確かに現代的ではあるんですけど、国語科の中で全部そこまで、例えば動画の作り方とかもちろんやらないと思うんですけれども、そこまで全部やると、生徒さんも先生方も本当に手一杯になっちゃうんじゃないかなという気がしていて、やっぱりマルチモーダルのもののいい面であり悪い面であるというのは、情報量が膨大であると。今も私もその共有画面を見ながら話をしていて、他の先生方のお話聞く場合、実は共有画面見ない方が頭に入るんです。ということがあって、そういうふうに情報を減らすっていうことも実は大事であって、逆にそれはデジタルも情報を減らす方にも役立てられるはずで、そのあたりどんなふうに活用していけばいいのかなということは一つ感じました。
 あともう一つなんですけれども、デジタルの学習基盤と生成AIっていうのはもちろん連動するものではあると思うんですけれども、このデジタルの学習基盤についてはもう異論はないと思うんですけれども、生成AIの導入については様々なやっぱり議論があるんだろうと思います。ですからデジタルの延長線上に生成AIを入れるという議論ではなくて、やはりそこは峻別して語るべきだろうというふうに思います。
 ですので、そのあたりですね、やはりいろんな良い面と悪い面、まさに脱二項対立の時代にあってはですね、やはりもう少しその、例えば手書きというその非常にアナログなものの良さとか、あるいは自分で考え抜くこと、例えば読解においても効率を求めた速読っていうのを突き詰めると、かえってその精読の力を落としてしまうみたいなことがあって、ゆっくり読んで時間をかけるということも大事なことだと思うので、そのあたりなるべく教えることは厳選して、国語科でできること、そして国語科で身につけられる力を、子供たちにつけてもらうことを重視したいなというふうに、お二人の先生のお話を伺いながら感じました。
【島田主査】  ありがとうございました。マルチモーダルを素材とする場合の、情報を減らすという視点ですね、興味深く伺いました。また、デジタルとそれから生成AIと、一直線上に考えるのではなくて、それぞれについて切り分けてと言いますか、そこは分けて考えた方が良いという視点もいただいたところです。
 西委員お願いいたします。
【西委員】  大変興味深い、お二人の発表であったかと思います。
 まず中川委員の、資料で申しますと10枚目のBの3の情報の収集の、特に国語科の学習の中で、活動を伴う学習活動っていうと書写が一つあるんだろうと思います。そうした中でこういったような形でこれまではテキストの中だけで、お手本をベースにしながら学習活動が展開していくところに、多角的に視覚資料が入る、あるいは上から見る、あるいは左から見るような形での動画資料が学習活動の中で位置づけられていくことは、やはり活動を伴う学習としては非常に効果的ではないかと思われます。一人の教員が書いているものをそばで見るということが難しい中で、このような部分をうまく見せたり、速度を落としてじっくり自分なりの書く活動を振り返ってみたり、そうした点で活用の利便性としては一つデジタル化はあるのではないかと私は受け取っておりました。
 また、上田先生のご発表は、非常にアイデアの多いご発表だなと思って伺っておりました中で、12枚目から13枚目の、ワードハントの実践をご紹介いただいたところ、大変私興味深く伺いました。この中で、アナログ化からデジタルAIへという展開で、たしかに様々な利点がある中で、先ほど石井委員からもお話がありましたが、最終的にそのデジタルデータはどうなるのか、子供たちの中にどう残っていくのかという点が明確ではないと思います。このアナログの場面だと実際に使っていた国語辞書が成果物として残っていると思います。つまり個に返っていく過程で、デジタルAIになった時に、その個に返っていくのかどうかっていう点がお話に言及がなかったものですから、辞書をベースにしながらこの活動が展開して、最終的に共有されていくと言う形式であれば、個での学習成果、そして共有されることによって得られる学習の成果というような形式で二層で学習活動を位置づけることができると思います。アナログの学習の中では、それをデジタルAIへと展開していく2段構えになるのかなというふうに私は理解しましたが、その点が確認ができるとありがたいと思う次第です。
 あと、先ほども指摘が出た、事務局提案の、4枚目の改善の方向のところ、誤情報に対応できる文章をこう読み解くっていうニュアンスが私も引っかかりがありまして、もう少し表現を練っていただいた方がいいかなという気がいたしました。
【島田主査】  西委員ありがとうございました。事務局提案の文章の文言については修正をお願いいたします。それからもう1点、上田先生の資料の13ページのところですね、ここのところ、できれば補足をいただければと思いますが、上田先生いかがですか。
【上田先生】  個に返るっていうところがデジタルやAIではワードハントにおいて見られなかった、言及がなかったというお話だったんですけれども、一応ですね、この次のページのところでご覧いただくとわかる通り、確かにデジタルの視点は共有をするというふうな視点で言ってるんですけれども、AIの方はむしろ自分自身独自のこう辞書ができるであるとか、自分が出会った言葉深掘りする、そのデータは自分の手元のデバイスに残る設計というかイメージですので、そういう意味では個に返るというデータとして個に返るっていうような方向性は言えるのではないかというふうなことを考えながら、ご報告申し上げた次第です。回答になってますでしょうか。
【西委員】  はい、ありがとうございます。あの、12枚目のところの左下のなんか子供がとても嬉しそうに自分の1年間の学習成果国語辞書で見えてるっていうところのこういったようなものが個に残るのかなというちょっとイメージがあったものですから、そこはどうだったかなっていうそういう趣旨での質問でございました。
【島田主査】  ありがとうございました。それでは、続きまして中村委員お願いいたします。
【中村委員】  お二人のご発表ありがとうございました。国語科のICT活用の現在地点を今日確認することができました。
 今までご発言と重なりますが、中川先生の最後のスライドにあるデジタルとアナログ・紙とを効果的に適切に組み合わせて活用するということが、いよいよどう実装するかというステージに入っているかと思います。1つは、これも中川先生のお話になった教科書採択でデジタルと紙を組み合わせたハイブリッドなタイプが登場してくる中で、例えばこのタイプを採択した場合どのように組み合わせることが学習効果を最大化させるのかということについて、待ったなしの状況であるというのが1つ目です。
 それからもう1つは、デジタルを通して子供たちは多様な文化表象に様々にアクセスできるようになっているとともに、先ほどの庭井先生からもご指摘のあった例えば学校図書館で収蔵されている良質な図書資料であったり、本と出会う空間だったりというものについてもこれまでのたくさんの蓄積があって、いわばその両方の文化資本と言いましょうか、言語文化の表象にアクセスできる学習環境にあります。だからこそ、その両方をうまく使いこなしていけるたくましい言語能力を育成することが求められる時代になっており、デジタルと紙の双方を組み合わせた活用を具体的にどうすればいいのかということについて、議論の必要性が出てきていると思います。
 そのために3点申し上げます。1つはデジタルによる共有しやすさなどを分かりやすく先生方から示していただいたわけですけども、合わせて「しにくさ」と言いましょうか、学びにくさのようなところについても冷静にあるいは公正にICT活用の視点から見ていく必要があるのだろうと思います。それは逆に言うと、アナログの方がこの発達期の子供たちがこういうことを学ぶ上ではより学習効果が大きいという部分も確認していくということで、これからの検証が必要になってくるだろうと思います。
 2つ目はそれに関連しまして、これまでのそうしたアナログによる学習、つまりフィジカルに声を出して音読するとか本を手に取って読むという言語活動の工夫は、たくさんの方法の蓄積があります。それをこの先どうデジタルな情報活用や言語能力育成を見据えた形でブラッシュアップしていくのか。そうした視点からの見直しが必要かと考えます。これが2点目です。
 3点目としまして、そのアナログとデジタルの両方を自在に使いこなしていくための言語能力の育成に向けて、具体的にどういう授業を行ったり、どういう年間カリキュラムを作ったりしていくのかという、組み合わせを前提としたグッドプラクティスの集積であったり、その情報公開を進めたりしていくことです。それぞれの教育現場でのデジタルとアナログを組み合わせた授業の工夫が広がっていくような、実践を後押しする取組が今後必要ではないかというふうに思ったところです。
 もう1つ最後にごめんなさい。ローマ字のことですけれども、4ページにある「入力に慣れる」ということに先ほど慎重なご意見がありましたけれども、参考資料にあります13ページの方では慣れるではなくて体験するという文言になっていたかと思います。慣れることは少し難しいかもしれませんが、体験するというニュアンスですとまた受け止め方も変わってきますので、慎重にご検討いただければと思いました。すみません、以上です。
【島田主査】  中村委員ありがとうございました。最後のところも、ちょっと大切なご意見だったかなと思います。また、デジタル・アナログの学習のしやすさとともにしにくさというところも、それぞれに見極めていく必要があるだろうというようなこと、従来のアナログ指導、デジタルとの併用に向けて、どのようにブラッシュアップしていくかといったようなこと、実際の好事例、グッドプラクティス、これどう集積していくのかといったようなことについてご意見いただきました。
 井上委員、お願いいたします。
【井上委員】  お二人の先生方、発表ありがとうございました。時間が差し迫っておりますので、簡潔にコメントを述べさせていただきます。 デジタルの利活用に関して、まずは中川委員の方からは、スライド29ですね、脱二項対立のご提言がございました。石黒委員も触れていらっしゃいましたけれども、これに対して私も同意するところでございます。ただ一方で、単元全体や特定のカリキュラムの中では、例えば0の時間、100の時間があってもいいと思うんですね。授業者が単元カリキュラムの中でのトータルバランスを見ていくことが重要だと思っています。脱二項対立の議論が、例えば紙100ではいけないとか、AIゼロではいけないといった誤ったメッセージとして伝わらないような工夫が必要だと思っています。
 どういう場面でデジタルを利用していくか、教員1人1人の利活用のスキルの格差をどう埋めるかという問題もありますけれども、今後ますます授業者の判断力が問われていくと思います。
 また、上田先生はスライド18でしたでしょうか、デジタルAIの利活用を通じた思考の再構築の話がございました。そこで思いますのは、やはり何もないところから再構築はできないということに尽きます。再構築する際の対象たる生徒個々人の思考や見方をいかに育んでいくのか。AIなしでは自力で何も主張できない、あるいは意見も持てないような児童生徒を育んでは元も子もないわけでして、学習者がしやすさの対極たるしづらさの逃げ道として、過度にAI依存に陥っていくことがないような配慮も必要になってくると思います。この点は先ほどの中村先生のご指摘にも通じるところです。
 児童生徒の言語力や習熟度の実態を精査に見取りながら、1人1人の児童生徒に対して、どのタイミングでどのようなデジタルをどのような順番で授けていくのか、究極的には、そのプロセス自体も個別的であるべきで、その舵取りをしていくのが学校あるいはチームとしての教員集団ではないかと思っています。多様性の包摂をうたいながら、デジタルの手順や方法というものが個々の児童生徒の学習の実態を度外視して、安直にパッケージ化されて現場で落とし込まれていくようなことがないよう注意していくべきだと考えます。私からは以上です。
【島田主査】  ありがとうございました。デジタルとアナログ、適切に組み合わせるといった場合、どちらかが0であること100であることは必ずしもいけないことではない、誤ったメッセージが伝わらないようにしたいというお話いただきました。
 中嶋委員お願いいたします。
【中嶋委員】  まず中川委員、上田先生、多様な学習場面における事例の紹介、本当にありがとうございました。興味深く聞きました。
 その中で全体的な感想を1点申し上げたいと思います。改めてお話を伺いながら、子供たちの興味・関心を高めることや、また1人1人の子供たちのつまずきを埋めたり、また生活体験の差ですね、などを埋めるということにデジタルの活用というのは本当に効果的であり、学びの可能性を広げると実感しています。
 だからこそなのですけれども、どんなふうにこのデジタルの活用を国語科の中で位置づけて示していくかが現場にとっては非常に大きく関係するというふうに感じております。中村委員や井上委員がおっしゃっておられたことなのですけれども、例えば小学校2年生からという4ページの下の部分も慣れる時間なのか体験する時間なのか、それがどの程度求められるのか、習熟は求めていないと思うのですけれども、例えば現場で2年生からとなると習熟しなければいけないと思ってしまうようなイメージはあると思うんです。
 あるいは井上委員がおっしゃったトータルバランスということがありますけれども、例えばデジタルの活用ということをアナウンスされましたら全ての単元でやらなければいけないというふうに捉えたり、結局は発達段階に応じてどれくらいのバランスでやるかというのが最終的に非常に大事になってくる。しかもそれが小学校1年生から高校3年生までの中の段階で考えていかなければいけないというところが学習指導要領の中で非常に重要だと思います。ぜひ専門的な知見を意識していただいて、示していただけるとありがたいと思います。
【島田主査】  おっしゃる通りだと思います。発達段階におけるバランスということをどう考えていくか、学習指導要領にしっかり残していければと思います。
 松本委員お願いいたします。
【松本委員】  私からはタイピングの話とそれからICTの活用の話、それぞれにコメントを言わせてください。
 タイピングについてですが、タイピング学習はもうその指針を示すことが避けて通れない時代なのだろうと思っています。犬塚委員が言われるように、エビデンスが乏しい中で、発達段階をどのように考えていくのかというのは、やはり難しいと思うのですが、2年生の段階で親しみ、3年生のローマ字学習と合わせて少し時間を確保してタイピングを経験し、その後、意図的、継続的にタイピングする機会を設けるというようなイメージが、おそらく事務局案なのかなというふうに捉えてはおります。今ローマ字入力ということでタイピングが取り上げられてますが、そのタイピングともう一つ、タッチペン入力という方法とのバランスをもう少し取った方がいいのではないかというのが、私考えるところです。タッチペン入力の学習というのは、手書きの学習を基盤として運用できますので、これから感度の高いデジタルペーパーデバイスが普及する未来が来ると予想するならですね、手書きの学習をベースとしたタッチペン入力の学習の機会を意図的に設けても良いのではないかなというふうにも思っています。書写の時間にそのタッチペン入力の学習があってもいいのかもしれないなというふうにも考えています。
 それから、ICTの活用の件ですが、中川委員に紹介していただいたように、書写というのは実はICTとすごく親和性があって、西委員も言われていましたけど、いろいろなことができる可能性があるのですね。ですが、教育課程全体で捉えた時に、いささか印象的な話にはなるのですが、ICTを使った常にこうせかせか動くというか、「動」の展開という部分と、子供たちが例えば自分の言葉とじっくり向き合うとか、自分の文字とじっくり向き合うとかのアナログの「静」の時間が両極にあったとして、その中間にハイブリッドで両方うまく組み合わせた授業展開があったりと、そこら辺の「動」と「静」とそのハイブリッドのバランスというのがやはり大事かなというふうに考えます。確かにこの場ではICTの話をしてるので、「動」の話が中心になっていますが、特に「静」の時間をですね、小学校国語科だけではなくて、国語科の教育課程の中に、しっかり入れていくっていう視点は外せないのかなというふうに思っております。
【島田主査】  松本委員ありがとうございました。動の対極としての静ということですが、これもグラデーションというところで考えていくことになるのかなと思いました。また、手書き学習のベースとしてのタッチペン入力というのをどう位置づけていくのかということで、新しい観点のご発言いただきました。
 吉田委員お願いいたします。
【吉田委員】  貴重なご提案ありがとうございました。
 私はこのデジタル学習基盤を最大限活用して、子供たちがその豊かな学びを構築していくというその理念は、すごく理解するところではあるんですけれども、国語科として、特に低学年の段階でローマ字入力に慣れる時間を入れるというところにつきましては、やはり慎重になるのが必要ではないかなというふうに思います。
 特に低学年、低学年だけではないですけれども、子供たちは家庭でも相当デジタルの中に生活していますし、もう学校でしかアナログ的なことや体験的な学びとか、実際に触れるとか話すとか書くとか聞くとか本を読むとか、そういったことって本当にもう学校でしかなかなかしないんじゃないかと思うぐらいに、リアルな体験的な学びっていうのが、いわゆるアナログの部分が非常に不足しているように思います。
 その部分がやっぱりないとその二項対立ではないという、脱二項対立どころか、デジタルが100でアナログが0みたいな状況では本当に効果的にその使えるというところにはならないのではないかなというふうに思います。
 3月に生活科の学習にちょっと私学校で入っていたんですけれども、2年生の子供たち、1年間の学びの集大成として1枚の大きな真っ白の画用紙をもらって、1人1人がその学びをまとめていくというところの場面でしたけれども、それぞれが本当にまとめ方も違ってもう紙と鉛筆と、人に聞いてまとめたことを、そしてそれがまとめたことを嬉しそうに発表して言ってくれるその姿を見ていますと、やっぱそういったことが、後々いろんなデジタルツールに変わっていった時に、もっと効果的に両方使える子になるんではないかなと思いますので、あまりこの低学年の時の体験を奪ってしまうというか、ちょっと焦って下の学年に入れてしまうと、後々それこそ裏を取るような方法を知らない、どうやって裏を取ったらいいのかわからないっていう子供たちになってしまうのかなというふうに思いますので、アナログとデジタルを自在に使って目的を達成できる人になるためには、やっぱりちょっと低学年でのその体験的なリアルに書く、読むとか、話すっていう、特に国語科として大事にすべきこと、全ての教科の基盤となる教科だと思いますので、その辺りは私はこれもエビデンスは全くないですけども、感覚的に申し上げるとそこを危惧しているところです。
【島田主査】  吉田先生からもローマ字入力の体験ですね、小学校低学年でこれを体験させることについてのご意見をいただきました。今日何人かの先生方からこのことについてご意見いただいたところです。
 渡邉先生、お願いいたします。
【渡邉委員】  すみません、今ですね、吉田委員はじめ他の委員の方からもローマ字入力についてたくさん出ましたので、一言補足ですけれども、アメリカでは、ブラインドタッチ入力の訓練というのは、言語技術ではなくて情報の時間に行っておりました。情報の専門の先生が、プログラミングであるとか、情報の授業に関連付けながら、同時に入力の訓練もやっている。子供によって技術的なばらつきもありますので、子供たちのニーズに応じてタイピング指導を行っていました。ローマ字入力とタイピングの訓練は、国語科で行うことなのか、あるいは国語科のみで行うことなのか、さらに国語で行って意味のあることは何なのかということの精査は非常に重要だということを、委員の先生方の意見をお聞きして改めて思いました。
【島田主査】  どうもありがとうございます。全くおっしゃる通りかなと思いました。
 それでは、ちょうど時間になりましたので、これより18時15分まで休憩といたします。その後、議題の2に移ってまいりたいと思います。本日ご発表いただきました上田祥子先生はこちらでご退席となります。上田先生、どうもありがとうございました。
【上田先生】  失礼いたします。
【島田主査】  それでは、15分まで適宜休憩にお入りください。よろしくお願いいたします。
(休憩)
【島田主査】  それでは時間になりましたので、議事を再開いたします。皆様よろしいでしょうか。
 では、議題の2につきまして、事務局よりご説明をお願いいたします。
【髙見 主任教育企画調整官】  資料1の14ページをご覧ください。議題の(2)は高等学校国語科における現状と課題についてです。
 15ページをご覧ください。ここでは平成21年の改訂と平成30年の改訂の比較を示しております。まず左側平成21年の改訂では「1.科目構成」にあるとおり必修科目として国語総合、選択科目として国語表現、現代文A・B、古典A・Bとなっておりました。それが右側の平成30年改訂では必履修科目を現代の国語と言語文化の2科目とするとともに、選択科目を論理国語、文学国語、国語表現、古典探究の4科目に再編されております。
 その改訂の趣旨としては、「現代の国語」については、実社会における国語における諸活動に必要な資質・能力に主眼を置く科目として設定し、「話すこと・聞くこと」、「書くこと」の指導が十分に行われていないという課題の解決を図ろうとするとともに、「言語文化」では上代から近現代に受け継がれてきた我が国の言語文化への理解を深める科目として設定し、「言語文化への理解を深めるという観点が弱く学習意欲が高まらない」という課題の解決を図ることを目指して改訂がなされました。以上のようにこの2科目に分けることで課題の確実な解決を図り、これからの時代に必要とされる資質・能力の確実な育成を目指すとともに、それぞれの科目の「読むこと」で扱う教材の文章の種類を明確に示したところです。
 また選択科目として「思考力・判断力・表現力等」の言葉の働きを捉える3つの側面の資質・能力のうち、創造的・論理的思考の側面の育成を重視する「論理国語」、感性・情緒の側面の育成を重視する「文学国語」、他者とのコミュニケーションの側面の育成を重視する「国語表現」、古典の意義や価値について探究する資質・能力の育成を重視する「古典探究」の4科目を設け、全て4単位で設定されたところです。16ページにはこれらの改訂の経緯をさらに1つ前のものからでございますけども、簡略化した資料も用意しておりますので、合わせてご覧いただければと存じます。
 続きまして17ページをご覧ください。高等学校国語科における現状と課題、学びの変化についてです。まず1の現状と課題にあるとおり、(1)にある必履修科目では2科目化によって実社会で必要な国語の知識・技能と言語文化への理解について、それぞれの科目が重視する学びが明確化されたことで、話すこと、聞くこと、書くことへの指導への教師の意識の変化、教材に依存した指導、文学的文章の内容の理解に偏重した指導、古典文法に偏った指導の改善などに一定の成果があったものと捉えております。
 一方で課題にあるとおり、現行の必履修科目では各科目の役割や内容が必ずしも十分に整理されているとは言えず、明確化した教材の文章の種類と各科目で育成する資質・能力の関連が十分に意識されにくいという指摘があります。また選択科目では生徒の進路・関心に応じた選択科目にすることで、それぞれの科目の趣旨に応じた専門的な学びが充実した一方で、選択科目はいずれも4単位であるため、教育課程編成上の制約から生徒の科目選択の幅が十分に確保できない状況が生じ、選択科目の履修に偏りが生じる実態も見られるところです。
 また右側「2.高等学校国語科を巡る社会状況を踏まえた学びの変化」として、小中学校との系統性を踏まえた知識の定着と深い理解へとつなげることが求められていること、デジタルの進展等により目的や場面に応じて適切に伝える力や他者と協働しながら思考を深め、合意形成・意思決定を図る力等、現代社会で求められる言語能力は一層高度化していること、論理を問わず人間ならではの情緒、感性を生かしながら複雑な課題の解決に向けて判断する力がより重要になっていること、リアルなコミュニケーションの重要性が高まる中、自らの考えを言葉にし、文章・口頭の双方において論理的かつ説得的に表現・対話する力の育成がより必要になっていること等を踏まえる必要があると考えております。
 これらの観点を踏まえ、1番下の部分「3.論点」にあるとおり、人生を舵取りする力と民主的で持続可能な社会の作り手育成に向けて資質・能力をバランスよく育成するとともに、多様な学校や生徒の実態に応じた選択の幅を確保する観点から、高校国語科の在り方としてどのような改善を図っていくべきかについてご意見をいただければと存じます。なお、18ページ目以降になりますけれども、高校国語科の科目の履修状況や科目の変遷、また各種データ、現行の科目別の目標の抜粋も添付しておりますので、合わせてご覧いただけると存じます。
 事務局からの説明以上となります。ご審議のほどよろしくお願いします。
【島田主査】  それでは19時までを目安として意見交換に移ります。ご意見、ご質問のある方、挙手ボタンを押してお知らせください。ご発言はお1人2分でおまとめいただければと思います。それではどなたからでも挙手をお願いいたします。
 はい、渡邉委員お願いいたします。
【渡邉委員】  よろしくお願いいたします。2点コメントさせていただきたいと思います。
 1点目は、多くの現場の先生方から聞かれるのは選択科目が4単位であるための使い勝手の悪さです。これはスライドでも指摘されておりましたけれども、国語科で教えるべき重要な事柄を、より多様な選択科目を取ることによってもっと網羅的かつ十分に教えられないかという要望がよく聞かれます。例えば選択科目は今4単位になっていますけれども、2単位であればより多様に選択科目を組み合わせて教えることができるのではないかという意見です。
 それから2点目は、先の点と関連して、「論理国語」で言うところの論理の実質が明確になっておらず、評論文の読解が中心になっていて、何がこの科目で目指されているのかが先生方に分かりづらいということがあるのではないかと思います。ここでポイントになるのは、論理学の論理、あるいは論証する時の論理、それからレトリックにおける論理、それから文学の論理、この文学の論理とは文学ジャンルのそれぞれが持つ論理ということになろうかと思いますけれども、これらは論理と一言で括られながらもその意味が異なっておりまして、それがもっと明確に見えるような工夫が必要ではないかと思います。
 どの論理も教えることがこれから特に必要になっていくと思いますし、それらを教えることは国語科の役割として重要だと思います。ですから少し厳しい言葉を使いますと、現行の論理国語というのは論理についての理解をより困難にしているような側面もあると思われるので、こうした点も含めて再び考える余地があると思われます。
 そして最後にこの点に関連させますと、次期指導要領案のスライド15では各教科の狙いが分かりやすく明確に区別されて説明されていたんですけれども、今次の指導要領の説明を載せたスライド27を見ていただくと、必修科目、選択科目ともに、知識・技能、思考力・判断力・表現力等の中身の説明がほぼ同じなので、それぞれの科目の特質が非常に掴みにくい。それぞれの科目の特質、あるいは目当てがより分かるような区別があると理解しやすくなると思います。
【島田主査】  選択科目を2単位にしてはどうかといったご意見、あるいは各選択科目の特性というものをもう少し明確に分かるようにしてはどうかと、その「論理」の中身も含めてですけれども、各科目の特性がもっと分かるような形で構成したらどうかということでご意見をいただきました。
 その他いかがでしょうか。植木先生お願いいたします。
【植木委員】  今、渡邉先生がおっしゃったことと重なるところなのですが、まず単位数の工夫、単位数を少なくして選択の幅を広げるという方向性はいいのではないかと感じます。
 もう1つの何をこの科目でやるのかというところなのですが、言葉尻のことなのですけれども、前回、論理国語と言った時に、論理国語と文学国語が対比されてしまって、文学の中にはそれでは論理がないのかといった、なんて言うんでしょうか、言葉上の反発というのも非常に大きかったような気がします。
 以前は現代文・古典という形で、教材で分ける科目名称だったので、その意味では分かりやすかったわけですが、今、その文章、言語表現の機能というお話でずっと議論が進んできていて、その機能と合わせての科目名称ということだと思います。非常に粗末なことながら、その科目名称というのは誤解を生みやすい、渡邉先生がおっしゃったように論理というのがいったい何なのかなど、誤解を生みやすいという意味でも結構重要になってくるのかなと思いました。小さなことですが、以上です。
【島田主査】  科目のネーミングですね、工夫が必要ではないかということでご意見いただきました。現代文、古文というような素材ベースの考えに基づいた科目の名称であったところから、現行のものは資質・能力ベースで考えて、あまり素材というのが表面に出ないようなネーミングになっていたかとは思いますけれども、一層科目の名称については工夫が必要だろうということでご意見をいただきました。
 石黒委員お願いいたします。
【石黒主査代理】  よろしくお願いします。17ページなんですけれども、特にこの2のところの右の列ですけれども、1、2、3、4とあって、大事なことだなと思いながら、3のところに少しだけちょっと違和感がありました。文理横断的な視点であるんですけれども、文理を問わずというよりも、なんか文理を超えたというような感じがしていて。私自身、そういう国立国語研究所っていうとこにいるんですけれども、実はすごくそこには、非常にその理科系的な、工学的な視点を記号的な視点を持った人と、私みたいな人間的な視点、人間的というのは適切じゃないかもしれませんけれども、人文的な視点を持った人間等がおりまして、なかなかやっぱり分かり合うのが大変といった実情がございます。
 そうした中で特に(2)においてですね、現代社会で求められる言語能力の高度化っていう辺りに、これがむしろ理科の視点というか、やはり例えば理科だけじゃなくて法的な視点なんかも最近これだけいろんな著作権の問題とかも出てきておりますし、様々なそういうロジカルにですね、厳密に考える視点っていうのが大事になってきている。むしろやっぱり(3)っていうのは文理横断的というよりも、やっぱり人文的な視点じゃないのかなという。その中にやっぱり文化ですとか、古典の古典とかそういう色々伝統の継承みたいなことも入ってくるような気がするんですけれども、そこら辺がちょっと、このような仕分けで少し、結果的に言ってることは同じなのでこの中に含まれてるとは思うんですけれども、その辺りの切り分けが少し違っていてもいいのかなと思いました。
 それから、先ほど、いきなりこういう指名はなしなのかもしれませんけれども、渡邉委員にちょっとお伺いしたいなと思ったことがありまして、文理横断的って言葉と聞いた時に文化横断的っていうこともちょっと思ったんです。ただなかなかその、レトリックとかロジックっていうのはその、もちろん文化を超えるものもあるでしょうし、でもやっぱりその文化とか言語の中に規定されるものもあるでしょうし、このような国際化時代にあって日本語で発信してもそれが様々な言語に翻訳されうる可能性があるという時代の中にあって、どんなそこら辺そういう国語科の中でそこまでそういう文化横断的な視点を持つべきなのか、あるいはそういう分それぞれの違いということを意識すべきなのか、そのような要するに文化対称的な視点と言うんでしょうか、その辺りもしご意見が伺えればありがたいなと思いました。
【島田主査】  石黒委員ありがとうございました。ご指名ですが、渡邉委員、いかがでしょうか。文化横断という考え方ですが。
【渡邉委員】  石黒委員のご指摘は国語科の本質に関わる非常に深い問題を突いておられると思います。
 私もこのスライドの3番を見た時に、文理横断というよりは文理という区別を超えた、文も理も、特に理だからこそ情緒あるいは感性が非常に大事になってくることがあると思います。科学的、数学的発見には、情緒が必要だということは多くの科学者や数学者が指摘しています。たとえば著名な数学者の岡潔氏は、自然を美しいと感じる情緒や感動が、数学の証明の美しさに目を開かせ、数学や科学的発見の「直感」を養うと言っており、科学者の猿橋勝子氏も子供時代に「雨が降る」ことを不思議に思い、自然への好奇心や畏怖から環境問題に目を向けました。これらは日本の伝統的な自然観と人間観に通ずるもので、日本の国語教育は、そのような情緒と日本の伝統文化をも言葉の教育を通じて継承してきました。この基盤の上に現代に役立つ技術としての多様な言語の知識、その知識は文章ジャンルの知識や情報発信に関する知識で世界共通のものが多いですが、それらを相手と場、目的に合わせて使いこなせる言語能力を育成することは、伝統文化の継承の上に、これからの社会で生き抜くための教育を国語科が要になって与えるイメージを伝えていると思います。ご質問の答えになっているか心許ないですが、文理という概念を超えたところに、言語を通じて「情緒」と「論理」という、相反するようで繋がっているメタな言語能力を教える国語科の責務があると思います。ある意味、教科で分断されている言語のメタ知識を、今回構造化することでその全体像を示せたとも言えるのではないでしょうか。さらに日本の文化を現代の文脈で活用することで創造の種としていくことも含めて、今回の案で示されているのは非常に欲張りなデザインのように見えますが、実は大部分は意識されずに国語科ですでに行われていること、現実にも起こっていることだと思います。それを見える化・意識化すること、そして言語技術としての視点も持って教えることが大事だと思います。
【島田主査】  それでは続きまして西委員お願いいたします。
【西委員】  大きく3つあります。まず現行の科目の単位の設定かと思います。
 やっぱり4単位が非常に使いづらくて、結局文学国語の採択数が伸び悩んでいるという、そこを打開していく必要があるという意味で、一律4単位設定は再考してもいいのかなという気がまずしております。学校現場の中では、組み合わせを考えるとどうしても論理国語と古典探究がほぼ規定路線のようになってしまっているっていうところが、その現状として数値に現れていると思います。
 2点目ですけれども、特に資料で申し上げますと25枚目参考資料の方になります。実施状況調査等の資料をあげていただいているものを見ていただければ、出していただいているかと思うんですけれども、教師の理解と生徒の意識の乖離があるようです。教師側は結構頑張っていると言いながら、生徒の意識は、大切だという認識はある一方で、27年度の数値、あるいは令和6年度の古文・漢文が好きだという数値、さほど改善が見られていないという、この部分をやはり我々は重視すべきだと思います。
 特に古文・漢文が、なぜ我々が学ぶ母語で書かれた、あるいは異文化の文字文化を移入して、我々が今なお学び続ける必要があるのかという、やはり根本的に考えておく必要があると思います。その中で私は、基本的な古典の領域で考えると、どうしても現代文は小説であるとか、詩であるとか、評論であるとかという、ある程度ジャンルで単元が構成されているのが教科書の編集だと言えるのですが、古典もやはり随筆・日記・物語等のジャンル論での単元構成になっているため、古典の教科書教材が豊かで楽しい作品になり得ていない、換言すれば古典の名文・名品が並んだ状態になっていることに問題があるような気がします。
 古典というはあくまで情緒であるとか感性ということを我々が古典から学ぶことになるのであり、それ部分が重要なのだと思います。現在の教科書はジャンルで編集していること自体に根本的な問題があのではないかと考えます。例えば人間と自然と言うテーマであれば、さまざまな教材が結びつく。実は先行事例としてはすでに古典探究の詩歌単元は形式ではなくテーマ別での教材配列が結構最近増えてきている。そうした古文・漢文をどのように学ぶかというところがメッセージとして出せるのではないかと思います。これは教科書の編集に関わる発言になってしまいますが、そういった思いを私は強く持っております。
 最後になりますが、科目名で申しますと、古典探究の探究が教科書の内容的に十分探究になってないのではないか思います。その部分をやはり考え方や見方を知る、そこでの共感性とか異質性のようなものを感じ取っていく、理解していくところでの価値観の変遷とか、そういうものにやはり触れていく契機になるのが、古典探究という選択科目の本来の柱なのだという気がしておりました。私から以上です。
【島田主査】  西委員ありがとうございました。大切なご指摘、いくつもいただいたかと思います。古文漢文、何のために学ぶのかということに立ち戻って考えた時、今の教科書編纂の在り方というのが、どうなのかといったようなご意見、また科目の名称が示唆するところのその内容といったようなところにも言及していただきました。
 中村委員お願いいたします。
【中村委員】  先ほど事務局からの提案にありましたように、24ページにあるように、現行の必履修科目等の設置によって、「話すこと・聞くこと」の指導あるいは「書くこと」の指導で改善が見られているというのは一定の成果であり、ある程度私は継続するということも大切であると思います。
 同時に16ページのところに戻りますけれども、21年版の選択科目の単位数であったり、バリエーションの多さだったりということを考えますと、ここまで多くの委員から様々に指摘のありました単位数のことも含めて、改めて今回は科目のあり方について見直してもいいのではないかと考えます。1つには「論点整理」の方で高等学校の柔軟な教育課程編成ということも言われていましたので、それを踏まえた時に選択科目を組み合わせやすい、あるいは単位数等の工夫のしやすい形に組み直していくことは今回必要かと思います。
 その時の編成原理ですけれども、ここまでの先生方の発言にもありましたが、論理だからとか文学だからという文章の種類による分け方だけでいいのかという点は考慮すべきかと思います。小中では、前回議論しましたように、「話や文章の機能」に着目をして資質・能力を積み上げていくわけですが、例えば高校の必履修科目においてそれらの総まとめと言いましょうか、完成形としてきちんと身に付けることをねらいとするならば、その先の選択科目ではむしろ文学と論理の文章を組み合わせたり、先ほど西先生からご発言がありましたように、古典の科目でも古典の名作だけでなく、それに関する評論やインスパイアされた文学作品なども多様に組み合わせて読んだりするよう、文種そのものも超えて様々な文化表象をその科目の趣旨に合わせて生徒たちが組み合わせて探究的に学べるような、そうした余地のある科目編成ということも考えられるのではないでしょうか。
 ですから科目の趣旨は明確にするけれども、この科目ではこの文章の種類やジャンルを扱うということを編成原理のベースにするというところから、一旦考え直すことでまた必履修科目と選択科目の性格の違いと言うのでしょうか、そうしたことも見えてくるかと思いました。
【島田主査】  これも重要なご指摘をいただいたかと思います。単位数に関してはそのカリキュラムの柔軟性を考慮した時に、どうあるべきかといったようなこと、また科目の編成原理を考えた時に、ジャンルを超えてあるいは文種を超えて、個々の科目というものの内容を考えていくことが必要なのではないかといったご意見でした。
 庭井委員お願いいたします。
【庭井委員】  高校の国語の科目内容については専門ではないので、ちょっと外側からの意見になりますけれども、資料の19枚目ですか、履修状況を拝見してちょっと驚いたというか、やはり非常に選択科目の偏りがあるっていうところで、文学国語が半分に達していないというのがちょっと驚きではありました。
 子供の読書活動推進計画というのがあって、国や地方自治体が読書調査を元に5年に1回ぐらい改訂をして、様々な読書政策に生かされているんですけれども、これで最近繰り返し指摘されているのが高校生の読書状況の悪化ですね。これに対して、もちろん公共図書館とか学校図書館、家庭での読書も含めていろんな政策が考えられるところなんですが、どうやって高校生に本を読んでもらうかということを考えた時に、国語の授業というのは何よりまして大きいという風に考えます。
 そのことを考えると、もちろん読書の対象は文学だけではありませんけれども、より多様な文章を読む、物語を読む、本を読むというような時間が比較的取りやすいという意味では、文学国語というのが3年間通して履修できて、文学に触れる機会を確保する担保することが重要だと思います。履修率が上がる取組として具体的に何をすればいいかは、すみません、専門外でよくわからないんですけれども、読書という観点からもこの履修率の偏りというものを解決する手立てがないのかなっていうのが1つ目です。
 2つ目は先ほど中村委員もおっしゃったことなので短くにしますけれども、学校図書館の観点から見ると、古典そのものを読む授業の後に、最近映画にもなった文学作品があって、歌舞伎に注目が集まったものですが、オリジナルの作品はどういうものかみたいに繋がるっていう場面が図書館では非常に日常的に見られるところですので、古典の授業もジャンルで細分化することによって、相互に繋がりにくくなっている部分もあるんではないかと、中村委員の意見に賛成ということを最後申し上げさせていただきます。
【島田主査】  ありがとうございました。多様な文章を読む機会とこれを確保するための科目編成というのを考えたいというご意見だったかと思います。現行でも文学国語の中で評論を扱うことというのも可能ですし、論理国語の授業において古典の文章を用いることも可能とはなっているわけですけれども、ご指摘あったようなことも含めて新しい科目の設定考えてまいりたいと思います。
 井上委員お願いいたします。
【井上委員】  私は高校の教員ですので、現場の人間の1人として意見を申し上げます。
 まず先の国語総合時代の課題の1つに、高校国語科の授業実態として、説明的文章、文学的文章、古文・漢文の指導量に偏りが生じてしまっていたということがございます。この課題を解消すべく現行の科目編成になったと認識していますけれども、いくつか現場では課題が顕在化しております。
 課題を3点ほど申し上げます。1点目は扱うべき教材の種類と単位数とのミスマッチです。言語文化が最たるもので、文学、古文、漢文等々を2単位で扱わなければいけないということに対して、かなり無理が生じております。
 2点目が、科目と教材の結びつきが強くなってしまったがゆえに、異ジャンルを横断的に学んでいくような実践が現場でしづらくなってしまっているという点です。
 そして3点目が、こちらも先ほどご指摘がありましたけれども、文学の履修状況です。推計値ではありますが、スライドの19にあります通り、文学国語の選択率49%程度ということで、こちら大学入試が絡んでいるのか、各学校の意図が影響しているのかわかりませんが、個々の教員レベルで見ると、取りたくても取れないという状況もあるのかなと考えております。
 改善するためには、2つほどあると思っています。1つ目は、先ほど来から委員の先生方もおっしゃっている通り、単位数見直しです。もちろん減単や増単という手もあるにはありますが、そもそも4単位という前提自体も見直さなければなりません。では減らせばよいかというと、これはこれで課題もありまして、仮にその4単位が1単位、2単位になったとして、その細かくなった科目の階層性とか連続性とか差別化をどう考えていくのか。また、選択の余地が増えるということは一見良いようにも思えますけれども、むしろ選ぶという負担を学校に強いることにもなりますね。ですので、その辺りを考慮しながら見直しを図っていく必要があろうかと存じます。
 2つ目が、西委員のジャンルのお話にも通じますけれども、やはりその育むべき資質・能力、あるいは前回の委員会でも触れられた、話や文章の機能を元にして、各科目における説明的文章、文学的文章、古典の教材の扱いを再検討することです。古典探究は古文漢文ですよとか、文学国語は文学だけですよってことではなくて、そもそも教材の扱い自体を考え直していく必要もあると考えております。もしこれができるのであれば、単位数を触らなくても、解決につながる可能性もあると考えております。
【島田主査】  ありがとうございました。異なるジャンルの組み合わせなどを、これらの科目の授業で実現していくために、どうしたらいいのかということで、ご意見をいただきました。
 藤森委員お願いいたします。
【藤森委員】  16ページを出していただけますでしょうか。すいません、2分間ってことだったんですけど、ちょっと2分オーバーして話させてもらってもいいですか。
【島田主査】  お願いします。
【藤森委員】  すいません。と申しますのも、この3つの学習指導要領の内容に、ちょっと一応一教員として関わらせていただいた者として、申し上げたいところがあります。
 先日、ある高等学校で講演会を頼まれ、1学年全体の生徒の前でした時にですね、講演会の後、生徒から質問が来まして、「先生、『現代の国語』と『言語文化』ってあるんですけど、『現代の国語』ってのは要するに現代文を扱う、そういう科目ですよね。で、『言語文化』っていうのは古典ですよね。なのになんで『言語文化』(の教科書)に現代文の『羅生門』があるんですか?」と、こういう質問が生徒から来たんです。
 改訂版高校国語教科書の中で、「現代の国語」のところに、『羅生門』が大幅に入り込んできたという情報もありますけど、「現代の国語」と「言語文化」の科目設置の趣旨が誤謬を生じちゃっているのではないかということを強く感じさせられたエピソードです。
 その問題の大きな1つがですね、私は科目名にあると思ってます。こんなことを申し上げるのは大変申し訳ないんですけど、前の中教審のワーキングで、私は「現代の国語」っていう言い方をすると「現代国語」という科目ではないかという誤解を招きかねないので、実社会に生きて働く言語能力の育成に関わる科目として明示するのであるならば、「言語生活」とすべきではないかと申し上げました。しかしながら、それは採用されずに、他は全て四字熟語なのにこればっかりは「の」がついた形の科目名になりました。その結果かどうかは分かりませんが、「現代の国語」は現代文を、「言語文化」は古典を教える科目という形で進めていらっしゃる現場が、おそらく相当あるんじゃないかなと思っているんです。
 現行の科目名には「文学」とか「古典」ってありますけど、科目名をよく読んでみると、そこで育てたい資質・能力に基づく科目名になっているんですね。例えば平成21年版の学習指導要領を見ると、「国語表現」以外は「現代文」「古典」となってまして、いわゆる対象とする素材教材のジャンルになってます。一方、「論理国語」は論理に関する言葉の学び、「文学国語」は文学的な感性情緒、あるいは文学的な論理を学んでいく学び、「古典探究」は古典を素材としながら探究していく学びという風に、学びの在り方に沿って、科目名が構成されているのです。ただ、実際にはその理念がうまく機能してるという風にはどうも思えない。それは教科書の編集内容も含めて慚愧に堪えないところが、ございます。
 先ほど来、話が出ている選択科目の4単位はやはりあまりにも重すぎて、なぜ皆さんが「文学国語」だけ問題にするのかちょっと不思議なんですけど、「国語表現」はわずか16%しか採用されてませんよね。それで考えると、要するに表現系のこういった科目についてはやはりかなり軽視されてる状況があるんだけれども、それはもう致し方ないっていう機運が生じてしまうって考えると、かなりここは大きな手術が必要になるだろうなと思います。
 問題点の1つがですね、教材ありきからの脱却というのが、現行学習指導要領の大きな理念なのですが……例えば初めに教材ありきで「120ページから始めるよ」という授業じゃなくて、目の前の高校生たちにどういう力をつけてやりたいか、どういう人間を育てたいのかっていうところから素材としての教材が選ばれてくるという、これが1つの理念だったんですけれども、一方では科目による教材縛りがあって、その両方の葛藤の中で、先生方の現実的な時間割りの中でやれるものやれないものってことが選別されることになると、結局旧態依然とした授業観から何も変わらないことになってしまうと思うんですね。
 1つだけ提案を申し上げますけども、1年次の「現代の国語」と「言語文化」を1年次の間で2単位ずつで全部やり切るのは無理だと思っています。2年次からいきなり全部個別の選択科目じゃなくて、2年次も「現代の国語Ⅱ」、「言語文化Ⅱ」という風に履修する形を提案します。昭和53年~平成元年版にあった「国語Ⅰ」「国語Ⅱ」に似た発想です。「現代の国語Ⅱ」、「言語文化Ⅱ」というのは2年次の履修を1つの目安として、こちらはただし選択にする、これを履修してその上で、「論理」「文学」「表現」「古典探究」ってありますけど、これらは2単位に減らして、そして3年次に持っていくという風な形が考えられていいんじゃないかと思っています。
 ちょっと言いすぎました。いずれにしても現実と理想との乖離について、私自身非常に慚愧に堪えないものがあるものですから申し上げました。すみません、長くなりまして失礼しました。
【島田主査】  藤森委員、ありがとうございました。藤森委員の問題意識、私も共感するところではあります。具体的なご指摘、ご意見もたくさんいただきましたけれども、この科目設定の議論ですね、次回以降も続いていくと考えます。今日は色々な意見を伺えたらと思って、少しお時間取らせていただきました。
 竹内委員、お願いいたします。
【竹内委員】  皆様のおっしゃることはなるほどと思いながら伺っておりました。で、その上で17ページの小中高の系統性について言及されていらっしゃいますけれども、この点について1点だけコメントをしたいと思います。
 小中で育ててきた話す、聞く、書く、読むの資質・能力が高校でどう質的に高まっていくのかというのが見えると良いのではないかと思うんです。と申しますのが、私は話す、聞くというところで高校もあちこち回るんですけれども、やはり子供たちの話す力の差というのが、もう小学校、中学校よりもなお、より開いてしまっている現実があちこちで見られます。
 第6回の井上委員のご発言で、中学校から高校に上がるにつれて話す、聞くという機会が減ってしまうというお話をされていて、ここの国語表現の16%という数字を見ますと、まあ、さもありなんという風に思うわけです。
 ですので、学力的に高い生徒であったとしても、自分の考えを言葉にして伝える経験が十分ではないまま進学や就職の段階で初めてその課題に直面する、ということがなるべくないように、この系統性、そして単位の工夫によって、「高校1年で終わる」ということがないように、最低限その継続というのができると良いのではないかと。で、その際にもちろん知識の定着、深い理解というのも大事ですし、さらに公共性や社会性の広がりというものもそこに付加されていくと良いのではないかなと思いました。以上コメントです。
【島田主査】  大切なご意見だと思います。高等学校において、その聞くこと、話すことの授業をどういう風に実現していくか、そのための科目設定、次回以降また考えてまいりたいと思います。
 小松委員、お願いいたします。
【小松委員】  すいません、あまり本筋ではないことなのかもしれませんけれども、スライドの26ページについて一言だけ申し上げさせてください。
 この調査結果っていうのがどういう問題でどのように評価されてるのか、この数字をどのように理解すべきか、ちょっと分からないところもございますけれども、いずれにしましてもこの通過率というのがとても低くなっております。特に自分の考えとかですね、いうことがですね、繰り返し出てくるわけですけれども、それが表現されないというような形で、これを読み取れるわけです。
 そもそもですね、毎回繰り返し同じようなことを申し上げてる気もいたしますけれども、その自分の考えというのがすでに存在していて、それを表現するというよりは、自分の考えというものを作っていくということも、ある種1つの課題であり、国語も含めてですね、教科の中で取り上げていくことなのかなという風に思っておりますので、自分の考えというのがすでにあるかのように、これ読めてしまうところあるんですけれども、そこを作っていくということも課題として取り上げて考えていくというのが必要ではないかなと思っております。
【島田主査】  どうもありがとうございました。意見の構築ということですね。こういったことも重要な学習の内容ではないかというお話をいただきました。
 他にいかがでしょうか。もう少しだけ時間はございますが、これだけは言っておきたい、これは言い残したというようなこと何かございますか。よろしいでしょうか。
 それでは、まだ時間まで数分ございますけれども、他にご意見ございませんようでしたら本日の議論はここまでとさせていただきたいと思います。ありがとうございました。本日いただいた様々なご意見、次回以降のワーキンググループの議題において適宜反映する形でお示ししたいと考えております。
 最後に、次回の予定について事務局よりお願いいたします。
【髙見 主任教育企画調整官】  今週は2回に渡りまして、このワーキンググループに参加いただきましてどうもありがとうございました。次回ですけども5月上旬を予定しておりますが、正式には後日連絡いたします。よろしくお願いします。
【島田主査】  それでは以上を持ちまして閉会といたします。先生方お疲れ様でした。
 
 
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